5月
入学式の日に最初に言葉を交わした女子と仲良くなった。トモちゃん、と呼ばせてもらっている。
お昼ごはんはいつもそのトモちゃんと一緒で、移動教室も二人で移動している。最初はどうなることかと思ったけど、すんなり友だちができてよかった。
しかし、その“最初はどうなるかと思った”きっかけである五色くんとはあまり距離を詰められずにいた。
席を隣り合っていると、五色くんのことがだんだんわかってきたのだけど、五色くんは最初に言葉を交わせたことが奇跡だと思えるほどクールで、少し近寄り難い空気を纏っているのだ。一匹狼のようだった。
でも人望はあるようで、バレー部らしいという五色くんの周りにはいつも同じくバレー部の子たちがいた。どうやら五色くんはスポーツ推薦で入学したらしく、一年の中では最も期待を寄せられている選手なんだとか。
バレー部以外にも、高い身長を持つ五色くんに興味を持ったらしい男子がときどき、五色くんに話しかけている。そういうとき、五色くんは身長のことを言われても、なんでもないように返す。だけど、五色くんからちょっと嬉しそうにしている様子が伝わってくるので、もしかしたら、入学式の日に、私が身長のことを言ったときに五色くんがソワッとしたのは気のせいじゃなかったのかもしれない、なんて思った。
きっと、五色くんはとてもクールだけど、みんなと同じように嬉しいことや好きなことがあって、話してみたらそういうところをちゃんと見せてくれる人なのだろう。
私は日直のようなどうしても話しかけないといけない案件でもない限り、クラスの男子に話しかけることなんてまずないから、五色くんのそういう姿を引き出すことはできないのだけど。
男子に対してはとくと人見知りを発揮してしまうのだ。五色くんに限らずクラスの男子たちとはそれほど仲良しというわけではなかった。
でも、そんな私が唯一五色くんと話す瞬間がある。朝、席についていると、教室に入ってきた五色くんが、素っ気ないながらにも、はよ、と挨拶をしてくれるのだ。そして、私も、おはよう、と返す。
たったこれだけだから、話すと言えば大袈裟かもしれないけど、このやりとりだけは毎日行われており、このやりとりが実はちょっと好きだったりする。
特別な意味はないのだけど、例えば、四葉のクローバーを見つけた、とか、自動販売機であたりが出た、とか、寡黙な五色くんと挨拶を交わすということはそういう瞬間と似ているのだ。
もちろんもっと仲良くなれたら嬉しいけど、今のままでもかまわない。男子と仲良くなくたって、中学のときのように学校生活は楽しく送れるのだ。
その日はブレザーもいらないほど、暖かい日だった。帰宅部で毎晩しっかり寝ている私も、窓から差し込む朗らかな日差しに、授業中、少しうとうとしてしまっていた。
さっきからずっと教師が読み上げている古の言葉が遠くで聞こえている。同じ日本語とは言え、朧にしか意味を理解できないためか、子守唄のように聞こえ、ますます睡魔を呼び寄せてくるのだ。
首ががくんとなり、体を叩きつけられたような衝撃を覚える。パッと黒板を見ると、最後の記憶から三行ほど進んでおり、慌ててノートを取った。
ノートを取り終え、安心して教科書に目を落とす。すると、視界の端で船を漕いでいる五色くんの姿が映る。五色くんは、すぐにハッと目を覚ましたけど、しばらくしたら、また船を漕ぎ出した。
たまに、五色くんは、こうして授業中にうとうとすることがある。でも、五色くんがそのまま寝てしまうことはほとんどない。文武両道を目指しているのか、しばらく体を前後に揺らすのだけど、ちゃんと目を覚ましシャキッと背筋を伸ばすのだ。
白鳥沢のバレー部は全国大会常連の強豪チームだと聞く。そんなチームの練習はなかなか大変だろうに、勉強にも手を抜かないという五色くんの姿勢はさすがだ。
でも、今日の陽気な五月晴れが連れてくる睡魔はなかなかの強敵だったようで、五色くんはついに前のめりになったまま、動かなくなってしまった。寝ちゃったのかな。
心配していると、板書を終え振り返った先生が、とうとう、五色、と彼を名指しした。クラスの注目が五色くんに集まる。自分の名前というものは居眠りをしていても大きく響くようで、五色くんは弾かれたように顔を上げ、はい! と元気に返事をした。
「起きようとする努力は認めるが寝てしまったら意味がないぞ」
教室からクスクスと笑い声が上がり、少し五色くんを不憫に思った。五色くんはずっと起きようと頑張っていたし、普段から居眠りをしているわけでもない。それなのに、こうして笑い物にされ、先生もなかなか酷だ。でも、五色くんは言い訳することもなく、すみませんでした! と声を張り上げた。
「まぁ、いい。先生が起こしてやる。立って続きから読め」
五色くんは、続き、と呟くと、難しい顔をして教科書をパラパラめくり始めた。私は慌てて今のページを確認した。
「二十三ページの五行目だよ」
ヒソヒソ声でそう言うと、五色くんはびっくりしたようにこちらを見たが、ホッとしたようにその頬を綻ばせた。
「助かる」
「あ、うん……」
突然向けられた笑顔に、ドキッとしてしまい、少し返事がぎこちなくなってしまった。
五色くんってこんな風に笑うんだ。初めて見たその笑顔は、窓から吹き込んでくる爽風のようだった。
なんだか、今までで一番素敵な四葉のクローバーを見つけてしまったような気がする。
立ち上がった五色くんは落ち着いた声で遥か遠い昔の恋物語を読み上げていく。かと思えばつっかかり、でもまた、耳に心地いいリズムで読み上げていく。
すぐそばで流れていくそれはずっと聴き入っていたくなる音楽のようだった。