ドウタヌキ?


碧の記憶


−離れずにそのまま 抱き合う二人は笑むように



碧の記憶



夢で同じ風景を見ることは珍しいことではないらしい、行ったことのない町を何度も夢に見るという経験を多くの人がしていると聞いた。
俺の場合は碧い夢、同じ景色の中、同じ経験をして、同じ事を話して終わる夢。
碧で始まり碧に終わる夢だ。
その夢を見た後は決まって悲しい気持ちになって、切なさで胸がいっぱいになってしまうのだけれど、いつからかその夢を見ても悲しくはなくなった。
慣れたのだろうか、幼い頃から何度も見ているから、不思議と今はその夢の後ひどくあたたかい気持ちになる。


鬱蒼と茂る森の中、空を見上げているところから始まる。右肩が軋むように痛く、全身が重い。
俺は鎖帷子に簡単な鎧を身につけていて、剣を杖に森を歩いている。
鎧の形状から察するにたぶん西洋のどこか。
森を抜けると切り立った崖があって、碧い海が見える。
そこに一人の少年が座っている、自分と同じ鎧を着た少年。自分よりぐっと幼い。折れた剣を地面に捨てて、彼はただ、海を見ている。
俺が彼の名前を呼ぶと(名前の部分だけはどうしても思い出せない)彼はふり返って笑う。
「此処にいたんだ、他のみんなは?」
「分かりません・・・此処もじきに見つかりますから移動したほうがいいですよ」
会話は日本語ではないのだけれど何故か言っている意味は分かる。彼はすぐに海のほうを向いて、呟くように言う。
「オマエはどうするんだよ・・・」
半ば呆れた気分でそう問えば、彼の肩が僅かに揺れる。
「俺はもう、致命傷みたいですから」
近寄っていくと彼の脇腹辺りの鎖帷子が切れていて、赤く染まっているのが見える、下の地面も黒ずんでいる。俺が隣に座ると彼は怪訝そうな顔で見てくるので笑い返す。
「肩にさ、矢が刺さってるのよ。抜いてくれない?」
「怪我人にすごいことを頼んできますね・・・というかそれ、抜いたら血が止まらなくなると思うんですけど」
「刺さってると腕が動かないんだよ」
彼はため息をついてから俺の肩に手をかけ「痛かったらすいません、というか絶対痛いですけど」などと可愛げのないことを言いつつも矢を抜いてくれた。
「・・・力んだせいで傷口から無駄に血が出たじゃないですか」
「ごめんね〜」
矢の抜けた肩からどくどくと血が出ているのが分かる。彼は抜いた矢を目の前の海に投げ捨てた。
「・・・眠くなってきました」
「寝たら死ぬと思うよ?」
「まさに永眠、ってやつですか」
「笑えないなぁ、それ」
俺は立ち上がって鎧と鎖帷子を脱いで、海に捨てる。
「・・・なにしてるんですか?」
「重かったから」
「そうですか、ついでに俺のも脱がせてください」
俺は言われた通りに鎧を脱がせて同じように海へ捨てる。
脱がせてみれば、下の服はほとんど血で染まっていて、自己申告通り本当に致命傷なんだということが分かった。
彼は小さく笑い声をもらす。
「あ〜あ、捨てちゃった。知りませんよ〜アレ、支給品なのに」
「もうそんなことも無意味でしょうよ」
「そうですね〜」
視線を移せば左側の空だけが夕焼けのように赤い。眼下の町が燃えていて、焦げた臭いが微かに漂ってくる。
「・・・みんな大丈夫かな」
「大丈夫ではないでしょうね」
「嘘でも大丈夫って言おうよ・・・」
「少し前まで一応平和だったのに、あっという間でしたね。まぁこんな小国の最後なんてあっけないものかな・・・だからなにも大丈夫じゃないんです」
出血量のせいで本格的に眠くなってきたのか少しふらふらしながら彼は言う。
「本当だ、少し前まで平和だった、平和すぎて退屈なぐらいだったのに」
「聖書より重いもの持ったことなかったのに、剣なんか持っちゃって・・・ここまで生き残れただけでも幸運ですかね」
「俺だって鍬より重いもの持ったことないよ・・・眠かったら寄りかかってもいいけど、まだ眠らないでね」
彼は俺の肩に頭を乗せて、目を閉じた。
「教会も燃えちゃいましたけど・・・」
「・・・思いださなくていいよ、辛いことなんだから」
「・・・神様はいなかったですね」
彼はゆっくり空へ視線を移す。
「オマエが俺に神様はいるって言ってたのに?」
「礼拝の時は寝てたじゃないですか、それも最前列で」
「たまには聞いてたよ?」
「聞いてなくていいんですよ、あんなもの。どっちも神様の名前口にして殺し合うなら全部が無意味です、もうすぐ・・・全部なくなる。もう信じてないものに殉じるのはイヤです」
