ドウタヌキ?


僕等の壊した世界・吾


−想像力で対抗しようなんて百年早いんだよ。


ブログの反響はそれなりだった、本日はリズム隊の仕事であったため休憩中、ユッケはサトチとパソコンをのぞき込みメールをチェックしていた。
「御守り買ってきたらとか、真っ当だしありがたいんだけど・・・役に立つとは思えないしなぁ・・・」
「ん、だな!」
そんじょそこらの心霊現象とはわけが違うのだ、御守りやお札が有効とは思えない。
悪夢を見ないおまじないやら、簡単な悪霊払いのやり方などが書かれたメールもあるが『リジーの部屋』に関する情報としては目新しいものはなかった。
その中で一通のメールが目にとまる。多少のフランクさを残しながらも丁重な文面はそれなりの年齢であることがうかがえる、そしてきっちり本名(正確には本名であろうと思われるものだが)まで明記されているところを見てもかなりちゃんとしたメールかあるいは送り主がしっかりした性格なのだろう。
内容としては『もし本当に困っているならこの人に相談してみて下さい』というものでメールアドレスが記されていた。
文面からしてファンの子である、信用はしているがほいほいメールを送ってもいいものか。
「・・・・・・ミヤ君に相談しよう!」
「だなっ!!」
ムックリズム隊は顔を見合わせ、その結論を出した。携帯電話をいじりながらユッケが呟く。
「オレらって・・・ヘタレかなぁ」
「ヘタレ!?俺、ヘタレか!?」
ミヤからの回答は「捨てアド使ってメールしてみろ、但し最初のメールでは夢で見た内容は13人いたということぐらいにしておいて後は探り探り連絡を取ってみろ」というものだった。
後半はともかく捨てアド使うことぐらいは思いついてもよかったかもなと自分にがっかりしつつユッケは言われた通りメールを送った。
ちなみに相手は捨てアドではない、それが信用できるポイントなのか逆に疑うポイントなのかは分からなかったが。
メールはすぐに返ってきた。簡潔に一文『相談事ならこちらへ』という言葉とHPアドレス。
「・・・ああもう、毒を食らわば皿まで!」
そう叫んでアドレスをクリックする、重要なデータのバックアップは取ってある、半ばやけくそだった。
「皿食べるんか!!!」
と隣で叫んでいるサトチはとりあえず無視だ。
表示されたのはパスワード入力画面。
『リジーの部屋、出発地点の部屋をWから順に』
と書かれている、一瞬なんのことだと思ったが、考えてみれば単純なことだった。
『whiteredblack』と部屋の色を入力すれば次の画面へと移った。
チャットルーム。
「・・・なんかすっげえ、アドベンチャーゲームっぽい」
出来すぎな状況に呆れつつキーボードを叩く。

YU>こんにちは。

とりあえず礼儀として挨拶してみた。

自虐亭>本当にリジーの部屋へ行ったようだな。

相手は挨拶抜きな上、妙なハンドルネームの持ち主だった、しかし此処まで来たらもう行くしかない。

YU>はい、いきました。貴方に相談するといいと人から聞いたのでメールを送ったんですが貴方はリジーの部屋の対処法を知っているんですか。
自虐亭>一定のルールに従い、正規の道を進めば7日目に脱出できるものだ、対処法はない。
YU>正規の道というのは?
自虐亭>毎回変わる、その時々だ。
YU>七日目が来ればみんな脱出できるんですか?
自虐亭>ルールはある。犠牲は払うことになる。

犠牲、これ以上なく物騒な響きを持った言葉だ、ユッケはサトチと顔を見合わせて息を飲む。

YU>犠牲というのはなんですか?

これにはしばらく間が空いた。

自虐亭>他の13人全員がお友達というわけではないんだろう?

今度はこちらが返答に詰まった、確かに「お友達」とは言い難いが、そしてその言葉が意味するものはなんだ?
なにも返せずにいると自虐亭と名乗る相手の言葉が新たに表示された。

自虐亭>どう足掻こうが物事に優先順位はつけなくてはいけないんだよ。その時がくれば分かる話だ。

犠牲に関して答える気はないようだと判断して質問を変える。

YU>リジーの部屋とはいったいなんなんですか?
自虐亭>悪意の集合体だよ、人の意識が錬成した空間だ。
YU>悪意?
自虐亭>無意識の悪意が行き場をなくし、一つの空間を生みだした。あそこは悪意の塊だ、だから怖いことが起こる、人が怖いと思うことが起こる場所だ。当て推量ではあるが君は人の悪意を受けやすい立場にいないか?会社の上役だとか、作家などのように不特定多数の人間に存在を知られているとか、そういう意味だ。

また少し迷うが正直に答えたほうが良いだろう。

YU>そうです。
自虐亭>そういった人間は呼ばれやすい傾向にあるらしい、その人の性格にかかわらず。
YU>リジーの部屋で死ぬと実際に死ぬというのは本当ですか?
自虐亭>オカルティクな言葉になるが魂のみが召喚されている状態だから魂が死ねば死さ。魂の定義についてはともかくになるがな。

なんというか微妙に嫌な性格というか煙に巻かれているようにも感じるのだが。

YU>死なない方法を教えてもらえませんか?
自虐亭>あそこに行ったなら知っているだろう、阿呆な仕掛けばかりだ、死ぬ間抜けはそうそういない。

間違いなく嫌な性格らしい、この自虐亭という相手は。

YU>気をつければ死なないと?
自虐亭>そういうことだ、こちらから言えるのは以上だ。他に何か質問は?
YU>貴方は何者ですか?
自虐亭>生き霊専門店。

その言葉が表示されてすぐ画面が消えた、更新ボタンを押すと『ページが見つかりません』というお馴染み画面がでるばかり。
これ以上教える気はないということか、ユッケはため息をついてサトチの顔を見る。
「どうする、さとー」
返答はない、にこにこと笑ってこちらを見ているだけ。
「・・・ついてこられなかったのね?」
「おうっ!」
元気よく言われてユッケはまたため息をついた。



情報をパスされた恒人はユッケから届いたメールを他のメンバーに見せた。といっても今日は取材の合間で、大城と英蔵が出ているため、一緒にいたのは浅葱と涙沙だけだったが。
「・・・犠牲を払う、か」
物憂げな顔の浅葱の隣で涙沙が顔をしかめている。
「ちゅーかその自虐亭とかいう人、どこまで信用できるんや?めっちゃ怪しい気がするけどなぁ、生き霊専門店って、どこのラノベやって話やろ」
「しかしリジーの部屋について詳しく知ってはいましたからね、出発地点の部屋のことまで」
「それはそうやけど・・・」
「まぁ胡散臭いのは確かですけどねぇ」
「有益な情報としては入れておこう、今後トラップには充分注意して、先に行かない、無鉄砲なことはしない」
浅葱に見つめられて恒人は「はぁい」とバツが悪そうに返事をしながら頷いた。
「・・・んんん?」
俯いたまま恒人がそんな声を上げたので涙沙がのぞき込む。
「どしたん?」
「いや・・・夢、か・・・」
「なにか思いついたなら言ってみて」
浅葱に優しく言われ恒人は顔を上げて小首を傾げた。
「一つ手だてが・・・いえ、まだちょっとまとまりきってないから後で言います」
恒人がそう言ったところでスタッフにもうすぐ時間であることを告げられ、切り替えるためにこの話はお終いになった。






