ドウタヌキ?


夏休み編#1散火フレンズ


あの日、夜空に散っていった色とりどりの火を元に戻すことが叶わないように、あの日俺が見逃して、聞き逃したものをもう一度手にすることは叶わないのだろう。
でもどうか、いつか、教えて欲しい。
俺の隣で、そっと教えて欲しい。
夜空を響かせて散る花火に紛れて聞かせて欲しい。
それは「いつか」の約束でかまわない。


散 火 フ レ ン ズ


ミヤ君とは小学校で一緒になった。俺が彼を知った時、彼はすでにヒーロー的存在だった、クラスではなく学年全体のヒーロー。
勉強も運動もできるというのは小学校において「人気者」の条件みたいなものだろうけれど彼の場合はそれがずば抜けていた、あるいは飛び抜けていた。
人をまとめるのが上手く、彼に相談事を持ち込めばいつも的確なアドバイスを貰えたし、小学校低学年にして理不尽なことを言う先生を冷静にやりこめるという大人びた子供だった。小学校3、4年にもなると担任の先生が誰かよりもミヤ君と同じクラスになれるかどうかのほうが重要であったほどに、彼は《ヒーロー》だった。
涼しい顔で100点花丸のテストを受け取る姿や、合唱会で鮮やかにピアノを弾く姿、自分よりはるかに身体の大きな上級生を一撃で倒す姿、友人になる前から俺はそれを目撃していて、間違いなく《ヒーロー》だと思っていた。
性格も偉ぶったところはまったくなく、優しいのに妙な迫力があって彼が静かにクラスメイトの行き過ぎた悪ふざけを注意すると、どんなヤツでもしゅんとなって謝る。
そして当時からどこか人を寄せ付けない独特な雰囲気を持った彼をあだ名の「ミヤ君」で呼べるというのは、それだけでもう特権階級だった。
別にミヤ君が呼ばせる相手を選んでいたわけではなかったのだけれど、流れとしてそうなっていた。
ミヤ君の自宅に遊びに誘われようものなら、会員制サロンに入れたかのようなレベルの話だった。
此処まで言っておいてなんだけれど俺はミヤ君をミヤ君と呼び始めたきっかけを覚えていない、ただ初めてミヤ君の家に遊びに行った時のことは鮮明に覚えている。
この辺りでは珍しい洋風の家、広いリビングは二階まで吹き抜けになっていてグランドピアノが置かれていた、白いレースのカーテンはふわふわと揺れていて、英国庭園みたいな庭には花が咲き乱れて、お姉さんと言われたほうが納得してしまいそうな、どこか少女の面影を残した綺麗なお母さんが手作りのシフォンケーキと薔薇の香りがする紅茶をふるまってくれた。
なにせミヤ君が友達を家に呼ぶことは稀だったので、ミヤ君の家に行けたヤツは賞賛の視線を浴びたものだ。

まぁ小学校高学年になった頃に本人から聞いたけれど、ミヤ君は家に友達を呼ぶのが単純に恥ずかしかったらしい。
彼でも「人と違う」ということが恥ずかしいのかと驚いた記憶がある。
そして中学生になる頃に俺は気づいた、相変わらず《ヒーロー》であり続けるミヤ君の気持ちを考えてみた。
テストで高得点取れて当たり前、
相談したら必ず良いアドバイスをくれる人、
絶対に喧嘩に負けない、
ミヤ君に頼めばなんとかなる、
そういった周囲の賞賛や期待は言い換えればミヤ君にとってどれだけのプレッシャーなのかと思い始めた。
フィルターを取っ払ってよく観察してみれば、ミヤ君だって思い悩んだり、落ち込んでいる時もあるし、苦手なこともある、抜けているところもある。
ミヤ君への見方を変えてから俺とミヤ君は急速に仲良くなった。
家庭科の時間、バッグを作ったはずがどう贔屓目に見てもボロ雑巾に紐がついただけの代物を前に途方に暮れていたり、糸をかけるのに手間取って慌ててミシンをかけて親指に針を刺してしまったり、両手が塞がっているのに他のこともやろうとして混乱していたり、技術の時間、勢い余って机の角をのこぎりで削ったあげく、のこぎりを破壊し、出来上がった本立てはそのままサルバドール・ダリの絵の中におさまっても違和感がないくらい歪んだ謎の物体だったりと、よく見ればびっくりするぐらい不器用で抜けていた。
極めつけは中学の美術の時間、風景画を描かされていた時のこと。俺の隣でミヤ君は新たな芸術分野でも開拓しようと試みているとしか思えない、ピカソもビックリの色彩と筆使いでがしがしと一心不乱に描いていた。俺は隣にいたのだから見ている風景はほぼ同じはずなのにミヤ君の描いたものはキュビズムがブチ壊れたようなもはや何が描いてあるのかすら分からないもので(単に遠近法や透視図を理解していなかっただけかもしれないが)色使いも空が紫だったり影が桃色だったり太陽が黄色だったりと一種の迫力すら感じさせるものを完成させた。
その頃俺はすでにミヤ君のそういうズレた感性を分かっていたので何も言わなかったけれど、提出された絵をみて担任教師がびっくり仰天、すぐにスクールカウンセラーの元に走り、その後ミヤ君は延々悩み事などを聞かれたあげく病院に連れていかれて色覚に異常がないか検査されたらしい。
廊下に張り出された風景画の中にミヤ君の絵はなく、ミヤ君はちょっと不満げに口を尖らせていた。
その不器用さやズレは欠点とも言えるだろうけれど、俺はむしろ個性的で羨ましいと思っていた。俺は全てにおいて平均点であったから。
「色遣いが独特すぎたんだよ」と笑う俺にミヤ君は首を傾げて「だって俺には一瞬だけどああいう色に見えたんだ、見たままを描けって言われたからそうしたのになぁ」とまた不満げに口を尖らせた。



