ドウタヌキ?


俺の後輩がこんなに完璧なわけがなかった件


俺の後輩がこんなに完璧なわけがなかった件。




ライブともなればその身に異形の神を宿す男、ディルアングレイの京は今、切実に悩んでいた。
駅の路線図と料金表を前に悩んでいた。
いや、彼が駅から駅への移動で悩み、駅から出口へ向かうのに悩むのはいつものことなのだが今は別のことで悩んでいた。
どうやら最寄駅が同じらしく迷っていると声をかけてくれる後輩がいた。
自分が何気なくその後輩から声をかけてくれることを待っていることに気づき驚き戸惑ったのだ。
確かに京は日常生活に対する能力がざっくりかけているが、そのことで他人に甘えたことはなかった。
面倒見の良い薫にしても、京の生活能力のなさをからかいこそすれ少々手を貸す程度だったというのに。
すっかり案内してもらえることを待っている自分に驚いたのだ。
他人に甘えるなんてごめんだ、と京は思う。
なるほど人間はこうしてダメになるのだと。
そうして初めて、迷っても手間でもいいから自力で行こうと・・・今だ料金表と路線図を見比べている。
切符を買ってもこのダンジョンのような駅を抜け、さらに乗り換えでまたダンジョン、最終的な駅でもダンジョンが待ち構えているというのに。
「なにかお困りですか?」
鐘の様な響きのある声が後ろからかけられる。
振り返れば立っているいつもの彼、前に会った時は赤かった髪は形はそのままに飴色に染め変えられ、厚着をしてもまだ華奢な身体、身長は京より高い。
Dのベーシスト恒人だった。
もう助けはいらない、手を貸してほしくないということをどう伝えようか悩んだ挙句に、口下手な京はそっけなく言ってしまう。
「別に困ってへん」
「そうですか、失礼しました」
ぺこりと頭を下げられ京は困ってしまう、これが大佑やガラならこっそりイタズラしているところを見咎められた犬のように大わらわになるだろうに。
恒人は少し考える様に俯いてから、明朗で爽やかな笑顔を見せる。
「本日はどちらへお出かけですか?」
料金表とメモ帳を見比べて困っている姿を見れば、京がいつもどおり迷っているのは自明のことで、そこをそっけなく跳ね除けられてもまだ、手を貸してくれる気でいるらしい。
あるいは、と京は思う。
―自分の言い方が失礼だったとでも考えて言いなおしたのか。
京は本来、穏やかで思いやり深い人間だ。
不器用さ故に物言いがそっけなくなってしまうだけのことで、傷つけようとは思っていない。
なにか言わなければと思っていると真横から声を掛けられた。
「いーけないんだ、いけないんだ。後輩苛めていけないんだ」
今日日、小学生でも使うのか微妙なからかいを口にし、いつの間にかすぐ傍に立っていた男に恒人が先に反応した。
目を見開き戸惑いながらも深く頭を下げる。
「キリトさん、おはようございます」
「はい、おはよう。誰かまではちょっと名前と顔が出て来ないけど」
「顔はこれです」
「名前とバンド名が出て来ないけど。えっと金子一馬デザインっぽい子だよね?」
「金子一馬のデザインに似ているかどうかは分かりませんが・・・Dのベースの恒人と言います、よろしくお願いします」
キリトのボケを拾っているのか単に生真面目なのか恒人はきっちり頭を下げた。
京はその(ある意味で)一気に懐に入る様に感動し、なんで自分がキリトに感動を覚えなければならないのだと歯噛みした。
「べつに苛めてへん、喋ってただけや」
「はぁん。親しくもないのにしょっちゅう道案内させてるんだろ」
「だから・・・苛めてないって」
とげとげとしたやりとりをする京とキリトを見て恒人は場違いに感動した声で言う。
「異形の神と異教の教祖ってすごい取り合わせですねぇ・・・」
「君、面白いこと言うねぇ」
キリトは獲物を見つけた顔になり、京は顔を伏せた。
「お二人は仲が良いんですか?」
「そんなわけないやろ」
「それはないな」
京とキリトが同時に答え、恒人は困惑気に「すみません」と俯いた。
「ところでアルジラじゃなくてえっと・・・」
「恒人です。あとすみません、デジタル・デビルはやってないもので・・・」
「そうそう恒人君」
この男は会話を自分のペースで進められるならなんでもいいのだろうかと京は思う。
「君もどこかに出かける途中だろう、時間は大丈夫なのかい?」
「はい、一度遅刻してから電車を使う時は40分余裕を持つようにしてありますから」
「・・・え」と京は目を見開く。
それはもしや自分のためかと思ったがいくらなんでもそれはないだろう、そうだとしたら親切が重すぎる。
ヤンデレ化しそうな重量だ。
「どこへ行くのかな?」
「××ですね」
「そっちは?」
キリトに聞かれ京は渋々答える。
「××で待ち合わせ」
「なるほど」
大仰に頷きキリトは手を叩いて頷いた。
「タクシーを使うなら此処で20分は3人とも時間があるわけだ、じゃあお茶をしよう」
「はぁ!?なに言ってんねん!?」
「言い争う時間が無駄だ、お茶をしながらにしよう」
「だからなんでそうなるんや?」
キリトはもう恒人の腕をとっている。
恒人は異形の神と異教の教祖のどちらの言い分に従えばいいのか分からず目を白黒させていた。
京の中で気づかいの心が芽生える、ここで板挟みにするには気の毒ではあるまいかと。前回ガラに対しても出してほしかった気づかいを今ようやく出して頷いた。
「分かった、お茶な・・・」

