ドウタヌキ?


夏休み編#3朝凪ラ・シルフィード


浮遊する彼を見て思いだすものがある。
悩める青年のもとに降り立った風の精霊。
ふわふわと舞う彼女に不安を覚えた青年はその後どうしたんだっけ?
それがどうしても思い出せない。


朝 凪 ラ ・ シ ル フ ィ ー ド


両親とも役所勤めのマオやゆうやが思い当たらなかった、気づかなかったのは無理なからぬことで、それ事態は害ではない。
古い専業農家の長男、それも一人息子が《病弱として生まれた》ということが意味するものを。
天狗に攫われるまでの明希はそれこそ少し走っただけでへたり込んでしまうほど体力がなく、一年の半分を床で過ごすほど体が弱かったらしい。
家族からどんな扱いを受けていたのか想像に難くない。
天狗に攫われたことで健康を手に入れた後も、縁起を担ぐ古い農家でそれが歓迎されるわけもなく、またそれを口外しなかったことで周囲がどういう風に明希を見たのかも容易く想像できる。口にするのも汚らわしい噂も流れた、俺の家は明希と同じ古い農家だから知っていた。
まぁそれと明希が結びついたのは明希の口から天狗に攫われた話を聴いた時だったけれど。
ミヤ君は俺達4人の関係に一種の危機感を抱き始めているようで、それはさすがと返すしかないが、俺は分かっていた、俺達の関係は最初からブチ壊れているのだ。
他の3人がそこまで意識しているかどうかは分からないけど、どこかで自覚していてだからこそ俺達は未来の約束なんてしないんだろう。
それでもいいのだ、嘘で塗り固められた俺の嘘を見抜いた上で許してくれるのは彼等しかいないのだから。
気づいた時から作り笑いが癖だった、適当なことを並べ立てて誤魔化すのが癖だった。
その嘘がそこそこ精度の高いものだからタチが悪く、あまり友人がいなかった。
俺の嘘を見抜けない人間は一種の不快感を抱く、でもその不快感がなんなのか分からない、なんとなく苦手な人という分類に俺は入れられる。
喩えて言うならベースとドラムの音のズレた音楽。耳の良い人間であれば「ああズレてるから不快に聞こえるのだな」と分かるけれど、耳の良くない人間は気づかない、でもなんとなく聞いていて不愉快になる、そんな感じ。
そして音のズレに気づける耳の良さを持った人はもうその音楽を聴こうとは思わないだろう。
ミヤ君とはマオの一件がなかったら絶対に仲良くなることはなかった気がする。
俺とミヤ君は1年生の時、一度だけ会話を交わしている。全ての関係を断絶していた彼と会話を交わしたことが珍しかったし、なによりその内容が衝撃的だったので俺の中では印象深い出来事だけれど、当時の彼は関係の断絶にいっぱいいっぱいだったので覚えてはいないだろう。
最初の期末テストの答案を返してもらった日のことだ。廊下でミヤ君とすれ違った時、俺が落とした答案用紙を彼が拾った。
確か数学のテストで点数は68点。
ミヤ君は俺の答案を見て眉を顰めた、学年トップの彼からすれば68点なんてありえない点数なのだろうかと思ったが彼の口から漏れたのは驚くべき言葉だった。
「わざと平均点取るなんて、酔狂だな」
ぼそりとそう言ってミヤ君は俺に答案を返すとそのまま歩いていった。
確かに俺はわざと公式を間違えたフリをしてあえて平均点を取った、それはもう小学校の時から続けていることで、まさか今になって初めて会った人間に答案用紙を見ただけで指摘されるなんて思いもしなかった。
そこでかなりミヤ君に興味を持ったけれど夏休みにマオが行方不明になりそれどころじゃなくなってしまったのでフェードアウトしていったのだけれど、そのミヤ君の手助けでマオが戻ってきたのはなかなか運命的じゃないか。

と、まあ家の手伝いという名の単調な農作業をしているとそんな鬱々としたことを考えてしまう、できればもっと頭を使うことをやりたい、こんなことを思い悩むのは面倒だ。
昼休憩の時に携帯をチェックするとゆうやからメールが来ていた。
『今日、二人で会えない?』という彼にしてはずいぶん簡潔な文面。俺は午後の作業をサボることにしてメールを返した。
『二時に駅前の喫茶店で』



昼ご飯を終え、こっそり家を抜けだした。時間配分を謝ったらしく、駅前に着いたのは一時半、本屋で時間でも潰そうかと思っていると、向こうから逹瑯君が歩いてくるのが見えた。
周囲から頭一つ分ぐらい飛び出ているので目立っている。
向こうも俺に気づいたらしく「よお!」と手を振ってきた。
Tシャツにハーフパンツというラフな恰好の中で、買い物袋だけがミスマッチ、夏場だと眼帯がなんとなく暑そうだった。
「なにやってんのさ、こんなところで。珍しいじゃん一人なんて」
「ゆうやと待ち合わせ、そっちこそなにやってるの?」
「見てのとーりお買い物。今、ミヤ君の家に居候中だから家事全般俺が担当なんでね」
そういえば二人だけで話すのはほぼ初めてかもしれないな、逹瑯君もどことなく緊張した様子で、そして緊張すると饒舌になるタイプらしい。
「もっと近くにもスーパーあるんだけどさ、アボカド売ってるの駅前だけなんだよね。この前スモークサーモンとアボカドのサンドイッチ作ったらさ、ミヤ君が"これ美味い、毎日でも食べたい"とか言うの、さすがに毎日は作れないけどさ〜、そこまで言われたら嬉しいからけ結局ほぼ毎日作ってるよ」
「スモークサーモンとアボカドのサンドイッチ?そんな洒落たの食べたこともないよ・・・」
「ん〜?誰にでも作れるレベルのもんだけどね」
なんとなく道の脇に避けて話し込む形になった。
「そういや明希の家ってけっこうデカイ農家なんだよな、しんぢの家も。手伝い大変じゃねぇ?」
「まぁね、俺の家も明希の家も専業だし・・・でも明希は家の手伝いはしてないというかさせてもらえないみたいだよ」
逹瑯君は小鼻に皺を寄せて俺を見返す。
「そりゃまたなんで?」
「・・・縁起が悪いんだってさ」
「また、ずいぶんと古風な考えのお家で」
「古い農家だからね。まあ明希は気にしてないみたいだけどさ、あんま一人でふらふらされると心配なんでマオがべったりだよ」
逹瑯君は何か言いたそうな目で俺を見たけれど、気づかないフリ。
「あ!そうだしんぢ、明希に《友達キス》は嘘だったっていいかげん言えよ、あいつの場合、相手によっちゃシャレじゃすまないと思うぞ?」
「いや、明希は単なるキス魔なんだよ。訂正してもやり続けると思うけど」
「つくづく全体のパラメーター配分間違ってるヤツだなぁ・・・」
「いいんだよ、可愛いから」
「・・・オマエが言うと笑えねぇわ」
そう言いながら逹瑯君は笑った。
「ところでさ、親友とはいえ四六時中一緒にいて険悪になったりしない?」
「ん〜そういやしねぇな、お互い言うことは言うからじゃね?むしろ発見が多くてすげえ楽しい、ミヤ君ってさ、よく物にぶつかるんだけどそういうとき英語で"Shit!!"って言うんだぜ!どんだけ愉快な人なんだって!!」
「なんでまた英語なんだろうね・・・っていうかさ、なんでまたミヤ君の家に泊まり込んでるの?家族仲悪かったっけ?」
俺の質問に逹瑯君は笑顔を消した、聞いてはいけないことだったかなと思った時、逹瑯君は妙に感情のこもっていない口調と表情で言った。
「ってゆーか、たぶん明希と同じ理由じゃねえかな?」
それを言い切ると逹瑯君はいつものへらっとした笑顔に戻っていた。
それから少しだけ話して逹瑯君は帰っていった。ちょうどいい時間潰しになったな。
きっと俺が明希にスタンガンをプレゼントしたことを聞きたかっただろうに結局その話題がふられることはなかった、あえて水を向けてみたりもしたのに踏み込んでこなかった。
我が儘で傍若無人に見えて繊細で人間関係に臆病なところは本当にマオそっくりだ。明希が懐くのも分かる。
まぁ明希にスタンガンをプレゼントした理由を聞かれたとしても俺は適当に誤魔化しただろうけれど。
あんなものは俺が僅かな安心感を得たいだけの保険だ、そこいらのチンピラならともかく手を出してきたのが三刃杜若のような《能力者》だったらスタンガンなんてなんの意味もないことぐらい分かっている。
そもそもスタンガン自体、せいぜい虚仮威しに使えるだけの実用性のない武器だ、あれを使いこなそうと思ったらそれなりの訓練がいる。
だからあれは「俺は明希を心配しているよ」と明希に伝える手段でしかなかった。
そしてちょっぴりの安心感、それだけのもの。



