ドウタヌキ?


第零話『帝國・零一』


どうやらまた「彼」のターンがまわってきたようだ。
ウィンゲート・コルレニオスこと京。
真祖ヴァンパイアとヴァンピールの間に生まれた唯一無二の生命体。
前例もなければ後例もない。
ヴァンパイアの能力を全て持ち、ヴァンパイアの弱点を一切持たない生物など、彼ただ一人。
故に、彼を語ることは誰にもできない。
比較するものがない、絶対唯一の存在だ。
そして彼自身が語り部には成り得ない。
彼はおそらく「正義」の意味すら考えたことがない、「悪」の意味すら考えたことがない。
理論もなければ理屈もなく、思想もなければ思考もない。
「好き」「嫌い」「快」「不快」考えるとすればその程度のもの。
だから彼はとても無邪気だ。
生まれて四千年がすぎようとも、その精神はまるで子供だ。
彼は語り部にはなれないし、誰も彼を語れない、彼をはかることができない。
現象のような生命体。
しかし彼には感情がある。
誰にもうかがい知れず、もしかすると本人ですら分からないような、混沌とした感情は確かに彼の中にあるのだ。



帝國・零一




巨大な白亜の城。その最上階に近い一室に京はいた。
広い部屋、豪奢なベッドに家具。どれも京には特に必要でないものだったが、とりあえずの住処としては悪くない。
京は生クリームの乗ったスコーンを手づかみで食べながら、各方に飛ばした使い魔の蝙蝠達からの報告を聞いていた。
眠っていた間、世界がどう変わったのかぐらいは興味があるらしい。
そのうち一匹の報告に京は少しだけ顔をしかめる。
「・・・ふぅん、サクスブルーはまだ旅を続けてたんか」
サクスブルー・ダークローズ・アンチアーレス。すなわち浅葱とは同じ名門貴族である関係で何度か顔を合わせていた。
まだ浅葱が幼い頃・・・ヴァンパイアはその「再生能力」の性質上、生まれてすぐに最も健全な状態へ、人間でいう二十代後半の姿まで成長してしまうので、幼い頃という言い方は適切ではないが、浅葱がまだ生まれて100年も満たない頃から知っている。
顔見知りであって友人ではなかったが(そもそも京は「友人」などというカテゴリーは持ち合わせていなかったが)古い知り合いだ。
眠りについていた100年の間どうしていたのか気になる程度には浅葱のことを頭に留めている。
「相変わらず変なやつやなぁ」
本人が聞けば、あの気質穏やかな浅葱でも内心で「貴方にだけは言われたくない」との突っ込んでしまうような台詞だが、京からすればそういう認識だ。
博愛主義のヴァンパイアだなんてお笑いだ。
京も殺戮や流血を好むタイプではないが、ヴァンパイアの多くはそれを好む。
それを厭うヴァンパイアというのは実に珍しい。
「それに、あれからまだ吸血行為をしてないのか・・・」
京は黄金色に輝く瞳を細めた。さながら光にあたった猫の目のように瞳孔を細くする。
確かに、真祖ヴァンパイアともなれば、再生能力の高さ故に吸血行為をしなくても問題なく生きてはいけるが、欲求はあるはずだ。
そしてさすがに全くしないともなると能力値が下がる。
京は軽く指を折り数え、足りなかったので今度は指を反対側にへし折って数えてみた。
バキボキと折れた骨は瞬く間に再生し、やはり足りなかったのでもう何回かへし折って数えた。
嫌な光景である。
欠点といえば欠点として京は痛覚が鈍いのでそういう行為を平気でやる。
「10分の1ぐらいにはなってるのかな・・・」
ようやく数え終わったのかそう呟いて、京はスコーンを食べるのを再開した。
京はおかしそうに笑う。吸血行為を厭うヴァンパイアなんてさすがに前例がないだろうと、笑う。
それからまた使い魔の話に耳を傾けた。
「で、また旅の仲間が増えたんか。人狼の能力を持たない人狼ねぇ・・・こーいうのなんて言うんやっけ?類は友を呼ぶ?変なのばっか集まるんやな、アイツのところには」
異端すぎて類すら呼ばない京は可笑しそうに笑った。
食べるのに飽きたのか、齧りかけのスコーンを放り出し、クリームで汚れた手をどうしたものかとしばし考え、確か服で拭くのはよくないと遥か昔に誰かに言われた気がするので、目の前のナプキンで拭いた。
無論、ヴァンパイアである京はスコーンを食べたところで栄養にはならない、味と食感を楽しむだけの嗜好品だ。
「さて、と・・・」
広いベッドに小さな体で飛びこんで京は目を閉じる。
「暇つぶしやね」


