ドウタヌキ?


僕等の壊した世界・七


―そして僕等は世界を壊す



20日ほど前のこと、某県県庁所在地にあたる市内の安アパートの一室で、一人の男がノートパソコンの画面を見ていた。
長身痩躯、全身黒ずくめ、顔立ちは驚くほど特徴がないが室内だと言うのにブルーのサングラスをしていた。
パソコンの画面は何も立ち上がっておらず、ディスクトップのおそらくは何かの漫画のキャラクターらしき壁紙が映し出されていたが、そこに次々と文章が浮かんできていた。
男はそれに驚くでもなく、ごく普通にパソコンに、いや、その文字列に向けて話しかける。
「僕にどうしろって言うんだ、僕にできることは全てやった・・・分かっている、分かっているし、それに僕も君と同じ意見なんだよ」
男はそこで煙草をくわえて火を点ける。ゆっくりと紫煙を吐きだしてから言う。
「だいたい君と同じ意見なんだ。この世界は最悪だ、裏切りなんて珍しくもない、誰しも自分が一番可愛い、3秒に一人、いや1秒に何人も理不尽な不幸に見舞われている。誰かが誰かの幸せを妬み、誰かが誰かの不幸を笑い、通りすがりの死に目もくれずに生きていく・・・だから君が特別不幸なわけじゃない、只の不運だ、珍しくもなんともない・・・変えようとしたさ、これでもね。メーデーには毎年参加してる、意見があえばデモもやる、先頭に立ってやったことだってあるんだよ。でも何かを変えられたことなんて一度だってなかった。100人で叫んでも無駄だった、千人で叫んでも無駄だった・・・じゃあいったいどうすれば変わるんだ?」
男はそこでまたパソコン画面に映し出された文字列を読む。
「そうだ、僕はどうしようもない人間だ、塵芥だ。道を歩いていて石をぶつけられたって文句を言えないようなゴミだよ。・・・そうだね、だからもしも・・・こんな世界を愛し、変わらないと知りつつも叫びつつけ、裏切りなんて概念すら持ち合わせず、理不尽が立ちふさがればそれを叩き壊して我が道を進むような、そんな人間がその場所に現れたら・・・変わるかもしれない」
男は映し出された文字列に目を細めた。
「いやいや、そういう人間は救世主でも聖人君子でもないよ・・・愛すべき馬鹿だ。僕が一番好きな人種だよ」
そこで男は顔全体の筋肉を引きつらせた、どうやら彼なりの笑顔らしい。
パソコンは勝手にスタンバイ状態に切り替わる。
男は「やれやれ」とばかりに肩を落とした。
自虐亭を名乗る、男の話だ。



七日目深夜、シドのドラマー、ゆうや宅にて。
「ゆうや〜!腹減った!飯早く作れよ、もちろんマオにゃんがわざわざ来てあげたんだからカレー作ってくれるよね、カレーーー!!」
「え〜〜!カレーじゃお酒に合わないよ、ゆうやー、お酒に合うご飯作ってね」
「ゆうや、コーヒーのおかわりちょうだい」
「お・ま・え・ら・ねぇ!!!」
台所から駆けだして来たゆうやが地団駄を踏みながら叫んだ。
「なにくつろぎまくってんだよ!ちょっとは手伝えよっ!」
「はぁ?俺ら客だよ、なに言ってんの?」
しれっと言うマオを睨んでゆうやはため息をついた。
「カレーにしいたけ入れてやる・・・」
「てめぇふざけんな、カレーを冒涜する気かっ!」
可愛い顔に合わない恐ろしい目で言うマオに明希が楽しそうに言う。
「マオ君、某村の分校の先生みたい〜」
「明希、オタク丸出しなボケはやめてね」
「ひぐらしはオタクじゃなくても知ってるよ」
しんぢにオタク呼ばわりされて明希はうにゅ顔で不満を漏らす。
「つーか、あっきー!君に呑ませる酒は一滴もありませんから」
「なんでだよ、ゆうやのいじわる!」
「黙れ破壊神!」
「ゆうや、どうでもいいから早くカレー作れよ」
「・・・この我が儘猫どもめっ!」
「あ〜もう、しょうがないなぁ、ゆうやは。手伝ってあげるよ」
そう言いながら立ち上がる明希にゆうやは釈然としないといった顔をした。
「なんで俺が悪いかの如く・・・」
「ゆうや、コーヒーおかわり」
「しんぢ、自分でやって〜」
「ん、分かった」
何故か明希の言うことは聞くしんぢにゆうやはますます複雑な気持ちになる。
「ゆうや、お腹すいたってば!早くカレー!!」
「あ〜!!!!もう分かったよ!さっさと作るよ!さっさと喰ってちゃっちゃと寝て下さい!!」
ゆうや、自宅で爆発だった。


