ドウタヌキ?


心象風景


心象風景f r a g m e n t





遮断機が下りる。


カンカンカンカン。
と電鐘式の音色を響かせて、警戒色に彩られた遮断機が下りる。
警報灯は赤い光を周囲に撒き散らして、耳にも目にも煩い。
カンカンカンカン。
音は響くのにいつまでたっても電車は来ない、電車が通り過ぎないと遮断機が上がらない。
カンカンカンカン。
ねぇ煩いよ、こんな所にいても楽しくないよ。
俺は反対側に立つ人に声をかける、誰なのかは知らない。
そうだな、ちっとも楽しくない。
彼は答えた。
カンカンカンカン。
撒き散らされる赤色と甲高い鐘の音。
早く電車、来ないかな。
早く遮断機、上がらないかな。
カンカンカンカン。
煩い、煩い、馬鹿、みんな嫌い、嘘つきばかり、死んじゃえ、殺してやる。
言っているのは俺か、彼か。
飾り立てるのはうんざりだ、綺麗なフリもうんざりだ、だってこんなにも汚いじゃないか。
嫌い、大嫌い。
ああ、なんで電車は来ないの?
警報灯はくるくる回る。
カンカンカンカン。
綺麗になれないよ、上手くいかないよ、醜いとこばっかだよ、前に進めないよ、過去が痛いよ、忘れられないよ。
「愛」?いつかは裏切られ汚れていくもの。
「夢」?いつかは折れて埋もれていくもの。
カンカンカンカン。
ずっと鏡に映したように俺と同じことを言っていた彼が不意に言った。
なら俺達はそれを叫ぼう。
綺麗じゃなくても?
綺麗じゃなくても。
強くなくても?
強くなくても。
汚いままでも?
汚いままでも。
でも電車は来ないよ、遮断機は下りたままだよ。
何処へも行けないよ?
彼はふわりと舞い上がった、舞い上がって一羽の鳶になり、送電線を越え高く飛び、俺の頭上で旋回する。
カンカンカンカン。
遮断機は下りたまま、それでも彼は飛び越えた。
ずるいよ、ずるいよ。
俺は可笑しくって笑い転げた。
遥か高い空を旋回する彼を見ながらいつまでも笑った。
警報灯の赤はもう目を焼かない。
警報機はもう、耳を貫かない。
遮断機はもう見えない。
何処へでも行ける嬉しさに俺はまた笑った。








