ドウタヌキ?


#6依代ファイター


初夏から秋にかけ、思えば騒乱の日々だった。濃くて熱い日々。
俺はたくさんのものを得て、幾つかを失った。
しかしその日々は間違いなく俺を成長させてくれたのだ。
そんな中、とても近しい位置にいながら徹底して脇役だったアイツ。
アイツが脇役に徹した理由は単純明快。アイツ自身が戦い続けていたからだ。
俺の知らないところでずっと戦っていた。
敬愛する人を、救ってくれた人を、今度は自分が救うために戦っていた。
むしろアイツの全ての日々が戦いだったのだ。
俺はそんなアイツを誇りに思う。
最高の悪友だ。
では始めよう、その身を神に預けた友人の物語を。


依 代 フ ァ イ タ ー


夏休み明けのだらけたムードは消え去り、校内はにわかに慌ただしくなった。
文化祭がすぐそこまで迫っている。
元々ヤンキー気質な青嵐高校は音頭を取る人間さえ上手ければ一致団結するのも早く、それにかけるエネルギーも大きい。
俺のクラスもミヤ君の指導のもと演劇練習に励んでいた。
ちなみにアングラ演劇である、時代遅れもいいところだが、やりだしてみると意外と楽しく、クラスでオーディションを行った結果、投票により俺はそこそこ重要な役を頂いてしまった。
放課後残って練習をし、休憩時間に廊下に出るとこちらに駆けて来る二人の人物。
「たつろー先輩!」なんて言いながら走って来た後輩で美少年な明希と恒人に俺は一瞬ニヤケてしまった。
良い絵じゃないか。
明希はたれ目でほえーとしていて恒人はぱっちりとしたつり目で凛々しげ、バランスも良い。
あくまで美少女ではなく美少年なので甘酸っぱいというよりほろ苦いが。
「逹瑯先輩、助けて下さいっ!」
恒人が珍しく狼狽した様子で言った。
「大変なんですよ〜」
明希は相変わらずうにゅっとしていて大変そうには見えない。
「どうしたんだよ?」と俺が一応聞けば恒人が口を尖らせた。
「マオ先輩が俺達にメイド服着るように強要してくるんです!!」
・・・なにしてんだあの脳内春。
留年して一年先輩なのを逆手に取って同じクラスの二人に無理難題を吹っ掛けるなんて。
「なんでメイド服なんだよ・・・」
「ウチのクラスは喫茶店やるんですよ〜そしたらマオ君が喫茶店にはメイドだろ〜とかで、俺と恒人君にメイド服着て呼びこみしろって!」
明希はやはりうにゅ〜っとしている。
無駄にほっぺたとかつねりたくなるなぁ・・・
「どうして男子である俺達がメイド服を着なきゃいけないんでしょうか?」
恒人は首を傾げている。
まあこの二人がメイド服を来たら、他校からくる女子生徒はどんどん引っかかるだろうな。場合によっては勘違いした男も釣れるかもしれん。
「お前ら逃げるな!」
と駆けてきたのはマオ。
さて、どうしようかなぁ。
「逹瑯先輩、助けて下さい!」
「たつろー先輩、マオ君をどうにかしてくださいよ〜」
明希が右袖を恒人が左袖を引っ張って上目使いに訴えてきた。
この状況をオイシイとか思ってしまう俺もかなりヤバイな。
「なぁにニヤケてんの、逹瑯君は」
マオは意地悪く口角を釣り上げた。
「ニヤケてねぇよ。マオこそ後輩に変態行為強要するのやめろよな」
「はぁ!?女装は文化だよ。文化を文化祭でやることに問題ないって!客をたくさん呼びこめたほうが儲かるし、投票がよければ賞品だって貰えるんだよ?」
「嫌がる奴に無理矢理やらせなくてもいいべ?」
「他のクラスの奴が口出ししないでくれるかなぁ・・・」
俺とマオが火花を散らし合っていると、恒人がぱっと離れて叫んだ。
「浅葱さん!なんとかして下さい!」
「あ、浅葱先輩〜!」
明希もすぐに俺から離れる、振り返ると浅葱が優雅に微笑みながら立っていた。帰りはベンツが迎えに来そうな雰囲気をたたえた浅葱は恒人と明希の必死の訴えを頷きながら聞いている。
俺の存在は無視かよ!!
そりゃ浅葱の方が頼りになるだろうけどさ・・・
マオの方を見たら見透かしたように鼻で笑われた、ムカつく!!
話を聞き終わったらしい浅葱がゆっくりと頷いて言う。
「でもツネ、クラスで話し合って決まったことなんでしょう。それなら俺じゃなくてクラスのみんなと話さなきゃダメなんじゃないかな?ツネや明希君がどうしてもイヤならそこをきちんと話しあわないと」
教師より教師らしい生徒だなぁ、浅葱って。
恒人と明希も神妙な顔つきになって浅葱を見ている。
それから恒人は浅葱に頭を下げるとマオのところへ行った。
「マオ先輩すいません、俺が我が儘を言いました。クラスの話し合いで決めたことですから、精一杯頑張ります」
「え!?・・・あ、うん」
マオは虚を突かれたとでもいう様子で曖昧に頷いた。
なんていうか恒人も一周回って天然だよなぁ・・・
「そだね、マオ君、俺も頑張る」
拳を振り上げる明希、こいつはあれだ、単なる馬鹿だな。
俺は置いてけぼりだよ。
魚を置いてけだよ、ホントに。
「まあ、中学時代に無理やり女子の制服着せられたこともあるんで・・・俺ってそういうキャラ立ちなんでしょうねぇ」
恒人の言葉にマオがものすごい形相になった。っていうか俺もなっていた。
「恒人って清和中だっけ?」
俺が一応確認すると恒人は俺達の表情に不穏なものを感じたのか怯えながら頷いた。
「あそこの女子制服・・・セーラーワンピ!!男の夢!!」
マオが高らかに拳を掲げた。
セーラーのワンピースなんだよな、私立中学だから制服凝ってるんだ。
でもアニメのコスみたいに安っぽくなくてどちらかというと清純なお嬢様系に見える丁重な作りで・・・あれを見たいがために清和中学校の近くまでいく馬鹿な男子もいた。
俺も行ったけど。
町はずれにあるから遭遇率低いんだよ。
下校時刻になると外車のお迎えが来る子とかが通う学校ですよ。
「恒人、写真とかないの!?」
「いや、俺の母校の制服が人気あるのは知ってるんですけど・・・なんでいきなりテンション上がったんですか?」
「だって、恒人君着たんでしょ!?めっちゃ美麗だっただろうなって!!」
マオが自分を見失っている。
「落ち着いて下さい、俺は男子です。卒アルでもなんでも持ってきますから女子で可愛い子を探して下さいよ」
・・・あ。
そっか、そうだよな。
いかに恒人がそこらの女子が足元にも及ばないほどの美人とはいえ、男子だった。
「うん、そうだね・・・長らく女子って生き物を見てないから・・・」
マオが遠い目で言った。
俺もどうかしていた、ユッケの変態が感染したのかもしれない。
納得したマオとぼんやりしていた明希と一緒に自分のクラスに戻ろうとする恒人に手を伸ばし腕を引く。
「ちょっと話あるんだけど、いいか?」
「ええ、かまいませんけど」
恒人がちらりと俺の後ろを確認するので俺も振り返った。浅葱が頷いて自分の教室に戻って行く、こういう気づかいが上手いのが大人を感じさせる。同級生なのに。
いや、まて、あれからずっといたのか。恒人の女装に我を忘れていたところも見られたのか!?
・・・とりあえずその問題は後回しだ。
「あのさ・・・ガラから連絡って来てない?」
あれ以来、ガラは行方不明のままだ。親御さんも納得の上の長期旅行扱いではあるが、携帯電話の存在があたりまえである現代、一ヶ月近くも連絡が取れないのはやはり心配だ。
「いいえ、その口ぶりだと逹瑯さんにも連絡なしですか・・・」
「うん、ちなみに京さんにも新倉先生にもないみたいだけど・・・恒人はいなくなる前にガラからなにか聞いてない?」
窓から俺が声をかけたのと、荷物を取りに帰ったであろう自宅の人間を除けば最後にガラと話したのは恒人だ。
「いいえ、俺は誰かがガラ先輩を探そうとしたら止めるように言われただけで・・・」
「その約束って今でも有効なの?」
「ええ、有効ですよ」
きっぱりと言った恒人のガラス玉みたいな目がギラリと光った。
こいつとバトルするのはもう嫌だ。
「じゃあ、なにか・・・気づいたことってない?」
恒人は小首を傾げて、目を細める。
「気づいたっていうか、前から疑問だったんですけど」
「なんだ?」
恒人の頭の良さに期待して俺は身を乗り出す。
「どうしてガラ先輩のことをみんなガラって言うんですか?」
「拍子抜けだよ、そんなのアイツがガラって呼べって言うからだろ・・・」
「いえ、逹瑯先輩や俺達は分かりますよ、友人ですから。でも新倉先生もガラって呼ぶのは変じゃないですか?いかに型にはまらない人とはいえ、まがりなりにも先生なんですから。ミヤ先輩のことは矢口ってちゃんと呼んでますし」
「それは・・・」
「明希君が言ってたんですけど他の先生も直接呼ぶ時はガラって呼びかけてるみたいなんですよ。さすがに変じゃありません?どうしてたかがあだ名をそこまで徹底させる必要があるんでしょうか」
確かに変だ、言われるまで何の疑問にも思わなかったけれど、おかしい。
最初にミヤ君が「浅田君」って呼びかけた時もすぐに「ガラ」と呼ぶように訂正していた、俺は単純に変な奴だと思っていたけれど、考えてみれば変だ、確かになんでそこまで「ガラ」という呼び方を徹底させる必要があるのだ?
ミヤ君に相談をと思ったけれど、ここは新倉教諭に聞いた方が手っ取り早いだろう、教室に戻ると携帯電話のランプが点滅していた。
新着メール100件、全て恒人を除く青バスチームの4人からの空メールだった。
怖っ。
空メールなのが怖い・・・
情報化社会って怖い・・・