二人が対面で座ったのを見て恒人が言う。
「京さん、荷物こちらの椅子に置きましょうか?」
「ん・・・」
すなわち恒人は自分の隣に座り、キリトの隣の空いた椅子に荷物を置くのだと理解する。
キリトの隣に自分の鞄を預ける気はなかった。
「ええわ、そんなに大きくないし」
「そうですか、では失礼します」
京の隣に座った恒人は手早く注文をまとめて店員を呼び告げる。
「使えるね、君」
「ありがとうございます」
頬に微細な緊張を浮かべながらも言う恒人にキリトの目が輝く。獲物をロックオンした目だ。
「恒人君さ。『ラストレター』と『蛍火』どっちが好き?」
「どっちが好き、といいますと・・・どの観点からでしょうか?」
ガラが一撃で慌てふためいた質問に恒人は生真面目に返した。
たぶんいぢられていることに気づいていない。
「そうだね、歌詞・・・歌詞で選ぶなら?」
「『ラストレター』はストーリー性が濃くて切ないながらも温かな気持ちになるような内容だと思います。『蛍火』は戦争の悲惨さに対する描写が容赦なく描かれて、抉るような風刺があるように思います。どちらも素晴らしい歌詞だと俺は思います」
「・・・ふむ」
不満そうなキリトを京が睨みつける。
「真面目に答えることないわ、こいつは後輩からかって楽しんでるだけなんやから」
「からかってる?俺なりのコミュニケーション。京みたいに口下手じゃないから」
「達者なだけで口は悪いけどな」
「黙るよりマシ」
鼻で笑いキリトは恒人を上から見る、身長はさして変わらないが、上から。
「ウチのギターから聞いてる、実にいぢり甲斐のない子だと」
「ああ」と恒人は頷く、その辺りの繋がりを理解していない京は首を傾げたが質問をする気もないようで黙ってコーヒーを飲んでいた。
「そう言われると試したくなるじゃないか」
「できる限り面白くなるように頑張ってみます」
「うわっ、マジでいぢり甲斐ない!」
目をむくキリトに恒人はきょとんと顔を上げた。
「まあ、一回イベントで会ったけどね、突っ込んで来ないけど」
「覚えられていなのなら、その程度の印象だったのだと思うまでのことですよ。至らないのはこちらのほうです」
あくまで生真面目に答える恒人に京が言う。
「いや、こいつ単純に今の今まで忘れてただけやで?」
「だから・・・その程度だったんでしょう。己の未熟さを痛感させられました」
と、恒人が目を伏せ、京がキリトを睨みつけた。
「おい、イベントで一緒になった相手ぐらい覚えとけや、失礼やろ」
「自分ができないことを他人に求めるのはどうかと思うけれど?」
「・・・あぁん!?」
「感覚で喋るから理論で攻められると詰まるんだよ」
「そんな性格歪むなら理論なんかいらん」
恒人は言い合う二人に、やはり仲が良いのだなぁとほっこりし、異形の神と異教の教祖による極めて低レベルな口喧嘩を受け流した。
「ウチのギターから色々聞いている」
とキリトは繰り返して言う。
「というか興味があったから聞いた。イベントの後、君のボーカル君のところの日記にスタイリッシュでクールとか書かれたら気にもなる」
「うわ、イベントで一緒になった相手のブログチェックとかちっさ!」
京のからかいにキリトは目を細め高慢に言い放つ。
「他人に興味を持たないよりはいいと思うけどな」
「小さいって言ってんのはブログチェックのことや。で、興味持ってまで聞いた相手のことをなんで忘れてたん?」
