ドウタヌキ?


夏休み編#4流星タイガー


フジイバラは山地に咲く幹の太い薔薇、強い、大城君の花。
モリイバラは直立する茎と鋸葉のない薔薇、真っ直ぐな、英蔵君の花。
タカネイバラは高山の岩場に鮮やかな甘い香りの花を咲かせる薔薇、逞しい、恒人の花。
サクライバラはつるバラにもなるたくさんの愛らしい花を咲かせる薔薇、やわらかな、るいちゃんの花。
イザヨイバラは・・・



流 星 タ イ ガ ー



部活メンバーが揃った時に、全員が名字に薔薇の名を持っている事実に気づいて思わず笑ってしまった。またそれぞれがなかなかぴったりくるものだったから。
イザヨイバラは百枚を越す花弁を持つ薔薇だ、そして何故か一部分が欠けている、だから月に見立てて《十六夜》の名がつけられた。
欠けている。
僕の故郷にも咲いていた。横張りにしっかりと育つ落ちつきのあるところが好きで、自分がその名を冠しているのも悪くないと思っている。
欠けているのだけれど。
僕は異形で、異端だ。あの虎人の村にいたときはそうではなかった、皆が虎人で人間ではなかったのだから当たり前のことだけれど。強いていうなら先の戦争の関係で国籍が日本であったことが皆との違いだったが。
生まれたのはあの村だけれど、僕という命が誕生したのは日本だった。
簡単にいえば胎児の時に僕は国境を越え、あの村へ戻ったのだ。
山奥にある静かな村だった、隠れ里のような所だった。虎人は人間とは交わらない、虎人は虎人だけでコミュニティを形成する。
姿は人でも人ではないから、そして虎人の持つ力は人間にとっては驚異だから、交わることはなかった。
時間の流れが止まったような空間、平和な村。
そこで生きていくことに疑問を感じることはなかったが、ただぼんやりと日本へは一度行ってみたいと思っていた。しかし虎人である自分が国境を越えるのは制約が多い、大人になってからにしようと、そう・・・思っていた。
彼が村に帰ってくるまでは。
僕が11歳の時、突然やって来た彼に村の大人達はひどく狼狽した様子で、俺を含めた子供達はそれをわけも分からず見守っていた。
だいたいにおいて虎人は人間に比べて背が高い、190を越す彼の身長も許容範囲内ではあった、不思議だったのはその体格、鍛え上げられた、筋骨隆々としたその身体が不思議だった。
虎人は元々の力が強い、鍛えればさらに強くなるが、鍛える必要がそもそもないのだ。
だから彼はさらに強くなろうとしてあえて身体を鍛えたとしか考えられない、なんのために、それが謎だった。
当時から一度疑問に思ったことは解決しなければ気の済まない性格だった僕は彼が一人になった時にそっと近づいてみた。
村の近くを流れる清流の前で佇む彼に声をかけようとした時、重要なことに気づいた。そういえば名前を知らない。
「用があるならさっさと言えよ、めんどくせぇ」
彼は振り向きもせずそう言った。口調は荒いがどこか優しげだったので少しだけ安心してまず名前を聞いてみた。
「道・田単〔タオ・ティュンダン〕」彼は簡潔にそう名乗った。次に疑問をぶつけるとようやく彼、田単さんはふり返った、めんどくさそうな顔で。
「わけがわからんこと聞くなよ、たしかに虎人の力は強いけど、世界にゃもっと強いやつなんかいくらでもいるんだ、必要だから鍛えた、強くなりたいから」
「虎人よりも強いモノがいるんですか?」
「あ?モノ?別に他の獣人や妖怪の話なんてしてねぇぞ、人間のことだ。デタラメなヤツばっかだよ、いきなり人の顔面に炎噴射してくるシャーマンやら、鉄骨折り曲げるサイキックの馬鹿やら、錫杖でぶん殴ってくる生臭坊主やら、式神まとめて千匹飛ばしてくる変な陰陽師やら、空中走ったあげく空気弾発射してくる派手な忍者やら、阿呆なヤツがいっぱいいる」
「その人達と戦ったんですか?何故?」
「戦ったこともあるし共闘したこともあるぞ、理由はいちいち覚えてねぇけど。逆に聞きてぇんだけど、オマエはこんな所にいて退屈じゃねぇのか?」
「退屈?とても平和で良いと思いますけど・・・」
「こんなもん平和って言わねぇんだよ、ぬるま湯だ。戦ってもないやつが平和とか口にすんな、戦いっても戦争じゃねぇぞ、あれはダメだ、只の壊滅で破滅だ・・・なぁガキ、世界っていうのは途方もなく広くてめちゃくちゃ楽しいもんなんだぜ?」
田単さんはそう言って快活に笑った。



それがきっかけとなり13歳の時、僕は一人で日本へと渡った。田単さんの手をかりて、家に関してはほぼ勘当されたと言ってもいいけれど、それでも僕は世界というものを見てみたかった。裏のルートもあったけれど僕はあえて正規のルートで。
手が痛くなるほど書類を書いて、《契約》をして(これが後に親友を救うことになるとはこの時は夢にも思わずに)日本へ。
転校初日、初めての学校に僕は予想以上の緊張をしてしまった。皆、人間なのだ。自分とは違う。もちろん虎人であることは秘密だったけれど、急に怖くなった。
緊張したまま席につくと前の席に座っていた少年が、前から見た時にひときわ目立つ金髪のふわふわした頭の彼はふり返って言った。
「浅葱君、困ったことがあったらなんでも俺に言ってなっ」
そう言って手を差し出して花の咲くような笑みを浮かべた彼、砂倉涙沙と名乗った彼に俺はひどく救われた気がしたのだ、それだけのことだったのに。
休み時間、俺の手を引いて楽しげに校内案内をするるいちゃんに(自己紹介の後、そう呼べと言われた)俺は聞いてみた。
「なんでそんなに世話焼いてくれるの?」
「ん!?迷惑やったらやめるけど?」
「そうじゃなくて、ただ、なんでかなって・・・」
「俺の後ろの席に座ったから、かな?席が近い子と友達になるの当たり前やん」
「そうなの!?」
「俺はな〜そやね。まぁ浅葱君おもしろそうやし、なんか独特で」
「・・・俺、どこか変?他と違う?」
「違うやろそりゃ、みんな違うって、同じヤツとかおったら気持ち悪いわ」
「違うのが当たり前?」
「うん。違うから仲良くなれるし喧嘩もするんとちゃう?」
光みたいな言葉だった。

虎人であると制約が多い、進める学校が限られている。僕が青嵐高校に行くことを告げると、その頃はすっかり仲良くなっていたるいちゃんが「じゃあ俺もそこにしよっかな〜」と軽い調子で言うので驚いてしまった。
「でも、るいちゃんならもっと良いとこ行けるでしょう?」
俺は家庭の事情で公立を選んだと言っただけだった。るいちゃんが合わせる義理はないはずだ。
「まぁウチも公立のほうが金かからんし、青嵐高校なら近いし、浅葱君と同じ学校行きたいし」
「でも、青嵐高校はまともなバスケ部ないんだよ?」
俺が入学した時るいちゃんは既にバスケ部の花形で、るいちゃんの勧めで入部した僕もその時点では部長を務めていた。
「ないわけやないんだし、浅葱君とおったらいくらでもバスケできるやん」
きゃらきゃらと笑うるいちゃんにちょっと呆然としてしまったけれど、同時に嬉しかった高校も一緒に行けることが内心嬉しくてしょうがなかった。


つつがなく試験を終え、自己採点した時点で危惧はしていたけれど首席入学をはたしてしまった。新入生代表挨拶などという試験より難しいことを頼まれた時は断ろうとしたけれどもう一人、僕と同点だった人(ミヤ君なんだけれど)が固辞したのでどうしてもと言われた。
「ま、そっちの子は面接が酷かったからどっちかっていうとキミに頼みたいのよ」
と妙に威圧感のある、逆らうと後が怖そうな井上教諭に頼まれて渋々引き受ける形になってしまった。人前で喋るのは苦手だし、無駄に目立ちたくもなかったのだけれど。
入学式を終え、疲れ果てている僕の肩を「おつかれ〜!かっこよかったで〜」と明るく叩いてくるるいちゃんと一緒にグラウンドへと出た。
様々な部活の勧誘が行われていたけれどバスケ部員らしき人は見かけなかったけれど、その代わり、追いかけ回されている新入生が一人いた。
「すっげー!漫画みたいな光景やね・・・」
「うん・・・」
現実でやられると対応に困る光景だった。「是非ウチの部に入ってくれ!」と追いかけてくる集団から見事な健脚で逃げ回っている体格の良い少年。
「東中の高安悟史君やね、多数の運動部を全国大会レベルまで引き上げたっちゅー伝説の・・・漫画みたいな人の周りでは漫画みたいな光景が広がるんやなぁ・・・」
ざっと見たところ野球部、サッカー部、テニス部、剣道部、柔道部、ボクシング部、水泳部、陸上部に追いかけられている。
そこでふと気づいた。体育館でやるタイプの運動部の姿が見あたらない。裏に武道場があったから剣道と柔道はともかく、バレー部などもないのか。
特に体育館に問題があるようにも思えなかったのだけれど。
ヌーの大移動状態になっているグラウンドでバスケ部のことを聞くのも躊躇われたのでしかたなく校門へ向かった。

