表現者達の凱歌4
表現者達の凱歌4
すっかり秋めいてきたある日の夕方、某駅前の待ち合わせスポットに立つ二人の影。
険呑なオーラを撒き散らし、凶悪な空気を撒き散らし、離れた位置で同じ方向を見つめる二人。
一人は短い金髪で背が平均よりかなり低い、しかし引き締まった体躯の男。
顔はどちらかといえば童顔だが、瞳が奈落のようでありのぞいた手を墨が彩っている。
もう一人は髪を伸ばしていて、背は平均に届くぐらい、こちらも顔立ちはやや幼く癖がある、しかし醸し出す空気は全身に刺を纏っているよう。
ディルアングレイの京とアンジェロのキリトその人である。
「遅いな・・・」
やや苛立った声を上げたのはキリトだ、それに対して京はちらりと視線をやっただけで答えない。
というよりも傍からみていてこの二人がツレ同士には思えないのだが。
「ところでオマエ」
「なんやお前」
声をかけられればさすがに京も答える、心底面倒くさげだが。
「此処まで一緒に来ていたあの子は誰だ?」
「は?俺は一人で来たけど」
「一緒に駅の出口から来て此処を指差されてただろ?」
「なに?見てたん」
不満げな京にキリトもまた不満げ。
「俺の方が先に到着していたからだ、オマエは10分遅れて来た」
「別に誰でもええやん」
「知った顔だったな・・・たしか、Dとかいうバンドの・・・確かツで始まってトで終わる名前だった記憶がある・・・金子一馬デザインっぽい名前の」
「いや、全然違う。つーかなんで同業者の名前検索かけるのにそこからいくん?」
「偶にいるだろう、金子一馬デザインっぽいヤツ」
「いるけども・・・」
「さっさと事情を話さないとオマエの友達をどんどん貶めていくぞ」
得意げに笑うキリトに京は冷めた視線を送った。
「知り合いなだけやで・・・」
それでも話すあたり、根は優しいようだ。
「ここに来るのに迷ってたら声かけてくれてここまで案内してくれたんや」
「・・・駅から駅で迷うとは器用だな」
「路線がややこしいねん!最寄駅が同じらしくてよく道案内してくれる」
「なに?それだけの理由で現地まで付き合わせてるの?オマエがドSなの?あの子がドMなの?」
「性根がええんちゃう、お前と違って」
バチリと二人の間に火花が散る。
「まったくやもちゃんに言われなければオマエと食事なんて・・・それにしても遅いな」
「なにお前、あいつのこと『やもちゃん』って呼んでんの?きしょ」
「あ?日本語は正しく使え、それでも作詞をする者か」
「伏せ字乱用する奴に日本語の正しさ説かれてもなぁ」
「ああいう手法だ」
「悪い悪い、説くのがお仕事やっけ?」
「喧嘩売ってるのか?」
本格的に言い合いを始めた二人の周囲から引き潮のように人垣が開いていく。
二人ともボーカルのせいか、地の声が案外大きいのだ。
そんな二人に声をかける勇者がいた。
骨っぽい男。
「あの!お二人とも落ち着いて下さい!」
「ん、なんでまこが此処に?」
「・・・ガラ?」
怪訝そうな顔をする京とキリトにメリーのボーカル、ガラは言う。
「あの、心夜さんから・・・行けなくなったから俺が代わりに・・・」
京とキリトは顔を見合わせ、そしてギリギリと歯を鳴らした。
「あのガキ、謀ったな・・・」
「最初からそれが目的か・・・」
そもそも変だと思ったのだ、心夜から食事に付き合って欲しいと頼まれたのも、それに京が、あるいはキリトが同行することも。
しかしまさか当人がぶっちしてくるとは。
「嫌がらせに手が込んできてる・・・」
不機嫌そうなキリトにガラが言う。
「いや、この機会にお二人に仲良くしてもらいたいという計らいでは?」
「は!?ガキじゃあるまいし、こいつと仲良くする理由がないやろ」
「100パーセント嫌がらせだ」
「・・・あは」
ガラとて心夜の性格は分かっているので嫌がらせだとは思うが。
もうフォローのしようもない。
この二人を一緒に行動させるメリットはどこにもないのだ。
「あげくに観察用にまこ使って・・・」
「どうせ細かく報告するように言われてるんだろ?」
「・・・はい」
しかしガラとていつまでも縮こまってはいられない。
既に二人にかなりの注目が集まっているのだ、正体を見破っている人間だってこの人出の多さならば一人や二人じゃなかろう。
ファン年齢も上がっているので騒ぎにこそならなかろうが、いつまでも放置はできない。
「と、とりあえず、移動しましょう、食事でも・・・お二人とも何か食べたい物ありますか?」
「寿司」
と京。
「カツカレー」
とキリト。
再び睨みあう二人。
「は?なんでこんな人が多いところまで来てカツカレー?家でも食べれるやん」
「その理屈でいくなら寿司だって出前で頼めば家で食べられる」
「いちいち理屈をつけるな鬱陶しい」
「なにもかも感覚で喋るな」