休憩時間中も台本の見直しやらなにやら忙しそうなミヤ君の背後に立つと視線を落としたまま鬱陶しそうな声。
「廊下で馬鹿な話をするんじゃねぇよ・・・オマエの声はやたら通るんだから」
「いやいや・・・聞こえてたんならさぁ」
「・・・ガラ君のことならもう一回恒人に聞いてみろ」
「へ?」
意味が分からず首を傾げるとミヤ君は振り返って俺を見た。
「清和中なんだろ?ガラ君も清和中出身だったはずだ」
「え・・・マジで・・・」
まあ、俺らの誰とも被ってないし、私立なのかなとは思ってたけど清和中だったとは知らなかった。
「おぼっちゃまだったんだ、アイツ・・・」
「考えてみれば、俺達ってガラ君のこと何も知らないんだよな。保健室登校ってとこに踏み込むべきじゃないって思っていたからってのもあるけど・・・それでも何も知らない」
確かにそうだった、ガラ自身に踏みこんで欲しくないような雰囲気はあったけれど、もう少しお節介でも詮索していれば、京さんと新倉教諭が繋がるのだって早くなっていた気もするし・・・
「めちゃくちゃ頻繁に遊んでたわけでもないし、オマエに比べりゃ俺はガラ君とのつき合い短いけどよ・・・寂しいし、心配だよな」
「ん・・・そだね」
「もうすぐ休憩終わるがオマエの出番は後回しにする、20分で済ませてこい」
そんな頼もしくありがたい言葉に後押しされて俺は教室を出た。
ロッカーの前にいたユッケに恒人が清和中であり、女子制服を着用したことがあると親切にも教えておいてやる。空メール100件の恐怖、俺以外にも味わうべきだ。


