#5異形バード
大人になると数歳の歳の差なんて関係なくなる、なんて話を聞いたことがある。
現在高校生である俺にとって、学年が一つ下の明希やゆうや、恒人なんかぐっと幼い存在に見えてしまうけれど、それも今のうちだけなのだろうかとぼんやり思った。
同時に俺が「大人」と一括りしている彼等にもまた俺達と同等に、いや俺達以上に物語があったのだ、人として相対することで俺はそれに気づいた。
じゃあ始めよう、埒外にして異端なる《外法師》、西村京。
俺達の恩人、京さんの物語を。
異 形 バ ー ド
遊び狂った夏休みが終わった。
ミヤ君ががっつり立ててくれたスケジュール通りに宿題をこなしたおかげで8月31日に死ぬ思いをすることがなかった、こんな簡単なことならばもっと前からやっておけばよかったな。
夏休み、もう少し夏休みの話をさせてもらおう。
遊び狂いつつ俺はいろんなヤツに同じ疑問をぶつけてまわった。
心に引っかかって消えないそれ。
三刃杜若のこと、俺が彼を殺さなかった、その選択は間違っていないとして、それを京さんにやらせてしまったこと、それは間違いだったんじゃないかと。
ふらりとミヤ君の家を抜けだしてはこっそり友人達に話を聞いた、まあミヤ君の鋭さを考えれば俺の心情ぐらい見抜いていたかもしれないけれど、放置してくれるところは放置してくれるのがミヤ君だ。
印象に残ったことを上げていけば全員になってしまうので、被らないかつ分かりやすい人物を上げていくことにしよう。まず恒人に話を聞いた時のこと。
部活帰り、英蔵と別れたところを狙って声をかけようとして、俺はちょっとばかり悪戯心を起こした。いつもすました顔の後輩を驚かせてやりたいなと。
と、いうわけでいきなり後ろから抱きついてみた。
阿呆とでも変態とでも好きなだけ罵ってくれてかまわない、今はちゃんと反省している。
恒人は一瞬小さな声を上げて身を竦めたものの、すぐに俺の腕を振り払い、そして俺の顔面に回し蹴りが飛んできて寸止めされた。
「・・・逹瑯先輩、なにをしているんですか?」
足先は俺の頬の真横に上げたまま、恒人は冷ややかな声でそう言った。
彼の運動能力が上がっていたことが逆に幸運なのか、蹴り飛ばされなかっただけラッキーだと思う。
恒人が塩薙の血を持つ人間であることを失念していた。
「いや〜ちょっと小狐ちゃん驚かせてみたいなぁ・・・なんて、ねっ!」
深いため息をついて恒人は足を下ろした。
「もう、また変なのが絡んできたかと思ったじゃないですか。まあ、ある意味変なのに絡まれたのと同等かもしれませんけどね、誰かつけてきているっぽいなとは思っていましたが・・・いきなり後ろから抱きつくとかどういう神経してるんですか?なんの断りもなく相手の体に触れるのはそもそも失礼なんですよ」
薄い唇を結んで大きな目で見上げられると、また悪戯心が湧いてしまった。
「え〜でも小狐ちゃん、青バスのメンバーとはベタベタしてるじゃん?大城君にお姫様抱っこされてたのどこの誰だっけ?」
「顔の問題・・・いえ、関係性の問題です」
「今、なにか俺に対してものすごい罵りを浴びせなかったかっ!!??」
「もちろん、冗談です」
にっこりと笑顔。恒人の場合、本当に冗談で言ったんだろう、トークの立つヤツだからな。しかしミヤ君や明希の天然になれてると心臓に悪い。
「そもそもあれは、誰が誰をお姫様抱っこできるか?ってことから始まったものでして、全員にされましたよ、俺」
野郎だらけの部活内でそんな遊びが始まるのも変な状況だけどな、しかし組み合わせ的にどうなのだろう?大城や浅葱は身長と力を考えれば全員できるとして・・・英蔵はよく分からない・・・
「あれ?小狐ちゃんは誰をしたの?」
「・・・誰もできませんでした。涙沙さんすら無理でした、涙沙さんは俺をできたのに!」
と本気で悔しそうな顔をするので俺は首を傾げる。
「塩薙の力、とやらでその・・・そっちのパワーはつかないの?」
「それが・・・パワー系とスピード系に別れるらしくて俺は完璧なスピード系らしいんですよ!普通多少は混ざるらしいんですけど、純度100%のスピード系です」
「ああ、パラメーター全部《素早さ》に割り振ったみたいになってんだ」
涙沙と恒人だったら身長差を考えれば涙沙のほうが多少は軽いだろうからなぁ。本気で腕力ないんだな。
「まあそうなるとあの般若面の方は完璧なパワー系、だったんでしょうけれど・・・」
「般若面の方?」
「いえ、こちらの話、というより話せば長いのでまた別の機会にでもお話しますよ。スピード系というか身軽?この前、助走つけてジャンプしたらどうなるんだろうと思って試してみたら、体育館の屋根に乗れてしまいました・・・」
「・・・小狐ちゃんって体重何キロなの?」
「・・・よ、よんじゅうはち」
「400の献血できないレベルだぞ、それ!!」
照れて言うなよ、可愛いじゃねぇか。
「で、逹瑯先輩、なにか俺に用事ですか?」
「いきなり変なこと聞いてもいい?」
「かまいませんよ、存在がそもそも変なんで気にしません」
すごい暴言を吐かれたが、ツンデレだと思うと悪い気はしないから不思議だな、良い言葉だなぁ《ツンデレ》って。
「小狐ちゃんはさ、どんな状況だったら《人を殺せる》と思う?」
恒人も三刃杜若の一件は知っているので、そのことに関する質問だということは分かってしまうだろうけれど、そう聞いた。
恒人は眉間にシワを寄せて少し首を傾げる。
「そおっすねぇ・・・まあ俺も逹瑯先輩ほど切羽詰まってはいなかったけれど《体験》しちゃいましたから言うんですけれど。今、この状況ならばどんな憎い相手がいても、たとえナイフを向けられても殺さないでしょう、漫画や小説なんかである《殺されそうになったら殺す》っていうのも現実感がない気がします。殺意を向けてきた相手からは逃げる、それが普通の反応だと思いますよ。少なくとも自分が人を殺すことで悲しんだり傷ついたりする人がいますから。殺した相手にも同じようにね。身も蓋もないことを言えば《殺人》を犯せば犯罪です、警察に捕まります。加害者や加害者家族がどんな扱いを受けるのかとか考えたら・・・言葉は悪いですが《殺人》って甲斐がないですよね」
「甲斐がない?」
「ええ、自分や自分の周囲の人生を棒に振ってまでやることじゃあないです。それに考えが及ぶ人間は殺人を犯しませんよ、ミステリ小説じゃあないんですから。完全犯罪を目論める頭があるなら殺人は犯さないでしょう。例えばですが、自分の周囲の人間がみんな誰かに殺されてしまったなら俺はその人間を殺せるかもしれませんね、ストッパーがないわけですから」
「・・・ストッパー、か」
「自分の残りの人生と引き替えにしてでも殺したい相手、ですかね・・・あと例外があるのなら、殺されることが許されている場合、戦争とか・・・う〜んでもそうなると殺すのは自分とまったく無関係な相手だから俺はイヤですけれどね」
恒人はそこでまた首を傾げた。大きな目で数回瞬く、睫毛の音が聞こえた気がした。
「・・・人を人だと思わないこと、だそうですよ」
「ん?」
「塩薙一族の頭領さんから聞いたんですけどね、人を殺すコツ・・・嫌な言葉だな。それは人を人と思わないこと、割り切ること、人を物だと思うこと、だそうです」
「辿り着きたくない境地だな・・・」
「人間なら着かなくて良い境地、とも言えますね」
澄み切った瞳で見上げられるとこんな話題を振ってしまったことが申し訳なくなってしまったけれど、恒人も悩んだのだろうな、塩薙の血筋だと言われて。
京さんは三刃杜若を《物》だと思ったのだろうか?
たぶん違う、そんな風に割り切る人ではないし、そう思っているのなら・・・
あんな顔はしなかった。
「キミは只でさえ顔が辛気くさいんだから辛気くさい話題を振ってこないで欲しいね」
マオに同じ質問をしたらあの猫顔をくわっ!という表情にしてそう返された。
「うるせえよ!誰の顔が辛気くさいんだよ!爬虫類みたいな目ぇしやがって!」
「抹香臭い顔近づけないでくれる?」
「抹香臭い顔ってどんな顔だよ!?」
「仏像っぽい顔だよ、馬鹿」
「生まれて初めて言われたよ、そんなこと!」
「猫臭い顔っ!」
「リアルなこと言うなっ!こと顔の作りに関してはてめぇのほうがよっぽど猫じゃねぇか!マンチカンっぽいんだよ!」
「誰の脚が短いって言ったんだこの野郎!!」
「はんっ!自らコンプレックスを露呈したな!」
「・・・逹瑯君って手足が長すぎて気持ち悪い、なにか蜘蛛的なモノを思いだす」
「お、俺の唯一の長所を・・・お前は悪魔かっ!」
以下20分略。
「ふむふむ、逹瑯君はマオにゃんと真面目なお話がしたいと、そういうわけね」
言いたいだけ言ってマオは話を戻した。
「すでに質問する相手を間違えた気がするんだが・・・答えてくれるか?」
「《労力》の問題っていうのもあるよね・・・」
すっと真面目な顔になってマオは話し出す。
「どうせ逹瑯君のことだから他の人にも聞いてるでしょ。だから当たり前な部分をあえて省くなら《労力》と《精神力》の問題があるんじゃない?例えば!」
ぱっと両手を広げてマオは口角を上げる。
「どうしても殺したい人間ができました。計画殺人です。まずは?凶器がいるね、ナイフ?鈍器?ロープ?現地調達?相手が自分より強い場合はどうする?無事殺害できたとしてその後は?隠す?自首する?隠すなら何処へ?アリバイ工作なんかしちゃう?・・・とかやってたら途中で正気に返る気がするのね、というか案外その途中で挫折して殺害に至らなかった人ってけっこういるのかもよ?」
マオはニュースボーイ・キャップを目深に被り治して視線を隠してから続ける。
「そういう意味じゃあ、逹瑯君とかミヤ君とか恒人君や涙沙君も、使いようによっては明希も・・・その手間が省けちゃう人間、だよね。一方的に人を殺せる力でもあるんだから。事後工作はともかくになっちゃうけどさ。ない俺達より強いストッパーがいるのかもしれない・・・もし俺にそういう力があったら三刃杜若、殺してた気がするしね。明希のためとは言わんよ、そこまで馬鹿じゃない、自分の怨みを晴らすために殺してたかもしれない。だから俺は、もちろん俺には劣るにしても明希を愛してくれていて、ミヤ君というキミの至上の親友の命と自分の命をかけても、あの男を《殺さなかった》ことに最大限の敬意を表している、人としてね・・・そして《殺してくれた》京さんには感謝している、するべき感謝でなくてもしてるよ」
キャップに隠れて表情は分からなかったけれど、唇は微妙に歪んでいた。
「友人を殺しかけた相手を《殺したい》ほど憎むのは・・・当たり前で自然な感情なんだって、ミヤ君がそう言ってた」
なぐさめるだとか励ますだとかそんなつもりではないけれど、俺はそう言う。
「彼らしい言葉、だな。今の言葉から分かるのはどちらかと言ったら逹瑯君のミヤ君への信頼度だけれどねぇ・・・」
「うるせぇよ!」
キャップの上からぐいぐい頭を揺すってやるとマオは口を尖らせた。
「ところで逹瑯君、今夜辺りみんなで廃屋に泊まり込んで《ひとりかくれんぼ》でもやろうと思ってるんだけどどうかな?」
「お前なんか一生異世界にいればよかったのにっ!!」
ようやくマオは可笑しそうに笑った。
そして、ガラに聞いた時のこと。保健室登校児である彼は、夏休みの間も保健室に通い、黙々と課題や補修をこなしていたのだ。
新倉教諭が出かけたのを見計らって窓から保健室に入るとものすごい迷惑そうな顔を浮かべつつ、内心嬉しくてたまらないといった様子だった。
可愛いところもあるよな、骨だけどさ。
「迂回した物言いはやめてくれて、京さんのことだろう?」
みんなにしたのと同じ質問を投げかければ、ガラはそう言って目を細めた。
「まあそうなんだけど、さ・・・」
「勘違いしないでほしいのはあの人は別に人を殺すことに慣れているわけじゃあないし望んでやっているわけでもない」
「・・・それは分かってるつもり、だよ」
「一般的に《外法師》というものが勘違いされているんだよ・・・」
ガラはそう言いながら神経質そうに髪をいじる。
「能力者登録をしていない《能力者》が《外法師》、そう思われているが本当は違う」
「いや、俺もそう思ってたんだけど・・・」
「だから一般的にと言っただろう。逹瑯は《能力者》が犯罪をした、あるいは逮捕されたというニュースを聞いたことがあるか?」
記憶を辿って考えてみる、そういえば・・・ない。
「温すぎるしお粗末すぎるとしか言えないな、いやお前のことじゃない、世間一般の皆様方だ。《能力者》がみんな登録してるから安心だなんて思っている、影じゃ塩薙一族の暗殺だって行われているし、信太もごく稀だが呪殺を行うことだってあるのに。まあ政府機関やらに食い込んでる《祝り人》のそういった行為は黙認、容認されているからともかく、三刃杜若のように本家を爪弾きにされたあげく一般人に危害を加えた人間の存在がまったく表に出てこないのはどういうわけだと思ってるんだ、お前」
「・・・そりゃアイツが上手く立ち回った、から?」
「三刃杜若がミヤ君にやったこと、立派な《傷害》あるいは《虐待》だろ、頭の回るミヤ君が他のアクションを起こさなかったのも変な話だと思わないか?幾つかの能力者の元には行ったみたいだけれど、もう一つ駆け込むべき所があるだろう」
「・・・え、何処?」
俺が首を傾げるとガラは面倒くさそうにため息をついた。
「警察だよ、あるいは児童相談所だな、あの時点じゃ三刃杜若は養父だったんだから、虐待されてるって訴えてもよかった、でもしてないよな」
「・・・してない、と思う」
少なくともミヤ君からそんな話は聞いていない。
「先に三刃杜若から釘を刺されたのか、ミヤ君自身が調べて知ったのかは分からないけれど、駆け込まないのが当たり前、なんだよ・・・《能力者》が加害者の場合は管轄外だからな」
「え、でも確か・・・警視庁にそれ専門の科がなかったっけ?」
超常現象及び不確定事件専門の零科、だったか。でもあると知っているだけでそれこそニュースで聞いたことはない、な。
「あそこはあくまで、通報された事件の中で不自然なものを《能力者》や《霊現象》が関わっていないかどうか調べる場所だ。《能力者》は逮捕しない・・・何故逮捕しないかといえば拘留が困難だとか例えば呪殺を行ったとしてそれが本当に呪殺だと見極める方法が少ないとか色々あるんだが・・・そこで《外法師》の登場だ」
苦虫をまとめて噛みつぶしたような顔でガラは下を向く。
「政府機関に管理されない代わりに《外法師》には課せられた使命がある、それは違反行為をした《能力者》を裁くこと、だ。《外法師》は《祝り人》が他の《能力者》を管理し、一般市民の皆様に《能力者》が危険な存在だなんて思われないよう、危険人物を排除するのが本当の役目、なんだよ」
「じゃあ、京さんが三刃杜若を殺した、のは・・・?」
乾いて回らない舌でなんとかそれを言い切ればガラは寂しそうに目を細めた。
「《死刑執行》だった。一応、最終通告っぽいことも言っていただろ?」
確かにあの時、ミヤ君から手を引く気はないか、の質問の後から三刃杜若を殺すまでの判断が短かった気がするあの言葉が最終通告だったのならば・・・
−そーいうのは《外法師》の仕事や。
あれは、まったくそのまんまの意味だった、ということか・・・
「まずその零課から《祝り人》に連絡が行って《外法師》に降りてくる場合と、《祝り人》が自己判断で《外法師》に通達する場合がある、三刃杜若の場合は後者だ。《祝り人》の一員である一刃家の分家の不祥事、完全に完璧に揉み消す必要があった、《能力者》が《能力》を使って一般人に危害を加えたなんて事実が表沙汰になるわけにはいかないんだよ、それこそ世間がパニックになる・・・本格的な魔女狩りになる」
気づかない俺が甘かったのか、《能力者》関連についてあまりに表に出ていることが少なすぎるのか。
《能力者》は安全だと世間に思わせておかなくてはならない、《祝り人》は自分達のために、政府は国民の混乱を避けるために。
「でもな、あそこでお前らを助けに行ったのは京さんの意志だよ。京さんがお前らを助けたいと思って行った、まあ御本人はあの性格だから自分の不始末だからとか言ってたけれど、お前らが心配で駆けつけた、そこは酌んで欲しい」
「そっか、分かった・・・」
これが回答なのだろうか?
