ドウタヌキ?


#4バイバイ、ヒューマン


人が人を殺すことに理由はあっても意義はない。それは可能性の断絶でしかない。
あの日俺が終わらせてしまったものがなんだったのかまだ答えは出ない。
俺が一生かけて取り組まなければならない宿題だ。
例えば恒人が口にした「人を殺せる可能性」というもの、それを持っていない人間なんてきっと存在しない。
能力者であるとか異端であるとか普通であるとか関係なく、平等に誰の中にでもあるものだ。
あの日から俺の胸の奥に真っ黒な穴があいた。
底なしの穴。
その穴を自分の中に感じると、俺は《宝物》を取り出して眺める。
あと数年で掠れて色褪せて消えてしまいそうなそれを眺める。
光と闇が混じって滲む。
思いだす温かさと生温い感触。
涙を流す機能を持たない右目が痛んで、その痛みで俺は現実に呼び戻される。
俺は生きている。



バ  イ  バ  イ、  ヒ  ュ  ー  マ  ン



青嵐高校近くのゲームセンター前で、俺は蜘蛛みたいに獲物がかかるのを待っていた。
本日のターゲットは決まっている、派手なアゲハ蝶二匹、いや蝶は二頭か。
上手く二人で来てくれると良いのだけれど、今日はいける気がする。感の良さの無駄使いをしながら道路を見ていると狙い通りの二人が歩いてきた。
砂倉涙沙と高嶺恒人、きっと目的地はこの先のアイスクリーム屋だろうけれど、ちょっとばかり時間を頂こう。
「よう!子リスちゃんに子狐ちゃん!」
軽い調子で声をかけると涙沙は頬を膨らませた。
「どつくでほんま!」
「届かねぇくせに」
そう言ったら胸の辺りをぽかぽか殴られた。ちょっと痛い。
「逹瑯先輩、こんにちは」
相変わらずのでっかい目で見上げてきて微笑む恒人に涙沙がふて腐れた様子で言う。
「ツネ、こんなん無視したらええねんて!」
「・・・涙沙さんって逹瑯先輩と仲良いですよね」
「はぁ!?どこがっ!?」
「俺がツンデレ君と呼ばれるのが心外だと思える程度に仲良しですよ」
「いや、こいつは本気でウザイから!」
う〜ん、同性に言うのもなんだが目の保養になる二人組だなぁ。きゃぴきゃぴしてる。
「じゃあツンデレ君とツンデレちゃんさぁ、ちょっとばかり付き合ってくれない?」
今度は太股に蹴りが飛んできたが甘い、ミヤ君に比べたらスピードも威力もぜんぜんなってない・・・んだけどなにせ普段の俺は運動神経が悪いので避けたつもりが避けきれず、下手に動いたために逆に爪先が綺麗に入ってめちゃくちゃ痛かった。
「ちょ!ごめん、加減してやったつもりやったのに!」
痛みに蹲る俺に謝る涙沙の手をがっしり掴んで笑う。
「じゃ、お詫びにちょっとつき合えよ」
「・・・逹瑯先輩、それではタチの悪いナンパです」
恒人が冷静なツッコミを入れてきた、ツンデレにツッコミは必須スキルだもんな。
「な、なにしたらええねん?」
ちょっと警戒した顔の涙沙に俺はゲームセンターの中を指さして言った。
「一緒にプリクラ撮ってくれねぇか」



青嵐高校では今、プリクラブームだった。どれだけ文化遅れてるんだって話だ。ナタデココとか今さら流行ってるし、つくづく田舎だな。
このしょぼいゲームセンターに最新のプリクラ機が導入されたのをきっかけに起きたブーム。ミーハー気質のある俺はしっかり乗っていた。
プリクラ手帳なるものも持っていて、友人を誘っては一緒に撮っている。
が、ご存じの通り俺は友人が少ない。
だから俺は組み合わせに凝ることにしたのだ。手始めに姫ランキング上位組のこの二人、ついでに明希も入れたら最高だけどさすがにそれは欲張りすぎだろう。
「逹瑯先輩って意外と乙女趣味なんですね」
「いや、単なるミーハー」
「ツネ、もっと抉るようなこと言うたれ!」
涙沙の言葉に恒人は少し首を傾げた。
「抉るようにって・・・言いづらいですよ」
「逹瑯君を英蔵君だと思ってほら!」
すげぇ振りだな、おい!恒人はまた少し首を傾げてから俺を見て言った。
「こういったことで《友達の証》を求めるとは、意外と寂しがり屋さんなんですか?」
「っっホントに抉るなよ!!」
「・・・すいません」
ちょっと泣きそうになったぞ、今。というか恒人、英蔵にはそんなノリなのか・・・それツンデレじゃないぞ、毒舌だぞ。
隣では涙沙がきゃらきゃらと楽しそうに笑っている。
「いいじゃねぇかよ、オマエらだってプリクラぐらい撮るだろ?」
「まぁちょいちょいな〜、部活メンバーとはよく撮るで!」
「いちいちキメ顔で写ろうとする英蔵さんが面白すぎて・・・」
「ああ、本人はキメ顔のつもりなのに全くできてないからな!」
なるほど、次は英蔵単品で誘ってみよう。
「逹瑯君は変顔するタイプやろ?」
「まぁな、俺は特にキメ顔とかないし」
一度、明希としんぢと三人で撮った時は完成品見て泣きそうになったけどな、現物も良くて写真うつりも良いとか嫌な奴等だ。


ポップな骸骨模様のフレームに俺を真ん中に並んで写った写真が出来上がった。ロックポーズを決めて三人で笑顔。
常備してある鋏で三等分。
「そういやさ、ミヤ君だけはどんだけ誘っても絶対やってくれないんだよね、プリクラ」
「ああ、ミヤ先輩ってそういうの苦手そうですもんね」
「魂が抜けるからイヤってすげぇ断り方された」
アンタは明治生まれかって話だよな。
「実は嫌われとるんとちゃうん?」
意地悪を言ってくる涙沙の頭を軽く掴んで俺は笑う。
「俺とミヤ君は仲良しだからそれはないね、二人はプリキュアぐらいの勢いで仲良しだよ?」
「高校生男子が例えにプリキュア持ってくるのにドン引きするわ!」
鮮やかな突っ込みと共に涙沙は俺の手を振り払う。
「おめぇだってプリキュア知ってんじゃねぇかよ!」
「ねえちゃんが見てるから偶に見るだけやっ!」
ねぇちゃんだと!?姉貴がいるのか、こいつ!俺は涙沙の両肩をがっしりと掴んで笑顔。
「涙沙君、涙沙君、涙沙君はお姉さんがいるの?」
「・・・おるけど」
顔を引きつらせる涙沙に俺はさらに笑顔。
「そのお姉さんと涙沙君は顔似てるのかな?」
「まぁ、よく似てるって言われるけど・・・」
「是非とも紹介してくれっ!」
「その振りの後に紹介できるかどあほぅっ!!」
涙沙、本気のビンタだった。痛い。俺はめげずに今度は恒人の肩を掴む。
「恒人君は女の兄弟いないの?」
「いません」
冷ややかな声で即答だった、若干視線も冷たくなっている気がする。
「だいたいみんな聞くこと同じですよねぇ」
とさりげなく手を払われてしまた。
「そーいや、逹瑯君、プリクラ撮ってあげたんやからアイス奢ってや!」
機嫌を直したらしい涙沙は小首を傾げて俺を見上げ、にっこり笑う。
ははは、殴りてえ!
「しょうがねぇな、奢ってやるよ、恒人もな」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ぴょこんとお辞儀する恒人、やっぱ後輩はいいなぁ・・・
「俺、レギュラーのダブルな!ツネはなに頼む〜?やっぱシーズンフレーバーは外せんよな〜」
「そうですね〜。あとストロベリー系いきたいです」
普通に高いの頼む気だし、こいつら。
はしゃぐ二人と一緒に歩いていると、突然声をかけられた。美声だけれど、洞窟に反響しているような違和感のある声。
「なぁ、猫の少年」
道の脇に男が立っていた、おかしい、そこにはさっき誰もいなかったはずだ。此処は一本道なので歩いてきたのなら見逃すはずがない。それに「猫の少年」だと?
「猫の少年、両脇にも妙なのを連れているなぁ、この片田舎でこんな不思議なものが見られるなんて長生きはするものだ」
俺はとっさに涙沙と恒人を後ろにかばった。二人も警戒した様子で息を呑んでいる。
男はこの暑いのに黒いロングコートを着ていて、髪は色素が抜けたように灰色。
「誰だてめぇは?」
「名前はひどく些細なものだが、本名は魂と同義だから教えることは出来ないな、通称でいいなら名乗ろう《三番目の新月の夜に落ちた黒》だ」
「・・・おまえ、人間じゃないのか?」
そいつは当然だとばかりに頷いて笑った。
「といっても妖怪連中と同じだと思われては困る、あんな概念に縛られた意志をほとんど持たない、《現象》にすぎない連中とは違うのさ、かといって神連中と同じにされても困るがな・・・まぁ広義の概念でいけば《妖怪》と思ってもらってもかまわないが」
涙沙が恐る恐る俺の後ろから顔を出して聞く。
「え、っと・・・三番目の新月の・・・」
「長いからしー君と呼んでくれ」
略しすぎだろ、原型なくなってるぞ。
「しー君、俺らになにか用なん?」
恒人はかばわれるのが嫌らしく俺の隣に出てきた、踵が上がっていて、臨戦態勢。
こいつ喧嘩強いんだっけ?でも相手は人間じゃない、俺は軽く恒人の肩を叩いて動くなと合図してから言った。
「用事ならさっさとすましてくれねぇ?俺ら忙しいんだけど」
しー君とやらはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「人の時間は有限だからな。いや、珍しいのがいるなあと思って声をかけてみただけさ、あと一つ、お知らせだ・・・しばらく周辺に気をつけたほうがいいぞ」
「は?」
「猫の少年。世の中には同族を傷つけることをなんとも思わず、むしろ加虐心や己の欲望に忠実なやつだっているってことさ」
言われていることの意味が分からない。誰のことを言っているんだ?質問を重ねようとしたがしー君の姿は既になかった、一瞬で消えてしまった。
涙沙も同じだったらしく驚いた顔で周囲を見渡している。
「消えてもうた・・・」
「いえ、消えたというか、なにか虫みたいなものに変わって飛んでいったみたいですよ」
涙沙はさらに驚いた顔で恒人を見る。
「え?嘘、見えたん!?」
「なんか最近、動体視力が上がっているので・・・」
塩薙の血族、か。年齢的なものなのか、恒人自身が塩薙の血を自覚したからかは分からないけれど、こいつも今後、たいへんなんだろうな。
しかしなんだったんだ、今のは。




