秋が来る
「タクヤ君は夏の香りがするねぇ」
彼にしては詩的なその表現が今年はタクヤの誕生日もぴったりと当てはまりそうだった。
残暑というよりまだまだ夏だ。
「そうだね、俺は夏っぽい人間だと思うよ、イノラン君と違って」
秋空のように澄んだ、とは言わなかった。
あえて言う必要性も感じなかったからだ。
「タクヤ君はやっぱり夏のイメージだよ、爽やかで曖昧だからね」
「曖昧なの?」
「境界があやふやなの」
なぜこの人は微笑むだけで異様な凄みがあるのかいつも疑問だった。
「タクヤ君・・・秋が来るよ・・・」
秋が来る
秋、いつしか人生において秋が近づいて来ている実感があった。
暑い盛りはすぎ、今は残暑。
セミ達はどこへ消えたのか、代わりに秋虫達が澄んだ音色を奏で始める。
日中は暑いけれど、日が沈めば涼しい風も吹く。
それはどこか、暑さを惜しむような湿気を含んで髪を撫でていく。
「当たり前かもしれないけれど、言葉にしてみると驚くよね、40歳なんだよ?」
10年前のような暑さはない。
10年前のような熱はない。
同時期に胸のど真ん中に穴を開けた者同士、とは言うまい。
たぶんタクヤとイノランでは重みも位置も違った。
それでも10年前は灼熱だった。
燃えて燃え尽きた日々だった。
「色々あったよねぇ・・・」
「まあ、老けたねお互いに」
「季節が更けていくように、人生もまた同じだよ」
「今日は詩人なんだね、イノラン君は・・・」
「作詞にも慣れた。タクヤ君のすごさが身に染みた、やっぱりタクヤ君は頭がオカシイ」
「イノラン君に頭がオカシイとか言われたらどうすればいいのよ」
吐きだす紫煙が立ち上る速度にも秋を感じる。
秋の実りへの楽しみもあれど、夏の暑さは時折恋しい。
春の花盛りと青さも恋しい。
つまりは生きてきた人生が恋しく、愛おしい。
全力疾走した日々は、柔らかく、鮮やかで、暖かく、熱い。
「タクヤ君は夏の香りがするねぇ」
「イノラン君は秋の香りがするよ、ずっと昔から。あなたはずっと、見守るのが上手だった、俺にはできないことだったよ」
「時にタクヤ君、おれはふと思ったんだけどね・・・」
深い漆黒の瞳にどんな真剣な話題が出てくるのかと見やれば、無表情なままさらりとイノランは言う。
「24時間テレビの再放送があったらどう思う?」
「知るかぁぁぁぁ!!!」
めったにやらない叫んでの突っ込みをしてタクヤは息を吐く。
「大変なことになると思うんだ、24時間ノーカットで再放送したらさ、苦情殺到だよね。でもさ、苦情言う人は見ながら文句言ってんだって思うとなんだか笑えてくるよね」
「あ、ダーク井上様降臨された・・・」
その言葉に相応強い黒い微笑みを浮かべてイノランは言う。
「言いたい人はさ、言えばいいと思うし、好きに思ってもらってかまわないから、俺は今回もやっぱり喋らないよ。言うべきことを言う人は他にいるしね、それが失言連発だろうと俺は気にしないし、連帯責任で怒られても痛くも痒くもないし」
「・・・カオス井上様ですか?」
タクヤの突っ込みに、むしろどうやったのか問いただしたくなるような混沌とした微笑みをイノランは浮かべる。
「っていうか。イノラン君の存在がカオスだよね」
「マルコム博士はやっぱり映画版だね、ジェフ・ゴールドブラムの演技が最高」
「カオスからカオス理論を連想して、ジュラシックパークの登場人物であるところのイアン・マルコムが出てきたのかな?かな?彼はカオス理論の専門やしな!カオス理論に関しては原作読まないとちんぷんかんぷんだけど映画で『バタフライ効果』が語られるからそれだと分かりやすいねっ!」
「・・・あ、ごめん。突っ込みが長すぎて途中から聞いてなかった」
「なら説明いるボケすんなっ!!」
イノランはまた混沌とした笑みを浮かべた、ついでに瞳も混沌色だった。
「タクヤ君、夏と同じようにはいかないけれど、秋には秋のやりかたがあるんだよ・・・秋が起こす嵐は一味違う」
「期待して見てるよ」
それからイノランは、柔らかな微笑みに変えて言う。
「そういえばたっくん」
「たっくん言うな。なに?」
「当日言えないといけないから今のうちに、誕生日おめでとう」
タクヤは鳩が豆鉄砲を通り越して銃弾で撃たれたような顔・・・つまりは死んだ顔でイノランを見た。
「俺の誕生日は誕生日ライブです」
「うん?」
「そしてその日、イノラン君もゲスト出演です」
「んん?」
「そんで今は、そのリハの休憩時間です!!」
「あれま」
「あれまじゃねぇよ!!そんな誕生日の忘れられ方したの初めてや〜〜!!」
「そこは、ほら。当日言い忘れるといけないから」
「誕生祝い忘れられる誕生日ライブって罰ゲームやん!!」
「他の誰が忘れなくても、俺は忘れるからね」
「カッコいい台詞みたいに言うなっ!!」
そして嵐の秋は来る。
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