ありきたりの表現ではあるが、全力を出し切った試合だった。緊張感はあったが、いつも通り動けていたし、チームメートのみんなもそうだったように思う。それで負けたのなら、そこが自分達の今の実力なのだろう。
 そうやって物分かりのいいことを並び立てることはできたが、やはり悔しかった。
 このチームも今日で終わりか。
 歓声が湧き上がる中、仰ぎ見ればその天井は高かった。
 エンドラインで整列し、ネットまで歩いて対戦したチームと握手を交わし、ベンチへ戻る。ナマエが悔しそうに泣いている姿が目に入り、また胸が捩れた。だけど、五色達を前にすると、ナマエは乱暴に涙を拭いて顔を上げるから、そのいじらしさに、五色の方が目の奥が熱くなった。
 でも、もう下を向かない。
 五色人生二度目の春高予選。善戦するも、準決勝敗退という形で幕を閉じた。
 インターハイ予選の時とは異なり、白鳥沢へはバスで帰ることができた。その後、引き継ぎなどを終え、解散することとなったが、誰も帰ることはなく、体育館ではネットが張られ、それぞれが練習を始めた。五色も白布や由良が上げてくれるトスを叩いた。やがて、日が暮れ始め、部員の数も減っていく。
 きっと、白布は仕方なく練習に付き合ってくれていたのだろう、もういいだろ、というような顔をして、それでも何か吹っ切れたように笑い、川西やナマエと共に体育館を後にした。由良はその後もしばらく付き合ってくれていたが、サーブ練習に切り替えると、ほど良いところで、由良も頭を下げ、他に残っていた一年と共に帰って行った。
 気がつけば体育館では一人残されていた。
 まだ、動き足りない。でも、体はくたくただったし、さっきからサーブもミスばかりで集中力が低下していることは明白だった。こんな状態で続けてもただの自己満足だ。それでは意味がない。そろそろ、帰ろうとボールを拾いネットを片付けようとすれば、体育館の扉が重々しい音を立てて開いた。
「あれ? もう帰っちゃうの?」
 顔を出したのはナマエだった。
「もしかしてタイミング逃しちゃったかなぁ」
 残念そうにそう言ったナマエの手にはいつかのように、白い袋が下げられていた。
「あ、いえ! これからもまだまだやろうとしていたところです!」
「嘘つかないでよ」
 ナマエは可笑しそうにくすくす笑った。
「でも、せっかくだからこれ、もらって」
 そう言って袋を渡され、その中には、バランス栄養食が入っており、缶のココアも入っていた。でも、ココアはナマエ用な気がする。
「今いただいてもいいですか?」
「いいけど……」
 ナマエにココアを渡すと、ナマエはキョトンとしたけど、五色の意図を汲み取ったのか、頬を緩ませ、ありがとう、と受け取った。
 体育館の壁に背中を向けて二人並んで座る。隣で缶を開けるぷしゅっという小君良い音を聞きながら、五色もバランス栄養食の封を切った。一口、口に含み、咀嚼した後にまた一口、口に含む。
 ナマエの喉が鳴る音、五色が手に持つビニールが擦れる音。シンと静まり返った体育館に響いた。なんとなく、ナマエの方を向くと、前を向いているナマエの目元や鼻のいただきが赤く、試合終了後に見たナマエの泣き顔を思い起こされた。
 ナマエが泣いていたのは、試合終了の笛がなり、五色達がベンチに戻るまでの一時だけだった。きっと、思わずと言った具合に涙が零れてしまったのだろう。その後しばらく泣くのを堪えるように引き攣った顔をしていたが、引き継ぎの時にはもういつものようにその表情を緩めており、端に立って五色達を見守っていた。
 ナマエとは、試合が終わってから直接言葉を交わしていない。伝えたい思いは沢山あるはずなのに、それらが濁流のように渦を巻いていて、うまく言葉にできなかった。
「どうしたの?」
「何がですか?」
「唸ってたよ」
「え、あっ……すみません……」
 いいよ、とナマエは微笑む。
 五色は訳もなく、肩にかけていたタオルを口に当てる。いつもちょっとした時にそうやって汗を拭っているから、その仕草は癖のようなものだった。汗をかいていなくても、何か考え事をしていたら、出てしまう。すると、ナマエが、あっと小さく声を上げた。
「そのタオルまだ使ってくれてたんだね」
「え、あぁ、そうですね」
 パイル生地がほつれ少し古くなった群青のそれはナマエからもらったタオルだった。大切な試合の日にはこれを使っていた。共に新しい一歩を踏み出したものだったからだ。
 自分が歩む道がこの道でいいのかと不安になり俯いていた時に、ナマエが被せてくれた。そのタオルに、この道を歩んでいこうと決意を込めたのだ。お守りのようなものだった。
 そうやって五色が進み続けるのは他の誰でもなく自分のためだ。バレーが好きで、さらに強くなりたいから、時には苦しくも感じる練習に取り組む。それこそ小学生の時からずっとそうやってバレーを続けてきた。でも、今年に限って言えば、そこに少しばかりの下心があった気がする。
 ナマエを春高に連れて行ってやりたかった。そして、俺はこれほど立派になったんだ、と誇りたかった。
 手に持っていたタオルをぎゅっと握る。
「来年こそは必ず春高に行ってみせます」
 来年、という言葉に、ナマエは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに弟を前にするように微笑んだ。
「頑張って。その時は応援にいくよ」
 相変わらず、五色にとって、ナマエは姉のように近くにいて欲しい存在だった。でも、どうしてか、もうナマエを姉のようには思えなかった。今五色の胸をドキドキ、と叩き、高揚させるものはもっと別のものを求めている気がする。それが何かはまだわからないのだけど。
「予選も見に来てくださいよ。俺、今よりもずっと強くなってみせるんで」
 それは、春高に行けないかもしれないから予選の時から見に来て欲しい、というような弱気からくるものではなかった。春高には絶対に行く。ただ、これからも沢山、俺を見てほしい。それだけだった。
「いいよ。応援しにいく」
 ナマエがふわっと笑うから、五色も舞い上がった。
「俺、頑張ります!」
 広い体育館にその声が響き渡った。