夏が往く
―じゃあ、また来年
夏が往く
sentence1
スタジオを出ようとした時、後ろから声をかけられた。
「浅葱さ〜ん」と爽やかな声で駆けてきたのは恒人。
「荷物多いでしょう、少し持ちましょうか?」
浅葱の手にはたくさんの誕生日プレゼントが抱えられていて確かにいつもより大荷物。
「大丈夫だよ、みんなからの愛だもの。重いだなんて思わないから」
浅葱らしい物言いに恒人は可笑しそうに言う。
「っていうか俺のが一番量が多かったですよね。いざショップに行ってみたら買いこんじゃって」
「嬉しかったよ。本当にありがとう」
そのまま二人で並んでスタジオを出る。午後の日差しはじりじりとアスファルトを焼いていて、涼しくなるのはまだ先になりそうだ。
「なんだか浅葱さんの誕生日が終わると9月になるなぁって思うんですよね、考えてみたらまだ5回目なのにもう何年もそうしていて習慣になってるみたいに」
「五年もすれば充分じゃない?確かに俺も誕生日が終わると9月になるなぁって思う・・・」
「俺、浅葱さんみたいにカッコいい大人になりたいっす」
ふと真摯な顔になって言う恒人が微笑ましくて浅葱の顔がほころぶ。
「なれるよ。いや、ツネは今でも充分カッコいいし、歳の差なんて感じないぐらい頼りになる」
「いやいや、浅葱さんみたいになりたいんですよ〜」
「俺がツネぐらいのころそんなにしっかりしてなかったもの。ツネが俺の歳になったらすごく素敵な人になってる、今よりももっとね」
「浅葱さんに言ってもらえるとなんだか自信が湧いてきました。でもその頃には浅葱さん、もっとカッコよくなってますよ」
なんだかムキになって自分を褒めてくる恒人がまた微笑ましくて浅葱はさらに笑ってしまう。
「ねぇツネ、今年は色々あったね。でも苦難があったからみんなすごく逞しくなった気がする。だから来年はもっと強くなったみんなで今日を迎えたいし、またこうして祝ってもらえたら幸せだな」
「もちろんです!」
と恒人は力強く言う。
「ずっと祝いますよ、ずっとです」
並んで歩く二人の間を熱い風が吹き抜けていった、魚になる八月は過ぎるのに、夏は終わりそうにない。
またたび茶はアイスで飲むことになりそうだ。
Sentence2
この時期の野外撮影なんて苦行だなぁと携帯電話でツイッターを見ながらユッケは思う。
本日の撮影場所は外ではあるが風が通らないため蒸し風呂のようだった。
一応、待ち時間を潰せる場所には扇風機があったが、この暑さでは生温い風が吹くだけで少しも涼しくない。
「8月も終わりか、これでムックもみんな31だなぁ!!」
わざとらしい大声で言っているのは逹瑯で、どうせ苛立たしくなるようなにやけ顔でこちらを見ていることは分かっていたのでユッケは携帯電話を見たまま言う。
「俺はまだ30です〜だっ!みんなして夏生まれだからって忘れないでよ!」
「はぁ?オマエ誰だよ。ウチのバンドにキノコはいねぇよ」
「ムックのベース担当です!ベーシストです!忘れないで!」
「じゃあおめぇだけ年下だべ。ちょっとジュース買って来い!」
「たつぅねぇ、30越えたんだから少しは落ち着きなよ」
半ば呆れてそう言えばしばしの沈黙返事がきた。
「30ってさぁ。まだまだ夏なんだな・・・」
軽薄さの中に隠れた真剣味にユッケは顔を上げて逹瑯を見る。
逹瑯はやはり真顔で遠くを見ていた。
「昔は30なんてオッサンじゃんとか思ってたけどさ、人生でいったら夏真っ盛りって感じ、30代ってこんなに熱いんだな・・・夏なんだな」
「ん、そうかもね。そう思えるよ・・・」
「ずっと・・・夏ならいいのになぁ」
寂しそうに言う逹瑯にユッケはにまりと笑った。
「ちょっと今からミヤ君のマネしてみようかと思うんだけど」
「あ?」
「てめぇの周囲の温度ぐらい、てめぇで調節しろ・・・なんてね」
「似てねぇよ」と逹瑯は鼻で笑う、それでもどこか納得はしたようだった。
「そもそもミヤ君の周囲が年中猛暑だっての」
「いや、むしろ熱すぎて逃げ水見えてるって言ったほうが正解じゃない?」
「素手で触ったら火傷するよな。あ〜ミヤ君がいたら一生夏かも!」
けらけらと笑う逹瑯にユッケも声を上げて笑う。
振り返るとミヤが立っているオチまで残り3秒のことだった。
Sentence3
「これで9月とか気象庁が認めても俺が認めん、今日は8月32日や」
童顔を凶悪に歪める京の隣で敏弥が手を叩いて笑う。
「なにそれ〜!」
「なにそれちゃうわ。気象庁関係ない、俺が変えようとしてんのは太陽暦や、そこに突っ込めないなら離れろ暑苦しい」
「そこまで言われるほどのミスなの!?」
「なんでこのクソ暑いのにコンビニ行かなあかんねん!」
「京君が気分転換したいからって自分で出たんでしょ〜」
京はそこで足を止め、敏弥を見る。
「そうやな・・・で、なんでオマエが一緒に来てんの?」
一転して静かな口調にそれが聞きたかったのかと敏弥は苦笑する。
「京君が珍しいこと言いだすから薫パパが心配してたんだよ、だから双方にお節介焼くために来ました」
悪戯っぽく言う敏弥から視線を外し、京はまた歩き出す。
「・・・暑いな」
「暑いねぇ」
「地球滅ぶんちゃうか?今年あたりに」
「そこまでいく!?まあ異常気象なのかなぁ」
「・・・俺は滅んでもええけどな」
「またそんな・・・」
「いつ滅んでも悔いのないように生きてるから滅んでも一向にかまわない、いつだろうと、どこにいようと、悔いなんてない」
背中をまるめ、足早に進む京の背中はどれだけ鍛えてもどこか小さい。
何故あれだけの物を背負えるのか不思議になるほどに小さかった。
「・・・俺は悔いあるよ」
「なんや?」
「秋に新発売される肉まんとかさ、ゲームとか、見てないDVDとか。しょぼいなって思ったでしょ。でもしょぼくないのもあるよ、それは・・・言わなくたって分かるよね?」
京は歩みを止めない、それでも小さく頷いた。
そして今年も夏が往く。
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