そして5日目、夢の中。
「俺らのターンなしかよ・・・」
マオが不満そうに言いながらランタンの明かりを灯し、地下へ続く階段を照らす。
本日の衣装、Dは『闇の国のアリス』、シドは『smile』、ムックは『ファズ』だった。
前回終了地点に置いておいたシルバーナイフなどの武器を回収してから全員で固まって階段を下りる。先頭はミヤとマオ。ミヤが火かき棒で進行方向を探り、トラップがないか確認しつつゆっくり進む。逹瑯は眼帯が邪魔だったのでその場に投げ捨てた。
ランタンはそのサイズにしては異常なぐらい明るく、周囲をはっきり照らしていた。
「全員はぐれないように、近くの人につかまって進むんだよ」
浅葱の引率の先生みたいな言葉に元気よく「はーい!」という返事が幾つかハモる。
「うあ、悪玉コレステロールさん!もっとちゃんと歩いて下さいよ!」
腕を掴んできた明希にそんなことを言われ英蔵は首を傾げる。
「ああ、間違えました。えっと・・・・・・・・英蔵さん」
「え?間違えたの!?俺を!?悪玉コレステロールと!?」
「すいません、似てたんでつい」
えへへと悪意なく笑う明希に英蔵は顔を引きつらせた。隣で笑い転げてる恒人に力の抜けた声で言う。
「お、俺、悪玉コレステロールに似てる!?」
「そんなもん見たことないから分かりませんよ〜!」
「悪玉コレステロールに似てたら人間じゃねぇんだよっっ!!」
逹瑯の尤もな突っ込んでにしんぢが半笑いで言う。
「明希の天然にいちいち突っ込んでたらキリがないから無視していいですよ」
「そもそも間違えようがなくねぇか?」
ゆうやが傍観の境地に達した顔で言った。
「ほら、みんな!遊んでないでちゃんと気をつけて歩いて!」
引率その2になった大城の言葉にじゃれていた面々が「は〜い!」と返事をして口を閉じた。
階段を下りる13人の靴音だけがやけに響く、階段は思ったより長い。
「あのさぁ・・・」
耐えきれずにユッケが口を開いた。
「今更なんだけど、此処ではその・・・生理現象って起こらないよね。トイレにも行きたくならないし、喉の渇かないしお腹も空かない」
「そういや煙草も吸いたくならねぇな」
先頭を行くミヤが同意した。他の面子も頷く。
「オナラも出ないよね」
「なんで考えつく限りで一番最悪なことをわざわざ言うんですか?」
英蔵の発言は恒人の冷ややかな声で刺された。
「毒入りペットボトルってマジで無意味だったんじゃねぇの」
ゆうやがやけに響く声で言った、地声がデカイからしかたがない。
「怖いと思うことが起こる場所、だからかな?それこそ実際監禁されていて長時間飲まず食わずの状態であれば仕掛けとしては多少有効だったかもね」
「ま、飲まなきゃ死ぬぐらいの状況やったらね〜」
浅葱の言葉にその腕にぶら下がるようにしがみついていた涙沙が頷く。
「だったらさぁ、痛覚もなくなってくれたらいいのにねぇ・・・」
明希が口を尖らせるとマオは少し首を傾げて言った。
「その自虐亭とやらの話だと俺らは今魂だけの状態なんだからなぁ」
「それこそ感覚的なものとちゃうの?頭をぶつければ痛いって意識があるから痛いとか」
涙沙も首を捻る。話はそこで途切れた。階段を下りきって目の前に広がる光景に全員言葉も出なかったからだ。
お調子者の逹瑯も、ほかっておいても煩いゆうやも、全員がなにも言えなかった。
これはあんまりだ。あるいはやりすぎだ。
ランタンに照らされただけの薄暗さがその不気味な雰囲気を煽る。
最初に口を開いたのはミヤ、どこか呆れたような、馬鹿にしたような声で一言。
「地下室に拷問部屋ってちょっとセンスがなさすぎねぇか?」