青嵐高校は待ちに待った終業式、明日から夏休みだけれど俺は目の前の通知票を見て途方に暮れていた、みごとに3で埋め尽くされたそれ、こうなってくるとお情けのようにぽつぽつある4が憎い、オール3だったらまだネタにもなろうに。今夜は夕食のあと両親から2時間ばかりのお説教だろう。
ため息の一つでもつきたいところだったけど後ろで身体ばかりでかくて中身は永遠に中二の夏休みな逹瑯が俺の頭にどれだけ多くの文房具を乗せられるかにチャレンジ中らしく動くことができない。
邪気眼ならぬ猫の目を本当に持っているぶん可愛げに欠けるが律儀に付き合う俺も俺だ。
逹瑯は1と2で埋め尽くされた自らの通知票に興味はないらしい。羨ましい限りだよ。
通知票を配り終わった井上教諭はいつもの気怠げな表情で教卓に腰かけて夏休みの注意事項などを述べている。
「飲酒、喫煙その他・・・とりあえず警察のご厄介にはならないように、俺の休みがなくなるからな」
警察に見つからなきゃやってもいいような言い回しですね、こら、教師!
「あとバイトするやつは学校に届け出ること・・・」
そこまで言って井上教諭は俺の方を向き、目にも留まらぬ早業でチョークを投げた。
矢のような勢いで飛んできたそれは俺の頭の上の分度器を吹き飛ばし、威力は全く衰えないまま逹瑯の額にヒットした。
「いでぇぇ!!」
と叫ぶ逹瑯に井上教諭は指を鳴らして一言。
「エクセレント!!」
クラス中が笑いに包まれたところでホームルームは終了、解散となった。


「ね〜!ミヤ君!」
すぐに駆け寄ってきた逹瑯にミヤ君は軽く顔をしかめて見返す。
逹瑯はミヤ君の机に顎をのせて上目遣い。いや、君がやっても可愛くないよ。
「お願いがあるんだけど」
「宿題は写させないからな、分からないところだけ教えてやる」
「そーじゃなくてさ、夏休みの間ミヤ君の家に泊めてくれない?」
この要求はさすがに予想外だったらしくミヤ君は目を見開く。
「夏休みの間って・・・ずっとか?」
「うん、ずっと〜!!」
「嫌だよ、狭いし暑苦しいし」
「ミヤ君が一人になりたい時は出てくし、なるべく邪魔にならないようにするからさ、ねっ?」
さすがに40日間も泊めるのには抵抗があるのだろう、渋るミヤ君に逹瑯が言う。
「ご飯は三食ぜーんぶ俺が作るから!」
「・・・乗った」
ハイタッチする逹瑯とミヤ君にヤス君が羨ましそうな顔で「お泊まりいいなぁ」なんて言っていた。
まぁ確かに逹瑯の料理の腕はずば抜けているけれど、まぁミヤ君がいいならいいか。
こっそりのぞいたミヤ君の通知票は体育以外5だった。


