2度目のハネムーン

「結婚式のあとさ、結婚したくなんない?」
「なる。一瞬」
 重たい引き出物をコンクリに置いて、私たちは新幹線のホームに立っていた。ペアのカップなんていらねぇよと言った私に、それ言うの多分僕らだけだからと笑う。明日仕事だから最終便を取ってたんだけど、久しぶりの再会で話が盛り上がり、勇利は入場券を買ってここまでついてきた。
「あのホテルさ、僕ら行ったとこだよね?」
「……それ言う?」
「いいでしょもう、時効、時効!」
「いいけどね!」
 新郎新婦が挙式したというグアムのホテルに、私達は泊まった。高校からの「トモダチ」同士の2人で、夏休みグアムいこーよとノリで決めて。
「あれさぁ……あれなんやったん? 部屋ついたらバラまみれのお風呂とハートのベッド」
「あとシャンパンでしょ」
「そうそう、タオルがハートになってるの笑った」
 カツキです、と受付をして通されたのはピカピカに豪華な、キングサイズのベッドが一つのスイートルーム。恥ずかしすぎて、ドキドキして、爆笑するのもおかしい気がして、ちょくちょく茶化しながら写真を撮った。バルコニーから見えるプライベートビーチの写真は、パソコンのデスクトップ背景に設定したままだ。
「私あれ以来パラセイリングしてない」
「バナナボートで落ちたの爆笑したんだけど」
 20代の私たちは、常夏の国で「恋人ごっこ」をした。笑いながら腰を抱き、はやされれば頬にキスをし、ドリンクやフードを分け合い、恋人岬ではハートの南京錠をかけた。

 20年近い付き合いの中で一回。本当に一回だけ。事故みたいなもんだし、それこそ時効。ストアに売っていた、アメリカ印の精力剤とコンドームに爆笑し、お土産にちょうどいいねと箱買いした。
『どんなんになるのかな』
『開けてみようよ』
 小指の先ほどもあるカプセルを酒で流し込んで、蛍光黄色のコンドームを袋から出した。
『サイズ合わないんじゃないの』
『はぁ? 自慢じゃないけど僕勃ったら大きいから』
 そんな軽口で始まった、トモダチのセックス。こいつはヤリチンで、お互いいい年だし、酒も入ってたから。外は深夜までクラブミュージックが流れて、プールの赤や青の光がカーテンを染めて、金色でガサガサの髪と、日焼けして熱を持った皮膚の触感が妙にこの手に残っている。離島ツアーの集合時間に遅刻しそうになって、慌てて起きた朝からはその話をしていなかった。

