ドウタヌキ?


言霊の唄


言霊の唄


sentence1


満ちる言葉は深い森に似ている、神話の精霊達が住む太古の森。
イロトリドリの扉を開けると、いろんな景色が溢れ出す。遠い異国の物語、忘れられた寓話達、人工の街に沈む夢、紙の上で踊る文字達は早くメロディに乗って、浅葱さんの口から紡がれることを待ち望んでいるようだった。
浅葱さんが唄う度に、誰かの耳に届く度に、詩達は新しい花を咲かせ、見えなかった景色を見せてくれる。
どこか遠くの銃声も、はるか昔の獅子の咆吼も聞こえる気がして、俺は耳をすます。
連なる歌詞の解説を飲み込んで、どんな音ならそれを現すことができるのか考えた。

「恒人もなかなかの詩人じゃない」
「む〜、思ったことを言っただけですけどね、詩ですか?」
「人間は皆、詩人なんだと思うけど、いやこの世界の全てに詩は宿っているんだと俺は思っているけど」
ベース片手に浅葱さんとそんな会話。
「宿っている詩、ですか」
「なにも持っていないものなんてないからね」
柔らかく微笑んで、浅葱さんは窓の外を見る。
暖かさと寒さを行ったり来たりの空は不安げに、それでも雲は流れていく。
一度、浅葱さんの目から世界を見てみたいなと思った。
どんな詩が見えるのだろうか。
俺も浅葱さんと同じ方向を眺めてみた。
宿っている詩を探して。



sentence2


満ちる言葉は空に似ている。

満ちる言葉は海に似ている。

どこまでも高く澄んでいて、どこまでも高く続いている。

どこまでも深く澄んでいて、どこまでも深く続いている。

孤高の言葉達は尖った字にのって彼の世界は紡がれる。

艶やかな言葉達は丸い字にのってアイツの世界は紡がれる。

俺が見ることのできない世界を彼は描いてみせる、高い空から見下ろした世界は、猛禽類の目を持って、鋭く不条理を抉り出す。

俺が見ることのできない世界をアイツは描いてみせる、深い海の底にある物語は、鯨の目のように優しく、脆く美しい愛を浮かび上がらせる。

彼の言葉を俺はどこまで上手く唄えるだろうか、涙雨を降らせ、分厚い雲の絶望を越え、それでもなお天空を目指し星になったよだかのような詩を、どこまで上手く唄えるだろうか。

俺はアイツの世界を理解しきれるだろうか、深海のように容易くは入れない、深い深い領域は、見たこともないような光に満ちていて、居心地がとってもよくてとっても悪い。



「今のは上手くできたよね」という期待を込めてガラス越しにリーダーを見る、仏頂面のまま頷いてオッケーの合図。
顔をそらすその瞬間、ちょっとだけ微笑んでいるのが分かった。
そういえばよく「自分達のライブを客席から見てみたい」ってみんな言うけど、俺も思うけど。俺は一度でいいからこうして歌録りしている時のミヤ君の顔を見てみたいな、だなんて思う。
言ったら呆れられそうだけれど。
あ、今ちょっと笑った。

「上手く唄えたでしょう?」という顔でガラス越しにこちらを見てくるパグにオッケーサイン。
星を飛ばして笑っている逹瑯に俺は肩を竦めて頷いてみせる。
心底惚れ込んでいるヤツの歌声を充ち満ちるほど聞けるのは悪くない。
おかげで時たま顔がにやけているから、とてもアイツには見せられない。
まだにやついてる唄うたいに、しかたがないから笑ってやった。





sentence3


満ちる言葉は闇に似ている。何処まで行っても果てはなく、一度踏み込めば帰り道すら分からない。真っ暗な不思議の国。扉の錠前はかかったまま。
覚めることなき闇の夢。無数の叫びを京君は拾い上げる。
声なき物達の叫び声、胸の奥深くから響く声。
本当は誰もが言いたくて、本当は誰もが持っていて、でも用心深く人に聞こえないようにひっそりとしまってあるその声が、京君には聞こえるらしい。
時折意味が分からない、抽象的な文字列に問いかけても明確な返答はしてくれない。
説得の方法は只一つ、京君が唄うこと。
その一撃で胸打たれ、理屈を越えて理解させられてしまう。
声なき物達の叫びが聞こえるか?
血の叫びが聞こえるか?
無数に蠢く救いを求める手を睥睨し、京君はただ唄うのだ。
ひれ伏す以外道はなき、神を宿した歌声に、世界はほんの一瞬救われる。
深い深い闇の奥、それは光ではないけれど、確かに救いであったのだ。

ステージ上にいたのとはまるで別人、幼く見える顔でぼんやりと椅子に座り込んでる京君は、物静かな空気をまとって、漆黒の目で周囲を見ていた。
「おつかれさん」
「ああ、薫君おつかれさん」
「今日の打ち上げは?」
「パス」
簡潔にそう答えて京君はまたぼんやり、闇の残像が漂っている気がして俺はもう一度言ってみる。
「おつかれ・・・」
返事はない代わりに、にっこりと笑われた。




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