翌日、俺はプリクラを撮るのに明希とマオを誘った。帰りにプリクラを撮っていくことをミヤ君に言うと「俺は図書室に用があるから一人で帰る」とかわされてしまった、う〜ん、一緒に来てさえくれれば、俺とマオの強引さでなんとかなると思ったんだが、察知されてしまったようだ。
その日は日直だったので、俺は諸々の用事を片付けてから廊下で待つマオと合流した。
「明希は?」
「校門のとこで待ってるってさ、サッカー部の練習でも見てるんじゃない?」
ハンチング帽を被ったマオは無駄にポーズをつけて言った。
「ところで、だが・・・明希の言う《友達キス》とやらはマジでやってんのか?」
マオは眉間にシワを寄せて「あ〜」と呻く。
「あれね、しんぢが冗談で言ったのに、明希が信じちゃってどうしよっかなぁって感じ?俺は別に同性とのキスなんてカウントに入れないし、逹瑯君と違ってファーストキスはすませてるからかまわないけどね。毎回本気で逃げてるゆうや見るの楽しいし」
「いや、しんぢに訂正させろよ!あとなんで俺がファーストキスがまだだと決めつけてんだよ!?」
「決めつけたポイント?顔だよ、パグ」
「うるせぇ!てめぇだってよく見たらウーパールーパーそっくりじゃねぇか!」
「ウーパールーパー?正式名称のメキシコサラマンダーって言うと必殺技っぽくてカッコイイね。さらに動物界脊椎動物門両性網有尾目トラフサンショウウオ科トラフサンショウウオ属って言うと無駄にカッコイイよね。それに比べてパグは食肉目犬科犬属・・・俺の勝ちだねっ!」
「どんな勝ち方!?そこまでして俺に勝ちたい!?」
「逹瑯君に勝ちたいだなんて・・・そもそも勝負にすらならないよ。だいたい今の言葉にはパグは動物界脊椎動物門哺乳網食肉目犬亜目だって返して欲しかったのに、君にそんな高度な言葉のキャッチボールを期待した俺が馬鹿だったよ、ごめん、ごめん」
いや、マオ。どんどん性格悪くなってるけど、大丈夫か?
そして明希とゆうやの未来が心配だ・・・
「ダメだ、本格的にダメだ。明希をこっちに寄こせ、俺が常識教えてやる!」
マオは腕を組んで顎を上げると挑発的に笑った。
「いやだね。明希もゆうやもしんぢも俺のモノ」
「ジャイアンか!?」
「お〜れはジャイア〜ン、が〜っきだいしょ〜♪」
おそらくこの世で最も美声で唄ってはいけない曲をとんでもない美声で唄われてしまった。
しかたがないので俺も一緒に唄う。この歌、ちゃんとフルであるのだ。
マオの高音と俺の低音で意図せずしてハモっている状態になりながら廊下を歩く。
階段を下りた時、踊り場の窓から校門が見えた。
明希が門に寄りかかって手持ち無沙汰にしている。遠いけれど、あのアシンメに纏められた長い髪は特徴的なのでよく分かった。
俺は唄うのをやめてマオを見る。
「馬鹿やってないで早く行ってやろうぜ、明希のやつ、待ってるぞ」
マオはちょっと目を細めて明希の姿を確認すると、嬉しそうに笑った。
「まぁ明希ちゃんて俺が待ってて、って言ったら何時間でも待ってるけどね〜」
「なに?マオって時間にルーズなの?」
「まさか、俺は電車のダイヤ並に正確よ。ただ一回、待ってろって言って放置しておいたらいったいどれだけ待っていてくれるんだろうと思ってね・・・7時間すぎた所でないはずの良心がちょっと痛んでやめたけど」
「・・・おまえのドSっぷりと明希のピュアさが怖いよ!!あと良心ねぇのかよ!?」
「さすがにあれは悪戯がすぎたと思ったね〜。だって普通、怒って帰るよねぇ」
嬉々としてそんな話をするマオ、ちょっと歪んでる気もするが、マオにしてみれば嬉しかったのだろう。
「冬の雨が降る風の強い日に、いやもう後半は霙になってたけど、傘もないのに、俺が一言"待っててね"って言っただけで7時間も野外で待っててくれたんだよ?嬉しかったなぁ・・・」
「いや、なんか良いエピソードっぽく語ってるけど・・・ドン引きしたわっ!怖いじゃない、恐ろしいだ!おどろおどろしいよ!」
まぁよく考えたら、明希達は十ヶ月間、マオを待ち続けたのだ。7時間ぐらい平気で待つかもしれないけれど。でもその光景を想像すると鬼気迫るものを感じるぞ、明希、少しは人を疑え。
「どうですか?心臓押しつぶされそうなほど重い俺達の友情は」
「・・・友情でよかったな、恋愛感情だったらサイコホラーになるとこだったな」
俺の言葉にマオがけらけらと笑う、踊り場に着いて、窓に背を向けて明希の姿が見えなくなる。


だからそうだ、何度思い返しても、まぎれもない日常だったんだ。


校門に着いた時、明希の姿はなかった、周囲を見渡したけれど、どこにもいない。
「いねぇじゃん・・・」
「おっかしいなぁ・・・ゆうや〜!!」
マオは通りの良い声でグラウンドをランニング中のサッカー部の集団に声をかける、ぴょこんと跳ねてからゆうやがこちらに走ってきた。躾の良い犬か、こいつは・・・
「どうしたの?」
全力疾走してきたため息の上がっているゆうやにマオが言う。
「明希見なかった?」
「え、明希ならさっきそこに・・・」
「いないから聞いてるの!」
「・・・さっき此処の前通った時はいたよ?"がんばれ〜"って声かけてくれたもん」
俺達が窓から明希の姿を確認してから5分もたっていないし、さらにグラウンドを回っているゆうやが前を通った時というならほんの2、3分前まで明希はこの場所にいたことになる。不意に右目に鈍痛が走った。
そして昨日会ったしー君とかいう妖怪、「しばらく周辺に気をつけろ」とか言っていなかったか?
いや、落ち着け、まだ何も起こったわけじゃない。俺はなるべく何でもない風を装って言った。
「あれじゃね?トイレでも行ってんじゃねぇの?俺、ちょっと見てくるわ」
「・・・そうだね、俺は明希の携帯にかけてみる」
マオも少し不安そうだったが笑顔を浮かべてそう言った。ゆうやは校門から顔をだして道をきょろきょろと確認している。
校庭にいる時に使用するとしたら体育館のトイレしかない。俺は小走りで体育館へ向かった。


体育館脇にある薄暗いトイレに明希の姿はなかった。
部活中だったのだろう、浅葱が俺に気づいて声をかけてきた。
「逹瑯君、どうしたの?」
「いや、明希のやつ、こっちこなかった?」
浅葱は首を傾げて俺を見る。
「見てないけれど・・・なにかあったの?」
「ん、なんでもねぇ」
落ち着け、まだ騒ぐようなことじゃない。俺はまた小走りで校門に戻った。
「ダメ、携帯、呼び出し音は鳴るのに繋がらない・・・」
マオは焦った様子で爪を噛む。
嫌な予感は黒い雪のように胸に積もっていく。
「おかしいよ、マオ君のことがあってから、俺ら絶対いつでも連絡取れるようにしてるのに・・・」
ゆうやは不安そうに爪先で地面を削っていた。
「・・・ちょっとしんぢにも電話してみる」
マオは携帯を操作して耳に当てた。すぐにしんぢは出たらしく、俺に背を向けて小声で話していた。


10分ほどして、しんぢも校門の前に来た。図書室で一緒だったというミヤ君もいて、俺は全身の力が抜けるぐらいほっとしてしまった。
「明希がいないって?」
いつもの似非スマイルを引っ込めてしんぢは固い顔で俺達を見る。
「道々しんぢから聞いたけど、明希は校門の前にいて、ちょっと目を離した間にいなくなったんだな?」
ミヤ君に言われて俺は頷いた。
「どうしよう、ミヤ君」
「・・・この近辺を探してみよう、まだ事態が分からないからとりあえずは俺達だけで探す。いなくなってから時間がたっていないなら近くにいるはずだ。誰か一人だけ、明希の携帯鳴らし続けて、みんなでやってもしかたないから誰か一人だけな。ゆうやとしんぢは向こう、俺達とマオでこっちを探す」
「分かった、携帯には俺がかけ続ける、行こう、ゆうや」
ミヤ君の言葉にしんぢはすぐに対応して頷いた。ミヤ君も頷き返す。
「ゆうやは携帯持ってるな?こっちから連絡したらすぐに出られる状態にしておいてくれ、何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
ゆうやはさっき俺が体育館を見に行ってる間に持ってきたらしい携帯電話を片手に頷いた。
俺もかなり冷静さを欠いていたけれど、一番焦っているのはマオだ。爪を噛んだまま顔色が悪い。
「行くぞ、マオ!」
そんなマオの背中を少し強めに叩いてミヤ君が頷く。マオもなんとか頷き返してしんぢ達は右側へ、俺達は左側へ走る。
少なくとも、先程のマオの話を聞く限り、明希が自分の意志でいなくなった可能性は低いと思う。そうでなければ何か退っ引きならない事情があった場合だ。
裏路地、行き止まり、人気のない場所を中心に片っ端から明希の名前を呼びながら駆け抜けた。この町で俺達に知らない場所なんてない。


探し始めてから30分が経過した、長い夏の日はまだ沈んではいなかったけれど既に夕刻、しんぢ達からの連絡はない。携帯はまだ繋がないままなのか、呼び出し音が鳴っているのに相手が出ないのなら、出る気がないのか、出られない状況にいるのか、携帯電話自体を紛失しているかのどれかということになる。
嫌な予感で胸はいっぱいになって張り裂けそうだった。
「逹瑯」
ミヤ君が鋭い声で俺を呼んだ、周囲に人影がないのを確認してから言う。
「犬頭を解放状態にする、人が来ないか見ていてくれ」
息が上がって泣きそうな顔でへたり込んでいるマオの背中を撫でながら俺は頷いた。
ミヤ君の頭に白い三角の耳が出る、長い尻尾が揺れる。
必死で周囲の音を拾っているミヤ君を背に、俺は言われたとおり、人が来ないか見ていた。
しばらくしてミヤ君が俺の名前を呼んだ、重い声で、とても重い声で。
ふり返るとミヤ君の顔は蒼白になっていた、震える薄い唇が開く。
「・・・この近くの川岸のバラック小屋だ」
そう言うとミヤ君は犬頭を解放した状態のまま走り出した。風のように駆けていくその後ろ姿を、俺も眼帯を外し、猫の目を解放して走る。
切羽詰まってるということか、ならば人の目を気にしている場合ではない。
土手を駆け下りて川岸を走る。目指すバラック小屋はすぐ見えた。
木の扉が風に揺れてキィキィと耳障りな音を立てている、小屋の中に駆け込んだ瞬間感じる重苦しい気配、禍々しい気配、人のものではない気配。
クマほどもある、三メートル近い黒犬がそこにいた。
二つに分かれた尻尾が揺れている、犬神。
脳が目の前の光景を拒否していて、全てを認識するのに時間がかかった。只、本当に呆然と最初はそれがなんなのか分からなかった。
犬神はその巨大な口に何かをくわえていた。
物みたいに動かないそれをくわえていた。
力無く下がった華奢な四肢も、乱れた黒髪がかかった見慣れた横顔も、なんなのか分からなくて、俺は只、その場に立ちつくしていた。
隣でミヤ君が何かを叫ぶと同時に、ミヤ君の犬頭が飛び出して、黒い犬神を突き飛ばす、犬神の口からはなれたそれが落下するのを俺は反射的に飛び出して受け止めていた。
認めたくない、
認めたくない、
認めたくない、
認めたくない、
固く閉じた目蓋は人形みたいで、長い睫毛が影を落としていて、馬鹿なことばかり言う唇は薄く開いたまま、緩くウェーブした黒髪は乱れていつもより白い頬にかかっていた。
「・・・明希?」
ほら、名前を呼んでも返事がないよ。
いつだってあの舌っ足らずな声で「逹瑯先輩」って言ってくれるのに。
だからこれは違う、
違うんだ、
右手がぬるりとした感触と共に滑って、見ると真っ赤だった。
白いYシャツがみるみる赤に浸蝕されていく。
こんなのきっと悪い夢だ、
目を覚ませば終わる夢だ、
不意に耳元で俺の名前が呼ばれて、横っ面を張り飛ばされた。
「なにやってんだっ!どけっ!」
どうやらミヤ君に頬を打たれたらしいが痛みなんて感じなかった。
「おいっ!明希っ!しっかりしろっ!」
明希なんだ、これは明希なんだ。
ようやく頭が現実を受け容れ始める、それと同時に襲ってくる恐怖。
血がぽたぽたと床に落ちている。
悲鳴を上げたと思った喉は掠れた息を吐き出すだけだった。
ミヤ君は明希のYシャツを開けて肩口を露出させる、噛み痕はぱっくりと開いてそこから血が流れていた。
「逹瑯、テンパるのは後にしろ!なんでもいいから布代わりになるもの出せ!止血するっ!」
怒鳴り声ではあったけれど俺に寄こしたミヤ君の視線はいつもみたいに涼やかで俺はようやく冷静さを取り戻した。
鞄をあさってマフラータオルをミヤ君に渡す。
「足りない、体操着破れ」
「あ、はい。大丈夫なの!?」
「出血のしかたから見て動脈は傷ついてない」
そこに慌ただしくドアを開けて駆け込んで来たのはマオだった。
血を流して横たわる明希の姿に目を見開いて、ふらふらと近寄っていく。
「あ・・・あき?」
明希の頬に触れ、弱々しく名前を呼ぶマオの肩をミヤ君が無言で撫でた。
傷口にタオルを当て圧迫しながらミヤ君は俺を見る。
「逹瑯、救急車よ・・・」
そこまで言いかけてミヤ君の顔色が変わった、何かに気づいた顔で動きを止めている。
「え・・・?なに?」
救急車呼ぶんだよね、俺だってそれぐらい分かるよ、なんなの?
「ダメだ・・・犬神にやられた怪我なんて、一般の医者じゃ治せない」
また現実を拒否しようとする脳を必死で稼働させてミヤ君の言葉に答える。
「・・・どういう、こと?」
「呪いを受けている状態になるから・・・そっちの専門医でないと」
つまり《能力者》の医者ってことか、そんなものこの近辺に、いや、県内にだっているかどうか・・・どうしたらいいんだ?
俺は携帯電話を取りだしてその番号を選択した、少なくとも俺の知り合いの中で一番そちらの世界に近いのは、その綱を持っているのはアイツしかいない。
「・・・ガラ」
数コールで出たガラは俺の声から異常事態を察知したらしく、巫山戯ることなく答えた。
『どうした?』
神経質な声の奥に隠れた柔らかな優しさに、俺は身体が崩れ落ちそうになるのを支えながら言う。ミヤ君の言うとおりだ、テンパるのは後でいい。
「明希が、犬神に襲われた。大怪我してる・・・どうしたらいい?」
『場所を教えてくれ。直ぐに呪いを受けた怪我でも治せる人がそちらに行く』
そんな人がすぐ傍にいるというのか?
疑問に思いながらも俺は場所を告げた。