「あの、どこにします?」
恐る恐る聞くガラ、胃が痛そうな顔をしている。
この二人の間に割って入れと言われたら誰でもそうなるだろうが。
受け流せるのはそれこそ心夜ぐらいだ。
「寿司だけは嫌だ」
とキリト。
「カツカレーだけはイヤや」
と京。
もうお互いの意見に反対したいだけになってきた。
そしてガラは健気だった。
「えっと、どちらも食べられる居酒屋探します!!」
ガラの行動は迅速で、胃が痛い顔をしながらも30分後には恐れ多き先輩二名を居酒屋の個室に通すことに成功していた。
「京さん、此処ならお寿司のセットあります!」
「へー、ありがと」
「キリトさん、カツカレーもあります」
「あ、いいや。もう気分じゃないし」
極限まで甘やかされた凶暴な猫二匹に挟まれガラは胃を押さえる。
「はぁ?お前がリクエストしたんやろ、食えや」
「まあ理屈は通ってるな、意見されることを認めた覚えはないが」
「じゃ、じゃあオーダーしましょう!お、お飲み物は!?」
オーダーを店員に伝え一息といきたいが、息もつけない。
注文したものが運ばれてくるまで凶暴な猫二匹は視線すら合わさず無言。
自分はなんでこんな拷問を受けているのだろうとガラは泣きたくなってきた。
品が届いたところで京が言う。
「あれ?まこは食べ物頼んでないの?」
「ええ、まあ・・・ちょっとお腹すいてなくて」
というか、胃が痛くてなにも入る気がしない。
「んーー」
すると京が自分の寿司セットから玉子と穴子を小皿に取り、セットでついていた茶碗蒸しをガラの前に置いた。
「これなら食べられる?」
「あ・・・ありがとうございます!!」
頭を下げるガラに既にカツカレーを食べ始めているキリトが言う。
「ガラ君、寿司ダメなの?」
「はい、なま物が苦手で・・・」
「ナマモノというと、今まさに展開されているこの人目に触れたらヤバいジャンルのことか?」
「お前な、際どいボケにも限度があるやろ」
「面白ければいいだろう、ボケなんだから」
「おもしろないし!うるさいなぁほんま、メギドの丘で待ち合わせしてろや」
「ならオマエはアクロの丘で待ち合わせしてればいいな」
「お二人とも案外お互いの曲聞いてるんです・・・ね」
二人から同時に睨まれ、ガラは縮こまる。
この調子でいったら、食事が終わる前に胃の風通しがよくなりそうだ。
そんなガラに視線をやりながらキリトがニヤリと笑って言った。
「ガラ君さ『Mother』と『mazohyst of decadence』どっちが好き?」
「・・・・・・」
すさまじい質問をされた、ドSの規模が違う。
「どっちが好きなのかさっさと答えて。別に良いんだよ、君の好みなんだから」
猫撫で声が怖い、引きつった笑いを浮かべるしかない。
「ちょっと、まこをいじめんな!眼球にワサビ流し込むで」
「いじめてない、質問をしただけだ」
「まこが困ってるやろ」
「じゃあ『夕闇スーサイド』と『理由』ならどっちが好きかな?」
あくまで優しく問うキリトに固まるガラ。
京は口を尖らせて不満げだ。
「もうめんどい!まこ!さっさと答えろ」
えええ!?助けてくれないんですか!?と内心叫びながらガラは顔を歪める。
「く、比べようもないぐらいどちらも素晴らしい曲だと思いますです!はい!」
「じゃあ、俺とこっちの人・・・どっちがボーカル的に良いかガラ君のボーカリストとしての意見を聞かせてくれ」
「ええかげんにせい、いじめっ子思考め」
びしっと京に箸を突きつけられキリトは涼しげな顔で見返す。
「ボーカリストとしての忌憚のない意見を聞いているんだ、むしろガラ君の成長を促進している」
「『忌憚のない?』お前よくそんな難しい言葉知ってたなぁ、漢字弱くなかったっけ?」
「人は成長する生き物だ、いつまで経っても駅から駅で迷うオマエがおかしい」
なんだかもうけっして融合しない油と油だ、火を近付けたら爆発するだろう。
「はん、成長すべきところで成長したらええねん」
「ド下手な自覚はあったわけだ」
「・・・・・・」
「ああ、俺としたことが言い間違えた、超ド級に下手だった自覚は・・・」
「否定はせんよ」
京は真顔になってさらりと言う。
「お前らの方が上手かった」
「でなきゃ成長はできない・・・か」
途端に二人が笑いだすのでガラは何事かと目を見張った。
「まだなにか頼むか?」
そしてキリトがメニューを差し出し、
「ああ、ありがとー」
京がそれを素直に受け取ったのを見て、どうやらこの二人は対立するのをやめたらしいと分かった。
ほっと息をついたところでガラは自分の携帯電話が振動しているのに気づき、二人に断ってから確認する。
心夜からのメール着信だ。
《二人にメアド交換させる》
一文だけだが、それが絶対服従の命令であることは分かる。