《拷問部屋》

それなりの広さを持つ空間には、拷問器具の数々が几帳面に並べられていた。ぼんやりと浮かび上がる鉄製の物や木製の物、使い方は分からないが物騒だということは分かる。
「血の臭いはしねぇな・・・どっちかって言うとカビ臭い」
もう気分を持ち直したミヤが淡々と言って、火かき棒で進行方向をさぐりながら歩き出したのでランタンを持っているマオも慌てて続く。他の面子も諦めて歩き出した。
戻ってもあるのは化け物が闊歩する迷路。そして此処は正規ルートであるはずなのだ、出口を目指して歩くしかない。
「うわ〜アレなんやろ?」
涙沙が鉄製の左右対称になった三角形二つ折りの器具を指さすと浅葱が答える。
「《コウノトリ》だね、あの一番大きな穴に首を入れて順に手、足を固定すると身体を折り畳んだ形になる」
「変な形でじっとしてると痛くなりますもんね、痛そうです!」
明希が感心したように頷いた。
「げ〜!浅葱君、あれは?」
涙沙が今度は座高を測る台の某部分に鉄製の輪っかがついたものを指さす。
「あれは《ガロット》じゃないかな。あの輪っかの部分で首を絞めるの」
「苦しそうですね〜!」
またも明希が感心したように頷いた。
「浅葱君、あっちは?」
「《ラック》。ローラー部分で手足を引っぱって伸ばす道具」
「痛そうですねっ!」
「あれは!?痛そうやな!怖いわ〜!」
次は全体に鋭い棘が突いた椅子。
「ああ、《審問椅子》ね。体重が分散されるから痛くないって説もあるみたいだけど」
「痛めのツボ押しっぽくなりそうですね!!」
「あ!上に籠が吊ってあるで!」
「あれは《鉄の鳥籠》かな。エリザベート・バートリーが使ったと有名な」
「内側トゲトゲで痛そうです!」
「てめぇらいいかげんにしろよ!」
逹瑯がついに吼えた。
「なに普通に解説始めちゃってんの!?てかなんで知ってんのっ!?怖いんだよ!!わざわざ言うなよ!!すっごいさらっと解説したけど考えたら全部めちゃめちゃ怖い話じゃねぇか!!あと明希っ!オマエなんで『痛そう』って言う時ちょっと嬉しそうなんだよっ!!」
「ああ、ごめんね。怖がらせるつもりで言ったんじゃないんだよ、加減して説明したつもりだったんだ」
あくまで大人な態度で浅葱があやまる。
「だって俺、マゾっすもん!」
明希はさくっと爆弾投下した。
「明希様のマゾってそのレベルなのっ!?」
逹瑯本気でびっくり。
「いいじゃねぇか逹瑯、俺はけっこうためになった」
ミヤがさらりと言いながら興味深そうに鉄の鳥籠を見上げている。
「どれも本当にある拷問器具なら人間の暗部だ、知っておいても悪くない」
「ええ、俺もそう思っています」
浅葱とミヤの間に謎の共感が生まれたらしい。逹瑯は顔を歪めて他の面子を見渡す、サトチに言おうとしたが特になにも考えていなさそうな顔をしたので無視、しんぢは何を考えているか分からないので流して・・・常識人っぽい恒人で視線を止めて目で訴えてみた。
「いや〜・・・俺は博物館に来て解説してもらっているような気分になっていました」
ズレてるんだかボケているんだか真っ当なんだか分からない回答を貰った。
ここまで来ると間違ってるのは自分なんだろうかと逹瑯はそれ以上の言葉を飲み込む。
「あ、なんかやけに綺麗なのがあったんですけど、これはなんですか?」
「ちょ、ツネ・・・ダメだよ迂闊に持ったら・・・」
呆れる英蔵に恒人はえへへっと笑う。
「もう持っちゃいましたよ〜」
恒人が手にした鉄製の洋梨型の器具はたしかに綺麗な造形をしていた、先の部分は蕾のように4枚の鉄板が組み合わさってできていて、豪華な装飾がされている。
「それは《苦悩の梨》・・・・・・・あっ!」
珍しく浅葱が露骨に動揺した顔で黙った。
「・・・・・・」
その反応に振った恒人もいけない質問をしたのかと黙る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・シモ系だなっ!」
サトチが無駄な察しのよさを発揮して叫んだ、動物的カンかもしれないが。
「ついでに空気も読んでくれるとよかったんですけどね」
しんぢが爽やかに嫌味を言った。
かかげたままの形でフリーズしている恒人の手から英蔵が苦悩の梨を取って元に戻す。
「進みましょうか・・・」
「そうだな」
この一連のやりとりをどう思ったのか、ミヤは涼しげな顔のまま頷いて歩き出す。
しばし沈黙。
「・・・ツネ、さっき『博物館みたい』って喩えしたよね?」
急に浅葱が足を止めてふり返ったので、真後ろの英蔵がたたらを踏んだ。
「しました、けど?」
他の面子も何事だと浅葱を見る。
「変じゃないかな、この・・・拷問器具の並び・・・」
「・・・見やすい。いや、見やすすぎるか」
ミヤが上唇を撫でて笑った。
「ああ、そうか。まさに博物館なんだ、これじゃ」
マオも気づいたらしく目を細める。
「どーゆうこと?」
首を傾げる逹瑯にミヤが言う。
「これじゃあ置いてあるんじゃなくて、《展示してある》並べ方だろ。実用してんなら最悪の収納法だ。《飾ってある》と言ってもいい」
並べ方、それこそ一つ一つ解説を付けていくのが可能なぐらいに見やすく、しっかりと通路までできている。
「やけん、博物館の展示物」
「あ、そっか〜だったら別に怖くないねぇ」
マオに言われて明希はイノセントな笑顔を浮かべた。
「いや、そこまでは言ってないよ、警戒はしたほうがいいと思うけど・・・」
浅葱が慌てて付け加える。
「ってゆーか、あっきーは最初から怖がってなかっただろーが」
「あ、そっか」
「自分のことを忘れんなよ!」
思わずゆうやが叫ぶが明希は笑顔のまま。
「まぁそもそも使われた形跡はないしな」
「ミヤ君、怖いこと言わないで・・・」
「うあ!そーいやさっきの苦悩の梨とかいうのは結局どう使うものなんで・・・」
「うるせぇ明希!オマエもう黙れ!」
「なんか今日のたつぅは色々いっぱいいっぱいだねぇ・・・」
突っ込み疲れだろうか。
突っ込み役がいないとどうしようもなくなるので頑張ってくれ。
「・・・なんか今、理不尽なところから理不尽なこと言われた気がする」
そう言って逹瑯はがっくりと肩を落とした。


