ドウタヌキ?


俺の後輩がこんなに完璧なわけがない!!


俺の後輩がこんなに完璧なわけがない!!




『天は二物を与えず』という諺がある。明らかに何物も貰ってる人間を見るに思い出して、この世の理不尽さを嘆く言葉ではあるが、むしろこの諺は言い訳としての要素のほうが強いのではないだろうか。
―スポーツ万能だし、勉強できなくても・・・
とか
―絵の才能があるから他はダメでもね・・・
とか、そんな風に。
そして此処にもまた天に何物か与えられた代わりに欠落しちゃってる人物が一人。
駅の販売機の前、路線図を見上げたまま呆然と立ち尽くす男。
ディルアングレイのボーカリスト、京。
言っては失礼だが、欠落している。東京に住んで十年以上経つのにまだ目的の駅まですんなり辿りつくことができない。
人外的なボーカリストでも、誰にでもできることができない。
こんな時にちょっと言い訳がましく『天は二物を与えず』と言ってもよかろう。
まあ本人はボーカリストとしての才を「天から与えられた」などとは言わないだろうが。
困惑して、立ちつくしたまま10分が経過しているが声をかける勇者はいない。坊主頭、露出した肌からのぞく刺青、背は低いが鍛え上げられた身体に、険呑なファッション。
堅気に見えぬその姿に周囲も躊躇するらしく、けっこう邪魔な位置に突っ立っていても、文句を言う人間もいない。
「あの、なにかお困りですか?」
京自身がその部分を分かっていたからこそ、その言葉に心底驚いて振り返った。もし自分を間接的に知っている人間だったらどう言い訳しようかと思いながら振り返ると、相手も心底驚いた顔で京を見つめた。
―どこかで見たことがある
と思い、すぐに記憶の引き出しから取り出すことができた。
「えっと・・・Dのベースの子?」
「あ!やっぱりディルの京さんですよね!?Dのベースの恒人です、こんにちは」
丁重に頭を下げる恒人、背は京よりあるが、体躯は折れそうなほど華奢。ファッションはどこか京と似た物がある。
「あの、それで・・・なにかお困りでしょうか?」
一瞬、見栄を張りたい気持ちが表に出て首を振ろうかと思ったが、心底困っているのは事実だ、そんな意味のない見栄を張っている場合でもない。
「ああ、行きたいところがあるんやけど、初めてやからちょっと行き方が分からなくて・・・」
「どちらへお出かけですか?」
京は行き先が書かれたメモを差し出した、ぶっちゃけるとその目的地の正しい読み方すら知らないのだ。
メールで来たものをメモしただけ。
「えっと此処でしたら・・・」と恒人は路線図を指差す。
「此処から○○まで行って××線に乗り換えて、そこから○○に・・・」
言われてもまったく頭に入ってこない、恒人は言葉を切って京を見つめると、快活な微笑みを浮かべた。
「あの、俺もこの辺りに用があるんです、よかったらご一緒してもよろしいでしょうか?」
「え・・・一緒に行ってくれるん?」
「ええ、俺も同じ方向ですから」
「・・・じゃあ、お願いするわ」
「ありがとうございます」
なんで自分が礼を言われているのだろうと不思議に思いながらも京は恒人に切符を買ってもらい(もちろん京は自分で払ったがやったことは財布から千円札を取り出してお釣りをしまっただけだ)、改札を抜けて電車に乗り込む。京からすれば迷路のような構内をよくもまあ迷わずに進めるものだと感心してしまう。
「恒人君・・・はもう東京長いん?」
「そうですね、もう住み慣れました」
「へぇ、俺はまだ慣れへん」
冗談だと思ったのか恒人は可笑しそうに笑ってから言う。
「俺は地元が横浜なんで、遠出の時は東京にもよく来てましたから、ライヴとか、買い物とか」
「そっか・・・」
車内が混雑してくると、それとなくドアの隅で京を庇うように立つ恒人をなんとも言えない気持ちで見つめた。
見知らず知らず・・・というわけでもないけれど、知ってはいても初対面の人間になんでそこまで親切にするのかと。京を崇拝しているような後輩達とはまったく空気が違う。
「あ、此処で乗り換えです」
先導するように、しかし気づかうように先に立ち、またも入り組んだ構内を歩いて乗り換えを済ませる。今度の電車はそこそこ空いていた。
「お座りになられますか?」
「はい?」
「椅子、座りますか?」
「いや、ええわ・・・恒人君って社会人の経験あるん?」