翌日の放課後、体育館で二人と出会うことになる。扉の開いた体育館からボールの跳る音がしたので期待を込めて中に入るとそこにいたのは僕やるいちゃんと同じ1年生。
「もしかして入部希望者?」
「そうやけど、そっちも?」
るいちゃんがいつもの明るい調子で声をかけると、中にいた二人は困ったように笑った。
「そうなんだけどさ、このバスケ部ほとんど休止状態みたいだよ、先輩が3人いるけど幽霊部員。あ、俺は藤大城、で、こっちで挙動不審してるのが文里英蔵」
「ちょ・・・挙動不審って・・・」
互いの紹介をしあうと見事にポジションが別れていることが分かった。体育館で4人座り込んでボールを弄ぶ。
「あと一人ぐらいなんとかならないかねぇ・・・」
「で、その一人がスモールフォワードだったら最高なんだけど」
腕を組んで唸っている大城君と英蔵君にるいちゃんはやはり明るく言った。
「まぁなんとかなるんとちゃう?まだ一日目やし。なぁ浅葱君」
「一応、勧誘してみようよ・・・」
「あ、でも高安君は無理だと思う。中学一緒だったけど彼、絶対に部活には入らない人だから」
英蔵君がやはり唸りながら言った。
「まぁあんな人気者引っぱりこむのもねぇ、俺、クラスの子に声かけてみるよ」
「そやね、俺もそうする」
しかしその後、青嵐高校バスケ部に新入部員が来ることはなかった。それでも基礎練習や幽霊部員である先輩に頼み込んで偶に他校との練習試合を重ねるうちに、何故か僕らは『青バスチーム』と呼ばれ校内で有名になってしまった。

運命というものがあるなら動き出したのは田単さんと出逢ったこと、るいちゃんの後ろの席に座ったこと、そして青嵐高校へ入学したこと、そしてあの日だろう。
中学生バスケの全国大会へのキップが懸かった決勝戦を見に行こうと英蔵君からお誘いがあった、生憎るいちゃんと大城君がは都合が悪かったので、僕と英蔵君の二人で行った。
そこで恒人を初めて見た。次々とスカイフックをきめる彼に英蔵君は興奮しきりだったけれど、僕はその時点で身体能力が高すぎることに疑問を抱いていた。中学生のスカイフックが絶対不可能とは言えないけれど、明らかに体格と運動能力のバランスがおかしかったからだ。でもよく見たらそんなことは彼の問題じゃなかった。
隣で盛り上がっていた英蔵君もそれに気づいたのか無言になっていた。
「・・・なんかあの子、楽しくなさそう」
英蔵君が呟いた言葉に頷く。恒人はゴールを決めても固い、怒ってるみたな顔のままだった、チームメイトも恒人がどれだけ得点を取ってもまるで無視するかのような態度。
仲良くないのだろうか?
あまりにも他と違うから?
違うのが当たり前だとるいちゃんは言ったけれど、そうは考えない人間も多いことにその頃はもう気づいていたから、そう思った。
試合に勝って他のチームメイトがハイタッチをし合う中、恒人は一人ベンチに戻っていった。

試合が終わった後、お手洗いへ行こうとしたがどうも迷ってしまったらしく、正面玄関近くではなく奥まったところにあるトイレへ辿り着いてしまった。しかたなくそこで用をすませてトイレを出た時、その奥、自販機などが置いてある休憩コーナーだけれど立地が悪いでいで利用者のいないそこから人の気配がした。
のぞいてみると恒人が立っていた、ユニフォームにジャージを羽織っただけの姿で壁を向いて唇を噛み締めていた。
今にも泣きそうなのに、目は濡れているのに、それでも泣いてはいなかった。わざわざ人気のないところまで来たのに泣くのを我慢しているなんてどれだけ頑固な子なのだと一瞬微笑ましい気持ちになったがすぐに気づいた。
泣く理由がないじゃないか、試合には勝ったのに。
どう見ても嬉し泣きという空気じゃない。
そして彼の学校の部員を乗せたバスはとっくに此処を出発したはずだ。
見てはいけないものを見てしまった、でも放っておいて良いのだろうか?るいちゃんならどうするだろう。迷っていると恒人がはっと顔を上げて目が合った。
気まずそうに視線を逸らして僕の横をすり抜けていく恒人に思わずハンカチを差し出した。ガラス玉みたいな目が驚いたように僕を捕らえて、すぐにまた俯くとそのまま走り去ってしまった。
「・・・傷つけた、かな?」
僕はハンカチを差し出した形のまま小さく息を吐いた。

るいちゃんは違うことが当たり前だと言ったけれど、その考えが悲しいことに当たり前ではない。
違う人間は迫害する、拒絶する、爪弾きにする。
出すぎた杭は引っこ抜かれる。
手を差し伸べる酔狂な人間はなかなかいない。
外れることは怖いから、はぐれることは怖いから、集団の中にいれば安心できるから。
虎人が虎人の村から出なかったのと同じ事だ。
人間じゃなくても心があるから、拒絶されるのは怖いから、理由をつけて閉じこもっていただけ。
だからこそ田単さんはあの村を否定したのだ。

「でも浅葱君は善意でやったことでしょう?」
話すこと自体が反則かもしれないと思ったけれど、僕は帰り道、英蔵君に恒人のことを話した。
「そうだけど、善意が人を傷つけることなんていくらでもあるよ」
「それが同情とか哀れみだった場合じゃないかなぁ・・・」
英蔵君は真剣な面もちで唸りながら言葉を探しているようだった。
「上手く言えないけど、すっげー落ちてる時に同情で上から手を差し伸べられたら振り払いたくなる。うん。でも・・・単純な優しさとか、そーいう気づかいなら・・・いや、その場では傷つくっていうか、まぁ隠れて泣いてるところ見られたの自体がショックかもしれないけど・・・う〜ん・・・でも、分かると思う、ちゃんと・・・あ、ダメだ全然まとまってない・・・」
英蔵君はまたしばらく唸ってから言った。
「童謡の《あめふり》って歌、一人で濡れてる子に自分は母親の傘に入って行くからいいって自分の傘を貸すでしょ・・・一時期すごい残酷なことするなと思ってた、どういう理由で一人で濡れて泣いていたかは分からないけど、母親の傘に入って行くその子を見て、傷つくんじゃないかなって・・・でも、いつか・・・ああ、少なくとも自分はあの時優しさを受けたんだって、気づく時が来るんじゃないかなって、今はそう思う・・・話ズレてるかな!?」
その言葉自体が優しさに溢れている内容だと思った。僕を励ますだけじゃなく、此処にいない、顔を合わせてもいない恒人のことまで気づかっている言葉。
礼を言ったらきょとんとした顔をされた、自分の優しさに気づいていないところがまた彼らしい。

英蔵君も少しだけ語ってくれた通り、僕は入学式の前に恒人と再会した。彼もまた首席入学で新入生代表挨拶を任されたため、手順を教えてやってくれと頼まれたのだ。井上教諭から丸投げだった。あの先生は基本的に全部丸投げだ。僕が手順を忘れてしまっていたらどうする気なのだと思ったけれど、気にしてすらいないようだった。
井上教諭が連れてきた恒人を見た時は心底驚いて、恒人もまた僕の顔を見て驚いた様子だった。
「この子だから、教えてあげてね。あとよろしく」
井上教諭が言ったのはそれだけだ、紹介すらない。しばらく互いに緊張した顔のまま突っ立っていると恒人から口を開いた。
「あの・・・覚えてますか?去年の大会の時・・・市の体育館で・・・」
「覚えてるよ、あの時は・・・」
謝ろうと思ったら先に恒人が頭を下げてきた。
「あの時はすいませんでした、なんかびっくりして逃げちゃって」
「いや、こっちこそ、ちょっと無神経だったかなって・・・」
「・・・違うんです。本当はずっとお礼言わなきゃって思ってたんです、でもどこの誰だかも分からなかったし、あの・・・嬉しかったんですあの時、ハンカチ出してくれたことが」
唇を結んだ固い表情のままだったけれど恒人ははっきり「嬉しかった」とそう言った。
「だから、ありがとうございました」