その下の階にもまた広い部屋があった。城にしてはややダークな骸骨などをメインにした調度品。真ん中には円卓。
円卓の椅子の一つにはバーサーカー、堕威がふんぞりかえるようにして座っていた。
仕事の報告を終えたところだ。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど・・・いや、もうなにも言うことないわ」
室内だというのに黒いコートをきっちり着込んだ心夜が冷やかな視線を送る。
「ああ!?別に失敗したわけやないんやからええやろ!?」
「でも成功でもないやん。運が良かっただけ」
「過程なんかどうでもいいやろ、結果が出せれば」
「・・・まあそうやけどね」
あまり良い争いを好むタイプではないのか心夜はそう言って口を閉じた。
文字通り腹を抱えて笑っている敏弥を軽く睨んでから堕威はもう一人、円卓に座っている人物を見た。
円卓はそもそも上下関係にこだわらない目的で作られたものだが彼の座る椅子だけやや豪奢だった。
優しげな顔立ちながら目つきの鋭い、髭を蓄えた男が座っている。
帝國の王、薫だ。
「なあ薫君・・・ほんまにウィンゲート・コルレニオスを連れてきたんか?」
「俺が死ぬ気で話つけてきました!!」
叫ぶ敏弥をもう一度睨み、堕威は改めて薫を見る。
「薫君、ウィンゲート・コルレニオスはほんまに・・・この上にいるんやな?」
「うん、おるで」
薫のあっさりとした物言いに、猪突猛進型の堕威も深いため息をついたのだった。


ウィンゲート・コルレニオスの力は度を超している、規格外だ。ベルセルクの大城が「一騎当万」などと呼ばれているが、京はその一撃で国ごと破壊する力を持っている。
これまでにも何人か京の力を利用すべく近づいた人間はいた。手順を踏めばコミュニケートは充分可能で京も気が向けば人間に手を貸す。
しかしそういう人間はもれなく皆破滅していた。
京の力は人間の手には余るのだ、使いこなすことができない。
《夜人》であり、500年の歳月を生きている堕威はそれをよく知っていた。
しかし彼はとてもシンプルな思考の持ち主であったため、京と顔を合わせるために階段を上っている最中にどうでもよくなって考えるのをやめた。
そもそも堕威はあの国の王女の暗殺理由すら知らないのだ、聞いてもいないし聞こうとも思わない。
乞われた戦いをする、堕威の世界はそれで完結している。
それが元々の堕威の性格なのか、《夜人》と化したが故のものなのか堕威自身にも分からない(そしてこれもまた分かろうとも思わない)。
しかし名は違えど同じ種族である大城がとても「人間的」であることを鑑みれば前者のほうなのかもしれないが。


「京君、これ京君と同じ《夜人》でバーサーカーの堕威」
と薫に紹介された時は、高貴なヴァンパイアがバーサーカー如きと同列に扱われたことに機嫌を損ねはしないかと冷やりとしたが、京は「ふーん」と興味なさげに頷いただけだった。
噂通りの童顔で小柄な姿、表情が乏しいというよりは人見知りしているのか視線を合わせようともしない。
「えっと、よろしく」
「うん、よろしく」
そう言ってから京は少し首を傾げて言った。
「バーサーカーなら・・・ベルセルクの、なんやったっけな・・・・・・あ、大城って知っとる?」
「知ってるもなにも、ついこの間会ったとこやで」
「なら、サクスブルーとも会った?」
「アンチアーレス家のヴァンパイアさんやろ、会ったで」
そんな会話を始めた二人に薫はやはり《夜人》同士共通の話題があるらしい、よかったなぁと呑気に眺めていた。
薫はどこかズレている男なのだ。
だから京を仲間に引き入れようなどという無茶をする。
そう、薫は京の力を利用しようとしているわけではなく、京を単純に仲間にしようとそう考えたのだ。
世界広しといえど、そして長い歴史の中でも伝説のヴァンパイアを純粋に「仲間」に引き入れようとしたのは薫ぐらいのものだろう。
彼のこの常識外れの手腕が帝國を帝國と呼ばせる所以であるがそれはまた別の話だ。
京は黄金色の瞳で堕威と薫を交互に見て言う。
「ちょうどええわ、頼みがあるんやけど・・・」