恒人はきょとんとした顔で京を見た、唐突な話題に思えたのだろう。京からすれば「お座りになられますか?」なんて言う同業者が珍しかったので自然な流れなのだが。
「いえ、俺は高校卒業してすぐローディやってたので。社会人経験と呼べるものがあるならウチは事務所を自分達でやっていましたから、それですかね」
ローディかぁと京は思う、上下関係は厳しかったが、最低限の敬語を使えば文句なんぞ言われなかった記憶があるのだが。
手すりを掴む京の隣で恒人は細い体をドアに預けている。目が会うと微笑。
それもまた爽やかで快活な非の打ちどころがない微笑だ。
雑談を続けるべきだろうと京は記憶の引き出しをひっくり返した。
「恒人君、名前は聞いてるで。若手ナンバー1ベーシストとか言われてるやん。俺が聞いた感じでもその歳で上手いなぁって思ったで」
「ありがとうございます」
車内だからか、深々とはいかなかったが恒人は頭を下げる。
嘘は言っていない、どこかで聞いた時「上手いな」と思い、年齢を聞いてちょっとびっくりした記憶があった。
『若手ナンバー1ベーシスト』というのも、実際につけられた明確なランキングでこそないがそう呼んで遜色なしと判断されたが故に京の耳にも入ってきたのだろう。
頭を下げ終わった恒人が「でも」と肩を竦めた。
「そうして褒めてもらえるのはありがたいんですが、同時にまだまだだなって思います」
「・・・なんで?」
「ウチのバンドはメンバーが俺より年上ばかりなんで、自分の年代の中で上手いってレベルじゃダメだと思うんですよね。『その歳にしては上手い』じゃなくて、同列として語られるぐらいにならなきゃっていつも思います」
なるほどな、と京は思う。彼にしてみれば『若手ナンバー1』も『その歳で上手い』も褒め言葉として捉えられない位置にいるのだろう。
「そやね、確かにそうや」
「はい」
ともすれば冷たく響きかねない京の言葉を恒人は嬉しそうに受け取って微笑む。どうにも京の周囲にはいないタイプだ。
京はまた記憶の引き出しをひっくり返した。
「そういえば自分ら・・・海外ツアーやるんやて?」
「はい、御存じだったとは光栄です。以前からオファーは頂いていたのでようやく行けるという気持ちが強いんですが、何分、初めての海外なのでまだまだ不安のほうが大きいです」
誇らしさとはにかみを同時に顔に出して、小首を傾げる恒人に京は思わず笑ってしまう。笑ってから今まで仏頂面だったことに気づいた。
単に人見知りしていただけだが、不安にさせていたのかもしれない。
「まあ、海外いうたかて、ライブはライブやしな・・・」
海外ライヴの心構えの一つでもと思ったが、自分の性格上それはあり得ないというか、京は海外国内であまり気分を変えないので意味がなかろう。
海外に行くとバスに籠ってしまうのでそれもまた意味がない。
「自分のプレイをしたらええと思うで・・・」
それぐらいしかアドバイスできることはなかった、それだけなのに恒人は心底感動した顔になる。
「京さんって・・・あ、いえ、失礼ですよね・・・」
「なんや?そこまで言うたら気になるやん」
「いえ、お優しい方なんだな・・・と思っただけです」
「・・・え?なんでそうなるん?」
優しくした覚えはないのだけれど。
非の打ちどころのない微笑を浮かべる恒人に、京はまた笑ってしまった。
とても清々しく『時代が変わったのだ』と思えたからだ。
京が若い頃は、周囲は皆ハングリー精神の塊だった、先輩も同期も食ってやる、後輩だって容赦しない、一番は自分達だ、自分達の音楽が一番だ。
そんな気概で、それを剥き出しにしていた者が勝ち抜ける世界だった。
上下関係だとか、体育会系精神を嫌悪していた京にしても、嫌悪するという形で戦っていたように思う。
その後輩であるガラ達はまた少し、違っているように見えたが・・・
「なるほど、なぁ・・・」
こんな穏やかな真っ直ぐさもあるのか、と。
他者を受け入れてなお、真っ直ぐでいられるものかと。
「俺は別に愛国主義者じゃないですし、日本代表で行くわけでもないですが・・・」
恒人は真っ直ぐに、真っ直ぐに京を見て言う。
「先人が切り開いてくれた道があってこそ、続けるのだと・・・そこは分かっています。だからそれを汚さぬよう、そして自分達の音楽を届けられるよう頑張ります」
頑張るという言葉が京はあまり好きではなかったが、本気を込めて放たれれば悪くない言葉だと思えた。