『博物館』さしずめ『拷問博物館』といった地下は、何度か角は曲がったが一本道だった。
周囲に拷問器具が並んでいるというのは精神的に圧迫感があったが、とりあえず辿り着いた、が。
円形の広い空間、おそらく地上から見れば井戸に見えるであろうその場所に立って全員で呆然と空を見上げる。
煌々と輝く巨大な赤い満月。
周囲は石壁で高さはざっと見た限りでも20メートルはあるだろう。
梯子もなにもない、足がかりになるものもない。
「よしっ!」と気合いの入った声を上げて、石壁に手をかける大城の肩を英蔵が掴んだ。
「大城さんストーーーーープッ!!」
「なんだよ?」
「いくらなんでも無理ですよ!」
「やってみなければ分からないじゃない」
「ロッククライミングなんてレベルじゃないですよ!」
「分かってるよ、冗談だよ」
大城は戯けた調子で言って石壁から手をはなした。
「さて、どうする?」
「一通り見た限りでは使えそうな物はなかったな、武器になりそうなものもなかった」
ミヤが至極冷静に言った。
「・・・一応全部拷問器具だったのになんつー視点で見てるんですか、リーダー」
逹瑯が本気で怖がった様子で俯く。
「他に出口あるんじゃねぇの?」
ゆうやの発言にしんぢも薄い笑みを浮かべたまま頷いて同意を示した。
「あの・・・」
と遠慮がちに手を上げたのは恒人。
「あくまで仮説でよければ、方法があるかもしれません・・・」
「ああ、昼間言いかけたこと?」
涙沙に言われ、恒人は少し首を傾げて笑う。
「かなり強引っていうか・・・無茶苦茶なんですけど・・・」
「よかよ、この状況が既に無茶苦茶だもん」
マオにそう後押しされて恒人は話し出した。
「これって《夢》なんですよね。いや、その自虐亭さんが言うところでは意識が錬成した空間ですけど、《夢》です。そしてこれって分類するなら《明晰夢》ですよね」
明晰夢を知っている数名が頷いた。
明晰夢、簡単に言ってしまえば『夢と自覚している夢』だ。
「だったらある程度、変えることが可能なんじゃないでしょうか?」
「変える、たって・・・どうやってやるの!?」
ユッケの問いに恒人はまた少し首を傾げた。
「ん〜。意識すれば通常できないこともできる。自虐亭さんの言葉を信じてもこちらは魂だけの状態なんですから、ある程度超人的なこともできてしまうんじゃないかと。すごく乱暴に言ってしまえば、確実に自分は飛べると思いこめば空を飛ぶことだって可能なんじゃないでしょうか・・・想像力で」
「そんなこと言ったってよ・・・飛べると思いこむこと自体かなり難しいぞ?」
逹瑯に言われて恒人は苦笑する。
「はい、ですから・・・無茶苦茶なんですけどね」
「明晰夢についてなら多少は知ってるけど・・・具体的に自分に羽根があるって思えば羽根がはえてきちゃうとか?」
「仮説ですけど、俺はそうじゃないかと思っています」
空を見上げて思案顔のマオに恒人は言った。
「たしかに強引だねぇ・・・どう思う浅葱く・・・」
大城は浅葱の意見を聞こうとしてふり返って固まった。
脳が処理できない事態に陥ると表情すら変えられないらしい。静止画と化した大城の様子に他の面子も怪訝そうにふり返り、そして同じく静止画になった。
バサバサと巨大な蝙蝠羽根を生やした浅葱は綺麗に井戸を上昇していき、外に着地。それから井戸の底にいる面々に笑顔で手を振った。
「あ、できたよ〜」
間。
「お〜!浅葱君すごいなぁ!ツネの仮説も当たっとったな!」
涙沙がぺちぺちと手を叩きながら笑った。
「いや〜、まさか本当にやってしまうとは、さすがです」
「あはは、今日が衣装ノクターナルならよかったのにねぇ」
「あれはあれで似合いますよ」
笑って手を叩くDの皆様。
「なにが『あ、できたよ』だよ!『あ、できたよ』ですむレベルのことじゃねぇだろうがぁぁぁぁぁっっっ!!アンタらもなに普通に受け容れてんだよ!?オカシイだろ、笑って流せるようなことじゃねぇだろ!?どこの世界に夢だからって蝙蝠羽根はやして飛んでく人間がいるんだよ!!『さすがです』じゃねぇわっっっ!!」
「今此処にいたからいいじゃないですか〜」
「黙・れ・よ・ツ・ン・デ・レ!!」
逹瑯、突っ込みというより爆発だった。
「ごめんなさいっ」
年下気質が身についている恒人はしっかり謝ってしまう。別にそこまで悪くはなかった・・・はずだが。
「なるほどね、明確に想像すればできる、か・・・」
ミヤは視線を上にやったまま、新しい玩具を見つけたような笑顔。
「あ〜、そうだよね、やってみたくなっちゃうよね、ミヤ君は・・・」
ユッケはすっかりあきらめ、半眼で言った。
ミヤはクラウチングスタートでも決めるかのように屈み、そして地面を蹴った。
その一蹴りで、ミヤの身体が跳び上がる。
そして一気に地上まで飛び出ると浅葱と同じように手を振った。
「よし、できた」
「・・・なああああああああああああああああああああっっっっ!!!」
逹瑯が昔懐かしいヘヴィメタルシャウトをして頭を抱える。
「もうイヤだ!もう無理だ!!人外に対する突っ込みなんて無理なんだぁぁぁぁ!!!」
「ですから理屈上できて実際できたんだから受け容れましょうよ」
「真っ当なこと言われると腹立つんだけど、ツンデレちゃんさぁっ!!」
恒人の肩を掴んで叫ぶ逹瑯をさり気なく英蔵が押しとどめる。
「あまり理不尽に絡まないでよ」
「今更だけど分かった!オマエら俺の天敵だなっっ!!」
「え?なんで!?」
驚く英蔵に明希がのほほんと言う。
「不真面目の天敵は真面目ですから」
「・・・明希に言われるとすげぇ納得いかねぇわ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ地下面子の中で、上を見上げている者が一人。
マオだ。
「マオ君どーした?」
ゆうやがのぞき込むとマオはニヤリと笑った。
ぽち。
とシドメンバーにしか聞こえない音がした。
「やばい、マオ君のスイッチが入ったっっ!!」
ゆうやの叫びにユッケが慌てて言う。
「なに!?ドSスイッチONになっちゃったの?」
「いいえ、あれは・・・」
シドの楽器隊が声を揃える。
「「「九州男児スイッチです!!!」」」
「すげー!!スイッチあんのか!!俺もスイッチ入れたい!!」
「さとー・・・喩えだから・・・」
ハイテンションで叫ぶサトチの肩をユッケが優しく叩いて宥めた。
「マオにゃんいきますっっっ!!!」
マオがそう叫んで地面を蹴った、半分ほどの高さに言ったところで空中で踏み切り、地上まで飛び出る。
「よっしゃ!できた!!」
マオ、上でガッツポーズ。
「すご〜!二段ジャンプとか初めて生で見ました・・・」
感動している恒人の頭を逹瑯が小突く。
「だ・か・ら!!!羽根生やして飛ぶほうがよほどすげぇんだってのっっ!!」
「なにするんっすか〜!メンバーにも叩かれたことないのに〜!」
「ウチの子をいじめないでねっ!」
大城が恒人の頭を撫でつつ逹瑯から遠ざけた。
「もめてないで。なにか梯子代わりになるもの探してくるから待ってね〜」
上から浅葱が声をかけた。まぁ全員同じ事をやるよりはそのほうが効率がいいだろう。
「あれ?逹瑯さんは行かないんですか?」
明希にうにゅ顔で言われ逹瑯は顔をしかめる。
「はぁ?3人いれば充分だべ」
「え〜・・・だって逹瑯さんも作詞担当じゃないですか」
明希に当たり前だろうとばかりに言われ、逹瑯は目を点にした。
浅葱、Dの全作詞担当。マオ、シドの全作詞担当。そしてムックは一部例外を除き、作詞をするのはミヤか逹瑯。
「・・・え?これってそういう人選だったの!?」
慌てて他の面子を見渡すと、全員に頷かれた。
想像力の問題。
作詞。
「・・・いやいやいや!!俺は無理だべ、あんなはちゃめちゃなこと!!」
逹瑯がそう叫んでいると上からミヤの声が降ってきた。
「逹瑯、無理なら別にいいんだぞ」
無表情でそう言い放つミヤに逹瑯は一瞬目を見開き、それから睨み返した。
「やってやろうじゃん!!!」
「・・・ミヤ君さすがたつぅの扱いを心得てるなぁ」
ユッケが遠い目で呟いた。
逹瑯は少し壁から距離をとって走り出した。
「此処は平面!此処は平面!此処は平面!此処は平面!此処は平面!此処は平面!此処は平面!」
そう叫びながら石壁を垂直に駆け上がっていく。
「お〜!忍者みたいですね〜!」
明希は無邪気に感動していた。
そのまま石壁を走って逹瑯も外へと出る。
「やればできんじゃん」
とミヤに言われにんまり笑う。
「だべっ!?」
「アイツって偶にすごい単純だよな・・・」
下で見上げていたサトチが真顔で言った。
「羽根を生やして飛ぶのと、一気にジャンプするのと、二段ジャンプと、駆け上がるの・・・どれが一番凄いのかな」
「・・・全部すげぇよ」
疑似スマイルを浮かべるしんぢにゆうやが半眼で答えた。