変わってこちら、Dのボーカリスト浅葱宅。
「みんなでお泊りとかすごく久しぶりだねっ」とご機嫌な浅葱にこちらもご機嫌な涙沙が言う。
「そやな、ツアー先のホテルとかとはまた違う楽しさがあるな、あ!俺もなんか手伝うことある?」
台所から顔を出した恒人もやはりご機嫌な様子で言う。
「大丈夫ですよ、手は足りてますから。というか雑用はぜーんぶ英蔵兄貴がやってくれますから!」
「ちょ!?ツネぇ・・・。いや本当に大丈夫ですよ、さすがに5人も台所に立つと狭いですし」
「人の家の台所を狭いとか言ってますこの人っ!」
「いやいやいや!そーいう意味じゃないでしょ!?」
「君ら手伝ってんのか遊んでんのかどっちだよ!」
大城に言われ下手組は「はーい」と台所へ引っ込んだ。その様子に浅葱と涙沙は顔を見合わせて笑う。
「今日でお終いだね・・・」
「そやな、ようやく終わりや。明日からようやくゆっくり眠れるわ」
「無事に終わるかな?」
「当たり前やろ〜!絶対に大丈夫やて、みんなおるんやから大丈夫」
「・・・そうだよね、ごめんね変なこと言って」
「それこそかまわんし。まあ俺・・・危ないことはしないつもりやけどね、今日も」
不意に真顔になった涙沙を浅葱は不思議そうに見た。
「俺はな、俺になんかあったらたくさんの人に迷惑がかかるし、心配かけるから危ないことは絶対にしない、そのスタンスが間違ってるとも思わん。でもツネとかめっちゃ先陣切って突っ込んでくやん、あれもまたすごいと思う・・・浅葱君はどっちが正しいと思う?」
「どちらも正しいし、るいちゃんのその気持ちも、ツネのやり方も俺はとても尊敬してるよ、それぞれがそれぞれのやり方でいいんだ、だからきっと上手くやれてきたんだよ」
浅葱は柔らかく微笑んで台所でじゃれ合っている三人に視線をやった。
「俺、ミヤさんとか見ててすごいなぁって思った。好奇心が強いっていう点では俺と似てるけど、俺が知的探求に寄ってるのに対してミヤさんは全部行動にうつしちゃうタイプなんだよね、マイペースでいてメンバーのこともちゃんと把握してるし。マオさんもゴーイングマイウェイな感じなのに存在だけで周囲を引っ張ってるし、みんなすごいと思う、それぞれがちゃんと自分の力で自分の確固たる意志で輝いてる・・・るいちゃんの言うとおりだ、みんながいるから大丈夫」
涙沙と浅葱が微笑みあっていると台所からまた賑やかな声が聞こえてきた。
「浅葱さ〜ん!お盆とかありますか?」
「英蔵さん、いいじゃないっすか、そんな量ないんだからみんなで運べば〜」
「え〜!ちょっとツネぇ・・・」
「はい、しゃきしゃき運ぶっ!俺の特製高菜チャーハンが冷めるでしょうが!」
「「はーい」」
涙沙と浅葱はまた顔を見合わせて笑い、自分達も手伝うために立ちあがった。


