服装検査で居残りをさせられて、僕はむしゃくしゃしていた。学ランの下にパーカーを着ようが、ピアスをあけようが髪を染めようが、誰にも何の迷惑もかけていない。用具倉庫の裏で、タバコに火をつけた。先客が落としていった吸い殻を踏みにじる。空はオレンジ色で、口元も紅い火がぽうっとひかる。悪いことは続くもので、昨日は3年に呼び出された。先日ヤった女の子が、実は先輩の彼女だったらしい。そんなこと知らないよ、だって向こうから誘ってきたんだ。
3万円渡したら殴られないで済んだのでホッとしている。
「さてはグルだったかな」
じんじんと痛みがにじむ耳にそっと触れる。勢いに任せて開けたピアスホールは、僕のイライラを消してはくれなかった。
「現行犯逮捕です、勝生くん」
足音に気がつかなかった。そこには、副担任が立っていた。
「◯◯先生……」
「はい、没収」
諦めてタバコの箱を渡す。
「ライターも」
「……電話するんですか」
「ご両親は知ってるの?」
「わかりません」
今それどころじゃない。じいちゃんが死んで、ドタバタしてるから。髪を染めても2日気づかなかったくらいだ。
「……座っていい?」
「どうぞ」
副担は、置いてあるコンクリートブロックの上に座った。ここは用具倉庫とブロック塀の間。どこから見ても死角なので、こっそりタバコを吸ったり色んなことがここで行われてきた。促されて僕も座る。用水路には、タバコやコンドームと思われるカラフルで小さなゴミが散らばっていた。
「怒らないんですか」
「怒ったってしょうがないでしょ。こういう時頭ごなしに言っても効果ないって知ってる。何があったの」
「別に……なんでもないです」
「なんでもない人がいきなり髪染めて穴あけてタバコ吸うかね」
先生は僕から奪ったタバコに火をつけた。それを自分の口に運び、吸う。黒い髪。白い肌。紅い火。
「先生」
「ん?」
「いや、何してるんですか」
「吸ってる」
「それ、僕のです」
「今私のものになりました」
「……」
明らかに吸い慣れている仕草で用水路に灰を落とす。先生は大ぶりなキーホルダーのついたブランド物のバックを地面に置いた。見た目と不釣り合いに派手だ。
「びっくりしたよ。急にかっこよくなってるから」
「嫌味ですか」
「いやいや、本当にね。似合う。うん。卒業したらもっと堂々とやったらいいよ」
「別に誰にも迷惑かけてないですから」
「まぁ、そうなんだけど。一応。世の中にはよくわからない決まりってものがあって」
膝丈のスカートは太ももまでまくれ上がり、フッととある噂を思い出した。先生は昔、中洲でキャバ嬢をしていたという噂だ。
「バッグ、汚れますよ」
「いいの、もらいもんだし」
「何しにきたんですか」
「んー、私も、寂しくて」
だって授業誰も聞いてくれないし、と立てた膝の間に顔を埋めた。指先で落とす灰は粉砂糖のようだ。
先生は化学が専門。商業高校で化学なんて誰もまともに勉強しないので、授業はいつもかわいそうなことになっている。僕は、決して真面目な方ではないけれど、その姿があまりにも哀れだったからせめて授業中は黙っているようにしていた。もしくは寝ているか。
「中洲でバイトしてたって本当ですか?」
「なんの?」
「キャバクラ」
「あー、なるほどね」
カバンから携帯灰皿を出し、灰をその中へ落とす。本当に喫煙者なんだ。
「勝生くんが黙っててくれるなら、教えてあげよう」
「喋ったら?」
「タバコ吸ったことをバラす」
「うわ」
僕はおもわず笑った。先生は、すでに共犯者だというのに、自分だけ正しい人のように教師の顔をしてそう言うからだ。どうでもいいですよ、と言うと、先生も笑う。
「教えてあげようか」
「いいです」
「勝生くんはそういうの言いふらすタイプじゃないでしょ」
「そうですけど……」
僕は足元を見つめる。日は陰ってきてだいぶ世界が白黒になってきた。
「聞いたよ。先輩にシメられたって」
「ああ……」
「グルらしいよ」
「やっぱりそうですか」
「モテる男は辛いねぇ」
「そんなことないです」
「ちゃんとゴムしてる?」
「……してます……」
「そう、ならいい」
先生はもう一回タバコに唇をつけた。すうっと吸い込み、それから僕の顔に向かって煙を吐く。
「ちょっ……」
「ふふ、涙目になっちゃって。可愛い」
先生は僕の目を見つめる。日が落ちてきて、先生の顔はより一層白く見えた。遠くでサッカー部の声が聞こえる。バスケ部のボールが床を叩く音が聞こえる。
タバコを持っていない方の手で僕の耳に触れた。
「……痛そう。かわいそうに」
思わず僕がその手に手を重ねてしまって、沈黙。僕より冷たい手が頬にある。僕より柔らかい手の甲を、指でなぞった。そしたら距離がぐんと近くなって。じーっと見つめあってしまった。見て見ぬ振りしたコンドームのゴミが急にリアルになる。
別に好きとか、そういう気持ちがあるわけでない。ただ、ほんと、むしゃくしゃしてたんだ。
ぐっと腕を引き寄せると先生はタバコを放り投げて、そのまま僕の肩に触れた。
「先生」
「?」
「……しますか?」