みんなで昼ご飯でも食べていこうと廊下に出るとうだるような暑さ。こんな日でも青バスチームは部活動に勤しむのだろう、体育館の温度なんて想像しただけで目眩がするのに。
昇降口近くでしんぢ君と明希君に会った。通る生徒達が避けているので何事かと思ったら、俺も友人でなかったら確実に避けている光景だった。
壁にもたれて座っているしんぢ君に明希君がもたれて座っていた。座椅子にもたれるように自然な形で、Yシャツの裾を捲り上げて下敷きでぱたぱたと仰ぎながら「暑いっすねぇ!」と笑顔。
「オマエらが暑苦しいわ!!暑けれりゃ離れて座れ!!」
素早くツッコミを入れる逹瑯を見上げて明希君はアヒル口。
「しんぢは体温が低いからこーしてると涼しいんですよ」
「気分的に暑いだろうが、あと時と場所を選べよこの変態共!!」
「うな?しんぢは変態じゃないですよ、俺は羽根があるので変態といえば変態かもしれませんが・・・」
「だれが動物が成長過程に姿を変える《変態》の話をしてるんだよ、俺が言ってるのは性的倒錯のほうだよ!」
ツッコミというかマジになりかけた逹瑯にしんぢ君は黒縁眼鏡を人差し指でちょいっと上げるという妙にインテリっぽい仕草で見上げた。
二枚目俳優のような容姿にいかにも作り笑いですという笑顔を浮かべて。
「俺は特に倒錯していないと自分では思ってるけれどね、これといったフェチもないし?俺ほど真っ当な人間はいないよ」
まともなことを言っているのに恰好がまったくまともじゃないので説得力にかける。
明希君はぐて〜っとしんぢにもたれたまま笑った。
「そうですよ〜、しんぢは良い人。よく言うじゃないですか、低体温症の人は心が優しいって」
「「「いわねぇよ!!」」」
思わず俺、逹瑯、ミヤ君と声を揃えて叫んだ。明希君はどこを間違えたのだろうとばかりに眉間にシワを寄せて首を傾げている。
そんな明希君の額に手を当てて上を向かせてしんぢ君が言う。
「明希、その理屈でいくと凍死寸前の人間はとっても優しいって話になるよ?」
「なら冬眠中の動物も優しいかな?」
「そうなるね」
「うな、冬になったら蛇でも掘り出して話しかけてみようかなぁ」
「それも楽しそうだね」
何も解決しないまま、そして大きく脇道にそれたまま会話終了だった。
逹瑯はもう突っ込む気力がないらしく頭を抱えてため息。
「そっか、俺も冬になったらためしてみるべ!」
と喚くヤス君の隣でミヤ君が苦笑していた。
しかし明希君、黙っていれば完璧な美少年なのにな。
逹瑯はもう言葉で何かを伝えるのは面倒なのか、明希君のほっぺたをうにうに引っぱって遊びだした。
「やめてくださいよ〜」と言う明希君にかまわずみょーんと伸ばして満足げ。
ミヤ君は少し離れた反対側の壁にもたれて他人のフリを決め込んでいたので俺もその隣にならぶ。ヤス君もどう思ったのか俺の隣に来て笑った。
「仲良しだなっ!」
「そうだねぇ・・・」
「関わり合いたいとは思えないけどな」
ばたばたと足音を立てて廊下を疾走してくる人物がいた、一瞬、私服かと思うような派手な恰好。Yシャツは前を全部開けて下に赤いタンクトップ、首にはカラフルなストール、名称は知らないけど雑誌に載っているような洒落たな帽子を被ったマオ君だった。
マオ君は逹瑯に綺麗な跳び蹴りを入れてポーズ。
「ウチの明希ちゃんに勝手に触らないでもらえる?」
などと言って笑った。
「おま、だからっていきなり蹴るか、普通!?」
「明希に触るなら俺の許可を取ってからにしてほしいね」
「明希は別にオマエの私物じゃねぇだろうが!」
「いいえ、俺の私物です!」
「人間を私物化するな!」
「明希の所有権は俺にあるの!」
「あれは物だけに適応される法律だっつーの!」
すげぇ!逹瑯が常識人に見える!
「マオ君、掃除当番は?」
明希君は目の前で自分が物扱いされていることになんら疑問を抱いていない様子で言った。
「大丈夫、俺の分までゆうやが働くから」
「そっか、なら大丈夫だね」
なにがどう大丈夫なのか分からない、単にゆうや君に押しつけてサボってきただけの話なのに明希君は納得した様子、しんぢは「やれやれ」とばかりに肩を竦めただけだった。
「今日も俺は可愛くてカッコイイ!」と姿見の前でポーズを決めているマオ君はとりあえず無視して俺は明希君に言った。
「明希君、怪我はもう大丈夫なの?」
第三ボタンまで豪快に開けたYシャツから見える右肩にはまだ痛々しい疵痕が残っている、きっと一生消えないだろう。
「大丈夫ですよ。ただ、春夜丸さんに治して貰った後遺症ってゆーか置き土産っていうか、自由に羽根が出せるようになったんですよね、ぶっちゃけ飛べるようになりました」
さらっと言ったけれどすごいことになったんだな。美少年に黒い羽根ってなんかもう少女漫画の登場人物だ。
「ただ、問題があるんですよ!」
明希君が真剣な表情で見上げてくるものだから俺も真顔になって見返す。
問題・・・より人間離れしてしまったのだから色々弊害があるのだろう、穀類が食べられないってだけでもけっこう大変そうなのに。
「俺は高所恐怖症なんですよ」
重々しく明希君の口から漏れた言葉の意味が理解できなくて「ほぇ?」と間抜けた声を出してしまった。
「だから飛べても意味ないんですよ、ってゆーか高いところ怖いから飛べないんです」
「問題そこかよ!!」
思わず大声を上げてしまった俺を明希君はきょとんとした顔で見ていた。
ある意味逞しいよなぁ、この子。
「明希、暴れるならどいて」
「はーい」
あくまでこのすっとぼけた発言の数々をスルーするらしいしんぢに言われて明希は大人しくしんぢの肩に頭を乗せて動きを止めた。
いや、退こうよそこは。
浮いた行動も、極めてしまえばからかいの対象にすらならないらしい。少なくとも俺は明希君達の悪口を聞いたことがない。
明希君達は自分達以外にさしたる興味がないようだ、もちろんマオ君の一件のことがあるから俺達に恩義を感じていてはくれるようだし、他に友人がいないというわけでもないのだろうけれど、この4人は4人で完結していて他を必要としていない。
刹那的で排他的。
だからこそ、それが害されることを許さない。
ほんの数日前のことだ、三刃杜若が再び俺達に手を出してきた時。
三刃杜若の死を知らされ、俺は自分の中に湧いた感情に驚いた。溜飲を下げるというか、ほっとしたというか、もっと俗な言い方をすれば「ざまあみろ」みたいなことを思ってしまった自分に驚いた。
自分の中にあった「誰かの死を喜ぶ心」に驚いた。
けれどテレビドラマのように悪人は死にましためでたしめでたしなどという話ではなく、あの後しばらくミヤ君は沈んでいたし、逹瑯は情緒不安定だった。
誰かが死んで解決する話なんてないのだと思った。
それでも、それを分かった上でマオ君やしんぢ君は三刃杜若を自らの手で殺したかった様子だった、傷を負わされた明希君自身がそれを望まないようだったし、ゆうや君は根の優しさとそういった黒い感情との折り合いを上手くつけられていなかったので口にすることはなかったけれど。
あれ以降、4人の仲の良さは少しばかり異常な気もする。
十ヶ月間もマオ君が行方不明になり、明希君が殺されかけた。特にマオ君はのピエロの悪霊に襲われた時に明希が襲われるのを目の当たりにしていて、今回は死にかけている明希君をまともに見てしまっている、正常でいろというほうが無理なのかもしれない。
失うことはとても怖い。