ムックのリーダーでギタリスト、ミヤ宅。
「ちょっとミヤ君!灰皿掃除してる!?ギズモだっているんだからマメに片づけてよ!ああ!なにこのたこ足配線!火事になったらどーすんの!?ミヤ君、使うとこしか掃除してないでしょ!ちょっとこのコンセント中身見えてる!取りかえなよ危ない!!」
「・・・うっさい」
「うっさいじゃないよ!?」
なにやらいつもと立場が逆転している逹瑯とミヤにリズム隊は顔を見合わせる。
「たつーって案外、世話焼くタイプなんだよね。細かいし」
「うぜぇことに変わりはねぇけどなっ!」
部屋を見ながらわめく逹瑯を、心底鬱陶しげな顔で無視しつつミヤは人数分の紅茶を入れている。
「ミヤ君、灰皿掃除するからねっ!」
「・・・好きにしてくれ、俺は困ってない」
「っていうか灰皿の隣に雑誌積むのはやめなよ、本気で危ないよ!」
「・・・ああ」
「あと、たこ足配線も本気で危ないんだからね!」
「・・・ああ」
「壊れたコンセントも使っちゃダメだよ!」
ミヤに口うるさく注意する逹瑯という珍しい光景を、リズム隊は面白そうに見ていた、いっそカメラに収めたいような映像だ。ミヤは完全に聞き流しているようだったが。
「っていうか正当なことを言ってる逹瑯ってなんかすげぇな」
サトチのある意味失礼な言葉にユッケが頷く。
「うん、間違ってるミヤ君に正しいことを言うたつぅってなんかすごい!ウサギがカメを背負い投げみたいなっ!」
「その例え俺よく分かんねぇ!」
「俺も分かんないよっ!」
「・・・ああ、うるせぇ」
ミヤが紅茶を出し、ようやく全員が落ち着いて着席する。
「ってかさ〜、俺ミヤ君の家来るの久しぶりだよ。この家初めてだし」
初めてのわりにふんぞり返って言う逹瑯にリズム隊がにまりとして言った。
「俺は二回目だよ」
「俺は四回来てるなっ!!」
「ええ!?なんだよそれ!?俺は呼ばれてねぇぞ!?」
「だからお前らうるさい、夜中なんだから声落とせよ・・・」
「防音になってんじゃねーの?」
「機材使うとこだけなんだよ、あと気分的にうるせぇんだよ」
鬱陶しそうな顔のまま紅茶をすするミヤに逹瑯はテンション高く言う。
「ミヤ君、晩御飯どーすんの!?」
「・・・最後の晩餐になるかもしれねぇしな」
さらっと言って微笑んだミヤにリズム隊がびくりとして顔を見合わせた。
「で、どーすんの?」
軽薄な笑みを浮かべたままの逹瑯にミヤはやはりさらりと言う。
「オムライス作れ、適度なもんが食いたい」
「いえっさー!リーダー!」
台所に駆けていく唄うたいを見送って、どうやら今のは絶妙な振りであったことに気づき、リズム隊は笑って顔を見合わせたのであった。





