ドウタヌキ?


第四話『墓守』


鉛色の雨が降り注ぎ、焦土と化した大地に男はただ、立ちつくしている。
必死になって守ったものは全て両の手から砂のようにこぼれ落ち、黒焦げた故郷だけが残されていた。
愛したものは炎に呑まれ、思い出は灰となって風に舞うばかり。
守るために選んだ道のはずであった、金貨十枚と引き換えに命をかけて選んだ道であった。
それが間違いだと、炭になった愛しい人の手が砕けるのを見て初めて気づく。
そして、ちっとも流れてこない涙に、男は人間であることすらも失ってしまったことに気づいて、咆哮を上げる。
既に人間のものでないそれは、灰色の空に木霊した。
なにも返ってくることはなかった。



墓守



月の明るい夜だった。満月前夜、自制を失うほどではないにしろ、神経が高ぶって、ただでさえ睡眠をあまり必要としない身体は一向に眠気をもたらしてくれず、俺は馬車の前でぼんやりとしていた。
やがてそれにも飽きて、馬車の上へと移動する。
そこでは大城さんが夜空を見ながら煙草をふかしていた。
恒人は馬車の中で眠っていて、浅葱さんと涙ちゃんはお出かけ中。
上って来た俺を見て、大城さんは何を言うでもなく目を細めて「吸うか?」とばかりに煙草を差し出して来た。
俺も全く吸わないわけではないので、一本貰って火を点ける。
紫煙が二本、ゆらゆらと夜空へ立ち昇っていく。
「英ちゃんはさ、人間だった頃も神様って信じてなかったんだっけ?」
「そうですね、とても抽象的な概念でしたから」
今は人から『神』と崇められる《夜人》がいることも知っている。
フローライト達が言うような創造主はちょっと分からないけれど。
「俺はさ、神様って信じてたよ。俺のいた国の宗教でさぁ」
大城さんは夜空を見上げたまま言う。
「そもそもベルセルクっていうのはオーディンっていう神様の力を借りるんだ、その点じゃあのフローライトと同じなんだよ」
「その、オーディンっていうのは、えっと《夜人》なんですか?」
「さぁ、会ったことねぇし、見たこともないからなぁ」
と大城さんは快活に笑って俺を見た。
「オーディンってのは軍神なんだ。でもさ、それってダメじゃねぇ?」
言われたことの意味が分からず、首を傾げて大城さんを見ると、今度は苦笑して、煙草の火をもみ消した。
「例えばさ、天気を操れる神様が豊穣をもたらすって崇められるのは分かるよ、ツネちゃんの言うとこのウカミー師匠なんかがこれだけど、あと病気を治してくれる神様とかさ、分かるよ。・・・でもさ、軍神はダメだろ、人間が戦うことが前提じゃん」
「ああ、確かに・・・そうですね」
「戦いの神様なんて必要ないはずだろ、なのにいた。実際にいるかはともかく、そういう概念があった。どっかでさ、分かってたのかな・・・人間ってのは戦っちゃうもんだって」
俺はとても平和な国にいたから、分からない。
知る限りで軍神なんてものはいなかったし、やってくる旅人から偶に戦争の話を聞くぐらいだった。
こうして旅をしていて、戦争で滅んだ国も少しだけ見たけれど、戦争をしている地域は避けて進むようにしているから、やはり俺にとってはあまりリアルでないものだった。
大城さんが《夜人》となったきっかけはそもそも戦争だけれど、大城さんはあまり昔の話はしない。
というより皆、昔の話を積極的にすることはなかった。
踏みこんでもいいのかな、と少しだけ躊躇って俺は言う。
「大城さんと・・・その、堕威さんの国はどうして戦争になったんですか?」
大城さんは苦笑を浮かべて言う。
「向こうの国がさ、攻め込んでくるって噂が国民の間じゃ流れてた、それで煽られたんだよな。実際のところどうだったのかは分からない、みんな死んじまったからな、永久に分からないよ」
大城さんは新しい煙草に火をつけてまた、空を見た。
「兵士の中でもベルセルクは特殊枠っていうか、特別手当がもらえたんだよな〜。まあ普通の兵士より危険だし、ベルセルクになっちゃうと人間に戻れなかったり、そのまま気が狂っちまったりするからさ。まあ俺は見事に前者だけど。家族もいたし、戦争が長引いて貧しかったから、金貨十枚でさ、引き受けちゃった」
ノスタルジックと哀愁の混ざった顔で言う大城さんの言葉から一つが引っかかって俺は聞いてみる。
「・・・あの、家族って?」
「嫁と息子だけど」
さらりと言ってから大城さんは顔をしかめた。
俺が仰天という顔をしていたからだろう。
「ひ、大城さん、け、結婚されてたんですか!?」
「英ちゃんさぁ・・・俺、人間だったときの年齢29歳だよ、いて普通だろうが」
呆れられた、心底呆れられた。
いや、しかし・・・いや、確かに、国によって違いはあろうけど、俺だって婚期ギリギリで同い年のヤツのほとんどが家庭持ちだったんだから、そう考えるのが当たり前なのか!?
「だ、だって全然そんな風に見えない・・・」
「そりゃ俺、人間じゃなくなってから長いし」
「その、大城さんのご家族は?」
「戦争で死んだよ、500年前にな。もうふっ切ったつーか、人間じゃなくなってその辺の感覚が鈍ったのか分からないけど、今じゃ顔も思い出せない」
大城さんは本当に爽やかな顔で言って、夜空を見上げる。
今にも降ってきそうな星達が輝いていた。
「ああ、でも一回だけさ、嫁さんの生まれ変わりに会ったな」
大城さんは星を掴もうとするかのように手を伸ばして笑う。
「どっかの国で買い出ししててさ、店番してた女の子、12、3の子がそうだった。見た瞬間気づいて、びっくりして・・・ああ、でも生まれ変わったんだ良かったなって、平和な国だったし今度は幸せになればいいなと、そう思ったよ」
「なにか話はされたんですか?」
「なにも。そういうのがルールでもあるし、いきなりこんなヤツに前世夫婦だったんだよとか言われても困るってか、俺が危ない人以外の何者でもなくなるだろ」
そう言って大城さんは笑って、馬車の上に寝転ぶ。
紫煙が夜空に溶けていく。
「人間は生まれ変われるから・・・もちろんさ、生きてる時に来世に望みを託せなんて言わないけど、人間よりずっと長く生きてるとそれが救いみたいに思えるから不思議だよな・・・」
俺も、生まれ変わって来た。
やり直せはしなかったけど、ほんの少しだけ前の俺の間違いを正せた。
俺は視線を下げて、見えはしない馬車の中を思う。
「・・・救いなのかもしれませんね」
「ツネちゃんお前は特例だけどな・・・なぁ気づいてるか?」