京の言った「お願い」の内容が自分とあまりにも密接であったため、堕威は顔をしかめた。
怒るほどでなくても、少し不機嫌にはなる。
そんな堕威の様子を気にかけることもなく、そもそも相手の顔色をうかがうなどというスキルは彼にとっては不要だから持ち合わせていないのか、京は静かな声で言う。
「まあ、ちょっと気になるっていうか・・・う〜ん、そういえば昔トラップを仕掛けてそのまま放置したけど、今あれはどうなってるんやろ、っていう程度の引っかかりなんやけどね。アンタがバーサーカーならちょうどええわ。故郷やろ?」
「まあ、な・・・故郷っちゅーか、古戦場や」
「堕威、どうする?なにもすぐ行かなくてもいいで」
やはり呑気な様子の薫にため息をついてから堕威は言う。
「すぐ行く、城のなかでうだうだしてるのは性に合わんのや、じゃあえっと、京君。とりあえず様子見てきたらええんやな」
「うん」
ふわふわの金髪を揺らして頷く京を見ているとこれが本当にあの伝説のヴァンパイアなのかと疑いたくなったが、この色のなさこそが伝説たる所以かもしれない。
喋っても喋ってもなにも掴めない。
そもそも相手の感情を酌むのを苦手とする堕威にしてみれば、会話をしているという実感すらなかった。
満月のような瞳をきらきらさせて見つめてくる京に頷いて堕威は部屋を出た。


部屋を出るとすぐ敏弥が心配そうにやってきた。
「どうだった?」
「どうもこうも・・・俺またすぐ出かけるから」
「え〜!帰って来たばっかじゃんか」
「京君がおるならこの国の防衛レベルは最大値やしな、俺も安心して使い走りができるわ」
快活に笑う堕威に敏弥は顔をしかめる。
「でもさ、あの子怖いってゆーか、俺のこと『おい、そこの携帯食料』とか呼ぶんだよ!いつか食われるよ、俺!」
これには堕威、爆笑だった。
「ちょ、笑いごとじゃないよ!ホントに怖いんだから!」
「なあ、それ心夜や薫君にも言うんか?」
「・・・ん、いや、俺にしか言わない」
「たぶん、からかわれとるだけやない?確かにヴァンパイアにしてみれば人間は食料やけどな、ウィンゲート・・・いや、京君はそこまで見境ないタイプではないから、かといって美食家でもないけど」
敏弥は拗ねたように口を尖らせて堕威を見る。
顔立ち的にはともかく身長は高い人間なので可愛らしいというよりは、子供じみていた。
「ヴァンパイアの美食家ってイコール猟奇趣味じゃんか」
「だ、か、ら。京君は食べたい時に食べても良いものを食べるタイプなんやろ、言葉は通じてるんだからいきなり食われたりはせんわ、まぁ此処にいるのに飽きたら勝手に出ていくんやない?」
「その飽きた時にぶち殺されたりしないわけ!?」
堕威、今度は苦笑したようだった。
「なんちゅーの、人間も肉を食べるやろ。でも食べる時にわざわざ愛着の湧いたもんを食べたりはしない、懐いてるウサギと、飛びまわってる野生のウサギなら後者のほうを食べるやろ、そんな感じや」
「あんま納得いかないけど、堕威君がそういうなら一応安心するからね!ところで今度はどこ行くの?」
これには一言、簡潔に答える。
「俺の故郷」


堕威はシンプルではあるが、あの闘技場のことについてなにも考えなかったわけではない、多少思うところはあった。
しかし彼にとって戦場は日常であり殺人は常時であった、バーサーカーであるが故に戦いは本能で本質だった。
言うなれば麻痺していた。
人が死ぬことも国が滅びることも珍しいことではなく、隣人に裏切られることも平和が突然崩れることも当たり前で、慣れていた。
「死を悼む気持ちはある」という英蔵の言葉に少しだけ、その麻痺が溶けた。
かといって過ぎたことをどう思ってもなにもならないことをよく知っていた、死んだものは帰らない、それだけのことだ。
故郷へ帰ることに感慨はある、感傷はある、しかしそれもまた微々たるものだ。
必要最低限の荷物だけ下げて城門へと向かう途中、振り返って城を見た。
京がいるはずの部屋を見上げた。