そして最終日、夢の中。
「・・・ネタ切れ?」
再び『フリージア』の衣装をまとったユッケが呟いた。
「ま、コテじゃないからね、俺ら」
『涙の温度』のマオも言い、他のシドメンバーも頷き、現在も力一杯コテを貫いているDの面々を見た。今回は『Snow White』だった。
「改めて思ったけど、俺らの衣装全部重量あるよね・・・」
豪奢なコートをひらつかせて浅葱が苦笑する。
「すげぇねそれ、魔女みたい」
逹瑯に言われて浅葱はちょっと困ったように頷いた。
「そうなんですよ。このPVの時、白雪姫のイメージが入ったものを撮影したんですけど、白雪姫っていうより魔女の継母の方に見えるってファンの子から突っ込まれちゃって・・・」
「俺はいつでも上着を脱いだら夏ですけどねっ!」
と大城が豪快に上着をはだけて笑う。
「暑くない?」
「明希様・・・その言葉V系を根底から否定してんぞ」
うにゅ顔になった明希に逹瑯が冷やかに突っ込んだ。
「まあ、それはともかく最終日なわけだが、作戦はメールでした通りだ、何か質問はある人いるか?」
ミヤの仕切りに全員が首を横に振る。ミヤは一息ついて浅葱を見た。
「じゃあ俺から一つ、浅葱さんに質問していいかな?」
下方向から鬼目で見つめられ、浅葱は多少動揺したように頷いた。
「公式サイトの日記を読ませてもらったんだけど・・・」
「あ、あれを読まれたんですか?なんか恥ずかしいですね」
照れ笑いする浅葱にミヤは淡々と言う。
「なんでいつも時候の挨拶から書き始めてるんですか?」
「・・・・・え?なにか変ですか!?」
思いもよらないことを言われたと浅葱は目を丸くしてメンバーを見る。
「いや、別に変ではないと思うで」
「あ、そっかならいいんだけど・・・」
「あの」と恒人が挙手をしてミヤを見る。
「更新頻度の問題じゃないですかね?ウチはブログではないのでしょっちゅうは書きませんし、書き上がったものをUPしてもらう形式なので」
なんとなく正論っぽいことを言われ、ミヤは一応頷いた。
「俺、たとえ月一しか書かなくても時候の挨拶なんかしねぇけど」
「たつぅはしないんじゃなくてやりかた分からないだけでしょ」
口を尖らせる逹瑯にユッケが小馬鹿にしたように言った。
「ああ!?俺だってやればできんべ!俺やればできる子だもん!」
「じゃあ今の季節だったらなに?言ってみなよ?」
珍しく優勢に立ったユッケがここぞとばかりに責める。ちなみに思いの外長編になってしまって時が過ぎているが、現在は12月上旬である。
「はあ!?え・・えっと、寒くなってきましたねっ!」
鼻で笑うユッケを逹瑯がべしべし叩いていると浅葱が穏やかな笑みで言う。
「12月ですからそれでも大丈夫ですよ。俺もべつに正しいものを使っているわけではありませんけど」
「ほらみろ!!」
逹瑯がふんぞり返っていると、明希が首を突っ込んできた。
「Dのみなさんは、書いたものを上げてもらう形なんですか〜?」
「ん、うん。パソコンサイトの方はそうだよ」
一番近くにいた英蔵が答えると明希は眉間にシワを寄せる。
「あ〜、俺もそっちのがいいかも。今のブログ、メールで更新できるからたまに間違えて誰かに送ろうとしたメールブログにあげちゃうことあるんだよね。別にいいんだけどさ・・・」
「あんまりよくはないよ」
しんぢが冷静に突っ込んだ。
「あっきーってメールもよく誤爆するもんね」
ゆうやは半笑いだった。
「誤爆と言えば英蔵さん、一昨日浅葱さん宛てのメールが俺に届いてましたよ」
恒人に言われ英蔵は完全に挙動不審になって叫ぶ。
「うえええ!?ちょ、なんだよ、おま・・・教えてよ、そーいうことは!浅葱さんから返信来なくて地味に凹んでたんだぞ!?」
「確認しない方が悪いんじゃないっすか〜」
べーっと舌を出す恒人の腕を掴んで英蔵、必死の形相。
「っていうか読んだの!?」
「あまりに面白すぎる内容だったんでちゃーんとロックかけて保存してあります」
「ツネちゃーん、後でそのメール俺にも送って!」
「あ!俺も俺も!!」
大城と涙沙が手を上げてはしゃぐので英蔵はますます動揺する。
「マジで勘弁してよ〜!!」
ぎゃあぎゃあとじゃれ合っているD楽器隊を指差してミヤが浅葱に問う。
「いいんですか、アレ?」
「ええ、ツネは悪戯好きなお茶目さんですが、人を不快にさせないラインは心得ている聡明な子ですし、大城君もるいちゃんもそれを分かっていてああ言ってますから。もちろん英蔵君も、ウチのメンバーはみんな素直で心の澄んだ人間ばかりです」
ミヤは感心したように息を吐いた。
「すげぇな・・・一回でいいからそんな台詞言ってみてぇ・・・」
「照れずに言えばいいんですよ」
「いや、事実と違うことは言えないからな、一生言えない」
きっぱりと言い切ったミヤにムックのメンバーがずっこけた。