恒人がバスケ部へ入部した経緯は逹瑯君と英蔵君が語ってくれたので割愛しよう。駆け足で説明したけれどこれが僕が日本へ来て、最愛の部活メンバーと出逢うまでの話だ。
長い前置きになってしまった。これは夏休みのことを語らなければいけないのだ。
しかしバックボーンを明かさないのはアンフェアになる気がするので語らせてもらった。
夏休みも半分を越えた頃のこと。部活に遊びにと充実した夏休みを送っていた僕はその日、自宅で一人、宿題を片付けていた。長期休みの宿題は計画を立て日割りで終わらせていく主義なので負担はない。そして僕もミヤ君同様一人暮らしなので気楽なものだった。
ただ3日ほど体育館をママさんバレーに奪われてしまったので部活がないのが残念だ、気がつくとほぼ毎日、部活メンバーとは顔を合わせているので妙な寂しさがあった。その日の課題を終え、携帯電話を開く。部活メンバーでメールにマメなのはるいちゃんと英蔵君で恒人と大城君は用事がなければ連絡してこないタイプ。しばらく放置していた携帯電話には誰からのメールも入っていなかったので少し残念だ。るいちゃんを遊びに誘おうかと思っていると玄関の扉が豪快に叩かれた。
インターフォン、ついてるんだけど・・・
恐る恐る扉を開けると田単さんが立っていた。会うのは約一年ぶりか。
「元気だったか、ガキ」
「・・・いいかげんその《ガキ》って呼ぶのやめて欲しいんですけど、どうしたんですか突然?」
「話がなきゃこんなド田舎まで来ねぇよ」
「じゃあ、どうぞ・・・」
そう言うと田単さんはずかずかと中へ入ってきた、いちいち屈まないと通過できない場所もあったけれど、ぶつからないところはさすがといったところか。
「話というのは?」
麦茶を出しつつそう問うと、田単さんは珍しく言いにくそうな顔をした。
「・・・この辺りで三刃杜若がなにかやらかした、って聞いてな」
「・・・・・・ああ」
「ああじゃねぇよ。オマエも関わったのか?」
「友人が巻き込まれてましたから、一応」
田単さんは呆れた顔で僕を見て言った。
「噂になってるぞ、色々と」
「噂に?」
「ああ、三刃杜若が縁を切られてたとはいえ《祝り人》だろ?こっちの世界じゃけっこう話題になってる。と、言っても政府筋に漏らす馬鹿はいねぇけどな」
「どこまで噂になってるのか聞いても問題ないでしょうか?」
「オマエもそのむず痒い喋り方どうにかならねぇの?どこまで、ねぇ・・・犬頭が憑いたヤツ、妖精の力を持ったヤツ、天狗の力を持ったヤツ、手に呪いを受けているヤツ、あと虎人のオマエ。まさか他にはいねぇよな・・・」
具体名が出なかったけれど妖精の力は逹瑯君で手に呪いはるいちゃんだろう、噂になっていたのか。あまり良い知らせではない、いや、悪い知らせだ。
しかし恒人はあの一件には関わっていなから漏れていないのが唯一の幸いか。
「他にはいませんよ、それだけです」
「嘘つけ馬鹿、塩薙一族がいるって聞いたぞ」
漏れてるのか。僕はしかたなく頷いた。能力者の世界には精通し、アンテナも多い田単さん相手に嘘を言ってもしかたがない。
「全員俺の友人ですよ、でも塩薙の件はどこから漏れたんですか?」
「塩薙黒葉、あの馬鹿は目立つんだよ。いるだけで派手なのに動きも派手だ、楠木の生臭坊主までひっぱりだして此処らでその塩薙のヤツを試験したんだろ、話題騒然だぜ」
「漏れたことで・・・なにか悪影響はあるんでしょうか?」
「ないとは言いきれないな、今のとこ祝り人や能力者連中の中に危険人物はいないし、ちょっかい出してくるやつもいなきゃさっきも言ったように政府筋にタレコミ入れるヤツもいない、ただ・・・人間以外にも情報が回ったみたいだな、妖怪やら妖精連中に、だからいきなり危険ってほどでもねぇけど、一応それだけ覚えておけ」
田単さんはそう言って麦茶を飲み干すと立ち上がった。本当に用件だけ告げに来たらしい。
それとほぼ同時にチャイムが鳴って玄関の扉が開いた。
「浅葱く〜ん!なんの考えもなしにアイス買ってまった!溶ける!冷凍庫貸して!正確に言うと冷蔵庫の冷凍室貸して!!」
明るい声を上げて入ってきたるいちゃんは田単さんの姿を見て目を丸くした。
「ごっ、ごめん!お客さんやったん!?」
田単さんは不思議そうにるいちゃんを見下ろしてから言った。
「なんだ?この生き物」
「浅葱君の通い妻です!!」
るいちゃんは初対面の人相手でもフルスロットルでギャグを飛ばす子だった。ある意味、強い、見習いたい。
「・・・小動物かと思った」
「子リスちゃんで〜っす!ってひどいなぁ〜!!」
冗談を言われたと思ったらしいるいちゃんは笑ったけれど、田単さんは本気で言ったのだろう、身長差30センチはあるから。
「・・・じゃ、俺は帰るわ」
「ん?なんか追い立てたみたいで悪いなぁ、あ、お兄さん!アイス食べる!?」
「いらない。じゃあな」
田単さんは慌てた様子で出ていった。そういえば明朗活発タイプは苦手だったな、対応に困るらしい。田単さんが帰るとるいちゃんは賑やかに部屋へ入ってきてコンビニの袋からアイスを取りだした。
「冷凍庫に入れるんじゃなかったの?」
「此処で食べてまえば一緒やろ、浅葱君は抹茶とバニラとイチゴどれにする?」
「じゃあ抹茶で」
「ん、俺はイチゴにしよ。バニラだけ冷凍庫入れとくな〜」
僕に抹茶のカップを渡すとるいちゃんは冷凍庫にバニラアイスを突っ込み、スプーンを持って戻ってきた。ウチに来ることが多いので物の位置は全て把握しているのだ。
アイスをパクつきながらるいちゃんは言う。
「なあ、明日も部活休みやん?だから今日は夜更かししても大丈夫やろ」
「そうだね」
「だからさ、今日みんなで星を見に行かへん?」
「今夜はペルセウス座流星群だっけ」
「うん、天気も良いし〜、下闇山あたりで」
「え・・・星ならどこでも見れるじゃない」
「ちゃうねん、下闇山だとめっちゃ綺麗に見えるらしいねん、なっ!?」
どうやらアイスは口実でおねだりに来たらしい、相変わらず可愛らしい。
綺麗なアーモンド型のつり目をキラキラさせて見上げられたら断る理由がないじゃないか。
「じゃあみんなにも連絡して、都合が合ったら行こうか」
「いぇいっ!」
嬉しそうに手を上げるるいちゃんを見たらこっちまで嬉しくなってしまったけれど、人生の師の忠告はちゃんと聞くものだと後で痛感することになる。




夕刻、下闇山の山道を部活メンバー揃って登っていた。下闇山はその名にふさわしく、木々が鬱蒼と茂る暗い山だ、高さはそれほどでもないけれど朽ちた山道は歩きにくい。空は薄い紫色で、予報通りの快晴。相変わらずの面子。いや、恒人が少しばかり変わったか。髪の色はブラウンから赤っぽい色になって明希君ほどではないけれどピアスをたくさんつけている。
端から見たら立派な夏休みデビュー、あれで登校したら間違いなく「グレた!!」と思われるだろう。彼にしてみれば只の気分転換なのだけれど。
恒人はるいちゃんとぴったりくっついて互いに耳打ちしあいながら、なにか楽しいことでもあるのかくすくすと笑っている。
「・・・可愛いな〜」
「浅葱君、さすがにそれは・・・」
心の呟きが声に出ていたらしく大城君に呆れられてしまった。
「いや、でも実際二人とも可愛いよ!?」
英蔵君が言うと前の二人がくるっとふり返って笑う。
「英蔵君が変態や〜!」
「英蔵さんのむっつり〜!」
「むっつりだけど変態じゃないよ!!」
「むっつりは認めるのかよ!」
大城君に背中を叩かれて咽せる英蔵君にるいちゃんと恒人は笑い転げた。
「むっつりのなにが悪いのよ、むっつりだよ俺は!」
「どんな風にむっつりなんですか〜?」
悪戯っぽく笑う恒人に英蔵君は真顔で言う。
「るいちゃんの場合は顔がちっちゃいとことか、笑うと八重歯が見えるとことか、ツネの場合は色が白いとことか、横顔のラインとか、大城君の場合は鍛え上げられた肉体とか、浅葱君の場合は笑うと三日月になる目だとか・・・」
「本気で答えてんじゃねぇよ!」
「マジで引くわっ!」
今度はるいちゃんからも叩かれていた。恒人はさらに悪戯っぽい笑みで言う。
「ってゆーか俺は《むっつり》と言っただけで《むっつりスケベ》とは言ってませんよ?」
「ふへ?」
「俺は《口数が少ない》って意味の《むっつり》を言ったんですけど、そうですか《むっつりスケベ》だったんですか」
「ツ、ツネ〜!!こら〜〜っ!」
顔を赤くして追いかけていく英蔵君から恒人は跳るように軽やかに逃げていく。
「悪戯好きの子狐に騙された村人みたいな光景だね〜」
僕がしみじみと言うとるいちゃんと大城君は軽快に笑った。
「まさにそのまんまやな!」
「じゃ俺も子狐確保しに行こうかな。英ちゃん、手伝うよ!」
大城君が走り出したのを受けて恒人が逃げる足を速める。
「え〜!なんで大城さんまで〜!?」
「捕まえて狐鍋にしてやるぞ〜!」
「俺なんか食べても美味しくないっすよ〜」
ぎゃあぎゃあ言いながら三人はそのまま駆け登って行ってしまった。前記した通り、鬱蒼とした山なので声は聞こえるけれどもう姿は見えない。
子供でもあるまいし、一本道で迷うこともないだろうと僕はそれを笑って見送る。
「はは、ツネ〜!頑張って逃げな〜!捕まったら食べられてまうで〜!」
るいちゃんもそう笑って手を振っていた。
今の恒人が本気で走ったら僕でも(人間の姿のままなら)追いつけるか怪しいぐらいなので、適当なところで自分から捕まえられに行くだろうな、スピードは出ても持久力はそこまで違わないはずだ。
「難しい顔しとるな」
気づくとるいちゃんが僕の腕を掴んでのぞき込んでいた。真剣な顔で。
「・・・ちょっとね」
「ツネのこと?」
「るいちゃんって心が読めるのかな。大変だなと思って、力をセーブするのも」
「浅葱君も大変?」
「多少はね、《契約》のおかげでうっかり人を傷つけることはないにしても、物を持つ時とか気は使ってるよ」
「そっか。そーいやツネ、最近は絡まれてもひたすら逃げとるみたい」
「・・・逆にそれは良いことなんじゃないかな、喧嘩するよりは」
日はずいぶん落ちてきて暗くなっていた、僕は暗闇でも問題なく目が見えるし、ツネもかなり夜目が利くようだけれど、他の3人はそういうわけにはいかない。懐中電灯を出してつけるとるいちゃんが掴んでいた腕を放した。
「もしかして暗くて歩きにくかった?」
「そんなことないで、浅葱君に掴まってたから楽やった」
「ははは。あっちの三人は大丈夫かな・・・」
遠くまで走っていったのか声はもう遠い、そして僕だから聞こえるのであって、るいちゃんには聞こえていないだろう。少しずつ闇に呑まれていく山の中、空には星の姿が見えてきた。下闇山は動物との遭遇率が異様に低い山だ、蝉すらあまりいない。山頂に小さな神社があるのでもしかすると神山なのかもしれないけれど、特に妙な噂を聞いたことはなかった。
「大城君が懐中電灯持ってたし、さすがにもう追いかけっこも終わってるやろ。それにしてもいきなり暗くなったな」
るいちゃんに言われるまで気づかなかったけれど、今や光源は懐中電灯の明かりだけになっていた。静まりかえった闇のなかで豆電球の明かりだけが目の前を白く照らしている。
全身が総毛立った。
他の光源は?
空を見上げたが、そこには星も月も浮かんでいなかった、空があるのかすら疑わしい、分厚い黒に覆われた上空。
隣にいたるいちゃんの腕を掴んだ。
「どうしたん?」
「・・・なにか変だよ、空見て」
「え!?いつの間に曇った・・・いや、ちゃうよなこれ」
今や辺り一帯を重苦しい空気が包んでいた、静かなのに煩い、そして無数の気配を、視線を感じる。
「ツネ達は!?」
るいちゃんに言われて耳を澄ましたけれど、先程まで聞こえていた三人の声はしなかった。ハザードもリスクも高いが仕方ない、走って追いつこうとするよりはましだ。
恒人は聴力も上がっている、できる限りの大声で名前を呼んでから耳を澄ます。同じ状況にいるのであればこちらの意図は酌んでくれるはずだ。
−浅葱さん?
遠いけれど、はっきり恒人の返事が聞こえた。るいちゃんには聞こえないのだろう、黙って僕を見ている。
「何処にいるの!?」
−道から外れてはいません
「すぐに行くからそこを動かないで!」
−分かりました
「るいちゃん、これ持って。あと・・・ちょっとゴメン」
るいちゃんに懐中電灯を渡すと、横抱きにした。
「走るから掴まってて」
るいちゃんが首に手を回したのを確認してから全力で走り出した。


