角名くんと付き合うことになったその夜、晩御飯を食べ終えると、自室のベッドに転がり、スマホを眺めた。画面には丸いアイコンと共に角名という文字が表示されている。こうして、角名くんの連絡先が私のスマホに入っているなんて夢みたいだ。
後頭部だけしか映っていない角名くんのアイコンを見ていると頰が緩んでしまう。
勇気を出して告白をしてみるものだなぁ。
でも、どうして角名くんは告白をいいよ、と言ってくれたのだろうか。角名くんとは2年の時に初めて同じクラスになったのだけど、実はあまりお話をしたことがないのだ。私が1年の時から一方的に好きだった。
ただの気まぐれだろうか。角名くん、色々適当そうだし。
そんなちょっと失礼なことを考えていたら、まるでそれが本人に伝わってしまったようにタイミングよくスマホが揺れ、画面の上方に角名くんからのメッセージ通知が表示された。びっくりしてその通知をタップしてしまう。
“何してるの?”
表示されたメッセージに、とりあえず、さっきまでの失礼な思考が本人に届いてしまったわけではないことに安心した。
返事を返そうとしたけど、指が止まってしまう。
何をしていたかというと、角名くんのアイコンを見てニタニタしていた。そんなことを馬鹿正直に書けるわけがない。
今から何かしようか。本とか読んだり、音楽とか聞いたり当たり障りのないことを。そして、一通り何かをして、本を読んでいたなり、音楽を聞いていたなり送ろうか。でも、もう既読がついちゃってるから、早く返さなきゃ。
うぅ、どうしよう。目をぐるぐる回しながら、文字を打ち込んでいく。
これでいいや、送ってしまえ。
半ばヤケになりながら、紙飛行機をタップした。
“何もしてない”
好きな人に初めて送るメッセージにしては、なんとも可愛げのない文字列になってしまった。既読がついたから、角名くんは読んでくれたのだろうけど、しばらく待っても返事は返ってこなかった。私が素っ気ない返しをしてしまったからかもしれない。
今からでも別に何か送ろうか。でも、全くというほど他に話題が思い浮かばなかった。
やってしまった。いきなり失敗をしてしまった。
たった二つしかメッセージのない、すかすかのトークルームを心細い気持ちで眺めていると、突然ぽこっとメッセージが追加された。
“俺はこれから飯”
返してもらえた!
思わず、飛び起きた。ベッドで正座しながら両手でスマホを持ち、返事を打とうとする。でも、せっかく返してもらえたメッセージに、へぇ、としか言いようがなく、また指が止まってしまう。
静かな部屋で時計の針の音を聞いていると、またぽこっとメッセージが追加された。
“ミョウジさんは? 飯食った?”
これなら返せそう。親指2本を使ってキーを叩いていく。
“もう食べたよ”
送信し、ふと思ったことも追加で打ち込んでいく。
“角名くんは夜ご飯食べるの遅いんだね”
“部活があったから”
“いつもこの時間?”
“大抵は”
そっかぁ、大変だなぁ。さすが、全国大会常連のバレー部だ。角名くんも一生懸命取り組んでるんだろうなぁ。カッコいいなぁ。
そんなことを考えていたら、またぽこっとメッセージが追加された。
“順番きたからまたね”
順番? なんのことだろうか。でも、またね、と言われ、会話を続けるのも憚られたので、私もまたね、とだけ返した。すぐに既読がついたのを確認し、スマホを胸に抱えた。
たった数通のやりとりだったけど、宙にも浮かぶ気分だ。
やっぱり、角名くんのこと、好きだなぁ。
翌朝、登校してきて教室に入ると、後ろからおはよ、と声がかかる。突然のことにビクッと肩を上げ振り返れば、涼しい瞳をした角名くんが立っていた。
「角名くん! おはよう」
私の挨拶を聞くと、角名くんは、意味ありげに笑い、私を抜かし自席へ歩いていく。今までこんな風に笑ってもらえたことなんてなかった。
たったそれだけのことなのに、泣きたいような、でも笑いたいようなそんな気持ちになり、角名くんの先に行く背中を見ることすらできず、俯いた。
幸せってこういう気持ちのことを言うのだろうか。
持て余してしまいそうなほど大きなものだったけど、落としてしまわないように大切に胸に抱え、私も席へ向かった。
その夜、夕食を終え、自室で課題をしていると、ノートの隣に伏せてあったスマホが揺れた。
拾い上げると、ロック画面には角名くんからのメッセージ通知が表示されていた。また送ってくれたんだ。
タップをし、トークルームを表示する。
“部活終わった”
指が自然と動いていく。
“お疲れ。私は今課題してたとこ”
“ごめん。邪魔して”
“大丈夫だよ。もう終わるし”
“数学?”