「あ、でもヤスは別か・・・」
「お!やったー!!」
跳ねるサトチの隣でユッケと逹瑯、脱力。
「ツンデレ君、ウチのリーダーがいじめるんだよ、いつもこーやって俺を虐げるんだ!」
へばりついてくる逹瑯を見上げて恒人は悪戯っぽく笑う。
「ツンデレなんでしょう?」
「そ、ミヤ君もツンデレなの。分かっちゃいるけどね〜ホントは俺のことだ〜〜〜〜い好きなくせして」
「分かってるならいいじゃありませんか〜」
「そうなんだけどさぁ。恒人君もアレでしょ?英蔵君大好きだからツンデレてるんでしょ?」
「いえ、単純にリアクションが面白いからからかってるだけです」
きっぱりと言う恒人に英蔵が「ツネぇ・・・」と情けない声を上げた。
「確かに面白いな。でもミヤ君はさぁ、自分がツンデレなのを認めないんだよ、天然なのは認めたのに」
「逹瑯、それは違う」
ミヤがちらりと逹瑯を睨んで言う。
「周囲が俺を天然だというから、客観的に見て俺は天然に見えるという事実を肯定しているだけであって、自分で自分を天然だと思ったことはない」
「え〜、ミヤさんは天然だよねぇ?」
と笑ってメンバーを見る明希に残りのシド面子、半笑い。
「まずお前が天然である自覚を持とうか、明希しこっ!」
「典型的なBね〜♪だよ」
「あっきーに人を天然だなんて言う権利ないからっ!」
「え?なんで??」
きょとんとする明希に他三人が声を揃える。
「「「お前が天然だからだっての!!!」」」
そうして一頻り笑ってからミヤがまた仕切るように言う。
「じゃあ、そろそろ行くか・・・心残りはねぇよな?」
「俺、あえて歌詞を書き上げずにきちゃいました、そのほうが気分的にいいかなって」
微笑む浅葱にマオも笑う。
「あ、奇遇。俺もそうしてきた」
「実は俺もだ」
ミヤも笑った。
「あ、そうだ、忘れてた!これを言わないと!」
逹瑯が満面の笑みで手を上げて言う。
「俺だけは絶対助かってやる!」
明希も笑顔で手を上げた。
「お〜!死亡フラグ立てですね!俺はえ〜〜っと、出口はすぐそこだ〜!!マオ君もなんか言って!!」
マオはやれやれと肩を竦めてメンバーを見る。
「愛してるぞ、お前ら」
恒人は少し眉間にしわをよせて英蔵の顔を見て言った。
「俺、もっと早く英蔵さんと出会いたかったです」
「え!?それも死亡フラグなの!?」
「・・・昔、すれ違ったあの時に挨拶を返していてくれたら、あのチンピラみたいな格好してた時」
「いや、あれはホントにごめんって。チンピラとか言うなよ〜」
「はい、英蔵さんも死亡フラグ立ちました〜!」
「・・・誘導された」
がっくりうなだれる英蔵の肩を笑って叩きながら大城も言う。
「ここは俺に任せてみんなは先に行ってくれ!!」
死亡フラグ立て遊びに浅葱も参加しようと身を乗り出したが、あまり死亡フラグを知らなかったのでしばらく迷ってから無駄に良い声で言った。
「えっと・・・バルス!!」
それに大ウケした涙沙が浅葱の手を取り、人差指を立てて笑うので、浅葱と涙沙は手を繋いだ状態で改めて言った。
「「バルス!!!」」
ミヤも無表情のままながら面白いとは思ったのか、他の面子を見回して言う。
「帰ったら俺のおごりで一杯やろう・・・」
ユッケが苦笑しつつ言う。
「ミヤ君無駄に上手いし・・・仲間って良いものだねっ!」
それにサトチが混乱したように周囲を見渡す。
「うう!?えと、え〜えと、えっとな!!えっと、俺が最強!!」
「・・・さとー無理しなくていいからね」
しんぢが胡散臭いスマイルを浮かべて言う。
「俺、此処から脱出できたら真人間になるよ」
明希がちょこちょこと移動し、ゆうやを指差した。
「はい、あとゆうやだけ〜!」
「ええ!?これって全員言うルールなの!?」
「当たり前やろ、大オチなんだから笑えること言わなかったら承知しないからな」
マオににまりと笑われて焦るゆうや。
「そんなこと言ったってさ・・・あ!てか浅葱さんと涙沙さんの死亡フラグじゃないよね!?」
「いいえ、ムスカの死亡フラグです」
恒人にきっぱりと言われ、ゆうやは言葉に詰まる。
「反論できない・・・っていうかなにその鉄壁ガード・・・えっと、生きて帰ろう、みんな一緒に!」
「ま、つまんないけど、この状況には合ってるから許してやろう」
ふんぞり返って言うマオにゆうや、引きつり笑いだった。
「せっかくだから、円陣組んで気合い入れでもしませんか?」
浅葱の提案にDメンバーはすぐに同意し、他の面子も照れ臭そうにしながら頷いて円陣を組んだ。
「じゃ、浅葱さん言いだしっぺだからお願いしますよ」
しんぢに言われて、浅葱はすっと真面目な顔になり、張りと艶のある声で言った。
「では・・・最終日、悔いのないように、現実でまた会えるように・・・全力で行くぞっっっっっ!!!!」
13人分の掛け声が響いた。