しばらく走ると三人の姿が見えた、懐中電灯を下げた大城君と英蔵君は困惑気味に、恒人は固い表情で僕達を見ている。
もしかするとこの異様な気配を感じているのは僕と恒人だけなのだろうか。
「なんなのこれ、なんか急に真っ暗になったけど」
大城君が懐中電灯で周囲を照らしながら狼狽した様子で言った。
「気配、感じませんか?」
「け、気配って?」
「なにか、無数の気配と視線を感じるんですけど・・・それにすごく煩い・・・」
「俺はしない、けど・・・」
恒人が固い表情で視線を木々の奥にやったまま言うと英蔵君がそう答えて僕に視線を移した。
「俺もするよ、此処・・・なにかいる。それもたくさん」
「お、俺もちょっとだけ感じる」
僕とるいちゃんと恒人だけが感知できるものならば答えは決まっている、物理的な物ではない霊的なものがこの場にいるのだ。
相変わらず周囲は漆黒の、鼻をつままれても分からないような闇が広がっている。
頼りになるのは懐中電灯の明かりのみだ。虎人が暗闇でも目が見えるのはあくまで虎の血を引いているから、目が人の構造と違い光を拾うのに適しているという理由からなのでこの明かりが消えれば僕も視界が閉ざされるだろう。恒人がこの状況でどれだけ見えているのかは分からないけれど、人間にしては(あるいは現代人にしては)夜目が利くレベルのはずなので、こちらもやはり懐中電灯の明かりが頼りだ。
周囲の気配はどんどん濃くなっている、そして友好的な雰囲気ではない。
「ツネ・・・なにがいるの?」
「分かりません、良くないものであるのは確かですけど・・・」
「戻ろう、此処にいるのは危険だ」
僕の言葉に頷きかけた三人が突然固まった、引きつった顔で目を見開いている。
「浅葱さん、後ろ!」
ふり返ると山道を周囲の暗闇よりさらに黒いモノが上がってくるところだった、黒い霧にも見えるけれど、それは無数の黒い塊の集合体だった。
今度ははっきりと聴覚が捕らえる、呻く声、叫ぶ声、苦しげな悲鳴。
「なにあれ!?」
大城君が声を上げた、此処まで顕著な現象ならばもうみんなに見えるらしい。しかし戻る道を塞がれてしまった、一本しかない山道はあの黒い塊に塞がれている、ソレは速度を上げてこちらに向かっている。
「逃げるよ!」
るいちゃんを下ろすのを忘れて抱きかかえたままだったけれど、逃げるとなればこのままのほうがいい、僕が走り出すと間に立っていた恒人が英蔵君と大城君の手を掴んだ。
「全力で走りますから、転けないで下さいね!」
僕の後をついて、恒人も二人の腕を引っぱりながら走り出す。確かにその方が多少スピードは上がる、はぐれるのも防げる。本当は全員抱えて走れたらいいけれど、さすがにそれは無理だ。どうする?たとえ逃げたとして山頂までいけばどうにかなるわけではない、裏にもう一つ山道があるはずだけれどそこが塞がれていない保証もない。
るいちゃんを抱えて走る僕の後ろを恒人がギリギリでついてくる、ここで離れるわけにはいかないので微妙に走るスピードを調整しながら走る。るいちゃんが前方を懐中電灯で照らしてくれているが、あの地点から山頂まではどれくらいあるのだ?
そしてそもそも、この黒い塊達はなんだ?
「アイツら追いかけてくるよ!」
「ふり返ってる暇があったら走れ!」
恒人に引っぱられてほとんど前のめり状態で走る大城君は懐中電灯で自分と英蔵君の足元を照らしている。僕よりはるかに負担は大きいだろう、暗闇の足元が悪い中、後ろから得体の知れないものに追いかけられながら走るのは。
黒い塊のざわめきは大きくなっている、苦しそうに呻く声が山中に響き渡る。
どうする?この山にはいったいなにがあるというのだ。
「るいちゃん、その体勢から携帯電話出せる?」
「え!?あ、そっか」
ミヤ君か新倉教諭、あるいはガラ君を経由して京さん、なにか対処法が聞けるかもしれない。
「あかん!圏外になっとる!」
「またかよ〜〜!!」
「またですか〜!!」
るいちゃんの声に後ろで恒人と英蔵君が叫んだ。
その圏外が異常な現象が起こっているからか、元々山中だから電波の入りが悪いか微妙なところではあるけれど外部に連絡を取る方法は断たれた。
「・・・浅葱君!あれ!」
るいちゃんが前方を指さして叫んだ、見えたのはごく普通の四阿、山道の休憩所として作られた場所。そこだけ白い光に包まれて輝いて、闇の中でぽっかりと浮かび上がっていた。
四阿の前に小さなお地蔵様があり、それも静かに光を放っている。
山道に入る前、入り口にあったお地蔵様にお参りをしたことを思いだした。
この辺りは田舎であるせいか、住人はお地蔵様や道祖神を見かけると習慣的に手を合わせる。僕も引っ越してきてから長いのでその習慣は染みついていたから全員で入り口のお地蔵様に手を合わせた。るいちゃんと恒人は持っていたお菓子をお供えしてきちんと頭を下げて手を合わせていた。
特別な意味もなく、あるいは信仰的な気持ちもなかったのかもしれない。
ほとんど条件反射といってもいい行為、それがこう繋がるのか。
「あそこに逃げ込むよ!」
100パーセントではないけれど、このまま逃げるよりはずっと確実だ、そもそも僕以外、スタミナは《平均的な高校生運動部員》、山頂まで持たない。
黒い塊はもう真後ろに迫っている。
他の三人も僕の意図が読めたらしく頷いて、スピードを上げ、そして四阿に転がり込んだ。
四阿の中も白く輝いていた、四阿そのものが発光しているかのように。
壁を平手で強く叩くような音が周囲から響く。僕らは四阿に転がり込んだ形のままそれを見た、腰の高さまでの仕切りがあるだけで開いているはずの空間に黒い塊は入ってこられないようだった。まるでそこに見えないガラス戸があるかのように四阿の周囲で渦巻いていて、叩く音がする度になにもない空間に手形のようなものが浮かぶ。
叫び声を上げて四阿の周りをぐるぐると回っているが入っては来られない。
「と、とりあえず・・・助かったん?」
るいちゃんは僕から離れて立ち上がるとそう呟いた。
「ひとまず、ってところかな・・・」
数多の視線が今やはっきりと敵意を持って僕らを見ていた。雄叫びを上げながら四阿を取り囲んでいる。
自然と中心で身を寄せ合う形になる、お互いの存在を確認するように相手の腕や服の裾を掴んで息を吐く。
「るいちゃん、大城君、明かり消して」
この先どうなるか分からない、懐中電灯の電池を温存しておいたほうがいい。僕の意図は伝わったらしく二人ともすぐに明かりを消す。懐中電灯を消しても互いの顔がはっきり確認できるほど四阿の中は明るかった、虎人である僕だから見えるわけではないことは、みんなの表情で分かる。
「これは・・・幽霊なのか?」
大城君が誰に問うでもなく言った。この現象を解明できる知識を持った人間は此処にはいない。僕は自分の携帯電話も取りだしてみたけれどやはり圏外だった。
他の三人も携帯電話を確認し、黙って首を振る。
「此処は安全みたいですけれど・・・夜が明ければコイツら何処かへ行くんでしょうか?」
「たぶん・・・」
おそらく今はお地蔵様が守ってくれている状態だ、しかし夜明けまで此処が持つのかと言われれば絶対大丈夫とは言えない。全員平静を装っているけれどこの状況が怖くないはずもない、僕だって怖い。見えない壁に守られているだけで黒い塊達はすぐそばにいるのだ。「まったく、夏休み中に二度もわけのわからないものに追いかけられるなんて。しかもスプラッタの次はホラーですか・・・英蔵さん、帰り何のDVDをレンタルします?」
沈殿する空気を振り払うかのように明るい声で恒人が英蔵君の肩を掴む。
「またその流れで行くの?う〜ん、この状況はどっちかと言うとジャパニーズホラーだよね」
「映画鑑賞会なら俺も参加させてよ。そうだね〜、《スウィートホーム》とか《女優霊》がいいんじゃない?」
大城君も英蔵君の肩を掴んで笑う。
「マニアックっすねぇ・・・それレンタルされてるんですか?」
「《着信アリ》辺りにしとこうよ・・・」
いつもの調子で笑い合う三人に僕もるいちゃんも笑ってしまった。怖いけれどこの5人でいることは心強い。
「まぁそれはともかくだけど・・・誰かこの山の怪談話聞いたことある?」
長いとはいえ僕は途中でこの町に来た身だ、生まれた時から住んでいるみんなならなにか知っているかもしれないとそう聞いてみた。
「俺はないなぁ・・・下闇山なんて名前が物騒やし、鬱蒼としてるから子供だけで行ったらあかんとか、その程度や」
「そういえば、山のすぐ傍に古い火葬場があったよね、今はもう使われてないけれど・・・」
るいちゃんと大城君が首を捻る。
「あとは戦争の頃、疎開してきた子供が集められてたっていうのは?」
「それ違いますよ、隣の山です。お寺があるでしょう、そこっす・・・下闇山の噂は特に知らないですね・・・いえ、一つだけありますけど、関係あるかどうか」
恒人が眉を寄せて僕を見上げた。
「なんでも良いよ、気づいたことがあるなら教えて」
「・・・六部殺しの伝説です、聞いたことありませんか?」
僕らが首を振ると恒人は少し眉を寄せてから続ける。
「日本全国至る所にある、所謂《異人殺し》の伝説です。村に六部がやってきた、六部が持っていた金品に目が眩んだ村人が六部を殺して金を奪った、その六部が祟るので祀った。此処の山頂にある神社は殺された六部を祀ったものなんですよ」
異人殺し、共同体に入ってきた外部の者の殺害、その祟り。確かにフォークロアとしては珍しいタイプのものではない。そうか、この町にもあったのかというレベルのものだ。
「え?ほなこの黒い連中はその六部の幽霊なん?それにしちゃあ数が多すぎへん?」
首を傾げるるいちゃんに恒人は慌てて手をぱたぱた振った。
「違うんですよ、六部殺しについては真偽のほどは不明ですが、《祟り》はなかったはずなんです・・・」
「え?どういうこと!?」
言い淀む恒人の顔を英蔵君がのぞき込んで「近いですよ!」と押しのけられていた。
「そのフォークロアのパターンからいけば、繁栄した家が突然衰退して、その理由づけとして《六部殺し》の伝説ができたってことかな」
僕が言うと英蔵君と大城君が同時に「置いてけぼり〜」と頭を抱えた。
「衰退ってほどのものでもないんですよ、ただ家からたて続けに死人が出て、火事があった、という程度のもので・・・だから、その家の方がこの山に神社を建てたんです。《祟り》自体は眉唾っすね」
「《祟り》がなかったって言い切れちゃうもんなの?」
さらに顔をのぞき込んでくる英蔵君を押しのけながら恒人は口をへの字にして僕を見た。
「言いにくいことなの?」
「ん〜・・・実はこれ、中学の時グループ研究で調べたことで、でも途中で具体名が出てしまったんで諦めたんですよね・・・」
「具体名、というと・・・《六部殺し》をしたと言われている家がどこか分かってしまったってことかな?」
恒人は口をへの字にしたまま頷く、この態度を見る限り、その家は僕らの知っている誰かなのだろうか。だとすれば確かに良い話ではないので言いづらいだろうな。
「・・・明希君の家なんです。御恵家なんですよ、《六部殺し》が伝わっているのは、《六部殺し》をしたって言われてるのは彼の家なんです」
沈黙だった。まさかそこまで身近な名前が挙がるとは。
「でも、《祟り》は完全に否定できるはずなんです。明希君、気になってたから聞いたらしいんですよ。あの天狗・・・春夜丸さんに。春夜丸さんはそんなものはないって言い切ったそうです、だから・・・」
「まぁ天狗のお墨付きってなったら《祟り》はねぇかもな・・・」
恒人が言い淀んだ理由が分かった途端、とてつもなく嫌な思いが全身を駆けめぐった。僕らはこの町の中では比較的新しい住人だ。だから耳に入ってこないだけで、明希君が病弱だったことや天狗に攫われたことは、古い住人の間では六部殺しの因果だと言われているのではないだろうか。だからこそ明希君は春夜丸さんにわざわざそれを確かめたのではないか。
また、排除だ。
異質なものの排除。
いや、今は落ちている場合じゃない、目の前で起こっている出来事を解決しなくては。
黒い塊は周囲を渦巻き、見えない壁に手を叩きつけて叫んでいる、祟りはないとして、いや六部殺しそのものが嘘か本当かは分からないのか。どちらにしてもこの現象の説明はつかない。
「でもその神社が関係しとるんとちゃうのかな〜。なにかしら祀られてたか封じられてるから神社なんやろ?」
ファジーだけどその通りなことを言ってるいちゃんが笑った。
「誰かがその神社のどっか壊しちゃったとかじゃないの?」
大城君は英蔵君の背中を叩きながら言った。こちらはファジーというよりざっくりとした意見だ。
「そうだとしてもっ・・・まさかこんな中その神社まで行って直すとか無理でしょう!?」
かなり恐怖が募ってきたのだろう、英蔵君の声は少し震えていた。
「まさかそんな予測に寄って危険を冒すのも無理があるしなぁ・・・たとえそうだとしても直せるもんじゃないかもしれへんし」
るいちゃんの言う通りだ、只の予想であって推理ではないことに掛けて行動するにはリスクが高すぎる。この黒い塊に捕まったらどうなるかすら分からないのだ。何ともないかもしれないし、死ぬかもしれない。
僕の力では少々無理がある、虎人は確かに強大な力を持っている・・・簡単に言えば怪力だ、道路標識ぐらいなら片手で引きちぎれる。しかしそれは対物理においての話。あの田単さんだって実体のない霊など相手では道具を使わなければ手も足もでないのだ。
この状況ではるいちゃんの飛縁魔の手もどうにもならないだろう、あれは対人間にしか通用しないし、だからこそ使わせるべきではない。
恒人の塩薙の力も身体能力に限定したものだ、塩薙一族の性質上、一般人より《霊感》と呼ばれるものが鋭いだけで、僕と同じく道具がなければ実体のないモノを相手にできない。
そして携帯電話すら繋がらないこの状況で魔術具なんてあるわけがない。これがゲームならばその辺りに落ちているだろうけれど、残念ながら現実だ。
朝までこの場所が持つことを祈るしかない。
みんなが危ないかもしれないのに、かけがえのない仲間が危険な状況に置かれているのに、僕にはなにもできない。それが悔しい。思わず唇を噛み締めた時、手にあたたかいものが触れた。視線を下げるとるいちゃんが僕を見上げている。
「浅葱君、変なとこで自分責めるのナシな」
「でも・・・」
「あんな、オレら別に浅葱君が虎人で、力持ってるから付き合ってるわけとちゃうねんで、浅葱君が浅葱君やから友達なの。いてくれるだけでけっこうな安心感あるし、無理矢理なんかしようとか思わなくていいから」
「るいちゃん・・・」
「此処に来ようって言いだしたのは俺やで?そのことで浅葱君は俺を責める?ツネも塩薙の血を引いてるけどできることはない、それでツネを責める?」
「そんなことするわけないじゃない」
「だったら同じことやろ、浅葱君が自分を責める必要もない」
そう言ってるいちゃんはやわらかい微笑みを浮かべる、こうしていつだって光のような言葉を僕にくれる。
「いい言葉だな、いい言葉を言うのはいい人間だ」
唐突に部活メンバーの誰のものでもない声がした。いつの間にか四阿の中に男が入ってきていた。気配すら感じなかった、足音も何も聞こえなかった、周囲の音に紛れてしまっていたのだろうか。
パーマのかかった長い黒髪に髭面、落ち込んだ眼窩が暗い印象を与える痩せた男。ヒッピーみたいな風貌。年の頃は30代前半。
「アンタ誰ですか!」
勢いよく前に踏みだした恒人の肩を英蔵君が慌てて掴む。
「威勢がいいのもいい人間だ。俺は去風ぱずる。先に言っておくが本名が《ぱずる》だ、中二病ネームとでも好きに言ってくれ。一応、去風家の現・当主を勤めさせてもらっているよ」
まさかの《祝り人》さんの登場だった。それもトップクラスの。唖然だ、言葉も出ない。なんなんだろうこの唐突さは、唐突すぎて全く現実感がない。
去風家、全国の神社を統括し、現在の日本で唯一《神官》を名乗れる家系。
到底神職に就いているようには見えないけれど、これで狩衣でも着ていたらホラーアクション系漫画に出てくる悪徳新興宗教の教祖にしか見えない、失礼ながらかなりの悪役顔だ。
かといってTシャツ、ジーパンにナップザックを背負った姿で《神官》を名乗られても与太者にしか見えないのだけれど、しかしこの黒い塊が犇めく中、平然と現れたあたり本物なのだろう。
「祝り人の皆さんはいきなり登場するのが好きなんですか?」
この状況で減らず口を叩ける恒人に心の底から拍手を送りたいと思った。どこまで根性を座らせればそれができるのか、見当もつかない。ぱずるさんがぐっと恒人に顔を近づけると、英蔵君がかばうように前に出て言った。
「あ、あのなんでしょうかっ!?」
ぱずるさんは姿勢を戻しポケットから写真のようなものを取り出すと、恒人と見比べて目を細めた。
「君はもしかして高嶺恒人?」
「・・・そうですけど」
「あ、ラッキーだな。この仕事が終わったら帰りに君の家に行こうと思ってたんだ」
「は?」
「これ。くっぱーから・・・あ、塩薙黒葉から、君に渡してくれって頼まれて預かってきた」
そう言ってパズルさんは鞄から分厚い和綴じの本を差し出した。さすがに困惑しているのか恒人はなかなか手を出そうとしない。
「別に変なものじゃないぞ。塩薙一族の虎の巻ってところかな、あそこに生まれた人間が修行に入る時に最初に読む本。まぁあれだ《忍たまの友》みたいなもんだ」
「いや、でも俺は・・・」
「分かってるって、塩薙一族になる気はないんだろ。俺は賢明な判断だと思う。黒葉にも変な意図はない、力の使い方は覚えた方が良いってだけだ。ここに書いてあるレベルのことなら好きに使ってかまわないってさ」
「・・・はぁ」
戸惑いながらも恒人は本を受け取った。
「あの、ぱずるさん、この状況はいったいどういうことなんでしょうか?」
僕の質問にぱずるさんは可笑しそうに目を細めた。
「《能力者》の存在は認められたのに信仰のレベルが全く上がらないっていうのも困った話だよな、この町では此処の上にある下闇神社は最も重要な場所だっていうのに。下闇神社のシステムを作ったのはウチの家、去風家なんだ。この町の悪いモノを封じ、吸収するように。出資したのはさっき君達が話していた御恵家だけどな、あの家は六部に祟られてはいなかった、六部殺しは事実だけどな、罪悪感と悪い噂が悪いことを引き起こしていただけだ、死んだ人間が祟ることはごく稀なのさ、祟りができるレベルの霊になること自体が簡単なことじゃないからな。しかし人の悪意は祟りを産む、その意味じゃあ御恵家は祟られてた」
「でも春夜丸さんは、《祟りはない》と言ったんですよね?」
「天狗のバカどもはアバウトすぎるんだよ、質問には率直にしか答えないし深く考えない。《六部の祟りか?》って聞かれたらそりゃ《ない》って答えるだろうよ。この黒い塊どもは人の悪意なんだよ、この町の住人が産みだしたものだ」
そう言ってぱずるさんは煙草に火をつけ、四阿の椅子に腰を下ろした。真後ろで黒い塊が暴れ回ってるというのに、さすがというかなんというか。
「悪意っていうと・・・妬みとか、憎しみとか・・・?」
るいちゃんの言葉にぱずるさんは頷く。
「御恵家が祟りを受けたのもその流れだ」
「六部殺しがあったのは事実なんですよね、それが原因ですか?」
ようやく現状を飲み込んできたらしい大城君がそう質問した。
「ああ、しかし御恵家の六部殺しは半ば、いや、ほとんど事故だったんだ、プライバシーに関わるから詳しくは語れないがな、御恵側に非はあまりなかった。漂流民と定住民のトラブル自体が珍しくもない時代だったしな。それに御恵家は六部の金品を奪って栄えたわけじゃない、もともと栄えていた」
「・・・確か漂流民を泊められるのは共同体の中でも庄屋や村長の家だったと聞いたことがあります」
僕が言うとぱずるさんは目を丸くして驚いた様子だった。
「詳しいじゃないか、嫌な高校生だな・・・」
・・・嫌がられてしまった。
「えっと、じゃあ栄えていた御恵家に対する妬みが、六部殺しによって《祟り》の理由付けがされてしまったってことですか?」
そう言ったのは英蔵君で、僕を含めた部活メンバーが驚いて英蔵君を見た。
「・・・英蔵さんが知的なことを言うとなんか気持ち悪いっす」
みんなが飲み込んだ言葉をさらりと言ったのは恒人で英蔵君は不服そうな顔で恒人を見返した。しかしここでじゃれだすほど空気が読めないわけではないので、ぱずるさんの話を静聴する姿勢に戻る。
「そういうことだな、もちろん御恵家は六部殺しを隠したわけだが、狭い村だ、噂が広まった。噂はどんどん大きくなり、その噂が祟りをもたらした」
「噂がもたらす祟りで人が死ぬことがあるん?」
「ある。他人の悪意は人の心に負荷をかける、弱い人間ならそれで死ぬこともある。心労で死ぬって話なら分かるだろ?あるいは・・・こっちは今でも珍しくないよな、いじめを受けた人間が自殺に追い込まれる。それもまた一つの祟りさ」
異質を排除し、気に入らないものを排除することで、死に追い込む。
なるほど、生きた祟りだ、ありがちな言葉だけれど死んだ人間より生きている人間のほうが恐ろしい。
なぜなら悪意を向けた人間はそれを《悪意》だとすら思わないことが多いから。正当だとすら思うかもしれない。
「此処にいる黒い塊はそういったモノの集合体だ。本来、下闇神社がきっちり封じてるはずなんだが、どうも不具合が生じたらしくて、こうして直々にはせ参じたわけだ」
煙草を携帯灰皿に押し込むとぱずるさんは立ち上がった。
「じゃ、俺は行く。ああ、一つ言っておくけどこの四阿の結界、あと30分で効果が切れるぞ」
告げられたあんまりな内容に一瞬唖然としてしまった。素早く正気を取り戻したらしいるいちゃんが叫ぶ。
「ええええええ!?ほなウチらどうしたらええんや!?」
「そんなこと俺に聞かれても困るんだが」
困られてしまった。本気で困った顔のぱずるさんに恒人が問う。
「ぱずるさんが神社の不具合を直すのにはどれくらいの時間がかかるんでしょうか?」
「2時間だな」
言い切られた。1時間30分・・・どうすればいいのか、彼が《祝り人》ならそこは期待してもいいのか、しかしさっきの言葉から察するに・・・とんでもないことになりそうだ。
「あの、すごく言いづらいんですが・・・オレらを助けてはもらえないんでしょうか?」
ある意味最高の男気を出してそう聞いてくれたのは英蔵君だ。るいちゃんや恒人はああ見えてプライドが高いので絶対口にできない台詞だろう。
「悪いが去風家のルールで個人的な手助けは禁止されてるんだ、だから無理」
またも言い切られた。《祝り人》って変な人多いな・・・などとのんきに言っている場合ではない。
「せめて対処法を教えてもらえませんか?」
「いいな、前向きな言葉はいい、そして前向きなことを言う人間はいい人間だ。対処法ねぇ・・・さっき恒人に渡した本に何か書いてあるんじゃないか、たぶん」
「たぶんかいっっっっ!!!」
るいちゃんが突っ込みを入れた、鮮やかな突っ込みにぱずるさんが笑う。
「ま、《能力者》が3人も・・・いや、虎人である君を除けば2人の卵がいるんだ。頑張れよ。スタンド使いはひかれあうじゃないけど、どうも能力もってるヤツの周りって妙な現象が起こりやすいからな」
「名探偵のいるところに事件あり、ですか?」
恒人が諦めた様子で肩を竦めると、ぱずるさんが「そう、それ」と笑った。
「あともう一つだけ、あの黒い塊に捕まったらどうなるんでしょうか?」
「一斉に悪意の塊が入ってくるわけだから大抵の人間は気が狂うな」
死ぬより重い言葉をさらりと言って、ぱずるさんは敷居を乗り越えた。
「あ、そうだ。山頂の神社ならまだ結界生きてるから、そこまで辿り着けばなんとかなるぞ。俺もそこにいる」
それだけ言うと、そのまま行ってしまった。
黒い塊はモーゼが通る海の如く勝手にぱずるさんを避けていくが、すぐにまた四阿の周囲を取り囲んで騒ぎ始めた。
「ま・・・マジっすか!?」
「売られた喧嘩は高価買い取りです・・・」
恒人が物騒なことを呟いて受け取った本を読み始める。喧嘩は売られてないと思うのだけれど、燃えているところに水を差す必要もないだろう。
「明かりいる?」
「大丈夫です、それより時間計っててもらえますか?」
英蔵君が懐中電灯を差し出すのを止め、恒人はそう言って本のページをすごい速度で捲っている。あと30分で方法を見つけなければいけない、僕は改めて周囲を見渡した。
5分ほどして恒人がページを捲る手を止めて僕を見る。
「やはりどうやっても道具は必要みたいです。ほんの簡易でいいので魔除けになるものがあればなんとかなるんですけど・・・」
「簡易って言っても此処は山の中だよ?」
大城君にため息混じりに言われて恒人が慌てて手を振る。
「いえ、魔除けっていってもなにも十字架とか御守りとかお札じゃなくてもいいんですよ・・・それこそ櫛とか、鏡とか団扇とかでも」
「ん〜でも櫛って言っても・・・」
「まぁそれなりの・・・ツゲとかの櫛ですけどね、この場合」
るいちゃんが鞄から取りだしたプラステックの櫛を見せて苦笑い。ツゲの櫛を所持している男子高校生、たぶん日本全国探しても出てこないんじゃないだろうか。
「あとは鈴とか・・・」
「ツネ、木は?」
俺の問いかけに恒人は少し首を傾げる。
「木にもよるみたいですけど、南天、あとヒイラギなど棘のある木・・・」
「槐(エンジュ)は?」
恒人は本に視線を戻して目を細めた。
「なります、エンジュの木は魔除けになりますよ・・・」
此処に入ってからずっと気になっていた、目測で10メートルほど先にある木を指さす。
「ツネも分かるんじゃない?あのエンジュの周辺だけ変だよね」
恒人が俺の隣に並ぶ、英蔵君と大城君も寄ってきて僕が指した先を見た。
「あの木の周辺だけ・・・黒い塊がいませんね」
「オレらには見えないけど、浅葱君達に見えるなら・・・実際そうなんだよな」
「そやね・・・で、ツネ。あれがあったらどうにかなるん?」
「ええ、この本、わりと数式化されてまして・・・ちょっと漫画ちっくになってしまうんですけれど、最高を100として一般人の霊力は平均32。そして塩薙一族の平均が64」
64か。100あるうちの64出せればかなりのものだ、しかし身体能力中心の塩薙一族でその数値だなんて他の《祝り人》はどうなるんだろう。
「浅葱さんのような獣人タイプは68。涙沙さんがちょっと予測になってしまうんですけど、憑き物として考えて47・・・」
「ツネ・・・ごめん、話見失いかけてる」
暗記科目以外は全く駄目な英蔵君がそう声を上げる、恒人はちょっと困った顔で続けた。
「時間もないのではしょって説明しますけど。この数値がそのまま魔術具を使用した時発揮できるパーセンテージになるんですよ」
「すいません、見失いました」
英蔵君のあんまりな姿に恒人が思わず吹き出し、すぐに真顔に戻って言う。
「例えば・・・あのエンジュの木の枝で、霊的な物を攻撃した場合、与えられるダメージが英蔵さんならば32パーセントってことですよ。それこそ高位の霊能者が使うならばエンジュの木の枝が・・・剣に匹敵する」
「つまりさ、この黒い塊さんたちを木の枝でぶん殴りつつ山頂の神社まで進めばなんとかなるってことかな」
大城君のざっくりしたまとめについてこられたらしい英蔵君が頷く。
「・・・で、そのエンジュの枝は誰が取りに行くんや」
「俺が行ってきますよ」
るいちゃんの言葉にさらりと恒人が答える。
「俺がこの中で一番スピードは早いわけですから、捕まる前に此処に行って戻って来ればいいでしょう?」
「ツネ・・・いくらなんでもそれは危ないよ」
「そんなこと言ったって、他に手はないんですし。エンジュの位置が分かっているのは俺と浅葱さんだけなんですよ、英蔵さん達は見えてすらいないんですから」
「論理的に言って俺はツネが行くの反対だな」
恒人の腕を掴んでいる英蔵君の肩を叩いて大城君が手を上げる。
「確かにスピードではツネが一番、そこは賛成。でもツネの力じゃ枝が折ないんじゃない?持ってくるにしてもそれなりの量の枝を持って来なきゃいけないんでしょ」
「・・・確かに、そうですね」
「頭回るくせに突っ走るねぇ、この小狐ちゃんはっ!」
大城君は豪快に恒人の頭を撫でてから僕を見る。確実なパスをまわす時みたいな真っ直ぐな目。
「俺ならできるだろうね」
「浅葱君!?」
腕を引いてくるるいちゃんに僕は笑う。
「できるって言ってるんだから信じてよ」
「・・・分かった」
「ただ、一瞬でいいからこの黒い塊がどいてくれるような、そんな方法ないかな?」
恒人が本を閉じて小さく息を吐いた。
「ぱずるさん、すいぶんこれ見よがしに忘れていったな〜とは思ってたんですよ」
そう言って恒人が椅子から拾い上げたのは煙草とライター。
「煙草の煙も・・・せいぜい一瞬退かす程度の魔除けにならなるみたいっす」
「・・・アイツ、食えへんなぁ」
るいちゃんが半ば呆れた様子でそれを見る。
もしかするとあそこにエンジュの木があり、それを使えばどうにかなるところまでぱずるさんは計算済みだったのかもしれない。
道筋は与えてくれたわけだ、直接的な手助けができないだけで、ちゃんと残しておいてくれた。
僕は恒人から煙草を受け取って一本取りだし、ライターで火を点けようとしたけれど、つかない。困ってしまってみんなの顔を見ると、「なんとも言えない」という顔で僕を見ていた。
「え?なに?」
「まぁ、浅葱君らしいっていえばらしいけどなぁ・・・」
「いやぁ、むしろ知っててくれなくてほっとしました」
「真面目だもんね」
首を傾げていると、大城君が僕の手から煙草とライターを取る。
「浅葱君、煙草は口にくわえないと火は点かないよ」
「・・・・・・そうなの!?」
「火が点いたの持っていけばいいんでしょう、俺が点けるよ」
大城君は煙草をくわえて火を点けた、赤くなった先から煙が立ち上る。
「大城君吸ったことあるの?」
「今は吸ってないよ。緊急事態だから大目に見てね」
大城君から渡された煙草をそっと四阿から出してみると、煙を避けるかのように黒い塊が退いた、これならいける。
「・・・じゃあ行って来る」
「気をつけてな」
軽く手に触れてくるるいちゃんの頭を撫でて、改めてみんなの顔を見た。無言で頷くメンバーに僕も頷き返し、煙草をかかげた状態で四阿から踏みだした。
煙草の火が消えないようにスピードをセーブしながらエンジュの木へ走る、一瞬退いた黒い塊はすぐに元に戻ってみんなの姿が見えなくなる。
みんなが信じてくれている、それだけで怖くはなかった、絶対に大丈夫だとそう思える。エンジュの木に辿り着くと手近な太めの枝を二本へし折った、生木のニオイ。心の中で木に謝りつつ踵を返す。もう煙草は消えていたけれど帰り道は問題ない。折った枝をまとめて振り回すと黒い塊は吹き飛んでいった。なるほど、これなら大丈夫だろう。
黒い塊を枝で蹴散らしながら四阿に駆け込むとみんなにばしばし背中を叩かれた、ちょっと痛くてとても嬉しい。
「残り15分!」
「急いで準備しましょう・・・」