恒人が所属する1年B組、マオと明希もいるこのクラスも文化祭の準備でい残っている生徒が多くいた。入口近くの子を捕まえて恒人を呼ぶように言うと少し困惑した様子で頷いて奥へと入っていく。
無駄に1年生に威圧を与えてもよくないので廊下で待っていると、少しして恒人が出てきた、さっき会ったばかりなんだけど。
「どうしましたか?」
「ん〜いや、さっき清和中だって話したじゃん」
私立清和中学。明希とゆうやのいた芳春が進学校、浅葱と涙沙のいた凍凪が自由な校風という住み分けでいくならば清和は主にお金持ちの子が通う学校である、校舎は別だが本来、小学校から高校までエスカレーター式、大学はさすがに試験があるが清和大学というのがある。
文武両道を謳い文句にしており、部活も強豪揃い、バスケ、サッカー、ソフトボール、バレー、陸上、それから吹奏楽部と合唱部が強かったはず。
なんだかガラのイメージに合わないな。
「ガラもさ、清和中だって話なんだけど・・・」
「うぬ!?」
恒人はでかい目をさらに大きく開いて驚いた顔。
「知らなかったのか?」
「知ってたら言ってますよ・・・ん〜・・・」
今度は目を閉じて首を傾げる恒人。
「いや、ウチの中学って縦繋がりは部活しかないんですよ。校舎が完全に別で、一緒になるとしたら校門だけなんですよね・・・だから他学年の話ってほとんど入ってこなくて・・・」
「そうなんだ!?」
なら知らなくてもしかたないか、保健室登校児という以外、目立つ要素は皆無だしな。
「まあ、中学時代の知り合いに連絡取ってもいいですけど、あまり期待しないで下さい」
そういやこいつ、バスケ部はクビになったんだっけ?ならなおのこと縦の繋がりはゼロか。
「ん、同じ中学なら何かってレベルだからあんま無理しなくていいよ」
「いえ、他ならぬ逹瑯先輩の頼みですから完遂してみせます」
頼もしい後輩だ。
つーかカッコいい。
「そういや結局メイド服は着るのか?」
「はい。クラスで決めたことなのに駄々をこねる様なマネをしてしまってお恥ずかしい限りです。今日は帰りに型紙やらなにやらを買う予定ですよ」
「ってオマエが作るの!?」
「手先は器用なので、既存のものよりは良いでしょう。今はデザインのアイディアを出し合っているところです」
恒人ははにかむように笑って言う。
「実は俺・・・同学年に友人と呼べる人がいなかったんですよね、明希君とマオさんが初めてで・・・」
いや、青バスメンバー以外といるとこ見たことないから実はもなにも周知のことだと思うんだが。
「考えてみればマオさんが俺にこんな大役を申しつけてくれたのも、クラスに溶け込めていない俺を気づかって下さったんでしょう。さりげない優しさが素敵な人です!」
いやいや、マオの趣味だろ完全に。なんでコイツまで面白キャラになってんの?
「俺のように小生意気な人間にマオさんも明希君も屈託なく接して下さって本当に助かってるんです、ATフィールド溶けまくりですよ」
無邪気に言う恒人は確かに以前と比べて柔らかい雰囲気になっていた。
大人になっていた。
考えてみれば当たり前か、みんな少しづつだけれど、変わって成長している。
心だって成長期なのだ、変わるのが自然なのだ。
特に夏休みを挟んで、みんなぐっと成熟したように見える、俺自身だって色々と変わっている。
じゃあガラは?
アイツも何かが変わったから?
「逹瑯先輩、ガラさんならほどなく戻ってくると思いますよ」
「・・・なんで?」
「いえ、俺が足止めを約束していますからね。その約束を守るのが不可能になるほど長い期間じゃないように思うんですよ」
探して欲しくない理由があるにしても、それがずっとというわけにはいかないってことか。
確かに一理ある。
「そっか、そうかもな・・・」
「あとさっき思いだしたんですけど、俺が清和の女子制服を着用している写真ならば涙沙さんに渡したので涙沙さんから見せてもらって下さい。まあ見る価値があるとは思えませんけどねぇ」
裏のラスボスが所持してんじゃねぇか!!
なんで、なんのために持ってるんだって突っ込むべきなのか!?


約束の時間が近づいていたので教室に戻る、20分ギリギリだった。
そんな際どいセーフにも関わらず、ミヤ君がへにゃっとした笑顔で俺を見るものだからついつい俺もへにゃっと笑って近づいて行った。
目の前に着くと、携帯電話がつきつけられる。
「涙沙君からメール。頼まれた画像を送ろうとしたけど、何故か送信できなかったから俺のところに送ったそうだ」
荒い画像ファイルは写真をさらに携帯カメラで撮影したもので、白のラインが入った黒いセーラーカラーに赤いスカーフ、セーラーカラーに合わせるには珍しい黒く丈が短いブレザー、腰が絞ったワンピースも黒だけれどスカート下には控えめにプリーツがあり、その裾からは白のフリルが微かにのぞく、スカート丈は膝よりやや上・・・というどう考えても製作者が萌えというものを理解していたとしか思えない、しかし清和中学で正式採用されている女子制服をを纏い、髪をおさげに結って困惑したように微笑んでいる、今より幼い恒人の写真だった。
「オマエはなにしに行ったんだ?」
そのへにゃ顔の中で細い瞳に爛々と『殺意』の二文字を浮かび上がらせたミヤ君に俺はどう釈明すべきだろうか・・・


翌日の放課後も文化祭の準備。ガラの帰りはやはり大人しく待つべきなのかなって気持ちになってきていた。
あの後、ミヤ君から本気のラリアットを喰らい3メートルは吹っ飛ばされたため、首が痛い。ちなみに普通ラリアットで人は飛ばない。
助走なしのフラインググラリアットというだけでもう高校生技じゃない。犬頭の力かと思いきやユッケが「ミヤ君のぶっ飛ばしラリアット久々に見たナリ〜〜!!」とかはしゃいでいたので昔からのようだ。
聞いてみれば小学校時代からの得意技なのだとか。つーかこの人に犬頭が憑いてるって反則なんじゃとか思う。
クラスメイト達は新たな戦慄を植え付けられ、文化祭の準備をサボろうとする人間は皆無になった。
席を外していた俺が戻ってくるなりラリアットで飛ばされたのでサボった制裁と勘違いされたらしい。その点に関しては後輩の女装画像転送してもらって怒られたと思われるよりましなので別にかまわなかったが、首の痛さはどんどん酷くなるのでミヤ君に、友達に対する態度とは思えないほど下手に出て頼んだら保健室に行くのを許可された。
助走も予備動作もなしでそんなラリアットをかましてくる人相手なので、屈んで首を庇いながらお願いしたのがよかったのかもしれない。
保健室が近づいてくると、喧騒も遠くなる。俺は痛む首をさすりながら保健室の扉を開けた。
新キャラさんがそこにいた。