「時効だからさ、白状するけど」
「何」
「あの時こっそりハネムーンプランにしたの、僕」
「は?!」
「あん時さ。好きだったんだよね」
「の割にあのセックス?」
「いやほんと、それは許して」
「いーや許さない」
「ごめんって」
「ごめんで! 済むか!」
「でも合意だったじゃん!? え? 違うの?」
「違くないけど」
 腰をバシバシ叩くと勇利は笑う。私だって別に本気で怒ってるわけじゃない。
「早く言ってよ」
「なんで」
「好きでもないやつと、2人でグアムなんて行かないでしょ!? バカ」
「は? 僕のこと好きだったの?」
「そっちこそ何?! 誰それとどんなセックスしたとかいちいち報告してきて? それで私のこと好きだったとか意味わかんない」
「それ言ったら嫉妬して、僕のこと求めてくれるかなぁって」
「どんだけ甘やかされて育ってんの?」
 あーおっかしい。数年前、私達両思いだったなんて。当時の私に言ってやりたい。こっそりひとりで泣かなくていいんだよ、もっと気持ちよくなっていいんだよ、って。
「あれで落とせなかったからさぁ、諦めちゃって。あーあ、遠回りしちゃったなぁ」
「残念でした」
「今は? 付き合ってる人いるの?」
「いたらとっくに結婚してる」
「そっかー」
 勇利はタバコを咥えようとし、あっそうだ、ホーム全面禁煙になったんだった、とそれを戻した。
「今日、泊まりだったらやり直しするのに」
「やり直しって何の」
「セックス」
「ひっど」
「これでも本気だよ? あー、なんで明日仕事あんのさ」
「そりゃぁ私? 社畜だから」
「社畜なんてやめて長谷津帰っておいでよ。一緒に温泉しようよ。温泉入り放題、カツ丼食べ放題」
「それプロポーズのつもり?」
「そうだよ」
「やめてよぉ」
 途中から勇利の顔がだんだんマジになってきて、えっどうしたらいいのかなって。柄にもなくドキドキしてしまう。
「飲みすぎちゃったかな、顔赤いよね、私」
「僕と結婚しよう」
「人の話……っ」
 勝生は持っていた引き出物袋をどさっと落として私を抱きしめた。
「……ちょ」
「あのさ、いや、信じてっていう方が無理だと思うんだけど」
「うん」
「本当にね、ずっと好きだったよ」
「嘘だぁ」
「ほんとだって……。今日もさ、◯◯来るって言うから出席したようなもんだし」
「……」
「みんなに言ってると思ってる?」
「ヤレれば誰でもいいと思ってる」
「流石にそれはない。僕、酔っても結婚しようだなんて、言ったことないよ。一回も。それに今日ほとんど飲んでないし」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「うそ、だぁ……」
「ほんとだって」
「明日になったら忘れてる」
「忘れない。絶対忘れない。こんなに続いたの、◯◯だけ」
「……」
 腕の力が緩んで、それでも腰から手を離さずに、勇利が真正面から私を見つめる。何その視線。クッッソかっこいいじゃん? やめてよ。
「……ほかの、ほかの女とヤったら殺す」
「ヤる暇ないくらい、毎日ヤろう」
「子供できるかわかんないよ?」
「だいたい僕、父親に向いてると思う?」
「思わない」
「……キス、していい?」
「……うん」
 ちゅ、と熱い唇が触れる。柔らかく挟まれる。腰を抱く手に力が入った。唇は私の様子を伺っているので、そっと緩めてやる。優しく入ってきた舌をちょんとつついてやると、ぎゅうっと背中を抱きしめられた。
「……」
「結婚、しよう」
「……いいよ」
「やったぁ」
「明日覚えてたらね」
「えー、ひどい」
 拗ねるその唇にもう一度キスをする。勇利は嬉しそうに笑った。
「次、いつ休み?」
「土曜日かな」
「一週間あるじゃん……電話していい?」
「いいよ」
「土曜日、会いに行っていい?」
「家わかる?」
「駅まで迎えにきてよ」
「ふふ……わがまま」
「だめ?」
「いいよ」
「やった……あー、好き。本当に好き。愛してる」
「はいはい」
 ピリリリリ。もうすぐ、新幹線が到着する。
「……◯◯。◯◯は、僕のこと、好き?」
「さっき言ったじゃん……」
「今、今だよ」
「……好きだよ。ずーっと。本当は、ずっと好きだったよ。ずっと、我慢してた」
「なんで我慢してたの」
 新幹線が運んでくる風が私達を冷やす。それでもこのドキドキは治らない。
「勇利に、嫌われたくなかったから」
「……嫌いになるわけ、ないじゃん。バカだなぁ……」
 ぎゅうう、と私をもう一度抱きしめる。乗客達は、ホームで抱き合う私達を見てなんと思うだろう。どう、いいでしょ?
「◯◯、好きだよ。愛してる。結婚してください」
「……うん」
「もう一度グアム行こう。あのホテル行こう」
「うん」
「約束……明日、電話するね」
「わかった」
 プシュー、とドアが開く。緩んだ手は私の手を握り、乗車待ちの最後尾に並んだ。
「ねぇそういえばさ。初めてなんだよ。キスしたの」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あの時ね、『泣いちゃうから、キスしないで』って言ってた。可愛かったなぁ」
「……そんなこと言わないで」
「泣いちゃう?」
「バカ」
 ドアが閉まる。窓の向こうで手を振る、甘い顔立ちにピアスのあいた、優しいヤリチン。まだ心のどこかで本気にしてない自分がいるけれど、今この時、私は確かに、今までで一番幸せかもしれない。動き出した新幹線を数メートルだけ追いかけて、彼の姿は見えなくなった。

 ちなみに翌日、しっかり電話もかかってきたし、土曜日は気を失うほど抱かれて、ベッドから出られなかった。日曜日にはふらふらしながら、一緒に指輪を買いに行き、ついでにグアムも予約した。ちなみにその日も泣くまで抱かれた。まったく、先が思いやられる。


END