視線を戻すと、大城さんは寝転がったまま、にやりとしていた。
「×××お兄ちゃんよりも、もう英ちゃんのほうがツネちゃんと長く一緒にいるんだぞ」
「そうなんっすか?」
俺が声を上げると、大城さんはまた、呆れたようだった。
「頭使えよ、そのデカイ頭を。前の英ちゃんとツネが会った時、ツネは小狐で別れた時も小狐だったんだろうが。狐が小狐・・・少なくとも小狐に見える間ってすげぇ短いぞ」
言われて初めて気がついた。
確かにそうだ、おぼろげな記憶しか持っていないから思いもよらなかったけれど、理屈上そうなる。
×××お兄ちゃんと恒人が過ごした時間は、下手をすれば一カ月にも満たない短い間ということに、なる。
ふと、怖くなった。
そんな短い期間で相手に全てを懸けてしまった恒人が。
闘技場のことがあった後、涙ちゃんが言った意味がようやく呑み込めた気がした。
「・・・そうなんっすね、そうなりますねぇ」
「気づけよ、それぐらい」
大城さんはまた呆れたように笑って空を見上げた。
俺は下に降りて馬車の中をのぞく。寝ていると思っていた恒人が丸まったまま目を開けて俺を見上げていた。
「眠れないんすか?」
「・・・ああ、なんか神経高ぶっちゃって」
「子守唄でも歌ってあげましょうか」
そう言って恒人は身体を起こして悪戯っぽく微笑む。
どう答えたものか、確かに属性の関係上、恒人の傍に入れば俺の力も緩和されて眠れそうではあるが・・・子守唄を歌ってもらう必要はない。
けど聞いてみたいな、恒人の子守唄とか、どんなのだろう。
「うん、じゃあお願い」
俺がそう答えると、恒人は目の玉が落ちそうなぐらい眼を見開いた。
「冗談で言ったのにっ!お願いされたっ!!」
・・・冗談だったのか、いや冗談だろうよ、阿呆か俺は。
馬車の上で会話を聞いていたらしい大城さんの笑い声が響いた。
「うぬ、しかしやると言った以上、お願いされたのならばやりましょう、どうぞ!」
腕を組んでそう言う恒人。こうなったら絶対折れない。
ああ、なんだかとても複雑な気分だ。
照れ臭い思いを抱えて馬車の中で横になれば、恒人も恥ずかしいのか硬い表情。
いや、恥ずかしいだろう、なんだよ子守唄って。
なんでお願いしてんだ、俺。
「ツネちゃん、俺も聞きたい!」
馬車の上から大城さんの声。
恒人は覚悟を決めたらしく息を吸い
「おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんと
盆が早よくりゃ 早よもどる
おどんが打死だときゃ 誰が泣いてくりゅか
裏の松山ゃ せみが鳴く」
と歌った。
「・・・え?それ子守唄?」
「はい、里へ出た時に子守りをしてる子が歌ってましたから」
たしかに独特のメロディーは眠気を誘うものではあったが、なんか歌詞が暗くないだろうか?
「ツネちゃんさ〜、もっと優しい歌詞のないの?」
大城さんも馬車の上から顔をのぞかせて言う。
恒人はきょとんとして俺達を交互に見た。
「ってか子守唄って基本的に歌詞暗くないですか?」
「え!?そんなことないでしょ!?」
納得がいかないという顔をする俺と大城さんに恒人も納得がいかないという顔をした。
「じゃあ英蔵さんが知ってる子守唄教えて下さいよぉ」
「いいよ、俺が聞いてたやつでいいんだよね!」
半ばやけくそで俺は歌う、死ぬほど恥ずかしいのは何故だ。
「眠れ 眠れ 母の胸に
眠れ 眠れ 母の手に
こころよき 歌声に
むすばずや 楽し夢」
「・・・・・・ふへぇ」
と恒人が妙な声を上げた。そしてまた腕を組んで眉間にしわを寄せ、逆さまに馬車の上から顔を出している大城さんに言う。
「大城さんが知ってるのも教えて下さい」
「え!?俺が歌うの!?まいったな・・・」
大城さんは自分のキャラじゃないだろうとばかりに、肩を竦めて、そして逆さまのままでは歌い難いと判断したのか降りてきて馬車の端に座った。
「眠れよ我が子 
 窓辺に見える美しの花
 咲くころには安らぎを
 眠れいと楽しく
 窓辺に明日が訪れるまで
 夢の園でも花は咲き
 明日も花の中で微笑む」
と普段の美声を生かしてやわらかいバリトンで歌ってみせた。
「む〜・・・!文化の違いでしょうかね、なんなんでしょう、この差は!」
「俺もびっくりだよ」
大城さんはそう言って笑った。
考えてみればみんな国も時代もバラバラなんだよな、むしろ普段衝突しないのが不思議なんだろう。
ついでに言えば種族も違うのだから、お互い色々ギャップがあって当たり前なんだけれど。
「ツネの国はね・・・」と声がして馬車の奥で赤い目が光ったものだから俺はびっくりして飛び起きた。
いつのまにか浅葱さんがいる。霧の状態で近寄られると本当に心臓に悪い。
が、驚いたのは俺だけで、恒人と大城さんは平然としていたけれど。
いつか俺も慣れるだろうか。
完全に霧の状態から脱して浅葱さんは優雅に笑う。
「ツネがいた国では母親が子供に歌う子守唄じゃなくて、奉公に出された子が奉公先の赤ん坊をあやす時に歌っていたものだから、ちょっと暗めなんだよ」
「あ、そうっすね。母親が子供に歌ってるのは聞いたことないです」
こくこくと頷いて恒人は納得がいった顔。
「なっるほどねぇ」
大城さんも納得がいったらしく、そう言って後ろにひっくりかえった。
「大城さんのもう一回聞きたいっす!歌って下さいよ」
そうのぞきこむ恒人の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて大城さんは言う。
「嫌だよ、恥ずかしい。浅葱君に頼みなよ、いっぱい知ってるだろうから」
「俺も聞きたいっ!」
とものすごい勢いで涙ちゃんが馬車の中に飛び込んできた。
まあ浅葱さんが帰ってきたのだから涙ちゃんもいるだろうと思っていたのでそこまで驚きはしなかったけれど。
「俺、子守唄なんて一個も知らんから聞きたい!」
「俺も浅葱さんの子守唄とかすごく聞きたいです!」
涙ちゃんと恒人に迫られ、浅葱さんは困ったように笑った。
「ちょ、ちょっと二人とも・・・」
「あかんの?」
「ダメですか?」
二人に首を傾げてのぞきこまれ、さすがの浅葱さんも照れたらしい、少し顔を赤くして、頷く。
「分かった、歌ってあげるから」
それからみんなで照れくささに笑いながら浅葱さんの子守唄を聞いた。
俺も、反応からして他のみんなも初めて聞く歌。
物悲しいメロディーに柔らかな歌詞を乗せて、浅葱さんの歌声は綺麗だった。