「あの・・・ツネ、なんで十徳ナイフなんて持ち歩いてるのか聞いてもいい?」
「ダメです」
折ってきた枝からナイフで小枝を切り落としている恒人に英蔵君が話しかけるが一蹴されていた。
「教えてよ〜」
「《恒人様教えて下さいお願いします》って言ったら教えてあげます」
「恒人様教えて下さいお願いします」
あっさりと、頭まで下げてきっちり言った。「言うのかよ!?」と大城君が別の枝を処理しながら突っ込む。
「これ便利なんですよ、ペンライトとかもついてるんで。夜の山に行くんで念のため持ってきたんです」
大した理由でもなかったけれど英蔵君は満足がいったらしく頷いていた。きっと危ないことをしていないか心配だったから聞いたのだろう。
とりあえず二本の太い枝を割って折って5つに分ける。素手で掴むと棘が刺さりそうだけれどこのさいしかたない。
「浅葱君・・・大丈夫だよね?」
恒人が落とした小枝をまとめていたるいちゃんが急に僕の顔をのぞきこんでそう聞いてきた。
「大丈夫だよ、不安?」
「いや、一応の確認。ちょっと死亡フラグ立ててもええ?」
「死亡フラグって・・・まぁいいよ、どうぞ」
「あのさ、ミヤ君達が三刃杜若のとこ行った時・・・俺がどうしても二人の手助けがしたいって無理言って、浅葱君聞いてくれたやん。結果的に二人の手助けはできたし、後悔はしてへんけど、一個だけ、飛縁魔の力使っちゃってごめんな。浅葱君は俺に使って欲しくないと思ってたし、俺も使わないつもりやったけど、でもあの時はこんなんでも役に立つんならっていてもたってもいられんくて・・・ああ、ごめん。自分でも何言ってるのか分からんくなってきたわ」
これはみんなに言えることだけれど、笑って、いつも通りにしていても緊張している、少しだけ顔が強ばっている、こんな状況だから当たり前だけれど、るいちゃんの表情もかたい。
「いや、一応な。あやまっとこ思ったんやけど、このタイミングで言ったら死亡フラグっぽいなと思って・・・前置きしてみたんや」
「るいちゃん、俺がるいちゃんに飛縁魔の力を使って欲しくなかったのは、それを使うことでるいちゃんに傷ついて欲しくなかったからだよ。ほら、俺ってさ、契約してるじゃない《人を傷つけない》っていう。裏のルートから入国すればその契約はしなくてよかったんだけど、その契約がしたいがために正規のルートで入国したんだ」
「ん・・・?なんで?」
「虎人って怪力だからさ、こっちにその気がなくてもうっかり人を傷つけるのが怖かったんだよ、それこそちょっと力込めて握ったら人間の骨なんて折れちゃうから、それが怖くて。まぁ結果的にその契約のおかげでるいちゃんを助けられたんだからしといてよかったとは思ってるけど、でもさ・・・違ったと思う。無理矢理枷を嵌めるんじゃなくて自分でセーブする意志が必要だった。るいちゃんは飛縁魔の力を自律できるし悪用もしないって信じてる、でもどうしようもない事態に陥った時に後悔はして欲しくない、傷ついて欲しくない・・・その意味での《使って欲しくない》だよ」
るいちゃんは怒る時にはしっかり怒る、人間だから妬みも憎しみもあるだろうけれどそれをすぐに陽性のものに変換できる。だからこそ『呪うという発想そのものがない』のだ。ぐちぐち恨んでる暇があったら本人に話をつけにいくだろう。
それでもこの先、飛縁魔の力を使えば自分が、あるいは周囲の人間が救われるような状況になったら?
三刃杜若のような者が現れて、仲間に攻撃を加えてきたら?
使って助かるのならば使っても良いと思っている、ただそれで後悔をして欲しくないだけだ、三刃杜若の死でるいちゃんもショックを受けている様子だったけれど「後悔していない」とはっきり言ってくれて、るいちゃんをあの場に連れて行ったのは間違いではなかったと思った。
誰かを守るなら、戦う力が必要だ。
それが異形でも異端でも、必要な力だ。
その点においては僕は契約をしたことを後悔している、攻撃を加えてきたのが人間であった場合、僕は戦えないのだから。
「浅葱君、ありがとな・・・」