待ち合わせ場所に指定された喫茶店に入るとすでにゆうやは到着してた、体育会系気質の彼は人を待たせることを嫌う。
「どうしたの、突然」
向かいに腰を下ろしつつお冷やを持ってきてくれた店員にアイスコーヒーを注文した。
ゆうやは目の前のカルピスソーダを飲んでから言う。
「ぶっちゃけ言っていい?」
その発言がすでにぶっちゃけだけれど口下手なゆうやのこと上手く会話を持っていくことはできないのだろうし、そのストレートさが俺は好きだ。
「どうぞ」
「・・・最近オマエらおかしいよ。しんぢとマオ君、ちょっとおかしい」
「おかしいって言われてもなぁ・・・」
「誤魔化すなよ、自覚はあるだろ」
洞察力はあるんだよな、本当に。
「自覚があって治るなら世の中みんな一律な人間になるよ」
「妙に味のある言葉で返してんじゃねぇよ」
ゆうやはそう言ってまたカルピスソーダを飲む、ぱちぱちと炭酸の弾ける音がした。
「しんぢは元々おかしいから別にいいかもしれないけどさ、マオ君がちょっち異常だと思うよ、あれでネガティヴ気質だからしかたないっちゃあそうなんだけど、明希はボケボケだけど鈍くはないから二人のおかしさにちゃんと気づいてるからね」
さりげなく俺達三人への暴言を交えてゆうやは口をへの字にして俺を見た。
「明希は気づいてる?」
「あの性格だからね明確にどこが変とかじゃなくてちょっとあれ?みたいな感じには思ってるっぽいよ」
「明希、なにか言ってた?」
さりげなく俺が質問する側にまわったのだけれど特に不平を言うでもなくゆうやは答える。
「なんかちょっと軟禁されてる気分かも〜!って言ってたからさ」
そりゃあそうだろうな、どうもマオは休み中の明希のスケジュールまで完全把握しているらしいから、俺達以外の友人と遊ぶ時は何処で遊んで何時に帰るのか、帰ったら帰ったよコールまで要求しているようだ。
友達にこれは世間一般的に見て異常だろう。
もちろんこうなったのは三刃杜若の一件以降だけれど。
「心配なのは分かるよ、俺だってしてるけどさ、ちょっといきすぎ・・・ん〜過剰、だと思うね」
「じゃあ、ゆうやはどうすればいいと思う?」
「オマエね、それが分かったらとっくにやってるんだっちゅーの!」
「確かにね・・・」
俺は運ばれてきたアイスコーヒにストローをさしつつ笑った。いや、まったく笑い事じゃあないんだけれど。
「で、なんで俺にそんな話をするの、マオにもそう言えばいいじゃない」
「なんで分かり切ってること質問してくるかなぁ・・・マオ君の繊細さ考えたら下手に言ったら悪化するかもしれないでしょうが、言うとしたら適任なのはしんぢだもん。一応表面上は冷静さを保ててるしんぢの方」
「言うようになったなぁ・・・」
思わず普通に苦笑いしてしまった。
「方法がないわけじゃあないんだけどね」
「マジで!?」
ぐいっと身を乗り出してくるゆうやを押し戻して頷く。
「根っこを断てばいいわけでしょう?」
「はいっ!?」
「だからそもそも明希の身が危険にさらされる可能性を持った《天狗の力》、あれが明希からなくなればすむと思わない?」
「え・・・そりゃそうだけどさ、でも京さんはアレは一生消えないって・・・」
「やってみなければ分からない、と思うよ」
ゆうやはぐしゃぐしゃと頭をかき回した、考えている時の癖。
「ま、明希の意志が最優先なわけだから、明希に聞かなきゃいけないけれどさ」
「ああ、明希なら今近くにいるよ、マオ君から聞いてるもん。明希がいることをマオ君から聞いてるっていう点がちょいっとオカシイんだけどさぁ!!」
まあ確かにおかしいね。あえて同意はしないけれど。
「そこのデパートで恒人と買い物してるらしい」
「青バスの美人さんね、それはまた豪勢な・・・」
「るう先輩のことがあった後ぐらいかな、けっこう仲良くなったんだよ、クラス一緒だし」
「ああ、彼もB組だったんだ・・・」
それは知らなかったな、俺の方から1年B組を訪ねる機会はなかったから、青バスなら大城君と英蔵君と同じクラスなので恒人君の話はよく聞いている。
と、いうか英蔵君にいたってはほぼ恒人君の話しかしないんだよな。
不可思議同盟状態であるためにそこまで親しくはないけれど恒人君が塩薙の血族だってことは知っている。
塩薙、忍者。
マオ君が行方不明だった時、ほとんどの《祝り人》に助けを求めたけれど塩薙に関しては連絡先すら分からなかったので諦めた。
もう一つ《シャーマン》の尾下家ともコンタクトの取り方が分からなかったけれど、どうもあの二つと《鍛冶屋》の濡羽家は一般に門戸を開いていないらしい。
ゆうやはさっそく携帯電話を取りだして明希にメールを打っているようだ。
たぶん、すぐ出ることになるんだろうと俺はアイスコーヒーを飲むピッチを上げた。


