『夜の小話(第三夜)』
夜の小話(航海中)
狐の話
航海中の夜、英蔵が恒人に言った。
「浅葱さんが狐一族はみんな情が深くて人懐っこいって言ってたけど、ツネ以外の狐もツネみたいな性格なの?」
「と、言われましても・・・俺にとっては当たり前な行動というか、そんな自覚はないんですけど・・・」
「あくまでそういう子が多いってだけの話ではあるからなぁ、それを言ったらベルセルクやバーサーカーはみんな好戦的みたいな話になるし」
大城が快活に笑う。
「人間で言う『この地域の人はこういう性格』って感じのことやしね、それゆーたら浅葱君なんて例外すぎ!」
きゃらきゃらと笑う涙沙に浅葱が肩を竦める。
「涙ちゃんに例外とか言われるとなぁ・・・」
「ああ、他の狐のことはよく知りませんけど。×××お兄ちゃんの村にいた頃に寄り合いに潜り込んで聞いたお話がそんな感じかもしれないです」
「・・・潜り込んだって、どっちの姿で?」
引きつった笑みで聞く英蔵に恒人は胸を張って言う。
「もちろん人間に化けて!まあバレバレでしたけど、ご飯もらえました、みんな良い人です!」
「ツネ・・・うん、まあいいや過ぎたことは。そのお話聞かせて?」
浅葱に笑顔で言われると恒人は張り切って喋り出した。
「村の長老さんが聞かせてくれた『ごん』っていう狐のお話なんですけどね・・・」
恒人が語り終えたとき、全員もれなく泣いていた。
「なんていじらしい子なんだ・・・でもどうしてそんな結末に・・・やはり心のすれ違いというものは悲しいね」
「ちょお、なんで撃つねん、なにも撃つことないやん、あかん涙止まらへんっ!」
「必死で償おうとしたんだな、誠実な子だ、人の心を思いやれる良い子だ・・・でもなんで最後そうなってしまうんだ!」
そして英蔵は、号泣だった。
「いや、ちょっと英蔵さん!大丈夫ですか!?」
恒人に心配され、英蔵は泣きながら言う。
「最初に悪戯したのも一人ぼっちで寂しかっただけなんだよね、きっと・・・ツネ!」
「え、はい、なんですか?」
「俺、これからもっとツネに優しくするね!」
「・・・え、もう充分優しくしてもらってますけど」
「もっとする!!」
もはやドン引きしている恒人の手をがっしりと握って浅葱も言う。
「俺もこれからもっとツネを大切にするね」
「いや、あの・・・」
なにがどうしてこうなったんだと恒人は目を白黒させながらあることを思い出し手を叩いた。
「そうだ!あの、人間によくしてもらった狐の話もあるんですよ!」
「そ、それは泣ける話やないの?」
目を赤くした涙沙に言われ恒人は笑って言う。
「良いお話ですよ、狐の子供が人間の町へ手袋を買いに行く話です!」
恒人がその話を終えた時、またもみんな泣いていた、英蔵は号泣していた。
教育問題
夜のこと、地下の入り口を開けて浅葱が顔を出した。
「英蔵君ちょっといいかな?」
「はいっ!」
大城と夜釣りをしていた英蔵は一瞬で竿を片付け、浅葱の方へと駆けていく。
海を見たまま大城は苦笑したようだった。
「なんですか?」
「ジュボッコさんが俺と英蔵君に話があるって・・・」
地下では苗木のままでは分かりにくいと判断したのか50センチほどになったジュボッコが枝を揺らして、来ましたね人狼モドキとでも言うように幹を変形させた。
お呼びしたのは他でもありません、あの霊孤のことです。と苛立ったように幹を変形させるジュボッコに英蔵は少し怯えながら言う。
「恒人の?」
なんですか!あのはしたない格好は!とジュボッコは大きく幹を変形させた。
ローブの下ですよ、お腹や腿まで出して、みっともない!私たちの国であんな格好をしたら変態だと思われますよ!?
「いや、男性なんて裸みたいな格好した人・・・」
言いかけた浅葱をジュボッコは枝を振って止める。
いいですか!?あのような格好をさせておいてふしだらな視線を浴びたらどう責任をとるつもりです!?ホムンクルスの子もですよ!!