そんなことがあってから大城さんはよく子守唄を口ずさむようになった。
大城さんの国の子守唄。
今まさに向かっている故郷の歌。
思うところはもちろんあるのだろう、今のところ俺は故郷になんら感傷を持っていないけれど。
あと100年もすれば帰ってみたいと思う時が来るかもしれない。
恒人は大城さんの子守唄が気に入ったらしく、自分からねだることはないけれど、大城さんが歌い出すと、邪魔にならない程度に近付いてそっと耳を傾けている。
「まるでお父さんと息子やなぁ」と涙ちゃんは笑っていた。
息子、大城さんには息子がいたのだ、歳までは聞けなかったけれど、それはどんな気持ちだろう。
案外大城さんは恒人を弟というより息子のように思っているのかもしれない。
・・・家族を失くしたもの同士、というと嫌な響きになってしまうけれど。
家族、家族ね。
俺にもいたけれど、そこに限っては俺の国、変わっているらしいからな。
大城さんの国に近くなるほど荒野が広がって行く。
一番近くの国で聞いたところ今は『嘆きの谷』と呼ばれているらしい。
近寄る人間は誰もいないと。
あんなところに行くのは《夜人》だけだと。
俺達は《夜人》なので行っても問題ないという話になるし、人が寄りつかないならば好都合だ。
抑えることなく振る舞える。
道が不安定になってきたので馬車は少し浮いた状態で走っていた。
浅葱さんが形成した霊馬はこんな悪路も軽やかに駆けていく。
今は日中なので涙ちゃんと浅葱さんは馬車の中、大城さんは御者席でまた子守唄を口ずさんでいた。
ホロの端に寝転んで恒人はそれを気持ちよさそうに聞いている、俺は真ん中あたりで流れていく景色をぼんやりと見ていた。
その時、視界の端にいた恒人が、うつ伏せの状態のまま、なんの予備動作もなく跳躍した、俺の肩を蹴って飛び越え、反対側の端に着地する。
「なんだよいきなり!」
軽量級の恒人にそんなことをされても今の俺は蝶がとまった程度の感覚しかないけれど、やはり驚くのでそう怒鳴るが、返事はなし。
どうやら後方の様子をうかがっているようだった。
「ツネ、どうかした?」
馬車の中から浅葱さんが声をかける。
「・・・いえ、気のせいだったみたいですね」
恒人は肩を竦めてこちらへ向き直る。
「なにか・・・気配がしたように思ったんですけれど」
「その辺の感覚はツネちゃんが一番敏感だからなぁ・・・俺はなにも感じなかったよ」
御者席から大城さんが答える。
「気になるなら使い魔飛ばそうか?」
馬車の中から聞こえる浅葱さんの声に恒人は少し首を傾げてから横に振る。
「いえ、敵意害意の類ではなかったので、そこいらにいた《夜人》でしょう、大丈夫です」
まあこの時点で調べておけば後にあんなややこしい事態に陥ることはなかったのだろうけれど、それはどうしようもないことだ。


大城さんの国は山脈に挟まれ、香油の産地として豊かな国であったらしい。
季節になれば薔薇が咲き乱れ、花摘み歌が響く美しい国。
当時の名称は『紅の谷』。
500年前の話になってしまうのだけれど、とても美しい国だったと。浅葱さんはまだその国があったころ訪れたことがあり、その美しさに魅せられたとそう言っていた。
それからしばらく、浅葱さんはアンチアーレス家を出奔し、当時は《例外すぎる聖典》を持つ身として追われていた涙ちゃんと出会い行動を共にするようになり、『紅の谷』が滅んだという話を聞いて、そこへ向かった。
既に滅んでから100年の歳月が流れていたが、大城さんはベルセルク化したまま国にどとまっていた。
100年もの間一人きりで国を守っていた。
生き残りとして、守り続けていた。