京さんにとっては仕事だったのから、俺が責任を感じる必要はない?
それでいいの?
途中で戻ってきた新倉教諭も加えて、くだらない話をして時間を潰し、俺は銀湾荘に戻った。
「ミヤ君、ただい・・・まっ!!」
ある意味驚きの光景が広がっていた。俺が出かけたのは午後1時半。
ミヤ君は一日の勉強時間は一時間+α。始める時間はランダムというタイプで、その日は昼食後すぐ、1時少し過ぎから勉強をスタートしていた。「+α」は気分が乗るだけやるというものだ。
現在時刻は午後5時半。
ミヤ君は俺が家を出た時とまったく同じポーズで机に向かって勉強していた。
「ミ〜ヤ〜くぅ〜ん!?」
「・・・ん、逹瑯、どうした?」
このリアクションからすると俺が出かけたことすら気づいてないな。
「もう五時半だよ・・・」
「え、マジで?」
心底驚いたとい顔のミヤ君、こっちがびっくりですよ?立ち上がったと思ったら慌ててトイレに駆け込んで行った。この方は集中すると人間の食事も睡眠も、生理的欲求を全て忘れてしまうらしい。
ようやく落ち着いて取り込んだ洗濯物を畳んでいるミヤ君に声をかける。
「夕飯はササミ揚げでいい?大葉とチーズ挟んだヤツ。ってもう下ごしらえしちゃってあるんだけどさ」
「逹瑯の作るものならなんでも美味いからなんでもいいよ」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか、作りがいがある。家じゃあ料理しても自分が食べるだけだからな。
「保健室でガラ君になにか用事あったのか?」
さらりと、ごく当たり前のようにミヤ君がそんなことを言ったので俺は冷蔵庫の扉で指を挟んだ。
「いでっ!なんで分かったの?言ってないよね!?」
「新倉先生の煙草の匂いがしたから」
香水の匂いで浮気がバレる旦那の気持ちが10分の1ぐらい理解できてしまったぞ。
でもまあどちらにしても話すつもりだったからかまわないんだけどさ。
ガラに聞いた話を全部ミヤ君に話したけれどあまり驚かなかった。
「知ってた?」
「・・・予想はしてた、な。京さんの言動とかで」
「そっか・・・」
なにか手伝うと言うのでキャベツを刻んで貰っているのだが、手つきが危なっかしくて冷や冷やする。
「だからって割り切っていいのかな、俺」
「《俺達》な。申し訳ないなんて思う必要はないのかもしれねぇけど、だからいいんですって捨てる必要もないんじゃねぇの?京さんだって平気でやってるわけじゃあないんだし、もちろん同情されたくもないだろうけれど。涙沙君のことがあった時さ、逹瑯、京さんに聞いたろ?《今は楽しくないんですか》って、京さん《楽しそうに見えるか?》って言ったろ、楽しくないってことじゃん・・・恩返しじゃねぇけど、俺達にできること探すのも悪くないと思う」
その言葉に少しだけ安心してしまってミヤ君の方を見て、俺は固まった。
「あのぉ・・・ミヤ様?」
「なんだよ?」
「野菜炒めや焼きそば作るんじゃないんだから・・・キャベツざく切りにしてどうすんのさ」
ミヤ君はまな板の上、10センチほどに切ったキャベツを見て、それから俺を見た。
「食べちまえば一緒じゃん・・・精一杯細く切ったんだよ、これでも・・・」
むううと口を尖らせる姿があまりにも子供っぽくて笑ってしまった。
それから夏休みの間、俺達はガラを通して京さんも遊びに誘って一緒に出かけたりした。子供じみた恩返しではあったけれど、普段着(持ってたんだ、ちゃんと)で笑う京さんを見たらそれも悪くなかったと思う。
俺達と、明希達と、青バスチームと、ガラと、京さんの大所帯で遊びに行くのはなかなか楽しかった。
ようやく二学期の話だ。高校二年生の二学期、それはもうダレダレである。日常的にたれぱんだ状態。
あまりにも皆がうだうだだらだらしているので1日に一回は小野瀬教諭か杉原教諭の雷が落ちたが、このダレ具合だけはどうしようもない。
あげくにまだまだこの辺りは暑い(衣替えは10月だ)。正直やってられない。
青バスチームまでもが部活はともかく授業中はダレてしまうという《9月病》だった。
一年生である明希、ゆうや、恒人、そして留年したマオもまたダレダレだった、授業サボってふらふらしていて廊下でなにか踏んだと思ったら明希だったことが3回はある。
廊下で寝るほどダレダレなのだ。
まあそれでも浅葱とミヤ君だけは例外だったけれど。
一学期の大騒動と遊び狂った夏休みの反動はでかかった。授業がすべて睡眠呪文にしか聞こえない。
「怠い、なんか怠い、全てが怠いんやあ!!」
と叫ぶ涙沙、だからと言って浅葱の背中に乗って移動するのはやめろ。
あとマオ、眠り込んでる明希の足を掴んで引きずりながら、その上『傘がない』歌いながら廊下を歩くな、なんの儀式かと思うだろうが。
着実に避けられてるぞ、明希達。
9月病、というより夏の暑さでゆるんだ頭のネジがまだ締まりきってないのかもしれないな。
「・・・おかしい、ですよね。どこも悪くないし、早朝トレーニングもちゃんとしているし、食事もしっかりとっているのに何故こんなにも怠いんでしょうか」
昼休み、たまたま廊下で会った恒人がそんなことを言ってきた。
「授業中にうたた寝をしてしまったのなんて初めてです、やはりどこか悪いんでしょうか・・・」
眉間にシワを寄せ真剣な顔で、どうやらこの後輩、9月病初体験らしい。
しかし授業中にうたた寝したのが初ってすごいな、そんな人類いたのか。ミヤ君ですらたまに寝てるぞ。浅葱はたぶん寝なさそうだけど、運動部に所属してるのに珍しくないか?
「9月病だよ、9月病」
「・・・それはどういった類の病気なんでしょうか?英蔵さん達も怠いと言っているんですが、感染する病気ですか?」
初体験どころか存在そのものを知らないらしい、これは面白くできるぞ。
「・・・逹瑯、またろくでもなこと考えてるだろ」
ミヤ君が半眼で俺を見たけど、止める気はないようだからいいか。
「9月病なら新倉先生のところに行けば大丈夫!あの人なら一発で治してくれるよ!」
「本当ですか?」
聡い恒人を騙せる機会なんてそうそうないからな、「ホント、ホント」と笑いながら恒人の手を引いて保健室へ向かう。ミヤ君も呆れた顔をしながらついてきた。
「新倉先生!9月病患者連れて来ましたぁ!」
「おお!来い!殴って治したるわ!」
扉を開けると満面の笑みでそう言った新倉教諭は俺が連れてきたのが恒人だと分かると目を点にした。
「え、恒人なん?」
新倉教諭の前に押し出してやると、恒人は小首を傾げて新倉教諭を見上げた。
「逹瑯先輩によるとこの全身の倦怠感は9月病と呼ばれるものらしいんですが、殴られたら治るんですか?」
「・・・まあ・・・・そうなんや、けど」
どんどん挙動不審になっていく新倉教諭に恒人は珍しく、勘違いと天然ボケを重ねたまま言う。
「殴られて治るものなら、どうぞ殴って下さい」
そして凄い台詞を言い放った。
手前のベッドからガラが転げ落ちる。ミヤ君はそんなやりとりをまったく無視して本棚をあさっていた。
「いや・・・殴られたら、痛いんやで!?」
「かまいません、殴って下さい」
面白すぎる状況になった。完全にパニックになっている新倉教諭とあくまで真剣な恒人。
いや、新倉教諭、俺のことは容赦なく殴るだろうが、これは差別だよ、差別。
ベッドから落ちたガラはことの成り行きを見守るべく、床に正座している。
「ううううううううううう!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
新倉教諭は絶叫して、ベッドにダイブした。
「天国への扉は閉ざされた!!アーメン!!」
そして壊れた。
何を思ったのかは彼が教師であることを立てて突っ込まないでおいてあげよう。
必死で笑いを堪えている俺達に恒人はきょとんとしている。
小狐ちゃんに油揚げ百枚!面白すぎる。
「明希の時と同じリアクションだ・・・」
とガラが肩を震わせる。
「新倉センセー!顔の差別はんた〜〜い!!」
「いや、なんか心の一番開けちゃいけない扉がノックされたんや!つーか岩上!わざとやったやろっ!可愛い生徒を贔屓するのは当たり前や!教師だって人間です!」
まだどこか壊れたまま新倉教諭が反論する。
「ならばガラも贔屓して下さい」
急に真顔になってガラが訴えると新倉教諭は体を起こして言った。
「は?おまえ自分が可愛いと思ってんの?」
「・・・京さんは俺を贔屓してくれるのに」
「京さん?」
ガラは一瞬「しまった!」という顔をしたがあえてなんでもない風に言った。
「・・・西村京さん、俺の師匠です」
「ニシムラ?」
新倉教諭の顔から表情と呼べるものが全て消えた、ただあの妙な鋭さを持った目でガラを見ている。
「・・・ご存じ、ですか?」
さすがにたじろいだ様子のガラに問われると、ふっと明かりが灯るように新倉教諭はいつもの顔に戻った。
「いや、別に珍しい名字でもないしな、友達に同じ名字のヤツがおっただけ」
「そうですか・・・」
「あの、俺はどうすればいいんでしょう?」
恒人はまだ先程の位置に立ったまま首を傾げていた。しまった、忘れてた。
「元々は五月病っていう新しい環境に適応できないストレスによる抑鬱症状になること、さらに元を辿れば受験勉強などを終えて目標を失った無気力状態を指す言葉から派生した言葉で、9月病はわりと最近の造語。9月にも五月病と似たような症状が出るかららしい、恒人も一学期は色々大変だったし夏休みも頑張ったからな、精神的な疲れだよ、少し休めば治る」
ミヤ君が淡々とそう説明した。
「燃え尽き症候群のようなもの、と考えていいんですか?臨床的な意味のほうではなく日本で一般的に使用されているほうの」
「ああ、ちなみにそこの無駄にでっかいパグは高校生活ど真ん中で気を抜いているだけだがな」
「なるほど、納得しました」
さすが学年トップ同士の会話は軽く異次元だった、途中なにか俺に対する酷い言葉が入っていた気もするが。
「つまり、逹瑯先輩のようなタイプは殴って治すと、そういうことですか、新倉先生?」
恒人に見つめられると新倉教諭はまた軽く挙動不審になった。
「ああ、まあ、渇を入れるちゅーか・・・」
「そうでしたか、なら『殴って下さい』なんて言ってすいません。俺が休めば治るタイプのほうの症状だったから困ってしまったんですね。配慮・・・して下さったんでしょうか。精神的なもの、と言われて傷つく人間もいますから。新倉先生のそういう優しさにいつも暖かみを感じます。新倉先生のような素敵な保健室の先生は俺、初めてですよ。時間外でも怪我の手当はして下さいますし、感謝しています」
俺は今《褒め殺し》で人の魂が抜ける瞬間を目撃した。
「あ、なんか俺、恥ずかしいこと言いましたねっ!」
ちょっと頬を染めて微笑む恒人、ツンデレのデレは対戦車砲的威力だった。
一部勘違いも混ざっていたけれど。しかし恒人、何故そこまで新倉教諭を信頼しているんだ?