外に出た4人が梯子代わりのものを探しに行ったので残りの面子はその場で待っていた。
マオが置いていったランタンが周囲を照らし、月光も差し込んでいるのでそれなりの明るさだったが、視線を奥にやれば暗い中に並ぶ拷問器具の群れ。
怖いと思うことが起こる場所。
「ねぇ・・・またなにか出てきたらどうしよう?」
「俺が倒す!!」
英蔵が不安げに言うとサトチが胸をはって答えた。
「英蔵さん、怖いんですか?」
「なに英ちゃん、怖いの?」
リズム隊にからかうように言われ英蔵は視線を彷徨わせる。
「べ、別に怖いわけじゃないのよ!?」
「俺は怖いよ!普通に怖い!」
いっそ清々しいほどに断言するゆうやにしんぢも頷く。
「俺も怖いというか不気味だな、明希は?」
「ん〜・・・あんまり」
聞くだけ無駄だった。
「ってゆーかさ、なんか寒くない?」
ユッケの言葉に全員が顔を見合わせる。
「だ・・・だって此処では暑さも寒さもないはずや・・・」
涙沙がそう言いかけて目を見開いた、吐く息が白い。
そして実際、じわじわと寒くなってきている。
「何かが起こる前兆ってわけかな?」
大城がそう言って井戸の入り口へ移動した。
サトチもその隣に並ぶ。
「マジで武器とかないのかい?シルバーナイフじゃあねぇ・・・」
「ん、ミヤ君がないって言ったんだからないべ!」
茨城ヤンキーと群馬・・・いや、なんでもない、鉄壁の守りだ。
今や吐く息は真っ白で、震えるほど寒い、歯の根が合わない。
「あれやな、シックスセンスの幽霊が出るシーンや・・・」
「涙沙さん、怖いこと言わないでくださいよ〜」
「なんか音しねぇ?」
ゆうやの言葉に全員が耳をすます。
ピシピシという硬質な音が微かに聞こえてきた。
「な、なんだよ・・・」
ユッケが素に戻って不安げに言う。
入り口に立っていた大城とサトチが一歩下がった。
「冷凍庫みたくなってんぞ!!」
「氷が・・・氷が部屋中に広がってる・・・」
「そりゃ寒いよねぇ」
明希が緊張感のない声で言いながら暖をとるためにしんぢにしがみついた。
「どうするの?・・・この空間って凍死もあり?」
さすがに笑顔を消して言うしんぢに全員が引きつった顔を見合わせる。
「うあ!氷こっちまで来た!」
サトチと大城がさらに下がる。
ピシピシと音を立てながら、井戸の中まで氷は浸蝕し、おおっていく。
「俺らも浅葱君達がやった方法で脱出するしかないんじゃ・・・」
英蔵が言うとしんぢが唇を噛んで首を振る。
「実はさっきから試してるんだけどできないんだ」
「俺も・・・」
ユッケもそう呟いて頷く。
あの4人があまりに易々とやってしまったから簡単なことなのかという思いがどこかにあったがそうではないらしい。
20メートルを一気に飛び越える自分を、二段ジャンプをできる自分を完璧に想像しなくてはいけない。あるいは垂直の壁が平面だと思いこまなくてはいけない。自分の背に羽が生えそれで飛べることを明確にイメージしなくてはいけない。
容易いわけがない。
「どうする!?」
「どうするったって・・・」
氷は今や井戸の半分を被っていた、立ち上る冷気で身体が凍りつきそうだ、いや、この氷に追いつかれたらおそらく比喩ではなく凍るはめになるのだろう。
「ぐっちゃ〜!!!」
サトチが上に向かってミヤを呼んだ、ムックチーム、やはり頼るのはミヤのようだ。
「・・・また何か別の音が聞こえませんか!?」
恒人の言葉に全員、拷問部屋の奥に視線を移す。
軽い足音。
「お次はなんだ!?」
大城が『ザ・グリード』の主人公の口癖を叫びながら前に出る。
「大城君、あかんて!」
涙沙がそんな大城の腕を引いていると、足音の主は現れた。
美しい毛並みの巨大な猫。
「アビちゃんだ!!」
明希が嬉しそうに叫ぶ。
「あ・・・浅葱さんが懐かせた猫・・・」
アビは明希に鼻を寄せ「みゃあ」と鳴いた。
「掴まれって言ってるよ!」
「あっきーが猫と会話した!?」
「とにかく全員早く掴まれ!」
大城の号令で一斉にアビの身体を全員が掴むとアビはジャンプした。
その直後に井戸の底はすべて凍りつき、上昇していく面々を追いかけるように井戸の石壁も凍りついていく。
しかし無事、全員が地上に運ばれた。
逆フリーフォールを喰らわされて半分が茫然自失状態の中アビは一声「みゃあ」と鳴いて何処かへ駆けていった。
「ぜ・・・絶叫マシン苦手なのにぃ・・・」
珍しく弱々しい声を上げて地面に伏せる恒人の肩を英蔵が撫でる。
「浅葱さんのおかげで助かったね」
しんぢは頭を掻きながら呟く、さすがにいつもの胡散臭いスマイルを浮かべる元気はないらしい。
「名付けるならば《氷トラップ》は地下を出れば無効ってことみたいだな」
大城は井戸をふり返りながら言う。
確かに氷は井戸までで止まっていた。
「じゃあトラップ撃破だな!俺なんもしてねぇけど!!」
サトチがからからと笑った。
「ちょ・・・なにがあったんだよ!?」
騒ぎを聞きつけたらしい4人が戻ってきた。
「いやあ、急に地下が凍り始めてね〜」
と大城が簡潔に説明して笑う。
「危なかったです、絵を描くかと思いました」
へにゃっと笑う明希に全員がきょとんとする中、浅葱が言った。
「凍死するかと思った?」
「そうそれです、言い間違えました!」
絵を描く→透視図法→凍死。
「分かり難いわっっっっ!!!なんでアンタ普通に拾えるんだよ!!!」
逹瑯の叫びに浅葱は少し首を傾げて言う。
「いや、文脈で分かったから・・・」
「もうアンタ俺の天敵決定だ!!天敵だっっ!!」
むすっとして言う逹瑯に浅葱は目を細める。
「なにか不愉快にさせたならごめんね」
無心のトドメだった。逹瑯は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「天敵とか言ってないで少しは浅葱君を見習ってくれ」
ミヤがさらに追い打ちをかけた。
「生爪煎じて飲ませてもらえってやつですねぇ・・・」
明希が笑顔で頷く。
「生爪剥がしたら・・・痛いよ・・・」
英蔵が脱力気味に突っ込みを入れた。
「あきしこ!それを言うなら『爪のあか』だ」
マオに言われ明希は首を傾げる。
「え〜不味そうだよ、それ」
「生爪煎じたほうがグロいわっっ!」
マオ、思わず本気で拳を突き出して明希の頭を殴った。
「痛い〜!」
「どうやら此処は裏庭で、裏口からまた館に入る以外に道はないみたいなんだ、行くか」
相変わらずのマイペースっぷりを発揮してミヤが歩き出したので他の面子も慌てて後に続いた。