切り立った崖から見下ろせば広い荒野。此処がかつて戦場だったらしい、すぐ近くに大城さんの国の―今はもうほとんど崩れた防壁が見える。
「あっれぇぇぇ!?」
と素っ頓狂な声を上げて硝子人形姿の涙ちゃんが馬車から飛び出して来た。
「どうした?」
驚く大城さんに構わず涙ちゃんは「あれぇ?」を連呼して周囲を見渡している。
「どうしたの?」
もう一度大城さんが聞くと涙ちゃんはようやく答える。
「なんか変!様子見に行った方がいい!浅葱君ちょっと行ってくるわ!」
そう言うが早いか、涙ちゃんはふわりと浮き上がって崖下へ行ってしまった。
「・・・俺もちょっと行ってくる」
さすがに崖から飛び下りることはせず、大城さんは人一人がようやく通れるほどの道へ向けて走り出した。
俺と恒人は顔を見合わせる。
どちらかが行くか、二人で残るか決めかねていると馬車の中から浅葱さんの声。
「二人とも行っておいで、此処なら妙な気配もないし、俺は一人で大丈夫だから」
「しかし・・・」
渋る恒人に浅葱さんは笑ったようだった。
「気になるんでしょ、行っておいで。不測の事態ならあちらに集まってくれたほうが俺も安心だし」
日中馬車から出られない浅葱さんの守りが薄いのは事実だが、本当に危険があるなら行けと言ったりはしない。
平等に甘くて厳しいけれど判断は的確な人なのだ。
「じゃあ・・・ちょっと行ってきますね」
「・・・行ってきます」
俺も気になっていたのは事実なのでそう頷いた。恒人が馬車を隠す術(よく俺に悪戯で使う幻覚の類)を施してから大城さんの後を追った。



壊れた防壁を抜けると瓦礫の山だった。破壊されつくした街は滅んだ国であることを示している、500年の歳月も加えて原形を留めているものは一つもなかった。
大城さんの姿はすぐに見つけることができた、てっきり涙ちゃんと一緒にいるのかと思ったが一人だった。
瓦礫の・・・いや、もう石壁が僅かに残っているだけの場所をじっと見つめている。
「・・・此処、俺が住んでたとこなんだわ」
背を向けたままだったが俺達が来たことには気づいたのだろう、大城さんはそうぽつりと呟いた。
「人間だった頃、家族と住んでたんだ、嫁と息子ね。酷いもんだよなぁ・・・もう名前も思い出せない、いや・・・ベルセルクに、完全な《夜人》になった瞬間に何故か忘れちゃったんだけど・・・瓦礫の下に二人ともいたよ。丁度息子を抱きかかえてうずくまった形で。やっぱ母親ってすげぇなって人事みたいに思った、酷いもんだよなぁ」
大城さんは独り言みたいに言葉を紡ぐ。
「なあツネちゃん。ツネちゃんはさ、親兄弟が狼に食われた時・・・悲しかった?」
「・・・俺は狐でしたから。そういうものなんだとしか。悲しい悲しくないで言うならば悲しかったんでしょうけど」
恒人はこういう時も嘘はつかない。
かといってそれで相手を傷つけるようなこともないけれど、きっぱりとそう言った。
大城さんは「そっかぁ」と軽快に笑って俺達の方を向く。
「人間も案外『そういうもの』かもしれねぇな。俺も戦争でいっぱい人を殺したのにさ、自分の家族が死んで憤るのって身勝手なのかもな」
それでも大城さんがこういう台詞を言うのはなんだか辛い。
誰よりも仲間のことを思う人が、そんなことを言うのはひどくやりきれない。
割り切れない。
「当たり前ですよ」
恒人の口調は冷静なままだったが、声は少し熱がこもっていた。
「他人と身内で重さが違うのは当然です。他人も身内も平等な重みを持っている人なんて人間にも《夜人》にもいません」
「・・・ごめんな、嫌なこと言って」
そう言って大城さんは恒人の頭を撫でた。
「英ちゃんもごめんな、つい感傷的になっちまった」
「そんな・・・当たり前じゃないですか・・・あやまらないでくださいよ」
いかに人間の時の感覚が薄れていようが、滅んだ故郷を目の前に感傷的にならないなんて不可能だろう。
至極真っ当な感覚で、当たり前のことなのに。
あやまる必要はどこにもないのに。
「ああ、いかん。涙ちゃん探しに来たんだった、うっかり忘れてたよ」
大城さんは切り替えるように明るくそう言って歩き出す。
「そうでしたね、どこにいるんだろう・・・」
「場所なら分かっているから大丈夫」
俺の問いに大城さんは軽く胸を叩いて真っ直ぐに歩いて行く。
「・・・ツネ?」
何かを探しているようにきょろきょろしている恒人に声をかけるとぴょこんと跳ねてついてきた。


付いた先は墓場だった。
墓場といっても立派なものではない、大小の石が少し盛り上がった土の上に乗っていて、石もだいぶ削れて砂を被っていた。
それでも此処は墓場なのだと分かる。
ところどころに枯れ木・・・というよりは木だったものの残骸が残っていた。
涙ちゃんはその前で凶悪そうな顔で俺達を見た。
「・・・封印が壊れてる」
「え、なんで?」
俺には意味が分からなかったが大城さんには分かったらしい。
「おかしい・・・俺のかけた封印やで、天変地異が起ったって壊れんはずや、俺以外に封印が解けるヤツがそこらにいるとも思えん・・・でも事実、壊れてる」
大城さんは深いため息をついた。
「なあ涙ちゃん・・・それを元に戻すのにどれだけかかる?前は確か封印するのに3日ぐらいかかったよな?」
「修正すればいいだけやからそんなには・・・でも・・・」
涙ちゃんは申し訳なさそうに言う。
「今日中は無理・・・だから今夜は・・・ダメや」
「ならしゃあねぇわなぁ」
大城さんは笑う。
とても快活に笑う。
「久々に墓守のお仕事、だな」