再びベッドに沈んでしまった新倉教諭を見る、まあ確かに・・・優しくて頼りにはなるけどな。卒業まで言ってやんねぇけど。
そんなわけで、ってどんなわけだか俺にもよく分からないけれど、昼休みが終わっても俺達は保健室にいた。
「授業中、保健室で過ごすなんて初めてですけど、案外気分の良いものですね・・・」
ベッドに腰かけて窓の外を見ながら恒人はそう笑った。
「たまには、な。まあ一回ぐらい経験しとけ、お前は真面目すぎや」
「そーそー、校内でベッドがあるのなんて保健室だけだしぃ!」
「・・・岩上、矢口、お前らは只のサボりやからな、きっちり点数削られろ!」
本棚から勝手に呪術系の専門書をひっぱりだして読んでいるミヤ君とガラとトランプ遊びをしている俺を睨みつけてくわえ煙草の新倉教諭が言う。
「分かってますよ、美少年に危ない台詞を言われてストライク喰らってた聖職者にあるまじき保健室のセンセー」
減らず口をきいたら力一杯どつかれた。
やっぱ差別だ!
恒人は反応なし、おそらく「美少年」と「危ない台詞」が自分のことだと分かっていないのだろうな。
「ところで矢口、その辺りの専門書、読むのはかまわんけど召喚系の術は実戦したらあかんで」
ミヤ君は目を細めて顔を上げる。
「なんでっすか?」
「矢口って頭良いくせにそういうとこ危ないわなぁ・・・生兵法は怪我の元、やで」
「ちゃんと書いてある通りにやってもですか?」
「あかん、絶対にやったらあかん。そういう道に進みたかったらちゃんと専門の人に学べ、痛い目見るぐらいじゃすまないことになるで」
「・・・新倉先生はやったことないんですか?」
「あるで、召喚の儀式を大学生の時に興味本位でやったことがある」
「どうなりました?」
「友達が死んだ」
俺もガラも恒人も新倉教諭を見る。
彼は静かに目を閉じて天井に紫煙を吐き出した。
「ある意味でお前らには話しておいたほうがいいのかもしれんな・・・俺のとりかえしのつかないあやまちや、どれだけ悔いても戻らない過去や、お前らが似たような失敗をしないためにも、な」
新倉教諭は天井を向いたまま、目を閉じたまま続ける。
静かに、贖罪のように。
「ニシムラトオル、俺の大学時代の・・・親友の名前や、歳は二つ下。気が強いくせに繊細で、生意気なヤツやった。本当の弟みたいに可愛がってた、他にいつも連んでる仲間があと三人おってな、楽しい大学生活やった。それももう終わる頃、俺が4年生になって卒論の資料に集めた中に載っていた召喚の儀式を実際にやってみたろ、って話になった。俺達は若くて無知で無謀で未熟やった、怖い物なんてなかった・・・大学の専攻も《現代魔術学》でな、その手の資料集めるのは簡単だったから、もちろん安易にやってはいけないことは知ってた、知ってたけれど分かってはいなかった。成功すると思ったんや、俺とトオルは大学に特別枠で入学したから、現代魔術学科が設けられている大学には必ずある枠。ま、《能力者》になりうる素質をもった人間用の枠やな、俺はお前らも知っての通り、ヒーリング能力でトオルは所謂シャーマン体質だった、霊やらなにやらが降りやすい体質。まあ本人はその体質を毛嫌いしとったけど」
目を開き、吐きだした揺らぐ紫煙を辿るように視線を上にやりながら新倉教諭は続ける。
「真夜中、大学構内にこっそり忍び込んで俺はトオルと召喚の儀式を実行した。ちゃんと手順通りにやったけれど、何かが間違ってたんやろなぁ。失敗した。わけのわからんもんを呼びだしてまった。実際にやったのは天使召喚の儀式だったのに出てきたのは・・・化け物やった、アレがなんなのか未だに分からない、そいつは召喚した俺自身にも制御できなかった。結界代わりの魔法陣の中で呆然と見上げることしかできなかった。そのうちその化け物が暴れ出して、その衝撃で俺が魔法陣から出てしまいそうになったのをトオルが助けようとして、代わりにトオルが魔法陣の外に・・・」
灰皿に煙草を押し付けて新倉教諭は俺達を見た。
「そこで記憶が途切れてる、気づいたら朝になっていて、ぐちゃぐちゃになった血まみれの教室で俺一人が魔法陣の中にいた・・・ま、それだけの話なんやけどな」
そう言って新倉教諭はとても優しく微笑んだ。
もう一時間休むように言われてた恒人を残して、俺とミヤ君は保健室を後にした。
さすがに先程の新倉教諭の話について何かを振る勇気はない。
どんな気持ちだろう?なんて考えるのも意味がないほど、重い十字架だろう。
死ぬまで背負わなければいけない十字架で、死ぬまで忘れられない思い出だろう。
でもこれだけは思う。
一番楽しかった季節を思い出すのと一番辛い経験を思い出すのが同義というのはどれほどの苦痛だろうかと。
教室に戻り、席に着こうとすると窓際のミヤ君が俺を呼んで手招きをした。
「どったの?」
軽い調子で寄って行くとミヤ君は怪訝そうな顔で窓の外を指差した。
誰もいない校庭をガラが歩いていた。
カバンを持って、完全に帰る体勢で。
ガラが保健室登校児である理由を俺は詳しく知らないが、その一因として「人が大勢いる場所に行けない」というものがあるらしい。教室になんて入れないのだ。
夏休み中に遊ぶ時もガラと京さんが嫌がったので人気のない場所でばかり遊んでいた。
登校するのは夜が明ける頃で、下校するのは日が暮れてからという徹底ぶり。
こんな片田舎でも混み合う時間はある。
それを避けて行動している。
そんな彼が、真昼間に下校、何かが変だ。
体調が悪くなったなんてことはないだろう、だってアイツは保健室にいるのだから。
保健室にもいられないほど体調が悪いなら、あれで面倒見の良い新倉教諭が車で送るはずだ。
どこのクラスも体育の時間ではないらしく、もうすぐ授業開始のチャイムがなろうかというこのタイミングでは校庭には誰もいない。
「お〜い!!ガラ!!どうしたんだよ〜〜!!!」
俺は窓から身を乗り出してありったけの声で叫んだ。
ガラは振り返る、秋めいてきた日差しを浴びて、あの神経質そうな笑顔を見せる。
「たつろー!!じゃあな〜〜!!」
ガラはそう言って手を振るとまた歩き出した、もうこちらを振り返ることはなかった。
なんとなく重ねて声をかけるのが躊躇われる雰囲気に俺も黙って見送った。
放課後、メールを送ったがガラからの返信はなく、電話も通じない状態が気にはなったもののどうにもできず、帰路についた。
「ねぇ、ガラどうしたのかな?」
自転車を漕ぎながら後ろにいるミヤ君に声をかける。
「・・・ん、新倉先生の話を聞き終わった後からなんかそわそわしてるみたいだったな」
それは気づかなかったな、あの後もしばらく保健室に残っていた恒人に聞いてみようか。
しかし相手も俺と同じ男子高校生、そんなことぐらいで過剰に気にする必要もないのか?
『南風』の前を通りかかった時、俺は思わず自転車を止めた。
この田舎の、昔ながらの駄菓子屋さんの前に恐ろしく不似合いなものが停車していたのだ。
大型バイク。
それもハーレーダビットソンだった。
マジでこんなものに乗っている人間が存在したのか!?
というか本物初めて見たぞ。
ここらでバイクって言ったらヤンキー仕様のものだし。
「ねぇミヤ君、お好み焼き的なモノ食べたくない?今すぐに!」
「奇遇だな、逹瑯。俺も今そう言おうと思っていたところだ」
とまあ好奇心丸出しで俺達は店の中に入った。
バイクの主はすぐに分かった、というより店内にいたのはその人物一人だけだった。
黒のライダースに皮のパンツ、鮮やかな赤に染められた髪は肩ぐらい。
彫の深い精悍な顔立ち、歳は二十代中頃か。
あの手のバイクはかなり金がかかるのでてっきりオジサンかと思えばずいぶんと若い男だ。
豪快にお好み焼きを食べているその人物を横目に俺達も隣のテーブルへ座って豚玉を注文した。
それにしても男前というかカッコいい人だ。
男の憧れる男子像をそのまま形にしたらこうなるんじゃないかと思えるほどのかっこよさ。
ちょっとワルっぽいけど爽やかで、綺麗に締まった体つきから健康的なオーラを醸し出している。
この手の人種って歳を重ねるごとにかっこよくなっていくんだよなぁ。
気がつかれない程度に観察していたら向こうから声をかけてきた。
「なあ、自分ら青嵐高校の生徒さん?」
「はい。青嵐高校の2年です」
戸惑ってしまった俺の代わりにミヤ君が答えると、その人物は爽やかに微笑んだ。
うわ、かっこいい、笑っただけなのにかっこいい!!
「だったらさ、薫君知ってる?新倉薫」
一瞬誰のことだと思ったが、新倉教諭のことか。
「新倉先生ですか?知ってますけど・・・」
俺の言葉にその人物は吹き出すように笑った。
「あ、そっか、そやなぁ・・・アイツは『先生』なんやな、やば!なんかすっごい笑える、アイツが先生て!!似合わんわぁ〜!!」
まあ確かに先生ってタイプではないけれど。
ミヤ君が丁重な風に言う。
「失礼ですが、そちらは?」
「ああ、俺?俺は安東堕威。薫君の大学時代のお友達、同級生や」
新倉教諭と同い年!?見えねぇ!!新倉教諭が老けてるわけじゃないけど、この・・・堕威さんと同い年には到底見えない。
堕威さんが若々しすぎる。
・・・しかし、このタイミングで新倉教諭の大学時代の友人に会うとは、ちょっとばかりイヤな引きではあるな。
あんな話を聞いたばかりだし。
「どうなん?薫君、ちゃんと保健室のセンセーしてるん!?」
「とっても良いセンセーですよ、妙なことするとぶん殴られますけど!」
俺の言葉に堕威さんはけらけらと手を叩いて笑った。
酒瓶を校内に隠しているだとか、いつもくわえ煙草だとか、美少年に甘いとか色々ぶちまけてやろうかとも思ったけれど、新倉教諭にも友達つき合いというものがあるだろうからその辺りは自重する。
「なんかおっかしいなぁ、友達が学校の先生やってるなんて妙な感じや」
言われてみればそうかもな。
俺の友達の中で教職に就きそうなヤツいないし、強いて言えば浅葱辺りか?
ユッケとかがなったら爆笑モノだよな。
それからしばらく話をして、堕威さんは新倉教諭を訪ねるらしく出て行った。
エンジン音を鳴らしながら走り去っていくバイクを見送って俺とミヤ君は顔を見合わせる。
「カッコいい人だったねぇ!!」
「ああ、俺も将来あんな風になりたい・・・」
「いやあ、ミヤ君は無理でしょ、顔の造りが対極じゃん。ミヤ君って顔薄いもん、ライト当てたらなくなりそう」
「誰が顔の話をしてんだよ、パグ!!」
「大型バイク乗りたいの?足届かないんじゃねぇ?」
「いくらなんでもそこまでチビじゃねぇよ、ちょっとばかり背が高いからって調子乗ってんじゃねぇぞ」
「ちょっとじゃねぇもん、かなりの高身長だもん」
「そうだな、それしか長所ねぇもんな」
「ひっどーー!!!」
などと言い合いつつ、お好み焼きを食べ終わり、代金を払おうとしたら既に堕威さんが俺達の分も払っておいてくれていて、またも「「カッコいい〜!!」」と顔を見合わせることになった。
話が回転しだしたのは翌日のこと、朝のホームルームで井上教諭がだるそうに告げた時。
「本日は新倉先生がお休みのため、保健室を封鎖します」
いや、封鎖って。
ゾンビでも発生したような言い方だな。
「センセー!じゃあ怪我したらどうすればいいんですかぁ〜!」
俺が手を上げて言うと井上教諭は冷やかに一言。
「舐めて治せば?」
「頭が痛くなったらどうすればいいんですか?」
「プールの底にでも沈んでれば治るんじゃないの」
「流れ弾に当たったらどうすればいいんですか?」
「仕方ない、その時は俺が手を突っ込んで弾丸を摘出してあげよう。岩上、くだらない質問しかしないなら黙ってね」
そう言って俺を見た井上教諭は「聞きたいことがまだあるだろ」とでも言うように口角を釣り上げている。
俺も巫山戯るのを止めて質問した。
「・・・ガラは?浅田誠君はどうするんですか?」
「浅田君は本日お休みです」
「・・・休み?」
「『自分探しの旅にでます、探さないで下さい』という書き置きを残してどっかに行きました」
家出じゃねぇか。
これ以上ないほど明確な家出じゃねぇか、それ!!