駅前デパートの屋上、おそらくもう全国的には珍しいであろうミニ遊園地のようになっているそこは家族連れで賑わっていた。
デパートの中が寒いほどだったので、屋上とはいえいきなり野外にでると暑い、日差しが肌をさすそんな中。パラソルのついた円形のテーブルに座っている二人組の周りだけ涼しい風が吹いているようだ。若いお母さん達、すげぇ見てるし。
目の保養を遥かに通り越してもはや目の毒な美少年二人組。
「あ、しんぢ〜!ゆうや〜!」
明希は俺達に気づいたようで笑って手を振っている、恒人君はその隣で小さく会釈。
明希の本日のファッションは黒いへそ出しのホルター・トップ・・・さっそく突っ込まなきゃいけないのか、ソレの男用なんて何処で買ったんだ!?上に大きめの白いパーカー。下は彼の夏の定番となっているデニムのホットパンツ。さすがにブーツは暑いのか、ユニセックスなサンダルを引っかけていた。
恒人君の方はいわゆるB系ファッション、ダボダボのTシャツにハーフパンツ。しかし彼の場合どちからというと華奢さを強調する結果になっている。
なんだか色んなところに手を入れたくなってしまうな。ハーフパンツの片方だけに恒人君なら両足入れられるぐらいの隙間が空いているから特にあそこに。
変態発言自重。いや、別に変態的な意味で言ったわけではなく単純に隙間があるからそう思っただけなんだけれど。
しかしこの組み合わせ、青嵐高校1年生の超有名人が一緒ってことになる。
明希は保健室登校時代から噂になっていたし、恒人君はバスケ部に入部するか否かで壮大な賭けが行われた。加えて二人ともタイプは違えどとんでもない美少年。我が校が共学だったらファンクラブができかねないレベル、そう考えればこの光景はなかなかおいしいかもしれない。
恒人君が英蔵君の誘いに乗ってバスケ部に入るかどうかの賭けにはマオのことで手一杯だった俺は参加していないけれど、十中八九、英蔵君の勧誘は成功するだろうと思っていた。
英蔵君は普段のヘタレっぷりに隠れがちだが、人を説得したり心を開いたりすることに長けている、意識はしていないだろうがかなりの高スキルだ。
できれば繋いでおきたい人物ではある。
それを言うならば青バスチームは全員かなり良いキャラクターが揃っているのだけれど、生憎俺はミヤ君のような統率力もなければマオのようなカリスマ性もない、手近に駒が揃っていようが俺には動かせない。
ミヤ君は別に他人を「駒」だなんて認識したことはないだろうし、そんな認識がないからこそあの統率力を持っているのだろうけれど。
「しかし暑いところにいるね・・・」
空いている椅子に座りながらそう言えばさらりと恒人君が言った。
「此処だとわけのわからないナンパされないんで」
「なるほど・・・」
しかし明希と恒人君を並べると恒人君の健康的な雰囲気が強調される、明希はどことなくすれた感じがあるから。
「んで、話ってなに〜?」
「あ、こみ入るようなら俺は席を外しますが・・・」
恒人君が立ち上がりかけたので俺は肩を軽く掴んで押し戻した。つーか肩薄っ!
「いや、第三者の忌憚のない意見も聞きたいからいてくれるかな?」
「・・・そうですか、分かりました」
改めて椅子に深く座り直した恒人君と、俺、そしてゆうやの顔を見て明希がふっと笑った。
「ゆうやが黙りこくってる時ってあんまいい話じゃないんだよなぁ」
「や、悪い話じゃあないよ!?」
慌てて言うゆうやに明希はまた笑みを深くした。
なんか明希もあれからまた雰囲気変わったな。
「さっくり言うけど、明希はその天狗の力、なくしたいと思わない」
「なんで、かな?」
テーブルに膝を乗せて明希が俺に顔を近づける、こういうことを天然でやるからこの子はヤバイのだ。
間近、息がかかるほど近く、そこで明希の顔を見て気づいた。
そうか、それで雰囲気が変わったように見えたのか。
どちらかといえば黒目がちだったから気づかなかったのか見慣れた顔だったからそこまで注意して見なかったからなのか・・・
どちらにせよ《普通でない》要素には違いあるまい。
明希の瞳の光彩、右側だけ灰色になっていた。左は普通にブラウンなのに。
これも春夜丸に治療して貰った後遺症か・・・
マオ君はとっくに気づいていた可能性が高い、もし春也丸に治療して貰ってから変わったのだとしたら(まあ9割そうだろうけれど)今の今まで気づかなかった自分、不覚だな。
つーかあれだな、簡潔に言えばオッドアイだよなぁ・・・
「明希君、テーブル傾いてるっ!」
「うなっ!?」
恒人君に言われて明希は慌ててテーブルを降りた、まあ野外に置くような安物のテーブルに乗れば当たり前だ、ゆうやと恒人君が即座に支えてくれたのでひっくり返らずにすんだ。
「で、なんの話だったっけ?」
「明希ってなんでそんな記憶力壊滅的なのに成績いいのかな・・・天狗の力をなくしたくないかって話だよ」
「ん〜〜〜うなななな?そりゃなくせるならば〜、みんなに心配欠けなくてすむし?でもそんな切羽詰まってなくしたいってほどじゃあないよ」
まあたぶんそう言うだろうなとは思っていたけれど、せっかくなので恒人君にも聞いてみる。
「恒人君は?塩薙の力なくしたいとは思わない?」
「そうっすねぇ・・・」
恒人君は薄い唇を引き締めて腕を組んだ。
「俺の場合は遺伝子レベルっていうか先天的なものなんで、それは考えたことなかった、というか《ない場合》の想像ができないんですよね・・・そりゃ気づいたのは最近ですけれどもう俺自身はある方向で受け容れてるんでそういう気持ちはないです」
そうか、後天的な明希とは全く事情が違うわけか。
「ただ、俺の場合は塩薙の力をなくすことはできなくても封印する方法はあるらしいです」
「封印?」
「自覚がなくなればいいらしいんですよ、どうも身体能力に関してもメンタルな面がデカイらしくて俺自身が塩薙だって自覚してから飛躍的に身体能力が上がったんです、だから俺自身から《塩薙だ》って記憶そのものがなくなってしまえば、ある意味で封印にはなるらしいっす」
少しばかり興味が湧いたので俺は恒人君のやけに澄んだ、湖面みたいな瞳をのぞき込んだ。
「それをやろうとは思わないの?」
「思いませんね〜、それでも俺が塩薙であることに変わりはないわけですし、それにそんなピンポイントで記憶は消せないから、全部なくさなきゃいけないことになるみたいで」
「全部って!?」
ゆうやがデカイ声を上げたので恒人君はそちらに視線を移した。
「俺が塩薙だと知った日から全部の記憶を消し去らなきゃいけない、それはイヤですよ。あの日から辛かったこともあったけど幸せを感じたこともちゃんとあったから、今後この力が俺の枷になるとしても渡せないかけがえのない大切な記憶です、捨てたくはありません。まあ俺と明希君じゃあまったく事情が違うんでこれは参考になりませんが」
この時、恒人君は無自覚のまま大きなヒントを口にしてくれていたのだけれど、その時の俺はそれに気づかなかった。
「でもさ、んなこと言ったってさ京さんはなくならないって言ってたよ?」
アヒル口になった明希を俺が表面だけ笑って見返せば、口がへの字に変わった。
「なんだよ・・・」
「京さんってどこまでが専門なのかな、と思ってね」
「ん〜〜〜?」
「ご自身があのヴォルバトスに取り憑かれている状態なんでああいった憑き物系には特に詳しいらしいですよ、その他の分野については乱読的だとか」
意外にも答えてくれたのは恒人君だった俺が目を細めてその顔を見ると、困ったように瞬きした。目が大きいと感情読まれやすいから損だよな。
「ちょっと個人的に相談したいことがあったんで、ガラ先輩に繋いでもらったんですよ」
まあ京さんは恒人君みたいなしゃきしゃきしているタイプには好意的だろうな。
さらに顔を見つめてやればまた数回瞬きした。
「しんぢ、表情で急かすのやめろよ、恒人が困ってるだろ」
ゆうやにそう怒られた。俺は肩を竦めてそれを流す。
「でも京さん、あまり自分の話をされない方なんで・・・ただ、京さんみたいな《外法師》だとどうしても全分野にそこそこ詳しくが求められるんで必然的にそうなるらしくて、明希君のことならやっぱり・・・有里家の方に話を聞くのが一番いいと思います」
明瞭に欲しい答えをちゃんと答えてくれる子だった。
「餅は餅屋、か・・・」
有里家、《修験者》の家系。といっても此処は弟子入り自由かつ、本家も世襲制ではないらしい。血の繋がりを絶対とする、いや血脈によってしか《能力》が修得できないタイプの尾下家や塩薙家、濡羽家とはそこが大きく違う。
「ですからその天狗の力をなくしたいって相談なら・・・」
「跳流さんに話聞けばいいの?」
恒人君の言葉を遮ってうにゅ顔で言う明希。
跳流さん、有里家の明希に力の使い方を教えている人物、俺はまだ会ったことがないけれど。
「うな、なんでかな、思いもよらなかったってゆーか考えもしなかったんだけどそんなこと、そっか《なくす》方向に考えてもよかったんだ」
と、うにゅ顔のまま一人で納得した様子。
「もっとてっとり早いのはその天狗・・・春夜丸さんでしたっけ、その方に相談するのがいいかと」
恒人君はそう付け加えた、しっかりしてるなぁ、しすぎてて逆に極限までいじめて戸惑わせたくなるな。変態発言自重パート2。
「俺からは連絡取れないんだよね、それこそこっちと違う次元にいることだってあるし、でも跳流さんなら連絡取れるかも・・・」
「じゃあさ、その跳流さんのとこ行ってみようぜ!」
ゆうやはどこまでもストレートだった、目的があるなら真っ直ぐにそこへ向かうタイプ。
「マオには俺から話すよ、で明希。その跳流さんは今どこにいるんだ?」
明希が口にしたのはこの町から遠い、県外の地名だった。



途中でヤバイとは思ったけれど案の定、マオはそんな大事な相談を自分不在で進められたことを怒っているようすだった、拗ねていると言ったほうが正しいか。どちらにせよ彼は機嫌を損ねると無口になるタイプで、携帯電話越しの無音は少し堪えたが、マオにとって俺はいちいち機嫌を取らない友人という(ある意味で甘やかさない)立ち位置なので適当に、適度に無視して話を進めた。
有里跳流さんにみんなで話を聞くため某県某市への小旅行である。
新幹線なんてブルジョアなものは使えないため鈍行を乗り継いで行くことになるので日帰りは不可能。
まあ俺達も高校生男子、書き置きのみで泊まりがけの旅行に出るぐらいとんでもない冒険というほどでもないが、少しだけワクワクしてしまう。
どうでもいいがプチ家出という言葉はいただけないよな、小旅行、冒険、青春のロマンだ。
まあマオに関してはそのノリで10ヶ月間行方不明という前科があるので親に告げたほうがいいとは思うが。
俺とゆうやは絶対に許可が下りないので無断、明希はそもそも断る理由すらないから黙って出てくるだろう。
出発は明後日、やるなら早いほうがいい。



セカンドバックに必要最低限のものだけ詰め込んで、決行日の朝早く家を出た。とはいえ農家の朝はそもそも早いので自室からセカンドバックだけ外に出し、家族には「散歩に行ってくる」と告げて家を出て、窓の下のセカンドバックを取るという面倒なことをしなければならなかったけれど。
冬ならばまだ真っ暗であろう時間帯、俺は小走りに待ち合わせ場所へと急ぐ、明希とマオは既に到着していて「しんぢ遅い」と文句を言われた。
マオ、わざわざ明希を向かえに行ったんだろうな。
マオはパステルカラーなファッション、Tシャツに薄いベストを重ねていて下はダメージジーンズにこれまたパステルカラーなスニーカー。ハンチング帽にストールといった相変わらずの着道楽っぷりがうかがえる洒落たいでたちだった。
明希のほうはこの前と同じ、ホルダー・トップ、パーカー、ホットパンツだが遠出であることを考慮してか靴はスニーカー。
Tシャツ、ジーパンで来た俺のほうがなんだか馬鹿っぽくなるが、ゆうやも100パーセントTシャツにジーパンで来るので問題ないだろう。
明希は眠そうに目を擦っていて、マオも眠いらしく目の怖さが5割り増しぐらいになっていた。
「ゆうやはまだ?」
「見てのとーりだけどアイツが遅刻とかありえんし、親にバレたんじゃないだろうな〜」
むうっと腕を組むマオ。
「俺、前々から不安だったんだけど、ゆうやっていっつも二階の自分の部屋から木に飛び移って脱出してるけど、どーんとでっかくなったからさ、枝折れたりしないかな〜って」
えらく古典的な方法で脱出しているんだな、逆に憧れる。俺の部屋は一階だけど。
「明希は何処から出てきたの?」
「ん〜?普通に玄関から」
聞かなくてもいいことを聞いてしまった、頭が覚醒しきっていないのか、ミスその1。
まあ明希は気にしてないだろうけれど。
それからすぐ慌てた様子でゆうやがやってきて俺達は始発電車に乗るべく出発した。
朝一番の新快速、2時間ほどこの電車だ。
ボックス席に座って俺達は駅で買ったオニギリで朝食をとる。といっても明希は家から持ってきた林檎を丸かじりして朝食にしていたけれど。
穀類が食べられないと迂闊に外食ができないから損だろう。
それも天狗の力がなくなれば克服されるのだろうか?
有里跳流さんは現在、有里の拠点である神社の一つに籠もっているらしく電話連絡は取れなかったが、いつでも訪ねてきていいと明希は言われているらしい。
窓枠に肘を突いて流れていく景色を眺めながらしゃりしゃり林檎をを囓る明希、『年下の男の子』が頭の中で再生されたけれど、明希の持つ何処か退廃的な雰囲気は林檎を持たせると原罪の象徴っぽくなる。
変態発言自重パート3。
ツナマヨのおにぎりを食べているマオ君は海苔が上手く取れなかったのが不満らしく苛立たしげにビニールをばりばりしている、猫っぽいな。
車内には通勤途中らしいサラリーマンの姿が数人あるだけで静かだった。
「あれさ、もしかしてだけどさ、この面子で此処まで遠出するの初めてじゃねぇ!?」
おまえどんだけ食べるんだよ!?というぐらいたくさんのオニギリを次々に口に放り込みながらゆうやが言った、声がデカイよ、声が。
「そだね、ってゆーか・・・市外初めて?」
「初めて」
首を傾げる明希の言葉をマオが肯定する。
「此処からだよ、このトンネルを抜けたら、市外」
ごうっと三半規管が圧迫されて視界が閉ざされる、古い車体に音を響かせて真っ暗になった窓の外を見る。
異常、と思われるかもしれないが、俺は市外に出るのは初めてだった。
マオはちょいちょい小旅行に出ていたから違うだろうけど、なるほどこんな感覚なのか。
俺達の町を囲む山々、それを抜けていくというのはまるで、檻から抜け出るみたいだ。
マオがよく俺達の住む町をジオラマに喩えていて、上手いことを言うものだと感心していた、ちょうど四方を山に囲まれているのでまさにジオラマなのだ。
だとするならばこの山の向こうにはなにもないんじゃないか、そんなことを思った。
テレビで流れる他の場所の映像は全て作り物で、町を出たらなにもない無の空間が広がっているんじゃないかとそんな想像をした。
薄暗い車内でぽつぽつと流れていくライトの光に照らされる中で俺達はなんとなく無言になった。
永遠みたいに長いトンネルを抜けて、太陽に照らされた風景が広がった時、俺は少しばかり落胆することになる。俺達の町とそう変わらない風景。
当たり前と言えば当たり前なんだけれど、トンネルを抜けたら雪国であって欲しいわけでもないんだけれど、もう少し何かあってもいいんじゃないか?
そんな俺の思考を読んだかのようにマオはふっと微笑した。
まあそうだよな、こんなものだ。
「耳がぼーーーーんってした」
と呟いて明希がピアスに彩られた耳に手を当てて、ゆうやも「俺もだ〜!」と言いながらオニギリを食べることに戻った。
俺も食べかけのオニギリを口に入れる。
こんな感じで俺達の小旅行は始まった。


某県まで新幹線を使用せずに行くというのはなかなか無謀だった、朝食が早かった上に味気なかったのに昼食にありつけたのは2時過ぎで、某県のそこそこ栄えた駅のサイゼリアに入った。
さすがに街並みも都会という感じで感動はしたのだけれど生理的欲求を満たすほうが先だった。
「小麦粉アレルギーなんですよ〜」とか言いつつ店員にメニューの概要を聞かなければならない明希は大変だな。
金銭的にそこまで余裕があるわけではないので財布と相談しつつ、腹と心の満たされるメニューを選んで注文し、がつがつと食べる。
「現地に着くのは夕方だな、ちょっと甘く見てた」
電車の乗り継ぎ等は旅慣れしているマオに任せてある、俺からしたら迷路みたいな駅内をどんどん進んで目的の電車を探し出してくれるマオは逞しくて改めて惚れ直した。
ペペロンチーノを豪快かつ綺麗に食べるマオは携帯片手に電車の時間を調べている。
「地図で見たけどさ、けっこう山のほうだよね、その跳流さんがいる神社」
ハンバーグとドリアを交互に口に突っ込みながらゆうやが言う。
「うん、だから最終的にはバスなんだけど、その時間が載ってないんだよ」
「でもまさかウチのとこみたいに半日に一本ってことはないでしょ?」
うにゅ顔になった明希の言葉にマオが苦笑する。
「全国的にそういうとこは別に珍しくないんだよ」
「そうなんだ!?」
どれだけ世間知らずなんだ、どれだけ。
まあ俺も人のことを言えた立場ではないけれど。
ジオラマの町から飛び出て、俺のテンションは少しばかり上がっていた。
マオがしょっちゅう小旅行に出かけていたのも分かる、けれど・・・
マオやゆうやはいつか町を出ていける人間だ、高校を卒業すれば就職するにしても進学するにしてもあの町から出ることができる。
今の段階ではけしてプラスではない明希の家の状況だって考えようによってはプラスに転ずるかもしれない、明希が出ていくことを明希の家族は止めないだろう。
俺だけがどうしようもない、「家を継ぐ」ことは生まれた時点で決まっていたことで覆らない、俺だけがあの町に縛られている。
死ぬまで縛られている、あの町で生き、結婚し、子供をもうけ、年老いて、死んでいく。それ以外の選択肢はないのだ。
いや、本気でやろうと思えばできるかもしれない。けれど俺に家を継ぐことを拒否し、飛び出すだけの決意がない、あるいは精神力がない、安定したものを全て捨てて、未知なる世界へ出ていく勇気がない。
「しんぢ〜どうしたの?元気ないよ」
気づけば明希がフォークに刺した小エビ(サラダに入っていたもの)を差し出していた。
「あ〜〜ん」
「あ〜ん」
素直にそれを食べる。
「オマエらね、此処は公共の場だよ!?」
ゆうやが呆れるけれどマオは面白がった様子。
「逆に考えてみ、此処にはオレらのこと知ってるヤツなんて誰もいないんだから人の目を気にする必要ないんだよ、明希ちゃん、俺にもあ〜〜〜ん」
無邪気な笑顔を浮かべて明希はマオの口にも小エビをフォークに刺して入れる。
結局その後、開き直ったゆうやも加わって「あ〜ん」大会になった、と言っても食べられるものが少ない明希はもっぱら入れる側だったけれど。
本当に、いつまでだってこうしていたいのに、なんで時間って流れてしまうのだろう。


昼食を終えて、鈍行やらなにやらを乗り継ぎ、ようやく目的の神社付近まで行けるバスに乗り込んだ、既に時刻は5時近い、さすがに疲れたのだろう明希とゆうやは眠ってしまい、マオも口を閉じてぼんやり窓の外を見ている。
未来の保証はないけれど、今を全力で楽しもうという思いで俺達4人は一緒にいるはずだった、でも三刃杜若の一件で未来の保証どころか、なんの前触れもなくその日の日常が壊されてしまうことを知った。いや、正確にはマオが行方不明になったあの時からか、でもあれは円満解決をみせて、その後の俺達は比較的安定していたはずだ。
三刃杜若のことにしても円満とはいかないが解決はしたのだけれど、こちらにまったく落ち度がなくとも、一方的な悪意によって平和が破壊される、そのことがきっと怖いのだ。
当たり前のようにマオの肩に頭を乗せて眠りこけている明希を見る。
俺にとって友人であり、庇護すべき存在であり、受け容れてくれる人。
それはマオもゆうやも同じだけれど、明希の危うい立ち位置はいつだって不安にさせられるのだ、現実から少し浮遊した存在。
その不安の泉はあの一件によって決壊した。
今までそうならなかったのは少なくとも明希が、明希自身の意志でこの世界を選択していること、その一点だった。
でも、明希が選んでいても、まったく別の者の手によってそれが壊れてしまうこともある。
それがとてつもなく怖い。
「しんぢさぁ、《普通》になりたいと思ったことない?」
唐突にマオがそう聞いてきた。
「なりたいもなにも俺は普通だよ」
「ダウト。いやまあ《普通》の定義にもよるんだけれど・・・なんて言うかな、ごく一般的な高校生はさ、たぶんほとんどがこんなことで悩んでないと思うんだよね」
「こんなことって?」
「日常が壊れるかもしれない、とか。友達が殺されるかもしれない、とか・・・」
「まあそうだろうね、ところでマオは自覚あるのかな?」
「なんの自覚だよ?」
窓の外を見たままマオは言う、表情は見えない。
「無自覚に支配的なところ」
「は?」
本当に分からないという調子の声が返ってきた。
「言葉が悪かったよ、天然で人の心を掴んじゃうところ、かな」
返答はなかった、一欠片の自覚もないらしい。
「ミヤ君の統率力とはまたタイプが違うんだよ、彼は適材を適所に置くのが上手いんだ、だから彼の指示・・・助言に従って動くと上手くいく、自然と周りは彼の言うことを聞くようになる、まあ極端な言い方だけどね」
「ふうん・・・俺はなんなの?」
「また極端なもの言いになるけどさ、マオが言うなら俺にしても明希にしてもゆうやにしてもなんでも従うと思う、いや、従ってしまうと思う」
「・・・よく分からんのだけど?」
「マオの号令一つでなんだってやるって言ってるんだよ、そこには正しいも悪いもない」
マオがこちらを向いた。底なしの瞳で俺を見ている。
「カリスマ性って言うとかっこよすぎるけど、そうなんだ。逆に明希は従いやすい、従わされやすいパーソナリティだからね、明希とマオの相性ってある意味で最高だけれどある意味じゃ最悪だ、どちらにでもどこまででも転がる可能性があるから」
「しんぢ、日本語喋れよ」
「喋ってるよ。ちなみに俺は自覚があっても転がれるタイプだからね、ゆうやは迷うかもしれないけれど結局マオについていくことを選ぶと思うよ」
「・・・結論を言うとなに?」
「自覚、いや覚悟を持ってみない?俺達みんなマオにメロメロなんだ」
「貶されてるのか褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からんな、なんだよ、それ」
「もっと極端に言えばマオが棋士で俺らは駒、みたいな?」
「・・・友達だろ、オレらは。上下関係もないし、俺はお前らに指示とか出す気ないよ」
「分かってるさ、でもマオはそういう力を持っている、それは覚えておいて欲しい」
「そう、じゃあ覚えておく」
納得したわけではなさそうだけれど、マオはそう言って視線を窓の外へ戻した。
「うな」と寝ぼけた声を上げて明希が目を覚ました、俺の隣でゆうやも身じろぎして目を開ける、他に乗客がいなかったとはいえ大きな声で喋りすぎたか。
「ごめん、寝てた」
「いいよ、まだ時間かかるからもうちょっと寝とき」
「もう大丈夫」
明希はそう言ってマオの肩から離れると手鏡を出して髪を整える。
「今、どこ?」
ゆうやがぼさぼさの頭をぼりぼり掻きながら言う、足して二で割れ、おまえら。
「まだまだ、だよ、あと停留所8個」
「そういや明希ちゃん。その跳流さんってどんな人なん?」
マオのある意味今更な質問に明希は少し首を傾げてから答える。
「えっとね、良い人」
・・・明希にかかれば世の中のほとんどは『良い人』だろう、親切にしてくれる人全員『良い人』だからな。マオもゆうやも同じ事を思ったらしく、苦笑い。
バスの窓から見える景色がどんどん田舎の風景になっていく。
濃い緑に彩られた山々がすぐ近くにある、都会暮らしの人間はきっとこういう光景に感動したりするんだろうけれど、田舎暮らしの俺には退屈なものだった。
「あとね・・・う〜〜〜ん、ちょっと変な人かな」
どれほど変人でも明希に「変な人」呼ばわりされるのは理不尽だろうなぁ。
「えと、ですね・・・有里家の中では一応重鎮というか支部長みたいな立場らしいの、有里家は塩薙家に次いで構成人数が多いんだって、それでね、春夜丸さんとも仲良しみたい」
「天狗とお友達、ってわけか」
まあ事前情報はそんなものでいいか。
明希は髪を整え終わったらしく手鏡をしまおうとしてこっちに視線をやってゆうやに手鏡を差し出した。
「ゆうや、寝癖ついてる」
「え!?マジで!?」
明希から手鏡を借りて慌てて直すゆうや。なんだかんだいってバランス取れてるな、こういうところは。
「ったく人に会いに行くっていうのに身だしなみとか考えろよな、おまえら」
マオが呆れた様子で俺達を見る。え?そのおまえらには俺も入ってるのか?
無人のバスの中でぎゃあぎゃあ騒いでいたら目的の停留所にはすぐ着いた。
そこから少し歩道のない道路を歩いて行くと小さな山の山道に今にも倒壊しそうな木の鳥居があり、煤けた看板に『烏神社 入り口 関係者以外立入禁止』と書かれていた。
「此処、だね・・・」
「登るのか・・・」
疲労した体に喝を入れて俺達は山道に脚を踏み入れた。
狭い砂利道を歩いていると自然と口数は少なくなる。
「看板怖っ!!看板怖っ!!」
約1名例外がいて、ゆうやはひたすらそう喚いていたけれど。
『此の山、神の持ち物につき一切の持ち出しを禁ずる』
『木の葉一枚でも持ち出せば、寿命が縮む』
そんな看板が随所随所に立っている。
「ゆうやうるさいよ、畏敬の心を持てって意味なんだよ、静かにしろ」
マオにそう怒られてゆうやはようやく口を閉じた。
砂利道の後は狭い石段だった、スニーカーで来て正解だ。俺の前を歩いているのは明希で若干はらはらしながら見守る。別に運動神経悪くはないんだけれど、無意味に危なっかしいからな。しかしこの山道をよくホットパンツで歩けるものだ。
先頭のマオはずんずん進んでいって、俺達の中で一番体力のあるはずのゆうやは俺の背中にはりついてびびっていた。
確かにこの山、独特の雰囲気がある、澄み渡っているのに重苦しい感じ、荘厳という言葉がぴったりだ。
曲がりくねった石段をひたすら登る、たまに開けた場所があると、石の像や小さなお堂があった。手を合わせるべきか迷ったけれど、宗教的に此処がなんなのかよく分からないからやめておいた。
時計の針が6時半をさす頃、俺達はようやく山の頂上にたどり着いた、夏でよかった、他の季節に来ていたら日が暮れていたところだ。
さすがにぜえぜえと息を吐きながら最後の石段を登りきると、大きなお堂があった。
そしてその前に一人の男が立っていた。
地面につくほど長い黒髪を先のほうだけ結って纏めていて、黄朽葉色の着流し姿。
目つきがやけに鋭い、どこか中性的な30代前半の男は俺達を見て言った。
「待っていましたよ、明希とそのお友達。私が有里跳流です。長旅でお疲れでしょう、どうぞ中で休んでください」
柔らかな声で柔らかな微笑みを浮かべて跳流さんは言う。
俺はすぐに分かった。
こいつは喰えない人間だ。
背を向けてお堂の中に入っていく跳流さんの後を追って歩き出した明希がぽんと手を叩いて俺達を見る。
「あ、言い忘れてたけど、跳流さんって人の心読める術を使えるからね」
俺、マオ、ゆうや、オールフリーズ。
いやいやいやいやいや!!それ先に言えよ!!
俺、力一杯「喰えない人間だ」とか思っちゃったぞ!?
がすっ!とマオが拳で明希の頭をどついた。いいぞ、もっとやれ。
「うな!?なにすんの!?」
「あ〜もう、お前知らん、馬鹿、アホ、潜水艦!!」



お堂の中にはなんだかよく分からない前衛的なオブジェのようなものが祀られていた、材質は木か?
冷房のかかっているようなひんやり冷えたそこで跳流さんを上座に向かい合う形で座る。
目の前にはコップに入ったお茶。緊張するなというほうが無理だろう、この空気。
「跳流さん、俺がマオ君達連れてくること分かってたの?」
「それは、もちろん」
そう言って微笑む跳流さん、「もちろん」なんだ。
「私達、有里は情報が早いんですよ。まあ私自身、分かりやすい言葉で言うところの《千里眼》が使えますしね」
やりにくい相手だ、と思ってすぐにそれを打ち消そうとする、心が読めるとか言っていたか、いや、マジでやりにくいな。
「そう構えなくてもいいんですよ、どうせ心が読まれているならば思ったこと全部口に出してやれ、ぐらいの気概で話してもらって結構です。私の方が歳は上ですが若者の無礼は好きですからね」
跳流さんは俺の方を見てそう言った、表情は一切変えていない自信がある、ならば本当に心が読めるということか。
「だったら・・・」
マオが口角をつり上げて目を細める、攻撃モード。
「オレらが何をしに此処に来たかも分かっているんですか?」
「そこまでは分かっていませんよ、いえ、分かっていませんでしたよと言う方が正しいですね」
「つまりオレらが此処に来た時に心を読んで知った、と」
「そういうことになります」
何故か喧嘩腰のマオを跳流さんは微笑ましそうに見ている、大人の余裕なのか修行をつんだ者の余裕なのか。
「そうです、ちょっとズルですね」
と、唐突に跳流さんがそんなことを言いだしたので何事だと思うとゆうやがぶんぶん手と首を振ってた。
「い、いや、別にそういう意味じゃなくてっ・・・ですねっ!!??」
ゆうやは「ずるい」と思ってしまったらしい。
しかし明希は跳流さんのこの「人の心を読める」スキルをなんとも思っていないのか、すごくやりにくいぞ。
また跳流さんの視線が俺を向いた。
「明希の思考は脈絡がなさすぎて読むと疲れるんですよね・・・」
「うなっ!なにか酷いことを言われた!!」
むうっと不満そうな顔をする明希に跳流さんはころころと笑う。
と、いうことはだ、この人が読めるのは表面的な思考のみ、ということか。
「正解です、心の底までは見えませんよ」
跳流さんは俺を見て悪戯っぽくウインクした。
「あんさぁ・・・口に出して会話しようぜ!?」
焦れたように言ったゆうやの言葉でようやく俺も平常心を取り戻した、そうだよな、無理がありすぎるよな、このコミュニケーション。
「オレらが何をしに来たか分かっているなら話は早いんですけど、明希の《天狗の力》をなくす方法はあるんですか?イエスかノーかで答えてください。ないならさっさと帰ります、今晩の野宿できる場所、探さなきゃいけないんで」
相変わらず喧嘩腰のマオをやはり微笑ましそうに見て跳流さんは言う。
「宿のことなら此処に泊まってください。そうですね、答えはイエスです」
ある、のか・・・ずいぶんとまたあっさりと。
「で、明希は本当に《天狗の力》をなくしたいんですか?」
「ん、これがあることで周りに迷惑かけたり、心配かけるならいらないっす」
そこで跳流さんは初めて少し不機嫌そうな顔をした。
「そちらの《マオ君》ではなく明希の意志を聞いているんですけどね・・・」
「ん・・・マオ君の決めたことならそれでいい、っていうのが俺の意志、じゃダメですか?」
マオが明希を見て驚いたように目を見開いた。
なにか言いたそうに口をぱくぱくさせたけれど結局言葉にならなかったらしくそのまま黙る。
「そうですか、では少し待っていて下さい」
そう言って跳流さんは立ち上がって奥の部屋に行き、すぐに戻ってきた。
手には白いショールみたいな布。
「これを明希の羽根にかければ天狗の力はなくなります」
「それだけ・・・?」
ゆうやが拍子抜けした声で言う、俺も拍子抜けだ、それだけのこと?
「それだけです」
跳流さんは中身の見えない微笑みを浮かべた。


天狗の羽根を解放した明希の後ろにマオがショールを手に立つ。
「・・・ほんとにやるけど、いいんだな?」
少し緊張した声のマオに「いいよ〜」といつものどこか抜けた声で明希が言う。
俺は明希の正面に立っていた。ゆうやは俺の隣。
本当にこんな簡単なことでいいのか?
そして俺は間違えていないのか?
明希は無邪気な顔で笑う。
「いいってば、どーぞ」
マオは固い表情のまま明希の羽根にショールを被せた。
その瞬間、羽根は霧のようになって流れて消えた、本当にこんな簡単なこと・・・?
明希の灰色だった右目の虹彩が元のブラウンに戻っていく、本当にこれで・・・?
誰かが口を開く前にそれは起こった。
明希の手が、肩が、足が、細胞単位でほどけるように、まるで桜の花が散るように消えていく、とてつもない速さで消えていく。
不思議そうに見上げてくる明希の顔が消えて、向こうにいるマオの顔がはっきり見えた。
あとにはなにも残っていない、明希の姿はどこにもない、俺とマオとゆうやが呆然と立ちつくしているだけ。
床にショールが落ちているだけ。
不意に遥か昔、まだ幼い頃、祖母達が話していたことが甦る。
『御恵さんのところの息子さんは本当に体が弱いらしくて・・・』
『ええ、十になるまで生きられるかどうかだとか・・・』
体が弱かった明希は天狗の力によって健康を得たけれど、それがなかったら?
明希はそもそも・・・


はっと気づくと俺達は並んで跳流さんの向かいに座っていた。
慌てて隣を見ると明希がちゃんといて不思議そうな顔で俺達の顔を交互に見ている。
今のはなんだったんだ?
顔を見合わせる俺達に跳流さんが言った。
「幻術ですよ、どうでした?」
「どうでしたって、てめぇ・・・」
食ってかかろうとするマオに跳流さんは微笑を浮かべたまま言う。
「明希が天狗の力をなくしたらどうなるか、ですよ。口で言うより早いでしょう?」
「貴方、性格悪いって言われるだろ?」
思わず俺が言うと跳流さんは楽しそうに笑った。
「ええ、よく言われます・・・でも今見せたものが結果ですよ」
「ん、俺はあの時、春夜丸さんから貰ったものを食べなかったら、今生きてなかったってことですか?」
明希の口調から焦りや戸惑いは感じられない、まるっきりいつもの調子だった。
「そうですね、とうの昔に病気で亡くなっています」
「そして今も天狗の力のおかげで生きている?」
「というよりはねじ曲がった法則と同化していると言った方がいくらか正しいでしょうね、曲がった部分を直せばそもそも生きているはずのない明希は消えてしまいます」
きっぱりとそんなことを言われたのに明希は特に傷ついた様子も驚いた様子もなく頷く。マオとゆうやがへたり込むように足を崩した。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ・・・」
少し涙声になったマオに跳流さんは困ったように首を傾げた。
「そもそも、ですけれど。貴方達が感じている《不安》はそこまで切実なものなんですかね?それこそ杞憂に近いように私には見えるんですが・・・」
「しかし実際、三刃杜若に明希は殺されかけましたよ」
俺がそう返すと跳流さんは目を細める。
「彼のようなタイプはほとんどいません、それは保証します。貴方達は《町を歩いていていきなり刺されたらどうしよう》と怯えているのと同じですよ。確かに可能性は0ではありませんが、それを怖れて町を歩けなくなったら本末転倒です・・・そんなことを考えて生きていたら楽しくないでしょう」
「でもっ・・・」
マオが叫ぶように言う。
「明希が犬神に襲われて、血まみれで横たわってるの見て・・・あの映像がずっと頭から離れないっ!分かってるよ、過剰な心配してるって、でも・・・」
「一つ勘違いをしていますね、《マオ君》。それは貴方自身の問題であって明希の問題ではありません、貴方の心の問題は貴方の中で決着をつけるべきです。それを明希に押しつけるのはエゴですよ」
きっぱりと冷ややかな声でそう言い切って跳流さんは俺に視線を移す。
「自覚があってやっている貴方はもっと悪質ですからね」
「・・・言われると思いました」
「マオ君達を悪く言わないでよ」
珍しく怒った声を出した明希に跳流さんは困り顔。
「明希にそう言われてしまうとなにも言えなくなるんですけどね・・・まあ貴方達がその微妙なバランスの上に立った関係に満足しているなら私が口を出す必要はないですか・・・」
「えっと・・・あんさ。あの、実際問題として、だけど!?」
ずっと頭をかき回しながらなにか考えていたゆうやが口を開く。
「明希の力ってやっぱりこう特殊?なわけで、それが今後・・・どうなったりするのかなとか思ってみたりなんかして・・・」
語尾がだんだん小さくなっていって最後はほとんど聞こえなかったが跳流さんは頷く。
「明希がどうしたいか、どうするかそれに尽きるでしょうね。能力としてはレアですが一般社会に混じれないということはないタイプのものですし、そのために私が力の使い方を教えているわけですから・・・」
そこまで言って跳流さんはクスリと笑った。
「私の友人に変わった能力を持った人間がいましてね、私のような表面的な思考ではなく人の心の底が具現化して見える、そういう力をもった人がいます」
跳流さんは自分の右肩を指さして続ける。
「丁度この辺りにもう一つ顔が見えるそうです、それこそ化け物みたいなものが見えることもよくあるらしいんですが、その人はどうやって生活していると思います」
ちょびっと泣いていたのかマオが手の甲で目を擦りながら答える。
「そんなん、人との接触断って生きていくしか・・・」
「と、思うでしょう?その人は東京で貸しスタジオの管理人をやっているんですよ、いつも受付で煙草くわえてちゃんと接客しています」
「・・・は?」
俺は思わずそんな声を上げてしまう。
だって人の心なんて見たくもない、そして見えてしまったらまともにつき合えない、そういうものじゃあないのか?
「気にしないんですよ、その人は。見えたものが醜かろうがおぞましかろうがなんだろうが、対面して話す言葉の方を重要視するんです。まあ嘘は100%見抜けてしまうんですけどね、基本的に気にせずに相手と接するんだそうです。ちなみに私の心の底はなかなか酷いらしいんですけどねぇ・・・まあどんな能力を持っていようが全部その人次第でどうにかなってしまうものなんだと、私はその人を見ていると思いますね」
《異端》であっても《特殊》であっても、それは生きる上での障害にはならない、ということか。もちろん《その人》だってその境地に辿り着くまでにいろいろあっただろう。
同時に思う、天狗の力だとか犬頭だとか猫の目だとか飛縁魔の手だとか塩薙の血だとか、そんなものじゃなくても、そういったものじゃなくても俺達はそもそも一人一人が《異端》を抱えて生きている。
それと折り合いをつけて、乗り越えて、生きていくのは誰でも同じことなんじゃないかと。
「いきなり答えを出せとは言いませんよ、貴方達はまだ若い、ゆっくりと考えて下さい、この世界だってそのくらいの時間の余裕はありますよ」


日はとっぷり暮れた、蝋燭の灯りの中、俺達は跳流さんのご厚意に甘えて泊まらせてもらうことにした。お堂の中で布団をひいて並んで横になる。
跳流さんは夜は修行の時間だとかで出ていってしまったので俺達4人だけ。
疲れてはいたけれど、誰も眠っていないだろう、ゆうやのわざとらしい寝息が聞こえてくるし、マオは何度も寝返りをうっていた。
明希は目を開けたまま天井を見ている。
話したいことはたくさんあったけれど、言葉になることなんて一つもなかった。
ただ、跳流さんに言われたことを一言一句丁寧に噛み締めて考える。
確かに不安に思うことなどないのかもしれない、俺達は今のままで充分に幸せだ、多少壊れた関係であろうとも、それが俺達の平穏で平和だった。
マオにたとえそれが良かれ悪かれついていくとは言ったけれど、それはどこかでマオならば選択を間違わないとそう信じているからだ。
『お前っていつも笑ってんのになんでそんなつまらなそうなの?』
マオが初めに俺に声をかけたとき言った台詞。
どこか猫を思わせる表情と瞳で俺を見上げてそう言った時、あの瞬間から全部マオに預ける覚悟ができていた。
俺を見抜いた上で受け容れてくれる人間が現れたとそう思ったから。
まさかそのあとに明希とゆうや、二人もそんな人間が出てきたのは予想外だったけれど。
でも、俺の心は平穏を得た。
初めて心が安らいだ。
未来なんか見えなくても、夢も持っていなくても、ただそれだけでよかった。
例えば何年か後、他の三人が町を出ていって、俺一人残されたとしても、時折来る連絡だけで、あるいは一緒にいた思い出だけで生きていける自信がある。
もちろん寂しいけれど。
いや、違うのか・・・俺も選択していいのか。
未来、とやらを。
ゆっくりと考えてもいいのか。



