10月
クラスごとに割り振られた座席でトモちゃんと隣り合って立っていた。見下ろす先にあるコートでは、選手たちがすでにウォーミングアップを始めている。
バレーを生で観戦するのは初めてだ。
そもそもスポーツを生で観戦するという経験がほとんどなく、目に映るもの耳に入るもの全てが新鮮に感じた。
座席の間に立っている煌びやかなチア部の人たち。自分たちの席から発せられる迫力のある声援。さっきから鳥肌が立ちまくりだ。
太鼓の音が鳴り、バレー部のリードする掛け声に合わせ、昨日体育館で練習した通りにみんなで声を上げる。
そうして応援をしながらコートを見下ろせば、ますます興奮が溢れ出る。コートではちょうど高貴な紫のラインが入ったユニホームに身を包んだ白鳥沢の選手たちが並んで順番にスパイクを打っており、そこに五色くんもいるのだ。当然五色くんもユニホームを着ており、体育祭のときよりも紫がよく似合っている。
ネット側でリズムよくスパイクが打たれていき、順番がやってくると、五色くんも軽やかに跳んで鞭のようにしならせた腕でボールを叩く。
これがバレーをしている五色くんなんだ。
むずむずと心をこそばゆくさせるものに足踏みをしそうになる。
ついに開会式が始まると、大きな人たちが並ぶ中、五色くんは比較的線が細いながらもやはり堂々と立っており、同じクラスメートとして誇らしくなった。そして、スターティングメンバーとして五色くんの名が呼ばれ、その手を上げて応えている姿を見ると、応援したくなった。
気がつけばメガホンを潰れそうなぐらい強く握っていた。
試合が始まると、いつもテレビで見るときはボールばかりを追いかけているのに、今日は五色くんばかりを見ていた。
コォォーイと声を張り上げ、サーブを迎え撃とうと構える姿。
隣にいる選手へ向かっていくサーブを追いかけるように体ごとそちらへ向く姿。
そして、後ろに下がり前へ助走する姿。
スパイクを打つのだろうかと見ていたら、ボールは他のスパイカーに上げられ、五色くんは跳んだ先で空振りをする。
試合の間、レシーブをしたり、スパイクを打ったりしていなくても、こんなに動いているんだと驚いた。そして、五色くんがスパイクを打ち、それが決まると、飛び上がりそうになる。
体育館の眩しい照明を浴びて、惜しみなく汗を飛ばす五色くんは間違いなく誰よりも輝いていた。
私の隣で見ていたトモちゃんもコートに釘付けになっていたようで、
「やっぱりすごいね」
と、コートへ視線をやったまま感慨深げに言った。
「そうだね」
私が返すと、今度は同時に言った。
「牛島さん」
「五色くん」
「え?」
「え?」
聞き返す声も重なった。二人して顔を合わせる。すると、ナアーイスキィーうーしじーま、と掛け声がかかり、慌てて私たちも後に続く。
牛島さんの名前を呼び終えると、トモちゃんは私に意地悪な笑みを向けた。
「ナマエはそうだよね〜そうだったよね〜」
形容詞ばかりだったけど、トモちゃんの言いたいことはわかった。だけど、あえてそれには乗らなかった。
「牛島さんってあの大きい人?」
「そうそう、よくスパイク打ってるじゃん」
そうだっただろうか。
首を捻りながら、しばらくボールを追いかけていたら、やはりそうだった。今牛島さんが打ったスパイクは三連続だ。
「牛島さん、超すごいらしいよ。ユースで日本代表になってるらしいし」
「え? そんな凄い人がうちの高校にいるの?」
「そりゃいるでしょ。特にうちはバレー部に力いれてるし」
「へー……五色くんはそんな中バレーやってたんだ……やっぱりすごいね……」
同じ教室で席を並べているとは思えないほど、別世界の人だ。
牛島さんにまたトスが上がるのを眺めながらそう思っていると、トモちゃんがぷっと吹き出した。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ただ、ナマエのそういう素直なところ好きだなって思って」
「何それ。どういうこと?」
「別に。でもお似合いだと思うよ」
「何が?」
「別に」
「えー何それー」
トモちゃんも大概、意地悪だ。
その時、目が覚めるような大きな音が響き、相手チームのコートへボールが叩きつけられる。そして、牛島さんの名前が体育館を震わせる。
たしかに、牛島さんが打ったら点が入っている。凄いなぁ。文字通り、チームを引っ張っているという感じだ。いつか、五色くんもあんな風に一番のユニホームを着てチームを引っ張って行くのだろうか。
ネットに向かって助走する五色くんを目で追いかける。今度は五色くんにボールが上がった。ダイナミックに腕を振り下ろしながらも、叩かれたボールは鋭い繊細さを帯びてブロックの横を抜け、白線を叩く。高らかに笛が鳴り、ガッツポーズをした五色くんは野生的な雄叫びを上げた。
「五色も凄いんだろうけど、元気で賞って感じだね」
「そう?」
カッコいいで賞ではなくて? と思ったけど、そんなことを言ってわざわざトモちゃんの餌食になる必要もない。
みんなと一緒に五色くんの名前を叫びながら、五色くんが肩に力を入れ、そして、抜き、構える姿を見守る。
手すりを挟んで、見下ろす先はすぐ近くのはずなのに、そこはほど遠い場所のように思えた。決して、気軽に手を伸ばしてはいけないような。
そこに立つ五色くんはやはり別世界の人のように思えた。
でも、あの五色くんは教室にいる五色くんと同一人物で、こうしてバレーに打ち込みながらも、授業中はコクリコクリと体を揺らしたり、ハッとして起きようとしたり、時にはクラスメートにからかわれ、怒ったり拗ねたりする。
二人の五色くんをちゃんと結びつけられた。
五色くんは別世界の人のように思えるけど、普通の人と同じように日常に身を投じ、日々を懸命に積み重ね、あの場所に立っているのだ。
同じクラスメートとして堂々としていられるよう、私も頑張ろう。
試合は残念な結果で終わった。五色くんが悔しそうに泣いており、私も泣きそうになった。でも、五色くんは次の瞬間には力強い瞳で前を向いており、またその足で前へ進んでいくのだろう。私も姿勢を正した。
選手たちが応援席に向かって整列し、ありがとうございましたと頭を下げにきたとき、頭を上げた五色くんと目があった気がした。でも、すぐに逸らされ、五色くんはチームメートたちとベンチへ戻っていった。
きっと、目があったと思ったのは気のせいだったのだろう。そう勘違いしてしまうほど、私がただ、五色くんを好きになっているだけなのだ。