ショートボブの黒髪に甘いマスクの二枚目、背は俺と変わらぬほど高く、俺と違ってすらりとしたモデル体型。綺麗に引き絞られた身体に流行りのファッションを纏った文句なしのイケメンお兄さん。
・・・誰だ、この人。
「あの・・・どちらさまっすか」
俺の問いにその人は笑顔。甘いマスクに反して笑顔はやんちゃだった。
「君はここの生徒さんだよね〜。俺は薫君に用があって来たんだ」
新倉教諭の知り合い、か。
いやいや、部外者は一応立ち入り禁止のはずなんだけど。
「俺は原 敏弥って言うのよろしく!」
やんちゃな笑顔で手を差し伸べて来る敏弥さん。
敏弥・・・というと新倉教諭の手紙の中に出て来た人だ、大学時代、京さんや新倉教諭とつるんでいた仲間。
俺が無言で差し伸べられた手を見つめていると敏弥さんは照れたようにその手を引っ込める。
「繊細だねぇ、最近の若者は!」
なんだろう、なんていうか、この人・・・ユッケとか英蔵とかと同じ香りがするんだが・・・カッコいいのに、全身からいぢって下さいオーラが出てる。
とはいえ俺も初対面の年上のお兄さんに絡む気はないので、敏弥さんが座ろうとした椅子を後ろに引くだけにしておいた。
見事に尻から床に落ちた敏弥さんは、やはりやんちゃな笑顔のまま言う。
「悪戯っ子だねぇ君!」
うわぁ・・・イラっとする。
「新倉先生なら今、職員会議だと思いますけど」
「はは、薫君って先生なんだよねぇ。いいよ勝手に待たせてもらってるし。で、君は何しに来たの?」
「保健室に来る理由なんて限られてるじゃないですか〜」
「ん〜・・・どっか怪我?病気?お兄さんが手当てしてあげよっか」
ノリが変だな、この人。まあ新倉教諭と京さんの友人、まともなわけがない。堕威さんも変だもんな。
俺は勝手に棚を漁って冷湿布を取りだした。まあ、これでいっか。
敏弥さんはとりあえず無視、これ以上会話をするとドSが覚醒してしまう。
「君ってさ、もしかして岩上逹瑯君?」
しかしいきなりフルネームを呼ばれたらさすがに答えざるおえない。
「・・・そうっすけど」
「やっぱり、薫君から聞いてるよ。俺と同じぐらいの背で、眼帯してるパグ顔の子!」
プチ殺意を押し殺して俺は改めて敏弥さんを見た。
イケメンなのにやはりいぢり倒したくなるような謎の空気。
というかこの場から意識せずに浮いてしまっているような、変な雰囲気。
「新倉先生になんの用事なんですか?」
「ん、ガラ君のことでちょっと・・・」
その言葉に俺が反応する前に保健室の扉が豪快に開いた。
敏弥さんが目を点にしている。
そりゃあ、メイド服着た男子高校生が楽しげに駆けこんで来たら当然のリアクションだ。
「たつろーー先輩!」
とタレ目をキラキラさせて駆け寄って来た明希の額を掌で止めて俺は叫ぶ。
「明希様、なにしてんの?つーかこっち来るな!!」
明希はアヒル口になって誇らしげ。
「メイド服!!恒人君が作ってくれたんですよ!!たつろーー先輩にも見せたくて!!どうっすかぁ!!」
「・・・予想以上に似合うよ死ね馬鹿」
「あれ?なんで俺は罵られてるのかな?」
首を傾げる明希。恒人が作ったって、材料買いに行くって言ってたの昨日じゃなかったっけ。
「それさ、恒人が作ったって一人で?」
「ジェバンニが一晩でやってくれました!!」
「言うと思ったよ!!」
っていうかリアル・ジェンバニが俺の後輩に!!
明希はそこまできてようやく敏弥さんの存在に気づいたらしく目をぱちくりさせる。
「あれ?知らない人がいます、こんにちは!御恵明希です!」
「こ、こんにちは・・・」
フリフリ萌え系のメイド服を着た男子高校生に朗らかに挨拶され、敏弥さんは引いていた。意外と正常な反応だ。
まあ、明希の存在自体が今やドン引きモノではあるんだけど。
「明希様。この人は新倉先生に用事があるらしい、ちょっくら呼んできてくれない?」
「はい、行ってきま〜す!」
素直に駆けて行く明希様、職員会議に新たな議題が生まれそうな格好のままであることはもちろん嫌がらせである。
影で生徒のことパグ顔って普通に言うな、保健室の先生がっ!!
神経の細かい杉原教諭辺りに怒られてしまえ!!
「で、ガラがどうしたんですか?」
俺がドSスマイルを向けると敏弥さんはうろたえた、良いリアクション。やっぱこの人あの面子の中ではいぢられキャラだったようだ。
「あ〜〜〜・・・えっと俺さぁ、京君とはすごい仲良しだったんだよ。それでさ、この前のことでようやく関係復帰できたから一応色々聞いたのね。ガラ君のことも・・・ガラ君はさ、京君の弟子みたいな感じで・・・」
説明はあまり得意ではないらしく、敏弥さんは首を捻る。
「彼は京君と同じシャーマン体質で悩んでたから、ガラって名前をあげたって。シャーマン体質の防衛法の一つで名前を隠すってのがあるんだよね、本名を呼ばれないと取り憑かれにくくなるから。でもその名前をあげるって行為が師弟関係結ぶようなものだから、弟子」
「・・・なるほど」
いきなり疑問が一つ解けてしまった。
しかし会話はそこで止まる、俺はまったく人見知りではなく、初対面だろうと容赦なく喋り倒す性格なのだがこの人・・・敏弥さんとこれ以上喋るとどうしても苛めたくなってしまうからだ。
まがりなりも養護教諭の友人という立ち位置の人を苛めるというのはまずいだろう。一応目上の人だ、さすがにそれぐらいは弁えている。
黙りこくる俺を見て敏弥さんは「最近の子は難しいねぇ」と肩を竦めた、やばいなぁ、叩きたいなぁ。
そんな沈黙がどれほど続いたか、がりがりと構内放送用のスピーカーが音を立てて知っていると言いたくない声が響き渡った。
『新倉せんせ〜〜!!保健室で逹瑯先輩が待ってます、行って下さ〜〜い!!』
それだけ言ってマイクの電源を切る音。
御恵明希様、一般の生徒は立ち入り禁止のはずの放送室を極めて個人的な用事で使用するという暴挙に出た。
校内全てが黙りこくったような静寂の中、遠くの方で「ぱきしこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」というマオの雄叫びが響いた。
よし、そのまま始末されろ。いっそ今度は二人で異界に飛んで行ってしまえ。
敏弥さんは引きつったような笑みで「あの子は・・・馬鹿なのかな?」と意外とまともなことを言ったのだった。