「ん?」
「神様の名の下に戦って死んだら殉教になるんで、いやこっちの国はなくなってしまうわけだから扱いとしてはならないんでしょうけど」
「ん〜?」
「ああ、すいません。難しい話して」
「・・・バカにされたっていうのは分かった」
彼は俺の肩に頭を乗せたまま笑う。髪が首にあたってくすぐったい。
「だから・・・このまま死ぬ前に、此処から飛び降りてやろうかな〜なんて思っていたらアナタが来たもので、困ってるんですよ」
「・・・俺、教会行くとたいてい寝てたからさ、あんま言えないけど。神様は俺達を・・・この国を選ばなかったのかな?必要じゃないと思ったのかな?悪いことはしてないのに。みんな神様を信じてたのに」
「神様がいるとしたら、なにか神様にしか分からない理由があったのかもしれません・・・でも、きっと神様がいないからこんなことになってるんじゃないですか?」
もう声が小さい、脇腹から流れ続ける血のせいで彼の体温がどんどん下がっていく。
「だったらさ、自分で選んでもいいんじゃないかな?どんな道でも、本当はもっと早く気づくべきだったんだ、大事なのはこの国そのものじゃなくて周りにいたみんなだった、だからこんな無益な、最初から負けることが分かっている戦いに飛び込むより、大事なもの全部連れて逃げたらよかった・・・もう遅いけどさ」
「・・・遅くないんじゃないですか?その程度の怪我ならまだ動けるでしょう。アナタの大事なもの全部連れて・・・行けばいい」
見上げた空も、海も碧かった。とても悲しく絶望的な状況のはずなのに、心は穏やかだった。
「遅いよ、もういっぱいなくしたし・・・隣で一個なくなりかけてるし・・・」
返事はなかった。眠ってしまったのかと顔を確認すると、彼は少し驚いた顔で俺を見ていた。
驚かなくてもいいのにと俺は笑う。
「俺達が信じてる神様以外の神様を信じている人達がいるって話をしたの覚えてます?」
「異教徒の話?」
「ええ、その人達の中で面白い考えがあるんですよ。人は死ぬと別の人間に生まれ変わるっていう話・・・」
「初めて聞くよ。別の人間ってどういうこと?」
「時代も場所も違うところで、また新しく生まれるって・・・」
俺の肩から彼の頭が落ちたので慌てて支えてやる、もう目を開けるのも億劫なのか少しだけ俺を見ると目を閉じてしまった。
「それいいね、信じようかな〜」
「・・・そんな・・適当な」
「いいじゃん。で、次もまたみんなに会うよ」
「だから・・・いつのどこに・・・生まれるかは分からないんですって・・・」
「いや、大丈夫、会えるから」
冷えていく身体を抱きしめて俺は言う。だって最後だから、これが最期だから、笑っていて欲しかった。そのために此処で彼を見つけることができたんだと、そう思ったから・・・
「で、次はこんな巫山戯たことはおこらない、無理矢理武器持たされて、憎んでもいない相手と戦って、殺されちゃうような世界じゃない、本当の平和な場所で会おうよ。みんなでさ」
返事はなかった。彼はもう目を閉じたまま動かない。
どこまで俺の言葉が聞こえていたのかは分からないけれどうっすらと微笑みを浮かべて。
攻め込んでくる大国の軍隊相手に、今まで武器すら手にしたことのない人間まで剣を手に城を守れと言われた、しかしそれは戦いではなく一方的な虐殺だった、国の力が違いすぎた。集められた人間は城を守るのを放棄して、火の手が上がる町へ走った。
気づいた頃にはもう遅かった。
「そしてもし、次に生まれる場所で理不尽に戦わされるなら、今度は間違えないようにしよう。守るべきものも、大切なものも見誤らないようにしよう・・・そうしたらきっと幸せになれるよ」
彼の小さな身体を撫でながら海を見る。何処までも澄み渡った海の向こう、平和な場所はあるのだろうか。涙でぶれていく視界の中、俺はその場所を探している。
あと一年早かったら、彼が武器を持たされることはなかったのにとずいぶん歯噛みしたけれど、あと一年早かったら、火を放たれた教会の地下で蒸し焼きになっていただろうから、最期に会えてただけましだったのかもしれない。
終わりには変わりないのだけれど、最期に会えてよかった。
「・・・人が喋ってんだから起きろよな〜、いつも俺が礼拝の時に寝てるとめっちゃ怒るくせに」
空はも海も碧かった、こんなに綺麗な世界で人間だけが汚くて、悲しかった。