最後の扉はなんの抵抗もなく開いた、但し持っていたロングソードは部屋に足を踏み入れた瞬間に消えてしまったけれど。
武器は持ち込み禁止ということらしい。
広い、なにもない空間。キャパ千人ほどのライブハウスを思わせる広さとコンクリートの無機質な空間。
只一つ、中央にロッキングチェアが置かれていて、人形が一体腰掛けていた。
今までのとは違う、傷もなければ血糊もついていない、ごく普通の等身大の人形。
「こんにちは、リジー」
浅葱がそう言うと人形は瞬きをしてこちらを見た。
『なんなの、貴方達は・・・』
若い女性の声はなにやら立腹している様子だった。
『なんで怖がらないのよ、なに七日間きっちり巫山戯まわって遊んでるのよ!なにがフラグよ、なんなのよいったい!非常識にもほどがあるわっ!』
「非常識」と言われ、互いの顔を思わず見る。ミヤが一歩前に出て言った。
「過程はどうあれ俺達は此処まで辿り着いた、トラップをしかけたのはアンタか?」
『ミラーハウスの時だけよ、私はそこまでこの空間に介入できない、ただずっと此処に座って私の代わりが来るのを待つだけ!!貴方達の誰か一人でもトラップにかかって死んでくれたらそれで私は助かったのに!』
「気易く死んでくれたらなんて言うもんじゃねぇよ、5代目リジー・・・綾瀬代理恵さん」
人形は激しく瞬きをしてミヤを見た。
『なんで私の名前を!?・・・っアイツか!!!自虐亭が喋ったのかっ!!!』
人形の顔が歪み変形する、声も今や化け物と呼ぶに相応しい恐ろしげなものに変化していた。
『自虐亭!!アイツ・・・結局助けてくれなかったアイツめっ!!!』
「落ち着いて下さい、綾瀬さん」
浅葱があくまで穏やかな声で言う。
「俺達だって大したヒントをもらっているわけじゃありません、最終的な脱出のルールすら教わっていない、ただ《リジーの部屋》の主は貴方で5代目であることと、貴方の名前を聞いただけです」
人形は恐ろしげな形相のまま浅葱を睨みつけそれから甲高い笑い声を上げた。
『ああ、そうよね、どちらにしても私は此処から出られるんだ!!ようやく終わるんだ!!教えてあげる、とっても簡単なルールよ・・・此処から出るには