数分後、爆音をたてた車が止まった音がして、小屋に入ってきたのは意外な人物だった。
「新倉先生?」
いつものよれよれな白衣姿、足早に明希の傍に近寄っていく新倉教諭にミヤ君が立って場所をゆずる。
「質問はあとや。明希は犬神に噛まれたんやな?」
俺とミヤ君が頷くのを確認してから新倉教諭は傷口に当てられたタオルをとった。
「ちゃんと止血できとるな、まぁ確かに後は俺の領分や・・・」
その向かい、明希の手を握ったまま状況が飲み込めず、茫然自失状態のマオの頭を軽く撫でて新倉教諭は言う。
「大丈夫や、俺に任せとき」
新倉教諭は明希の肩に、傷口に右手をかざした。猫の目を解放したままだった右目はそれをとらえる、新倉教諭の手から淡く白い光が出ている。
左手で血を拭いながら新倉教諭は右手を撫でるようにかざす。出血はすぐに止まった。傷口も塞がっていく。
「・・・ヒーラー、だったのか」
ミヤ君の呟きに俺は頷いた。
ヒーラー、ヒーリング能力者、《能力者》としての分類は超能力系でありPK(念力、スプーン曲げとかで有名なやつだ)、生物に働く念力。
一時はリラクゼーション効果で知られたが、むしろこちらが本筋だ、傷や病気を治す力。
まだ痛々しい噛み痕が残ってはいたけれど、明希の傷はほぼ塞がった。
「なぁ、明希は一回も目を覚ましてないんか?」
困惑した顔の新倉教諭に問われて俺達はまた頷いた。
「おかしいな・・・傷の程度からいって完璧に気を失うほどやないで、むしろ痛みで昏倒できひんはずや・・・」
明希の頭を撫でながら新倉教諭は鋭い目で観察している。
血の気の引いた頬と固く閉じた目蓋は変わることなく明希が目を覚ます気配はない。
マオが握っている手にも力はなく、人形のようだった。
「かと言って、霊体が損傷してる箇所も・・・」
新倉教諭ははたと顔を上げマオに言った。
「ちょっと明希を抱えて、俺に背中が向くようにしてくれるか?」
少しは落ちつきを取り戻したらしいマオが言われた通り、明希を抱きかかえるようにして起こす。
新倉教諭が明希の背中を横に一撫ですると、漆黒の翼が出現した、天狗の羽根、半実体半霊体のそれ。
絶句してしまった。
羽根が出現したことにではない、その羽根が、右側の翼が半分のところから何かに食いちぎられたようになくなっていたのだ。
この場合の何かとは犬神をおいて他にないのだろうけれど。
新倉教諭は険しい顔でそれを見てからまた背中を一撫でした。天狗の羽根は明希の中に消える。
「さすがにこんなん、治し方調べないと無理や。保健室まで運ぶで」
「あ、きは・・・」
明希を抱きしめた状態のままのマオが新倉教諭を見る。
「あ、きは、だいじょう、ぶ、なんですか?」
「命の危険はない」
何かをぼかしたような物言いだったけれど、マオは頷いて明希を抱く手に力を込めた。
「とりあえず、車まで運ぶで、といっても明希を入れたらあと二人しか乗れへんけど」
「逹瑯、明希とマオについていてやれ、俺はしんぢ達に連絡しておく」
ミヤ君は妙にきっぱりと言った、新倉教諭は一瞬何か言いたそうな顔をしたが、結局なにも言わず、明希を抱きかかえると小屋を出た、マオも慌ててそれを追う。
「・・・ミヤ君?」
「さっきはごめんな、ひっぱたいて」
とても優しい目で俺を見てミヤ君はそう言った。
「俺こそごめん、心弱すぎるよね・・・」
「おまえはそこが良いんだ、俺もすぐ行くから、早く行ってやれ」
「絶対来てよ?」
「絶対行く、約束だ」
俺はミヤ君に背を向けて小屋を出る。
犬神。
アイツが、三刃杜若が絡んでいるのは間違いないだろう。犬神が自然発生するわけはない。何故明希を狙ったんだ?
ミヤ君に直接関わることができないから遠回しな仕返しか?
だったら、俺やユッケやヤスが狙われるのが自然じゃないのか?
再び不安が堆積していく。
傷つけられた天狗の羽根、三刃杜若は明希の力のことを知っていた、だったら?
それは何を示しているというのだ?


保健室。静かに揺れる白いカーテンに現実感がない。浮遊しているような気分。
しんぢとゆうやも合流したけれど、誰も口を開かなかった。ガラはいつも以上に神経質そうな表情で隅の丸椅子に腰かけている。
新倉教諭が専門書を数冊引っ張り出してページを捲っている音だけがやけにうるさく響いていた。
遠くから聞こえる吹奏楽部が奏でる音楽も野球部のかけ声も全部が遠い。
この空間だけ切り離されたみたいだ。
ベッドに横たわる明希を囲むマオ達は口を開けば悪いことが起こってしまうかのようにきつく唇を結んでいた。
もう終わったはずなのに、彼等の物語はハッピーエンドを迎えたはずなのに、なんでこんなことになってしまったんだ。
明希は目を閉じたまま、微かに上下する胸が生きていることを示していた。
『保健室の眠り姫』そんなあだ名で呼ばれていたっけ。
保健室にガラと新倉教諭以外の人間が入ってくるとカーテンを閉ざして出てこなかったからついたあだ名。
早く起きてくれ、どんな馬鹿な話でも聞いてやるから。
新倉教諭がぱたんと本を閉じて明希のいるベッドに移動した。
「天狗の力を持っている、天狗の羽根を持っている人間が例外すぎて事例がない。でも人外の部分だから自然治癒能力はそもそも高いはずや」
どうしたらいいんだと訴えかけてくる六つの目を新倉教諭は静かに見返す。
「専門的な話してもしゃあないからはしょるけど、エネルギーを明希に移すしかない。輸血みたいなものだと思ってくれて良い、おまえらのエネルギーを明希に移す」
「・・・どうやればいいんですか?」
結んでいた唇を解いてしんぢが問う。
新倉教諭はタスキみたいな布を取り出した。びっしりと呪文が書かれている。
「今、一番精神的に余裕があるやつ、手出して」
真っ先に手を出したのはしんぢだった。妥当だろう、マオはまだショック状態だし、ゆうやもかなり動揺している。
新倉教諭の指示を受けてしんぢは明希と手を繋ぎ、そこを布で縛る。
「ちょっとでも眠気が来たら言えよ、献血に限界があるのと一緒でエネルギーも与えすぎたらまいってまうからな、無理したらあかんで。おまえら三人で交替でやれ」
しんぢは黙って頷いた。
俺はたぶん、できないのだろうな。
猫の目のことがある。
「明希!?」
急にゆうやが声を上げた。見れば明希がうっすらと目を開けていた。「嘘やろ?」と呟く新倉教諭を押しのけて俺は明希に近づいた。
明希の黒い瞳はゆっくりとマオ達を確認してから俺に止まる。
「逹瑯先輩・・・ミヤ先輩が危ない、守ってあげて下さい・・・」
はっきりとそれだけ言うと明希はまた目を閉じた。
また固く閉ざされてしまった目蓋。
明希の顔をのぞき込んだけれど、もう目が開く気配はなかった。
ミヤ君が、危ない?


俺は保健室を出て、屋上へ続く階段の踊り場に腰を下ろした。
ここなら誰も来ない。
さっきこっそり拝借した明希のピアスを取り出す。
何が起こったのか、何があったのか、明希から聞けないなら読みとるしかない。
眼帯をずらして猫の目でピアスを見る。
すぐに引っ張り込まれる感覚がして、目の前にあの小屋の中が広がった、成功だ。

『だからお願いをしているんだよ、君の力を借りたいと言っているんだ』
声の主は三刃杜若だ、冷酷な視線の先には床にうつぶせになった状態で犬神にのしかかられた明希がいた。
『お願い?こういうのは脅しって言うんだよ、くそったれ!』
顔を上げて睨め付ける明希から犬神が力を込めたのか苦しそうな息が漏れた。
『そうだね、脅しだ。なら痛い目に合う前に要求を呑んでおいたほうが利口だと思わないかい?』
『生憎、俺は馬鹿なんでね・・・つーかてめぇだろ、ミヤ先輩に酷いことしたのは!誰がそんなヤツの言うこと聞くかよ・・・』
三刃はため息をついて明希を見下ろした、残虐な笑みを浮かべる。
『知ってるかい?天狗の弱点って翼なんだよ、いや、なにもそこを攻撃したら死ぬとかそういうことではなく、痛覚が集まっていて痛みに弱いらしい・・・君の場合はどうなのかな?』
言われていることの意味が分からず、不安げな顔で見上げる明希の背中を三刃がなぞる、新倉教諭がやったのと同じことなのか、明希の背中に天狗の羽根が出現した。
『・・・・な、』
明希が何かを言う前に犬神が羽根に食らいつく。
記憶の中で耳を塞ぐ方法なんかなくて、明希の悲鳴をまともに聞いてしまう。
そして記憶の中のことだから助けることなんてできない。
明希の悲鳴を満足げに聞いている三刃を止めることもできない。
羽根を半分食いちぎられて、脂汗を流しながら荒い息を吐く明希の顔をしゃがんでのぞき込みながら三刃は優しい声音で言う。
『やってくれる気になったかな?』
顔を上げた明希は、嘲るように、憐れむように三刃を見た。
『友達を危険に晒す結果になるようなこと、やるわけねぇだろうが・・・』
三刃は少し驚いた顔で立ち上がる。
『いるんだよね、別に慣れてるってわけでもないのに暴力に屈しないヤツ・・・雅哲もそうだったよ、まったくかわいげのない』
『・・・っ、そりゃ光栄』
三刃は軽く笑って、明希の鞄から携帯電話を取る。
『ならこうしようか・・・今、君を押さえつけているのは戦闘用の犬神だが、私は呪殺用の犬神も持っている、その犬神にあてられた人間は心臓が止まって死ぬ、呪殺を行使するのには私の場合、名前だけあれば充分だ』
明希の顔から血の気が引いた、三刃は携帯電話を見ながら笑う。
『試しにさっきから着信が入っているこの《二ノ宮慎司》君に犬神を放ってみようか?さあ、どうする?』
怒りと恐怖に震える明希は三刃を睨み殺さんばかりに見上げる。
『この、ゲス野郎がッ!』
『褒め言葉だな、さあどうするんだ?』
唇をきつく噛んで、拳を握り締めながら明希は弱々しく答えた。
『・・・やるよ、やればいいんだろ』
三刃は明希の前に紙を突きだした。あの時、アイツの家にあった念書だ、たしか京さんが言っていた呪符的なものなので三刃も同じ物を持っている、と。
『これを異界に飛ばしてくれるだけでいい、くれぐれも俺を飛ばそうとしないように、こっちだって《能力者》だ対処法は知っている。もしそんなことをしたら、君の携帯のメモリーに入っているお友達、全員殺すよ』