日が落ちる頃、俺達は崖の上に集まっていた。入れた紅茶を飲みながら荒野を見下ろしている。
のんびりしているわけではない、待っているのだ。
そもそも何故此処が『嘆きの谷』と呼ばれるようになったのか、500年あれば地名も変わるだろうが、近隣国の人間達はまだ『紅の谷』という名称も知っていた。それぐらい有名な国だったのだ。
それでも『嘆きの谷』という名称の方が定着しているのにはそれ相応の理由がある。
理由、此処で起る現象。
滅んだ国ではあるが500年もの間放置されていることがそもそも異例ではないだろうか?
戦火で滅んだ国だ、見て回ったところ土地そのものが枯れたわけではなく開墾すれば作物は収穫できる、瓦礫をどけて新しい住処を造ることだってできる、川も綺麗なもので水資源も充分だ、井戸だってまだ使えた。
それでも誰も立ち寄らないのは、近付こうとさえしないのは、人智を超えた恐ろしい現象があるからだ。
星々が瞬き、月が輝いていた空がにわかに曇り、生温かい風が吹く。
《夜人》としての視力を駆使すれば曇っているのが此処一帯だけだということもすぐに分かる。
湿った風が渦巻き、荒野のあちらこちらから呻き声が聞こえる。
嘆く声、と言った方がいいのか。
身も凍るような、身につまされるような声。
声が幾重にも重なり重なり響き渡る。
壊れた城壁を乗り越えて、あるいは荒野の土の中から、彼等が現れる。
動く白骨体、朽ちた甲冑をまとい、ボロボロに錆びた武器を携え、ガシャガシャと音を立てながら、荒野に彼等が満ちる。
何百体、何千体という白骨はなにかに操られるかのように武器を振りかざし戦いを始める。
腕が取れても、頭が外れても、上半身と下半身が別々になっても、彼等の動きは止まらない、ひたすら武器を振り回し互いを傷つけ合う。
痛々しい声に満ちる、『嘆きの谷』に相応しい場所に変わる。
「んじゃ、ちょっくら行って来るわ」
散歩に行くような気軽さで大城さんは立ちあがった。
すでにローブは脱いでいて、黒で統一された袖なしの服。
紅茶を飲みほして、普段は使うことのない武器を・・・涙ちゃんが創り、普段は別の形状で収納してあるバトルアックス。
それは大城さんの背より大きく、刃の部分だけで恒人と同じだけの重量がありそうな物だった。
それを軽々と肩に担いで、大城さんは崖から飛び下りる。
下りた地点が抉れて吹き飛び、まとめて50体近い白骨も吹き飛んだ。
着地点にはクレーターができている。
大城さんは無造作にバトルアックスを振り回した、風圧で円形に白骨がまとめて百体ぐらい砕け散っていく。
俺は崖の上からそれをのぞき込んでいた。
「・・・うわあ」
それしか感想が出てこない。
うわあ、だよ。
あれが直撃して死なない《夜人》って不死者タイプでも稀有なんじゃないかな?心臓とか頭狙われたら終わりな不死者って多いし。
まともに喰らったら粉々になりそうだ。
再生できるにしても時間がかかるだろうなぁ。
「俺もあまり見れないですけど・・・すさまじいの一言に尽きますね、本気のベルセルクって」
恒人が隣で冷静な感想を言った。
「二人ともあんまりのぞきこむと危ないよ。大城君は今、何の区別もつかなくなってるから」
浅葱さんに注意され、俺と恒人は頭を引っ込めた。
「しかし浅葱さん・・・これ、倒さなきゃいけない理由はなんとなく呑み込めたんですけど」
彼等は戦争の当事者で犠牲者だ、この地に縛られたまま何処へも行けず、生前と同じことを続けている。
アンデッド・・・名称をつけるならスケルトンというそのままの名前なのだが、不死者であってもヴァンパイアとは次元も格も違う。
彼等に意思はない、繰り返す苦痛のみで思考もなにもない。
どれだけ破壊されても活動をやめる昼のうちに再生して夜の間は延々と戦いを繰り返す。
大城さんがやっていることは「完膚なきまでに破壊して苦痛の時間を短くすること」だけなのだ。
「でも・・・ですよ。俺らもいるんですし、全員でやれば大城さんが自制を外さなくったって片付けられるんじゃないですか?」
「英蔵君の立場だったらどう思う?」
逆にそう問い返された。
「英蔵君の立場だったら俺達に手伝って欲しいなんて思うかな?」
「それは・・・」
思わないだろう。
むしろ手伝って欲しくない。
自分一人でやりたい。
「そう・・・ですね・・・」
立ち入ってはいけない部分もやはりあるのだ。
「まあ、ああいう大城君って見てて気分の良いものでもないしなぁ・・・英蔵君が言いたいことはよく分かるで」
涙ちゃんが俺の気持ちを酌んでそう言ってくれた。
「ん?ツネ、どうかしたの?」
浅葱さんの言葉に俺は向き直る、向き直って驚いた。
恒人が崖ギリギリに伏せて前方を見ているのだが・・・もしもし?耳と尻尾が出ちゃってますけど?
耳が尻尾もへたりと垂れていて、なにやら警戒しているらしいことが分かった。
「・・・ツネ?」
浅葱さんが近寄ると恒人は前方を見たまま言う。
「向こうからなにかが来ます!」
浅葱さんも涙ちゃんも気配を探るように恒人の視線の先を見た、俺もそちらへ意識を集中させる。
・・・あれ?
・・・・・・これってどこかで。
「大城君の気配に混ざって気づかなかったよ・・・」
浅葱さんが困惑したように俺達を見た。
「バーサーカーの気配だね、これは」
「って、あの!?堕威さんですか!?」
いや、堕威さん以外にもバーサーカーっているけど。
「た、たぶんです。でも向こうも全開です、怖いっす・・・」
恒人が尻尾を丸めてそう言った、本気で怖いらしい。
「あのさぁ・・・あんま確認したくないけど、まとめたいから確認してええかな?」
涙ちゃんがこめかみを押さえながらため息と共に言う。
「つまり、今この真下にベルセルク覚醒状態の大城君がおって、そして今まさに覚醒状態のバーサーカーがこっちに向かってるってことか?」
「・・・そうなるね」
「んで、このままいったらベルセルクとバーサーカーが本気の本気で一騎打ちってことになるわな?」
「・・・まあ、そうなるよね」
「ツネ、この状況を一言でまとめて!」
「激ヤバイっす」
いっそ清々しいほど簡潔だった。
「激ヤバイっすねぇ・・・」
浅葱さんもあまり冷静ではないのか思わず普段は使わない口調を反復している。
「あれ?ツネさ、耳と尻尾出てるよね?それってある程度は力解放してるからじゃないの?」
この状況で一番知識の低い俺が打開策を考えつくわけもないのだが、一応気になったので聞いてみた。
「いや、恐ろしさのあまり出ちゃったんですよね。むしろもっと怖くなったら狐に戻っちゃう勢いです」
「大城さん正気に戻せないの、ほら呼びかけたら!」
「そんな便利な力なら普段からもっと効率よく使ってますよ」
冷めた目で見られた。
冷めた目で見られた!
怒ったのか耳も尻尾もぴんとなる。
「目の前に戦う相手がいなくなって、それからしばらくしたら自然と正気にもどるんだけどね・・・」
浅葱さんは腕組みをして思案中。
ベルセルクとバーサーカーがぶつかり合って無事ですまないことぐらいは分かっている、かつて何度か戦ったようなことを言っていたが(バーサーカーが堕威さんだと仮定してだけれど)、それはあくまで人間だった頃の話だ。
今とは次元も格も違う。
スケルトンとヴァンパイアぐらい違う。
「一つ手はあるで」
涙ちゃんが立てた人差指を揺らしながら苦々しく笑った。


