11月
ピンクや黄色のお花紙で飾り付けられた廊下を三人の女子生徒たちがクレープを食べ歩きしながら歩いて行く。反対側からは五歳くらいの女の子と手を繋いだお母さんが歩いてくる。
今日は白鳥沢学園の文化祭だった。
本来この時間は教室の中でトモちゃんと一緒にヨーヨー掬いの接客をしていたはずなのだけど、どうしてこんなことになったのか、五色くんと並んで教室の入り口のところで立っていた。
うちのクラスの出し物は縁日だった。教室の中で、ヨーヨー掬いや射的、くじ引きなどの
放課後に二週間ほどかけて準備し、無事当日を迎えたのだった。
文化祭一日目はトモちゃんと他のクラスの出し物を見て回った。二日目の今日はヨーヨー掬いの店番をする予定だった。しかし、今朝、ビニールプールに、バケツに入っていたヨーヨーをポイポイ投げ入れ、開店準備をしていたら、ニヤニヤ笑ったトモちゃんがA4サイズの紙の束を持ってやってきたのだった。
「はい、ナマエはこれを持って入り口のところで立っててね」
「え? これ、受付で渡す紙じゃん。なんで?」
「なんかね。受付係の子が代わって欲しいんだって」
「そうなの?」
受付係の子って誰だったっけ?
頭を巡らせながらも、いいよ、と答えた。
「じゃあ、行こっか」
てっきりトモちゃんも一緒だと思い、そう言ったのだけど、トモちゃんは、ナマエだけだよ、なんて釣れないことを言う。
「え? 私だけ?」
私だけを島送りにするなんて、私、トモちゃんに何かしちゃったのかな。
女子同士は些細なことで亀裂が入ったりする。途端に不安になったのだけど、トモちゃんは楽しそうに、早く行った行った、と手で私を追っ払う。しょうがないから、腑に落ちないまま廊下の入り口のところへ行ったら、五色くんがいたわけだ。
すぐにトモちゃんの意図がわかったけど、五色くんは私が来るとは思っていなかったようで、キョトンとしていた。
「え? ミョウジさん? あいつは?」
あいつ――多分、今トモちゃんと一緒にヨーヨー掬いのところで立っている男子生徒だろう。
トモちゃんは彼になんと言ったのだろうか。心配になったけど、トモちゃんは意外とこういうとき、気の使った言い回しをする。力仕事がうんぬんかんぬんとかそれっぽいことを言って、私が五色くんを好きと匂わせるようなことは言っていないはずなのだ。
こういうところが彼女の憎らしいところで、トモちゃんがこうして好き勝手しても、まんまと私は怒るきっかけを見つけられないでいるのだ。
「私もよくわからないんだけど、私がこっちやることになったの」
「そっか」
五色くんは納得したらしい。つゆほども疑問を持っていない様子だ。男子は案外単純なのかもしれない。
「紙、俺も持つよ」
「ありがとう」
先ほど、トモちゃんに渡された紙の半分を五色くんに渡す。
この紙には教室に並んでいる出店の一覧が書かれている。各出店で遊べる回数は一回で、お客さんはこの紙を出店で渡し、遊んだのち、済のスタンプ付きで紙を返却され、また別の出店へ向かうのだ。
「ママ、ここ行きたい」
お母さんに手を引かれた女の子が私たちの教室を小さな手で指をさしていた。
私が、どうぞ、とお母さんを促せば、お母さんは、じゃあ、と微笑む。お母さんに紙を渡し、女の子にも紙を渡そうと女の子を見たら、すでに五色くんが渡してくれていた。しゃがんで、さらにその背中を丸め女の子と身長を合わせ、これ持って行くんだぞ、なんて言っている。なんというか、微笑ましい。
「ありがとう!」
女の子に元気に言われ、おう! とこれまた元気に返していた。
「五色くんは弟とか妹とかいるの?」
教室に入って行く女の子に手を振りながら、五色くんに聞いてみる。
「いないけど。なんで?」
立ち上がった五色くんは不思議そうに首を傾げた。
「子どもに慣れてる感じだったから」
「あぁ、部活でたまに小学校にボランティアに行ってたりするから」
「え? そうだったの? すごい……」
「何が?」
「ボランティア。私はそういうのなかなか行けないから。五色くんはすごいね」