準備は整った、此処の結界が切れるまで残り5分、出発の時間だ。道の向かいに見える地図で確認したところこの地点から神社までは3キロ、山道であること、暗闇であること、そして黒い塊を倒しつつ進まなければならないことを考慮して20分はみたほうがいい。
簡易の武器となったエンジュの枝を手に四阿の中、僕らは円陣を組んだ。
試合前のように、互いの肩に手を回す。
「じゃあみんな、はぐれないように、随時周囲の確認を怠らない、危険なことはしない、突っ走らない、でも全速力で、行くぞっっ!!!!」
全員で気合いを入れるためのかけ声を上げて手を離す。互いの顔を見て頷く。
恒人が先陣を切り、その後ろを左に大城君、右に英蔵君が続く(大城君が左利きなので)。そしてその後ろにるいちゃんで、最後尾は僕。
「じゃあ・・・行きますよ!」
ナイフで先を尖らせ、飛ばしやすく加工した小枝を恒人が黒い塊に投げつける、叫び声が上がって黒い塊が散る。
そこに枝を振り回しながら恒人が一気に踏みだした。
「どけぇぇぇぇぇ!!!てめぇぇらっっっっ!!!」
華奢な外見からは想像もつかない、迫力ある怒号を響かせて黒い塊を押しのけながら走り出す。左右から向かってくる黒い塊を弾きながら僕らもそれに続いた。