「よほど慌てていたのか、素なのかは分からないけど、《旅》という字が間違っていてさ、しんにょうが付いててねぇ、ぱっと見『自分探しの遊びにでます、探さないで下さい』に見えて面白いことになってたよ、なんか心配いらなさそうな書き置きだった」
と微笑む井上教諭、いや、まったく笑えねぇぞ。
「あ、そうそう!それを読んだ杉ちゃん・・・杉原先生がね、ショックでぶっ倒れたから理科系の授業はオール自習です、よかったね」
同僚で友達の杉原教諭が倒れたことを「よかったね」と笑顔で言い放つ井上教諭、怖い。
「理科系の授業はオール次週です!とも言えるけど・・・」
「上手くないですよ」
これにはミヤ君が至極冷静に突っ込んだ。確かに上手くはない。
「それに・・・マオのことだってあったのに、良いんですか?自分探しの旅だなんて」
ミヤ君が淡々と言う。
そうだ、マオの10ヶ月間行方不明という前例があったからこそ、あの神経の細かい杉原教諭は倒れたんじゃないのか?
「いや、だって君達は厨二病真っ盛りなわけだし、ブラリ一人旅ぐらい容認してあげるよ」
生徒に向かって厨二病と言い放つ素敵な先生、井上教諭。
「俺も高校生の頃にやったよ、近所のやたらセキュリティのしっかりした和風豪邸にあった黒塗りスモークガラスのベンツを盗んでそれに乗って旅に出た」
と懐かしむように目を細める井上教諭。
それはおそらくこの世で最も盗んではいけない車だ。
危険度トリプルAだ。
パトカー盗む方がまだ安全だ。
「海を見に行って帰って来たけどね、あの車は今頃海の底でお魚さんの住処になっているんだろうね」
「きっちり証拠隠滅したのかよ!?」
思わず突っ込むと井上教諭は心外だととばかりに顔をしかめた。
「いやあ落ちちゃったんだよ、免許持ってなかった頃だし。あの時助手席にいた・・・いや、なんでもない」
怖い話だ、全力で怖い話だ!警察に連絡した方がいい!
いや、今はそんなことじゃなくて・・・ガラが旅に出た?
挙句に新倉教諭も休み?
なんだ、それ?
ガラとは連絡がつかないままだ、やはり恒人に聞いてみようか、あの後なにかなかったか。
一時間目は文化祭でのクラスの出し物を決める相談に使われた。
当たり前のように学級委員を差し置いてミヤ君が進行するために教壇の前に立つ。
が、あまりやる気のあるタイプのクラスではないので意見が出ない。
ミヤ君はまともに見たら石化しそうなぐらい恐ろしげな目つきで教室を見渡す。
「・・・そうか、意見がないようならばグループごとにこの地域の郷土資料を集め、研究して発表するという形にしてしまおうか?もちろん文化祭でやるのだからそれなりのクオリティは求めるぞ、半端なモノなんぞ他人に見せられないし発表する価値もないからな。しかし俺としてはこういうものもなかなか面白いと思うんだが・・・他にやりたいことがある奴はいるか?」
へにゃりとしたミヤ君の微笑みに石化が解けたクラスメイトは一斉に手を上げて次々と案を出し始めた。
恐るべし、俺の親友。
ちなみにうちのクラスの出し物はミニ演劇に決まった。
一時間目が終わった後の短い休み時間に俺は保健室に行ってみることにした、閉鎖というからにはカギがかかっているのかと思いきや、手をかけると扉はあっさり開いた。
締め切られたカーテンのせいで薄暗いが、電気をつけるわけにもいかず俺はこっそり中の様子を窺ってみた。微かに香る煙草の匂いと薬品の匂いが閉め切られているせいで、いつもは感じない不快感をもたらす。
ベッドは全てきっちり整えられていて、時が止まっているかのようだった、あるいは水底のようだった。
いつもいる人間がいないその空間はひどく寂しい。
それでもなんとなく出る気になれず、本棚の辺りを見て回ってると、夢野久作の『少女地獄』を見つけた。
文庫版で以前貸してほしいと頼んだらこれだけはダメだと言われた物だ。
取り出して見ると読み込んでいるのかかなり傷んでいた。
まあ『少女地獄』ぐらい読んだことはあるけれど、他の本はいいのにこれだけ頑なに貸してくれなかったのが気になって頁を捲る。
とくに変わったところはない。
そういえば新倉教諭、夢野久作の中では『少女地獄』が好きだと言っていたっけ、お気に入りの本だから貸したくなかったのだろうか。
本を見ながらなにげなくベッドに寝転ぶとはずみで眼帯がずれてしまった。あっと思った時には解放された猫の目は俺を本に、本に残された記憶の中へ引き込んでいた。
満開の桜の下に白いベンチ、円形に広がった広場に、洒落たコンクリートの建物はよく見ると星型に配置されている。
春の日差しを浴びてガラス張りの建物が鈍く光っていた。
見上げた桜の木は、はらはらと花弁を落とし、その命を散らしている。
『なあ、新入生。それ面白いん?』
聞き覚えのある声、視界に映ったのは今より数段若い新倉教諭だった。
髭も生えていないし、髪を染めていて、鋭い目つきをのぞけば中性的な印象を与えるその姿。
ジーパン、Tシャツに少し趣味の悪い派手なジャケットを羽織っていた。
『新入生、いっつもここで本読んでるけど、講義は受けんでええんか?単位取れんで』
視界に映る新倉教諭が苦笑を浮かべる。
『なあ、なんか答えてや、新入生』
『・・・トオルや』
別の声がした。新倉教諭がしつこく話しかけている人物だろう、俺の位置からは見えないが、その声にも聞き覚えがある。
どうやら今回は唐突だったので、《この本》の固定された視点でしか景色を見られないらしい。
『新入生ちゃう、俺は西村トオルや』
『そっか、トオルか』
新倉教諭は嬉しそうに笑って言う。
『俺は新倉薫、よろしく・・・』
言い終わる前に視界がブレた。
そして反転する。
その人物の姿が映る。
『・・・けっこう面白いで、貸したるわ』
それだけ言ってベンチを立ち、背を向けるその人は、新倉教諭同様今より若い、そして今よりも童顔で矮躯の京さんだった。
驚きのあまり精神がブレて、それい以上記憶を辿ることができずに俺は現実に引き戻される。
引き戻されても、俺の頭は混乱していた。
西村トオルは京さん?
新倉教諭が死んだと言った《トオル》が京さん?
他人の空似なんてものではない、顔形はともかく、あの独特の雰囲気は間違えようもない。
・・・どうなってんだ?
困った時のミヤ君頼み、メールをすると保健室まで来てくれた。二時間目は始まっているがそれどころではない。
「同一人物って考えるのが妥当だろうよ。そもそも京さんって偽名だし」
ミヤ君は涼しい顔のままあっさりそう言った。
「で、でもさ、新倉先生の話だと、そのトオル・・・さんって死んでるんでしょ?」
「話の内容思い出してみろよ、なにも死ぬ現場を見たわけじゃなく、状況から死んだって判断しただけだろ」
ミヤ君はそう言って唇を撫でる。
「あの話を聞いてガラ君が家出したのも、なにか関係があるかもな。ガラ君なら京さんのことにももっと詳しいだろうし」
言われてみればそうか、ガラはあの話を聞いてから様子がおかしかったようだし、ガラならば俺達と違って京さんの過去を知っていたかもしれない。
それが、あの新倉教諭の話で、何かが繋がって・・・
「でもまだパズルのピースが足りてないんだよな、新倉教諭と京さんに過去繋がりがあったとして、なにがこんがらかってるんだ」
「・・・俺、ガラを探しに行ってみる」
俺が言うと、ミヤ君は細い目をさらに細めた。
「いや、切羽詰まってる状況ではないけどさ、なんか放置しちゃいけない気がするんだよ」
眼帯を付けなおした猫の目がしくしくと痛む。
これはなにかの前兆だ。
「探すって、あてはあるのかよ?」
「ないけどさ、行ってみる」
ミヤ君はやれやれとばかりに肩を竦めた。
「知り合い全員にメールしてみたらどうだ?誰か一人ぐらい、なにか知ってるかもしれねぇし。お前が気になるなら俺は他のとこから当たってみる」
「他のとこって?」
「円形の広場に大きな桜の木、星型の建物・・・京都にある神立風大学だろ。そこの名簿でも漁ればなにか分かるかもしれない」
ミヤ君はそう言って立ちあがる。
「動くならさっさといくぞ」
「そだね!」
俺も笑って立った。
「あ、財布だけ持ってきてるからさ、カバンよろしく」
「了解、幸運を祈る」
俺達は拳を合わせあって保健室を出た。
どうして猫の目は予知能力を所持していないのだろうと、切実に思った。
昨日学校をサボってふらふらしていたマオからガラが下り線の電車に乗ったと情報を貰い、駅へと向かう途中、人気のない路地の真ん中に恒人が仁王立ちしていた。
そしてこんなことをのたまったのだ。
「此処を通りたくば俺を倒してから言って下さい」
だとか!
冗談かと思えばクールビューティ後輩は真剣な顔で俺を見ている。
「・・・あの、ツネヒト様?」
動揺のあまり様付けだった。
「ガラ先輩を探しに行くおつもりなんでしょう?」
なんで知ってるんだと思い、すぐに気づく、全員にガラを見なかったかメールしたんだった、馬鹿でも分かるか。
「ガラ先輩から絶対に自分を捜させないよう言付かっておりますので、此処を通すわけにはいきません」
「いや・・・緊急の用事があんだよ、通せよ」
「力づくでも止めろと言われていますから、その要求は飲めません」
融通きかねぇな、この小狐!!
っていうかガラもなに頼んでんだよ。
むか。
むかついてきた!!!