誰か一人、私の代わりに此処に残ればいいの。

それで他の人間は元の世界に戻ることができるわ、簡単よ』
そう言って人形は立ちあがり、椅子を差した。
『誰か一人がこの椅子に座れば、その人が次のリジーになる、そうすれば他の12人は助かるわ』
その言葉に対するリアクションが、人形にとっては妙だった。
全員、呆れた視線をこちらに向けている。
『な、なによ!?』
はぁ・・・と露骨なため息をついたのはマオ。
「7日もこんな阿呆らしいことに付き合わされたあげく、オチにそんな阿呆なこと言われるなんて・・・ほんっっと最悪っ!」
「ある意味ベタっていうか、まあ元がネット派生の都市伝説じゃそんなレベルっすかねぇ」
恒人も冷めた顔。
「まあ、一応聞いておくが。代わりのリジーが決まれば綾瀬さん、あんたも脱出できるってことは今、現実でのアンタはどうなっているんだ?」
『・・・4代目のリジーが私の中に入ってる、名前は知らないけれど、その子が綾瀬代理恵として生きているはずよ』
む、と首を傾げて逹瑯が前に出る。
「ってことは〜。例えば俺がその椅子に座ったら、俺がリジーになって、君が俺になって生きるってこと?」
『そうよ、心配には及ばないわ、記憶は継承されるから周囲に気づかれることはないわよ。来たのが全員男だなんてついてないけど、このさい仕方ないもの。此処から出られるならなんだっていいし、自分のことを気にいってたわけじゃないから別人になって生きるのも悪くない・・・さあ誰が代わってくれるの?』
こんどため息をついたのは涙沙だった。
「まあ、漫画とかやったら自分が犠牲になってみんなを助けるって良いキャラに見えるけど、リアルでそれやったら・・・只の馬鹿やろ」
「自己犠牲ってある程度は素晴らしいと思うけど、度を過ぎた自己犠牲まで美化しちゃうのはこの国の悪い風習だよ」
浅葱もそう言って呆れ顔。
人形はとてつもない形相で言う。
『私は自己犠牲で此処に残ったんじゃないわよ!!』
化け物じみた声で、しかしどこか悲しげに叫ぶ。
『私も自虐亭にコンタクトがとれた、6日目にね、それで教えてもらったのよ・・・最終日のルールを!此処から脱出する方法をっ!!13人の中に私の彼氏がいたの、彼が残るって言ってくれた!!だからそれを信じてこの部屋に入った!!そしたらアイツ最後にお別れが言いたいって私を呼んで・・・私を無理矢理この椅子に座らせたのよ!!自分が助かりたいからって最低な奴!!さあ、さっさと誰が残るか決めてよ!!そうでなければ永久に此処にいることになるんだからっ!!』
「君さぁ・・・」
少し怒りを含んだ声を上げたのは英蔵だった。
「そりゃ土壇場で裏切った彼氏も悪いとは思うけど、君は君でその恋人さんが残ることを止めなかったんだよね、最低だのなんだの言う権利あるの?」
言葉に詰まる人形に明希も冷やかな声で言った。
「同じことだと思うけどね、俺も・・・綾瀬さんも自分が助かりたかったんでしょ」
『じゃあどうすればよかったのよ!!』
「なんで考えなかったんだ?みんなで助かる方法を」
サトチが本気で困惑した顔で言う。
『でも、それがルールなら・・・』
ミヤがゆっくりと前に出る、いつの間にかその手にはギターがあった、愛用のギターを具現化させたらしい。
「ミヤ君、なんでギター?」
苦笑する逹瑯に「これが一番イメージしやすかったんだよ」と笑い、壁際まで歩いて行ってギターを構える。
『ちょ・・・ちょっと、なにするつもり!?』
「この空間を壊す、壊せばルールもなくなるだろ」
『壊すったって・・・』
「あ、そうそう。自虐亭さんが言ってたけどね、魂が離脱してる場合、元に戻る時は自分の身体を思い出せばいいんだってさ」
へらへら笑っている逹瑯に人形はますます戸惑う。
『そんなこと言ったって、意味が・・・』
「此処に誰か一人残すなんて馬鹿げたことするよりはやってみる価値はあるでしょう?綾瀬さんも自分の体をイメージしてくださいね」
穏やかに言う浅葱の手にも愛用のマイクスタンド。けっこう複雑な造りのものが見事に具現化されていた。
ミヤが「一度やってみたかったんだ」と無邪気な笑みを浮かべ、ギターを振りかぶって壁に叩きつける。
轟音、ほとんど爆発音に近い音がして、壁が・・・いや、空間がはじけ飛んだ。
片側の壁が丸ごと吹き飛んでいって、その向こうに何もない漆黒が広がっている。
唖然としている人形をよそに、他の面子は「お〜!」と感心した声を上げ拍手している。
「俺、あまり物を壊すのとか苦手なんだけど・・・」と浅葱がはにかんだような顔でマイクスタンドを今しがた自分達が入って来たドアに叩きつけた。
再び轟音がしてドアが、その向こうの廊下が、階段が、次々と剥離するように崩壊していく、崩壊は館の向こうの壁すら吹き飛ばし、その向こうに見えたあのメイズガーデンも粉々になっていく。
「すげぇ、超必殺技っぽい!マオ君もがんばっ!」
無邪気に跳ねる明希に少し呆れた視線を向けながら、マオも具現化したマイクスタンドを振りかぶり、床を叩いた。
轟音、床の一部が消え去り風が吹き抜ける。あのミラーハウスの上だったらしく鏡の破片がキラキラと舞い、出発地点だった地下室も破壊し、只の闇だけが残る。
逹瑯はシールド付きのマイクを手に、カウボーイのようにそれを振り回して天井へ叩きつけた。
天井が丸ごと吹き飛び、消える。上空に闇が広がる。
着実に破壊されていく空間に人形はただ呆然と立ちつくしていた。
なんだこいつらはと立ちつくしていた。
自虐亭とコンタクトを取っていた彼女にも、理論上この空間を破壊してしまえばルールも壊れることは分かっている、しかし保証なんてない、元に戻れる保証は一つもない。
たった一人、犠牲にするだけで他の12人は安全かつ確実にもとの世界へ戻れるというのに。
何故、何故なのか。
その犠牲すら、自分が成り変わってしまえばなんの問題もないはずなのに、記憶は継承するとそう言ったのに、なんでこんなことをしているんだ。
理解できない。
それに、破壊に勤しんでいる4人も、それを見ている他の面子も・・・笑い声を上げて、手を叩いて、なんて・・・楽しそうなんだ。
サトチが笑顔でこちらを向いて手を振る。
「なあ、大丈夫だっぺよ!ミヤ君が大丈夫って言ったし、みんな大丈夫だって言ったし!俺あんまよく理解してねぇけど、なんか大丈夫だろ!!」
無茶苦茶だ、呆然としていると、恒人に脇腹を突かれた英蔵が周囲の轟音にかき消されないように声を張り上げる。
「さっきはキツイこと言ってごめんね!でもさ、君だって他人に成り変わるよりは元の自分に戻った方が良いよ!その時に彼氏さん怒ってやりなよ!!」
「なんかですね〜!身体と魂にも繋がりがあるらしくて、今、綾瀬さんの身体には他の人が入ってますけど、綾瀬さんが本気で戻る気なら戻れるらしいっすよ!あとはところてん式だって!自虐亭さんからの伝言です!確率は3割らしいですけど!!」
恒人も声を張り上げる。
3割・・・そんな低い確率にかけてこいつらはこんなことをしているのかと目を見張る。
そして20日前、自虐亭からパソコン越しに聞いた言葉を思い出す。
自虐亭の言うタイプの人間は彼らだったのか。
なるほど、確かに聖人君子でも救世主でもない・・・只の馬鹿だ。
究極の馬鹿だ。
無茶苦茶だ、非常識だ。
あまりに楽しげに破壊を続けているその姿に、人形も思わず笑ってしまう。
そんなことを続けてしばらく。
最早残っているのは椅子の周りの床だけだった。13人がくっついてようやく立てるほどの小さな空間。周囲は闇だった、あるいは黒だった。
「んじゃまぁ・・・さくっといきますか」
逹瑯がへらりと笑う。
「ええ、ではまた・・・現実で会いましょう」
「ん、現実でね」
浅葱とマオも笑う。全員が笑顔を向けあったところで、ミヤが静かな声で言った。
「いくぞ」
そしてギターを床に叩きつける。
残りの全てが砕け散り、闇に呑まれた。















