トイレに顔を洗いに行ったまま、五色は講義をサボってしまった。久しぶりに見た彼女のことが気になって、講義どころでは、なかったのだ。教室に荷物を置いたままだったが、スマートフォンは手元にある。五色は、学内にあるカフェへと向かった。

 コーヒーを買って席に着く。彼女を見つけたはいいが、彼女の所在地を知れたわけではない。どうすりゃ、彼女に会えんだ、と思い、広告を眺めて、あっ、そっか、と閃く。広告のエステを検索し、すぐに見つかった電話番号に電話した。
 広告の女性のことを知りたいなんて言うと不審がられるだろうか、と心配していたが、こういう問い合わせはよくあるのだろうか。向こうは慣れた様子で、彼女の名前と所属する人材派遣会社を教えてくれた。礼を言って電話を切った五色の心臓は早鐘を打ち始める。彼女の名前がミョウジナマエではなかったのだ。苗字が全然違う。名前の音は似ているようには思うが、やはり違う。
 急いで、検索ボックスに先程電話で聞いた名前を入力する。検索ボタンを押すと、画面上に沢山のページが縦に並んだ。上から順番に見ていって、ざっと十件ほど確認したが、彼女とは関係のない人物に関して書かれたページだった。
 それなら、と名前と一緒に聞いた、彼女の所属する派遣会社の名前を検索ボックスに追加し、検索ボタンを押す。最初に出てきたページを開いて、これだ! と思わず、声をあげてしまった。大きな声を出してしまった手前、一応周りを見渡す。誰も五色に関心を持っている様子はない。再び、画面に集中する。
 出てきたページには、電話で聞いた名前が書かれていた。やはりミョウジナマエではない。広告の女性はナマエとは別人なのだろうか。しかし、同じくページに載っている、胸から上の写真を見ると、やっぱりナマエだ。他人の空似というレベルではない。写真の笑顔は紛うことなき、あの公園で毎日すれ違い、あの休憩所でミョウジナマエと名乗った彼女のものだ。プロフィールを見ても、年齢は五色の一個上であるし、出身地も、宮城県と書いてある。
 生き別れの双子? なんてことを想像して、そんなことある? と頭を悩ます。なんだか、この感じ久しぶりだ。寮の談話室を思い出す。けれど、寮の談話室で頭を抱えていた頃と違うことと言えば、頭を掻きむしり悩んだところで、どうしようもないということを知っているという点だ。とにかくナマエと思われるこの人物に会い、直接確かめるしかない。まず、会う方法を探すんだ、と考え始めた。
 彼女が所属する人材派遣会社に問い合わせしてみようか。しかし、五色は仕事の依頼をするわけではないのだ。彼女に会わせてください、なんてお願いして、話が彼女まで行くとは思えない。怪しいファンかストーカー扱いされて、門前払いになるのが目に見える。
「あぁぁぁぁぁっ!」
 頭を掻きむしる。すぐに行き止まりになってしまった。どうしよう、ナマエさん、と画面の中で微笑む彼女を見る。懐かしいなぁ。やっぱり可愛いなぁ、と見ていると、写真の下に、SNSのマークを見つける。なんとなくタップして、画面にびっしり並んだ写真にさっきまでの陰鬱な気持ちは吹っ飛んだ。
 ナマエさんだ! ナマエさんがいっぱいいる。
 私服で写っている彼女の写真を見ても、仕事で着たのであろうキャンペンガールのワンピースに身を包んだ彼女の写真を見ても、写真の人物はやっぱりナマエだと思ったし、素敵だと思った。
 会いたいなぁ。どうしたら、会えるんだろうと、タートルネックなのに、ノンスリーブで丈の短い白いワンピースをきた彼女の写真をタップする。彼女が書いたであろう文章を読み、閃いた。
 今、五色が見ているワンピースを着た彼女の写真は、都内で行われた展示会にて撮られたらしいのだ。展示会の飲料メーカーのブースにて、彼女は昨日まで働いていたらしい。三日間にて行われた展示会は昨日までだったようなので、五色はこの展示会にはもう行けぬが、次の彼女の仕事の現場を知ることができれば、彼女に会えるのではないか。
 SNSの彼女のアカウントにメッセージを送っても良かったのだが、フォロワーの多い彼女だ。メッセージが埋もれてしまっては嫌だし、向こうがこちらを覚えているとも限らない。不審がられては、会う約束を取り付けることはできないだろう。直接会って話をする方が早い。
 その日から、五色のSNSに張り付く日々が始まった。