京はその気まぐれな性格故に、なにかの拍子で人を助けることが時々ある。
彼は伝説のヴァンパイアで、恐れられているがごく一部の地域で伝説の英雄となっていることがあった。
この帝國もまた、そんな一つだった。
200年ほど前のことで、それもほんの気まぐれでやったことであるので京は忘れているが、京が手を貸したことでこの国は救われていた。
それはいつしか御伽噺になり、京は御伽噺の中の救世主だった。
この国の王の子として生まれた薫もまたその御伽噺を聞いて育った。
大国の跡取りとして厳格に育てられ、孤独だった薫にとって京は、ウィンゲート・コルレニオスは彼自身の夢で、救世主であった。
彼の中の神様だった。
夢を夢で終わらせないのが薫という人間であったため、手を尽くし、その御伽噺の救世主が京であることも、京の居場所も突き止めた。
そして・・・






ようやく例の『宗教』が広まっていた地域から抜け、浅葱一行を乗せた馬車は荒野を走っていた。
大城の故郷へ向けて、走っていた。
馬車の後ろでぼんやりと景色を見ていた恒人が隣に座っていた英蔵に話しかける。
「英蔵さんってウサギの肉、好きですか?」
「なにいきなり。好きっていうか・・・この身体になってから肉類は特に美味く感じるけど」
「じゃあたとえばですけどね、草原を歩いていたらお腹をすかせた蛇がウサギを食べようとしていたらどうします?」
「そりゃ、どうもしないよ・・・蛇の食事なんだから」
恒人は前を向いたまま頷く、意図が読めずに首を傾げている英蔵を横目でチラリと見てから言った。
「では英蔵さんはウサギをペットとして飼っています、そのウサギがお腹をすかせた蛇に食べられそうになったらどうしますか?」
「ペットなんだろ?そりゃ蛇を止めるよ・・・」
「じゃあ最後の問題、野生だけれど英蔵さんに懐いているウサギがいます、英蔵さんが野原にいくと寄ってくるほど懐いています、そのウサギがお腹をすかせた蛇に食べられそうになっていました・・・どうしますか?」
答えられずにいる英蔵に恒人は微笑を浮かべて言う。
「俺達はいったいどこまで介入して、いったい誰を助ければいいんでしょうかね?」
これにも答えられずに英蔵は流れていく景色を見た。
野兎が一匹駆け抜けて行った。
「俺は元が狐ですからねぇ、死ぬのが怖くないわけじゃないですけど、当たり前なんですよ、あまり覚えてはいないんですが、俺の親兄弟は狼に食べられてしまいましたし」
「狼」という単語に一応人狼である英蔵はどきりとして、そして恒人が×××お兄ちゃん以外の昔話をすることは稀なので恒人の顔を見つめた。
「弱いものが食べられて強いものが生き残るの、俺の中ではごく当たり前のことなんですよね・・・だからぶっちゃけ、英蔵さんがあの闘技場のことで悩んでることや引っかかってること、俺はあんま理解できてないと思うんですけど・・・平気ですか?」
「気づかってくれてるの?」
「一応は、これから大城さんの故郷ですしね、あんま色々抱え込んでくとどうかなっちゃいますよ。《夜人》だって精神が壊れることはあるんですから」
「ん、気をつける。でも大丈夫だよ、みんながいるし・・・」
風が吹き抜けていく、雨を含んだ雲が流れていく。
自由というものを視覚化したらこんな感じではないかと思えるような景色だった。
そしてふと、思う。
涙沙のことや、浅葱のことと重ねて思う。
「そういえばさ、京さんってずっと死に方も分からず何千年と生きてて辛くないのかな?」
これには恒人は、困ったように首を傾げただけだった。
馬車は大城の故郷へ向けて走っていた。
ベルセルクとバーサーカーがかつて戦った場所へと走っていた。


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