待ち合わせ場所であるモニュメントを指差して恒人は言う。
「あそこで合っていると思いますよ」
「ん・・・」
メモを見て確認するとなるほど間違いなさそうだ。
「京さん、本日はお話できてとても勉強になりました、ありがとうございます」
「え、いや・・・」
「では、俺はこれで失礼します。オフを満喫してください」
丁重に頭を下げてから立ち去る恒人の背中を見送ってから気づく。
「・・・お礼、言い忘れたやん」
むしろ礼を言われてしまった、呆然としていると背後から名前を呼ばれる。
振り返れば、本日の待ち合わせ相手であるガラがいた。
「京さん、今のってDの恒人君ですよね?」
「ああ、ちょっと電車の乗り換えで手間取ってたら此処まで案内してくれたんや、なんかこの近くに用があったんやて」
ガラは微妙な顔で京を見る、何かを迷っているらしい。横腹を肘でつついてその神経質そうな顔をのぞき込んでやる。
「なんやねん」
「いや、俺・・・浅葱さんと最近はそこそこ親しいんですけど、さっきメールで今日はメンバー集まって事務所で会議だって」
「ふぅん、じゃあ事務所、この近くなん?」
「いえ、あの・・・此処からだと急いでも30分はかかる位置です」
「・・・え、俺が会ったん××やで?」
「なら、まるっきり反対方向ですよ・・・」
振り返っても雑踏にまぎれて姿を見つけることはできない、いやもしそうであるならば、走って行ってしまったのかもしれない。
もし京と出会った地点で事務所に向かう途中だったとすれば、遅刻覚悟で付き合ってくれたのだ。
「・・・理解できへん」
呟く京にガラは苦笑したようだった。
「あそこ、メンバー全員そんな感じですよ」




打ち合わせが終わると恒人は浅葱に呼ばれた。「ちょっとおいで」と椅子に座ったまま言う浅葱に恒人はちょこちょこと寄って行く。
結局打ち合わせには遅刻してしまい、平謝りに謝ったのだが、注意だろうかと浅葱の前に立つ。
「えいっ!」
と指で顎の辺りを突かれた。
「なんで遅刻したんだっけ?」
「あの、寝坊をしてしまって、本当にすみませんでした」
「どうして嘘つくのかな」
えいっと今度は頬の辺りを突いて浅葱は笑う、なにやらはしゃいでいるらしい。
「ガラさんからメール貰ったよ。京さんの道案内してたんだって?」
「あそこにガラさんいらっしゃったんですか、それは・・・気づかなくて挨拶できませんでした、申し訳ないです」
「ツネ、そこじゃなくて・・・なんで遅刻の理由、ホントのこと言わなかったの」
「ああ、口外するのも失礼かと。それに遅刻は遅刻ですし・・・」
「えいっ!」
今度は鼻の天辺を突かれた。ふにふにと柔らかい部分を狙って繰り出される人差指を恒人はされるがまま受けていたが、そのうち笑えてきてしまった。
「ホントのこと言ってくれたら怒らなかったのに・・・」
「すみません。あ、でも京さんとお話できてとても勉強になりました、海外ツアーのアドバイスまで頂いて本当に・・・」
天然で美化して恒人が語った内容は、浅葱の脳内でオートマテックにさらに美化される、美談として記事に起こせそうなぐらいに。
京が知ったら卒倒ものな感じに。
「話は聞いたぞ、ツネちゃん!良い子だねぇ、抱きしめてあげる!」
テンション高く寄って来た大城から逃げるように恒人は浅葱の後ろへ回り込んだ。
「いえ、遠慮しときます!」
「いやいや、ツネは良い子だねぇ」
「でも、遅刻は遅刻ですから・・・」
「俺はなんだか誇らしい気持ちだよ?」
浅葱に言われ、赤面して俯く恒人に大城が不満そうな声を上げる。
「なんでー、俺も似たようなこと言ったじゃん」
「ん、嬉しいっすけど。複雑なだけですよぉ・・・」
その後も他のメンバーから「良い子良い子」と撫でまわされた。