「『あそこは誰に対してもああいう風ですよ』って聞いて、傷ついたので無理矢理忘れた」
「ありえないぐらいに繊細!?」
思わず突っ込みが鮮やかになってしまう京の隣で恒人は不安げに顔を歪めた。
「あの、なにか失礼なことでも・・・?」
「違う、びっくりしたの。え、あの文が常時!?って」
恒人は一瞬表情を固め、そして納得がいったらしく頷いた。
「それは・・・よく言われますよ」
「どうやったらああいう人間になるんだろうな、今度パラメータの配分を見せてほしい」
「そんなにすごかったんか?」
「ああ、驚くぞ。他のバンドをストレートに褒めるんだ」
「・・・それはすごいな」
なにやら共通の絆が生まれてしまった二人に恒人は首を傾げる。
「えっと・・・普通じゃないですか?」
キリトと京は同時に恒人を見やり、そして視線を合わせる。
「これって年齢差?今の子ってこんななのか?」
「分からへんよ、ウチの最年少なんて性格最悪やし・・・」
「性格最悪なんじゃなくて別の世界から来たんだろ、アレは。そもそも此処のボーカル君はむしろ俺らと歳が近かったはず」
「えーー」
そんな子供っぽい抗議の声を上げる異形の神。
対して異教の教祖は何か考える様に目を伏せ、言った。
「恒人君ちょっと猫の鳴きマネして」
「・・・にゃーお」
素直にやる恒人。
「じゃあ『ふたごのケットシー』でGO」
「にゃにゃにゃんにゃにゃにゃんにゃにゃにゃんにゃん!」
「『サイボーグクロちゃん』のアイキャッチでGO」
「にゃ〜んにゃんにゃんにゃ、にゃんにゃんにゃにゃんにゃ〜〜ん♪」
「『魔女の宅急便』のジジでGO」
「あの猫見た?ヤな感じ・・・」
「『チーズスイートホーム』のチーでGO」
「あえ?チーおうちかえうー!」
恒人は全てクールな表情のまま素直に言い切った。
「おい、この子は凄く良い子だぞ」
「基準が全く分からん、そしてなんで猫キャラにそこまで詳しいかも分からん!」
「ウチのメンバーにやったら総無視喰らったことをこんな恥じらいもせずやってくれる!」
「お前って・・・ドSっていうよりかまってちゃんなんやな」
柔らかな視線になる京。
たぶん骨っぽい後輩と柴犬っぽい後輩を思い出している。
「というか」
と京としては素朴な疑問を口にする。
「イベントで一緒になったって、こいつらダサっ!てバンドとも会うし、意地でも褒めたくないバンドもおらへんの?」
「後者は俺らの事かな、はーん?」
絡むキリトを無視して「なあ」と京は答えを促す。
「だとしても公の場で角立てる必要もないんで」
「って言ってるけど?耳が痛いんとちゃう?」
「覚悟の上で言ってるし、そっちも同じじゃないか。感覚でものを言うなと何度言えば分かるんだ」
「お前に言われて直すところなんて一個もない」
異形の神的カリスマボーカリストのあっかんべーに、異教の教祖のカリスマボーカリストが舌を出し返すある意味レアな光景が生まれた。
「殴るぞ」
「はっ、これだからヤンキーは。暴力はあかんよなぁ?」
「一般常識のない人間が常識で後輩に同意を求めるなよ」
「まあ・・・殴るのは嫌ですね、辛いんで」
ペースを合わせてるのマイペースなのかいまいち分かり辛い回答を返す恒人。
「なになに?殴られるのは良いの?」
「それで相手の気が済むなら別に殴られるぐらいは。まあ、殴って後悔するならやめてほしいですが」
「おい、この子は凄く頭がおかしいぞ」
「全人類がお前にだけは言われたくないやろねぇ」
暴力は好かん、と京はコーヒーをすする。