ミヤ君と二人でその辺りの話をした時のことだ、マオ君は明希君が誰かに騙されて天狗の力を利用されることを怖れていたらしいが、あの件に関してはむしろ騙されてくれたほうがよかったとミヤ君に零したらしい。
「最終的にアイツはどちらにしろ明希を殺そうとしたと思うけれど、明希が抵抗しなければ羽根を食いちぎられることはなかったのは確実だけど・・・」
ミヤ君はとても渋い顔で続けた。
「でも俺はむしろ、今後マオやしんぢの方向性が狂わないかを懸念してるよ、明希はあの二人を完全に信頼してる、ゆうやもだ。あの二人が堕ちたら一緒に堕ちる、誰かに向けた愛情が大多数にとっての暴力になることなんてざらにある、そして愛情だってたがが外れたら暴力だからな、そんなことはないと思いたいし、そこまであの二人は幼稚じゃないと思ってはいるんだが」
最悪の事態を想定してしまうのはミヤ君の悪癖で、本人もそれを自覚している。
俺はその言葉に「だいじょうぶだよ」としか返せなかったけれど、誰にも保証はできない話。
悪が滅んでも正義は栄えない、加害者が死んでも被害者は癒されない。
三刃杜若が俺達にとって害悪で憎むべき相手だったとしても彼の死が俺達にもたらしたものは安らぎではなくけして消えることのない濃い影だった。


目の前ではマオ君と逹瑯が互いに罵詈雑言を浴びせ合いをしていて、明希がちょいちょいとズレたことを言ってはそれを中断させている。
平和な光景。
でもほんの数分後には崩壊するかもしれない光景。
嫌な現実を知ってしまったなと思う。
この世界に1秒後の保証もないということ。
本当に嫌になる、そんなことを考えていても疲れるだけなのに。
ちょっと前まで高等な言葉遊びだったマオ君と逹瑯の会話は小学生レベルまで落ちていた。
馬鹿だのアホだのパグだのウーパールーパーだのハゲだの着道楽だの悪口ながらそれなりに楽しそうに。
夏休みに入ればしばらくこの光景も見られなくなるのかと思ったら少し寂しかった。
9月1日までお預け。
この辺りは田舎で農家の子供も多いため家の手伝いに勤しんだり、またお盆関連の行事が多いので伝統的に宿題はそこまで多くはない。
まぁウチは両親とも教師なので家の手伝いをやる必要はないけれど、ヤス君は本格的に家の手伝いだろうな。
明希君としんぢ君の家も農家だったはずだ。



ちょっと奮発して駅前のファミレスで昼食、食事メニューそっちのけでシロップがたっぷりかかったパンケーキを食べるミヤ君を見ると、休みの間ぐらい逹瑯に食事管理させたほうが健康的な生活を送れるんじゃないかと思えてきた。
フリードリンクを利用して2時間かけて食事を終え店を出る、夏休みだというのにあまり嬉しくない、学校でみんなと遊んでいるほうが楽しい。
眩しい夏の日差しや熱を放射するアスファルトはどちらかといえば憂鬱を運んでくる。
「じゃ、俺お泊まりグッズ持っていくからさ〜」
「逹瑯、俺もいろいろ準備があるから6時半ぐらいに来てくれないか?」
「ん〜わかった、らじゃです」
「ちゃんと親御さんの許可は取れよ」
「分かってますよ〜」
全身から喜びのオーラーを放出している逹瑯がちょっと憎い、ヤス君は相変わらず「お泊まりいいなぁ」と笑っていた。
逹瑯とヤス君が自転車置き場にチャリを取りに行った時、ミヤ君が俺のそばに寄ってきて小声で言った。
「ユッケさ、この後ちょっと付き合ってくれないか、二人でなんだけど」
「俺とミヤ君の二人で?」
「ああ、えっと今2時半だから・・・3時半に春霞公園」
「いいけど・・・」
春霞公園なら俺の近所で、かつてはミヤ君の近所でもあった場所だ、突然の申し出に驚きながら了承するとミヤ君は「ありがとな」と笑った。



春霞公園は葉隠公園よりさらに狭い、遊具なんてブランコとシーソーだけ、昔は砂場もあったけれど衛生面がどうだとかで撤去された。
小学校の時は此処が主な遊び場だった、ミヤ君がいつも突拍子もない斬新な遊びを考え出してくれて同級生達と日が暮れるまで楽しく遊んだ記憶が甦る。
今思えば他愛のない、想像力にたよった遊びだったのだけれど、ミヤ君の言葉に誰もが引き込まれて、空想の中で俺は何にだってなれた。
周囲を取り囲んだ木では一斉に蝉が鳴いていてうるさいほど。
不思議なことに公園で遊ぶ子供の姿はなかった。
今の子はゲームが主なのだろうか、確かに外出するには暑すぎるけれど、昔は気候なんて気にして遊んだことなんてなかったのにな。
約束通り3時半にミヤ君はやってきた。制服姿のまま、手に小さな花束を持って。
「悪いな、付き合ってもらって」
「いいけどさ、どこいくの?」
珍しく少し言い淀むような、そんな感じでミヤ君は言う。
「・・・俺の、前の家。・・・ホントは墓参り行けたらいいんだろうけど、親父の実家のほうにあるから遠いし、な」
「そっか」
トウモロコシをぶちまけたらそのままポップコーンができそうなアスファルトの道を二人で歩く、会話はなかった。
徒歩5分、ミヤ君がかつて住んでいた家に着く。俺は意識的に此処の前を通るのを避けていたので見るのは久しぶりだった。同級生達の憧れの的だった家。
白く美しかった外壁は汚れ、英国庭園のように整然としていた庭は木が生い茂り蔦が伸び荒れ果て、幾つもの蜘蛛の巣がかかっていた。煤けた窓から中を窺うことはできない。
ほんの数年でここまで面影がなくなってしまうものなのかと俺は小さく息を吐いた。
死んだ家で、終わった場所だった。
ミヤ君はローマ字筆記体で掘られた大理石の表札を撫でている。
最後に此処に来た時はミヤ君の部屋で遊んだ、あの綺麗なお母さんが焼きたてのアップルパイとミルクティを持ってきてくれて、ミヤ君が照れくさそうに「もーいいよ」と俺から学校でのミヤ君の様子を聞こうとするのを追い出していた。
そして俺は数回しか会ったことがない海外を飛び回っている有名な指揮者のお父さんもその日は家にいて、外国の話を聞かせてくれた。
全部が壊れたのはその数日後のことだった。
あの幸せそのものである光景が壊れたのに、葬式でのミヤ君は毅然としていた。
涙を見せることなく、しっかりと立っていた。
「・・・あれから初めて来たんだ」
ミヤ君は表札を撫でながら独り言みたいに呟く、白い指が泥で汚れる。
「来る勇気がなかったんだ、本当は認めたくなかったし、受け容れたくなかった。でももう大丈夫だからって、もう前に進まなきゃ行けないからって、でも・・・一人で来る勇気はなかったから・・・悪いな、付き合わせて」
何も言葉が浮かばない、励ますこともなぐさめることもできない俺を見てミヤ君は微笑む。
花束を門の前に置いてミヤ君は荒れ果て、廃墟になった家を見上げた。
「俺はもう大丈夫だ」
どこまでいっても泣かない人だった。