そこで目が覚める、夢の中の俺がその後どうしたのかは知らない。
ただその夢を見た後は全部を覚えていてはっと目が覚める、昔は泣きながら目覚めることが多かったけれど、最近は落ちついた、穏やかな目覚め。
それでも一つだけ欠けているような感覚はあったけれど。
今年は初夢がそれだった、縁起が良いのか悪いのか、仕事に行くまでにはずいぶんな時間を残して目が覚めてしまい、やることもなかったので俺はあてもなく車を走らせていた。
と、言っても都内でそんなことをやったら渋滞に巻き込まれるので混みそうな道を避けながらドライヴ。少し前までクリスマスモードだった街はすっかりお正月一色になって目出度い空気に溢れている。
時間と場所を見比べ、俺はあることに気づいた。ついでになってしまうけどいいだろう。
道の端に車を止めると携帯電話を取りだした。
数コールの後、相手が慌てた様子で出る。
『もしもし?』
「あ、ツネ?もう家出ちゃった?」
『いえ、これから出るところですけど、どうしたんですか?』
「いやいや、ちょうど俺、ツネの家の近所にいるのよ。よかったら乗っていかない?」
『いいんですか?』
「いいよ、ついでだし。どうせ行く場所同じなんだし、今日は電車じゃ大変でしょう」
『はは、じゃあお言葉に甘えて〜』

アパートの前でツネが待っていた。寒いのかモコモコに着込んで嬉しそうに乗り込んでくる。
「助かりました、大城さん」
「いいよ〜。寒いよね、今日は」
「寒いっす」
エアコンの吹き出し口に手を当てながら言うので少し温度を上げた。
「そーいや初夢見た?」
「見ましたよ〜。俺ね、なんかガキの頃からよく見る夢があるんですよ」
俺と同じだなと目を細める、やはり珍しいことじゃないのか。
「良い夢?」
「ん〜、昔は悲しい夢だなと思ってたんですけど、最近はそうでもなくなったんですよ。どっかの・・・ヨーロッパかな?すごい綺麗な海を見てるんですけど、戦争かなんかで死にかけてて、でも隣で一緒にいてくれてる人がいましてね〜とても安心するんです」
驚きが顔に出ないように俺は前を向いたまま「へぇ」と頷いた。
「でも俺、途中で意識なくなっちゃってその人の言葉を最後まで聞けないのが残念なんですよ。すげぇ大事なこと言われた気がするのに。大城さんは初夢見ました?」
「・・・鷹の上に乗って富士山の上を旋回しながら茄子を食べる夢を見たよ」
「はははっ!すげー縁起いいっすね〜。でも嘘でしょう?」
「うん、嘘だよ」
ツネが軽快に笑う。なんとなく妙な気分になってしまったので俺はラジオをつけた。
電波の入りが悪いのか途切れ途切れにニュースを読み上げる声が聞こえてくる。

『×××の海底で見つかったのは××××古い時代の白骨体で海底の泥に埋まっていた関係で綺麗な状態のまま××××二体の白骨は××××もの間、海底で寄り添いあうように×××』

ずっと欠けたままだったものが音を立ててはまった。瞬間的に涙が溢れてくる、悲しくもなく嬉しいわけでもないのに、涙が溢れて止まらない。
感情はいたって普通で、胸が波打つこともなく、苦しくなることもなく、静かなままなのに、いつもの俺なのに、ただ涙だけが止まらない。視界を塞がれたので慌てて車を端に寄せて停車させる。
「ご、ごめん・・・なんか・・・」
隣を見るとツネが窓の方を向いていて、頬には俺と同じように涙が光っていた。
「ど、どうしたの?」
「・・・大城さんこそ」
「いや、分からないけど、なんか勝手に涙が出てきて・・・」
「俺もです・・・変ですよね、別に悲しいニュースでもないのに、なんか・・・」
「・・・どうしちゃったんだろうね」
笑ってみせたけれど、涙は勝手に出てくる。
「まいりましたね〜」
「まいっちゃったね」
ただ、ようやく辿り着けたような、救われたような、約束が果たされたような、答えを見つけられたような、ちゃんと始まったような、そんな感覚。
「大城さん、すごいことになってますから」
「ツネもだよ〜。ありがと」
差し出されたハンカチを受け取ってツネを見たけれど、すぐに窓の方を向かれた。そこまで泣き顔見られたくないのか。
「頑固者め・・・」
「なんですか、いきなり〜」
「泣くならお兄ちゃんの胸でお泣きよ」
「恥ずかしいからいいっす」
手を伸ばして頭を撫でるとくすぐったそうに身をよじった、相変わらず涙は止まらない。
それでも心は次第に軽くなる、長い課題を終えた後みたいに、なくしたと諦めていたものを見つけたみたいに。
「ツネさ、改めてなんだけど・・・今年もよろしくね」
「このタイミングで言いますか〜!?こちらこそ今年もよろしくお願いします」
涙を拭って、二人で声を上げて笑った。



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