表現者達の凱歌3
昼下がりカフェの庇の下に佇む人物。
さながら日光をさけるヴァンパイアの如く、影を背負い圧倒的な存在感を持って、彼は15分ほどそこにいる。
テラス席にいた人間はどういういきさつでそうなったかを目撃していた。
単純に人を待っているのである。
ヴァンパイアが獲物を選別しているわけではない。不愉快そうに通る人々を観察してはいるが、彼は人を待っているのだ。
案内に来た店員にそう告げていた「もうすぐツレが来るから、此処で待っていてもいいか」という内容を外見を裏切る丁重な口調で言って、待っている。
黒髪は短いがどこか洒落た風に整えてあって、フォーマルとパンクを混ぜたようなファッション、背はどう贔屓目に見ても低いが、冬着の上からでもその肉体がギリギリまで鍛えられているのが分かる。
露出した首や手の甲には入れ墨。
童顔で可愛らしい顔のわりに目つきが、正確には瞳が険呑だ。
闇色の瞳。
時折腕にはめた時計を確認しているところを見ると本当に人を待っているのだろうけれど、テラス席の人間はチラチラと不安げに視線を送っていた。
表現者達の凱歌3
現実を超越した存在という者はなにを考えているのか、そこまで大げさなものではないにしてもこの奇異なオーラを纏った人物が何を考えているのか、周囲の人間からすれば気になるのだが、その人物は、ディルアングレイの京は今この時に置いてはさしたることは考えていなかった。
(まこのヤツ、遅いなぁ)と待ち人のことを思っていただけだ。
あるいは夕ご飯はなにを食べようだとか、冷蔵庫の残りはなにがあっただろうとか、帰りはタクシーを拾えるかとか、ごくごく普通のことを考えていた。
(ん、今の二人組、どっかで見たことあるなぁ)
と人が行き交う中に見つけた見覚えのある人物二人を視線で追って、またもとの位置に戻した時、京はフリーズしてしまった。
見覚えがあるなんてレベルではない人物が、自分と同じようにフリーズしてこちらを見ていたからだ、それもすぐ目の前で。
二人の間に流れたのは沈黙だった。
しかし周囲は、ようやくこの変な人物の待ち人が現れたのだという安堵に満ちていた。
同種というほどでないにしてもファッションには共通点があり、そしてなにより新たに登場したその男も、京に負けないぐらい険呑な雰囲気を撒き散らしていたからだ。
見つめ合ったまま二人は動かない、口も開かない、周囲に困惑が広がる。
この場に二人の正体が分かる人間がいなかったのはある意味で幸いなのだけれど。今、見つめ合う二人にそこへ気を回す余裕はない。
京とキリト。
90年代後半組の二大勢力と呼ばれ、本人達の意志意図関わらずライバル関係に位置づけられてしまった二人はまったく物語的でないこんな場所で再開した。
意志意図関わらずとは言ったが、そういったものを取り除けば二人が仲良くなれるのかといえば「否」だろう。
人間的な相性は水と油どころか、性質の違う油と油だった。
油を熱したフライパンに厚切りベーコンをぶちこむようなものだ。
睨み合って火花を散らすなどというレベルではない、向かい合っているだけでなにやら色々なものが弾け飛んでいる。
周囲の困惑はもう最高値に達していた。
それでも年月は長かった、そしてほんの数ミリだけ京のほうが大人だった。
「・・・えっと、久しぶりやな」
「・・・ああ、久しぶり」
ようやく周囲に本物の安堵が広がった。
「で、こんなところでなにしてるの?」
キリトの言葉に京は顔をしかめる、薫かあるいは現在の待ち人であるガラならばこの表情で「なんでそんな質問をされなければいけないんだ」という京の気持ちを酌んだであろうが、キリトにそんな技量はない。
あったとしても無視するだろう。
「人を待ってるんやけど」
「なんで店の中で待たないの?」
「・・・は?」
質問の意味が分からないと首を傾げたのはさすがに分かったらしくキリトは重ねて聞く。
「だから、人を待つなら店に入って待てばいいじゃないか。待ち合わせ場所はここなんだろ。だったら普通は店内で待つと思うんだが」
「・・・なんで?」
「なんでって、喫茶店を待ち合わせ場所に指定して外で待つ人間を俺は寡聞にして聞かないんだけど」
「へぇそうなんや」
だからなに?とでも言いたげな京に今度はキリトが顔をしかめる。
嫌味っぽく言ったわけではなく素直に声が漏れた風ではあったが、なぜ理解できないといった顔でキリトは京を見つめた。
京は困惑した顔でキリトを見返す。
「・・・先に入って待ってたら、注文せなあかんやん。相手が来た時に呑み切ってたりとかしたら、重ねて頼まなきゃいかんから、めんどい」
「注文を待ってもらえばいいんじゃないか?」
「それやったら、外で待ってるのと変わらんと思うけど・・・」
今度はお互いに「なぜ理解できない?」という表情を浮かべる。
「まぁええわ」
そして数ミリ大人になっていた京が話を打ち切る。このまま喋っても平行線を辿ることは目に見えているので妥当な判断だろう。
京は極めて感覚的な人間であり、キリトはどこまでも論理的な人間なのだ。
物事に対する筋道の通し方が全く違う。
だから相容れないとも言わないが、その差異は大きい。
「最近はえらい御活躍やね」
「そちらこそ、じゃないか?」
「いや、戦国ナントカってアニメの主題歌になってたやん」
「・・・ああ」
「って知り合いが言ってたんや」
「お前イヤな奴だな」