“そうだよ。今日、数学の課題多いよね”
スマホの画面では、そんな会話をする吹き出しが左右からリズム良く出てくる。
“めんどくさい。俺もやんなきゃ”
“数学は当てられちゃうもんね”
そう送った後に、ちょっと考え、また指を動かしていく。
“寮だったら自分のお部屋でやるの?”
“そうだね。学習室もあるけど、そこにいたら侑に邪魔されるし”
侑? と頭の中で浮かべた漢字が、あつむ、とひらがなに変換され、あぁっ、と思い出す。同じクラスの治くんの双子のことだ。
すると、また左から吹き出しが現れた。
“順番来たからまたね”
また、順番。なんの順番のことだろうか。今度聞いてみよう。
私もまたね、と送りスマホを机に伏せる。課題の続きをやらなくては。でもまだ胸がドキドキと踊っていて、すぐには集中できそうになかったので、先にお風呂に入ることにした。
その翌日の夜、見たいドラマがあったので、ソファーに座り、テレビを見ていたけど、ちゃっかりスマホは握りしめていた。
ヒロインの相手役の俳優さんが出てきたところで、やはり手の中でスマホが震えた。ドラマなんてそっちのけで、画面に表示された通知をタップする。
“部活終わった”
案の定、角名くんだった。
“お疲れ”
続けてずっと気になっていたことも送ってみる。
“いつも順番来たからまたねって送ってくれるけど、なんの順番待ってたの?”
“飯の順番。今も食堂で並んでる”
そっか。角名くんは寮生だから食堂で晩御飯を食べてるんだ。そして、今まで並びながらメッセージを送ってくれてたんだ。
トレイを片手にスマホを見ている角名くんの姿がありありと想像され、ふふっと笑みが零れる。その間にまた手の中でスマホが揺れた。
“食堂って言っても、寮の食堂ね。寮生は大体食堂で食ってる”
“今日は何食べるの?”
“さば”
さば? サバといっても焼きサバや味噌煮や色々あると思うんだけど。角名くんってちょっと適当だよね。それともめんどくさがり屋なのかな。
なんて考えていたら、お馴染みとなったメッセージ。
“順番来たからまたね”
“うん、またね。いつもメッセージ送ってくれてありがとう”
“こちらこそ”
角名くんの切長の目が優雅に細められるところが頭に浮かぶ。
スマホを置いて、テレビを見ると、ちょうどヒロインの女優さんが赤らめた頬を両手で押さえているところだった。
その翌日は、夕食を終え課題を始める前に、勇気を出して私から送ってみた。
“夜ご飯食べたよ。これから課題するところ”
緊張しながらしばらくトークルームを眺めていたが、返信は返ってこなかった。いつもだいたいこの時間に角名くんからメッセージが来るからそれに合わせて送ってみたんだけど。今日は忙しいのかな。
諦めて、英語の課題に取り掛かる。
キリのいいところまで進んだので、両腕を持ち上げて伸びをし、机に伏せていたスマホを拾う。画面のバックライトが点灯されると、角名くんからのメッセージ通知が表示されて、慌ててタップした。
“俺も部活終わった。これから飯”
角名くんのメッセージはこの下にも続いていた。
“順番来たからまたね”
なんだ。もう順番来てしまったんだ。
メッセージが来ていたのは30分程前だった。どうやら、スマホが振動する音に気づかないほど集中していたらしい。
ガッカリしながら机にスマホを伏せれば、机の上で、スマホが振動した。
誰だろうか。またスマホを拾い上げる。
“飯食った。これから俺も課題”
角名くんだ。思わず顔が綻んだ。
“私はもう終わるところだよ”
朝、教室で会えば挨拶をし、夜になればメッセージを送り合う。そんな夢みたいな日々が毎日続いた。
そして、角名くんと付き合い始め、最初に訪れた日曜日。
“明日一緒に昼飯食おうよ”
突然そんなメッセージが来て、私はびっくり箱のように飛び跳ねた。