限界だった。俺は強制的に記憶を読みとるのを断絶して、眼帯を元に戻す。
全身にぐっしょりと汗をかいていて、身体がひどく冷たい。
胸の奥底は氷みたいに冷えていて、真っ黒い何かが蜷局を巻いていた。
黒い、真っ黒だ。

ああ、これは、殺意だ。

三刃杜若を許せない。

殺してやりたい。

胸の奥の蜷局に全身が浸蝕されていく。

明確すぎる殺意。

明希をあんな目に合わせて、そしておそらく、ミヤ君を・・・

意識が黒く染まる。

冷えていく身体が怖くて膝を抱き寄せて縮こまる。

怖い

殺したい

許せない



ふと頭に温かなものが触れた。
「逹瑯・・・」
聞き慣れた声。
顔を上げるとミヤ君が心配そうな顔で俺を見下ろしていた。
「逹瑯、大丈夫か?」
頭をくしゃくしゃと撫でる掌の熱で、冷えた身体が溶けていく。
「・・・ミヤ君、アイツが、三刃が、明希を・・・このままじゃミヤ君も、俺、アイツを許せない、殺してやりたい」
黒い蜷局に侵された俺の言葉をミヤ君はいつもみたいに黙って聞いて、そして俺を抱きしめた。
俺の耳にミヤ君の鼓動が聞こえてくる。
「逹瑯、ごめんな」
なんで謝るの?とも言えなくて、自分の中に湧いた感情が怖くて、でもそれは緩やかにミヤ君の鼓動に溶けていく。
「俺も許せないよ、明希を、明希達を巻き込んでしまった自分も許せない、だからちゃんとかたをつけに行こうと思う」
俺は手を伸ばしてミヤ君の肩を掴んだ、行かないでと言いたいのに言葉が出ない。
「アイツとの念書、灰になってた。三刃は明希の力を使って自分の持っていた念書を異界に飛ばしたんだな、法則の違う世界に送って、無効にした」
ホントになんでも分かってるよね、って言いたかったけど口が上手く動かない。
自分が泣きじゃくっているからだと今、気づいた。
馬鹿みたいなうめき声しか出ない。
ミヤ君は俺の両頬を包み込むようにして俺を見た。
「逹瑯は打たれ弱い」
「・・・う、ん」
「すぐ調子に乗るくせにすぐ落ち込む、自分の感情に素直で分かりやすい、怒る時はちゃんと怒る、天の邪鬼だけど、そういうとこは真っ直ぐ」
「・・・うん」
「俺は計算高い、冷静すぎる、感情を出すのは下手、あんま動じない、あとちょっと他とズレてる」
「・・・うん」
「逹瑯は熱くて、俺は冷たい」
そこでミヤ君は微笑を浮かべる、俺の好きな笑顔を見せてくれる。
「だから俺達は二人でちょうどいい。だから逹瑯・・・一緒に三刃杜若の所に行ってくれるか?」
きっとミヤ君は一人で行くつもりだと思っていた。
嬉しくて、俺の力を必要としてくれたことが嬉しくて、俺はミヤ君の手に自分の手を重ねた。

「一緒に行こう」





昇降口でユッケとヤスに会った。ガラから連絡を受けたらしい。
「明希君は!?大丈夫なの!?ってゆーか何があったの!?」
慌てた様子のユッケにミヤ君はいつもの涼しげな表情のまま言う。
「明希は新倉先生が見てくれているから、心配するな。・・・やったのは三刃杜若だ。二人に頼みがあるんだが聞いてくれるか」
「なんでも言ってくれ」
ヤスは凛々しい顔できっぱりと答える。
「ユッケは青バス連中にこのことを伝えて、そして涙沙を守るように言ってくれ。三刃杜若の真意が読み切れない、明希の力のことを知っていたなら涙沙のことだって知っているかもしれないから、念のためだ」
ユッケはミヤ君の表情を窺うような様子を見せて小さく頷いた。
「焦るなよ、焦って動くとおまえは滑る」
そんなことを付け加えてからミヤ君はヤスのほうを向いた。
「ヤス、うちの野球部は金属バッドを所持しているか?」
「あるべ」
「一本パクって来てくれ。そのあとはユッケと青バスチームに合流して一緒にいろ」
「それだけか?」
落胆の意味ではなく、只真っ直ぐにヤスはミヤ君を見ていた。
「それだけだ、浅葱君に頼ってしまってすまないと、伝えてくれ」
「・・・ミヤ君がそう言うなら」
頷く二人の胸にとんっと拳を当ててミヤ君は俯いたまま言う。
「・・・・・・すまん」



ヤスが持ってきた(正確には盗ってきた)金属バッドを肩に担いだ状態でミヤ君は俺の自転車の後ろ。一回、銀湾荘へ、ミヤ君の家へ寄ってくれと言われた。
結果的には同じ事で、不意打ちで来られるよりは良いと、ユッケ達と別れたところで、ミヤ君が三刃杜若の携帯に連絡を入れたのだ。
メモリーは消去していたが番号を記憶していたらしい。
そして三刃杜若を葉隠公園へ呼び出した。

いつもの帰り道、田圃のあぜ道、草の香り、水路を流れる水の音、蛙の鳴き声、髪を撫でる風、堤防、川のせせらぎ、水の匂い、鳶の鳴き声、水鳥の羽ばたき、のんびり泳ぐ亀、遠くに霞んで見える行ったことのない高いビル、見えないのに聞こえるどこかの踏切の音、濃い夏空、くじらみたいな雲・・・
全部が遠ざかっていく。
古い平屋ばかりの住宅街、空き地で遊ぶ子供の声、夕餉の匂い。
なにもかもが遠くなる。
銀湾荘の前で自転車を止めると、ひょいっと飛び降りてミヤ君は俺を見る。
「逹瑯も一回家帰るか?」
「なんで?」
「・・・なんでっておまえ」
「死ぬかもしれないから、家族とお別れ的な?」
「そんな露骨なことは言ってねぇけど・・・」
「いいよ、そういうのは別に。部屋にも特に見られて困るもんもないし?」
「ときたまオマエが全く分からなくなるよ」
ミヤ君は苦笑して、鉄製の階段を駆け上がっていったので俺も後を追う。
「あれだよね、ミヤ君ってこういう時は一張羅に着替えるタイプでしょ?」
「オマエのそういう当て方ってたまに心底ムカつく、そうだよ、着替えるんだから外で待ってろよ」
「ついでにもう一つ当てていい?ミヤ君は体育をサボってたんじゃなくて、人前で着替えたくない理由があったからじゃないの?」
乱暴に部屋の鍵を開けながらミヤ君は俺に視線を寄こす。
「・・・入れよ」
それだけ言って部屋に入るミヤ君に続いて俺も部屋へ足を踏み入れる。
もはや自分の部屋より馴染みがあるミヤ君の部屋。
「でもよ、死ぬかもしれないのは事実なんだぞ、死ぬつもりは毛頭ないけどさ」
俺はいつもの位置に腰を下ろしてミヤ君を見上げる。
「俺はミヤ君と一緒に行くって決めたからね、今更帰れはナシだよ?」
「分かってる」
ミヤ君は襖を開けて奥からビニールに入った服を引っ張り出しながら言った。
そして、背を向けたまま制服を脱ぎ捨てた。初めて見るミヤ君の何も身につけていない背中は傷だらけだった、日に当たったことがないんじゃないかと思えるような白い肌に巨大な爪痕がミミズ腫れになって交差している、予想はしていた、明希のピアスから読みとった記憶の中で三刃が言っていたことから、予想はしていたけれど、俺の中でまた黒い蜷局が渦巻いた。
でも俺は何も言わなかったし、ミヤ君も何も言わなかった。

「複雑な気分だ、とても複雑な気分だ・・・」
着替え終わったミヤ君はそう呟いた。
喪服姿。ちくしょう、涼やかな顔立ちに似合いすぎるくらい似合っていてむちゃくちゃカッコイイ。
「なにが複雑なのさ?」
「中2の時に仕立てた服がサイズぴったりだ、俺の成長期はいつ来るんだ・・・」
「いや、それはたぶん・・・もう諦めたほうがよくね?」
「まだ高2だ、きっといける!」
個人的にはミヤ君には今のままのサイズでいて欲しいんだけど、というか絶対に俺の身長は超さないで欲しい、あの目で見下ろされたら竦み上がってしまう。
「つーか俺の親戚ってがっちりした人多かったから、体つきはがっちり系になるとは思うんだけどなぁ・・・」
「そうなの?」
「うん、みんな早死にしちゃたけどなぁ・・・」
「そうなんだ」
そうだよな、親戚がいるなら三刃じゃなくそちらに引き取られてたはずだもんな。
ミヤ君は盗ってきた金属バッドに油性のサインペンで何かを書き始めた。
「なにしてんの?」
「おまえ用の武器作ってる。犬神相手に素手じゃきついだろ」
書いているのは梵字かな?
「そりゃどうも・・・いつのまにそんな小技を?」
「調べだしたら突き詰めないと気が済まない性格だからな」
「難儀だねぇ」
「半分おまえに分けてやりたいよ・・・」
ため息をついてミヤ君は俺に金属バッドを渡した。喧嘩なんてろくにしたことないけれど猫の目を解放した状態でならなんとかなるだろう。
「ミヤ君の武器は?」
「これ、京さんから貰った」
遠心力を利用した見事な開閉操作でミヤ君は片手でバタフライナイフを開いて見せた。
刀身の部分に呪文が刻まれている。
「・・・ずるい!贔屓だよ!」
「銃刀法違反だから」
「だからなにさ!」
「ちゃんと隠し持ってられるか?自慢してまわらないか?見せびらかさないか?」
「・・・すいませんでした」
いつもみたいな会話なのに日常から遠い会話はどこか空虚だった。
気を抜いたらきっと身体が震える。
黒い蜷局は已然として俺の中で渦巻いていた。


