流石にずっと目覚ましがなっていれば私も起きるのだけど、いつもと様子の違う工くんが心配になる。
「工くん?」
工くんは肩まで布団を被り後頭部だけ見せている。なり続ける目覚ましを止めて、工くんの体を揺らした。
「ナマエ……さん……?」
弱々しく私の名を呼び、ゆっくりとした動作で振り返った工くんは、真っ赤な顔をして、荒い息を繰り返している。僅かに開いた目からは焦点の合わない瞳が覗いていた。これはもしかして、と工くんの額に手を当てると、布団の中よりも熱い体温。走ってキッチンへと向かい、氷枕を作った。
結婚して初めて工くんが熱を出してしまった。肩を落として背中を丸める工くんに朝食のお粥を食べさせた後、病院に付き添いをしたい気持ちを抑えて、仕事へと向かう準備をする。家を出る前に、ベッドに戻った工くんへお別れを言いに行った。
「ちゃんと病院行くんだよ」
「はい……」
「一人で行ける?」
「大丈夫です……」
「気をつけていってくるんだよ」
「はい……」
ベッドで横になったまま虚な目で私を見上げる工くんは吐く息を混じらせながら言葉を返す。日頃あまりにも元気すぎる工くんなので、弱々しい姿から感じる普段とのギャップに胸を締め付けられた。
痛々しい。代わってあげたい。
後ろ髪を引っ張られるような思いだったが、そろそろ家を出なければならない時間なので、行ってきます、と言おうとすると、工くんに服のお腹の当たりを引っ張られる。
「ナマエさん、うちに寝袋ありますか?」
「え、ないよ、そんなもの。帰り買ってこようか?」
「はい……お願いします……」
「分かった。絶対買ってくるね」
でも、どうしてそんなもの必要なのだろう。首を傾げながらも、腕時計を見ると、いつも家を出る時間を過ぎていたので、行ってきます、とだけ告げて、急いで家を出た。
夕方、ホームセンターで寝袋を買って帰り、静かな寝室を覗くと、何故か、クローゼットの床に置いていた衣装ケースのたぐいが全て外に出されていた。クローゼットは開きっぱなしで、私のワンピースやコート、工くんのスーツなどハンガーにかかっているものだけがぶら下がっている。昼間、工くん何か探してたのかな?
「ナマエさん……おかえりなさい……」
ベッドから声がかかる。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、大丈夫です」
生気のない声で返す工くんだったけど、朝起きた時よりは幾分か顔色が良さそうだ。
「寝袋買ってきたよ」
脇に抱えていたキャンプで使うような深い緑の寝袋を工くんに見せる。ありがとうございます、と言った工くんは、体を起こし手を伸ばしてきたので、寝袋を渡してあげた。
「今使うの?」
「はい」
布団の中で寝袋を被って寝ないといけない程寒いのだろうか。可哀想だ。夜は体の温まる生姜を使ってお粥を作ってあげようと思っていたら、広げた寝袋を持った工くんはベッドから出てくる。
「あれ? どこに行くの?」
工くんは、開きっぱなしにしていたクローゼットを指さしたかと思えば衣装ケースがなくなりスッキリしたクローゼットの床に寝袋を敷き詰め始めた。
「え! なにしてんの!?」
「ナマエさんに風邪を移したらダメなんで俺は俺を隔離します」
クローゼットに丁度いい感じに敷き詰められた寝袋にもぞもぞと入っていきすっかり蓑虫になった工くんは、では、と言ってスライド式のクローゼットの扉を閉めようとする。
慌てて閉められようとする扉を押さえた。
「そんなところで寝てたら風邪治らないよ!」
「ナマエさんに風邪移すよりマシです!」
「移らないよ!」
「移りますよ!」
工くんが片手で閉めようとする扉を開けようと両手で押さえていると、扉からはミシミシと音がなる。
「移ってもいいから、ベッドで寝て!」
「いやです!」
何馬鹿なこと、言ってんの!
両手に全体重をかけて扉を開けようとしているのに、扉はじわじわと閉まっていく。
「分かった! 分かったから一旦扉から手を離して!」
突然工くんに扉を離され、私の両手によって勢いよくスライドした扉は大きな音は立てて、壁にぶつかった。もう、こんなことしてたら扉が壊れちゃうよ。
なんですか? と不満げに私を見上げる困った蓑虫さんの横に跪き、寝袋の小さな丸い窓から見えている口に唇を重ねる。かさついた熱い唇にチュッと触れて離れた。
「これで移ったから、ベッドで寝てください」
「ナマエさーん」
「泣かないの」
結局私は風邪をもらうことはなく、工くんも翌朝には元気に目覚ましで飛び起きた。