7月
女子という生き物は総じて占いが好きらしい。それはいくつになっても変わらないようで、目の前で、鼻歌を歌いながら、両手で抱えたスマホを覗きこんでいるトモちゃんも例に違わないようだった。
それは、お昼休みのことだ。今日も外では、細い雨が花壇に咲く紫陽花を打っていた。天気予報でそろそろ梅雨明けすると言われ、一週間はたっていた。
雨が降っていようが、晴れていようが、私たちのお昼休みの過ごし方は変わらない。私の席を挟んで、トモちゃんと二人、向かい合って座り、それぞれスマホを見たり見なかったりしながらおしゃべりをするのだ。
「なんか、ここのサイト、結構当たるらしいんだよねー」
そう言って、トモちゃんは腕を伸ばし画面を差し出す。画面の中では、年季の入ったお婆ちゃんが人のいい笑みをこちらへ向けていた。
どうやら、トモちゃんに好きな人ができたらしかった。聞いてみれば、相手は通っている塾の先生で大学生だという。思わず、え? 大学生? と言ってしまったものの、トモちゃんは、平気な顔で、そうだよ、と答えた。私はなんだか色々眩しくなってしまい、それからはもう何も言えなくなってしまったのだった。
そんなトモちゃんが目下ハマっているものは占いだ。こうして昼休みに、見つけてきたサイトに誕生日や名前などを入力し、その大学生との相性を占っている。占いなんて一度やれば十分だと思うのだけど、トモちゃんにとってはそうではないらしく、悪い結果が出たらすぐに他のサイトで占い直し、良い結果が出ても、さらなる裏付けを求め、また別のサイトで占った。
それって意味あるの? と辛うじて言わずに、私はトモちゃんから、彼だけはないらしい、と聞いては、残念だったね、と返したり、前世からの結びつきだって、と聞いては、よかったね、と返したりしている。
「ナマエも占ってあげるよ」
今日はもう満足したのか、トモちゃんはスマホから顔を上げた。
「え、いいよ」
相手なんていないし、なんて思いながら答えたのだが、トモちゃんはまるで聞いちゃいない。
「ナマエの好きな人は五色でしょ」
「え! 違うよ!」
トモちゃんから衝撃発言が出てきたので、一応、周りをキョロキョロした。
周りには、人だかりが複数できていた。私たちのように二人グループだったり、または三人グループだったり、大きいところは五人グループだったり。
今日は雨だからか、教室はいつもより人が多いようだった。絶え間なくざわざわ話し声が聞こえている。
そのおかげか、トモちゃんの発言は誰の耳にも入っていなかったようで、こちらを気にしている人はいなかった。
「違うの?」
トモちゃんは焦っている私に気づいていないのか、いやトモちゃんのことだから気づいていて気づいていないふりをしている気がする。とにかく、トモちゃんはなんでもない会話をしているように話す。
「最近、ナマエ、五色のことばっかり話してるじゃん」
「ば、ばっかりって! 別に話してないよ!」
「えー? 自覚ないのー?」
トモちゃんは目を細める。
自覚があるかないかでいえば。
「なくも、……なくなくない」
「それどっちなの」
呆れたように言ったトモちゃんは、ふと私から視線を上げ、あ、と声をあげた。私の後ろを見ているらしく、釣られて振り返れば、なんともタイミングよく、噂の人物が歩いてきていたのだ。食堂から帰ってきたのだろう。
神様は意地悪だ。
それに使わされたトモちゃんは、五色、と彼を呼び止める。
私は、あぁ、と頭を抱える。
「なんだよ」
「五色誕生日は?」
「は? なんで」
「いいから教えて」
トモちゃんは私と違って簡単に男子に話しかける。人のことを堂々と好きと言えるし、トモちゃんは私にないものばかりを持っていた。
一度、そのことをトモちゃんに伝えたことがあった。トモちゃんに好きな人ができたとわかったときのことだ。羨ましいよ、なんて言いながら軽く伝えたような気がする。すると、トモちゃんは、ナマエも私が持ってないものたくさん持ってるよ、なんて心がこそばゆくなるようなことを言ってくれた。でも、私が持っていてトモちゃんが持っていないものなんて、なんだろう。私にはさっぱりわからない。
「八月二十二」
五色くんが答え、私はなんとなくその日付を頭の中で反芻した。
五色くんの誕生日は八月二十二。八月二十二。
「そ、ありがと」
「急になんだよ」
「別に。もういいよ」
さりげなさの“さ”の字もないやりとりだった。
五色くんが納得のいかないという顔をしながらも自分の席へ戻っていく。
五色くんが去ると、トモちゃんは瞳をキラキラ輝かせて、待ちきれないと言わんばかりに机に身を乗り出した。
「で、ナマエは? 誕生日いつ?」
「だから占わなくてもいいってば」
「いいじゃん。今は好きじゃないってことになってるけど、これから好きになるかもしれないんだし」
“好きじゃないことになって”の“なってる”って何よ。そう思ったけど、もう言わなくてもいい気がした。
私が持っていないものをこうして分け与えてくれるトモちゃんは紛れもなく私の友人なのだから。そろそろ意地を張るのをやめてもいいのかもしれない。
そうは言っても、占わなくてもいいよ、と答える。だけど、ちゃんと付け足した。
「悪かったらショックだもん」
照れ臭い気持ちでそう言うと、キョトンとしたトモちゃんだったけど、次の瞬間、教室で初めて言葉を交わしたときのように笑った。
「大丈夫だよ。悪い結果が出たら、別の方法でまた占ってあげるから」
「それ意味ないじゃん!」
そんなやりとりをして、ケラケラ笑っていれば、昼休みが終わることを知らせる予鈴がなる。
じゃあ、またね、と言って、自席に戻ろうとするトモちゃんに手を振る。そのとき、トモちゃんが歩いていく先にある窓がふと視界に入った。
いつの間にか雨は止んでいたようで、いたるところで雲の切れ目から黄金の光が差していた。きっと一拭きでも風が吹けば、その切れ目は大きくなり、青空が広がるのだろう。
どうやら、そろそろ梅雨明けというのは本当らしい。