「ねーねー!リーダー!」
先頭を行くミヤの後ろで逹瑯が喧しく喚いている。
「・・・なんだよ?」
「俺、なんで浅葱君には勝てないの?」
阿呆な質問をされミヤは呆れたように目を細めた。
「人生経験の差?なに〜!?」
ミヤは無視することに決めたらしく視線を外して歩いていく。
拗ねた顔をする逹瑯の肩をマオが叩いた。
「浅葱さんにあって逹瑯さんにないもの、そして逹瑯さんが浅葱さんに勝てない最大の要因を教えてあげましょうか?」
「おう、教えろ!」
「博愛精神です」
「・・・はくあい?」
きょとんとする逹瑯にユッケが納得がいったとばかりに頷く。
「確かにたつぅには一欠片もないというか、一番縁遠い言葉だねぇ」
逹瑯はふり返ってユッケを叩いた。思いっきり叩いた。
「確かにないねぇ」
しんぢはそれを見て薄笑い。
ぎゃーぎゃー騒ぎ出した逹瑯とユッケを一瞥して肩を竦めるミヤの隣に浅葱が並んだ。
「すまないな、ウチの馬鹿共は緊張感がなくて」
「いえ、この状況においても平常心を失わず、逹瑯君は初日からずっと重要な場面では先頭に立ってみんなを勇気づけてくれたからね。昨日はウチの恒人を助けてもらってとても感謝してるよ。ともすれば不安に押しつぶされてしまいそうな中で明るく振る舞っている逹瑯君には俺も助けられている。一筋の光のような強さを持った人に見えるよ」
あくまで穏やかに言う浅葱を見上げミヤは足を止めて目を見開いた。
細い目を限界まで開いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
そして耳まで真っ赤になると顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「え!?俺なにか変なこと言いましたか?」
「すげぇ・・・ミヤ君が褒め殺された・・・てかあそこまで動揺してるミヤ君ってあんま見ないべ・・・」
心底感心した様子のサトチの隣でユッケが曖昧な笑みを浮かべる。
「こっちでたつぅも巻き添え撃沈してるよ・・・」
逹瑯もしゃがみ込んで顔を覆っていた。
「む・・・無心の博愛、恐るべし・・・」
マオが半分死んだ目で呟く後ろで、当のDメンバーは浅葱はなにか変なことを言っただろうかと首を傾げていた。
「なんで逹瑯さん達はダメージを受けているんでしょうか?」
「浅葱さんは普通のことしか言ってないよね?」
「ってゆーか、浅葱君の物言いにしては恥ずかしくないほうやんなぁ」
「だよね、もっと凄いことでもさらっと言うよね」
そんなことを言い合うD楽器隊にゆうやが言った。
「・・・いや、もう充分すぎるぐらい凄いこと言ったから」
「逹瑯さんが性格褒められることってあんまないもんねぇ」
さくっと酷いことを言う明希の腹を肘で突きつつマオも言う。
「しかしあれでミヤさんがダメージ受けたってことはミヤさんも内心では逹瑯さんをああ思っとるのかいな?」
ばっ!と先に回復したらしい逹瑯が立ち上がった。
「このまんまじゃドSが廃るべ!」
「そのまま永久に廃れきって欲しいけどね、こっちは」
笑うユッケを叩きつつ逹瑯は他の面子を見渡す。
「弱気を挫き強きを挫き、でも勝てない喧嘩はしねぇのだ!ジャイアンだって先生と母ちゃんには弱い!」
「なんですかその意味不明な持ち直し方は・・・」
曖昧な笑みを浮かべるしんぢをちらっと見てから逹瑯は高らかに言う。
「年下はいぢめてやる!」
「この中でオレらの年下って、ゆうやと明希と恒人君だけなんだけどね」
ユッケに言われて逹瑯は目を細めた。キャリアの関係があるのでごっちゃになっているが年齢的にはその通り。
逹瑯はまずゆうやを見る。
「ゆうや!」
「なんっすか!?」
「『ワン』って言え!」
「・・・わんっ!」
「あんま面白くねぇな・・・明希!『にゃあ』って言え」
明希はうにゅ顔で素直に言った。
「にゃあ!」
「よしっ!恒人君は・・・」
「イヤです」
言う前に断りそっぽを向く恒人に逹瑯はふんぞり返って言う。
「『みゃあ』って言って!」
「・・・・・・・・・みゃあ」
視線をそらしたまま照れながら言った。逹瑯は小さくガッツポーズをする。
「明希と恒人君、これから喋る時は語尾にそれつけて喋れ!」
「分かりましたにゃあ!」
明希はごく普通の調子で言った。
「・・・なんでそんなことしなきゃいけないんですか」
「俺がやって欲しいからに決まってんべ」
むくれる恒人に逹瑯はきっぱりと言う。
「ええやん、減るもんでもないし、やったら」
「そうそう、やってみたら?」
涙沙と大城に言われ恒人は仕方なく逹瑯を見て言う。
「逹瑯さんって英蔵さん以上に変態なんですかニャ?」
ツンデレ猫語後輩というジャンルが開拓された。
あとさり気なく英蔵が変態にされた。
「よしっ!」
「よしじゃねぇよ・・・なにしてんだてめぇは・・・」
いつの間にか復活していたミヤが黒いオーラを纏いながら逹瑯の背後に立っていた。
「・・・あれ?」
「なにを恥ずかしいことしてるんだよ、たつお」
本名呼びだった。キレてらっしゃる。
「さーせん!リーダー!調子に乗ってましたっっっ!」
頭を下げる逹瑯にマオが冷ややかに言った。
「とゆうかすでにカオスな状況ばこれ以上カオスにしてどうするんやろか?」
「まったくたつぅは変態の極意ってものを分かってないねぇ・・・」
軌道修正しかけた話を再びカオスに戻したのはユッケだった。
「ああ?どーいうこったよ?」
不機嫌そうな顔をする逹瑯にユッケが耳打ちする。逹瑯はにまっと笑って明希と恒人を見た。
「お二人さんさぁ・・・『東京特許許可局長今日急遽休暇許可拒否』って言ってみて?」
明希はきょとんとして首を傾げてから言った。
「とうきょうとっきょかか・・・みゃあ!」
速効で諦めた。諦めのいい子だった。
恒人は挑むような顔になって言う。
「とうきょうとっきょきょきゃきょくきょくちょーきょうぅきょかきょき!」
頑張ったが言えなかった。そして悔しそうな顔をして唇を噛んだ。
「これが変態の神髄だよ、たつぅ!」
「なるほどな!あ、二人とも言えなかったから罰ゲームとして今後ずっと猫語でしゃべれよ!」
けらけら笑い合う二人の背中にミヤの蹴りが飛んだ。
「恥ずかしいからやめろ」
「お二人ともユニークな方ですね」
「阿呆なだけだ」
またも浅葱が無心の賞賛を述べたがさすがはミヤ、こんどはきっちり返した。
「じゃあ無駄話はこれくらいにして先に進みましょうか・・・」
しんぢの号令で一行はまた歩き出した。



