花ノ音楽家
世界はおしみなく搾取し続ける。
花ノ音楽家
生きることは奪われることだ。
俺がこの回答に到達したのはかなり早かった、マセていたというよりはヒネていたというほうがいくらか正鵠を得ている、それくらい早い、子供の頃の話だ。
今だって俺はこの回答を撤回するつもりはない、正解だとも思っていないのだけれど。
別段、俺は不幸だったわけではない、適度に悲劇で適度に喜劇。自叙伝に残すのも馬鹿馬鹿しい、あえて言うほどでもない普通の少年時代で普通の青春時代だ。
生きていれば奪われる、奪われ続ける、奪われないように生きていたって世界は強大で凶悪だ、レベル1の状態でラスボスに立ち向かったら100%負ける事が決定しているのと同じくらい何も奪われずに生きていくのは不可能なのだ。
そして悲しいかな現実ではゲームのようにレベルは上がらないのだ、全ての人間はみんな生まれて死ぬまでずっと、世界に対してはレベル1のままなのだ。
俺は返して欲しかった、俺から奪っていったものを全て返して欲しかった。
俺の目を、俺の耳を、俺の心を、俺の人格を、返して欲しかった。
そして俺が生きることで奪い続けているものを返したかった。
方法が分からなかった。
そいつは、へらへらとしたしまりのない顔で突然言った。
「ねぇ、鏡の仕組みって分かる?」
バカじゃねぇか、頭沸いてんのか、と言ってやりたかったが改めてそいつの顔を見ると、俺と正反対に丸顔で、俺と正反対にギョロ目で、俺と正反対に小さい鼻で、俺と正反対にぽってりとした唇で、俺と正反対に長い身体で、俺と正反対に笑っていた。
言いたいことは理解した、なるほど確かにこれは鏡だ。
「分かんねぇ」
俺もつられて笑ってしまった。
鏡の仕組みなんて理解しようとも思わなかったが、本当に鏡ならば、只の鏡面写しの存在ならば、この男は俺からなにも奪わないかもしれないなんてことをふと思った。
ありえないんだけど、人間だから。
これだけ外見的特徴を並べてしまえばわざわざ言うまでもないかもしれないが、俺を鏡面写しに喩えたのは逹瑯だ。
どうやら中身すら正反対の俺にどう接して良いか悩んでいたらしい、神経質なところも正反対。
生きることは奪い合いだけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、逹瑯は違う気がした。
「生きることは奪い合い」だと逹瑯に言った時、いつものへらへら顔を引っ込めて、なんだか少し悲しそうな顔で「与え合ってるとも言いかえれないかな、それ」と返されて、鏡面の向こうへ行きたくなった。
憧れ、だったのかもしれない。
だからあの時、それが歪みだったとしても映し込もうと思ったのだけれど、贖罪し続ける姿がそれを拒否していた。
だから俺は俺のままで待った。
再び鏡に映るまで。
「奪い合い」ではなく「与え合い」の意味が少しだけ分かった、そして、俺と逹瑯は、《心臓を交換した》。
鏡面写しなら、心臓は向かい合ってるから簡単なことだ。
そして誰もそのことには気づけない。
新しく買ったデジタルカメラで楽屋の様子を撮っていたら、向かいに座っていた逹瑯が突然笑い出した。
「なんだよ?」
「だってミヤ君、俺の写真撮りまくってるべ?なに、俺のファンですか?」
「そんなことはない」と返そうとしたがフォルダを確認してみたら楽屋の様子を撮った写真の実に三分の二が逹瑯を中心に撮ったものだった。
逹瑯のアホ面だらけ。
これは、我が行為ながらコメントに困る。
「・・・風景写真なんだよ、これは」
「え〜?俺は風景!?」
けらけら笑いながら逹瑯は俺に手を出してくる、怪訝そうな顔をしていると焦れたように言った。
「カメラ貸して」
不精不精ながらカメラを渡すと、逹瑯は俺にカメラを向けてシャッターを押すと、すぐにカメラを返してきた。
見事なアホ面をさらした俺が写っていた。
・・・鏡に向けてシャッターを切ったら写るのは自分の姿ってわけか。
だとしたら俺はとんだナルシストだ。
世界は相変わらず俺から奪ってき、そして俺も何かを奪って生き続けているけれど、それを「与え合い」と言いかえるのも悪くない。
目の前でへらへら笑っている逹瑯に鼻フックかけてやりたい衝動にかられたが、とりあえず笑っておいた。
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