中学3年の夏休みに抱いた疑問がそのまま木霊になって俺の中に響く。
−どうして俺なの?
頭の中で幾重にもその一言が響き渡る。




夏休み最初のイベントは納涼祭りだ。幾つか祭りは開催されるけれど、これは単純に打ち上げ花火を楽しむもの。去年は行かなかったけれど今年は俺と逹瑯、ミヤ君とヤス君の4人で行くことになった。
どうやら逹瑯は本当にミヤ君の家に泊まり込んでいることは前夜にお誘いの電話をかけた時に分かった。
待ち合わせ場所などを相談していると逹瑯のわめき声が聞こえたから。
通りの悪いミヤ君の声の後ろで聞こえる逹瑯の声、逹瑯ってあれだな、身長と声にパラメータふりすぎだよな。
『祭り行くなら浴衣着てよ!浴衣!!ミヤ君浴衣着て〜!!俺も着るから〜!!ミヤ君が浴衣着てくれないと俺死んじゃう〜!!ゆ〜か〜たぁぁぁぁぁ!!!』
『うるせぇ黙れ!!』
というミヤ君の怒鳴り声とごつん!という音の後、逹瑯は静かになった。
「ミヤ君、大丈夫?」
『いや、軽く裏拳かましただけだから』
「そうじゃなくて、始終そのテンションの家に置いてて疲れない?」
『ん?こいつ普段は大人しいから』
そうか、ミヤ君と二人の時はまた違うのか。まぁ誰にでもそういうところはある、俺と逹瑯だと一方的に俺がいじられるし、俺とミヤ君だと静かに語り合うことがほとんどだし、俺とヤス君だとなんだか保父さんの気分になる。
『それに逹瑯の作る飯がマジで美味くてさ、生まれて初めて太ったらどうしようっていう不安を抱いたよ。結婚して太る男の気持ちが分かった気がする、朝からフレンチトーストとか作ってくれんだぜ?』
「ミヤ君はもーちょい太っても大丈夫だよ」
『身体が重くなると感覚が変わって喧嘩の時に調整しなきゃならなくなるから』
いちいち着眼点がセンセーショナルだった。というか今でも喧嘩してるのか・・・
『だから浴衣もダメだ、動きにくいから』
「いや、なんで喧嘩すること前提なの!?」
『祭りだからな。時代劇を見るたびに着物でも上手く立ち回れる方法を観察しているんだが、なかなか難しいよ』
「そんなとこ研究しないでよ・・・」
何年付き合っても面白い人だな、ホントに。