裏庭は手入れがされていないようで、荒れていた。かつて花壇であったであろうものやらなにやらは全て朽ち果てている。
「そういえば英蔵さん、ランタンを井戸の底に置いてきちゃったんですけどニャ」
「・・・いや、ツネ。律儀に猫語つけなくてもいいと思うんだけど」
「罰ゲームならしかたありませんニャ」
「そ、そ、そ、そうですか」
英蔵、思わずどもったあげくに敬語だった。この対応の弱さが「むっつりスケベ」を定着させる一つの要因である。
「彼は真面目なのか頑固なのかどっちっすか?」
「両方じゃないかな」
ゆうやの問いに大城が笑顔で答えてから明希を指さす。
一人「にゃーにゃー」言いながら楽しげだ。
「明希君はどっちなの」
「あっきーは・・・只の馬鹿です」
「ゆうやに言われたくないにゃー!」
「・・・ランタン置いてきちまったのか」
この阿呆な会話の中で重要な点だけしっかり拾ったミヤが言う。
「ごめんなさい・・・にゃ」
あくまで罰ゲームを守るつもりの恒人にさすがのミヤも少しだけ口元が緩んだ。
「まぁいいさ、あの地下室で必要なだけだった可能性も高いしな」
「俺的には・・・ツネは小狐なんだけれどね・・・」
「ああ、初日もそんなこと言ってましたね〜」
マオは浅葱のズレ発言は流すことに決めているらしい、対明希用に鍛えられた天然への対処法だ。まあ明希と浅葱では天然の種類が違うが。
「でも狐の鳴き声って『コン』?なんか変だよね・・・まぁ犬か猫かで分ければツネって猫なんだけど、狐って犬科だけど性質的には猫に近いから・・・」
「浅葱君、そろそろやめよっか」
迷走しかけた浅葱を涙沙がピンポイントで止めた。
「そういえば一つ疑問があるんですけどニャ」
「なに?ツネ」
あくまで猫語を続ける恒人に浅葱が微笑ましそうな顔で言った。
「自虐亭さんの物言いからすると、リジーの部屋に入ったのは俺達が初めてではにゃいんですよね?でも、この空間で死んだら実際に死ぬ、ってちょっとおかしくにゃいですかニャ?」
飲み込みの速さの無駄使いだった、猫語スキルを上げてどうするというのだ。
「うにゃ〜?どーいうことにゃ?」
明希はノリノリだった。猫語に。
「言いたいことは分かるで、怪談話が流布してるのは普通のことやけど、それで死人が出てたのなら・・・もっと騒ぎになっていてもいいはずやね」
涙沙は頷いて浅葱を見る。
「この空間で死んだら死ぬってことが分かっているっていうことは、実際に死んだ人間がいるってことだからね」
「その自虐亭を信用するなら死んでいたとしてもごく少数なんだろうがな・・・だとしてもあれだけ呼びかけて『自分も体験した』って言う人間が皆無だったのは変だ」
ミヤが眉間にシワをよせて頷く。
「完全に憶測になるけどさぁ、魂だけ召喚されてる状態で魂だけ死んだら現実世界では心臓麻痺とかそんな扱いになってんのかもね・・・」
逹瑯もようやく真顔になった。
「『体験した』だなんて軽々しく言えないような結末を迎えたんじゃないかな・・・自虐亭さんの言うところの『犠牲を払う』」
しんぢがそう言って目を細めた。
『犠牲』
払われるべき犠牲。
「ユッケ、自虐亭さんとはもう連絡取れないのか?」
「ん、シャットダウンされた感じだったからさ。でも目が覚めたらもう一度メールしてみるよ」
ミヤに言われてユッケは曖昧な笑みを浮かべる。
ミヤは何かに気づいたように視線を送った、ユッケは俯く。
たぶん感づかれたなと思いつつユッケは小さく息を吐いた。
一つだけ他の面子には告げなかったことがあるのだ。

−他の13人全員がお友達というわけではないんだろう?
−どう足掻こうが物事に優先順位はつけなくてはいけないんだよ。その時がくれば分かる話だ。

自虐亭が言ったこと。
単純に解釈するならば『犠牲』とは『他の誰か』のことではないだろうか。
ユッケはサトチを見た。
いつものぼんやりした様子ではなく、ドラムを叩く時のような真摯な顔で見返してきた。
馬鹿ではあるが感情の機微には聡い男だ、ユッケがあえて黙っていることも察しているのだろう。
ユッケは他の面子を見渡した。
「にゃーにゃー」はしゃぐ明希をマオが呆れ半分微笑ましさ半分と言った顔で見ている。そんなマオにゆうやがじゃれつくようにそれでも落ち込み気味の彼を気づかって遠回しに元気づけている、そんなメンバーの様子をしんぢが感情が読みにくいが優しさを込めた表情で見守っている。
昨日の分断で少し仲良くなったらしい恒人に逹瑯がいつもの無駄にえらそうな態度で、乱雑な可愛がり方をしている。そんな逹瑯をミヤが無表情だが、長い付き合いのものには分かる優しい目で見ている。恒人は猫語しゃべりを罰ゲームから英蔵へのからかいの道具へ変換したらしく、わざと絡んではくすくす笑っている。戸惑う英蔵に大城がひょうきんな顔でいぢっている。その様子を微笑ましそうに眺める浅葱の隣で涙沙がきゃらきゃらと笑っている。
「・・・できるわけ、ないよ」
優先順位なんてつけられるわけがない。
勿論メンバーとは血脈すら凌駕するほど喩えようもない深い絆で繋がっている。
シドは良い後輩で、仲もいい。Dとは今回のことがあるまでそこまで親交はなかったが、とても面白くていい人達だとはっきり分かる。
選べまい。
だって、自分がそうであるように、シドにしてもDにしてもメンバー同士の絆というものは重くて深い。苦楽を共にしてきた仲間であり、幾多の壁を乗り越えた戦友であり、心の一番深い部分にある脆く柔らかな感性を分け合える相手であるからだ。
ならば・・・選べない。
その痛みも喜びも分かるからこそ、優先順位なんてつけられない。
此処で他を否定し、切り捨てるならば、自分の尤も大切な中心部分を吐き捨てるのと同義だ。
「・・・ユッケ」
いつの間にか隣に立っていたミヤが言った。
「話せることなら後で話せよ、オマエはすぐ一人で抱え込もうとする。分け合えることならちゃんと話せ」
「・・・ミヤ君」
「すごいと思わないか?この空間に来てから何回怖い目に合った?何回死ぬ思いをした?でも全員一切ペースを崩していない、むしろ逞しくなっているぐらいだ。人間は脆弱な生き物だ、簡単に呑まれて簡単に染まる、周囲の色に溶け込むのが一番楽な生き方だ。此処にいる全員、誰一人としてその楽な道を選ばなかったんだろうな、茨の道を突っ切って生きてきたんだろう、嫌なことは無視して、汚いことは無視して、そうすれば楽なのに全部直視して生きてきたんだろうな。そういう人間は脆い、心は痛みに強くなれないからいつまでたっても傷ついてばかりだ、だって痛みがなくなったら痛みに麻痺した自分がイヤになっちまうからな・・・いや、他の人達のことは詳しくは知らねぇけどさ、とんでもねぇ苦労をして、泥水飲んで、這いずってでも夢に向かって突き進んで来たってことは目を見れば分かる・・・」
「ぐっちゃ・・・」
あだ名のほうでミヤを呼んでユッケは熱くなった胸を押さえる。
「俺をリーダー気質だと言ってくれたよな?でもリーダーは一人じゃできない、この空間に一人だったら俺はなにもできなかった」
「・・・うん」
誰もペースを崩してはいなかったが、不安を抱えていない人間だっていないのだろう。
それでも保っていられるのは一人じゃないからだ。
気づけば他の面子も口を閉じて真っ直ぐにこちらを見ていた。いつから聞かれていたのかと思えば恥ずかしいけれど。
「さぁ、行きましょうか皆さん。今日を入れればあと3日、この馬鹿げた稚拙で幼稚な空間を終わらせましょう」
浅葱が優雅に手を差し出して微笑む。
「ガキの落書きでももうちょいマシって感じだからな、ちなみに俺はハッピーエンド以外は認めない」
マオが不敵に笑う。
「俺の全てを賭けて保証する。俺達は最高だ、この面子で負けるわけがない。さっさとこの阿呆な世界をぶち壊すぞ」
ミヤが涼しげな顔で淡々と言う。
13人分のかけ声が赤い月を揺らす勢いで響き渡った。