面子を考えればこれでも盛り上がったほうだろう。
しかしそれぞれ出かける途中だったためコーヒーを飲み終わると早々にお開きとなった。
「俺が誘ったんだから俺が払う」
「はぁ?お前に奢られたないわ、俺が払う」
などとある意味で日本人的なやり取りをレジ前で始めた二人に恒人が控えめに言う。
「あの、自分の分は自分で払うってことで・・・」
「俺が誘ったんだから俺が全額払うのが妥当」
「いくらなんでも後輩相手にコーヒー奢らんとかないわ」
「そうではなく、後ろに人が並んでるので、迷惑になってしまいます」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
後輩にごくごく当たり前の常識で諭され各自支払い店を出る。
キリトがタクシー代を渡そうとしたがそれも断り、時間もギリギリだったのだろう、恒人は足早に去って行った。
残されたのは異形の神と異教の教祖。
「ああいう完璧なタイプっておるんやな」
京が珍しくキリトに対して同意を求める様な言い方をした。
それをキリトは鼻で笑う。
「完璧?あれのどこが?」
「違うんか?」
「従順な割に頑固でタチ悪くて可愛げに欠ける」
「・・・・・」
そう言われればそうかもしれないと首を傾げている京にキリトはさらりと、しかしキッパリと言った。
「単にお前が苦手とするタイプだからそう思うんだろ」
「・・・別に嫌ってないけど?」
「嫌いと苦手は違う」
そう言ってキリトは重々しく頷く。
「嫌いと苦手と合わないは全然違う」
「・・・俺らは?」
「は?」
「俺とお前はそのうちのどれ?」
なんでもなさげに言う京にキリトは軽く笑った。
「さあ・・・どれだろうな、それとも友達になりたいのか?」
ただ冷めた目を送ってくる京にキリトがポチポチと携帯電話を操作してから歩きだす。
「じゃあ、目的地まではタクシー使うんだな」
「・・・ああ」
背を向けた京のポケットで携帯電話が振動する。
登録していないアドレスだが、京はそのアドレスを知っていた。
紙に書いたものをまだ持っていた。
《嘘。苦手なんじゃなくてお互いに人見知り発動してるだけだろ。騙されたな馬鹿者》
ぴきっとこめかみの辺りで音が鳴った。
振り返ってももうキリトの姿はない、メールに返信するのは癪だ。
「・・・・・・今日は運勢悪いんかな」
そんなことを思わず呟きながら携帯電話をポケットに突っ込みタクシーを拾った。



今回一番災難だったのは誰かと言えばわけも分からず不機嫌な京と会う羽目になったガラだろう。


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