途中から、なんでも許せる方向けな展開になっていきます。苦手な方は、右に”next”という文字をつけてありますので、そこまでで閲覧を中止してください。”next”までの閲覧で、次からの話を閲覧していただくのに問題ありません。”next”からは、結末だけ記載したページを繋いでおりますので、気になる方がいらしたら、そちらからご確認ください。
公園の木々が色づいた赤や黄色の枯葉を落とし始め、冬支度に入った頃。五色は今だ運命の彼女に話しかけられずにいた。瀬見からは、一回話してんだ。もう普通に声かけろよ、と呆れ顔で言われ、そうですよね! と意気込んで見たものの、あのすれ違う一瞬では決意を固めきれず、もたもたした瞬間。一日一回きりのチャンスは終わってしまうのだ。やっぱり走っている彼女を邪魔してはいけないんじゃないだろうか、という気持ちと、ここでもし話しかけ方を間違えたら、友達でもクラスメートでもないただの通りすがりの人である彼女とは永遠のお別れになってしまうのではないか、という恐怖が五色を慎重にさせてしまっていた。目を合わせ、頭を下げ合う関係が長くなればなるほど、この細い細い関係を壊すことに躊躇いを持たせる。
全く代わり映えしない彼女との関係に、運命ってなんなんだろう。そんなことまでつい、考えてしまう日々だった。
ホームルームが終わり、普段は部活に直行する五色だったが、今日はゆったりとした足取りで昇降口へと向かっていた。白鳥沢の白いブレザーを着た生徒達で溢れた昇降口では、同じく制服姿の男バレ、一年部員が一人、下駄箱に背中を預けるようにして立っていた。
「おう、工! じゃあ買い出し行くか」
今日は、部活がオフなのである。
五色はレギュラー入りしているので、基本的には雑用を任されることはないのだが、オフの日にたまに来る備品調達にはこうして駆り出されていた。
帰宅する生徒達の中で、文字通り、頭一つ抜きん出た二人は駅へと目指す。駅でも、頭一つ抜きん出た二人は、電車に一歩踏み入れた瞬間に二人同時に車両におでこをぶつけ、声を合わせて、いでっと声を上げたのち、ぶつけたおでこをさすりながら顔を見合わせた。
「工も俺も毎回これやってるよな」
「普段、電車に乗らねーから慣れねーんだよ」
空いている席には座らず、扉付近の吊革に体重を預け、近くの繁華街まで体を揺らす。
降りる時は、屈みながら降りたので、二人のまだ赤いおでこは守られた。
駅を出た五色達の目指す場所は、駅前のロータリーを超えた先にあるスポーツ用品店が入ったショッピングモール。
ロータリーを迂回するように横に伸びた歩道は、まっすぐ歩けぬ程人が多いというわけではないが、制服を着た学生や私服で歩く若者など、そこそこの賑わいを見せていた。
ロータリーを発車したバスの排気ガスに咳き込みそうになりながら、人々のざわめきの中を五色達はショッピングモールに向けて歩き出す。前には、学ランを着た二人の男子学生と園児の手を引いたお母さん。近くの横断歩道からチュンチュン、チュンチュンと電子音が聞こえたきたかと思えば、お願いしまーす、と元気に声を張り上げるティッシュ配りのお兄さんとすれ違う。初めて来る場所ではなかったので、五色達は目移りすることなく、まっすぐショッピングモールを目指した。ふいに、五色の目の前にビラが差し出される。五色は、なんとなくそれを受け取り、歩きながら眺めた。パステルカラーのピンクが目立つそのビラには、黒いメイド服を着たツインテールの女の子のイラストが描かれている。イラストの女の子はストローを刺したコップを乗せたトレイを片手に、五色に微笑みかけていた。
メイド喫茶、とビラの表題を読んだ五色は、思わず、足を止め、振り返る。
今、ビラを渡してくれた子。丈の短い黒いメイド服に、フリルのついた白いエプロンを付けて、胸を強調するようにウエストをキュッと締めた女の子。公園の彼女だ!
メイド姿の彼女は五色の視線に気付くことなく、行き通う人々にビラを配り続けていた。
まじで! メイドさん? メイドさんやってたの? 可愛い!