空中へ高く舞い上がった涙ちゃんと浅葱さんの後を追うように、俺と恒人も崖の傾斜した部分を駆け下りていく。
「気をつけて下さい、どちらかの攻撃かすりでもしたらたぶん死にますよ」
「ああ、やっぱり死ぬ確率高い?」
「9割死にますね」
「それ『たぶん』じゃねえよ!『ほぼ確実に』だ!」
「俺と英蔵さんは、ですよ。浅葱さんと涙沙さんは大丈夫です」
「それは分かるけどさぁ・・・」
もうバーサーカーの姿は見えていた。やはり堕威さんだ。
遠くに見える赤い人影が大城さん同様、白骨達を粉々に吹き飛ばしている。
俺達は速度を上げて荒野に入ると、立ちふさがる白骨を蹴散らして、なるべく大城さんから離れた地点へ辿りついた。
涙ちゃんが舞い降りてきて物理結界を張ってくれ、白骨達の攻撃からは逃れることができた。
中間地点、ベルセルク覚醒状態の大城さんの姿をはっきりと見た。
瞳は赤く輝き、いつもの優しい雰囲気はどこにもない、髪を振り乱し、牙の伸びた口を開き、焼け焦げるような殺気をまとった姿。
戦う種族。
殺す種族。
ベルセルク。
オーディンの加護と熊の力を持った《夜人》。
反対側には堕威さん、特徴的な赤で統一された衣装はそのままに、手には巨大なウォーハンマー。
重量は堕威さんの体重の倍はあるだろうそれを片手で振り回している。
両者の殺気を物理結界は防いでくれない、いるだけで全身が震えそうだ。
戦いが本質、戦闘が本能、それを身を持って実感する。
「ツネ、いけるか?」
涙ちゃんの声に恒人は両者を交互に見ながら頷く。
「大丈夫です」
恒人は手を複雑な形に組んで目を閉じ、呪文を詠唱し始める。
こうなるとまったく無防備になってしまうので、涙ちゃんの物理結界が力技で破られてしまった時、恒人を連れて逃げるのが俺の役割。
涙ちゃんは空へ逃げればいいけれど、恒人を抱えては飛べないから。
また、涙ちゃんはベルセルクやバーサーカーの攻撃でダメージは喰らわないけれど、俺と恒人はそうはいかないから。
浅葱さんは上空いた。
ローブと黒髪をなびかせながら荒野を睥睨し、腕をひと振りする。
そのひと振りで、荒野にいた白骨は一斉に炎に包まれた。
嘆きの声すら上げる間もなく、白骨はすぐに灰と消える。
分かってはいるけれど、浅葱さんってとことんレベルが違うよなぁ・・・
滅するべきモノが消えて、大城さんの視線も堕威さんの視線も俺達に集まっている。
怖い、とそう思った。
殺気だけで全身が粉々になりそうだ。涙ちゃんも恒人も同様なのだろう。
涙ちゃんは厳しい顔をしているし、手を組んで目を閉じている恒人の呪文を詠唱する唇が微かに震えている。
大城さんがバトルアックスを、堕威さんがウォーハンマーを構える。
「英蔵君、準備しといて・・・」
結界が保てる自信が本格的になくなってきたらしい涙ちゃんの言葉に俺は踵を上げて、いつでも恒人を抱えて逃げ出せる姿勢を取る。
万が一の時はかすり傷一つ負わずに逃げなければいけない、今回ばかりは死なない程度の怪我ならなんて言っていられない。
大城さんが俺達に怪我を負わせるような事態をつくってはならないのだ。
そうなれば本当に傷つくのは誰かなんて目に見えている。
大城さんと堕威さんが足を踏みきりかけたその時、恒人が呪文の詠唱を終え、手を組みかえた。
二人の動きが止まる。
赤い目を見開いて、呆然と何かを見ている。
恒人が作りだした幻覚にとらわれている。
二人の武器が同時に地面に落ちて、表情が和らいでいく、瞳の色も元に戻った。
「ツネ、もういいみたいや」
恒人が組んだ手を解くと、大城さんと堕威さんが声を上げた。
「え!?どうしたの、みんな!」
「あ?あれ・・・お前ら確か・・・」
それから大城さんと堕威さんは視線を合わせ、今度は大声を上げた。
「あああ!!」
「えええ!?」
なんとか上手くいったようだ。


