ドウタヌキ?


アオのマチで


気がつくと青い町にいた。



アオのマチで



どこか西欧の香りのする町はゆるくカーブを描く坂道がずっと続いていて、まるで空を映したように路地は真っ青だった。
鏡張りになっていて、本当に空が映っているかのような路地を俺はあてもなく歩いていた。
どこからか甘い花の香りが漂っていて、建物はみな眩しいほど白くて、静かな町だった、誰もいない町だった。
しばらく歩くと、一匹の大きな犬がいた。逞しくて強そうな犬が鎖で繋がれずにいることに俺は少しどきりとしたけれど、犬は大地みたいな深い茶色の毛並みをしていて、瞳はとても優しげだったので俺は安心して声をかけた。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは」
犬はよく響くバリトンで言った。
犬は街路樹の周りに石を積んでいた、大きな体からは想像もつかないような丁寧さで一個一個、街路樹の周りに岩垣を作っていた。
「なにをしているんですか?」
「見ての通り、こうして土が流れないようにしているのさ。土が流れてしまっては木が台無しだからね」
俺はなるほどと納得して頷いた。
「俺がしっかり土台を作っておかないと、音楽会が台無しになってしまうんだ」
犬はそう言ってまた忙しそうに石を積み始めたので、俺は邪魔しては悪いと別れを告げてまた歩き出した。
そうしてまたしばらく行くと、今度は金ぴかの猫に出会った。
ふわふわの長い毛をなびかせて、太陽みたいに金ぴかの猫はぴょんぴょんと塀の上を跳ね回っていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
金ぴかの猫は声も太陽みたいに明るかった。
よく見ると金ぴかの猫は塀に花を飾り付けているようだった。
「なにをしているんですか?」
「音楽会の準備です、今度はうんと綺麗に飾ってお迎えするんです」
金ぴかの猫は小さくて、その作業はとても大変そうだったので「手伝いましょうか?」と言うと金ぴかの猫は首を振った。
「これは俺の仕事だから、俺がやらなければいけません。貴方はなにか探し物をしているんですか?」
そう言われてみれば俺は何かを探しているような気がしてきて、考えてみるとますます何かを探していた気がした。
俺が唸っていると金ぴかの猫は笑って言った。
「探し物は探すとみつからないもの、魂に触れられる瞬間はいつも不意です」
「突然ですか?」
「突然です、朝露の滴に気づいたり、蕾が開く音が聞こえたり、注意深くしていないといつだって見逃してしまいます」
金ぴかの猫はそう言うとまた塀の上を跳ね回りだしたので、俺は別れを告げて歩き出した。
ぐんぐん青い坂道を上っていくと、また猫がいた。
なめし革みたいな上等な黒色で、猫だというのにひょっこりと二本足で立っていて、頭にはシルクハットまで被っていた。
シルクハットにはビロードでできた薔薇の飾りがついていて、きっと彼は猫の先生なんだと俺は思い、丁重に声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
黒猫は朗々とした低音で言って、帽子を脱いで優雅にお辞儀をしたので、俺もお辞儀を返した。
「どうやら俺はなにかを探しているみたいなんです」
俺はそう聞いてみる。黒猫が首を傾いでも帽子はずれなかった。
「僕達は一つの言葉です」
黒猫は優しい口調で語り出した。
「すべては一つの言葉にすぎなけれど、手を繋いでようやくのこと一編の詩になるんです、詩人は一人ではなれないんです」
なんだかひどく自分の手に寂しさを感じてしまって、この黒猫に手を繋いでもらえるようお願いしようかと思ったら、黒猫はそれを見透かしたように紅色の目を細めて言った。
「君の探し物が見つかってからにしようじゃないか、もうすぐ音楽会だから、その後にでも」
黒猫はそう言って、優雅に二本足で歩いていって路地の向こうに見えなくなった。
俺はまた青い町を歩き出した。それからずいぶん歩いて、坂道もずいぶん上がって、このまま行くと空へ着いてしまうんじゃないかと思った頃、また猫を見た。