夕刻といってもまだまだ明るい時間、集合場所に現れたミヤ君は甚平だった、逹瑯の要求に譲歩したらしい。逹瑯も甚平、でも背が高すぎて膝丸出し。
俺とヤス君は普段着。4人でぎゃあぎゃあ騒ぎながら向かう途中、明希君とマオ君に会った。堤防沿いの道、蝶が一斉に羽化したように綺麗な浴衣姿の女の子達が行き交う中でも二人は群を抜いて目立っていた。
俺には身につけているもの全部名称が分からない、ファッション雑誌から抜け出てきたようなマオ君と浴衣姿の明希君。
明希君は藍地に小さな黄色い花の柄という女物をあえて男物に仕立てたような変わった浴衣を着ていて、片側だけ脱いで下の黒いタンクトップを見せていた。
格好良すぎる。
顔の造形の良さも手伝って二人は通る人達の視線を浴びまくっていた。
その視線は全てマオ君が睨み返して弾いていたけれど。
「明希〜!!!えらくカッコイイじゃねぇか!!」
嬉しそうに絡んでくる逹瑯を見返して明希は口を尖らせた。
「逹瑯先輩、甚平のサイズ合ってませんよ、つんつるてんです」
言うことは言う子だった、気にしていたことを指摘されて凹む逹瑯を退けてミヤ君が明希君達に声をかける。
「今日は人出も多いし、タチの悪いのも来てるから人気のないところにいったり、遅くまで遊んでたらダメだぞ」
「ミヤ先輩、お父さんみたいですね。でも大丈夫です!」
そう言って明希君は小さな箱のようなもの懐から取りだし、顔の前で掲げて笑う。CMに大抜擢されたシンデレラガールが素朴ながら自然な微笑みで新しい携帯電話を宣伝しているように見えるけど、明希君が掲げていたのは小型のスタンガンだった。
「しんぢがプレゼントしてくれたんですよ〜」
えへへ。と自慢げ微笑む明希君。ツッコミどころが多すぎてもはや言葉が出てこない。
「変な人に襲われそうになったらこれ使いなさいってくれたんです、しんぢ優しいでしょ?」
自慢したかったのはスタンガンではなく友達、あるいはしんぢの友情だったようだけれど。
さすがのミヤ君もツッコミ役の逹瑯も目を丸くして無言。
「大丈夫だよ、改造してないから違法性のないものだし」
口を開いたのはマオ君で、フォローにならない内容だった。
「その物言いだとしんぢは違法なものも所持してるように聞こえるんだが?」
「してるよ。まぁ持ち歩きはしてないらしいけど、明希が持ってるのは50万ボルト、法律範囲内。改造したスタンガンなんて危なっかしくて明希に持たせられないしね」
まぁ最後の言葉だけは同意できるな。ミヤ君はちょっと口を尖らせて明希を見て、それから頭を撫でた。
「よかったな、良いものもらって」
「はい!」
「園崎詩音か、オマエは・・・」
逹瑯のツッコミに届かない言葉が虚しく響く。
明希君にはちょっとばかりヤンデレ要素があるなとか思ってしまった自分を罰するために自分の頭を殴ったら、ヤス君が怪訝そうな顔で俺を見た。
「つーかさ防犯グッズならもっと安全なの持たせたら?防犯ブザーとかさ」
俺が言うとマオ君は怖い目で見返してきた。顔は笑ってるのに目が全く笑ってない、すごい威圧感。
「このド田舎で防犯ブザー鳴らしたって意味ないでしょ、催涙スプレーだと明希ちゃんうっかり自分が浴びちゃいそうだし?」
確かに護身用としてのスタンガンは合法だけれど、やはり三刃の一件で少し過剰になっているんじゃないだろうか。
むしろ俺が楽観的すぎるのか?ミヤ君なら大丈夫だ、逹瑯なら大丈夫だという思いはのんきすぎるのだろうか。
二人が三刃の元に行った時はそれこそ不安で胸が押しつぶされそうだったけれど、今はもうそんな危険が迫ることを怖れてはいない。
しんぢ君がどんな考えで明希君にスタンガンをプレゼントしたのかは分からない、俺は彼の考えを読めた試しがない。
明希君は素直に友達が自分の身を心配してくれたと受け取ったようだけど。
確かに明希君の天狗の羽根は特殊だ、三刃以外にも利用しようと近づいてくるヤツが現れる可能性は高い。
俺が抱いている日常はいつだって崩壊する危険があるという不安は只の《不安》だ。だからなにかをしようとかそういう部類のものではない。
マオ君が抱いている不安はきっともっと重たいものなのだろう。
誕生日プレゼントを貰った子供みたいな顔でスタンガンを自慢げに掲げる明希君とそれをプレゼントした側のしんぢ君とでは落差が、温度差があるように思えてならない。
視線を感じて顔を上げるとミヤ君が俺を見ていた。涼しげなそれに自分の目を合わせると表情を変えないまま小さく頷いた。
同じ事を思っているらしい。


明希君達と別れ、会場に到着する頃には良い具合に日も暮れてきた、提灯の明かりに照らされて、夜店を冷やかしながら歩く。
カラーひよこや金魚すくいに一種の悲哀や切なさを感じる自分は少しばかり大人になった気がする。あれってすぐ死んじゃうんだよな。
「ヨーヨー釣りで勝負しようぜ!!負けたヤツは全員にラムネ奢りね!!」
ハイテンションの逹瑯に「やったらぁぁぁ!!」と即乗るヤス君、なんとなーく意図は読めるけれど逆らっても結果は同じなので同意しておいた。
夜店のおっちゃんに渋い顔をされるほど、どんどん釣り上げる逹瑯を、開始3秒でこよりが千切れてしまったミヤ君は目を細めて見ていた。
結果は逹瑯が7個で俺とヤス君が一個、ミヤ君はゼロ。
「やった!ミヤ君に勝った!!俺が一番っ!!」
いや、明らかに最初からミヤ君の不器用さ狙ってやったでしょうが・・・負けず嫌いなところがあるミヤ君はちょっと拗ねた顔。
「すごいすごい」と小学生の子供達からも賞賛を浴びて逹瑯は得意げだった。
「分けてやるから来いよ!」なんて言って集まった子達にヨーヨーを配っている、変なところで優しいよなぁ。
「おにーちゃんありがと〜!!」と元気良く礼を言って駆けていく子供達に「転ぶんじゃねぇぞ〜」と声をかけてから逹瑯は手元に残ったヨーヨーをミヤ君に差し出した。
「あ・げ・る!」
「いや、別にいらねぇし・・・」
「いいじゃん、一人一個は持たなきゃ、祭りだもん」
ミヤ君はまだちょっと拗ねた顔でヨーヨーを受け取った。
藍色の甚平に赤いヨーヨーが映える。
「オマエは本当にこういうのは無駄に上手いよな・・・」
「縁日マスター逹瑯と呼んで下さい!」
「俺もそーいうあだ名欲しい!なんかつけて!」
ヨーヨーを激しくバウントさせて遊んでいたヤス君が言って、ミヤ君は楽しそうな笑い声を上げた。
縁日マスターを名乗っただけあり、その後ミヤ君の奢りで買ったラムネを飲みつつチャレンジした型抜きで逹瑯は一番難しいのを綺麗に抜いてみせていた。
まぁ抜けることなんて前提でやっている屋台じゃないので賞金をせがむような野暮なマネはしないのも「縁日マスター」といったところか。
ミヤ君は一番簡単なものをやはり開始三秒で粉々にして呆然としていた。
ヤス君は中くらいの難易度のものを真剣に抜いていたけれど逹瑯にせかされて失敗。
同じく中くらいの難易度のものに取り組んでいた俺も逹瑯の「まゆげボーン」なんて今時誰も笑わないようなギャグに笑ってしまって失敗だった。
全力でかまってちゃんだ。まぁ可愛いもんだよな。
夜店のおもちゃ屋で光るおもちゃを買った、俺とミヤ君は淡い光の腕輪を購入。逹瑯とヤス君は遊園地にもありそうなカチューシャに星形の触覚がついた物を買ってさっそく装着して遊びだした。
二人で並んで喉を手刀で叩きながら「ワレワレハウチュジンダ!」とはしゃいでいる。買った夜店の前でやったため子供がそれにつられて集まりだし商品を買い、屋台のおっちゃんに感謝されてしまった、ミヤ君は「恥ずかしい!」と頭を抱えていたけれどね。