逹瑯はおもいっきり跳ね起きた。つけたままにしておいた電気が眩しい、まぎれもなくミヤの自宅だった。恐る恐る周囲を見渡す。
いつだったか特典DVDの撮影の時にしたように布団を並べて寝ている他のメンバーを見る。
ユッケが跳ね起き、サトチが跳ね起きた。
ミヤだけはもぞもぞと布団の中で一回転して「ねみぃ・・・」と呟き、細い目を開いている。
「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
奇声を上げて起き上がり、ぐるぐると手を繋いで踊りまわる逹瑯、ユッケ、サトチを見て、ミヤはだるそうに身体を起こし、煙草に火を点ける。
「戻って来たぁぁぁ!!」
「ミヤ君すげぇ!!みんなすげぇ!!おもしかった!!」
「やったねっ!!」
子供のように布団をぐしゃぐしゃにして枕を投げ合い、はしゃぐ三人にミヤは微笑を浮かべて言う。
「あ〜・・・うっせえ」


目を開けて身体を起こした浅葱は、いつの間にか上に乗っていた愛猫が転がり落ちるのを慌てて受け止め、他のメンバーを見る。
それぞれがゆっくりと身体を起こし、互いの顔を見た。
「も、戻れた!?こ、これは夢じゃない!?」
オロオロしている英蔵の頬を恒人が軽くひっぱる。
「いたっ!痛いよツネ!!」
「夢じゃないみたいですね〜」
「よ、よかったぁぁぁぁ!!!」
感極まって恒人に抱きつくと、後頭部を大城に叩かれた。
「おちつけって、むっつり英ちゃん!」
「浅葱くぅぅぅぅん!!」
タックルする勢いで抱きついてきた涙沙を受け止めて浅葱は笑う。
「みんなで戻れたね!にゃほーー!!」


マオはゆっくりと目を開け、身体は起こさないまま、低音で言い放つ。
「起きてるか?おまえら」
「おきてるよ〜〜」
呑気そうな明希の返事がまず聞こえた。
「起きてます!!超ぱっちり目覚めてます!!!」
無駄にうるさいゆうやの声も聞こえる。
「あ、俺は寝てるよ、まだ寝てる」
しんぢの笑いを含んだ声も聞こえた。
「・・・おはよう、お前ら」
「「「おはよーー」」」
そうして手を伸ばして拳を合わせあった。


おはよう、現実。


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