月みたいに淡く輝く白猫はずいぶんとちっちゃくてやせっぽっちな子猫だった。
首に大きな黒いリボンを巻いた白猫はりっくりっくと気取った調子で歩いていた
「こんにちは」
優しく声をかけると、白猫はつんとすましたまま、真鍮の風鈴みたいな声で言った。
「こんにちは」
「音楽会の準備は終わったんですか?」
「ええ、俺はもうすませてきました。もうすぐ雨が来ます、一緒に行きますか?」
白猫がすました調子で言うので俺は笑ってしまった。
空は抜けるように青くて、とても雨が降りそうにない。
「雨宿りですか?」
「いいえ、音楽会です。俺の一等一番の場所を教えてあげますよ、せっかくの音楽会だからとびっきりの場所で聞きましょう」
白猫は生意気そうなきらきらした瑠璃の目で俺を見るのでなんだか嬉しくなってしまって、俺は白猫に着いて歩き出した。
白猫は相変わらず、りっくりっくと気取って歩いていく、追い抜かないように気をつけながら俺はゆっくりついていく。
やがて小さな小さな森の中へ入っていって、やっぱり青い石畳を進んでいくと小さな小さな教会があった。
白猫はずいぶん苦労して大きな木の扉を開くと、教会の中へやっぱり気取った調子で入っていった。
静謐な教会の中は床にステンドグラスが映って、色とりどりにきらきらと輝いていた。
白猫はパイプオルガンの横へ俺に座るように促した。
「此処が一等一番の席ですよ」
白猫の場所をとるのは悪い気もしたけれど、進めてくれたものを断るのはもっと悪いので、俺はそこへ腰を下ろした。
ぷぁーんぷぁーんと白猫はパイプオルガンを鳴らした。
「はじまりです」
ステンドグラスの光がゆっくりと消えていって、教会の中は薄暗い闇に落ちた。
たんたんたんたんと風に揺れる枝が窓を叩いて、雨が降り始めた。
静かだった雨音はだんだん激しくなって、ざぁざぁと早くなったり遅くなったりしながら教会中に響き渡った。
風は低く高く唸りながら雨音にリズムをつけて、鳴り響く。
まるで世界に音しか存在していないような心持ちになった。
隣では白猫が目を閉じて頭を垂れていたので、俺も目を閉じる。
そうすると、自分も音の一部になった感覚になって、とても心地よかった。
雨音、風の音、どこかで揺れるブランコの音、木が擦れる音、自分の鼓動、白猫の呼吸。
すべてに包まれて満ちていった。
しばらくすると雨は止んで、長くて短い音楽会は終わった。
「めでたし、聖寵みちみてるマリア、主御身と共にまします。罪人なる我らの為に、今も臨終の時も祈り給え」
白猫がそう祈りを捧げたので俺も祈った。
ステンドグラスが再び煌めき始めると、白猫は窓の外を小さな手で指した。
「空が拍手しています、とっても良い音楽会でした」
窓の外には虹が出ていた。
探し物は見つかったのだ。
俺は嬉しそうに笑っている白猫に言った。
「手を繋いでもいいですか?」
白猫は瑠璃の目を悪戯っぽく細めて俺を見上げる。
「いいですよ、みんなで一緒に繋ぎましょう」




目を開けて映ったのは青い町ではなく、くすんだ天井だった。
煮詰まった気分を払拭するために座ったスタジオの廊下の長椅子で俺はいつの間にか眠っていたらしい。
早くスタジオに戻ろうと身体を起こしかけて、上着がかけられているのに気づいた、俺の上着だけれど、スタジオに置いておいたはずなのだが・・・微かに香った匂いで俺はすぐに事情が分かって嬉しくて笑みを浮かべた。
スタジオを出てから10分ほどしかたっていないことに安心して扉を開けると、真っ先に生真面目で生意気な末っ子のところへ行った。
「上着かけてくれてありがとうね」
俺の言葉に恒人は口を尖らせる。
「なんだ、起きてたなら言って下さいよ・・・」
「いや、寝てたけど。上着にツネの香水の匂いが移ってたからさ」
「・・・・・・犬ですか?」
わざと怒った顔で言う恒人の頭を軽く撫でてから俺は浅葱さんのところへ移動する。
「英蔵君、もう大丈夫?」
「はい、いけます!」
元気よく返事をして俺はギターを取って録音ブースへと入った。
言葉にすぎない一つ一つを繋いで一編の詩にするために。


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