「自分らめっちゃ目立っとるでぇ!!」
という明るい声にふり返ると青バスチームが揃っていた。
「オマエらほどじゃねぇし、いるだけで目立つんだよ」
「やかましいわ!」
ふんっ!と腰に手を当てる涙沙君は白地に薄い蝶の柄が入った浴衣で恒人君は黒地に紫陽花柄だった。浅葱君は縞の紺色浴衣で、英蔵君と大城君は甚平。
「ね、その女の子用の柄を男物に仕立てるのってもしかして流行りなの?」
俺の言葉に涙沙君は嬉しそうにその場でくるっとまわってみせた。
「そやで。俺がみんなの浴衣選んだんや、ツボ押さえてるやろ!?」
「押さえすぎてちょっと嫌になるぐらいね・・・」
涙沙君にいたっては桜の髪飾りまでしてるし、なにより浅葱君のかっこよさが半端じゃない。皇族がお忍びでやってきたような気品に溢れている。
全員モデルに見えるよ、つくづくレベル高いな、君らはバスケ部だよね?
「小狐ちゃん、黒似合うね〜。楚々とした感じになっちゃって、綺麗」
逹瑯がほとんどナンパのノリで恒人君に声をかけた、恒人君は困り顔で逹瑯の爪先から頭まで見てから答える。
「・・・逹瑯先輩も、甚平素敵ですね」
「目を見て言ってごら〜ん?言いたいことがあるなら、ほら!言えよ!」
伏し目がちに言う恒人君に絡む逹瑯、まだ甚平がつんつるてんなことを気にしていたらしい。
「いや、俺なんてこれ着付けるの大変だったんですよ、痩せすぎなんでなんか変な感じになっちゃって・・・」
と話をそらす恒人君、「そうなんだ!?」と上手くそらされた逹瑯、馬鹿だなぁ。
「そうそう、ツネちゃんの腰の細さはんぱじゃないからね!」
と恒人君の肩に手を回して大城君も話に入ってきた。
「帯余ってたもんね、だからちょっと変わった結び方になってるんだよ」
浅葱君も肩に手を置いて恒人君を後ろに向かせる。
後ろで帯が牡丹みたいになって結んであった。「お〜!!」と感嘆の声を上げる俺達に涙沙君が得意げに言った。
「俺が結んだんやで〜!!逹瑯君も言ってくれたら俺が良いの選んであげたのに!!」
「え、マジで?じゃあ来年頼むわ!!」
「・・・まさか頼まれるとは思わなかったけど、ええで。ミヤ君も選ばせて!!ミヤ君は絶対浴衣似合う体型やねん!!」
「・・・あ、うん」
涙沙君の勢いに押されて頷くミヤ君。俺とヤス君は?という言葉をかける間もなく「じゃあな〜!」と明るい声で青バスチームは行ってしまった。去り際、一言も言葉を発していなかった英蔵君が妙に真剣な顔で会釈した。


焼きそばを購入して一旦休憩。まだ花火が上がるまでには時間がある。
やっぱり屋台の焼きそばはぱりっとしていて美味しい。肉が少ないのが逆に肉を食べた時にラッキー感があるよね。
「そういやよ〜、どうなんだ逹瑯、ミヤ君とのどう・・・どう・・・?」
言葉に迷っているヤス君がうっかり「同棲」と口走る前に慌てて言う。
「同居生活、どう?」
「ん〜、飯がうまい!」
笑顔で答えるミヤ君の隣で逹瑯も笑顔。
「つーかさミヤ君って年齢詐称してねぇ?この前、肉じゃが作った時なんて言ったと思う、この人!"やっぱ銀シャリに合うな"って言ったんだぜ!?俺初めて生で聞いたよ"銀シャリ"って言葉!」
「あ〜、ミヤ君って昔から白米のことそう言うよね・・・」
「え?なんか変なのか?」
この二人は行動パターンも思考パターンも違うから一緒に住んだら発見が多くて面白いかもな。
「あとさ、手みやげつーか、使うだろうと思って家から使ってない電子レンジ持っていったんだけど、その前に生卵持ったまんま座り込んですげぇ悩んでたりとか、変だよちょっと」
「いや、電子レンジでゆで卵を作ると爆発する理屈は分かるんだけど、実際やったらどうなるだろうって思って・・・」
「それで30分も悩んでたの!?」
「ダメだと思うとやりたくてしかたなくなるんだ」
「変なとこ子供だよねぇ、ミヤ君」
そう言って笑い合う二人は以前よりもっと親しい感じがして俺は少しだけ嫉妬してしまった。不思議な力を持っているとかそういうこと以外でもミヤ君と逹瑯の繋がりというのは深い気がする。
鏡に映したように正反対なくせにとても深い部分を共有している。
補い合えている、そんな感じ。