エンジュの枝の威力はなかなかのもので向かってくる黒い塊をはじき飛ばすことができた。手応えとしてはビニール袋を殴っているような軽いものだったけれど。しかし大城君達は怯ませる程度のダメージしか与えられないらしく、次々と迫ってくる黒い塊に苦戦していた。
先頭を行く恒人が着実に道を作ってくれているのでなんとかなっている状態。僕は背後から来るものや頭を飛び越えて行こうとするものを叩き落としていた。
るいちゃんが懐中電灯で先を行く三人の足元を照らす役割も担っているので、僕はほぼるいちゃんと並ぶ形で黒い塊の動きに目を光らせている。
上空から落下してくるように向かってきた黒い塊に恒人が投げた小枝が突き刺さって、悲鳴を上げて逃げていく。
「あれ神社やない!?」
木々の向こう、白く発光している場所がある。おそらくあれが下闇神社だ。
「ツネ!もうすぐ脇に石段が見えるはずだから、見落とさないようにね!」
「はい!」
それから少し進むと、鳥居と石段が見えた。最初の鳥居を潜ると黒い塊の数は減ったけれどその変わり大きいモノが僕らに向かってくる。
最初の鳥居の中に入れるぐらいだから多少レベルが高いのか、理屈は分からないけれど、サイズの大きい連中は手応えも大きい、かなりの力を込めて弾かなければ逆にこちらが飛ばされてしまいそうだ。
「な、なにこいつら、攻撃きかな・・・」
「英蔵さん達、頭下げてください!」
先頭のツネが軽くジャンプして回転する勢いで大城君達のところにいたモノを叩き飛ばした。
「数は少ない、全力疾走!!」
僕の号令に全員かけ声を上げて走るスピードを上げる、石段を駆け上がる。
神社の鳥居が見えた、それより向こうは白く輝いている、もう少しだ。
横から向かってきた黒い塊をはじき返し、走る。
隊列を崩さないように、でも全力で走る。
そして全員が神社の中に駆け込むことができた、背後で聞こえる炸裂音にふり返れば、僕らを追いかけてきていた黒い塊達が一斉に上空へとはじき飛ばされるところだった。
あの四阿よりさらに強力な結界が張られているらしい。
顔を見合わせて互いの顔を確認する、大丈夫だ、間違いなくみんないる。一人も欠けてない。
「・・・今度こそ助かった・・・かな」
大城君の言葉に一気に力が抜けて全員その場にへたり込んだ。
「怖かったね〜」
「別に怖くなかったっす!」
「嘘だぁ、怖かったでしょ」
僅かに震えている恒人を同じように震えている英蔵君が抱きしめると「俺も混ぜて〜」と戯けながら大城君も抱きついた。
僕の手も震えていた、強ばった手はエンジュの枝だを放してくれない。
震える手にるいちゃんの手がそえられた。
「浅葱君・・・」
「よかった、みんな無事で・・・」
「当たり前やん、オレら無敵の青バスチームやで」