ジュボッコは折れんなかりに幹を変形させた。
恒人はミドリフトップにミニスカート。手袋やソックスの分はあるものの、お腹は丸出しで腿が少し見えている。
涙沙はビスチェドレスでこちらはちらりと腿を見せる仕様。
それがジュボッコはお気に召さないらしい。
「ご、ご心配なく、国に着くまでにはちゃんとした服を揃えますから・・・」
気圧された形になった浅葱の横で英蔵はひたすらに頷く。
逆らわない方が良いと思ったからだ。
ではいいでしょう、それともう一つ、と幾分落ち着いた調子でジュボッコは幹を変形させた。
貴方達、保護者を名乗るならばあの霊孤に性教育というものを施して下さい。
「・・・はいっ!?」
「い、いやツネは性欲もないし必要ないかと」
ぶぁん!!と枝を振ってジュボッコは幹を歪める。
彼になくても周囲にあるでしょう!!淫らな女や不埒な男が寄ってきたら騙されますよ!!ちゃんとしてください!!霊孤なんですよ!!
「ツネって人気あるんですね・・・」
「そうみたいだね・・・」
ジュボッコのお説教は夜明けまで続いた。
相手が悪かった話
巨大な帆船が全力で進んでいた、甲板はパニックになった男達が走り回っており、必死で帆を張り、何か叫んでいる。
この船は海賊船だった。行き交う船を襲い、金目の物は奪い、奴隷として売れそうな人間は捕まえる。
ある夜のこと、中型の帆船を見つけた。
甲板には歳若い二人の女性。一人はけぶるような金髪の愛くるしい顔立ちで、もう一人は鴉羽のような長い黒髪で色白の綺麗な子だった。
二人の姿は光源少ない甲板の上、一人は金色に、一人は銀色に輝いているように見えた。
金糸の髪や白い肌がそう見せるのだろうかと海賊たちは思ったが、長くその船に乗っている一番年寄りの男だけがあれは《夜人》に違いないから逃げた方が良いと言った。
しかし海賊たちは勇敢で、恐れを知らなかった。あの美しい二人を捕まえたかったし、中型の帆船は真新しく、金目の物が期待できそうだったので、いつもの手順で船を襲った。
その結果がこれである、ある者は精悍な顔立ちの男に指ではじかれて飛ばされたと言い、ある者は骸骨の群れに襲われたと言い、またある者は赤目の貴族的な容貌の男に恫喝され、失神しそうになるところを慌てて戻って来たと言い。
とにかくアレは手を出してはいけないものだったのだとほうほうのていで逃げている所だった。
「おにーさん、おにーさん」
甲板にいた海賊はそんな声に顔を上げた、目の前にあの金糸の髪の子がふわふわと浮かんでいる。
但し、右半分は硝子のように透明で、瞳のところにエメラルドが嵌まっていた。
悲鳴を上げて尻もちをつく海賊の前に「忘れ物〜」と楽しそうに言って、海賊が置き忘れた武器をぶちまけ、またふわふわと飛んで行ってしまった。
「な、な、な・・・」
呆然自失の海賊の横に、今度は人間が降って来た。
見当たらなかった仲間で、逃げる時に置いて来てしまったのだと思っていたが。
「友達を見捨てるのは感心しないねぇ」
朗々とした声が頭上から響いたが見上げてもなにもない、せいぜい薄い霧があるばかり。
海は不可思議な空間、慣れたつもりだった。
しかし、底知れぬものがまだまだあると海賊は痛感した。
故郷に帰って真面目に働こうかと、いつの間にか霧の消えた星空を眺めた。
船旅の夜
浅葱は金の懐中時計を取り出す、深夜2時。ヴァンパイアの力が最もみなぎる時間帯。
月は煌々と輝いていた、気温は気にならぬ体質ではあるが少し肌寒いのは分かる。
満月の翌日であるため、英蔵とそれに付き添っていた恒人は地下の方で眠っているようだった。「二人とも寝ちゃってつまんない」とおどけていた大城も寝に行ったようだ。
大城もまた夜行性であるが、日中どうしても弱くなる浅葱のために生活サイクルを変えてくれている。
出会った時からそうだ、昼間は俺が守るよと頼もしく言ってそれからずっと続いている。
陸地を走っていた頃は出かけることも多かったが海へ出てからは船から離れていない、やはり海は危険な場所だ、一人でふらふらするわけにはいかない。
「浅葱君!」
マストの天辺に座っていた涙沙が南の方を指差した。
かなり遠くに大型の船が進んでいて、マストのあたりに青い炎が揺れている。
向こうからこちらの存在は分からないだろう、かなりの距離があるし、こちらは灯りをつけていない。
「セントエルモの火だね」
「そやね〜!」
涙沙は可笑しいらしく笑い声を上げて揺れる火を見つめていた。
セントエルモの火は人間達が《夜人》だと思っているが実際は違う、あれは《夜人》が起こすものではなく自然現象なのだ。