「じゃあ無理矢理通ってやる!」
そう言って足を踏み出そうとした時、恒人はもう動いていた、まるでショートカットしたように俺の近くにいて、強烈な回し蹴りをはなってきたのだ。
あの時のような寸止めではない、しかしそれは俺の顔面スレスレを暴風のように通過し、眼帯を引っ掛けて飛ばしていた。
解放された猫の目が恒人を捉える。
白い炎のようなものが全身を包んでいた。
オーラというやつだろうか、塩薙一族の・・・力。
「教本は一通り読みましたが、加減のしかたに自信がないので頑張って避けて下さい・・・適度にボコらせていただきます」
本気である証拠に少しも笑っていない、ガラス玉みたいな瞳に真摯な光が宿っている。
かまえはとっておらず、両手をたれたまま静かに立っているだけなのに一分の隙もない。
マジで戦うのか、後輩と・・・
いつもはどちらかといえばひょうきんな恒人だが、こう真剣な顔をしているとぞっとするような美しさがある。
アルテミスが実在したらこんなんじゃないかと思えるような。
とか言ったら、この後輩のお兄ちゃんズから叩かれるだろうが。
「あっそ!じゃあやってやんよ!!」
こっちだって猫の目がある。が、俺がそう叫んだ瞬間恒人は消えていた。
気配に視線をやれば俺の真下、片手を地面に着いてそのまま逆立ち状態で飛び上がった。アッパーカットの踵バージョン。上がった動体視力でぎりぎり避けるも、かすめた顎が痛い。
いきなり顎を狙うとは、本気だ・・・
っていうかこいつそもそも喧嘩強いんだよな、運動神経鈍い俺と違い、上乗せの上乗せ能力だ。
猫の目と塩薙の血、どちらが強いのかなんて分からないけれど。
恒人は空中で回転して着地するとすぐにまた弾丸のように俺に向かってきた。
さすが純度100%のスピード系、速い。
猫の目を解放していなかったら捉えることすらできまい。
しかし、パワーは弱いと本人が言っていた、それはイコール防御力も低いということになる。
リーチで分があるであろう腕を薙いで脇腹に拳を叩き込もうとするが、恒人は飛び上がってそれを避けた、そして俺の拳を蹴ってさらに高く飛び上がる。
真上を見なければいけないような高さまで上がると、その位置から踵落としをはなってきた。
が、高く飛んだ跳んだ分タメが長い、後ろに下がってそれを避けると恒人は地面についてもいないのに身体を捻って、逆の足を俺の脇腹目がけて叩き込んでくる。
まともに食らって一瞬息がつまるが確信できた、やはり一撃の重さはさほどではない。
ミヤ君と比べれば、金属バットと木の棒ぐらい差がある。
その足を掴んで、俺はミヤ君から教えてもらった掌底をその薄い腹に叩き込むと同時に足を離した。
本来顔か頭を狙う技だが、さすがにそれはできない。
倫理面もあるが、あの綺麗な顔を攻撃できる人間なんて人間として終わっている。
衝撃で華奢な身体は簡単に飛んでいった。
しかし空中で受け身を取るかのように身体を丸めて捻り、電信柱を蹴って再び俺の方へ飛んできた。
容赦なく顔面を狙って突き出された拳をなんとか受け止めて俺は引きつった笑いを浮かべる。
「ふざけんな!!おまえはキュアイーグレットかっ!!」
「逹瑯先輩がプリキュアSS派とは・・・意外です・・・」
「ついでに美翔舞派だぞ!恒人は俺のストライクだ!今ほどウチが男子校であることを残念に思ったことはない!!」
「は?なんでですか?」
「制服姿で後輩とバトル!恒人が女の子ならスカートの中を見放題だったのに!」
「甘いですね、体育会系の後輩はスパッツ着用と決まっていますよ」
「むしろそのほうが萌える!スパッツ最高だ!『飛べ!イサミ』から俺はずっとスパッツ萌えでツンデレ萌えだっ!!」
拳を放さないよう掴んだままそう馬鹿話をしつつ、なんとか隙を探るが・・・ない。
つーかさっきからマジでプリキュア並みの動きしてんだもん・・・
とか考えている俺の方が隙を見せていたらしい、足払いをかけられ、バランスを崩した拍子に逆に腕を掴まれ投げ技をかけられた。
例によって恒人にパワーはなく、俺の能力で一番上がっているのは柔軟性なのでほぼ反射的に受け身を取れたが、俺が立ちあがる前に、恒人は地面に手をついて、独楽のように回転して俺の膝を連続で蹴った。
こらえきれずに尻もちをつく。
こいつ強い、っていうか・・・
「まさか生きていてリアルで《真空片手駒》を喰らうことがあるとは・・・」
生身の人間にもできるものか、ちょっと感動した。
実際やられると死ぬほど痛いことも。
膝裏を狙われたので立てないし・・・
「紅丸ってやはりどこからどう見てもポルナレフですよね」
などと言って恒人は立ちあがった。冗談を返してはくれるが、折れてくれる気はないらしく表情は真剣なままだ。
「あんさ、小狐ちゃん。お前がガラから言われたこと守ってんのは分かるよ、友達との約束は破れねぇだろう。でも俺、ガラに用事があるんだよ、会って京さんの居場所を聞かないと」
ガラ以外、京さんに連絡ができる人間はいない。
ガラならなにか知っているかもしれないが京さんに直接聞かなければいけないことでもある。
たとえギブアンドテイクだったとしても、何度も助けられた、俺の中で京さんはもう関係性の薄い人間じゃない、歳は離れているけれど友達だと思っている。
恒人は顔をしかめて俺を見た。
「逹瑯先輩は京さんに話があるんですか・・・」
「そうなのよ、どうしてもね」
「なら・・・ガラ先輩を通さなくても京さんが見つけられれば、ガラ先輩を捜すのやめますか?」
「ん!?そりゃまあ・・・できるなら」
恒人は顎に手を当てて思案顔。
「探す方法ならありますよ」
「・・・マジで!?」
「マジです・・・ならもうやめましょうか、こういうの。友達に蹴りを入れるのは気持ちのよいものではありませんから」
「それには全面的に同意だな」
友達との本気バトルはあっちこっち痛くなるだけだ。
恒人はようやく笑った。
無邪気に笑って、俺に手を差し出した。
「ごめんなさい、逹瑯先輩」
「いいよ、別に・・・」
融通がきかないんじゃなく、融通のきく方向が間違ってる子だ、っていうか充分天然だ、俺の周りこんなんばっかだ。
学校へ戻る道すがら、一応恒人に聞いてみる。
「っていうかさっきのって本気出してた?」
「まさか、ちゃんと避けやすいようにしたじゃないですか。ビビって退いてくれないかと思ったんですよ」
片手でポチポチ携帯電話を弄りながら恒人はそう答えた、ちなみに携帯電話を取り出す前に俺にきっちり許可をとってきた、真面目なヤツ。
「しかし・・・本気になったらお前のほうが強いんじゃないか?」
「どうでしょうね、逹瑯先輩だって少しも本気出してなかったじゃないですか。それにあの掌底はけっこう効きましたよ」
俺は改めて恒人を見る。夏服姿だと華奢さが際立ち、横からだと身体の薄さに驚く、内臓収納されてないんじゃないかと思うような薄い腹に掌底を叩き込んだのかと思うとなんだか申し訳なく思えてきた。
いや、まあこいつも顎だの膝裏だのずいぶんピンポイントで狙ってきてはいたからおあいこだとは思うけれど。
「まあ、逹瑯先輩がこちらの道を選んでくれたのは幸いでしたね」
「は?ああ、駅に向かう道、二本あるもんな。俺が別の道選んでたらどーするつもりだったんだよ、すげえ博打じゃねぇか。ま、あれ以上駅に近付くと人通り多くなるからあんなマネできねぇけどさ」
「ええ、ですからもう一本のルートは浅葱さんが見張っていましたので」
さらりと何を言った、この小狐。
別の道を行っていたら浅葱とバトルだったのかよ!!
あいつも真面目だからやるなら徹底的だろうし・・・なにより勝てる気がしねぇよ。
「ああ、もうマジで嫌だ!」
「む・・・そこまで嫌な思いをさせてしまったのは申し訳ないですね、ガラ先輩との約束もあったけれど、逹瑯先輩に不快感を抱かせてしまったことや、蹴ってしまったことはお詫びしなければいけません」
と、真顔で言う恒人。
いや、なんでこいつ冗談上手いくせに冗談通じないんだよ!
俺が何かを返す前に、恒人はいきなり土下座した。
跳びあがって空中で身体を折りたたみ、地面に額を叩きつける見事なジャンピング土下座をした。
ちなみに先程の場所とは違い、多少の人通りはある道だ。
公道で離れ業な土下座をする美少年・・・と一緒に入る俺。
というか後輩にジャンピング土下座させてる高校生。
俺のこの街での人生、終わったかもしれない。
「逹瑯先輩、申し訳ありませんでしたっ!」
「・・・・・いや、とんでもないです、顔を上げてくださいっ!つーかマジでやめて!!」
あれ?恒人って割合マトモな人間だったと思ったんだけれどなぁ。
そいうや明希も会ったばかりのころはマトモだったよなぁ。
変な磁場でも出てるのか、俺から・・・
顔を上げた恒人の雪みたいに白い額から血が滲んでいる、本気で地面に叩きつけたらしい。
もったいない!!
じゃなくて!!お兄ちゃんズに絞められる!!
「ほら、気にしてないから、ね!!」
「ならいいんですが・・・」
血が滲む額を取り出したハンカチで押さえながら恒人は立ちあがった。
・・・ガラ!!頼む相手選べよ!!
いや、ガラは適任だとは思ったんだろうっていうか、恒人のこんな面まで理解していなかったんだろうが。
「そういや小狐ちゃんさ、喧嘩強いのは知ってたけど格闘技経験もあんの?」
先程のバトル、塩薙の血があるいにしても明らかにプロの動きであったから俺がそう質問すると恒人は小狐ちゃんらしく小首を傾げて言った。
「いえ、教本を読んだだけで実践したのは初めてです」
塩薙黒葉から入門書とやらを貰ったことや、試験のこと、下闇山でのことは聞いていたけれど。
「読んだだけ?」
「はい。読んだらたいていのことはできるじゃないですか」
さらっという恒人。
「おめぇは『ツインズ』のスペック高い方かっ!?」
「え〜・・・俺はアーノルド・シュワルツェネッガーというキャラではありませんよ」
「そこじゃねぇよ!!」
つーか知ってんのかよ、あの映画。
俺らが生まれる前だぞ・・・しかもさほど有名でもないし。
「まあシュワちゃんではないよなぁ、頑張ってオーランド・ブルームといきたいとこだけど、向こうの俳優ってみんなムキムキだもんな・・・」
とか話を合わせてみる。恒人はそうでしょうとばかりに頷いていた。
「っていうか小狐ちゃんって映画好きなの?」
「そうですねぇ・・・『Shall we ダンス?』とか『タンポポ』とか『ドッペルゲンガー』とか好きです」
「へぇ・・・役所広司がちょっと残念な役やってるのが好きなんだ・・・」
「うお!鋭いツッコミが!!」
でっかい目をまん丸にする恒人。お前がヘタレに弱いことはお前を知る全員が知っている、但し英蔵は除くとでも言ってやろうか。
分かるんだけどね、英蔵は恒人と正反対で、だからこそ懐いてるってことも。
互いに庇護欲くすぐられまくってんだろうなぁ。
「で、どの役所広司が一番カッコいいと思った?」
「それはもう、断然、ぶっちぎりで『タンポポ』ですよ」
「眼科行け!頭CTスキャンしろ!生まれ変わってやりなおせ!人生失敗する前に!!お前確実に友達か恋人で失敗するわっ!!」
「一番好きなのは『ユリイカ』ですが」
「申し訳ありませんでしたっ!!」
その映画ミヤ君達と見てて、俺だけ途中で寝ちゃって、後で語り合ってる三人から置いてけぼりをくらったことを思い出した。
ヤスって馬鹿なくせして映画見る目だけは異様に高いから、完全に俺だけ取り残された。
あんなたるくて長い映画を一番好きとか言い切る高校生って嫌だなぁ。
内容が高尚であることはなんとなく分かるのでそこは頭が下がるが。
「俺もあの映画は好きだよ」
と艶やかな声で言ったのはいつの間にか隣にいた浅葱だ。
貴族めいた微笑みを浮かべて俺の横を当たり前のように歩いている。
・・・まあ、駅に向かうもう一本のルートにいたのなら途中で合流することも、恒人が携帯電話でメールを打っていたことも分かってはいたけど。
「ねぇ逹瑯君、生きる理由ってなんなんだろうね」
浅葱は笑みを浮かべたままそう言った。
映画の話の流れなだろう、あの映画を見た後ミヤ君達もそんな話をしていた。
「社会の中で自分の居場所を見つけて、その居場所を守って必死になるのがその理由だとするならば、京さんはなにをどう思っているんだろうね」
「浅葱君の言うこと難しくてよく分からねぇよ」
浅葱はやはり微笑んだまま言う。
「高校生でその答えを出そうなんて甘いのかもしれないね。でも言いたいことは、俺に、俺達にとってももう・・・京さんは他人じゃないよ、恩人で、友達だ」
二人に連れて行かれたのは、体育館の倉庫だった。
埃の匂いが舞う、薄暗くて蒸し暑い倉庫の中、何気に入るのは初めてだった。
その奥、蓋つきのボール籠に、バスケットボールが一個入っていてひとりでに跳ねていた。
ばいんばいんと音を立てながら、勝手に跳ねているボールに俺が唖然としていると恒人がさらりと言った。
「九十九神です」
「はい!?」
「バスケットボールの九十九神ですよ」
ぐるんとバスケットボールが一回転すると、そこに口があった。
アメリカのアニメに出てきそうな歯はないけど唇があるへんてこな口。
『なんだヨ』
とボールは甲高い声で言った。
はは、さすがにもうこれぐらいじゃ驚かないもんね、身体が震えてるのは武者震いだ。
「どーしたんだよ、なんでこんなもんがここに!?」
「逹瑯先輩、声が裏返ってますよ」
恒人が冷静に指摘してきたが無視。
「だから、どうしたんだよコレ」
「夏休みにですね、夜練してたんですよ。そしたら・・・ほら七不思議の一つに自分の首でバスケをする少年ってのがあるじゃないですか?」
「あ、あ、ああ!あるよね!」
「逹瑯君が率先して流してた噂のね」
と、浅葱が俺を見てにこやかに言った。
バレてましたか、そうですか。
「それが出てきたから、どうしようかと思って・・・」
それは迷惑かけたね、と言うべきかと迷っている間に恒人がとんでもないことを言った。
「せっかくだから3on3しないかと誘って、一緒にバスケしたんです」
「てめぇら馬鹿?」
思わずそう言ってしまったが恒人はさして気にした様子もなく続ける。
「なかなかの腕前でしたよ、英蔵さんがビビっててまともにできてなかったというのもありましたけれど」
「英蔵のリアクションが常識なんだよ!」
「で、その時使ったバスケットボールがこんなことになっちゃったの」
浅葱は悪戯を見つかった子供のような顔で笑った。
やっぱこいつらって揃うと絡みづらいよなぁ・・・
「で、そのボールの九十九神?がなんなんだよ」
ここはさっさと話を進めた方がいいと俺がそう言うと、恒人が笑って肩を竦めた。
「九十九神って独自のネットワークがあるらしいんですよ、それで九十九神の間じゃ京さんってなかなかの有名人らしいですよ、ね?」
最後の部分は九十九神ボールに向けられたものだった、アニメみたいな口を開けて九十九神ボールが答える。
『知ってるゾ。あの人ハ、俺達ヲ食べないからナ、味方じゃないけド、敵でもナイ』
「えっと、じゃあ京さんが・・・今どこにいるのか分かるのかよ」
『分かル、今は香川県の×××××にいル』
「香川って・・・遠いな・・・」
『呼んでやろうカ?』
「呼べるの!?」
『近くにいル仲間に頼ム!』
ボールなのに!
ボールなのに頼りになる!!