そして、その後日。
練習のためにスタジオに入ったDの面々に差し入れが届けられた。
高級店のケーキの詰め合わせは、ディルアングレイの薫からであり、『先日はうちのボーカルがお世話になりました』と簡単なメッセージが添えられていた。
「うわ、これ予約せんと買えん奴や!」
「一個700円とかするよね・・・」
最初にのぞきこんだ涙沙と大城がそう声を上げる。
「よかったじゃん、ツネ」
笑う英蔵の隣で恒人は困惑顔。
「こんな高級なもの頂いて良いんでしょうか・・・」
同じく困惑しつつも浅葱はきっぱりと言う。
「せっかくの御好意だから頂いておけばいいよ」
「なら、後で礼状出しておきますね」
こういう齟齬も傍から見れば天然の一種である。
そのさらに後日、齟齬と言う名の天然を痛感したのは送り主である薫。
届いた礼状を目を見開き、何度も黒目を上下させながら見て、息を吐く。
「差し入れで礼状とか・・・」
「丁重な奴らやなぁ」
横からのぞいていた堕威も苦笑気味だ。
「『拝啓』から始まって『敬具』で終わる手紙なんか個人的に貰ったの初めてや」
「・・・それでも社会人か」
心夜からの容赦ない突っ込みに薫は目を細める。
「やかましいわ、お前も社会人経験ないやろ!」
「ええ、成人する前に拉致同然に加入させられましたから」
「・・・・・・」
返す言葉もなかった。
京は薫から受け取った手紙をぼんやりと眺めて言う。
「しかし、完璧すぎる後輩やったわ・・・なんでウチの年下連中はああじゃないんやろ」
「まさかの飛び火!?」
驚く敏弥に京はにんまりと笑う、心夜のように素知らぬ顔をしていれば良いのにリアクションをするものだから遊ばれるのだ。
「もうちょっと年上敬えや!先輩やで、俺!」
「いやいや、京君こそ!もっと年上っぽく振る舞ってよ!未だに俺の方が京君より年上だって勘違いされてるんだから!」
「ああ?お前が俺を敬い讃えんからやろ・・・まったく。ええなぁ、完璧な後輩!」
京のからかいに敏弥は拗ねたが、何かを思いついたらしくポンっと手を叩く。
「でもさ、Dの前身バンドって確かSyndromeでしょ?なら広い意味で言えば恒人君って京君達の後輩と言えなくも・・・」
そこまで言ってから周囲の空気が冷え切っていることに気づいた。
「・・・あれ?」
「さすがやな、敏弥。自ら地雷原に飛びこむとは」
堕威の苦笑交じりの言葉に、ようやく気づいて京を見る、立ちあがって片手にパイプ椅子を持ち、俯き加減の顔は引きつった口角が見えるのみ。
「え、えっと京君!?悪気はないよ!一ミリもなかったよ!?」
「うっさい、このクネ、カニ腹、半禿げ、どっちが真実だ!!」
「えええ!?なにそのネットスラングでしか使われてないようなあだ名の羅列!?・・・いやちょっとまって、椅子はヤバいかな、血とか出ちゃうな、下そう、下しましょう、下してくださいぃぃぃ!!」
「ああ、まったく・・・俺の後輩があんなに完璧なわけがなかったわ・・・」
「いや、ねぇ、椅子降りあげないで!!ちょ、誰か止めろよ!!バンド内バイオレンス!!」
そうして敏弥の絶叫が響き渡ったが、今日も平和なようだ。
オチの意味が分からないと言われたら、それもまた時代の流れなのです。


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