真っ暗で、でこぼこで、曲がりくねった道を行く。


俺の隣を歩くのは提灯を下げた痩せた犬だ。
「貴方は誰ですか?」
「オクリオオカミ、この道はとっても険しいから君が転んだら頭からバリバリ食べてしまうよ」
「ふぅん」
「立ち止まるのはいいよ、振り返るのはいいよ、座るのはいいよ、でも転んで立てなくなったらこの道はお終いだ、険しい道だから」
「そんなものですか」
「覚悟して踏み込んでも覚悟せずに踏み込んでも、不条理は平等なんだ」
「平等な不条理かぁ」
真っ暗で、でこぼこで、曲がりくねった道は気を抜いたらすぐ転びそう。
「転んですぐに立ち上がるならいい、立ち上がれないならそれでお終いさ」
オクリオオカミは可笑しそうに言う。
明るい空間を見つけて少しそこで休んで、でも闇が侵食してきたので立ち上がって歩き出す。
持っている杖は最初は折れそうに細かったくせにだんだん太くたくましくなっていって、そのぶんだけ重くなった。
次はキラキラ輝く場所に出た、さっきのとこよりもっと明るい。
俺はしばらくそこで休んだけれど、だんだんとキラキラが黒いものに変わって、灰の雪が降るようになった。
遠くの方に別の灯りが見える。
この場所に残るか灯りを目指すかずいぶん悩んだけれど、灯りは徐々に遠ざかる。
今度は覚悟を決めて歩き出す。
杖はたくましくも重い。
灯りに呼ばれるままに辿り着いたのは小さな薔薇園。
闇に溶けかけた身体が少しづつ別のものになる感触がした。
「お疲れ様」
オクリオオカミが笑って提灯を置いた。
「此処がゴールなんですか?」
「まさか」とオクリオオカミは笑う。
「この道にゴールなんてないよ、どの道にもゴールなんてないよ、確かに君は転んだら食べられる険しい道を歩いてきたけれど、それ自体は誇らしいことじゃないんだよ。この道を進んで手に入れたものが誇りなんだ」
重い杖と微かなきらめきを纏った身体を見下ろす。
オクリオオカミがいなくなって俺は薔薇園の中で居場所を探して歩き回る。
杖が重い、最早それは俺を支える物ではなく、俺の荷物になっていた。
とても大切で手放せない荷物だ。
始まりの薔薇が美しい大輪を惜しげもなく晒して、俺を存分に見惚れさせたところで言う。
「君は赤で、君は炎」
始まりの薔薇の声に導かれて、俺は薔薇園の中で俺の場所を見つけた。
ゆるりと体が杖と融合する、俺が杖を立たせているのか杖が俺を立たせているのか分からなくなる頃、俺は一輪の赤い薔薇になっていた。
炎の花弁を纏う薔薇は、小さな薔薇園の一角で咲き誇る。
誰も焼かない、ただ目を楽しませ、周囲を照らす薔薇として生きられるように。
そうして今度は薔薇園ごと動き出す。真っ暗で、でこぼこで、曲がりくねった道を。
時に嵐で時に闇で時に渇く、それでも俺は俺の居場所で与えられた形を保つ。
始まりの薔薇が言うままに、俺は薔薇園の一つの歯車になる。
先は見えない、何があるかも分からない。
それでも始まりの薔薇が歌う「未来」に心惹かれ、俺は俺の居場所で俺にできることを一つ一つ片づけていく。
その度、始まりの薔薇が描く理想に近づけるのだと思う。
暗くて険しい道にかつて感じていた苦悩や孤独は今は遠く、俺は紅蓮の炎の薔薇としてそこにいる。
始まりの薔薇が指した未来を眺め、そこに突き進むことが喜びである一輪の薔薇は、始めは支えとなり、途中で荷物となったものと一体になっている。
薔薇園はふわりと光を放ち、そこから見える世界は存外に綺麗で俺は笑う。
「ああ、なんて世界は綺麗なんだろう」
それでもやっぱり転んで立てなくなったら頭からバリバリ食べられてしまうんだ。
ほら、あの頃よりずっと大きくなったオクリオオカミが俺の後ろで舌なめずりして待っている。
でも少しも怖くない、大丈夫だよ。
あの頃より俺を支え、俺の力になるものはたくさんあって、きっとどんなに派手に転んでもすぐに立ち上がれるから。
この炎が尽きるまで、この思いが尽きるまで、俺はこの道を進める。






宇宙に浮かぶ箱から俺は世界を見下ろしている。


俺の隣で幼子が無邪気な笑い声をあげた。
「ねぇ、知ってるんでしょう?本当はこの世界は捨てたもんじゃないって」
「そやなぁ」
肘をついて見下ろす世界、俯瞰して見ればよく分かる、綺麗なところと汚いところ、一番多いのはそれが混ざっているところ。
白の中にも黒滲み、黒の中にも白が滲み、結局は灰色なのだ。
「穢れやすくて壊れやすいものを綺麗だと呼ぶから怖いんだ」
「そうかもしれんなぁ」
本当の闇なんて実は少なくて、闇が満ちれば光が目立つ。
光の中にいると蟠るような闇は気づきにくくなるけれど、一旦目をやってしまうといつかそれに侵食される恐怖に侵される。
俺が神様ならきっとこう言うんだろう「滑稽」だって。
宇宙も決して闇じゃなくて俺がいるこの箱も灯るように明るい。
「だから歌ってるんだと・・・そう思うけどなぁ」
「じゃあ」と幼子はやっぱり無邪気に笑う。
「世界が全部綺麗なもので溢れたらなにを歌うの?」
「昔は闇だったって歌うんじゃないかな」
「ふぅん」
「でも、もしかしたら・・・綺麗なことも歌うかもしれない。今だって全部が闇だなんて言ってない」
闇しかなければ光を認識できなかった。
闇があるから光に焦がれた。
闇を歌って光を知らしめる、そんな手法があってもいいじゃないか。
強固で頑強で綺麗なものがどこかにあるなら、俺はそれを認められるだろうか?
俺が歌う意味は、儚さにこそある。
儚くてうつろうものを俺達は綺麗だと言う。
壊れやすいから大切にする。
大切だから壊れてしまったと嘆く。
「でも、なぁ・・・」
星すらも永遠を持ちえないこの世界で、変わらず壊れず綺麗なものなんてどこにもない。
同じように変わらず壊れず汚いものはなにもない。
混じり合った灰色だけが続き、結局俺達は光の中にも闇の中にもいられない。
光の中で闇に怯え、闇の中で光を探し、どちらか一つは選べない。
「たぶん俺は俺なりに、そんな世界を愛しているんやろなぁ」
それがなければ見捨てられた。
愛があるからこそ縋り続けた。
吐き捨てるように俺は愛を歌う。
この醜くも美しき世界に最高の愛の歌を。




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