全部が遠くなる。


葉隠公園に向かう途中の道にユッケとヤスがいた。
渋い顔をするミヤ君にユッケが泣きそうな顔で言う。
「ごめん、でも・・・ミヤ君とたつぅだけ行かせられない」
「分かってる、俺が逆の立場だったら絶対そう思うから・・・でもオマエらが来ても何もならない、むしろ足手まといだ」
「でも・・・」
「優介、俺達は死なないから、絶対にオマエらの所に帰ってくるから・・・待っていてくれ。それが一番力になる、帰る場所があることが、力になるんだ」
まだ納得がいかない様子のユッケの頭に俺はヘッドバッドをかました。
「いたっ!?なにすんだよ!?」
「大丈夫だって言ってんだろーが、信じろよ、泣き虫」
「泣いてねぇし!」
頭をかばいながら言うユッケに今度は軽くタックルして俺はヤスの顔を見る。
そんな凛々しい顔ができるなら普段から保っておけば絶対モテるのになあ。
「俺は、馬鹿だからよく分かんねぇけど、ユッケが言ってるのすげえ分かる、二人に行って欲しくねぇ、けどミヤ君の言うことも分かる。だからユッケが言ってることも正しいしミヤ君の言ってることも正しいと思う。俺にできることが待つだけなのがすげぇ悔しい、力になりたいのになりきれてないのが辛い、でも、俺は逹瑯のこともミヤ君のことも信じてるから・・・待ってようと思うんだ、でも不安」
辿々しくそう言うヤスを見上げてミヤ君は唇を尖らせた、何か考えている時の癖。
「・・・おまえら、ちょっと来い」
そう言ってミヤ君は歩き出した、俺達は顔を見合わせてから後を追う。
ミヤ君が入っていたのはゲームセンターだった、そういえば今日、マオと明希と一緒に此処に来る予定だったのだ、ほんの数時間前のことが遠い昔のことみたいに感じる。
ミヤ君は眉間にシワを寄せてプリクラの機械を見ていた。
「なんだよこれ、どうやってやるんだ?」
「・・・ミヤ君?」
「撮りてぇんだろ?撮るぞ、4人で撮る」
なにがどうしてどうなってその結論に到ったのか全く分からないのだが・・・ホントどういう思考回路してるんだ?
だいたいこの状況で4人で写真撮るってダメだろ、それ。
「あのぉ?」
おそらく俺と同じ事を思っているユッケと、なにがなんだか分からないという顔で首を傾げるヤスに向かってミヤ君は言う。
「これだけ《死亡フラグ》立てておいたら、恥ずかしくて絶対死なねぇだろ」
・・・・・・はい?
何を言っているんだ、この人は?
天然の極みをここに見た。
俺とユッケとヤスは顔を見合わせて、同時に吹き出した。


ゲームセンターを出て手元に残ったのは四等分したプリクラ。ハートが飛び交うキラキラのフレームに大爆笑したテンションのままの俺達、ミヤ君だけはニヒルスマイル。
身体をくっつけあって笑っている4人組。
どこにでもいるありふれた高校生の姿。
俺達はそれを大切に内ポケットにしまい込んで歩き出した、俺とミヤ君は葉隠公園へ、ユッケとヤスは学校へ。
いつもみたいに手を振って、いつものバイバイ。
あとはふり返らない、歩くだけだ。



「殺すんじゃない、かたをつけに行くんだ」
「・・・うん」
「でも正直、アイツがどうやれば俺から手を引いてくれるかは分からない、状況を見ながら考えようと思う、話が通じる相手でないのは確かだけどな」
そう言いながらミヤ君は眉間にシワを寄せる、険しい顔をしていても彼の横顔はいつだって涼しげだ。
「性に合わないんだけどな、策戦立てずに突っ込んで行くのは・・・」
「そお?俺は逆に楽だけど」
「脊髄反射で生きてるもんな、逹瑯は」
「ナチュラルに酷いこと言うよねぇ・・・」
まぁ常々思ってはいたけれど、俺とミヤ君って正反対だよな。半分半分と言ってもいいのかもしれないけれど。
二人で丁度良いか。
空は見事なぐらい真っ赤だった、でも大好きなはずの夕焼けは俺の胸に響かない。
赤。
血の色。
明希は大丈夫だろうか。
「ねぇミヤ君、三刃杜若さぁ、ちゃんと葉隠公園に来てるかな?」
「来てると思うぞ。これは奴自身から聞いた話だけれど《祝り人》クラスの《能力者》はそういった申し出は断らないらしいんだ」
「それは何?《決闘》文化みたいなもん?」
果たし合いって日本文化だよな、いやどの国にもあるんだけど、侍って感じがする。高田馬場の決闘とか・・・堀部安兵衛カッコイイよな。
「ミヤ君、忠臣蔵なら誰派?」
「・・・だいたいオマエの思考がどこをどう通ったかは分かるけど話飛びすぎだぞ。俺はそうだな・・・高田郡兵衛」
「渋いっ!選択がマイナーな上に渋い!途中で離脱した人!?四十七士以外から持ってくるとは!!」
「急進派だったのに、仇討ちを悟らせないがために離脱、その時点でかなり苦しいのに、裏切り者と白眼視され、説によっちゃ一人で切腹して忠義を尽くす、討ち入りに加われなかった悔しさとか、たまらなく好きだ」
前から言いたかったけどミヤ君って根暗なんじゃないだろうか、いや、俺も人のことは言えないけどさ。
「つーかそんなところでまで無駄にマゾっぷり発揮しないでよ、楽しもうよ・・・」
「逹瑯は誰派なんだよ?無難に堀部安兵衛か?」
「不破数右衛門と間新六郎」
「・・・自分にないものを求めてるんだな」
「その通りですが、まさかそんな的確な突っ込みをもらえるとは・・・」
「討ち入りでは突っ込んでいってばったばったと敵を倒した不破に、切腹の時マジで腹を切り裂いた間新六郎、しかも二人とも浪人してたのに討ち入りに加わってる、まさに豪毅だ。派手な伝説持ってる堀部安兵衛を選択しないところが天の邪鬼な逹瑯らしいよ」
褒められてんだか貶されてんだかよく分からないな。全部その通りなので返す言葉もないけどさ。
「ミヤ君はそうだなぁ、礒貝十郎左衛門だね、イメージ的に」
とっさに機転がきくところがだ、他意ははないぞ、他意は。顔の話はしていないからな。
「遺品に琴の爪ってところが綺麗だよな、悪い気はしない。じゃあ逹瑯は大石主税だな」
「ホント!?どの辺が!?」
「背が高いところ」
「うれしくねぇ〜!!」
まぁ確かに俺が赤穂浪士に被る部分はないと思うが、お家断絶になったら真っ先に逃げるぞ。
しかしこのタイミングで忠臣蔵の話するって俺達、肝が据わってるんだか鈍いんだか阿呆なんだかよく分からないな。まあミヤ君は前二つ部分で俺は単純に阿呆なんだろうけど。
「まぁ《能力者》達の場合、《決闘》だの《果たし合い》だのっていう言葉からはかけ離れているみたいだけどな」
ミヤ君は何事もなかったかのように話を元に戻した。
「どういうこと?」
「正々堂々というわけにはいかない、というかならないというか、罠を張ってもいいし、助太刀呼んでもなにしても勝てば良いってことらしい。で、葉隠公園だ。パワースポットだから俺の犬頭もオマエの猫の目も全力で使えるし、夕刻になれば人が来ない、魔術的な力が使いやすい。それは向こうも同じってことになるけれど」
「痛し痒しって感じだねぇ」
「俺の力が一番発揮できるのは犬頭を祀ってある神社ってことになるけど、そんなところ呼び出してもさすがに来ないだろうしな、だいたいオマエの猫の目は日本の魔術概念からは外れた存在だから、ややこしくて」
猫の目。
二足歩行の猫。
アイツはアイルランド出身だったな、そういえば。
ケルト系と日本、似通ったところはあるけれど《法則》となれば例外の方が多かろう。
俺は肩に担いだバッドを見た。
「ミヤ君、これ《ゲイボルグ》って呼んで良い?」
「だめだ。どんだけ大きく出るんだよ、ケルト神話の最高神ルーの息子であるクー・フーリンの武器の名前で呼ぶって・・・そしてこんなほとんど説明にしかならない突っ込み面白くもなんともねぇ!!」
「いやあ、それでも突っ込めるミヤ君が好きです」
俺の思考回路読めてるよな、ミヤ君って。俺はいまだにミヤ君の思考回路が分からないんだけれど。
そんな俺の顔をのぞきこんでミヤ君はへにゃっと笑った。
「やっといつもの逹瑯になってきたな」
「ふえ?」
「いつもの俺達のままで行こうぜ、たぶんそれが俺達の最強モードなんだから」
ああ、本当にミヤ君には敵わない。



葉隠公園は夕陽に赤く染まっていた。静まりかえった公園、シーソーも滑り台も鉄棒もジャングルジムも平均台もターザンロープもブランコも長い影が伸びている。
中央、いつもは京さんがいる幾何学模様モニュメントの前に三刃杜若がいた。
赤に染められた公園の中で、漆黒を纏っているかのように黒い。
特徴のない顔立ち、グレイのスーツ姿、それなのに限りなく残虐で、冷酷でな雰囲気。
三刃は俺達を見ると薄く笑った。
ビニール袋に皺が寄ったみたいな不自然な笑顔。
深みのない黒目、只の黒としてそこにある黒い目を見ると背筋に冷たいものが伝った。
人を人と思っていない目。
人を物と同義にしか感じていない目。
「久しぶりだね、雅哲」
三刃の言葉にミヤ君は面倒くさげに首を捻った。
「気安く呼ぶんじゃねぇよ」
「短い間とはいえ《お父さん》だった相手に言う台詞じゃあないな、しかしお友達も一緒とは・・・宗旨替えでもしたのかい?」
ミヤ君は鼻で笑って答えない。
「猫の目の少年じゃあないか、声をかける相手は選ぶものだな、おかげでこちらは酷い目に合ったよ」
「《身から出た錆》って言葉知ってるか、おっさん」
「《蟷螂の斧》という言葉を知っているか、少年」
薄い笑みを浮かべたままの三刃を俺は睨みつける。
「解釈多いから良いやつを取って褒め言葉と受け取ってやるよ。俺の名前は岩上逹瑯だ、覚えてもいいけど呼ぶんじゃねぇぞ、ミヤ君の名前も呼ぶな」
三刃はもう俺に興味を失ったらしくミヤ君に視線を戻していた。
「雅哲、やはりお前はすごいよ、犬神を犬頭に昇華させるなんて並の人間じゃない、《祝り人》の中でもそんな逸材はいない、余計な邪魔は入ったが結果的には良かったと思える、やはり私の手元に置いておきたい、三刃の跡取りとしてな」
ミヤ君は心底不愉快そうな顔で目を細める。
「犬猫じゃねぇんだから気安く移動させられても困るし、三刃家の跡取りなんてなりたくねぇよ・・・浮雲」
何度か小声で言ってる場面は見たけれど初めてちゃんと聞こえた。「浮雲」と言った瞬間ミヤ君の犬頭の力が解放される。
白い耳と長いふさふさの尻尾。
これの理屈ぐらい俺にも分かる。犬頭に名前を付けて制御しているのだろう「浮雲」というのがミヤ君の犬頭の名前なのだ。
既に臨戦態勢のミヤ君に三刃はなんでもないように言った。
「なあ雅哲、お前が中学の頃やたらと近い親戚が死ななかったか。あれな、実は俺がやったんだ」
ミヤ君は上げかけた踵を下ろして呆然とした顔で三刃を見る。
「遠い親戚筋の中にお前みたいな才能を持った者がいたことに驚いて、なんとしても手元に置きたかったから、外堀から埋めていったというわけだ、ここまで言えば分かるだろう?」

「お前の両親は俺が犬神を使って殺したのさ」

てっきり飛びかかっていくかと思った、むしろとっさに眼帯を引きちぎってしまった俺のほうが三刃にそのまま突っ込んでいくところだった。
でも、ミヤ君が動かなかった、その呼吸の微細なズレが俺の足も止めた。
ミヤ君は表情一つ変えずに三刃を見ていた、いつもの涼しげな顔で、でも分かる、今の俺なら分かる、ミヤ君の瞳の奥に黒い蜷局が宿っていた。
殺意。
怒りを凌駕する感情。
三刃が指を鳴らすとあの巨大な犬神が出現した、明希を襲った犬神。
地獄の番犬のようなという表現が合う、禍々しい黒犬。
「天狗の羽根の少年が死ななかったのは計画外だったな、ちゃんとこいつに食い殺しておくように命令しておいたのに」
三刃の言葉に俺の胸の奥で黒い蜷局が渦巻き出す。
血を流して横たわる明希の姿を、食いちぎられた痛々しい羽根を思いだす。
本当にコイツは明希を殺す気だったのだ、そしてミヤ君を苦しめる気なのだ。
俺は眼帯を投げ捨てる。
バッドをかまえる。
ミヤ君もバタフライナイフをかまえている。
三刃は余裕のある笑みでモニュメントにもたれかかり犬神に言った。
「行け、霧雪(むせつ)。殺さない程度に、な」
唸り声を上げて飛びかかってくる犬神に俺はバッドを振り上げて走り出す、横っ腹目がけて牙を剥くその鼻面をバッドで殴り飛ばす。
電柱にでも当てたような感触だがダメージは与えられたらしい、犬神は少し後退して、牙を剥き出しにして俺を見る、燃えるような赤い瞳。
そこにすかさずミヤ君が飛び出して犬神の脳天目がけてナイフを振り下ろすが直前で犬神は大きく頭を反らして避けると逆にミヤ君の手に食らいつこうとした。
舌打ちをしながら地面を蹴って後ろに飛んだミヤ君の手の甲から僅かに血が流れていた。
おかしい、
何かが変だ、
噛み合わない、
ミヤ君と呼吸が合わない。
ミヤ君もそれに気づいているようで困惑の視線が一瞬交差した。
「やりづらいだろう、雅哲」
モニュメントにもたれたまま三刃が口を開く。面白そうに言う。
「犬頭を憎しみの心で使うのは難しいだろう」
ミヤ君は表情を変えることなく「なるほどね」と呟いた。
犬頭は神だ。
犬神が昇華した神。
ミヤ君が誰も憎むことなく生きてきたからこそ叶ったそれ。
いくらミヤ君が感情の自律ができるとはいえ、両親を、親戚を殺し、自分を苦しめ、友人を殺そうとした男を目の前にして、まったく憎まずにいられるわけがない。
心理戦、というわけか。
いつもと違うミヤ君と俺、呼吸が合わないわけだ。
ならばどうする?俺が冷静になってみるか?
しかし俺は依然として胸の奥に居座る黒い蜷局を消し去る術を知らないし、ミヤ君みたいに策も立てられない。
そしてどうやら考える暇は与えてくれないらしく、再び犬神が飛びかかってくる、ミヤ君目がけて。俺は地面を蹴って跳躍する、犬神の横腹めがけて突きのようにバッドを繰り出す、が攻撃が届く前に尻尾が鞭の様に振り回され、逆に胸の辺りにまともにそれを受け、吹っ飛ばされる。
ミヤ君はやはりいつもより動きが鈍い、犬頭を使い切れていない。犬神の頭突きを受けて地面に転がる、即座にそのまま後転して起きあがり犬神から距離をとったけれどもう息が上がっている。
どうすればいい?
どうすればいい?
その時、だった。公園のフェンスが軋む音がして、白い影が風のように駆け抜けてきた。
白い虎・・・浅葱だ。
その上に涙沙がまたがっている。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
涙沙が上げる雄叫びと虎の姿の浅葱に驚いて、三刃が身体を起こす。
「なんだ?人虎!?・・・霧雪っ!!」
三刃が犬神に指示を出す、二人の意図が読めた俺は三刃の元に行こうとする犬神の前足を薙ぎ払うようにバッドを振るった。
涙沙の《災厄の左手》。いつもしている手袋を脱いだその手が三刃の顔面を思いっきり掴んですぐに離れる。
「そのまま戻れ!!浅葱君!!」
ミヤ君の声に虎の姿の浅葱は小さく頷いて駆け抜けていく。涙沙がふり返って声の限りに叫んだ。
「逹瑯君!!ミヤ君!!待ってるから!!みんな待ってるから!!だから絶対っ!!絶対戻って来てやっっっっ!!!」
涙沙を乗せた浅葱はそのまま公園の外へと駆け抜けて行った。
「・・・っなんだ、今のは?」
浅葱や涙沙の情報は行っていなかったのか、唖然とする三刃にミヤ君は笑った、いつもの笑顔で笑った。
「・・・そうだったな、確かに俺の過去はてめぇにめちゃくちゃにされた、でも《今》と《未来》なら、手に入れてんだ、そこにいる無駄にでかいパグのおかげでな」
ミヤ君は俺を見てまた笑う、俺も笑い返した。
「なにを、言って・・・?」
戸惑う三刃の頭上、あれだけ京さんが上に乗っかってもなんともなかったモニュメントの一部が剥離して、落下していく。
音に気づいて顔を上げた三刃目がけて落下していく。
慌てて横に避けるが顔面をもろに掠めたらしい、派手な音を立てて転がるモニュメントの一部の隣で三刃もうめき声を上げて倒れ込む。
三刃の顔は額から鼻の辺りにかけてざっくり切れていて血が滴っていた。
「な、なんだ・・・これは・・・、呪い!?」
主がダメージを受け、精神を安定させていないため、完全に動きを止めた犬神目がけて俺はバッドを振り下ろした。
今度こそ確実な手応えを感じた、犬神が叫び声を漏らして頭を地につける。
俺の隣に移動してきたミヤ君が言う。
「逹瑯、策というほどでもない只の役割分担なんだがな・・・おまえはアイツを攻撃してくれ、俺は犬神を相手にする、まぁアイツも多少格闘の心得はあるが犬神を操りながら戦うのは至難の技だろう」
「了解、ミヤ君」
起きあがった犬神の鼻を押さえつけながらミヤ君は犬神の喉へとナイフを突き立てる。
それを確認すると俺はバッドを引きずりながら三刃の元へと向かった。
「おい、オッサン」
「・・・貴様等全員、死ぬ覚悟はできてるんだろうな」
「そんなもんねぇし、今後もしないだろうけどね・・・ミヤ君から手を引いてくれないかな?」
「雅哲の力は三刃家の繁栄のために必要だ」
「繁栄?なんのために?」
立ち上がった三刃は顔面の血を拭いながら折り畳み式の特殊警棒を開いた。
えらく近代的な武器を持ってやがる。
「もはや正式な犬神使いは三刃家のみ、本家である一刃に取って代わる、最終的に《祝り人》は私が牛耳る」
「だから、なんのために?人の一生めちゃくちゃにして、力の弱い人間いたぶって、人を殺して、それは求めなければいけないものなの?」
「お前のような餓鬼には言っても分からんことだ」
「・・・一生分かりたくねぇよ」
振り下ろされる特殊警棒をかわして三刃の腕を拳で叩く、筋肉組織が壊れる音がして三刃はまた倒れ込んだ。
犬神使いでも人間、猫の目を解放した俺のほうに分があるということか。
「岩上逹瑯、だったか・・・俺を殺すのかい?」
三刃は俺を見上げてあの薄い、不自然な笑みを浮かべる。
「俺は生き続けるかぎり雅哲を諦めないよ。そのためなら君の周囲の人間をいくらでも殺すだろうし、君自身も殺すだろう・・・あの天狗の羽根の子にやったことを何度も繰り返す、目的を達成するまでいくらでも、理解できないだろうがこれが三刃のやり方だ」
ほんの数時間前の話だ、あと一歩駆けつけるのが遅ければ、明希は犬神に喰い殺されていた。今、此処で三刃を逃がせば、俺達の周りの人間が殺される?
みんなを守りきる術なんかない、呪殺用の犬神を飛ばされればそれこそ瞬殺される。
ミヤ君は苦しめられ続ける。
胸の奥で渦巻く黒い蜷局。

殺意。

俺はバッドを振り上げる。

猫の目を解放した状態だ、一撃振り下ろすだけで、三刃を殺せる。


でも、それでも浮かぶのは、文句を言いながら世話を焼いてくれるユッケ、落ち込んでると一生懸命励ましてくれるヤス、可愛い笑顔でじゃれてくる明希、減らず口ばっかりなくせに友達思いなマオ、たまにホントの笑顔が見られると妙に得した気になってしまうしんぢ、うるさいけどこっちまで元気が出てくるゆうや、優雅なのにどっか抜けてる浅葱、悪態つきながらも親しくしてくれる涙沙、しっかり者だけど可愛いところがある恒人、つくづく残念なくせにいつだって真摯な英蔵、困っているとさりげなくフォローしてくれる大城、軽口ばっか叩くけどけっこう頼りになるガラ。
みんなの顔。
ミヤ君を自転車の後ろに乗せて走る通学路、前の席のユッケにちょっかい出し過ぎておこられる授業中、4人で馬鹿話する昼休み、笑顔で廊下を駆けてきては変なことばっかり言う明希達と一緒に過ごす休み時間、真剣な顔で汗をながす青バスチームを眺める放課後、一日一回はないと気が済まない保健室で神経質そうな笑顔を見せるガラとの会話。
そういったものたちが只、大切で、守りたくて、守りたいからこそ振り上げたバッドを俺は振り下ろすことができない

これを振り下ろしてしまえばもうあそこへは帰れない。

もうあの日常に戻れない。

黒い蜷局は、殺意は確かにそこにあるのに、俺にはできない。

手が震える、全身が震える。


鈍い音がして一瞬目の前が暗くなった、三刃は既に立ち上がり、特殊警棒を手に持っていた。
生温かいものが額から流れて左の視界が赤く染まる。
頭を殴れられたらしい。
ふらつく俺に三刃は冷めた視線を寄こして笑う。
「殺せないのなら、私が君を殺そう・・・ああでもあちらはもうダメか」
ふり返るとミヤ君が犬神を倒したところだった、黒い霧になって霧散する犬神に三刃は肩を竦める。
「あれはけっこうな自信作だったんだが、少し見くびっていたようだな」
ミヤ君が俺のところに駆け寄ってくる、隣に並んで三刃を見る。
「俺から手を引いてくれ、今後一切関わるな」
「・・・できない相談だな」
そう言って三刃は何かを飲み込んだ、瞬間、黒い炎に包まれる。
次に姿を現した時、三刃は人の姿をしていなかった。
瞳をなくした目は赤く爛々と輝き、口が耳まで裂けている、スーツがパンパンになるほど身体が膨らみ、爪は鋭く伸びていた。
俺はバッドを拾ってかまえる。
「犬神と同化したのか・・・」
ミヤ君が深い息を吐いてそう呟いた。
飛びかかってくる三刃の攻撃をバッドで受け止めたがバッドは簡単にへし折られ、爪が俺の肩を抉る。
歯を食いしばって悲鳴が漏れるのを堪えた、明希はもっと痛かったはずだ。
返す腕で三刃はミヤ君に手を伸ばす、爪とナイフが交錯して火花が散る、三刃は反対の腕でミヤ君の腹を殴りつけた、小さな身体は宙に浮いてそのまま吹き飛ばされ、糸の切れた人形みたいに地面を転がる。
「ミヤ君!!」
駆け寄る俺の腕を大丈夫だとばかりに軽くたたいて、ミヤ君は起きあがると血の混ざった唾を地面に吐き捨てた。
三刃杜若、強すぎる。
あの時、俺はバッドを振り下ろすべきだったのか?
このまま俺は殺されて、ミヤ君は三刃にとられてしまうのか・・・
肩から垂れる血がどくどくという音に合わせて痛む。
バッドを持っていた右腕が痺れて動かない。
左の視界は完全に奪われている。
俺達は互いの身体を支え合って立っている状態だった。
よく見ればミヤ君も犬神との戦いでボロボロだった、喪服姿だから分からないけれどきっと血まみれだ。
「逹瑯、ごめんな」
「謝るとこじゃないでしょう」
「じゃあ、ありがとな」
「諦めるの?俺は嫌だけど」
「ん、俺も嫌だ。ユッケとヤスとの約束守りたいし、左手使わしちまった涙沙にもお礼言わなきゃいけないし」
「だよね、そーいやあさ。2学期から購買のメニューにメロンパンが入るらしいよ」
「ああ、食いてぇなメロンパン。駅前の喫茶店、夏の限定パフェまだ食ってねぇし」
「はは、そーいや今年の納涼祭りの花火はいつもより盛大らしいよ」
「なに?ウチの市にそんな余裕あったんだ、祭りといったらチョコバナナは外せないよなぁ」
「ミヤ君、甘いのばっかり。俺は南風のお好み焼きまた食べたい」
「偶にはさぁ、明希達と青バスチーム一緒に誘って行こうぜ、全員で遊んだことってまだねぇじゃん」
「しんぢの変態発言に涙沙がドン引きしてる姿が目に浮かぶ・・・」
「そこに浅葱がなんかズレたこと言って、面白い事態になりそうだなぁ」
「いや、そこはミヤ君が収拾つけないと」
「おもしれーことは静観しないとダメだろ〜」
出血と痛みで身体がふらふらする。視界がぼやける。ミヤ君の腰に回した手が血で滑った。
それでも俺達は笑っていた。
異形と化した三刃がゆっくりとこちらに歩いてくる。
俺が殺されたらミヤ君はアイツに連れて行かれてしまう、だから死ぬわけにはいかない。
それでも俺の中の黒い蜷局は渦巻くだけで鎌首をもたげることはなかった。
こんな状況でも人を殺せないのが弱さなのか強さなのか分からない。
そもそも勝てる率が低すぎる。
俺もミヤ君ももう武器がない。
さて、どうしようかな・・・

「うわっ、なにオマエら、ぼろっぼろやん、アホちゃう?」

町で偶然会ったので挨拶しました、みたいな気軽さで聞こえてきた声にふり返ると公園の入り口から一人の人物が歩いてくるところだった。
「今度から《最も外さない男》の二つ名で呼びたい気分ですよ・・・京さん」
「邪魔くさいからええわ」
そう言って京さんは軽い足取りで俺の隣まで来た。
「すまんなぁ、ちょっと衣装の新調と髪型がなかなか決まらなくて遅くなってまったわ」
かなり伸びていた金髪の頭は左側がざっくり切り落とされていてアシンメトリー。白いスーツ姿だけれど上半身はジャケットだけ、裸ジャケット。
もはやどこもかしこも凄すぎて褒める言葉が出てこない。
三刃は突然現れたイレギュラーキャラに警戒して足を止めていた。
「ああ、素敵な髪型ですね」
ミヤ君がそんなことを言った、やっぱ天然だな、読心術できるのってぐらい人の思考読めるくせになんでズレるんだろうな、謎だ。
「ホントのこと言ったら東北地方におったんやけどガラから連絡もらってな、タクシーの運ちゃん脅して猛スピードで走らせたあげく料金払わなかったし、新幹線無賃乗車したし、最終的にバイク盗んでかっ飛ばして来たんやで、いったい幾つの犯罪を犯したのか数えるのがめんどくさいわ。バイクにいたっては無免許やし、昔友達に乗り方教わっといてよかったわ、やっぱあれやな、修得しておいて無駄になる技術は一個もないな」
いやいや、最後すごい良い話っぽくまとめたけど、すげぇことやってきたな。
しばらく何かを考えている様子だったミヤ君が言う。
「新幹線の無賃乗車なんてできるんですか?」
この状況では全力でどうでもいいよ、そんな部分っ!!
「人間死ぬ気になったらなんだってできる」
・・・だからなんでそんな名言っぽく言うんだ。
でも「死ぬ気で駆けつけてくれた」って思ってもいいのかな?
「なんだ貴様は!?」
三刃の叫びに京さんは八重歯を見せて笑った。
「俺は、西村京、外法師や・・・」
三刃の目が見開かれる。
「俺の邪魔をした外法師がいるのは分かっていたが・・・お前だったのか」
「雑魚にお前呼ばわりされる覚えはないで。一応聞くけどミヤから手を引く気はないんか?」
裂けた口を広げて三刃は笑う、高らかに笑う。
「ないな、いくらお前レベルの外法師が出てきたからといっても諦めるわけにはいかない、三刃家が《祝り人》に取って代わる・・・その目的のためには雅哲は絶対に必要な素材だ」
京さんは深い深いため息をついた。
整った、でも綺麗さよりは可愛さが目立つ顔に影が落ちる。
「逹瑯、ミヤ・・・アイツは殺すぞ」
厳かな声だった。「殺す」その一言がとてつもなく重く感じた。
京さんはジャケットを脱ぎ捨てると、アクセサリを一つ一つ外して地面に投げた。
「俺がやる、オマエらの手を汚す必要はない、こんなヤツのためにオマエらが汚れる必要もない、そーいうのは《外法師》の仕事や。オマエらはそこのモニュメントの裏に隠れとけ」
「でも、京さん・・・俺の問題でそんな風に」
「ええから」
ミヤ君の言葉を遮って京さんは優しさと悲しさの入り交じった目で俺達を見たら。
「見たらあかん。というか見んといてくれ、これはお願いや」
緩やかに京さんの身体に変化が現れる、波打つ皮膚。
いつもと違うのはそれが右腕だけではなく全身に現れていたこと。俺達は深く頭を下げると言われた通りモニュメントの裏で背を向けて座り込んだ。


もう空は薄暗いけれど、猫の目のままだから景色がよく見えた。
薄い紫の空を見上げながら俺達はどちらともなく手を握った、爪が食い込むほど強く手を握った。
三刃の悲鳴と何かをかみ砕く音が聞こえてくる。
ミヤ君は片手で器用に煙草を出して火をつけた。
「ちくしょう、ぐしゃぐしゃになってる・・・」
「派手に転がったもんねぇ」
紫煙はゆらゆらと立ち上り、メンソールの匂いが鼻を掠める。
目の前でブランコが風に揺れていた。
悲鳴と咀嚼の音はまだ止まない。
「怪我、大丈夫?」
「切り傷とかはたぶん、でもアバラ一本逝ってるみたいだ・・・逹瑯は?」
「俺は肩の怪我以外はあんまり・・・つーかアバラ折れてる時に煙草吸っていいの?」
「大丈夫だよ、痛いけど」
俺達は握る手に力を込める。

血の臭い、痛み、俺達は生きている。
俺は結局殺せなかった、友人と自らの命の危険を目の前にして三刃杜若を殺すことができなかった。
殺したい気持ちは確かにあったのに、できなかった。
それが正しいだとか間違っているだとかそんなことは分からない。
只、俺にとってあの日常へ帰ることが、みんなの待つ場所に帰ることが全てだったというだけだ。
人を殺してしまったらもう戻れなくなる気がしたのだ。
三刃杜若はどうしようもないほど悪人だった、それでもアイツは人間なのだ、彼がああなってしまった、人を人と思えない人間になってしまった経緯にも少しだけ思いをはせた。
俺が三刃杜若を殺せば、ミヤ君達はその罪を一緒に背負おうとしてくれるだろう、それが怖かった。
でもそれが結果的に京さん一人に任せる形になってしまったことが申し訳なくて、そして今、まさに今、俺達は三刃杜若が殺されることを黙認して、容認している。
それはきっと殺人と同義だ、三刃杜若を殺すことに賛成したその時点で、俺の胸の黒い蜷局は目的を達したことになる。

「たつろー」
ミヤ君が間延びした声で俺を呼ぶ、握る手に力を込める。
「ミヤ君」
身体が冷えていく、消えた黒い蜷局の後にはぽっかりと穴が空いていてそこに温かなものは全て飲み込まれていく。
「俺なぁ、誰も殺したくなかったから犬神を使わなかった、結果的に自分が死んじゃうけどそれもしかたねぇのかなって諦めてた時に逹瑯が助けてくれて気づいたよ、《自分が死んでもいい》なんて考えは間違いだってな・・・ユッケがまだ俺のことを友達だと思っていてくれたことも、ヤスや逹瑯が俺のことを気にかけてくれてたことも知らなかった、あの時、俺が死んでたらオマエらのこと泣かせてたのかなぁって思ったらそこはすげぇ後悔した」
ミヤ君と繋いだ手だけが温かい、悲しいほどに温かい。
こんなにも人の温もりは愛おしい。
「三刃杜若のこと許せないけど、殺すのは違うって思ったんだ。さすがに両親のこと言われた時は本気で殺そうと思ったけど・・・違うよなぁ、オマエらにまで重荷になっちまうことやるわけにいかねぇよな、殺さずに解決する方法いっぱい考えたよ、でもなにも浮かばなかった・・・京さんにも京さんが人を殺すことで悲しむ人がいるはずだろ、少なくともガラ君がそうだし俺達もそうだよ、だから他の答え、見つけたかったなぁ・・・」
いつの間にか音は止んで静かになっていた。
俺達の前にジャケットを羽織った京さんが立っている。
白いスーツのズボンに点々と血が飛んでいた。
「俺にも煙草一本よこせ」
ミヤ君が差し出した煙草を一本抜き取って、火を点ける。
「こんなことオマエらは言わなくても分かると思うけどな・・・」
京さんは深く吸い込んだ煙を吐き出して言う。
「この世に《死んだ方がいい人間》もいなければ《死んで救われる》ヤツも存在しないからな」
黙って頷く俺達を見る京さんの瞳はどこまでも深くて綺麗だった。
「それでも、絶対に天秤にかけてはいけないはずの《命》を天秤にかけなきゃいかん場面は来る、俺はそれを選べる人間ってだけや・・・全員救うことなんて不可能な時のほうが多い、それだけ人間はばらばらや、乱立して、対立してる」
ミヤ君が差し出した携帯灰皿に煙草をねじ込んで京さんは俺達を見た。
「しっかしオマエらひどい怪我やで、病院行ってどう説明すんねんそれ」
「あ〜。なんかウチの学校の養護教諭がヒーラーらしいんでそっちでなんとかしてもらおうかなって」
「ヒーラー・・・」
京さんは一瞬ひどく物憂げな顔になったけれど、すぐにそれを打ち消して俺達に背を向けた。
「ほな、俺は帰るわ・・・オマエらもちゃんと《帰れ》よ?」
それだけ言うと京さんは薄闇の中に消えていった。


ミヤ君がゆっくりと立ち上がった、痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
モニュメントの反対へまわると地面に黒いものが散っていた、誰の血なのかは分からないけれど、大部分が三刃のものだろう。
三刃杜若は死んだのだ。
ミヤ君は落ちていたバタフライナイフを拾って俺を見た。
「逹瑯、帰ろうか」
「うん」
俺達は少しだけ人間にサヨナラをした。
それでも帰ることにしたのだ。
みんなの待っている場所へ。