雷の放電が起こす発光。
それ以上でもそれ以下でもない。
もうすぐ嵐が来るという予測が立つ程度だ(本来、嵐の最中に起こる現象なので珍しいと言えば珍しいが)
セントエルモの火を思う時、浅葱はいつも不思議な気持ちになる。
《夜人》は何故《夜人》なのかと、人間に認識してもらえなければ消えてしまう《夜人》もいる。
《夜人》は人間あっての存在なのだろうかと。
人間が繁栄する以前の《夜人》となると、浅葱も伝聞でしか知らない。
では自分はなんなのだろうかと、不思議で不安になる。
浅葱はそっと甲板を離れ、地下に降りる。
大城と英蔵と恒人が眠っていた。
うつ伏せで寝ている英蔵の隣で恒人が丸くなっており、その上で大城が大の字になって眠っている。
そんなことをしなくても3人が眠れるスペースは充分あるし、大城は寝相が良いはずなのでわざとなのだと思えば笑みがこぼれる。
3人とも穏やかな顔で、自分が守りたい風景はこれなのだなと改めて思った。
どんな存在でも良い、何者であろうと構わない、この気持ちだけは本物だ、と。
地下から戻って来た浅葱に涙沙はにんまり笑いながら言った。
「寝顔見てすっきりとか、浅葱君はお父さんやねぇ」
「守りたいものを再認識しただけだよ」
浅葱が真面目に言えば涙沙はまた笑う。
「それがお父さんなんやん」
そうかもしれないな、と浅葱は思った。
そしてそれも悪くない。
惚れられた話
「猥談がダメならせめて恋バナしようや」
恒人だけが眠っている隙を見て、涙沙が釣りをしている英蔵と大城のところへやってきた。
「いいよ。恋バナね」
それに大城は軽く乗って頷く。
「初体験は何歳?」
「15歳」
さっくり言った大城に英蔵が素っ頓狂な声を上げる。
「じゅうごぉ!?早くないっすか!?」
「いや、俺のとこは通過儀礼みたいな感じであったからさ。英ちゃんとこは婚前交渉不可なんだよね」
「掘り返さないで下さいよ・・・」
「まあまあ、英蔵君にだってこの先素敵な出会いがあるかもしれんのやし」
涙沙はどうもこの手の話題が好きらしい、心底楽しそうだ。
「あるのかなぁ・・・」
「ちなみにどんな子がタイプなん?」
「特にないよ、好きになった人が好き」
「今までに何回フラれたん?」
「フラれたこと前提で質問!?」
盛り上がっている英蔵と涙沙に大城が言う。
「恋バナだったらやっぱり浅葱君でしょ」
「え?浅葱さんって恋多きタイプなんですか!?」
一途そうなのにと英蔵が驚けば涙沙が首を振って答える。
「ほら、ヴァンパイアやからセックスアピールあるように見えるらしい。常時魅了魔法みたいな?だからしょっちゅう惚れられてまうんや。浅葱君が惚れることはないけどな〜」
なるほどと英蔵は苦笑した。確かに浅葱は同性の英蔵から見ても色気がある。
女性から見ればさぞかし魅力的だろう。
「どこぞの貴族の後妃さんとかしつこかったよなぁ。短剣振り回して来た人」
「ああ、あれなぁ。私を愛して下さらないのなら殺しますって!」
「いきなり過激!?」
驚く英蔵に涙沙と大城は笑う。
「よりにもよって浅葱君が一番嫌いなタイプでな〜。酒池肉林のために重税かけて好き放題してた人。顔と身体だけが取り柄で、中身空っぽで」
「美人ではあったけどね、相手にしたくもないから逃げてきたな。浅葱君が好きってより自分になびかない男が許せないって感じだったな」
確かにそれはゴメンだなと英蔵は思った。
まあ自分がそんなふうに惚れられる事態は想定できないが。
「異様に仲の悪い双子に同時に惚れられたりとか。なにげに人災っていうか女難が多いよね浅葱君って」
「っていうかお二人はないんですか?」
英蔵の問いに大城と涙沙は顔を見合わせる。
「俺はあるよ。毎回丁重にお断りしてます。そんな過激な惚れられ方しないし」
「俺の場合は夜出歩くことが多いのと、女と勘違いされることが多いからなぁ。適当にあしらって逃げる」
「・・・・・・ツネは?」
「・・・本人は気づかないから浅葱君が代わりに断ってるよ」
「ツネも過激なタイプに惚れられるからなぁ」
初めて恒人に声をかけた時いきなり大城にどつかれたことを思い出す。
「ジュボッコさんの言う通り、教育した方がいいかも・・・」
「英ちゃん頑張れ!」
「英蔵君がんばって〜!」
「・・・協力はしてくれないんですね」
教育開始
船の地下、神妙な顔つきで向かい合って座っている英蔵に恒人は小首を傾げた。
「あの、だな・・・」
「はい。なんですか?」
「え〜〜っと、そうだ、赤ちゃんはどうして生まれるか知ってる?」