比較的新しいアパートの前に止められた車に恒人が駆け寄っていって扉を開けた。
昨晩は裏口の扉を開けた時点で終了アラームが鳴り、本日も元気にお仕事。
「英蔵さん、おはようございますニャ!」
「え!?まだ続けてるの!?それ!?」
慌てる英蔵に恒人はにんまりと笑う、狐耳と尻尾装備バージョン。
いや、猫語なのに狐耳って新しいな・・・
「だって罰ゲームだからしかたないニャ」
「・・・・・・」
「ちなみに逹瑯さんからの指令でユッケさんにモーニングコールをしたら本気で喜ばれたんですよ、にゃあ」
車に乗り込みつつ恒人は楽しげに言う。
「そんなことしたの?」
「はい、『お兄ちゃん朝だよ〜!早く起きてニャ!』と言うだけでしたけどにゃ〜」
いろんな意味で合掌だった。
「ちなみになんて返されたの?」
「・・・『キャほぉぉぉぉおぉぉおうっ!』って奇声を上げられました・・・にゃっ!」
英蔵はしばらくハンドルに顎を乗せたまま遠くを見てから言った。
「恒人さん・・・お願いだから・・・猫語止めて下さい」
「にゃんでですかぁ〜」
「なんかすっごく・・・可愛いなぁ!こん畜生っ!!と思っている自分が怖くなるんでっ!」
「猫は確かに畜生ですが・・・どうしましょうかにゃあ・・・」
「今日のお昼ご飯は俺の奢りで!デザートに杏仁豆腐つけて、後でコンビニ寄ってハーゲンダッツのドルチェもつけます!」
「わかりました、やめます」
にま〜っと笑った恒人の顔を見て「計算尽くか・・・」と一瞬思ったがまあいいだろう。
「ツネ・・・あと二日だね・・・」
「そうっすね〜・・・大丈夫ですよ」
そうして恒人は先程とは違う静謐な微笑みを浮かべる。
「絶対に大丈夫です」
「そうだよね」
英蔵も笑い返した。



逹瑯は朝食にバターをぬった食パンをトースターに突っ込んでから伸びをした。
「今日は、取材とコメント収録だよな〜多少は服に気を使うか・・・」
すり寄ってくる愛猫の頭を撫でてからチェストの引き出しを開け、分厚いファイルを取りだして捲る。
捲れば捲るほど、収納されている紙は古く、中にはボロボロになっているものもあった。
今まで書いてきた歌詞達。
一応最終決定版ではあるが直前で手直ししたり、削ったり付け足したり、最後の最後まで伝えたいことを形にすべく試行錯誤した言葉達。
それをしばらく眺めてからもう一つのファイルを取り出す。こちらはミヤが書いた詩だけを入れている。
自分とはまた別の癖のある字が踊っている、自分と同じように直前まで試行錯誤した後が見て取れる。
自分とは違う視点で世界を見て、自分とは違う表現で、自分とは違う言葉選びで綴られた詩。叫びのような詩。
読むだけでその時の状況を、情景を思いだす。
「これとかマジで死ぬぐらい歌い直しさせられたよなぁ」
そしてあるページで手が止まる。当時の自分達をストレートに描いた歌詞。
血を吐くような言葉。
これを渡された時、胸が押しつぶされそうになりながらも逹瑯にできたことはこの詩を飲み込み、唄うことだけ。
しかしそれが最大で最高の返礼だった。
逹瑯がミヤを見ていて思うのはとにかく世界へも自分へも言葉を疑問をぶつけ続ける人間だということだ。
言葉が巡る、思いが巡る、心が巡る、そうして今の自分達がある。

『なあ逹瑯・・・死んだらどうなんのかなぁ?』
『消えるんじゃない?死んだらそれでお終いだよ』
『でも・・・本当にお終いにしちまいてぇ時ってやっぱあるよな・・・』
『・・・・・・いつかはみんな死ぬよ』
『そうだな・・・その時に、俺は何を残せるんだろうなぁ・・・』

ファイルを閉じて小さく息を吐く。そして少し苛ついたような声で言った。
「やっぱり、あの空間は違うよ・・・てんでなってない、ダメダメだ、稚拙で適当だ」
それこそ安直なラブソングのような、恋人の死だけで泣かせる小説のような稚拙さ。
ミヤなら「美学がない」という言葉を選ぶだろう。
確かに人形が襲いかかってくれば怖いし、拷問部屋は不気味だ、あの空間で一人ならなにもできなかったのも事実、それでも・・・
単純すぎるのだ。
「悪意の集合体、ねぇ・・・」
害意もなく殺意もなく決意もなく、人を殺せてしまえる空間といったところか。
「さて、あと2日か・・・ちょっとばかり燃えてきちゃったんだけど、俺」
ファイルを大切そうに元の位置へ戻しながら逹瑯は少し口角を上げた。

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