彼女の普段走っている姿はすらっとしており、どちらかと言えば彼女は綺麗系だと思っていたけれど、頭にも白いフリルをつけ、胸元にはパステルカラーのピンクの大きなリボン。さらにはAラインに大きく膨らんだミニスカートに十センチほどだけ腿を覗かせて、白のニーソックス。これは、完全に可愛い系だ。声かけたい。写真撮らせてもらいたい。てか、ここで会えたのもまた運命? やっぱり俺たちは運命で繋がっているんだ!
今なら、メイド姿を見てしまった興奮と、公園とは別の場所で巡り会えた感動に背中を押され、彼女に話しかけられるような気がした。五色はビラを握った手に力を込める。勇気を出せ!
意を決して足を踏み出そうとした。刹那。
「工? 何立ち止まってんだよ、行くぞ」
背中から友人に声をかけられ、うぅーっと唸る。しかし、役割があってここに来ているのだ。買い出しを済ませてからまたここに戻ってくればいい、と渡されたチラシを半分に畳んで肩にかけるカバンに突っ込み、少し先を行っていた友人の元へ走るのであった。
スポーツ用品店で慣れた様子で素早く買い出しリストをクリアしていった五色は、荷物の半分を持って、先に帰っててくれ、と友人を置いて走り出す。しかし、駅前に戻るとメイド姿の彼女はいなかった。肩を落としていると、追いついた友人に、なにやってんだよ、と声をかけられる。
「なんでもねー」
帰りの電車は五色だけがおでこをぶつけた。
彼女のメイド姿を見つけたその翌日。昨日、駅で奮い立った五色はどこへ行ってしまったのか。いつもの早朝の公園に戻れば、そこにはいつもの五色の姿があった。彼女とのすれ違い側に、目を合わせ、メイド姿、可愛かったです、と心の中で話しかけ、頭を下げる。そんな五色は思っていた。今度、またこっそり見に行っちゃお、と。
五色の寮の机の引き出しには、彼女からもらったメイド喫茶のビラが大切にしまってあった。
そして、待ちに待った二週間後の部活がオフの日。急いで、寮へと帰宅した五色は私服に着替え、駅へと走った。
電車に乗っている間、何をしていても到着時間は変わらないというのに、ソワソワする。電車が駅で止まるたびに、まだか、まだか、と電車の扉の上にある電光掲示板で駅名を確認する。そして、ようやく着いた彼女のメイド姿を見た駅。再び目的地に向かって走り出した。
彼女からもらったビラの右端に描かれていた地図が指し示す雑居ビルを前にすると、五色の胸は踊り出す。メイド喫茶の入り口は普通のカフェと変わらなかった。ガラス張りで、店の上のシックな赤色のテントには白文字で店の名前が書かれている。しかし、店内の様子は、ここからは見えなかった。ガラス張りのガラスはすりガラスだったからだ。
入り口の扉の前に立ち、自動ドアの開閉ボタンを押した五色は、目の前に広がったあまりにファンシー過ぎる世界にぎょっとする。
女の子の国だっ……! なんか、よく分かんないけど、女の子の国だ!
白とサーモンピンクのタイルを交互に配置した床。パステルピンクの壁。天井からは頭の大きさくらいの丸い照明が等間隔で雲のようにぶら下がっている。並ぶ白い机には、赤い椅子が向かい合っていた。
お帰りなさいませ、と駅で見かけた彼女と同じメイド服を着た女の子に声をかけられ、両肩をびくりと上げる。なんでお帰りなんだろう、と思いながら、手を握りしめ、ガチガチになった体で歩きながら席に案内してもらった。
席に着くと、席を案内してくれたメイドさんに、メニュー表を開いてもらい、お店の料金形態の説明をしてもらう。しかし、メイドさんの話は全く頭に入ってこなかった。
メニュー表に載ってる、トマトライスでできたクマが布団を被るように卵を被っているオムライスや、真ん中に、白いご飯のクマがいるカレーを見て、やっぱり女の子の国だ。女の子の国の食べ物だ、とばかり考えていたし、料理の写真の下にある”クマたんオムライス”と書かれた丸文字を見て、やっぱり女の子の国だ。女の子の国の言語だ、とばかり考えていた。
メイドさんに何か質問され、よく分からぬままコクコクと首を縦に振る。料理を聞かれ、よく分からぬまま、一番左上にある、オムライスを震える手で指差す。注文を受けたメイドさんが去っていくと、ようやく緊張から解放された気はしたが、落ち着かない気持ちは変わらなかった。