太陽は沈んで辺りは暗闇に包まれていた。眼帯をつけて猫の目を封印したとたん全身が軋むように痛んで、俺とミヤ君は手を繋いだまま少しだけお互いを支えるようにしながら青嵐高校へ向かって歩く。
あちらこちらべとべとしているがそれが汗なのか血なのか暗くて分からない。
2人ほどとすれ違ったけれど特にあやしまれなかったようだ、単に避けられた可能性もあるけれど、暴走族の出入りの帰りとか思われて。
空には降り注ぐような星達が輝いていて、夜風が気持ちいい。
「逹瑯さぁ、どうすんの制服そんなボロボロにして・・・」
「予備があるから大丈夫だし・・・ところでさぁ、このタイミングで聞くのもなんだけど、ミヤ君の両親ってどんな人だったの?」
「自分で言うのも恥ずかしいけど、まさにホームドラマに出てくるような家庭だったな。親父もお袋も仲が良くてさぁ、よく友達から"お母さん美人で羨ましい"とか言われたし」
「ふぅん、ミヤ君はお母さん似かぁ・・・」
「ものすごく返答に困るぞ、その言葉。手作りケーキとかお菓子とか作るような母親だったよ、親父はちょっと無口だったけど優しかったし、良い家庭だったと思う」
ミヤ君は足を止めて遠くの山を指さした、この辺りでは3番目ぐらいに高い山で県道に出る峠がある山だ。
「結婚記念日にはいつも二人で旅行に行ってたんだけど、その帰りにあの峠で車ごと崖から落ちて死んだんだ・・・」
「・・・その事故を起こしたのは、三刃だったってことか」
「そうなるな・・・でももう、終わったんだな、全部」
そう言ってミヤ君はまた歩き出した。暗くてよく分からなかったけれど、きっといつもの涼しげな顔をしているんだろう。
「ミヤ君は泣かないよねぇ・・・」
「一人の時はけっこう泣いてるよ、これでも」
「そうなの!?」
「恥ずかしいから内緒だぞ」
全身が冷え切っていて少し寒くなってきたけれど、繋いだ手が温かかった。
どこかから花の香りがする。
俺達についた血の臭いを浚っていく。
「つーかミヤ君って手もちっちゃいよね〜」
「"も"って言ったか!?逹瑯がでかいんだろ」
少しだけ笑って空を見上げた。
綺麗な星空を眺めた。
手の温もりを感じながら、本当はその時、俺達は泣いていたのかもしれない、けれど涙がこぼれることはなかった。


青嵐高校に到着してまず向かったのは煌々と明かりが漏れている体育館。
俺達をユッケとヤスが笑って迎えてくれた。
「おかえり」と。
だから俺達も「だだいま」と笑った。
他に言葉はなかった。
その様子を黙って見守っていた青バスチームにも声をかける。
「るいちゃん、力使わせてごめんな、でも助かった、ありがとう」
涙沙は俯いたまま黙って首を振った。
「お疲れさま」と静かに言った大城の言葉が胸に染みた。
帰ってきたのだと、そう思った。

次に、開いていた職員用の入り口から校舎に入って保健室へ向かった。
「明希は大丈夫ですか?」
開口一番そう聞くと、新倉教諭は呆れた顔で「オマエらが大丈夫ちゃうやろ」と言われてしまった。
ガラが隅っこで膝を抱えて座っていて、俺達の姿を見ると気が抜けたような顔で小さく頷いた。
ベッドを覗くと明希が眠っていた、頬に血色が戻っていて、もう安心なのだと分かる。
その横でマオとしんぢが椅子に座ったままベッド突っ伏して眠っていた。
ゆうやは床で枕だけ置いて寝ていた、つくづく体育会系だな、こいつは。
「ぎりぎりまで明希にエネルギー分けたからな、でもずっとオマエらのこと心配しとったで。つーかオマエら鏡見てみろ、ひどいで」
新倉教諭に言われて備え付けの姿見に自分を映すとたしかに酷い有様だった、喪服のミヤ君はともかく、夏服の俺はまさに血まみれという姿だった。
よく通報されなかったな・・・
「明希の・・・羽根の怪我は治ったんですか?」
ミヤ君はジャケットを脱ぎながら新倉教諭に聞く。
「ああ、結局な、春夜丸が来て治してくれたんや」
「明希を攫ったあの天狗?」
・・・来るならもっと早く来いや。博多弁の変人天狗め。
「そうそう、アイツが来て治したはいいんやけど、その後"いやあちょっと明希の人外度が上がってしもうた、とゆうかより天狗に近づいた?"って言ったらそこの三人にサッカーボールみたいに蹴られながら追い出されてたわ、あれがまさに《蹴り出される》ってやつやなぁ」
感心するところがおかしいぞ。というかこの人はこの人でどこまで知ってるんだろう?
そんな会話をしているうちに目の前が白くなってきた、たぶん出血量が多すぎたのだな。
ふらふらしていたのだろう、俺の方を見て心配そうに「逹瑯?」と言うミヤ君の顔を見てから俺は気を失った。



目を覚ますと日の光が差し込んでいた、場所はまだ保健室。
「おはよ」
隣で丸椅子に座ったミヤ君が眠そうな顔でそう言った。ボロボロになった喪服から着替えてサイズの合っていない体操着姿、《二ノ宮》と名札に書いてあるのでしんぢから借りたのだろう。
「おはよ、他のみんなは?」
ミヤ君は親指で壁際を指した。ユッケとヤスが座り込んで眠っている。
「明希にやったのと同じエネルギー移すのやって疲れたんだろ、ちなみに新倉先生も俺とオマエの治療で力使い果たして撃沈中」
見ると隣のベッドで新倉教諭がうつぶせで眠っていた。
「青バスチームは一旦家に帰った、で・・・」
「逹瑯先輩!!」
ミヤ君が言い終わる前に明希が俺の顔をのぞき込んできた。
ぶかぶかのタンクトップ(サイズからいってゆうやのものだろうか)の下、肩には包帯が巻かれていたけれど元気そうだ。
「大丈夫ですか?」
「ちょー元気。明希は?」
「俺ももう平気です!強気に本気!無敵に素敵!元気に勇気!です!」
「某変身怪盗少女漫画の主人公の決め台詞で答えるな、阿呆!!」
「うな!突っ込み完璧でいつもの逹瑯先輩だぁ!」
明希は嬉しそうに笑ってから、アヒル口になって何かを考えているようだった。
「礼も詫びもいらねぇからな、明希が元気ならそれでいいから」
頭をくしゃくしゃと撫でてやると明希は気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃあなんにも言いません、それと同じように俺もお詫びとかいりません・・・でも猛烈にテンション上がっちゃったんでちゅーしていいですか!?」
「全力で断るっ!!」
「別にキスぐらいさせてやれよ、減るもんじゃねぇんだし・・・」
隣で俺と明希のやりとりを静観していたミヤ君がさらりと言った。
「大事な何かがすり減るわ、このド天然ども!!ファーストキスは観覧車が一番高いところにいったときに恋人とするって決めてるんだよ!!」
「なんだ逹瑯、キスまだだったのか」
「夢が乙女チックすぎます、中二の女子です・・・」
しまった、墓穴掘った!!話そらさなきゃ!!
「あ、マオ達はどうしたんだ?」
「食料調達に行ってるよ。血を流したあとは肉だとかなんとか言いながら、勝手に新倉先生の財布持って出ていった」
新倉教諭、ここまでやってもそんな扱いって・・・
教師って大変だなぁ・・・
「で、逹瑯。動けるか?」
ミヤ君に言われて俺は身体を起こす、犬神に引っかかれた肩にはガーゼ。着ている体操着は《白土》の名前、まあ俺が着れるってことはゆうやしかないだろうけれど。
「うん、大丈夫っぽい」
「じゃあちょっとつきあえ」

時計を確認すると朝の6時だった。静まりかえった廊下に出る。
廊下でガラが黙々とモップをかけていて俺達の顔を見るなり聞いてもないのに言った。
「どれだけ出血してたんだよ、廊下がスプラッタだったよ、殺人現場だったよ!」
「あ〜ごめん、ごめん」
「謝らなくていい、というよりオマエに謝られるなんて気持ち悪い」
ガラはそれだけ言うとモップがけを再開した。
通り過ぎる時に軽く肩を叩いて「ありがとな」って言ったら、あの神経質そうな笑顔が返ってきた。

社会科準備室の扉をノックして開けると、長机に腰かけた井上教諭が目を細めて俺達を見た。
「どうした、こんな朝早くに」
そう言った声は半分眠っているみたいに気怠げだった。
「一つだけ質問してもいいですか?」
ミヤ君がコロンボみたいなことを言って人差し指を立てると井上教諭は黙って頷いた。
「あの時、三刃杜若に俺と関わらないという念書を書かせたのは、井上先生ですか?」
「そうだよ」
てっきり誤魔化すと思ったのに井上教諭はあっさりとそう言った。
気づく気づかない以前の問題で、井上教諭の言動は露骨に怪しかったからな。
「あの念書がある段階ならば、三刃杜若を殺さずに無効化できたんですよね、約束破りのペナルティを強引に受けさせてしまえばよかった、俺から三刃に関わればそれができた」
ミヤ君の言葉に井上教諭は苦笑したようだった。
「考えなかったかといえば嘘になるけれど、そこまで矢口に求めてはいなかったよ、そもそもあの念書を消失させる方法はないはずだったんだから。御恵の天狗の力が利用されたのは俺にも予想外だった」
井上教諭は煙草に火を点けて少し首を傾げる。
「三刃杜若があそこまで矢口に執着していたのも予想外ではあったよ、念書がある段階では矢口にちょっとでも接触した時点でアウトだったんだから校門にいた御恵を拉致するのだってかなりハイリスクだったはずだしね、だから今回の件は別にオマエらに責任はないんだよ、誰にも責任はない」
「井上先生はいったい何者なんですか?」
俺の質問に井上教諭は悪戯っぽい視線を返してくる。
「質問は一つだろ」
「いや、質問というが疑問ですよ。三刃にあんな念書を書かせるほどの力があるのに、マオの行方不明の件や涙沙が飛縁魔に取り憑かれた時や、そして今回の件に《関わっていない》ってことが、疑問です」
井上教諭はまた少し首を傾げた。
「俺はあの人に甘すぎる西村京君とは違うし、彼みたいに自由じゃないんだよ、出せる手と出せない手があるし、俺自身がけっこう冷淡だしね・・・まぁオマエらも猫の目やら犬頭やら抱えて将来どうするつもりか知らないけれど、組織だのなんだのに入るとめんどくさかったり歯痒いことだらけだと忠告しておこう」
「ありがたくお受けします、その忠告」
ニヒリスティックな微笑みで言うミヤ君に井上教諭も笑った。
「そういえば、彼・・・西村京君だけど。この町に来ること自体はまったくかまわないけれど、ウチの学校には来させちゃダメだよ」
「なんでっすか?」
「ダメだから」
いや、会話をしてくれよ。どうやらおしゃべりタイムはそれで終了らしくさっさと出ていけと手を振る井上教諭に追い立てられて俺達は社会科準備室を後にした。


保健室に戻ると、大量の食料を抱えたマオ達が帰ってきていて、俺達はぎゃあぎゃあ騒ぎながら朝食を取った。財布を無断で持ち出したしんぢは新倉教諭に床に叩きつけられるんじゃないかって勢いで頭をどつかれていた。それを見て笑いながら飯を食う。
あんなことがあったのにちゃんと食事ができる自分に驚いた。
生きている証拠、だろうか。

昼近くなって「授業出る気がないなら帰れ!」と新倉教諭に怒られて帰路についた。


一人になりたくはなかったけれど一人になる必要性もどこかで感じていて、家に帰り着いた俺は自室のベッドに横になった。
昨日・・・昨日のことなのだ、明希が殺されかけ、俺自身も殺されかけ、そして三刃杜若を京さんが殺した。
全てが遠いのに、三刃杜若が噛み砕かれる音と悲鳴、そしてミヤ君の手の温かさだけはリアルに覚えている。
三刃杜若は死んだ、俺は今日の朝日を見られたけれど、三刃は見られなかった。
俺はポケットからプリクラを取りだした、葉隠公園へ行く途中に4人で撮ったもの。
最高の笑顔で笑っている俺達。
俺はまたこんな笑顔で笑うことができるのだろうか?
黒い蜷局が消えた後に空いた穴は全てを吸い込みそうなぐらい真っ黒なのに。
帰ることは確かにできたと思う。
でも今の俺とこの写真の中の俺は別物だ。
それでも全ては俺が決めたことだからちゃんと受け容れよう、そうして生きて行こう。





それじゃあみんな、また明日。


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