全体が白く発光した神社の中、拝殿の向こう、本殿の前にぱずるさんの後ろ姿が見えた。おそらく今は神事の最中だから話しかけないほうがいいだろう。
「みんな本物〜?途中で偽物と入れ替わったりしてへん?」
るいちゃんがそんなことを言いながらみんなの顔を触っている。
「まぁホラーの定番だよね」
「神社に入れてるんだから大丈夫ですよ・・・」
暗闇の中、得体の知れないものと戦いながら走り抜けるのは僕でも疲れた、誰ともなしに地面に寝転がる。薄い光はドームのように神社を覆っていて、その向こうは相変わらずの漆黒だった。
円になって寝転がった僕らは手を繋ぐ、右隣にるいちゃん、左に大城君、その向こうが恒人、英蔵君。
汗ばんだ手は熱い、みんな無事だった。
ぱずるさんは能力を持った人間はこの手のことに巻き込まれやすいと言った。神社の封印に不具合が生じたタイミングで僕らが下闇山へ来たことも偶然ではないのかもしれない。
巻き込まれるべくして巻き込まれたなら、そしてこの先もこういうことが起こるなら、やっぱり力は必要だ。今度、田単さんに言って契約を解除する方法(もちろん裏ルートになってしまうけれど)がないか聞いてみよう。
どうしようもなく愛おしいものが今の僕にはある。心の底から守りたいと思えるものがある。
あの村にいたころ、僕の心は平坦で、静かだった。
日本に来て、たくさんのものに触れ、たくさんのことを知るうちに、夜の湖面のようだった心は渦巻き、溢れそうなほどの激情に満たされた。
愛情も、憎しみも、苦しみもなにもかもが僕を変えた。
飛縁魔の一件、恒人が塩薙一族だったこと、そして三刃杜若の一件はさらに僕の心を乱した。
僕は僕の大切なものを一つも漏らさず、全て守りきろうとそう誓った。
るいちゃんや恒人はこの先、異端であることで弾かれる可能性がある。その全てができることなら守りたい。二人ともそれぞれの強さを持っていることは知っているけれど、それでも彼等を傷つけるものから守りたい。
それが《戦う》と同義でも、僕はそれを選択しよう。
特殊であること異端であること異能であることは排除される理由になる、魔法や超能力の存在を公式に認めた時、一番心血が注がれたのはその部分だった。
いかに《能力者》を一般社会に馴染ませるか。
だからこそ隠している部分もある、高位能力者のほとんどが自分の力の半分も明かしていない。
《シャーマン》の尾下家、《忍者》の塩薙一族、《鍛冶屋》の濡羽一族。
この三つは一般的な日本人とは民族が異なる。もちろん日本人自体様々な民族が混ざっているけれど、この三つは外部と交流を断ち、古代日本からその血を繋いできた民族だ。
特に主張もされていないので一部の研究者しかこの事実は知らないだろう。
明かさないのは差別を怖れているから、かつて差別されていたことがあるから。
尾下家は中央政治に一切関わらないという姿勢をとり続けたけれど、過去数回、討伐の対象になった、その時の名称から《鬼の一族》と言われることもある。
塩薙一族は元々高かった身体能力を生かし、時々の権力者に手を貸す形で、《忍者》となることで生き延びた。
濡羽一族は《鍛冶屋》として、人々の役に立つことで生き残った。
紐解いてみればこの三つの歴史は血塗れだ、虐殺に満ちた差別の歴史だ。
少数民族への圧迫はどこの国でも珍しくない。
彼等は生き残るための力が必要だった、生き残るために強くなった、守るために強くなった。そしてまた強いからこそ畏怖され、他と混ざることができなかった。
それでも横並びにはなれなかった。
それがどんなものであっても自分の構成要素の一つなら消し去ることはできない。
僕が虎人であることも、るいちゃんの左手に残った飛縁魔の残滓も、恒人に流れる塩薙の血も、逹瑯君の猫の目も、ミヤ君に宿る犬頭も、明希君の天狗の力も、そして京さんの異形の手も・・・無視はしきれまい、どこかでなにかに引っかかる。
その時に逃げるより諦めるより戦うことを選びたいのだ。
僕の力は守るため、そのために使う。
僕が聞くのも変な話で、しかし僕しか聞けないことを、塩薙一族が異民族であることをどう思うか以前恒人に聞いてみた。
『それで嫌われたり、攻撃されたりしたらやっぱ辛いっすよね・・・まだ俺が目につくから絡んでくるってほうがいくらかマシですよ。俺は結局、塩薙一族を選ばなかった身ですし、知ったのも最近なんで誇りだとか矜持だとかそういうのはないけれど、それでも、きっとそれを受け容れたら自分を否定することになって、それは俺を大事に思ってくれているみんなへの否定だと思うから、ちゃんと反論したいです。だからもし、浅葱さんが虎人だってことで攻撃してくるヤツがいたら俺も加勢しますよ』
異形をその身に宿しても人ならざる力を持っても、慢心もせず、腐ることもなく、ありのままで生きようとしているからこそ、僕の大切な友人達はどこまでも崇高で美しい。
「そろそろ時間やで・・・」
るいちゃんに言われて時計を確認すると、ぱずるさんの言っていた2時間が来ようとしていた。
本殿のほうで鈴の音が聞こえた次の瞬間、神社の周辺にいた黒い塊達は一斉に光を放ち、天空へと駆け上がっていった。まるで地上から空へ帰る流星のように、幾千幾万の光が昇っていく。
「そういえば星を見に来たんだったね」
大城君が可笑しそうに言った。
下闇山から昇っていく光達に、空を覆っていた分厚い黒は消え去り、やがて本物の星々が瞬き始めた、月も見える。
浄化された、終わったのだ。
「綺麗ですね〜、なかなか良い星狩りでした」
「前向きだね、ツネは・・・」
そうして5人で声を上げて笑った。



「俺は帰るけど君らどうする?」
寝転がったままの僕らにぱずるさんがそう声をかけてきた。
「此処はもう安全なんですよね?」
「去風の当主が浄化したんだぞ、当たり前だろうが」
「・・・じゃあしばらく此処にいます」
僕が答えるとぱずるさんは頷いて神社から出ていった。
空には満天の星。
そういえばペルセウス座流星群はどうなったんだろう、もう今更かな。
「確かに此処のほうが町よりよく見えるね・・・」
大城君が感嘆のため息をついた。
「あそこにこと座があるからあれがベガ、天の川を挟んでアルタイル」
僕が空を指さすと隣のるいちゃんが目を細めた。
「織姫と彦星やな」
「え〜どれどれどれ?」
「あれですよ」
恒人が英蔵君の手を掴んで夏の大三角を描いた。
「いっぱいあって分からないよ・・・」
「まぁ英蔵さんにロマンチックなのは似合いませんよ」
「なんだと〜」
英蔵君が捕まえる前に恒人は跳ね起きて、あっかんべーをすると逃げていった。
「まて、こら!」
英蔵君も起きあがって恒人を追いかけていく。
「そうだ、今日は狐鍋だったな。英ちゃん捕まえろ〜!」
大城君も起きあがって追いかけっこに参加する。
「まだやるんっすか〜!食べても美味しくないですってば〜!」
狭い境内を走り回る3人に僕とるいちゃんも身体を起こして笑った。
「なぁ浅葱君、マオ君がな、俺もなんでもいいから力が欲しいって言ってたんや。次に明希君が危ない目に合った時に守れるような力が欲しいって、でも俺は・・・」
革の手袋をした左手をかかげてるいちゃんは寂しそうに言った。
「持ってるけどあんま役にたたへん。今回もほとんど役にたってなかったな」
「るいちゃん、さっきるいちゃんが俺に言ったんじゃない。いてくれるだけで、友達でいてくれるだけで・・・すごく力になるんだよ」
どうしたら伝えられるだろう、その存在に、僕がどれだけ救われてきたか、海のように深く、空のように果てのないこの思いを、どんな風に紡げば言葉になるだろうか。
それは世界中の言葉を集めても形にならないほどの気持ちだ。
だからこんなありきたりのことしか言えない。
「・・・浅葱君、ずっと友達でいような。ツネも英蔵君も大城君ともず〜っと、友達」
ほら、光が僕を照らす。
溢れるほどの勇気をくれる。
「もちろん、ずっと友達だよ」


ゆっくり時間を重ねて、拙い言葉でこの思いを伝えよう。
出会えたことでどれだけ幸せになれたか、力をもらえたか。
《人間》の短い一生の中でだってそれだけの猶予はあるはずだ。


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