「まあ、敏弥からそう聞いたんや、うん」
「メンバーを知り合い呼ばわりなの!?」
思わず突っ込みを入れた形になってしまいキリトは一旦口を閉じる。
「クリアかつキャッチーなんやけどマニアックな要素があってええな。自分らんとこはやっぱりドラムがおもろいね」
「・・・聞いたんだ?」
「言うたやん」
「聞いたとは言ってなかった。ふぅん・・・」
京は顔をしかめ、しかしキリトが若干照れた様子なのに気づいて視線を逸らした。
「んで、お前のこと『おにい』って呼んでたベースの子は元気?」
「おい!名前が出て来なかったにしても普通に『お前の弟』って名称でいいだろうがそこは」
「いや、実の弟なのかちょっと記憶が曖昧なんや」
「どんだけのレベルで俺のこと知らないんだよ・・・」
「昔のことはあんま覚えてない」
「なんで?」
「いや、そうでもないか」
「思いつきで喋るな」
「お前に言われたくないわ」
はからずもボケとツッコミになってしまったがなんのことはない、会話が手さぐり状態なのだ。打ち解けて良い境界が分からず、模索しながらの会話。
「昔だ、もう10年ほど前か・・・よく比べられたな」
「そやね」
「俺達の方がクオリティは高かったと自負していた。なのにどちらが先に何処でライブをやったとかTVに出たとかそんな話をされて不満だった」
「・・・うん」
「音楽的なレベルは俺達が勝っていると思っていた」
「そうかもしれんな」
「肯定するのか?」
「・・・あの頃はやりたいことをやりきれてなかったと、自分でも思ってたから。それに相手に負けてるだなんて思ったらあかんやろ」
「そうかもしれない」
キリトは笑う、意外にも笑顔は無邪気で京は不思議そうに目を細めた。
「勝ち負けでもなかったのかもしれないけどな」
「そこは同意するわ」
「でも・・・お前の感性は尊敬していたと思う」
京は頷く、自分もだと言いたいのか単なる相槌なのかキリトには判断がつかない。
「あの頃はしがらみが多かったんや・・・狭い箱の中に押し込められてるみたいで、きつかったわ」
「ほぅ」
「何だか酷く男が羨ましくなってしまった・・・って乗ってまったやん!」
「つまり僕達は猫族だと?」
「いや、ノリで言っただけやから気にせんで」
やはり会話が手探りだと脱線した時のダメージが大きい。修正のためにはお互いに一旦黙らなくてはいけない。
キリトは落ち着かなくなったこかカフェの前に飾られたイルミネーションの電球を一個一個緩め始めた。
このある意味とんでもない蛮行を京は横目で確認しただけで無視して言う。
「まあ、昔の話やね」
「俺らの場合、どっちが頼子でどっちが加奈子だって話だしな」
「魍魎の匣はもうええし。お前はどっからどう見ても堂島大佐やし」
手に届く範囲の電球は全て緩め終え、キリトは笑う、やはり無邪気な笑顔だった。
「世界も随分と変わった。俺は識者ではないから先の予測を立てたわけじゃないが、俺は俺なりに危機感を煽ってきたつもりだ、しかし悪い方向へどんどん変わっていく。正直げんなりしているよ。路地裏がなくなった、夜もなくなった、上辺だけ明るい表通りだけが残った。一人称の正義が三人称に置きかえられることに誰も疑問を抱かなくなった・・・まったくつまらない」
「・・・俺達猫族には生き辛い世界やね」
「ああ、俺達は路地裏と夜の生き物だからな」
ようやく京も笑う、頼りなさげな小動物のような笑顔を浮かべる。
ステージでの彼とは別人の弱々しい笑顔にキリトは少しだけ意外そうな顔をしたがすぐに納得したように頷いた。
「お前が見る景色はどんな塩梅だ」
「・・・暗い」
「そっか」
「どろどろしてて真っ暗で、悲鳴だらけで・・・それに呑まれたり俯瞰したりしながらなんとかやってる」
「お前の視点は昔から・・・底の底からだったからな」
「お前の視点は昔から・・・空の空からやったからな」
二人は同時に笑う。今度は爽やかに穏やかに笑う。
「なあ・・・京」
名前を呼んでキリトは京を見る。
「なんや、キリト」
名前を呼んで京はキリトを見る。
「お前は俺の生まれ変わりだからな」
真顔で言うキリトに京は吹き出した。先程の冗談をいつまでも引っ張るキリトが本当に可笑しくて声を上げて笑ってしまった。
「・・・気持ち悪いわ」
それでもキリトが差し出した手を京はしっかりと握り返した。
何年越しの緊張関係の解決にしてはそっけなく、どこか人を超越した雰囲気のある二人にしてはあまりに一般的な、握手という方法。
それを終えるとキリトは「じゃあ」と背を向けてそのまま街の雑踏へ消えて行った。
そんな背中を見送って京はキリトが行ったのとは反対方向を見る。
「まこ、もう出て来てええで」
店の陰から気まずそうに顔を出した京の待ち人―ガラは少し興奮したように言う。
「すごい取り合わせで会話してるものだから、出て行けませんでしたよ・・・」
「そう?気にせんでええのに・・・まこ」
「なんですか?」
「寒い、早く中入って温かいもん飲も」
「うあああ、お待たせしてすいません!」
「ええから早く」
テラス席の客達から胡乱な視線を浴びながら店に入る前、京はもう一度振り返ってみたが、キリトのすがたはもう見えなかった。
それでも話せたことで不思議な安堵を持っている自分に驚いていた。
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