九十九神すげぇ!
「で、お前まさか恒人君に怪我させなかっただろうな」
俺の報告を聞き終えたミヤ君は真っ先にそう言った。
ちょっと傷ついたぞ、それ。
「さ、させてないよ!あ!額の怪我はアイツがジャンピング土下座してやったのだから俺じゃないし、掌底だって・・・きれいに決まってたけど、恒人は痛がってなかったし」
「痛くても言わんだろ、恒人君は」
「そりゃまあそうなんだけどさ、不可抗力つーか、先に手を出してきたのはあっちだし、お互い本気でやったわけじゃないよ!?」
「当たり前だ」
本気で俺をどつく人に言われるとなんか複雑なんですけどねぇ!
「まあ、京さんを捜すあてはついたとして・・・こっちの報告だが、新倉教諭の名前は神立風大学の卒業名簿に残ってた、ちゃんと養護教諭の資格も取ってるし、年度からいっても本人に間違いないと思う。それからあの人、安東堕威さんの名前もあった、同じ現代魔術学科卒でな」
「そんなバリバリの個人情報、普通に取得できるんだねぇ・・・」
「案外その辺りは緩いもんだよ、ついでにユッケがな、大学に嘘電話して有益な情報をゲットしてきてくれた」
「・・・あいつって変な特技持ってるよね」
「ああ、電話詐欺とかできそうな嘘っぷりだった。新倉先生が言うところの《トオル》、西村トオルさんだが、表向き中退扱いになってはいるが、行方不明というのが本当らしいな」
「行方不明?亡くなったんじゃなくて?」
ミヤ君は思案するように唇を撫で、少し困った顔で俺を見る。
「現代魔術学科の学生が無断で召喚術をした結果、同大学の学生を死なせたという事実があるなら・・・新倉先生がその大学を卒業してるのはおかしな話になってくるだろ?いくら《能力者》が関わった事故は表沙汰にならないとしてもだ」
「それは・・・確かにそうかも」
「新倉先生が『死んだ』と思うレベルの血痕が教室に残されていて、その後、西村トオルさんが消えてしまったのは事実なんだろう。でも大学側はなかったことにした、新倉先生に退学なりの罰則を与えることで事が露見するのを恐れたのかもしれない、調べた限りじゃ西村トオルさんは天涯孤独の身だったらしいからな、行方不明扱いにしてしまうのが一番収まりよかったんだろうよ」
困ったように、でも淡々と言うミヤ君に俺は引っかかったことを告げる。
「でもさ、そうすると新倉先生の気持ちが分からなくなってくる、卒業間近だっけ?でもそんな事故があって普通にそのまま卒業できちゃうものかな?」
自責の念にかられて、友人を失って、そんな状態で卒業ができるものだろうか、そして就職し、働き続けることができるだろうか。
今の段階ならば分かる、ある程度乗り越えたものもあるだろう、しかし卒業は事故の直後なのだ。
「そこまでは分からない、が・・・今日、新倉先生が来なかった理由は察しがつく」
「・・・なに?」
「安東堕威さん。言ったよな、他にもつるんでた仲間がいたって。わざわざ訪ねてくるぐらいだ、彼がそのうちの一人なんじゃないか?そして彼となにかを話したからこそじゃないか?」
「なにか、って?」
乾いた口内を舐めて俺は聞く。
「仮説1、安東堕威さんは召喚術の事故を知らず、西村トオルさんを行方不明だと思っていたが、今になって何かに気づいて新倉先生を訪ねて来た。仮説2、安東堕威さんは召喚術の事故を知っていて、西村トオルさん・・・いや、京さんについての情報を手にし、それを新倉先生に教えに来た」
「仮説、か・・・」
1のほうだったとしたら、今現在の新倉教諭が心配だが、あの快活に笑う堕威さんを思えば2の方なんじゃないかと思う。
「逹瑯、あくまで仮説だ。堕威さんは単純に旧友に会いに来ただけで、新倉教諭が休んでいるのは二日酔いかもしれねぇ、久々に会った友人と酒を飲み過ぎてな」
そう言ってミヤ君は気遣わしげに微笑んで見せた。
でも俺は分からなかった、新倉教諭の気持ちが分からなかった。卒論の資料を集めている時とそう言った、ならばトオルさんが『死んだ』後、彼は卒論を提出し、大学を卒業して養護教諭になったのか、自分が加担した友人の死からブランクも置かず、人生を進めたのか。
恒人が言った時は内心苦笑だってけれど、俺だって彼の優しさを知っている。面倒見が良くて、生徒の話をどの先生より親身に聞いてくれて、明希が犬神に噛まれた時も助けてくれた。俺達が三刃杜若のところから帰って来た時、いつも通りに迎えてくれたこと、それがどれだけ嬉しかったか。
大学時代の新倉教諭はそうでなかったというのか?しかしあの語り口から痛々しいほどの慙愧が感じ取れた、じゃあ、いったい・・・
「逹瑯、携帯鳴ってる」
ミヤ君の声で我に帰り、俺はポケットから携帯電話を取り出す『非通知』の文字に一瞬迷うが通話ボタンを押した。
『逹瑯?』
その声に、俺は椅子を倒して立ち上がる。
「京さん!?」
『なんや自分から連絡したくせに、一丁前に九十九神なんか使って、胆が冷えたわ。で、なんの用や・・・っていうかまこはどうしたん』
まこ?・・・ああ、ガラのことか。
あれ?京さんはガラがいなくなったことを知らないのか。
「そ、それがガラのヤツ、家出しちゃって・・・」
『は?なんで?』
相変わらずコミュニケーション能力欠如気味な京さんだった。
「京さんが知らないなら知りませんよ!」
『それで俺に連絡してきたん?俺も知らんで』
「それもあるんですけど、その・・・」
助けを求めるためにミヤ君を見れば、冷酷な鬼目はさっさと言えと俺を睨んでいた。
「単刀直入に伺います・・・新倉薫という人物を知っていますか?」
京さんはすぐに答えた、誤魔化すでもなく戸惑うでもなく、1秒ほどの間での回答。
『知っとるよ。俺の大学時代の友達や』
「新倉薫は・・・俺の、俺達の学校の養護教諭です」
『ああ・・・』
京さんは苦笑したようだった。
『お前らんとこの保健室のセンセがヒーラーって聞いてまさかな、とは思ってたんやけどね。そうやったんや、薫君はお前らの先生やったんや』
「あの、京さんの本名は、西村トオルですか?」
『うん』
電話越しなので京さんがどんな顔をしているのかは分からない、少なくとも声からは何も感じられない。
「新倉先生は、西村トオルは死んだと思っていますよ」
『・・・まあ、そうやろうね』
「どうして、姿を見せてあげないんですか?会いに行ってあげないんですか?新倉先生は、そのことをずっと・・・」
『薫君からどこまで聞いたん?』
こんな時にまで京さんはマイペースに話を進めるらしい。俺は少し苛立って言った。
「召喚術を失敗して、京さんの姿が大量の血痕を残して消えたってとこまでです」
『確かにあの時は死ぬかなと思ったで、口だらけの化け物の前に、魔法陣から飛び出してまって、なにも身を守るものはなかったんやから』
口だらけの・・・化け物、それは・・・?
『でもな、俺はシャーマン体質やったから、その化け物を自分の身体に取りこんだんや、まあ片腕一本持ってかれたし、取り込んだっていうより寄生された状態やけど、まあその辺は前に説明した通り』
「京さんのヴォルバトスは・・・その時の?」
『正解。じゃあ上級問題、召喚された異界のモノは制御できなかった場合どうなるでしょう?』
この問いには、耳を澄ませていたらしいミヤ君が、ひょいと顔をよせて電話に向かって言った。
「召喚者を殺害するまで元の世界に戻れないので、召喚者を殺します」
『正解。さすがやな、ミヤは。ではこの場合・・・召喚者は?』
「・・・新倉、教諭?」
『そういうことや、いくら俺が取りこんでる状態でも薫君に会ったら、たぶんヴォルバトスは薫君を殺すやろ、だから絶対に会えないんや』
すっかり乾いた口を無理矢理開いて俺は言う。
「でも、でもせめて生きてるってことぐらい伝えたっていいじゃないですか!」
『薫君の性格考えたら、というより薫君は俺に甘いから、自分が犠牲になって俺を元に戻す道を選ぶと思う・・・それは嫌や、薫君には生きていて欲しいし、幸せになってほしい。西村トオルを過去のものとして、記憶の中に埋めて欲しい。友達やから、幸せでいて欲しい。どっちにしても、もう俺は異端の存在で、やっぱり西村トオルは死んでいて、俺は西村京なんやから』
じゃあ・・・と電話を切ろうとする京さんに思わず俺は叫んでいた。
「待って下さい!!!」
『・・・っなんやねん、びっくりするやん』
「あの、一回こっち来てもらえませんかね、いつもの葉隠公園に!ほら!ガラのことだって相談したいし!」
ガラのことだって嘘ではないが、なんとかこの問題を引き延ばせないかと適当に叫んだものだったけれど、京さんは、きっとそれもまた分かった上で言ってくれた。
『ん、じゃあ明後日の4時、葉隠公園な』
悶々とした思いを抱えたまま翌日、学校に着くなり正門で井上教諭が待ち構えていて保健室に行くように言われた、井上教諭にしては異例なことに恐ろしい冗談を口にすることなく、ただ新倉教諭が呼んでいることだけ伝えるとさっさと校舎に戻ってしまった。
俺とミヤ君は自転車を置いてその足で保健室へと向かう。
保健室の扉を開けると新倉教諭がぐてっと椅子にのけぞっていた。
「質問が・・・あるんやけどな・・・」
覇気のない声で、天井を見上げたまま新倉教諭は言う。
後ろ手に扉を閉めて、俺達は黙って新倉教諭を見つめた。暗いと思ったらカーテンは閉まったままで電気もついていない、換気すらしていない、新倉教諭は保健室に入ってからなにもしていないらしい。
「俺の質問に答えてくれるか?」
「内容によりますよ」
きっぱりというミヤ君にいつもの軽口は返ってこなかった。
「お前らは・・・一昨日ガラが言っていた西村京と知り合いなんか?」
「ええ、知り合いです」
俺が戸惑っているうちにミヤ君がこれにもきっぱりと答える、確かに嘘がつける雰囲気ではなかったけれど。
「はははは」と新倉教諭が乾いた声を上げた。
「灯台下暗しってこーいうこと言うんやろなぁ、そっか、ガラもお前らも知り合いやったんか」
「西村トオルさん、ですね」
新倉教諭が身体を起こして俺達を見る。
「矢口・・・それ、どこで気づいた?」
「昨日、先生の話を聞いた時点ではなにも。でもその後ガラ君が急いた様子でいなくなって、そして偶然会ったんです、安東堕威さん。新倉先生の旧友・・・大学時代つるんでた仲間の一人、ですよね?」
「どこの名探偵や、お前は・・・まあええわ、それで?」
「そして翌日、先生は来なかった、堕威さんから聞きましたか?トオルさんは西村京だと」
「・・・堕威はな、トオルの死に納得してなかったんや、諦めが悪いちゅーか根性あるちゅーか、それでずっと、全国を放浪しながら捜してたらしい。片っ端から《能力者》を当たってな、そして西村京っていう《外法師》がどうもトオルらしいと、外見的特徴が一致する、挙句にその身に口の化け物を宿してるって、そう聞いた」
「西村トオルの偽名が西村京では・・・捜し辛かったでしょうね」
あくまで淡々としたミヤ君の物言いに、新倉教諭は目を細める。
「盲点だったって堕威も言ってたな。まあトオルの場合そんなことは考えてない、単純に偽名なんて考えるのがめんどくさかっただけやと思うで、京都出身だから、あるいはトオルが『きょう』とも読めるからとかそんな理由やろ」
「それで、あのぉ・・・」
喋っても良いものか戸惑いつつ俺は口を挿む。
「新倉先生は、どうするんですか?」
「・・・トオルは元気でやってるか?」
「ええ、元気ですよ」
それは嘘ではないのでそう答えた。
「・・・幸せそうか?」
「いいえ」
これにはミヤ君がまたきっぱりと言った。
「・・・そっか」
新倉教諭は今にも泣きそうな顔で頭を抱える、言いすぎではないか、そこは嘘をついてもよかったんじゃないかとミヤ君を見れば、ミヤ君は真っ直ぐに新倉教諭を見据えていた。
「でも新倉先生、京さんは新倉先生を過去形で話しませんでしたよ」
新倉教諭は怪訝そうに顔を上げる。
「『薫君』と親しげに呼んで、『友達だった』ではなく『友達』だと、はっきり言っていました。新倉先生のことを話す時、過去形にはしていませんでした・・・」
「・・・そう、か」
新倉教諭は少しだけ笑う。
「俺も現代魔術を学んだ身やから、なんでトオルが生きていたのに俺のところへ来ないかも、そしてこれからも会えないことも分かってる。でもな、一個だけ、一個だけ喜ぶことが許されるなら、俺はトオルが生きていてくれて・・・嬉しいんや」
「あ、あの、俺も質問してもいいですか?」
タイミングが悪いかとも思ったがこれから先聞くタイミングがある保証もない。
「なんや?岩上」
「どうして・・・養護教諭になったんですか?」
「すっとばした言葉を捕捉するなら、なんで友達が死んだ直後に養護教諭になんかなれたんだってとこか?」
「いや、別にそういうつもりでは・・・」
「ええやん、お前らしい疑問やし。俺もな大学辞めようと思った、それ以前になにをする気力も残ってなかった、街をふらついて、もう死んでやろうかとそんなことすら思ってた時や。ふと見たらな、ガキが妖怪に追っかけまわされてたんや、トオルのことを思い出した、アイツも体質のせいで子供の頃は大変だったって言ってたのをな。それでそのガキも同じ体質なんだって分かったからほっとけなくて、まあ簡単なお祓い・・・それでも二度と使うものかと思ってた魔術やけど、それで妖怪追っ払って、ついでに怪我も治してやった。話を聞いてみたらやっぱそのガキもシャーマン体質らしくて、気づいたら相談に乗ってたんや。その話を聞いているうちに思った、学校にそういった知識のある養護教諭がいればこういう境遇のやつを助けられるんじゃないかって。養護教諭の免許は偶々取ってただけやけど、俺はなるべきなんじゃないかって、トオルが命懸けで助けてくれた俺の命を、人生をちゃんとするべきなんじゃないかって、そう思ってな」
一度は使い方を間違えた能力を、今度は正しく使うための選択だったのか・・・
たとえ当時、若くて未熟であろうと、ちゃんと俺達の知っている新倉教諭だった。
新倉教諭はまた少しだけ笑う。
「ちなみにそのガキ、去年この学校に入学してきた、全然地域ちゃうやんって言ったらあの時はたまたま旅行であそこにいただけだって。それで『僕のこと覚えてますか?』ってな、神妙な顔で、こっちの人生決定した人間のことぐらいいくら成長してたって見分けられるわ。まだ体質は治ってないどころか前より高まってるらしくて、どんどん呼びこんでまうから人の多い場所にいけないんやて」
・・・ちょっと待て、それって。
「あ、岩上もようやく察しがついたか?矢口はもっと早く気づいたみたいやったけど。そうや、そのガキちゅーのはガラ、浅田誠のことや。偶然って怖いちゅーか、ガラは俺の前じゃトオルの、西村京のこと喋らなかったのも偶然なら・・・なんて皮肉で奇跡的な巡り合わせなんだろうなぁ」
本当だ、なんていう巡り合わせだろう。
トオルさん、新倉教諭がずっと思ってた、忘れられなかったトオルさんが京さんとなって生きていて、その弟子であるガラが保健室登校児として此処にいたのに、新倉教諭も京さんも気づかなかったなんて。
そして京さんと出会う前にガラは新倉教諭にも助けられていただなんて。
皮肉で、奇跡だ。
「おーーーーっす!!」
という豪快な声と音と共に沈黙が破られた、ドアが全開になっていて、堕威さんがポケットに手を突っこんだまま立っている。
引き戸を足で開けるって逆に効率悪い気もするんだが。
というか今日日、部外者がこうあっさりと入れるってこの学校にセキュリティの概念はないのか?
カッコいいと絶賛はしたが、けして安全な人には見えないんだけど、この人。
「だいたい話半分に聞かせてもらったわ」
堕威さんはそう言って爽やかに笑った。
「いや、重要な話だったんで立ち聞きにしても真面目に聞いて下さい」
とミヤ君が突っ込んだ。勇気あるなぁ・・・
「気にすんな、軽い言い間違いや、ちっちゃい生徒」
ミヤ君に向かってちっちゃいって言うなんて!!
虎に向かって「お手!」って言うようなものなのに!!
「そっちのでっかい生徒も昨日ぶりやな」
「え、いや、会ったのは一昨日ですけど・・・」
「まあええやん、細かいことは」
豪快な人だった、もしくは適当な人だった。
「なんの用や?堕威」
新倉教諭は迷惑そうに顔をしかめた。
「トオル・・・今は京、京君か、会いたくないんか?会いたいやろ、そりゃあな、会う方法ならあるで、俺も伊達に全国放浪してたわけやないからな、ちゃんとした《能力者》のとこで修業したこともあるんやで、って言っても京君に取り憑いてるのを祓う方法は分からんかったけど、一回会うぐらいならなんとかなるけど、どうする」
「相槌すら打てん勢いで重要事項を喋るなって言うてるやろ・・・」
新倉教諭はぐしゃぐしゃと髪を掻き毟る。
どうやら堕威さん昔からこの愉快なキャラクターだったらしい、そしてなにより、あっさり京さんを『京君』と呼び変えているのはなんだかすごい。
二人にとっては『トオル』なのに。
「で、会う方法があるって?」
「まあ、ちょっとな、話すぐらいならどうにかなるやろ」
「・・・案を出したのは心夜か?まさか敏弥ではないよな」
「心夜で正解。ま、敏弥も噛んでるけどな」
知らない名前が出てきたけれど、つるんでいた仲間のことだろう、堕威さんは俺達を見てまた爽やかに笑った。
「ちっちゃい生徒とでっかい生徒、この手紙を京君に渡してきてくれる?」
差しだされた封筒を俺は戸惑いながらも受け取った、ミヤ君も困惑したようにそれを見ている。
なんだろうこの強引なのにまったく不快感がない謎の空気は。
でも不思議と、この人が、堕威さんが言うことならなんとかなる気がする。
ここまできて、いやこのタイミングだからこそ、規格外キャラの追加、といったところか。
まったく、神様でも味方してくれてるんじゃねぇだろうな?
急展開に俺達が呆然としているうちに手の上にもう一つ封筒が追加された、これは新倉教諭からだ。
「・・・これも渡してくれ」
先生と生徒ではなく、いや、新倉教諭は元々そういった壁のない人ではあったけれど、それは人と人との約束でお願いだという顔だったので、俺は頷いてそれを受け取った。
京さんに会えるのは明日になることを告げると堕威さんは明日の夜7時に京さんを此処へ連れて来るように言って、俺達を保健室から追い出した、自由な人だった。
ミヤ君は保健室を出る前に堕威さんに「その方法に人員はいるか?」という質問を投げかけたが、これには「いらない」という回答が返って来た。
今回の件は恒人経由で青バスチームも知っているだろうが、彼らはそういったラインをわきまえる人間なので言わなければ踏みこんで来たりしないだろう。
マオ達も京さんの世話にはなっているが、明希が手を貸したがっても他の三人が止める可能性が高いし、今のところなにも知らないのだからあえて伝える必要もない。
問題はガラだったが依然として連絡は取れぬまま翌日を迎えた。
ちなみに授業中はすべて上の空だったため、井上教諭のチョーク攻撃と、小野瀬教諭から鉄拳制裁を喰らった。
放課後、今回は危ないことではなく、ナイーブな問題であることを納得したユッケとヤスはいつも通りに俺とミヤ君を見送ってくれた。
約束した午後4時少し過ぎに葉隠公園に到着する。
三刃杜若との戦いで壊れた(間接的に涙沙が壊した)モニュメントは修復され、ますます奇怪なものになっていた。なにがしたいのか、コンセプトはなんなのか全く分からない幾何学模様。
その天辺に鳥のように京さんがとまっている。
ノースリーブを二枚重ね、下はダメージジーンズというカジュアルなファッションだった。
まあ腕に施された刺青がそのカジュアルさを徹底的に叩き潰して、やはり只者ではない人に見えたけれど。
京さんは漆黒の瞳で静かに俺達を見下ろしていた。
「・・・安東堕威さんから手紙を預かってます」
俺がさしだした封筒を京さんは雑に足で引っ掛けて蹴りあげ、空中でキャッチした。
「堕威君には見つかってまったんやな、長いかくれんぼやったなぁ」
「捜されてたことは知ってたんですか?」
ミヤ君の質問に京さんは迷惑そうに笑う。
「堕威君やることなすこと派手やし、嫌でも気づくわ」
京さんは封筒から手紙を取り出して目を通す、特に表情は変わらない。
そんなに長い手紙ではなかったのか、すぐに読み終えて元通り封筒へ戻す。
「あと、新倉先生からも、手紙を・・・」
「薫君が先生って改めて考えると可笑しいな」
堕威さんと同じことを言って京さんは笑った。
「薫君って常識あるようでないし、真面目に見えて適当やし、先生とか似合わへん」
「今でもそんなもんですが」
思わずそう言う俺を見つめて京さんは首を傾げる。
「読んで」
「はいっ!?」
「薫君からの手紙、逹瑯が読んで。自分で読むのなんか怖いし」
いや、読んでいいのか?こんな重要な手紙・・・
「ミ、ミヤ君のほうが・・・」
「頼まれたのはお前だろ、それに俺の声じゃ小さすぎて通らん」
「身長と同じでね」
がすっと脛を蹴られた、どんな状況でもミヤ君はミヤ君だった。
「あの、じゃあ読みますよ?」
「うん、頼むわ」
京さんはモニュメントの天辺で頬杖をついて俺を見下ろした。
ふっと息を吐いてから、俺は・・・急だったからだろうルーズリーフに書かれた手紙を読み始めた。
トオルへ。いや京へと書くべきなのかな?それとも京君って呼んだ方が響き的にはいいのか、手紙ではあまり関係はないか。
堕威は方法があると言ったけれど、どちらにしても長い時間はしゃべれないようだし、そもそも京君が受けてくれるかどうかも分からず、下手をすればこれが最後の機会かもしれないので、手紙にしたんだけど、知っているように俺は文章を書くのが苦手で、大学時代も年下の京君にレポートの書き方を聞いていたようなヤツなので、支離滅裂になるかもしれないけど、そして京君がめんどくさがりなのは知っているけど、最後まで読んでやってください。
最初に、俺のあやまちのために京君の人生を台無しにしてしまってごめん。あやまってすむことではないと分かっているけど、本当にごめん。
あのことだって京君は嫌がっていたのに無理矢理引き込んで、あげくに庇ってもらって、のうのうと生き長らえていた自分が自分でも許せなかった。
でもこうして養護教諭として京君と似たような境遇の子供に手を貸すことが償いだと思ってます、勝手な思いでこれもごめん。
あの直後のことを書こうと思う。朝、ボロボロになった血まみれの教室で発見された俺は、すぐにあったことを大学側に話しました。
俺は教授棟の一室で待たされて、半日ぐらい後に学長が来て、いろいろ話をされて、わけのわからないままこのことは忘れるように、そのまま卒業するように言われました。
堕威達にはありのまま全部を話した、そもそもあいつらは俺らが召喚術を決行することを知っていたのだし、友達に隠し事はできません。
心夜は召喚術をすることを一番きつく、最後まで止めていたのに一言も俺を責めませんでした。
堕威も敏弥も俺を責めるようなことはありませんでした。
堕威はそもそも京君が死んだことに納得していない様子でした。
でも結局、俺達はバラバラになった、顔を合わせたら京君が欠けてるってことばかり大きく圧しかかってきて、どうにも辛いばかりだったから。
俺は、京君と同じシャーマン体質の子を助けたのをきっかけに(どうもその子供が京君の知り合い、浅田誠だったようですが)、養護教諭になることを決めました。
それがせめてもの罪滅ぼしだと思ったのです。
堕威は卒業してすぐに京君を捜すと言っていなくなってしまいました。
敏弥と心夜はどうしたのか分かりませんが、敏弥からは2年後に大学を卒業したという連絡をもらいました。
心夜は年賀状をよこすくせに現状をまったく言いません、あいつらしいとも言えますが、ただなんとなくその年賀状で「俺は生きてる」と言っているように思いました。だから俺も年賀状だけは返していました。
心夜も、時折連絡をよこす敏弥も、きっとこれ以上仲間が欠けることを恐れていたんだと思う。
一人いないだけでこれほどの虚無が広がるのなら、これ以上誰かいなくなったらと考えることは恐怖でした。
京君のこともいっぱい考えた。今、傍にいてくれるのならどんな風になっているのだろうと、でも思い浮かびませんでした、京君は、西村トオルはあの時のまま、俺の中で止まっているのです。
かわいい、というともれなく拳が飛んでくるけれど、やはり俺の中ではかわいい、弟みたいな存在です。
俺のことを初めての友達だと言ってくれた時、辛かったであろう今までを思って、ならばこれから俺が友人として幸せにしてやろうと思っていたのに、結果がこれでは意味がないのかもしれない。
でも京君の中で俺が今でも『友達』だと、そうらしいと聞いた時は、堕威から京君が生きてることを聞いた時の次に嬉しい瞬間でした。
でも、もう元に戻ることはできないんだな、それはやはり俺のあやまちです。
最後の夏休み、大学に忍びこんで天体観測をしたことを覚えていますか?あれが俺らの中では比較的まともで常識的な思い出なのだから子供っぽいな。
得意げに天体望遠鏡を持ってきた敏弥の後から、心夜がもっと立派な天体望遠鏡を抱えてきた時はみんなで大爆笑したな。まあ心夜はほくそ笑む程度だったけれど。
誰もいない校舎の屋上で星を見たのは楽しかった。意外にも京君が一番夢中に星を見ていて、それがなんだか可笑しかった。
俺の一番幸福な思い出で、きっとあれ以上の幸福を感じることはないのだと思います。
願いが叶うならあの季節に戻って、永久に時を止めて欲しいとすら思ってしまう。
俺のことばっかりでごめん、京君が外法師になっていたならきっと俺よりはるかに辛い人生だっただろうに、それを共有することもできない。
でも、一個だけ、俺も少しは大人になった。
俺の命と引き換えに京君を元に戻そうとは思っていない、1年前なら思ったかもしれない、でも今年に入って手のかかる生徒達、京君の世話になったアイツらが俺を変えてくれました。
友達のために命を捨てることは、やはり悲しみしか与えないということを、だからあの時、他に方法がなかったとしても京君が俺を庇ってくれたことに「ありがとう」は言わない。
そして俺も、京君を悲しませることが分かっていて、命を捨てたりしない、それだけは知っておいてほしい。
長い手紙を読み終わり、俺は京さんを見上げた。
確かに文法もなにもめちゃくちゃな手紙だったけれど、新倉教諭の思いは痛いほど伝わってきて、泣かずに読むのに苦労してしまった。
京さんは静かに俺を・・・いやその向こうの新倉教諭を見ているようだった。
あらゆる感情を顔に出ないように押し込めて、静かな顔のまま京さんはしばらくそうしていた。
そして夜、俺達3人で青嵐高校へと向かった。
マウンテンバイクの後ろに立ち乗りしたミヤ君の肩に京さんがさながら妖怪オバリョンの如く乗っかっている。どこの雑技団だ。
ちなみに筋肉がついているせいで見た目より重量のある京さんに乗られているミヤ君、犬頭解放モードである。
つまり俺は、マウンテンバイクの後ろに犬耳と尻尾を生やした同級生と(二人とも制服だ)、その肩の上にくつろいだ様子で体操座りしている謎の金髪刺青お兄さんを乗せているのだ。
いつかはこの街を追われる日が来る気がしてきたぞ。
恒人に土下座された一件も尾ひれがついて明希から「恒人君に道端で土下座強要して土下座した恒人君の頭踏んで哄笑してたって学校中に広まってますよ〜!逹瑯先輩ってば、ド・エ・ス!」と、のほほん顔を叩きたくなるようなことを言われたのに。
俺の周囲がオカシイのに俺の奇行が激しいみたいな流れになってきている。
どこへ行くんだ、俺の高校生活・・・
それこそ猫の目なんてどうでもいいほどに周囲がめちゃくちゃで、猫の目のことなんて忘れるぐらいに毎日がたくさんのことで溢れていて、そして誰も俺の猫の目なんて気にしちゃいない。
俺がミヤ君の犬頭を気にしていないように、明希の天狗の羽根を気にしていないように、涙沙の飛縁魔の左手を気にしていないように、浅葱が人虎であることを気にしていないように、恒人が塩薙の血筋であることを気にしていないように、誰もみんな当たり前に接してくれる。
後頭部辺りで交わされるミヤ君と京さんの雑談(「名前的にはトランクスよりブリーフのほうがカッコいいんじゃないか」とか「俺の考える最強のスタンド」とか実にくだらない内容だった。っていうかアンタらスタンドいらないだろ)を聞き流しながら俺は思う。
きっと新倉教諭と京さんもそんな関係だったんだろうな、と。
堕威さんと・・・敏弥さんと心夜さんも。
「京さ〜ん!」
俺は声が風に流されないように大きな声で言う。
「なんや、ちゃんと運転しろや。こけたら俺とミヤだけ助かるからな」
「大学時代、楽しかったですかぁ〜?」
「・・・まあ、悪くはなかったな」
「すげぇ楽しかったんっすねぇ〜!」
「どつくで、マジ」
後ろで鬼の形相をしているだろうから振り返らない。
振り返らないけど、やっぱり楽しかったんだなと思ったら笑ってしまった。
本当にどつかれた。
宣言通り、土手を転がり落ちる自転車からさっさと飛び下りたミヤ君と京さんに指をさして笑われたので、俺も声を上げて笑ったのだ。
校門の前、闇夜でも目立つ赤い人、堕威さんが立っていた。
一応これも感動の再会になるのかと俺とミヤ君は離れて見守っていたのだけれど、堕威さんの前に行くなり京さんは急に大人しくなってしまった。
というより雰囲気まで静かになった。
「よお、久しぶりやな!元気やったか?」
「ん、まあまあ・・・」
「ならええわ、相変わらずちっこいなぁ!」
「・・・ちっこい言うな」
とまあこんな会話を交わしただけだった。久しぶりに会ったので緊張しているのかとも思ったが京さんの表情はむしろ穏やかで、もしかしてこっちが素なのかな、と思える。
校庭を抜けて職員玄関口「開けておいたから」という堕威さんの言葉に目をやれば、扉はドアノブが破壊されて開いていた。
・・・破壊されていた。
いや、新倉教諭がいるなら鍵、あるんじゃね?
なんで破壊する必要があるんだ?
警報機鳴らなかったのか?
唖然としている俺を余所に、三人は当たり前のように中へと入って行く。ミヤ君は「どうした?」とばかりに俺を見てく見た。
「・・・・・・」
幻ということにしておこう。
ドアノブなんて壊れてない。
グラウンド整備用のローラーが横に置いてあって、ドアも少し歪んで凹んでいるが、幻だ。
暗い廊下を進んで保健室、そこに新倉教諭の姿はなかった。
代わりにベッドやらなにやらがすべて部屋の隅に寄せられ、大きくあいた床に魔法陣が描かれている。
見れば窓も目張りをするように隙間なく呪札が張られ、引き戸にも魔法陣があった。
「とりあえずト・・・えっと、京君」
さすがに直接「京君」と呼ぶのは戸惑いがあったのか、照れたように堕威さんは言って魔法陣を指す。
「この中入ってみて」
「ん、分かった」
京さんは文字が描かれている部分を避けながら魔法陣の中心に立つ。
堕威さんはポケットからマジックペンを取り出して魔法陣になにか書き加えた。
京さんが少し顔をしかめる。
「どうや?」
「抑えられてるみたいや・・・なあお前ら」
唐突に話を振られ、俺とミヤ君は慌てて京さんを見る。
「あれはほら、マオを此処へ探しに来た時、俺のヴォルバトス出なかったやろ」
「ああ・・そうでしたね」
「あの時は、空間が歪んでたせいだと思ったけど・・・どうもヴォルバトスは校内に残ってる薫君の気配に気を取られて制御できなくなってたからみたいや、この部屋に入った時から身体のなかでえらい騒いでた。今は魔法陣のおかげで抑えられてるけどな」
そうか・・・やはりヴォルバトスは新倉教諭を殺したいということか。
あるいは探していたのか。
口の化け物にも意志・・・本能が働いているのか。
配置は俺と堕威さんが保健室の中、そして保健室の前に新倉教諭を連れ来るのがミヤ君となった。
不測の事態の時、パワー系のミヤ君のほうが新倉教諭を連れて逃げるのは楽だから、俺はスピードはあっても成人男子を連れて逃げるのは難しい。
ミヤ君なら犬頭解放状態で、人間の一人や二人担いで走れるだろう。
「お前が食われてる隙に逃げる」となんとも笑えない冗談を言ってミヤ君は保健室を出て行った。
長時間話すのは危険なので5分間だけ。
扉越しで話せるだけ。
すりガラスだから顔も見えないけれど、新倉教諭も京さんもそれでいいらしい。
「逹瑯、お前が悲壮な顔になるな、ますますブサくなってるで」
京さんは静かな声で言った、さりげなく挟まれた暴言は流して俺は視線を合わせる。
「過去は変わらない、どんなに頑張っても変えられないし消せない。お前がこの先、猫の目から解放される時が来ても猫の目だった事実は消えない、取り返しがつかなくなったものは取りかえせないし、開いた溝が埋まることももうない・・・」
それはミヤ君がいたらできない話だった。
隠しているのとは少し違うけれど、ミヤ君には言えない。
いや、誰にも言う気はない。
それがどんなに重くても、この重さを人に分けるわけにはいかないから。
俺は既に解放してある猫の目に触れた。
黄金色の目。
「俺も同じや。起ったことは事実で、空いた時間も埋められない、でもな逹瑯。俺かてそんな大人やない・・・いや大人でも、悪あがきぐらいしたいねん、かりそめでも夢は見たい・・・付き合わせてゴメンな」
俺が返事をしようとした時、保健室の扉がノックされた。
すりガラスに映る影はシルエットから見て新倉教諭だろう。
京さんが魔法陣の中に立ったまま僅かに息を飲む。
「・・・薫君?」
「久しぶりやな、トオル」
扉の向こうで新倉教諭は笑ったようだった。
「あらためて、ごめんな・・・」
「別にあやまられることした覚えはないし」
「生きていてくれて、ありがとうな」
「うっさいわ・・・薫君、俺こそごめんな、自分のことだけ考えて薫君かばって悪かったと思う。本当なら生きてるって連絡ぐらい入れるべきやったかもしれんけど、それやと薫君は俺に会おうとするやろうし、俺も決心鈍るからできんかった・・・それはごめん」
京さんは真っ直ぐに扉を見ている。
本当ならば顔を見たいところだろうけれど、この距離で、声を聞かせているだけで京さんのヴォルバトスはかなりの反応を示しているのだ。
京さんはずっと腕を押さえているし、僅かに腕が波打っている。
顔まで見せたら反応はもっと顕著になるだろう。
最も新倉教諭の気配が濃い保健室を選んだのはヴォルバトスを撹乱する意味を持っていたから、顔を見せて確実に存在を知らしめるわけにはいかないのだ。
「ええよ。トオルの判断は正しかったと思う、俺は絶対会いに行った・・・」
「今も会う気はなかったで。でも薫君の手紙読んで・・・もうええんやなって。お互い少しは成長したって分かったしな」
「トオルも成長したか?」
「こんな俺とも遊んでくれる奴らができたから・・・な。そんでそいつらがこの縁を繋げてくれたわけやし・・・生きて・・・みるもんやなぁ・・・」
京さんは笑った、新倉教諭も笑った。
「今日は・・・会えてよかった」
時計を見ればもう約束の5分が来ようとしていた、早い、あまりにも短い。
「薫君・・・薫君はずっと・・・俺の親友や・・・」
「俺もやでトオル、ずっと親友・・・じゃあな、京君」
最後には「京君」とそう読んで、すりガラスから新倉教諭の影が消え、廊下の足音が遠ざかって行く。
俺は京さんを見た。
とても穏やかな顔で微笑んでいた。
新倉教諭が学校から遠ざかるのを見積もって1時間。
結界の関係上、携帯電話が使えないのが不便だったが、ミヤ君が新倉教諭を見送って戻ってきてから1時間置いて、京さんは魔法陣から出た。
猫のように伸びをして、いくらかすっきりした顔で俺達を見る。
「・・・サンキューなお前ら」
「いつも助けられているから、当たり前です」
淡々と言うミヤ君に京さんはやはりすっきりした顔で言った。
「友達助けるのは当たり前なんとちゃうんか?」
「そうですね、それも当たり前です・・・あるいは人を人が助けるのが当たり前なのかもしれません」
「ミヤらしいようでらしくない物言いやな」
京さんはもう一度伸びをして今度は堕威さんを見た。
「堕威君もありがとう」
「どーいたしまして。ついでやから今度は敏弥と心夜にも顔見せろや」
「ん、一回だけな」
堕威さんが顔をしかめる。
「なんで一回なん?」
「不公平な気がしやへん?まあこれからは定期的に連絡入れるわ」
堕威さんは無精無精頷く。というよりも京さんが折れないことを分かっているから仕方がないというように見えた。
保健室を元通りにし(主に俺がやった、どうも堕威さんも京さんもミヤ君も壊すのは得意でも片付けるのは苦手らしい)破壊した職員用玄関から外に出る、これ・・・明日になれば警察沙汰だよなぁ。
校庭を抜け、門の前、堕威さんは止めてあったバイクにまたがって爽やかな笑みで言う。
「じゃあ、またな」
「またな、堕威君」
小さく手を振る京さんに頷いて、堕威さんのバイクは爆音を響かせながら去って行った。
音が聞こえなくなってから、京さんも俺達に背を向ける。
「お前らも・・・またな」
「・・・京さん。これからどうするんですか?まだ《外法師》続けるんですか!?」
「それ以外に生きてく道もないしな。まあ、悪くはない、今はもっと良い気分や。たとえ帰れなくても・・・故郷がちゃんとあるっていうのはいい気分や」
そう言って京さんは一人、歩き出す。
帰れない故郷。
あるけれど、帰れない故郷。
願うことすら許されなかった今までより、受け入れられたこれからは遥かに良いものになるのだろう。
それでも・・・帰りたくはないのだろうか?
俺は帰れなくなった代わりに別の場所を見つけられたけれど、京さんはまだ新倉教諭達のいる場所を愛している、立ち切れた俺とは違う。
愛おしい場所を持ちながら、帰りたい場所を持ちながら京さんは彷徨い続けるのだろうか。
さながらロマのように。
畏怖されながら、異邦人のまま流れ続けるのだろうか。
「京さん!」
俺は遠ざかる背中に声をかける。
「またみんなで遊びましょーねっ!!」
背を向けたまま京さんが手を振った。
きっと俺達では、俺達では京さんの故郷にはなれない。
理由はないのだろう。
俺がミヤ君達でなければダメだったように、京さんは新倉教諭達以外、故郷に成りえないのだ。
ならばほんのひと時休める場所になれたらいい。
今回はまだ後日談とはいかない。
俺はどうやら友人を見くびっていたらしいからだ。
誰よりも京さんの恩恵を受けたアイツは、京さんのためにできることを諦めてはいなかった。
いや、違う。
アイツは最初から戦い続けていたのだ、たった一人で。
恩人のために、人生の師のために、ずっと・・・初めて会った時から戦っていた。
だからこの話は・・・次回へ続く、だ。
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