改めて言い直すと、五色くんがソワッとした。きっとこうやって褒められるのが好きなのだ。でも、素っ気なく顔を背けた。こちらに向けられた頬のいただきが少しだけ色づいている。
「別に。部活であるから行ってるだけだし。俺も自分一人だったらなかなかそういうの積極的に行けない」
「そうなんだ」
五色くんはいつだって等身大で接してくれる。そういうところが五色くんを別世界の人から繋ぎ止めてくれる。
「すみません、いいですか?」
「あ、はい、すみません。どうぞ」
女子生徒に話しかけられ、紙を渡そうとしたら、女子生徒の隣に男子生徒がいて、カップルだ! とわかると、なぜか私の方がドキッとした。彼女らは白鳥沢の制服を着て、学内にいるというのに、普通に手を繋いでいる。
「ど、どうぞ……」
変に緊張しながら、紙を二枚渡せば、ありがとう、と二人ともそっくりな顔で微笑んだ。
素敵なカップルだなぁ。スリッパの色からして、おそらく私たちと同じ一年だ。見ていて、心がポカポカした。
教室に入っていく彼らの握手をするように繋がれた手を見送っていると、
「あの、さ……」
と、五色くんにおずおずと話しかけられた。
「何?」
「こないだはごめん」
「え? 何が?」
急にどうしたのだろうか。
五色くんは気まずそうに、春高予選、と呟く。
「春高予選?」
「そう。応援に来てくれてただろ。客席にいるのが見えたんだよ」
もしかしたら、あの日、目が合ったと思ったのは気のせいじゃなかったのかもしれない。
そう思うと胸の奥がふわっとするのを感じたけど、五色くんが苦虫をつぶしたようにしていたのでそのまま宙に浮かびあがることはできなかった。
五色くんは私を見ることなく続ける。
「せっかく来てくれてたのに、あの日、勝てなかった。誘っておきながら、俺、すげーカッコ悪い」
「え! そんなことないよ! すごいカッコよかったよ!」
あの日の熱を思い出し、つい興奮してしまう。
「え、なに……かっこ……え?」
「だからカッコよかった! あの場にいた誰よりもカッコよかったよ!」
「なっ……!」
突然元気になった五色くんは襲いかかろうとせんばかりの勢いで捲し立てる。
「そんなわけないだろ! 牛島さんとかもっと他にカッコいい人はいただろ!」
「そんなことないよ! たしかに牛島さんも他の選手たちもカッコよかったけど、五色くんが一番だったよ!」
反論されれば、反論し返したくなる。強く思っていることを否定されればなおさらだ。
「本当にカッコよかった! それに、すごいキラキラ輝いてて、見てたら私もあんな風になれるように頑張ろうって思えたもん。そんな風に人を思わせられるなんて、五色くんはすごいよ!」
五色くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。かと思えば、あぁぁぁー、とうめき声をあげ、空気が抜けていく風船のようにしゃがみ込んでしまう。膝に顔を伏せ、出店の紙を持ったまま両手でおかっぱ頭を抱えた。心なしかいつもは元気にぴょこぴょこしているアホ毛も萎れているように見える。
「え? 五色くん……? どうしたの?」
返事がない代わりに、膝の上にフニャフニャ落ちている前髪の隙間から弱々しい声が聞こえてくる。
「ミョウジさん、いつもそういうのわざとやってんの? 初めて会ったときとか誕生日のときとか……俺が嬉しくなることばかり……」
「え? そういうのって? 何を?」
「俺もわかんねーよ。女子とこんなに話すの初めてだもん」
五色くんは様子を伺うようにチラッと顔を上げる。
「私も……その……男子とこんなに話すのは初めてだよ」
そう返すと、なんだが今更恥ずかしくなってくる。五色くんも難しい顔をしたまま赤くなっていった。
「そーかよ」
「そうだよ……」
五色くんはまた力なく膝に突っ伏した。
「また来年も応援に来てよ……来年こそはカッコいいところ見せるから……」
今年も十分カッコよかったんだけどなぁ。私にしては柄にもなく一生懸命主張したのに、どうやら、五色くんには伝わらなかったようだ。
「わかった。来年も応援に行く。楽しみにしてるね」
五色くんは、おう、と言うと、ようやく立ち上がった。