元の崖の上で6人、いや恒人がなにを思ったか小狐姿に戻って大城さんの膝の上で座ってしまったので5人と一匹という感じだが、集まっていた。
「危なかったわぁ、止めてくれてありがとな」
堕威さんの言葉にも小狐な恒人は身体を丸めたまま頷くだけ、もしかすると堕威さんのことを怖がっているのかもしれない。
「嫌な偶然ですね、この場所で覚醒状態で会うなんて、ホントみんなありがとう」
「胆が冷えたわぁ。ところで堕威さんはどうして此処に?」
涙ちゃんの問いに堕威さんは困ったように言った。
「ん〜。まあ言ってもええか。ウィンゲート・コルレニオス」
突然出てきた超有名人の名前に俺達は堕威さんの顔を凝視する。
「200年ばかり寝てたんやけど、その間、数匹の使い魔を自由にさせてたんやて。で、起きてみたら使い魔の一匹がどっかから封印の欠片らしきものを持って帰ってきてた。此処に施された封印だってことは分かったからもしかするとややこしい事態になってるんじゃないかって教えてくれたんや。で、一応故郷やから俺が様子を見に来た」
「俺達は偶然此処に来たんです」
浅葱さんが静かな声で言う、ウィンゲート・コルレニオス。京さんのことには突っ込まない方向らしい。
浅葱さんにも苦手というか本気で関わりたくない人っているんだよなぁ。
「その封印は涙ちゃんが施したものでしたから、壊れてるのが分かってすぐに修繕するつもりでしたが、今夜には間に合わなかったので」
「ふぅん・・・大城君さ、俺はこいつらまだこんなことやってんのかって腹が立って蹴散らしてたんやけど、君はなんで?」
戦い続ける白骨体。
過ちを繰り返し再現する白骨体。
生き残った者からすればそれは腹立たしい存在でもあるのか。
大城さんは、はっきりした性格の大城さんには珍しい曖昧な微笑みを浮かべる。
「100年間・・・俺はずっとやってきました。夜になる度に戦いを始める彼等を葬り続けてきましたよ、次の夜がくれば元通りって分かっていても一晩中苦痛を味わい続ける彼等を放置できなかったんです。罪滅ぼしかもしれない、自己満足かもしれない、でも一人此処に止まった者として墓守を続ける以外考えられなかったんです。100年たって、浅葱君と涙ちゃんが此処にやってきました。涙ちゃんがもう彼等が目覚めないよう封印してくれて・・・ようやく此処を離れられました」
堕威さんは怪訝そうな顔をする。
「別に・・・無視して離れたらよかったやん。俺もそうしたし、何人か《夜人》化した連中もそうしたやろ?」
「俺はできなかったんですよ。俺の中であの戦争は終わらなかったんです、浅葱君達が現れるまでずっと、続いていたんです」
堕威さんはやはり理解できないというように首を振った。
「大城君はどっかで人間の感覚が残ったんかもな・・・」
「そうでしょうか?」
「俺も俺以外のバーサーカーも他の戦場を本能的に求めた。ベルセルクとバーサーカーの違いっていうか、それは大城君がまだ人間だったからちゃう?」
困ったように笑う大城さんの隣で浅葱さんが口を開いた。
「では、堕威さんはどうして様子を見に来られたんですか?」
「うん?」
「此処の白骨体達が封印されたことも知っているような口ぶりでした、どうでもいいならたとえ封印が解き放たれても、誰かに頼まれてもわざわざ御自分で来る必要もなかったでしょう、それに戦う白骨体を見て腹立たしさを感じた」
「なにがいいたいんや?」
「人間だろうと《夜人》だろうと、故郷のことも過去の苦さも忘れられないはずです」
「・・・そうかもしれんなぁ」
堕威さんはそう言って空を見上げた。
いつの間にか雲は去り、星の瞬く夜空を見て笑顔を浮かべる。
「まあ、なんかすっきりしたわ。ありがとうな」
堕威さんは立ちあがり大きく伸びをしてから背を向ける。
「じゃあ、いつかどこかで会おう」
崖から飛び下りる赤を見送って俺達は顔を見合わせた。
会いたいような、会いたくないような、変な気分だ。
際どかったがこれで解決、明日中にでも涙ちゃんが結界の修繕をすればお終い。

その夜、大城さんは崖の端に腰掛けてずっとあの子守唄を歌っていた。
何故か小狐恒人はがっちりと捕まえられて放してもらえなかったので人間の姿に戻るのもはばかられたのか、最終的には大人しく眼を閉じて大城さんの子守唄を聞いていた。
俺達も馬車の中で聞いていた。
悲しい子守唄を一晩中聞いていた。


翌日、昼過ぎには封印の修繕が終わり、様子見のために一晩泊まることが決定した時、浅葱さんが大城さんに声をかけた。
「ねぇ大城君、ちょっと国の方を見てきてくれない?」
「え?なんで突然」
「いや、ちょっと・・・ね」
曖昧な浅葱さんの態度に怪訝そうだったが結局大城さんは頷いて国の方へ歩き出した。すると今度は浅葱さんが俺に耳打ちする。
「英蔵君は大城君についていてくれない?」
「あの、どうしたんですか?」
「それが・・・俺も分からないんだよ。ツネに大城君をさりげなく国の方へやって欲しい、できれば英蔵君もつけてって頼まれて・・・」
恒人らしからぬ人選ミスだ、こういう嘘をつくのを浅葱さんが不得手としていることは分かっているだろうに。
しかしなにか考えがあるのだろう、俺は大城さんの後を追った。