駆け戻って来た新倉教諭は俺の頭を360度回転しそうな勢いでどついて、敏弥さんを見る。
「とし坊、なんの用や?」
「用がなきゃ来ないよ、俺は学校とか嫌いだもん」
・・・「とし坊」って呼ばれてるんだ!!
「ええから用事を言え!職員会議が俺の吊るし上げに変わりつつあるのを振りきって出て来たんや!!」
あれは俺のせいでも敏弥さんのせいでもなく、全面的に明希が悪いんだけどなぁ。いや、明希に頼んだ俺が悪いのか?
いやいや、予想できるかよ、校内放送で呼びかけるなんて。
「吊るし上げって、井上先生とかはそんなことしないっしょ?」
口を挟んだ俺を新倉教諭は睨む、ミヤ君とは違う意味で目つきが悪いのでけっこう怖い。
「あの人、職員会議中はタヌキ寝入り決めこんどるんや。杉原先生が激怒してるんやけど、お前が諌めてくれるんか?」
激怒した杉原先生を相手取れる器が俺にあるわけもない、頑張ってミヤ君か浅葱だろう。
「薫君、ガラ君のことなんだけど」
流れを無視して言う敏弥さんに新倉教諭は目を細める。
「どこにいるか分かったって言うか、京君のとこに連絡来たみたい。それでさ・・・俺、これから京君を連れてそっちに向かうんだけど」
敏弥さんは小さく息を吐く。
「もしかしたら全部元に戻るかもしれないよ、でも今度こそ取り返しのつかない失敗をするかもしれない。ガラ君の意志は固いし京君もそれに乗った。だけど薫君の意見も聞かなきゃいけないと思って」
「・・・アイツがそう決めたなら俺が口出すことはなにもないで」
新倉教諭はそっけなく言う、言った後に噛みしめられた唇がどれほどの感情を押し殺しているのか指し示していた。
敏弥さんはその回答は分かっていたかのように頷く。
「一応伝えに来ただけだし、上手くいったら連絡するね」
「分かった・・・じゃあ俺はまだ仕事あるから」
新倉教諭はそう言って、視線すら合わさずに出て行った。しばらく間をおいて出て行こうとする敏弥さんの足を引っ掛けて転ばせる。
なるほど、俺ぐらいの身長の人間が転ぶ姿は確かに妙な迫力がある。
「ちょ!?な、なにするの!?」
焦る敏弥さんに俺は全力ドSスマイルで言った。
「敏弥さん、ちょっとお願いがあるんですけど」


「これ軽自動車なんですけどねぇっ!!」
運転席の敏弥さんが叫べば助手席の京さんが鼻で笑った。
「は?その歳で軽自動車しか所有してないとかなんなん?もしかして社会の底辺にいるん?この場合嘆くべきはこの俺を軽自動車なんかの助手席に座らせているという無礼とちゃう?もうめんどいから爆発しろや、どうせオチも考えてないんやろ」
「日常会話でいちいちオチまで想定して喋らねぇンだよ!関東人は!」
「はっ!田舎関東のヤンキーがずうずうしく都会人ぶるな」
友人相手だと毒舌のレベルが高すぎる京さんだった。というかやっぱり敏弥さんのポジションがそこなんだろうか。
ちなみに俺は無理矢理同行させてもらう形で後部座席にいる、京さんは俺を見て少し不快そうな顔をしたけど何も言われていない。
そして俺の隣にはヤスがいた。
「ユッケとじゃんけんして勝った!!」とか輝かしい笑顔でやってきた。
ミヤ君の代理だ、敏弥さんが俺はともかくミヤ君の、正確には犬頭憑きの同行を渋ったのだ、今回はミヤ君向きじゃないとか。
俺の同行、俺の猫の目はギリギリオッケーらしい。なにが起こるかまだ分からないのでその基準がなんなのか俺はまだ教わってはいないのだけれど。
俺一人で行かせるのは心配だというミヤ君がユッケかヤスを代わりに寄こしたというわけだ。
男4人で乗ると手狭な軽自動車に敏弥さんがキレたが京さんに一刀両断されたという流れである。
そして敏弥さんは京さんにあまり言い返す気はないらしい、大人の対応というよりは口喧嘩で勝てたことがないような雰囲気だった。
京さんはバックミラー越しに俺を見て、独り言のように喋りだす。
「ユーリィ・カシャーノーヴァ。通称ユーラ。能力者の世界では知らない者はいない実力者や。ロシア出身でちょいちょい日本に来てる、職業は一応ジャーナリストやけど、能力者としてのほうが有名。浅葱かミヤなら知ってるやろね。彼はシャーマンや。ロシアの森の精霊レーシーに見込まれてその力を開花した特別な力の持ち主。シャーマン体質って言ってもピンキリやからね、俺やガラは単純に憑かれやすいってだけ、訓練してようやく制御できる。でもユーラは違った、レーシーが力を貸した、神が力を貸した選ばれた人間。俺に憑いてるヴォルバドスとは違う、正式な契約の元に力を借りたシャーマン。レーシーは森の番人、森の神としての側面が強い。ユーラはその力を効率よく使うために前例がない方法を取った。ユーラはその時々に応じてあらゆる動物霊の力をピンポイントで使えるようにした。例えば腕に熊の霊を降ろせば熊並みの腕力になり、足に兎の霊を降ろせば兎のように跳躍できる、背中に鳥の霊を降ろして空も飛べる、目に霊を降ろせば視力が上がるなり夜目がきくなり調整はいくらでもできる。そうやって全身を自在に強化しありとあらゆる力を使いこなした、それを《リロード能力》と呼ぶようになった。彼が前線を退く頃には《リロード能力》も一般化した、俺はそのやり方をガラに教えたんや」
京さんはそこで言葉を切って視線を窓の外へ飛ばす。
「アイツのシャーマンとしての器は大きかった、それこそ神でも降ろせる。でもユーラはレーシーの守護があったからこそそんな器用なマネができただけで、誰の守護もついていないガラに習得は不可能やった。だからガラが使えるのはとても中途半端な《リロード能力》、体力や精神力の限界があるから1日3回だけ、右腕にナニカを降ろせる。ランダムにナニカが降りてくる。神かもしれない、霊かもしれない。悪いモノが降りない防御はしているから悪いモノは降りて来ないけれど、何が降りてくるかは分からない。とんでもない神様が降りて来るかもしれないし、何の役にも立たない雑魚が降りて来るかもしれない、《ランダム・リロード能力》や」
京さんはそこで口を閉じ、いつの間にか真顔になっていた敏弥さんが引き継いだ。
「ガラ君はその能力を使ってずっと待っていたんだよ、一日3回、保健室の中で毎日毎日、降りて来るのを待ってた。京君のヴォルバドスに匹敵する力、正確に言えば京君のヴォルバドスを浄化できるだけの力を持った神様が降りて来るのを、ね」
車で一時間ほど走り、俺達の町よりさらに田舎、山々は眼前に迫り紅葉の始まった木々が鮮やかだ。
たわわに実った田圃の稲が金色の波になってどこまでも広がっている。
民家は数えるほどしかないそんな中、ぽつりと存在する鳥居を入り口にした参道。
小さな山を縫うように石段があるその前で敏弥さんは車を止めた。
京さんがさっさと車を降りたので慌てて後に続く。
降りて気づいたけれど京さんは素肌の上に皮ジャンを羽織るという斬新なファッションに似つかわしくない、適当に買って来たような安物のウェストポーチを腰に緩く引っ掛けていた。
獣道のような石段を京さんは早い速度で上って行き、ヤスがその後をぴょこぴょこ着いて行った、普段の体力がない俺には少々きつい道だと思っていると敏弥さんが声を掛けて来た。
「大丈夫?きつそうだけど」
「いえ別に・・・」
やんちゃな、緊張感のない笑顔に毒気を抜かれた気分になった。
「そういえば、ここってなんの神様祀ってるんですか?」
俺の質問に先を行く京さんがそっけなく答える。
「ハヤアキツヒメ。言うても分からんやろ」
確かに言われてもなんの神様か分からない、しかし此処にガラがいるってことは・・・ってミヤ君なら正解を導き出せるのだろうけど、俺は考えても分からなかった。

石段を上りきるとまた鳥居があった、走りだしかけたヤスの腕を京さんが掴む。
「鳥居より先に行ったらあかん」
「え!?でも!?」
ヤスが慌てている理由は階段を上りきって分かった。
木々に囲まれた狭い境内、朽ちた、神さびた社の前にガラがしゃがみこんでいる。さい銭箱にもたれて体操座り。
煤けて汚れた制服姿、ぱさぱさの髪、やつれた顔で俺達を見ている。
制服の右が引き千切ったように破れていて、骨折したかのように膨らんだその右腕には包帯とお札が巻きつけてあった。
「・・・なにやってんのお前?」
いつもみたいに軽く言わなきゃ壊れてしまいそうで、俺は笑う。
「逹瑯も来たのか、まあいいんだけどな」
ガラは立ち上がる、幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がって、朗らかな笑みで京さんを見た。
「連絡した通り、成功しましたよ。ハヤアキツヒメをこの腕に降ろすことに・・・」
「あんま長時間降ろしとると壊死するで?その処置は完璧やけどな」
京さんもまた笑顔だった。優しくて穏やかでガラを褒めているような、そんな感じに頷く。
「ええ、ですから・・・早いところお願いしますよ」
「ハヤアキツヒメか、穢れを飲みこむ、禊の神。それで俺のヴォルバドスを喰らおうって?喰うのが専門みたいなこのヴォルバドスを?」
「浄化でなければ意味はありませんからね」
「こいつは便宜上ヴォルバドスって呼んでるだけで正体不明やで?ハヤアキツヒメで対抗できるかは分からんのやで、対抗できへんかったら・・・お前、死ぬぞ」
「分かってますよ」
「ヴォルバドスはお前を食い殺す・・・」
「元より京さんに救われた命です、懸けてもいいでしょう?」
「俺がお前を殺す形になるかもしれんのやで」
「・・・お願いします」
ガラは深々と頭を下げた、京さんはそんなガラを慈しむような顔で見ている。
「おい、おまえら。絶対に鳥居から先へは行くなよ。死ぬぞ」
それだけ行って京さんは境内へ足を踏み入れた。


ガラはおぼつかない足取りで手水の前に移動し、京さんはその向かい側に立った。対峙する二人はやっぱり笑顔のまま。
「敏弥さん・・・いいんっすか?ガラが死ぬかもしれないって」
俺は敏弥さんの肩を掴んで揺さぶった、京さんのために命をかけたいガラの気持ちは分かるけれど、ガラが死ぬかもしれない状況を黙って見ていることはできなかった。
「そうだね、京君が完全にヴォルバドスを解放する形になるから。言っておくけど俺達もこの鳥居の向こうに入ったら問答無用で食われるから動かないでね」
敏弥さんは真顔だった、一変して鋭く強い視線を俺に向けた。
「着いてきちゃったものはしかたないけど、邪魔しちゃダメだよ」
「邪魔って・・・」
「いざって時に京君が食い殺しちゃう人間は少ない方がいいでしょ」
鋭くて強いけれど痛みを堪える様な、そんな強さを持った声。
「・・・失敗したらどうなるんですか?」
「ガラ君は食べられて、京君もヴォルバドスに乗っ取られる。でもこの神社は結界がしっかりしてるからね、閉じ込めることはできるでしょ。その状態で俺が空間ごと封じるよ。俺もそれぐらいはできるから」
「京さんごと・・・封じる?」
「そうだよ、まあ乗っ取られた時点で自我はないだろうけど、ね」
「・・・っ!?」
そんな方法しかないのかと問おうとして、ないからやっているのだと当たり前なことに気づいた。
「なあ、たつろー」
ヤスの間延びした声に視線をやると、にかっといつも通りの笑顔を俺に向けた。
「ガラ君すげぇな。ずーーっと戦ってたんだな、俺らにも色々あったけどガラ君は戦い続けてたんだな、すげぇと思う、強いとも思う。そんなガラ君が決めたことで、そんで京さんが信じて乗ったんだべ?」
ヤスは笑う、朗らかに、太陽のように、無条件で人を安心させてしまう彼だけが見せることのできる笑顔で俺を見る。
「だから、大丈夫だ」


境内の中には風すら吹き込んでいないかのように全てが止まっている、京さんはジャケットを脱ぎ捨て、入れ墨だらけの半身を晒した。
アクセサリーを一つ一つ外して地面に投げ捨てる、ぼこぼこと引締った腕が波打つ、皮膚の下で無数の蛇が蠢いているかのように、皮膚が引きつり伸ばされ、ぼこぼこと、そして京さんの右手が爆ぜるように開いた、巨大な口、針のような毛、無数の鋭い牙。
そして今回はそれだけではなかった、皮膚の波打ちは右半身にも広がっている、京さんは食いしばっていた歯を緩めて息を吐いた。
瞬間、京さんの右側が袈裟がけに割れた、臓物色の赤が覗いたけれどそこにあるのは人体的構造を完全に無視した口、臓器はどこにもない、巨大な口にはびっしりと牙が生えている。
上げそうになった声をなんとか飲み込んで俺はその光景を見た。
ヴォルバドス、名もなき神。
禍々しくも神々しい神。
「言い忘れたけど、眼帯外しちゃダメだよ」
敏弥さんが二人を見たまま言う。
「西洋妖精だから認知されないとは思うけど、解放したらさすがに引っ張られる。だから犬頭憑きのミヤ君は呼べなかったんだよね、ハヤアキツヒメが反応しちゃうっていうか相乗してどうなるか分からなかったから」
「・・・なるほどね」
俺は頷いて二人を見る。
完全に異形の姿をとった京さんを前に、ガラは右手の包帯を引き千切った、京さんみたいに波立ってこそいなけれど膨らんだ腕には血管が浮かび、どくどくと脈打っていた。
「まこ、行け」
呼吸すら億劫そうな京さんの声を合図にガラは右手を掲げる。
「荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百会に坐すハヤアキツヒメ、その穢れを呑み込め!」
ガラの手から放たれた蒼い奔流が境内に満ちる、満ちて満ちて、まるで神社全体が巨大な水槽のように、しかしその水は鳥居よりこちらにはこない。
見えないガラスがあるかのように、見えないガラスに囲まれてるかのように蒼い水は境内で渦巻いて二人の姿を隠した。
何もできず、もちろん見守るしかできない数秒、水はガラの手に戻り・・・ソレはそこにいた。
倒れ込んだ京さんの斜め後ろに存在するそれ。
引き剥がしには成功したが、本体を払うには至らなかったようだ。
巨大な肉片にびっしりと太い獣の毛が生え、そして無数の口が、鋭い牙を持った口が、ぎゃしゃぎゃしゃと音を立て、数えきれないほどの口がでたらめに開閉している。
確かにこんなものに名前なんてあるわけがない、ヴォルバドス名でようやく控えめに表せるレベルのソレ。
畏怖の対象を神と呼ぶなら確かに神だが、慈悲もあるいは感情すらも求められない。
「ハヤアキツヒメ!」
ガラの呼びかけに再び蒼い奔流が飛びだす、今度はソレに向けて真っ直ぐに放たれる。
しかしソレは見た目からは信じられないような素早さで避ける、恐らく本能的に避け、本能的にガラのほうへ向かう。
ガラはもう片膝をついていた、ハヤアキツヒメ、神を扱い切るには負担が大きいのか膝をついてしまっている。
ソレの牙がガラに届きかけたその時、鈍い音が連続して響いてソレの動きが止まる、無数の口から輪唱のように咆哮が響く。
立ち上がった京さんが、右手のない京さんがソレを睨めつけていた。
伸ばされた左手の先、ソレの身体に小型のナイフが貫通した札が4つ刺さっていた。
「お前が俺の身体から出たのなら・・・使える術に制限はなくなる。お前を害するタイプの術も使える・・・まこっ!」
ガラは立ち上がる、ソレを見据えて右手を構える。
「荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百会に坐すハヤアキツヒメ、その穢れを呑み込め!」
どうっと蒼い奔流がソレに激突する、激突して呑み込み、渦巻き、そして何も残さず地面へ消えた。
再び膝をついたガラの右手から蒼い光が飛びだし、社の奥へと消えた。
気が抜けたように膝をついたまま呆然としているガラの頭に京さんが手を置く、残った左手を置いて言ったのはただ一言。
「ありがとうな、まこ」


全てが終わった帰り道、当たり前なことに4人で限界だった敏弥さんの車にガラを入れた5人は乗れない。
阿呆なことに車の前に来てからそれに気づいた。
引きつった笑みを浮かべている敏弥さんが何か言う前にヤスがあっさりと「俺は歩いて帰るから」と手を振って走って行った。
犬みたいなやつだな、本当に。
今度は俺が助手席に乗り、ガラと京さんが後ろに乗った。
ガラは憔悴しているらしく座るなりだるそうに目を閉じる。
「・・・京さん、その右腕」
二の腕から下がない、今はジャケットに隠れているけれど、ジャケットの右袖はぺらぺらと揺れている。
「元々あのヴォルバドスに喰われたからな、一体化して形作ってただけやし。まあ・・・あれだけのものが体内にいた代償が右腕一本って超例外的に安いんやで」
京さんも疲れているのか、あるいは憑きものが落ちて調子が違うのかいつものような強みが声にない。
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんや、お前は右目取られただけで死にかけたし、今だってその猫の右目奪い返されたら死ぬんやで。等価交換」
猫の目は俺の命と等価値か、そう考えるとあの反則的能力を持つヴォルバドスの代償として右腕は安いのかもしれない、しれないけど。
俺が振り返ると京さんは中身のない右袖を振った。
「心配するんな。どうにかするツテぐらいあるし。それよりガラは医者に行ったほうがええなぁ、敏弥」
べしっと鞭のように右袖で叩かれて敏弥さんは悲鳴を上げる。
「分かってるよ、病院にガラ君送ってく・・・えっと順番的に逹瑯君を学校の近くで降ろせばいいんだよね。っていうかヴォルバドスを止める呪符を準備したのは俺なんだから多少は労ってくれても良いんじゃない?」
「あのセンスの悪いウェストポーチ装着された時点でチャラや。思い出すだけで忌々しい」
そうか、ヴォルバドスに害を与えるタイプの呪符だから前もって敏弥さんが準備しておいたのか。
まあ使えないというか触ることすらできなかったはずだもんな。
「京さんは・・・新倉先生に会って行かないんですか?」
京さんは子供のように頬を膨らませて俺を睨んだ。
子猫みたいで迫力がない・・・
「俺かて色々準備あるもん、明後日には時間作る・・・」
「そうっすか」
まあそこは俺が口を挟むところじゃないしなぁ。ガラのことがあるから此処までついてきちゃったけど、今回のことに関してはイレギュラーですらない、蚊帳の外って感じだし。
「ガラは?大丈夫なの?」
「・・・ああ、ハヤアキツヒメが降りて来るまでに連続して大物を降ろしたからさすがに身体が疲れてるし、長期間あれだけの神を降ろしっぱなしにして力を使ったのは初めてだから眠いが・・・別に死ぬようなことじゃない。数日眠り続ければ元に戻る」
「ガラってすげぇ奴だったんだな」
俺の言葉にガラは少しだけ口角を上げた。
「今更気づいたのか?馬鹿」



すっかり日も落ちた頃、俺はミヤ君とユッケと並んで校庭の朝礼台に腰掛けて、律義に此処へ戻ってくるであろうヤスを待っていた。
まさか本気で走ってくる気だろうか、電車を使うという選択肢があいつに思い浮かぶのか若干の不安を感じながら待つ。
「ハヤアキツヒメ、祓戸大神(はらえどのおおかみ)の一柱、禍事、罪、穢れを飲み込む神だ。禊の手順としてはセオリツヒメ、ハヤアキツヒメ、イブキドヌシ、ハヤサスラヒメの順で祓うんだ、強引と言えば強引なやりかただとは思う」
ミヤ君は堂々と煙草を吸いながら言う。
「京さんはもう大丈夫なんだね?ガラ君も」
ちょっぴり不安そうなユッケに俺は頷いた。
「ああ、もう大丈夫だ」
ミヤ君はユッケの不安そうな顔とはまた違う、難しい顔で俺を見る、見たけれどなにも言わない。
「なに?どうかした?」
「・・・いや、なんでもない。考え過ぎだ」
校門のほうからヤスが犬みたいに走ってくる、大きく手を振りながら走ってきて俺らの前で止まった。
「待っててくれてサンキューなっ!」
「ああ、帰ろうぜ」
ミヤ君が朝礼台を飛び下り、俺とユッケもそれに倣う。
「そうだ逹瑯、文化祭の準備サボったんだからなんか奢れよ」
「ええ!?この状況でもそんなペナルティ!?」
「当たりめぇだろうが」
「たつろー!マックでいいぞ」
「ヤス!ヤスは!?こいつもサボったよね!?」
キラキラな笑顔のヤスを掴んで揺さぶってやるがミヤ君は涼しい顔。
「ヤスは俺が頼んだから行ったんだ、お前は勝手に行くことに決めた、全然違うだろ」
「そうだよ、たつぅ。俺はチーズバーガーセットね」
「・・・ああもう、分かったよ、分かりましたっ!」
2日後、京さんと新倉教諭は彼等の仲間5人でちゃんと会ったらしい。
もちろんそこに俺が同席する理由もないのでどんな会話をしたのかは知らないけれど、翌日の新倉教諭、それはもう脳が溶けたんじゃないかのデレっぷりを見れば(新倉教諭もツンデレ属性なのだと初めて気づいた)その再会は素晴らしいものだったのだとはっきり分かった。



5日後、文化祭当日。所謂後日談。
俺は空いた時間に保健室に向かった、食べ物系の出し物をしているクラスで色々買い込み、本日無事登校してきたガラへ差し入れてやるつもりだ。
開けてまず飛びこんできた赤い髪に俺は声を上げた。
「あ、堕威さん!来てたんですか?」
「おう、でっかい生徒!」
爽やかに手を振る堕威さんの後ろで敏弥さんも手を振っている。
そして迷惑顔の新倉教諭に隣り合うように、窓枠に腰掛けた京さんがいた。
「・・・京さん!?」
京さんはにんまりとして、ちゃんと中身がある皮の手袋をした右手を俺に見せている。
手袋を取ると、カッコいいというのは不謹慎かもしれないが、銀色のメタリックな、サイボーグみたいな義手が現れた。
「祝い人の《濡羽》家の奴に作ってもらったんや、あそこは元々鍛冶屋だけど、最近は義体の技術がトップやからね。まあ貯金なくなったから気持ちよく薫君にたかってるけど」
「・・・気持ちよくたかられてもなぁ」
言いながら新倉教諭、笑顔だった。
京さんに対してはデレしかないんだな、想像通りだ。
「ああ、でもこんなに来てるとは・・・食べ物持って来たけど足らないかも」
杏飴が二本、フランクフルトが二本、やきそばとたこ焼きとあと白玉だんご。
京さんは駆け寄ってくると「これがいい!」とか言って白玉だんごを奪って行った。
他の人にも適当に取ってもらおうとして気づく、保健室全体が良い匂いに満ちているというか、既にみんななにか食べてないか?
「岩上もありがとな。さっき明希と恒人がケーキ持ってきてくれて、あと浅葱が一旦こっちの人数確認してからたこ焼き持ってきてくれて、しんぢと大城がチョコバナナ持ってきてくれたんや」
まあ、みんな考えることは同じか。
京さんはすごい勢いで白玉だんごを食べている、そういえばヴォルバドスがいた時はちゃんと食べられなかったんだっけ。
もっと持ってこればよかったかも。
「・・・俺にもくれる?」
奥の方から声がしたのでのぞくと、初めて見る人がいた・・・えっと心夜さんかな。全体的に線の細い、女性的な顔立ちのお兄さんはベッドの上でガラと向かい合ってババ抜きをしていた。
「あ、逹瑯。俺はフランクフルトがいい」
ガラは神経質そうに言う。
二人でババ抜きって・・・暗すぎないか?ダウトほど不毛でもないけれど。
「俺もフランクフルト欲しいなぁ」
敏弥さんが言うのに被せて心夜さんが言う。
「俺は別に食べたくないけどフランクフルトをこっちにくれへん?」
この人、ドSだ。京さんよりドSだ!!
「ちょ、酷くない?」
「敏弥黙れ、ごめん間違えた、死ね」
「より酷くなってんじゃねぇかっ!!」
俺はガラと敏弥さんにフランクフルトを渡す。
「二人ともベッドの上にケチャップ落とすなよ」
新倉教諭が注意すると心夜さんは眉ひとつ動かさずに言う。
「分かった、からしなら落としてええんやな」
「ええわけないやろ!」
「洗濯機はなんのためにあるんですか?」
「じゃかあしいわ!!」
心夜さん、キャラ濃すぎるだろ。濃すぎて新倉教諭のキャラが乱れてんじゃねぇか。
「お前ら、ええかげん大人になれや」
けらけら笑う堕威さんに京さんがぴしゃりと言う。
「堕威君にだけは言われたくないわ」
「そやね、堕威にそれを言う権利はないなぁ」
脊髄反射のように同意する新倉教諭、甘やかしすぎだろ。
ツッコミ役を自負する俺が一言も口を挟めないのは、この5人は5人で完成されているからなんだろうな。ガラも黙っちゃってるし。
残りの食べ物を机に置いて、俺は保健室を出る、出てすぐにガラが追いかけて来た。
「ん〜・・・どうした?」
「いや、色々とすまなかったな」
相変わらず、神経質そうな笑顔。これが見られただけで充分だなんて口が裂けても言わないけど。
「今日はなおのこと保健室からは出れないよな。俺の超カッコイイ俳優姿も見られないと」
「ミヤ君が台本を書いたと聞いて是非見たかったんだが・・・お前の雄姿もな」
「ユッケがビデオ取るからさ、テープダビングしてやるよ」
「ああ、さんきゅー」
ガラはそう言って扉にもたれかかると真剣な目で俺を見た。
「俺はいつか、自分の能力を完全に使いこなせるようになる、修業を続ける。京さんは今後フリーの《能力者》として生きて行くつもりらしい、だからその右腕とはいかなくても助手ぐらいにはなれるように、な」
あれだけ周囲に異能を持つ仲間がいながら、明確に《能力者》としての未来を、肯定的な夢を語ったのはガラが初めてだ。
「お前にとってはこれからも戦いかぁ・・・」
「そうだな、でも自分の力だからちゃんと役立てたい」
「・・・やっぱお前、すげぇわ」
「だから気づくのが遅いんだよ」
そうしてガラはやっぱり神経質そうに笑うのだった。


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