ふぅっと詰めていた息を漏らした五色は店内をぐるりと見渡す。男性客もいたが、三割くらいは女性客だ。五色のように一人で来ている客が殆どで、平日の夕方だからか、テーブルは二つに一つくらいは空いている。
五色は彼女の姿を探した。厨房だろう場所に繋がる道の前にあるカウンターで立っているメイドさんは違う。奥で、注文を取っているメイドさんも違う。今、隣の席にオムライスを運んできたメイドさんも違う。
あの……、と、五色は隣の席にオムライスを運んだメイドさんに声をかけた。
「どうなさいましたか?」
「メ、メイドさんはここにいる人達で全員ですか?」
ファンシーなメイドさんを前にすると再び緊張が口を震わせる。
「いえ、給仕に出ていないメイドもおります」
キュウジ? と聞き慣れない言葉に首を傾げていると、穏やかに笑うメイドさんはテーブルの横に立てかけてあったメニュー表の横にある、クリアファイルを取り出す。
「ここにメイドが全て載っております」
差し出されたクリアファイルには、メイドさんの胸から上の写真と名前が載っていた。十人ほどが載っていたが、ざっとみたところ彼女はいない。
「あの、二週間前、駅でビラ配りをしていたメイドさんなんですけど……」
五色は彼女から受け取ったビラを見せながら尋ねる。メイドさんは不思議そうな顔をして、確認いたしますので少々お待ちください、と去っていった。
彼女はここに入ったばかりなのだろうか。だからこのクリアファイルには載っていないのだろうか。ソワソワ待っていると、慌てた様子で先程のメイドさんが帰ってきた。
「申し訳ありません! 旦那様のおっしゃる者はその日だけビラを配っていたバイトなんです」
旦那様!? とびっくりした後に、その日だけ!? とまた度肝を抜かれる。ということは、つまり。
「申し訳ありません!」
「いえ、大丈夫です……」
五色は涙目になりながらも辛うじて返事をした。
暫く放心状態だったが、出されたオムライスに、目の前でトマトソースを使って可愛いクマの絵を描いてもらい、美味しくなるおまじないをかけてもらいうと、再びドキドキしてしまう。女の子な空間に囲まれて照れ臭いのやら、緊張するのやらよく分からぬが、とにかくいろいろすげぇと思いながらスプーンを動かしていると、いつの間にか、オムライスが乗っていた皿は空になっていた。長居をする理由もないので、帰ろうとすると、チェキはこちらでお願いします、と言われ、チェキ? と首を傾げながら案内されるがまま壁際に移動する。どうやら、注文を取られる前、訳も分からず頷いた時に、チェキをセットにするかどうかの質問があったらしい。隣に並んだフリフリのメイドさんに一緒に手でハートマークを作ることを提案される。メイドさんと手を触れ合わせると考えただけで緊張メーターが振り切れてしまった五色は、ハートマークのポーズは首をブルブル横に振ってお断りし、メイドさんの横でガッチンゴッチンになって直立して、それでも頑張って口角を上げて写真を撮ってもらったのであった。
心ここに在らずという状態で帰宅した五色は、寮の門をくぐってようやく現実世界に引き戻される。やたらおでこが痛いのは、きっと、帰りの電車で乗る時も降りる時もぶつけてしまったからだ。
世界は広いのだなぁ、と社会科見学を終えたような気分で部屋に向かって、廊下を歩き出す。それにしても、今日は随分と金を使ってしまった。五色はポケットから財布を取り出し、中を確認する。今月小遣い足りるかなぁと。
「五色」
後ろから声がかかり、振り向く。何か落ちたぞ、と言いながら、牛島がしゃがんでいた。牛島の手の先には、牛島の手より小さな長方形の白い紙。あんなもの持ってたか? と首を傾げた五色は、あっと思い出す。
「だ、だめです! うしじまさっ――」
五色の静止も虚しく、牛島は、五色がガチガチになって撮ってもらったチェキを拾ってしまう。チェキを拾い、笑顔の硬い五色と萌えを絵に描いたような可愛いメイドさんとのツーショットを見た牛島は、表情を変えることなく、チェキを五色に差し出した。
「ち、違うんです! この一回だけです。そこに行ったのはこの一回だけなんです!」
「別に何も言っていないだろう。それに、オフの日に何をしようが個人の自由だ」
「だから違うんですって!」
だから何も言っていないだろう、と言って去っていく牛島の背中を、五色は天を見上げて、頭を掻きむしりながら見送った。