12月

 シンと静かな空間で、いたるところから聞こえてくるペン先の走る音が空気を張り詰めさせている。
 学校の図書室に来ていた。六人が向かい合って座れる長テーブルに座っているのだけど、普段はスカスカなのに今日は全ての座席が埋まっている。この六人がけの長テーブルは窓際に壁から壁まで等間隔でズラッと配置されており、どこも満席だった。
 期末テストの一日目が終わった午後のことだった。
 テストは午前中までだったのだけど、トモちゃんと食堂でご飯を食べ、それからは図書室で明日のテストの最後の確認をしていた。ちなみにトモちゃんはご飯を食べると帰っていった。塾があるとのことだ。
 私はキリのいいところまでやれたので、背筋だけで伸びをする。ふと曇った窓ガラスを見ると、灰色の外では、綿のような雪がしんしん降っていた。地面に落ちた瞬間にふんわり消えるような雪だったから積もることはないのだろうけど、この先どうなるかわからない。あと一時間くらいやったら帰ろうかな。
 前に向き直り、気合いを入れ直そうとしたら、みんなから頭が飛び抜けている男子生徒を見つける。二つ先のテーブルに私と向かい合うように座っていたその人は五色くんだった。
 座高も高いから座っていてもその身長は目立つのだ。どうして今まで五色くんに気がつかなかったのだろうか。
 その五色くんはコクリコクリと体を揺らしている。外は凍えるほど寒いのだろうけど、しっかり締め切られた図書室の中は暖房がよく利いており、空気がお布団のように体を包み込んでいた。加えて静かだし、眠くなるのはよくわかる。
 鼻提灯を膨らませていそうなその姿に、思わず、クスッと笑ってしまったのだけど、提灯が弾けたように突然五色くんは目を覚ました。そして、机に向き直り、何事もなかったように勉強を再開する。集中しているようで、しばらくたっても机にかじりついていた。
 私も頑張ろう。数学の参考書を開き、要点となる問題だけを見直していった。

 数学のテスト範囲を全てカバーできたので、片付け、図書室を出る。
 外はもう雪は止んでいたけど、分厚い灰色雲が空を覆っており、日が沈んでいるのか、そうでないのかよくわからなかった。まだ、少し明るいので、完全に沈んでいないことだけはわかった。
 それにしても寒い。吐いた空気は白く変わるし、奥歯がカタカタ震える。早く帰ろう。一歩踏み出そうとすると、後ろからお疲れ、と声をかけられる。五色くんだった。
 びっくりして肩を上げてしまったけど小さく深呼吸をして、じたばたとうるさい心臓を落ち着かせる。
「お疲れ。五色くんも残ってたんだね」
 なんて白々しい。
「うん、ミョウジさんの前で勉強してた」
 軽くそう言われ、五色くんも私に気づいてくれてたんだ、と嬉しくなる。
 ひとりでにしゅうっと顔から湯気を立てていると五色くんは私の顔を覗き込み、尋ねた。
「今から帰るとこ?」
「うん……」
「途中まで一緒だよな」
「うん……」
 五色くんは私を追い抜かし歩いていく。そして、遠く離れていく前に振り返る。
「何してんの?」
「え? 何が?」
「帰んないの?」
「かえ、る」
 これは一緒に帰ってもいいのだろうか。慌てて足を前に進め、五色くんに追いついたら、五色くんは当然のように私の横に並び歩き始めた。やっぱり一緒に帰ってくれるんだ。嬉しい。でも好きな人と二人で歩くのはちょっぴり恥ずかしい。
 五色くんはゆっくり歩いてくれているのに、つい五色くんの背中から半歩後ろに下がってしまう。すると、不思議そうに振り返り私の遅れに気付いた五色くんはしまったというような顔をして、きっと勘違いをしたのだろう、さらにゆっくり歩き出す。
 小股で歩くという発想はないようで、長い足をスローモーションのようにとてもゆっくり前に出すのだけど、なぜか手も足も同時に出ている。
 その歩き方変だよ。私のせいなんだけど。
「何、笑ってんだよ」
「五色くんは優しいなぁって思って」
「別に優しくないだろ。優しいのはいつもミョウジさんの方だ」
「そんなことないよ」
「あるだろ」
「そうかなぁ」
 ふふっと笑えば、五色くんも目尻を柔らかくしてくれる。
 瞬間、冷たい風が吹き抜け、向かいから歩いてきていたサラリーマンはムチを打たれたように体を跳ねさせ、追い立てられるように早足で通り過ぎていく。少し大袈裟だと思った。
 たしかに風は冷たいし、ついさっきまで雪が降っていたけど、体はぽかぽかと温かい。むしろ汗ばむくらいだった。
「今日は暑いね」
「そうだな」
 五色くんは首に巻いていた青いマフラーを取り外す。
 私も巻いていた赤いマフラーを外した。
 首を抜けていく風が心地いい。二人とも息は白いままなのに、春の予感を感じるのはなんだか不思議だった。
 変な歩き方だったけど、五色くんが私のペースで歩いてくれたおかげで、私たちは並んで分かれ道まで帰った。