もしや、一番の被害者は自分ではと思いつつ、二人を眺める。
さきほどより和やかになったとはいえ、難易度の高い命令だ。
そもそも京が容易く人とメアド交換するタイプではない。
一部の間では京のメアドを知っているというだけで自慢の種になるほどだ。
キリトはどうだかまでは知らないが。
京は重度の人見知りであり、よほど好感度を上げないと無理だ。
正攻法では不可能。
なんとか頭を回転させ、ガラはキリトに言う。
「あの・・・キリトさん、メアド交換してもらえませんか」
「ん?かまわないけど」
さらりともらえた了承にひとまずほっとする。
交換を終え、さりげなく京を見る。
「京さんはしないんですか?」
自然な流れで持ってくることは成功したのだろう、しかし京は小首を傾げてから言う。
「俺はええわ、別段・・・用事もないやろうし」
失敗はした、失敗はしたが二人の空気は和やかなものになっている。
京も素の姿である穏やかな顔立ちになり、もしや心夜は嫌がらせなどではなく本当にこの二人を仲良くさせたかったのかもしれないとガラは思った。
「しかしオマエの話はいちいち感覚的すぎるな」
「お前は筋道立てるわりに人の話を全然聞かんな」
とはいえ・・・相性はやはり悪そうだったが。
90年代後半、ヴジュアル系ブーム真っ只中に登場した二つのバンド。
一つは京の属するDir en grey。
一つはキリト率いるPIERROT。
ファンの間の空気ではどちらかを選ばねばならぬ何処からかの圧力が、軋轢があり、両バンドも仲良しこよしとはいけない雰囲気があった。
両バンドとも勢いは凄まじかった、タイプは違いながら間違いなくヴィジュアル系ブームの最期を鮮やかに彩った。
両バンドがメディアの露出を抑える方向に舵を切り、ブームは終焉を迎えた。
しかし、彼等が築いた最期の礎こそが、今の若いバンドの全てを支えている、色濃き灼熱のファンたちを後の世代まで愛せるよう導いてくれた。
プレイする側にも応援する側にも与えた影響は大きい。
灼熱と狂熱の90年代後半をガラは懐かしく思いだす。
幼く拙く、愛せた時代は今もまだ心の中で輝いている。
その顔たる二人が、目の前で和やかに会食しているのだ。
胃の痛みはいつしかすっかりなくなり、ガラは眩しいような気持ちで二人を眺めていた。
食事を終えて外へと出る。まだ終電も動いている彼等の職業からすれば早い時間だが、もう一軒行こうという空気ではなかった。
そもそもコミュニケーションスキルが致命的に欠けている京がここまで持っただけで満点だろう。
駅まで辿りついた時に、ふと京が言う。
「そういえば・・・5人になるんやろ?」
内容からして、思いついたとのではなく言うタイミングを探っていたのだろう。
「ああ、なる」
「・・・そっか」
肯定でも否定でもなく、そして激励の言葉を述べるでもなく京は只頷く。
そして紙切れを一枚取り出してキリトに差し出した。
「メアドと番号、気が向いたら登録して」
連絡してではなく登録からかと、内心突っ込みながらもガラは少しだけ笑ってしまった。
「奇遇だな、俺も渡すつもりだった、気が向いたら登録してくれ」
そうしてキリトも紙切れを差し出し、交換する。
ずいぶんと古典的な番号交換を終え、キリトは駅の方へと歩きだす。
「じゃあ、縁が合ったらまた」
「そやね、縁が合ったら」
京は小さく手を振ってそれを見送り、ガラを見た。
「ほな、帰ろか・・・」
「はい、京さん帰りは、えっと」
駅から駅で迷えることを心配し、しかし師匠相手に言葉を選ぶガラに京はポケットからメモ用紙を取り出す。
「乗る電車、メモってもらったから大丈夫」
「・・・・・・」
「今年はあの子んとこ・・・会社?お歳暮送った方がええかな、薫君に頼んどく」
「・・・そうですね」
深くは突っ込まないガラ。
「字面的に墓送りと似てるよなぁ」と呟きながら歩きだしたと思いきや、京はすぐに止まって振り返る。
「まこ、やっぱ送って」
「・・・はい!?」
「久しぶりに俺ん家で遊ぼ、そんで」
驚くほど穏やかな、きっと当時は浮かべられなかった大人びた笑みを浮かべ京は言う。
「世紀末の想い出話でもしようや」
吹きぬけていく夜風のなか、柔らかに笑う京。
終わらなかった世界は、死に体を晒しながら続いてゆくけれど、それでも悪くないことを、こうして何度も確かめる。
意義を持たぬ世界を意味づけながら続いて行く。
この時代に生まれ生きる者の宿命を噛みしめる。
きっとあの二人は友人には成れずとも、慣れずとも、同士ではあるのだろう。
「いいですね、おじゃまします」
ガラはそれを受け継ぐものとしてしっかりと頷いた。
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