『あなた、最低ですね』
 自分が言い過ぎだということは、少し経てば五色も気づくことができた。
 ナマエにはナマエの事情があったのだろう。
 一つレベルが上だという東京の大学は、受かるかどうかギリギリのラインだったのかもしれず、それで東京の大学を受けると口外することは憚られたのかもしれない。川西に事前に話すことができていたのは、彼が同じ受験生で同じ不安を共有できたからだろう。五色はナマエにとってただの後輩でしかなく、そもそも部活という場でしかナマエと顔を合わす機会はないのだ。引退したナマエが五色に事前に知らせようにも知らせようがない。
 そうやって冷静な思考が回り始めたが、そんなこと知るか、とどうしても思ってしまう。だって、ナマエが約束を破ったことには変わりないのだから。
 その日、せっかく顔を出したナマエはジャージを着ていたのにも関わらず、練習に参加することなく帰って行った。体育館を出て行くナマエの小さな背中が目に入り、ギクッとしたが、それも知るか、と見て見ぬ振りをした。
 翌日、月曜日。授業が終わり、夕方から始まる練習にナマエは来ていた。よかった、と安堵する反面、何安心してんだ、と腑抜けた自分を蹴っ飛ばす。
「五色くん……」
 ナマエにおずおずと話しかけられた。
「なんですか?」
 また冷たい物言いになってしまった。ナマエの瞳が揺れて、今すぐ謝ってしまいたかったけど、五色が謝る理由も見つけられなかった。代わりに口を突いて出た言葉をまたナマエを責めるように言ってしまう。
「用があるなら早く言ってください。そろそろロードワークに出たいんで」
「あ、そうだよね。ごめんね」
 そう言ったのに、ナマエは、えと、とか、あの、とか焦ったく意味のない言葉を繰り返す。そんな彼女を急かすつもりで、もう行ってもいいですか、と尋ねた。すると、ナマエは慌てたように顔を上げるから、てっきり、ナマエから言葉の続きを聞けると思ったのだが、ナマエは五色の期待を裏切り、そうだね、もういいよ、とあっさり諦めたのだ。余計に腹が立った。
 きっと、ナマエが、東京に行くのを黙っていたことや約束を守れなくなったことを一言でもごめん、と謝ってくれれば、五色も許してやれた。でもナマエはおどおどと話しかけてくるだけで、全く謝ってくれず、しばらくは、毎日のように、なんですか? からの、やっぱりなんでもないよ、というような不毛なやりとりを繰り返していたのだが、五色が素気なく当たっているうちに、やがて話しかけてすらもらえなくなった。
 なんなんだよ、くそ!
 ナマエは五色との関係なんてどうでもいいのだろうか。
 焦りや苛立ちに苛まれながら、とうとう卒業式の日を迎えた。
「あの、五色くん……?」
 式を終え、一通り先輩がたにも挨拶を終えた後のことだった。
 晴天の中、桜がヒラヒラ舞い散り、気持ちのいい日だったが、ナマエにこちらの様子を伺うように、上目で見上げられ、どんより沈んだ気持ちになる。
「なんですか?」
 もう聞き飽きた気持ちで聞けば、ナマエは切なげに笑った。
「頑張ってね。応援してる」
「ナマエさんも、お元気で」
 そうして、ナマエたちは白鳥沢学園を卒業していった。