「おっきろぉぉぉぉぉ!!」
突然、頭の上からそんな言葉が降ってきた。いつのまにか眠っていたらしい、格子戸の向こうに僅かに白み始めた空が見える。
「明希・・・まだ明け方じゃ・・・」
「起きてっ!!ほら早くっ!!」
寝起きで不機嫌全開のマオに怯むことなく明希は俺達の枕元で仁王立ちになって叫ぶ。
真っ先に起きあがったのはゆうや。うん、さすが体育会系。
「明希、俺は変温動物だから・・・」
「しんぢ、嘘つくなっ!」
明希なら騙されると思ったのに。
「・・・前世スピノサウルスだったから」
「うな!?マジで!?」
明希の信じる、信じないの基準はどこにあるのだろう・・・それで研究論文書けそうだ。
「嘘です、俺の前世はソクラテスです」
「じゅ、十二の功業を成し遂げたの!?」
・・・えっと、あれ?
「それはヘラクレスじゃ!!ソクラテスはギリシャの哲学者!!」
マオ、突っ込みで起床。さすがだな。
「そうか、愛知県だね」
「たしかにフィロソフィアは愛知と訳せるけど関係はないっ!」
びょいんっとバネ仕掛けのように跳ね起きてマオは明希の頭にチョップを入れる。
ついでに「起きろコラ!」と俺の頭に蹴りが入った。
寝起きのドSマオだった。
「明希がおはようのちゅーをしてくれたら起きます」
「・・・俺がしてやろうか?」
マオの声が低くなったので俺は慌てて起きあがった、この人ならマジでやりかねないからな。
「で、明希。なんなのさ」
ぼさぼさになった頭を掻きながら口を尖らせるゆうやに明希はにっこり笑って言う。
「ちょっと今すぐ外出るよ!!」


外に出てお堂の前の少し空いた空間に集合。なにが始まるんだ、いったい。
「ちょっと円陣組んで〜といってもアウストラロピテクスじゃなくてね」
「猿人な〜って!!言われんでもわかるわ!!馬鹿、阿呆、脳なし、天然、マゾ、露出狂、キス魔!典型的B型っ!」
明希の軽いボケ(いや、本気の可能性もあるが)に悪口を連呼するマオ、どれだけ寝起き悪いんだ。
「猿でもなく、エジソンが発明したものでもなくてね」
「エンジンのことを言いたいのなら、エンジンを発明したのはエジソンではないよ?」
俺がそう言うと明希は心底驚いた顔をした。楽しい勘違いをしている子だな・・・
「なんでこんなヤツが俺より成績いいんだ・・・」
「それに関しては全面的に同意だよ・・・」
マオとゆうやが頭を抱える。
「炎神戦隊ゴーオンジャーに出てくる機械生命体でもないよ〜?」
「《マッハ全開!》うるさい黙れ、明希と違ってそんな愉快な勘違いしないんだよ!円陣組めばいいのね!」
律儀に突っ込みを入れてからマオは俺達を押して円陣を組む形になった。
円になって手を繋ぐ。
明希、マオ、ゆうや、俺の順番、つまり俺の正面に明希。
なんだ、宇宙人でも呼ぶのか?
「ちょっと静かにね、驚かないでね、あと絶対手を離さないでね」
そんなことを言って明希は天狗の羽根を出現させた、なんだか前より大きくなっているそれを羽ばたかせて微笑を浮かべる。
次の瞬間、俺達の体が宙に浮いた。
物理法則的におかしい、明希は飛べるからともかく手を繋いでいる俺達も浮くなんて、おかしい。そういえば繋いだ手が、マオとゆうやの手が異様に熱かった。
能力というか小技みたいなものか・・・
ぐんぐん俺達は空へ向かっていく、どんどん地面が遠くなる、お堂の屋根が見えてそれもすぐに遠くなって山の全体が見える。
目の前を鳥が飛んでいく。
どれだけ高く上がったのか、空中で停止した。
濃い緑の山々、街並みが見渡せる、360度のパノラマ、こんな高いところから景色を見たのなんて初めてだ。
「すげ・・・」
ゆうやが呟いた。
「しんぢ、後ろになっちゃうけど見て」
そう言われてふり返ると海が見えた、初めて見る海、水平線。どこまでも続いているかのようなそれ、あの向こうにまた別のものがあるなんて想像もつかない。
でもジオラマだった俺達の町を抜けてもちゃんと世界があったようにあの向こうにも存在するものがある。朝日が町を山を海を、世界を染め上げていく。
呼吸を取り戻すように、息を吹き返すように、光に照らされて。
「ねえ、わりとさ、思ったよりもこの世界も綺麗だよ」
視線を戻すと明希が微笑んでいた。
「つまんねぇなと思ってたけど、それって見ようとしてなかったからなんだよね、まあ見られるようになったのはみんなと会ってからなんだけどさ」
柔らかな明希の言葉を、美しすぎる世界を目の前に聞く。
「一人でいた時は全然分からなかった、でもみんなで遊ぶようになってからさ、星が綺麗だな、とか川のせせらぎが綺麗だなとか、そういうの分かるようになった・・・でもさあ、俺がいて逆にみんなが辛くなっちゃうのはイヤなんだな〜。迷惑かけるのも心配かけるのも友達だったら当たり前だけどさ、辛くなっちゃうほどだとね、ちょっと違うよね。ねぇ俺はいてもいい?俺と一緒にいたい?」
俺は待つ、ゆうやも待つ、マオの選択を待つ。
絶対に最良の選択をしてくれる彼の言葉を待つ、壊れていて正常な、その決まり事。
「俺は明希といたい、ゆうやともしんぢとも一緒にいたい」
マオは笑う、笑って俺達を見る。
「この先もずっと一緒にいたい、高校卒業してばらばらになってもずっと友達でいたい、会いたくなったら会いたい、未来なんてどうなるか分からないけど、まだ夢も持ってないけれど、一つだけ願うならずっと、友達でいたい」
ほら、最良の選択をしてくれる、俺達の心をちゃんと知っている。
何処までもマオに心を委ねている。
4つで1つの答えはいつも彼の口から。
「だったらそうしよ?」
笑い合う俺達は初めて《未来》の約束をした。



「ところで明希、高所恐怖症じゃなかったっけ?」
「うななななななななななななっ!!!忘れてた!!どうしようめっちゃ怖い!!」
「・・・それって高所恐怖症なのか!!??」
「ある意味、オレららしいオチがついたな」
空中散歩、終了。



「またいつでも来て下さい」
と微笑む跳流さんに最後の置き土産と本音として「二度と来ねぇよ」と言ったら嬉しそうな顔をされてしまい妙な敗北感を感じながら帰路につく。
まだ夏休みは長い、めいっぱい楽しもう。
払拭されきらない不安と戦おう、一人ではない、みんなでちゃんと解決していこう。
そして考えてみよう《未来》とやらに挑んでみよう。
それぐらいの時間は保証されているらしいのだから、ゆっくり迷うのもたまにはいい。
最高の仲間がいるのだから、きっと大丈夫だ。


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