「結婚した女の人が子供が欲しいって願うとコウノトリっていうのが運んできてお腹の中に入れます!」
ばたん。と英蔵は後ろにひっくり返る。「浅葱さんが教えてくれたんですよ〜」と恒人は得意げだ。
しょっぱなからへし折られた、なにをどう教えればいいのやら。
「えっとさ、じゃあ・・・恋って分かる?」
「分かりますよ。人を好きになった時に凶暴化する現象ですね」
「・・・・・・浅葱さん」
周囲にまともなモデルがいないじゃないかと英蔵は項垂れた。
「じゃあ、結婚は?」
「好きな男女がずっと一緒にいると誓うことです」
まあこれはだいたい正解ではあるが、繋げにくい。
英蔵は考え込んだ、どう教えれば上手くいくのか。
・・・お手上げである。
英蔵は梯子のところでなりゆきを楽しそうに見守っていた大城を見た。
大城は肩を竦めて近寄ってくると恒人に言う。
「あのね、ツネちゃん。恋は人も《夜人》も凶暴化するから気をつけなきゃいけないんだよ。ツネちゃんも恋されるかもしれないでしょ」
「俺もっすか!?」
「ツネちゃんも。だからそうなったら戦うんじゃなくてすぐに逃げるんだよ」
「ん〜・・・分かりました」
「話はそれだけ、行っていいよ」
「それだったんですか。英蔵さん回りくどいっすねぇ」
恒人はそう言って笑うと地下を出て行った。
「・・・ああやってみんなして嘘吹きこんでるんですか」
呆れた様子の英蔵に大城は口を尖らせる。
「じゃあ英ちゃん言ってみろよ、詳しくさぁ」
「無理っすよ。見てたでしょう!とっかかりすらないじゃないっすか!」
「だから危険さえ避けられたらそれでいいじゃん」
にんまり笑う大城に英蔵も力なく微笑み返す。
先はまだまだ長そうだ。
ふさふさ争奪戦
航海は続いていた。出現した巨大サメ相手に大城が小魚用の銛で戦いを挑もうとして涙沙に後頭部を本気で殴られたり、大城が海賊ごっこと称して船から伸ばした薄い板の上に恒人を乗せて浅葱に説教をくらったり、英蔵が寝ぼけて海に落ちたり、涙沙が暇つぶしに高速で飛びまわって帆を破ったりと些細なトラブルはあったが順調である。
陸上にくらべて海は危険ではあるが、障害物なく見渡せるというところは陸上より楽だった。水中にいる者たちの動きも聴力の良い恒人や英蔵がいるのですぐに察知できたし、浅葱特製の船ならばいきなり底が破られることもない。
そもそも《夜人》の船である、嵐も大波も慣れれば楽しい。
大城がサメに闘争本能を刺激されたらしく、出て来る度に戦おうとするのに多少参ってはいたが。
そんなのんびりとした生活のせいか、逆に故郷が近づいていることで情緒不安定なのか、恒人が眠っている時尻尾が出ていることが多くなった。
白い、ふさふさとした大きな尻尾。
それが甲板で丸まって寝ている恒人の薄い尻から出て、時々ふさふさを揺れる。
ふわもふ尻尾を目の前に、そうそう我慢はできない。
真っ先に突撃したのは普段我慢しなければいけない涙沙で、尻尾を掴み顔を埋め、存分にもふもふしていたら恒人に「痛いですよ〜」と拗ねられた。
二番目に行ったのは大城、小狐の時とはサイズが違うから触り倒したいなどと言って、いきなり尻尾を掴みそのまま恒人を引きずりまわしたため、恒人に激怒された。
「今度触ったら本気で怒りますからね!」と「本気で怒りながら」言われ、さすがにもう誰も行かないだろうなと思っていた夜半。
英蔵はすることもなくぼんやりとしていた、甲板で眠っている恒人からは相変わらずふさふさの尻尾が出ていて、海風に柔らかそうな毛がなびき、月の光を浴びて銀色に輝いていた。
ちょっと触るぐらい、気づかれないようにちょっと・・・
などと思っていると浅葱が出てきた。
恒人の、というより尻尾の前に座って至福の笑みを浮かべている。
ふさふさの尻尾を優しく撫でれば反応するように、尻尾はぱたぱたと甲板を叩く。
浅葱の笑みがとろけるようなものに変わり、尻尾に顔を埋めようと横になった時、マストの陰にいた英蔵と目が合った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気がつくと音速の早さで移動した浅葱は息がかかるほど近く、赤い目がぎらぎらと光っている。
「今の、見たよね?」
「イイエ、オレハナニモミテイマセン!!」
思わず片言になりながら首を振ると浅葱は「そう」と頷いて地下へ戻っていった。
人格すら変える、ふわもふの魔力、恐るべしと思いながら英蔵は・・・やはり触りに行けなかった。
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