9月
「だから本当に俺が出るんだよ!」
二学期が始まり、一学期となんら変わりなく日常は流れていたけど、ある日そんな声が突然響いた。五色くんの声だった。
ざわついていた昼休みの教室がしんと静まり返る。いつものように、私の席で、机を挟んでトモちゃんとおしゃべりをしていた私も、思わず口をつぐみ、声の方へ視線を向けた。
私だけでなくみんなの視線を集めていたその先では、五色くんとクラスメートの男子二人が教室の扉のところで立っていた。五色くんは真剣な顔をしているけど、他の二人は意地悪く笑っている。
「はぁ? 嘘つくなよ。白鳥沢のバレー部って言ったら、全国常連の強豪だろ。インハイにも出られなかったお前がスタメンで出られるわけねーじゃん」
「だから、俺が……」
五色くんは悔しそうな顔をして拳を握ったけど、結局彼らを無視することにしたようで、何も言うことなく、身を翻しこちらに向かってドカドカ歩いてくる。かと思えば、私の二個隣の席の椅子を引いた。二学期が始まってすぐに席替えが行われ、そういう座席になったのだ。
五色くんは椅子に乱暴に腰掛けた。つい、五色くんの動きを目で追ってしまっていたため、五色くんと目が合う。
「何?」
「あ、えっと……」
五色くんが私を見る瞳は冷たく、私は口籠もってしまう。
先ほどの五色くんたちの会話を鑑みるに、彼らはもうすぐ始まる春高予選のことを話していたのだろう。今朝ホームルームが終わったとき、五色くんが他のバレー部の子たちと、もうすぐ試合だな、公欠届ださなきゃな、と話していた。それをさっきの彼らは聞いており、先ほどその話題を五色くんに持ちかけたのだろう。きっと、お前も応援大変だな、とか、それに似たことを言ったのだ。彼ら二人はバレー部と同じく全国常連と言われているサッカー部の部員で、夏休み前には、夏の大会でユニホームを逃したことを嘆き、そんなことを言っていた。そして、彼ら二人に話しかけられた五色くんは運悪く一人でいたために、自分の主張を証明してくれる人もおらず、先ほどのように叫ぶこととなったのだろう。
何? と五色くんに言われたきり、何も答えられないでいると、五色くんはさらに険しく目を細める。
「ミョウジさんも俺が嘘ついてるって思ってんの?」
まさか、とだけは即答できた。
「思ってないよ。いつも真剣に頑張ってるのに、五色くんはそういう嘘をつかないよ」
「あ、そう……」
五色くんは、素気なくそういうと、机に突っ伏した。
なんだか、スッキリとしない気持ちになる。もっと他に何か言えたのではないのだろうか。五色くんの苛立ちを和らげ、ホッとしてもらえるような何かを。
例えば、こう思っているのは私だけじゃないよ、とか。
きっとクラスのみんなだってそう思っているよ、とか。
さっきの男子たちだってそうだよ。きっと、自分たちの境遇と比べ、五色くんが羨ましくてつい言っちゃっただけなんだよ、とか。
それらの言葉が絡み合いながら朧に浮かんできたけど、実際に口にするためには、一つ一つ解いていかなければならず、私はその作業が苦手だった。
要するに口下手なのだ。情けない。
でも、五色くんはもう突っ伏しちゃったし、何か言うにしても今更手遅れだった。教室も何事もなかったようにまたざわつき始める。
私も諦め、前に座っていたトモちゃんに向き直るけど、ねぇ、とまた五色くんに話しかけられた。五色くんを見ると、五色くんは突っ伏したままだったけど、顔だけこちらに向けていた。
「春高予選の決勝は毎年全校生徒で応援に来るらしい」
唇を尖らせた五色くんにそう言われたけど、五色くんの発言の意図がよくわからなかった。へぇ、そうなんだぁ、としか言いようがないことをどうして今伝えてきたのだろう。おまけに、こちらをじっとみつめる五色くんは、へぇ、そうなんだぁ、以外の返答を待っているようだった。
なんと返せばいいのか。本当にわからなくて混乱する。すると、机の下で急かすようにトモちゃんが足を蹴飛ばしてくる。トモちゃんを見ると、トモちゃんは焦ったそうにヒソヒソ声で叫んだ。絶対決勝に行くから応援に来てねって言ってるんだよ! と。
え、そうなの?
五色くんを見ると、五色くんは相変わらず唇を突き出したままだったけど、頬の頂を赤くして、いまだ私の返事を待っているようだった。
どうしよう。顔がニヤけてしまう。
「絶対に応援に行く! 楽しみにしてるね」
「おう……」
返事が返ってきたところをみると、どうやら、トモちゃんの通訳は合っていたらしい。
五色くんは顔を隠すようにまた腕に顔を埋めた。その後頭部が愛おしくていつまでも眺めていると、またトモちゃんに足を蹴飛ばされる。
トモちゃんへ向き直れば、もう見飽きた、いやらしい笑顔を嫌というほど向けられるのだった。