 彼女の過去の投稿から、彼女がSNSに投稿するのは、お昼頃。
 彼女のSNSを発見した翌日。昼食を取り終えた五色は、次の講義の教室に移動し、早速、スマートフォンを取り出して彼女のアカウントをチェックする。まだ、更新はない。
「あぁぁー」
 スマートフォンを持ったまま机に突っ伏す。
「大丈夫か、五色……昨日から挙動不審だぞ」
 隣から友人の声がする。
「ほっといてくれ」
 力なく返したその日。彼女の投稿はなかった。

 次の日。やはり昼食を終えた五色は次の講義の教室に移動し、彼女のアカウントを確認した。
 新しい写真ある!
 慌ててタップする。えー! と画面にかじりつく。彼女の着ている白を基調とした衣装の布面積が非常に少ないのだ。上半身は肩丸出しで胸の所にしか布がない。そして、ヘソの下から始まるスカートはかがむと下着見えちゃうんじゃないの、と心配するほど短いのだ。いきなり刺激が強すぎる、と顔が熱くなる。ドギマギしながら、文章を読むと、今日の彼女の現場はパチンコ店だった。
 パチンコかぁ。と項垂れる。流石に気軽に行ける場所ではない。今回は諦めよう、と肩を落とす。それにしても、パチンコ店で働くのは大変そうだなぁ、と思う。パチンコ店に入ったことはないが、扉が空いた時に前を歩くと大きな音が聞こえてくるし、パチンコ店から戻ってきた友人からは、タバコを吸わない筈なのに、その匂いがぷんぷんとしてくる。
「パチ屋ってどんな感じなの?」
 隣に座る友人に問いかける。
「五色はやめとけ。絶対楽しむ範囲で終われないから」
「別にやりたいわけじゃねーよ!」
 鼻で笑う友人にムッとした。

 その後、暫くは彼女のプライベートと思われる投稿が続いた。カフェの前でドリンクを顔に当てて笑っている姿や、彼女が作ったと思われる料理など。仕事現場に関する情報は得られなかったが、心がほくほくした。

 次に見た彼女の投稿は、震えるほどカッコよかった。スポーツカーと一緒に写真に映る彼女の衣装は光沢のある黒のライダースーツ。というには、ヘソは出ているし、ショートパンツで、全然体を守れていないのだが。襟の内側の赤と同じ色のベルトが更にカッコよさを際立たせている。そして、ショートパンツの下には腿を十センチ程出して、衣装と同じ質感の黒のロングブーツ。素敵だなぁと眺めていると、隣から声がかかる。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「してねーよ」
「昼間っからエロいこと考えてんじゃねーよ」
「考えてねーよ!」
 でも、ちょっとエロいかも、なんて思っちゃう。彼女の胸元から始まるファスナーを下ろしたらどうなるんだろう、とまで考えてしまい、彼女に対して失礼だ、と首を横に振る。そんな彼女はどこで働いているのだろうと、文章を読むと、知らない地名が出てきたので、マップで検索すれば、赤いピンの止まった先は三重県。
 三重!? 三重まで行ってんの!?
 流石に三重は遠すぎる。こんなことならパチ屋行っておけば良かったなぁ。

 そこから投稿のない日が何日か続き、ようやく現れた新たな写真の彼女は、半袖で膝丈まである、白いワンピースを着ていた。露出の少ない清楚な衣装にちょっぴり安心する。彼女は五色の家族でも恋人でもないのに。
 そんな友達ですらない彼女は、今日、都内で行われている展示会で働いているとのことだった。これなら行けるじゃんと思い展示会の公式ホームページに飛ぶ。
「あぁぁぁぁあ……」
 入場資格の欄にはビジネス関係者。スマートフォンを両手で抱えながら机に突っ伏す。
「最近情緒不安定だな。大丈夫か?」
 隣から友人の声。
「大丈夫じゃねーよ」
「そう言ってられる内は大丈夫だな」
「はぁ? 大丈夫じゃねーって言ってんだろ」
 顔だけあげると、早く会えるといいな、と言われた。
「俺、ナマエさんのこと話したっけ?」
「見てりゃわかるよ。その人ナマエさんって言うんだ。きれーな人だな」
 歯を見せて笑う友人に少し泣きそうになる。というか、泣いた。そして、からかわれた。うるせーな、と返しながら、再び思い人を映す画面に視線を戻す。
 早く、早く、会いたいなぁ。
 こぼしたため息は重く長く。
 彼女への道のりは遠いと思った五色だったが、彼女に会うチャンスは突然この三日後金曜日に訪れた。
「え! まじで! まじで!」
 興奮に一人で喋りながら画面に食いつく。
 本日金曜日から土日と行われる展示会。場所は都内。入場資格にはビジネス関係者の横に”一般”の文字。五色も展示会に入れると言うことだ。
 そして、やってきた土曜日。展示会が開かれる時間と共に、五色は人々で賑わう会場の前に立っていた。