あれは中三の終わり、ミヤ君が変わってしまった時。俺は三刃杜若のことなどなにも知らなくて、ただ両親の死に落ち込んでいるのだとそう思っていた。
にべもなく拒絶するミヤ君から距離を置いた。
結果的に俺も協力する形になったけれど、ミヤ君を助けたのは逹瑯だ。
猫の目だとかそんな問題じゃない、ただ俺に勇気がなかったのだろう、友達だったらたとえ嫌われても強引にでも助けるべきだったのに、俺は嫌われることが怖かった。
時折俺は自分の中の暗い感情を自覚してひどく陰鬱な気分になる。
だからあの夜も俺はなにもできなかった。
2年前の今日、あれを思いだすのが怖くて去年は此処に来ることができなかった、ただただ俺は怖くて、怯えていた。


「あと30分ぐらいで花火始まるな、何処で見る?」
逹瑯の言葉にミヤ君は俺をちらっと見てから言った。
「とっておきの場所があるんだが、行くか?」

会場から少し離れた小さな山の上にある神社の石段を俺達は登っていた。急な石段から下を見下ろせば、淡い光が幾つも揺れていてまるで彼岸の光景だった。
案外、三途の川というものはあんな感じかもしれない。
石段を登りきって鳥居の前で腰を下ろす。
俺の隣にはミヤ君。2年前の再現だ。
やわやわと揺れる屋台や提灯の灯り、犇めく人の群れ。花火の打ち上げ場所である川も黒々と静かに流れてよく見える。
涼しい夜風が頬を撫でる。
やがて一発目の花火が夜空を駆け上がり上空で菊のような花を咲かせた。
お腹に音が響く。
逹瑯とヤス君はテンション上がったらしく立ち上がって歓声を上げた。
夜空を彩る花火は絶えることなく、幾つも幾つも様々な模様を描き、散っていく。
神社の境内に駆け込んでぎゃあぎゃあはしゃぎまわるヤス君達を横目に俺とミヤ君は黙ったままそれを見上げていた。
「・・・覚えてるか?2年前も一緒に来たよな」
ミヤ君は空を見たまま呟いた、涼しげな横顔が花火に照らされる、2年前と同じなのに2年前とはなにもかもが変わってしまった。
「覚えてるよ」


2年前、とっておきの場所があるんだと言うミヤ君に連れられて此処に来て、一緒に花火を見た、あの頃なら他に親しくしていた友人もいたのに何故か呼ばれたのは俺だけで、花火が始まる時間ぎりぎりに現れたミヤ君は少しだけ寂しそうな顔をしていた。
石段を上がりながらミヤ君はいつもの調子で言った。
「今日な、葬式だったんだ。父方の叔父さんが亡くなった」
「・・・そっか」
「わりと近くに住んでたからよく面倒見てもらってった、まぁちょっと崩れたところのある人で麻雀とか花札とかそんな遊びばっか教わったけど。内緒だけど煙草も教わった。ガキの目から見てもカッコイイなって思える人だったよ。若いのに心筋梗塞で逝っちまった、不摂生が祟ったのかもなぁ」
石段を登るミヤ君の背中からはなんの感情も読みとれなかった。やがて鳥居の前について俺達は並んで座って花火を見た。
「俺と酒を呑むのが夢だとか言ってたくせに、死んじまったよ・・・」
俺はミヤ君の顔を見ることができなかった、いつも以上に小さな声が泣いているように思えて、もし泣いているのならきっと見られたくないだろうと。
でもそんなのは言い訳だ、かける言葉が浮かばなくて、下手なことを言って傷つけるのが怖かっただけ。
俺は少しも優しくない、臆病なだけだ。



後ろではしゃぐヤス君達のテンションはMAXに達したらしく、おまえら原始にでも帰るつもりか、人間捨てるのか!?と言いたくなるような声を上げて走り回っている。
「あの時・・・ユッケが一緒に花火見てくれて嬉しかったよ」
ミヤ君が俺を見て微笑む、意味が分からず目をぱちぱちされる俺にミヤ君は笑みを深くした。
「ユッケと一緒にいると安心する、すげぇ安らぐ、無理しないでいられる」
そんなことを言われても信じられない、俺は逹瑯みたいに器用に話せないし、ヤス君みたいにストレートに思いを伝えることはできない。
言葉はいつも喉の辺りで引っかかって形になることはなく、胸の奥へ落ちていくのに。
「俺ができないことも受け容れてくれる、俺のダメな部分も認めてくれる、あんな拒絶をしたのにずっと友達だと思ってくれたことめちゃくちゃ嬉しかったよ」
彩る花火に照らされてミヤ君は緩やかに言葉を紡ぐ。
流れていく火が流星のように、空を幾重にも染めていく。
「友達でいてくれて、ありがとう」
ぶっきらぼうに、空を見上げたままミヤ君が言った言葉を俺は生涯忘れることはないだろう。
「俺も、ありがとう。ミヤ君と友達でいられて嬉しいよ」
ようやく言えたのはそれだけで、思いの100分の1しか表せていなかったけれど、それで充分なのだと思った。


俺はもっと強くなろう、誰かの悲しみを受け止められる強さを。
やがて散る光だとしても、俺達の短い一生の中では充分なはずだから。
世界を変える力はなくても、花火のように大切な人の心を照らせるように。


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