「なに英ちゃんも?どうしたんだろうね、急に」
「・・・さぁ」
曖昧に笑ったら、軽く頭をはたかれた。
「まあなんか理由があるんだろうけどいったいな・・・」
割れた防壁から足を踏み入れかけた大城さんの動きが止まる。
俺も中をのぞいて、小さく声を上げた。
そこには国があった。
廃墟ではない、ちゃんと揃った街並みと、行き交う人々がいる国があった。
街の喧騒、薔薇の香り、鐘の音。
大城さんはゆっくりと足を踏み入れる。俺もそれに続いた。
これはなんなのだ?
夢?
ああ、そうか、これは恒人の幻術だ。
幻術で国を再現しているんだ。
もちろん、大城さんにだってそんなことは分かっているのだろう、それでも呆然とした顔でゆっくりと歩いて行く。
街並みがひらけた場所から望む景色は一面の薔薇だった。
あまりの美しさに息を飲む、たくさんの薔薇の木の間で女性達が花摘み歌を口ずさみ、籠を片手に手入れをしている。
大城さんはしばらくその光景を眺めてから、また歩き出し、そして一軒の小さな家の前で立ち止まった。
大城さんが人間だった頃の家。
扉に手をかける大城さんの手は震えていた、軋んだ音を立てて扉が開いていく。
大城さんの大きな背中に隠れて俺からは中の様子をうかがうことはできなかったけれど、その背中で感じられるものがある。
『おかえりなさい』
中から澄んだ女性の声が響いた。
「ただいま・・・」
そう言う大城さんの背中が震える、中から子供のはしゃぐ声も聞こえた。
「でもすぐに行かなきゃいけないんだ・・・ごめん」
女性の声が何か言っているけれど聞き取れない。
「行くところがあるんだ・・・ごめんな、帰れなくて、一番いなきゃいけない時にいなくて、ごめんな・・・でも俺、今度は間違えないようにするから、行くよ・・・幸せをありがとう」
大城さんが扉を閉め、背を向けると、周囲の光景がほどけていく、光の線になってほどけていく、かりそめの国は音もなく静かに元の廃墟へと戻った。
「・・・大城さん」
俯いたままの大城さんに声をかけると、大城さんは顔を上げ、いつもの爽やかな笑顔を見せた。
「じゃあ、俺達の家へ帰ろうか」



崖の上へ戻ると、浅葱さんと涙ちゃんが笑顔で迎えてくれ、恒人は素知らぬ顔で視線を逸らした。
「ツ〜ネ〜ちゃん!!」
そんな恒人に大城さんは目にもとまらぬ早さで飛びかかる、飛びかかって抱きしめてぐりぐりと頭を撫でる。
「ぎゃーーー!!なにすんですか!!」
「君はホントにもう、粋なことをするよねぇ!泣くまで撫でてやる!!」
「なんのことっすか、知りませんよ!!」
泣くまで撫でるってどんな表現だ・・・
涙ちゃんはにまにましているから恒人がやったことを知っているのだろうけど、浅葱さんはきょとんとしていた。
俺は浅葱さんの隣に座って、事情を説明する。
「なるほどね、今日はやけにこの国がどんな風だったか聞いてくると思ったらそんなことしたんだ。涙ちゃんは知ってたの?」
「まあ、ちょっと反則かと思ったけど、大城君の住んでた家で記憶を読みこんでそれをツネに教えたんや。完璧に成功したみたいやね」
「しかし、あんな規模の幻作りだすなんてすごいですね・・・」
浅葱さんは微笑してじゃれ合う大城さんと恒人を見る。
「狐に幻術は十八番だから、それぐらいのこと朝飯前でしょう。大城君が無防備になっちゃうから英蔵君にも行ってもらったんだね」
「ああ、そういうことっすか・・・」
自分の故郷が再現されていたら、いくら大城さんでも周囲への警戒は怠ってしまうだろうからな。
「大城さん!放して下さいよ〜!」
「嫌だ、泣くまで撫でくりまわす!」
「しくしく・・・」
「嘘泣きは却下!」
なにやら関節技でもかけられているように複雑に締めあげられた恒人はちょっと涙目だった。
泣くまで撫でるって普通にイジメだ。
「自分の故郷が戦争で滅んだことも、《夜人》になったことも、本当は少し悲しかったけど・・・これでいいんだと思えたよ」
大城さんが真顔になって締めあげた恒人と、俺達を見て言う。
「新しい、最高の家族に会えたから・・・経過は悪かったとしても、今のこの状況は幸せだって心から言える、ありがとな、みんな」
大城さんは太陽みたいな笑顔を見せた。



その夜は静かだった、星の綺麗な夜だった。
なにもない夜だった。



翌日、俺達は瓦礫になった国を後にした。
「次はどこへ行こうかなぁ」
馬車の中から浅葱さんの声。
「ええやん、今のとこ目的はないし、風任せってことで」
御者席で涙ちゃんが楽しそうに言う。
「俺もみんなと一緒ならどこでもいいよ」
馬車の上で胡坐をかいた大城さんが笑って、後ろに並んでいた俺達をのぞきこむ。
「英ちゃん、なんか希望ある?」
「いや、俺も特には・・・」
「そういえば英蔵さん、海を見たことがないって言ってましたよね?」
「そうなの!?」
馬車の中から浅葱さんの驚いた声。
「ええ、本で読んだだけで見たことは・・・」
「ほな、海のほう行こう、決定!」
高らかに言う涙ちゃんに俺は恒人と顔を見合わせて笑う。
「なんだか楽しみになってきた」
「俺も長らく海は見てないっすねぇ」
大城さんの故郷はどんどん遠ざかって行く、恒人はまだこちらをのぞき込んだままの大城さんを見上げた。
「ねぇ大城さん、もう一回歌ってもらえますか?」
「うん?」
「子守唄、聞きたいです」
恒人から頼むのは初めてのことで大城さんは少し驚いた顔をしたけれど頷いた。
「いいよ、歌ってあげる。俺の可愛い子供達にね」
あ、俺も息子ポジションなんだ、涙ちゃんもかな?
澄んだ空に大城さんの朗々としたバリトンが響き渡る。


眠れよ我が子 
窓辺に見える美しの花
咲くころには安らぎを
眠れいと楽しく
窓辺に明日が訪れるまで
夢の園でも花は咲き
明日も花の中で微笑む



- 8 -

*前次#


ページ: