2月

「ナマエさーん、このままでいいんですか?」
「何その敬語」
 スクープを追いかけ回す記者のように話すトモちゃんはどうやら今日は塾がないらしい。
 放課後、私は机を挟んでトモちゃんからインタビューのような、尋問のようなものを受けていた。
 教室には私たちしかいないのにストーブをつけてこんな遊びをしているなんてとんだ贅沢者だ。遠赤外線の光が白く曇った窓に滲んでいる。
「まー、友人としてはここで背中を押しとかないとなぁって思って」
 普段通りの話し方に戻ったトモちゃんは頬杖をつく。
 トモちゃんがさっきからこのままでいいかどうか聞いていたのは、ぎこちなくなった五色くんとのことだった。
 どうやら、はたから見ても私たちはぎこちないようだった。
「トモちゃんはどうなの? 例の大学生」
 あぁ、と言えば、意外にもトモちゃんはニコッとした。
「ちゃんと確かめようと思う」
「え? 何を?」
「望み薄かもしれないけど、あのとき連れてた女の人はただの友だちって可能性もあるじゃん。もしくは妹とか。だから、ちゃんと自分の思いを伝えて、真相を確かめようと思ってる」
「さすがだね……」
 それしか言えなかった。どうしてこんなにすごい人が私の友だちなのだろう。
「で? ナマエはどうするの? 来年も五色くんと同じクラスになれるかどうかはわからないんだよ〜」
 意地悪にそう言ったトモちゃんに、わかってるよ、と返す。
「わかってるならいいけど。来週バレンタインだよ」
 それもちゃんとわかっている。
「でも……」
「何か問題でもあるの?」
「笑わないで聞いてくれる?」
「聞く聞く」
 トモちゃんは真剣な顔を作るけど、どうも怪しいのがトモちゃんだということはこの一年でよくわかっている。でも、この流れでやっとトモちゃんに話せるのか、と思うと少しホッとするのだった。
 口ごもりながらも溜め込んでいたものをポツリポツリと吐き出していく。
「私ね、最近すごい嫉妬しちゃうの。五色くんがちょっと女子と話してるだけでも嫌だなって思っちゃう。最低じゃない? それなのに五色くんに好きって言ってもいいのかな?」
 汚い感情を抱く自分にはそれを伝える権利はないように思えた。
 私の話を聞き終えると、トモちゃんはしばらくキョトンとしていた。だけど、突然ぷっと噴き出し、さらには大口を開けて笑い出す。
「笑わないって言ったじゃん!」
「いやー、ごめんごめん。ナマエは純粋で可愛いなぁって思って」
「何それ」
「そのままの意味だよ」
 決して褒められている気はしないのだけど、ちゃんと褒めてくれているのがトモちゃんだということもこの一年でなんとなくわかったことだった。
 トモちゃんは一通り笑い終えると、ふぅ、と一息つく。やっと落ち着いてくれたかと思えば、今度はそんな顔もできるんだってくらい優しく微笑んだ。
「嫉妬なんて、そんなの普通だよ。もちろんそれで誰かに危害加えたらダメだけどさ。私もナマエが他の友だちと仲良くしてたら嫉妬しちゃうもん」
「そうなの?」
 たしかに私もトモちゃんが他の子と楽しそうに話していたら寂しいなぁとは思う。
「でもこれとそれとは別問題なような……」
「別問題じゃないよ。大なり小なりの問題。でも、私はナマエとこうしてお話できてるから、嫉妬しても全然平気。ナマエは五色くんが好きって思いが大きすぎて、それを一人で悶々と抱えているから嫉妬の気持ちも大きくなっていくんだよ」
「そうなのかなぁ……」
「そうだよ」
「そっかぁ……」
 呟いて考えてみれば、トモちゃんが言ってくれたことは、不思議とおうとつがハマるように綺麗に心に落ちてきた。トモちゃんはやっぱりさすがだ。
 納得すれば、それは一つの解決策を提示してくれる。
 私はそれを両手で大切に受け取った。あとはもう進むのみだった。
「あのさ、何作ったらいいかな?」
「え? なんの話?」
「バレンタイン。何作ったらいいかな?」
 トモちゃんは緩ませた頬に安堵を滲ませた。
「ブラウニーだったら簡単だけど、美味しいよ。私もそうするつもり。一緒に作る?」
「作る! 何から何までありがとう」
「いいよ。私もこうして話すの楽しいし。それにナマエが何事にも一生懸命だから、私も一生懸命になれる」
 そう言ってくれたトモちゃんはきっと私が彼女を見ているような瞳で私を見てくれているのだろう。
 その後、どっちの家で作る? とか、材料どうする? とか、来たる日に向けて計画を立てた。
 次第に外は暗くなり、どちらからというわけでもなく帰ろうかと二人で席を立つ。
 そこで、あ、と大切なことを思い出した。
「フラれたら慰めてね」
「それ、私のセリフだから」
 ジト目のトモちゃんと見つめ合い、合図はなかったけど息ぴったりに同時に笑った。

 五色くんは全身から不機嫌を醸し出しながら立っていた。ポッケに両手を突っ込んだ上に、唇をとんがらせたままそっぽを向いており、珍しく柄が悪い。
 帰宅しようとしている五色くんに声をかけ、校舎裏に来て欲しいとお願いし、なんとか了承を得たのだった。
 相変わらず五色くんとはぎこちないままだったので、断られることも覚悟していた。実際、私が声をかけたとき、五色くんから試合を申し込まれた侍のようなピリついた空気が発せられ、少し不安になった。しかし、幸い五色くんの口から出てきた返事は、おう、という肯定だった。
 一緒に校舎裏まできた。ここまできたらあとはもう好きと言うだけだったのだけど、一方で好きと言うだけだと思っている呑気な私を緊張で青ざめた私がポカンと殴っていた。それがどれほど勇気のいることか。
 それに迷惑だと言わんばかりに、全身で不機嫌を醸し出す五色くんと向かい合っていると、どんなに決意を固めていてもやっぱり心細くなってしまう。
 後ろ手で紙袋を持つ手に力が入る。紙袋の中には昨日トモちゃんと作ったブラウニーが入っていた。
 しっかりしろ。
 自分を奮い立たせる。
 トモちゃんだって、今ごろ好きな人の前で一人で立っているはずだ。
 昨日、その彼女と鼻先を合わせながら頑張ろうねって笑いあったことを思い出す。すると自然と背筋は伸び、引き返す気は失せた。
 しっかり顔を上げ、目一杯息を吸う。冬の冷たい空気に、肺が凍り始めたそのときだった。
「こないだはごめん!」
 叫ぶと、五色くんは勢いよく頭を下げた。
「え……? このあいだって、何が……?」
 ポカンとしながら尋ねると、五色くんは頭を下げたまま続けた。
「勝手に触って、あとちゃんと謝らなくて」
「あぁ、昇降口でのこと?」
 五色くんはブンブン頭を振り、おかっぱ頭がふぁさふぁさ弾む。
「全然大丈夫だよ。嫌じゃなかったし」
「そ、そうかのか?」
 うん、と返せば、なんだかもう力は抜けていた。
「それよりあのときは叩いちゃってごめんね」
「別にそれはいいけどよ。じゃあなんで呼び出したんだよ……」
 頭を上げた五色くんは難問を前にするように私を見る。本当にわからないのかな。
 五色くんのことだからこうして呼び出されるのは初めてのことじゃないだろうに。ちょっと笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「ううん、なんでもないよ。それより、これ。バレンタイン」
 自然と持っていた紙袋を差し出せた。
「え、あ……受け取ってもいいのか?」
 うん、と返せば、五色くんは宝物を受け取るように私からそれを受け取る。
「ありがとう……すげぇ嬉しい……一生大事にする……」
 紙袋を両手で抱え、せっかくそう言ってくれたのだけど。
「ごめん……中身、物じゃなくてお菓子なの。だから大事にするというよりは食べてくれたら嬉しいんだけど……」
 わかってるよ! と五色くんは慌てたように顔を上げた。
「ちゃんと食う! ちゃんと食うって意味で一生大事にするって言ったんだよ!」
「そうだったの?」
「そーだよ……」
 不貞腐れたようにそう言う五色くんに凍っていた胸はいつのまにかじんわり温かくなっていた。
 二月のど真ん中。いつかのように首筋を凍える風が吹き抜けていくのに、春が来たような穏やかな気持ちだった。
 もう、結果はどうなってもいいや。
 四月に五色くんと出会え、言葉を交わせ、そのかっこいいところに気づけ、こうして今向かい合えているだけで幸せだ。
「それでね、五色くん……」
 五色くんはまだ何かあるのかよ、と言いたげに首を傾げる。
 そんな五色くんに言ってやった。
「私、五色くんが好き」