「偉いね、ちゃんと同意を取るんだ」
「問題になるのは嫌ですから」
「君が10年早かったらなぁ」
肩、背、腰と下がる白い手は、最終的に学ランのズボンへたどり着く。生地の上からそこをなぞられると、もう恥ずかしいほどに、すぐに勃ってしまう。僕の良いところだし悪いところだ。
「君がしたいなら」
「先生、ずるい」
僕はベルトを外した。
タバコが燃え尽きるのが早いか、僕がイくのが早いか。コンドームをつけたちんこを先生がしゃぶる。
「フェラでもコンドームつけなきゃ危ないんだよ」
「っあ」
「いい?」
「は、い」
流石、というべきか、僕はどんどん高められてしまう。ゴム越しに感じる先生の舌が、僕の一番気持ちいいところをチロチロと舐めた。
「イきそう? 出す?」
「んっ……入れたい、です」
「正直でよろしい」
しゃがんでいた先生が立ち上がる。靴を脱ごうとした。下はアスファルトだ。
「あっ先生、ちょっと待ってください」
僕は学ランを脱ぎ、地面に落とす。
「どうぞ、この上に」
「……紳士かな」
紳士だったら先生とセックスしたりしないだろう。先生は立つのかと思いきや、靴を脱ぎ、ストッキングと下着をバッグの中に突っ込んで、学ランの上に寝転がった。ウエストから下に敷かれる黒い学生服。僕はズボンを膝まで下ろす。先生は両手で膝裏を持ち、あそこを見せつけてきた。毛がない。
手をついたそこには、ショートヘアの、年上の、大人の女性がいた。アスファルトが布越しに膝に食い込む。
「……」
「……◯◯先生」
「ん?」
「なんで僕と、してくれるんですか」
「嫌ならいいよ」
「嫌じゃ、ないですけど」
「んっ」
手を添えて僕は腰を進める。つるつるに濡れたそこは温かく僕を迎え入れてくれる。先生は僕の茶髪に指を通した。
「っは……流石、若いね」
「……」
「足、痛くない?」
「大丈夫です」
ずっ、ずっ。腰を動かす。背中にバッグを滑り込ませ、先生は体重をそれに預けた。ずっちゅずっちゅ、ぬぱぬぱと粘液が離れる音がしてくる。
「先生」
「っ……! あんま、喋ると、見つかっちゃう」
「大丈夫、です」
化粧品の匂いがする。顔を寄せ、耳を舐めると、凹みがあった。ピアスの穴の痕だ。よじれる腰。あ、気持ちいいんだ。
「はぁっ、みみ……」
「先生は、こうして、いつも?」
「違っ……生徒は、初めて」
「なんで、ですか」
「なんで、かなぁ、っあ、そこ」
グリグリと腰を押し付けるとんんんーって小さな声が出る。僕の学ランを握りしめて、先生は唇をかんだ。
「キスして、いいですか」
何を今更かと思う。
「だ、め」
「ダメなんだ」
「そういう主義じゃ、ない」
「意味わかんない」
「っぁ、あぁあっあっ、んんんん」
先生は僕の手を取って、それで自分の口を塞いだ。肘で体重を支えながら、体を預ける。奥に、パンパンパンと腰を振った。肉厚なまんこは中がヒクヒクして、ぎゅうっと締まる。動くたびにずれてきていたパーカーのフードが僕の頭にかかって、なんだかここが布団の中みたいだ。地面とファンデーションの匂いがする。
フード越しに頭を抱かれるともう離れられない。奥に押し付けて円を描くようにえぐる。ゴリゴリと柔らかいものに触れる。
「んんんっ」
「あー……んっ」
「っは、んんっ、か、つきくん、いく?」
「っくそ……」
「はは、ん、ぁ」
「……あー、もう」
「い、ひぅ、う」
先生の頭ががくがく揺れて、バッグが地面を擦る。肌を叩く、パンパンパンという音。
「っ……ぐ、うっ……」
「んんっ」
「……ふ……っ、は、はぁ……」
この瞬間だけは、本当にどうにもならない。相手が誰であろうと、頭の中がちんこでいっぱいになって、脱力する。
「……っ……う、はぁ……」
「はぁ、は、おつかれ、さま」
小さい声で、よく頑張りました、と先生は僕の背中をポンポンと叩いた。ああ、そういえば先生とセックスしちゃったんだ、と現実感が湧いてくる。
「……すみません、今どきます」
膝と腰と肘が固まってしまっている。ぎぎぎと音がしそうな関節を伸ばし、体を起こして僕はまんこからちんこを抜いた。垂れるものは無いはずだけれど、学ランの裏地をそっとあてがう。先生は今更恥ずかしそうに脚を閉じた。
「起きれますか」
手を差し出し先生を引き起こす。
「ありがとう」
「……」
ショートヘアは手櫛で元どおりになり、バッグの中からぐちゃぐちゃになったストッキングと下着を引っ張り出した。
「あっち向いててよ」
僕は言われた通り反対側を向く。ついでにコンドームを外し、口を結ぶ。捨てて帰ろうか、と思ったけど、先生のいる前でポイ捨てはどうかなと思い、包装に包んでポケットに入れた。さっき先生が捨てたタバコは全部灰になって、カブトムシの幼虫みたいに白く丸くなっている。
「はい、これ」
振り返るとそこにはいつもの先生が、僕に白い紙を差し出していた。
「家庭訪問、勝生くん家は金曜になったから」
「あ、はい」
「お父さんかお母さん、いらっしゃる?」
「いるのはいますけど」
「わかった」
「……先生が、来るんですか」
「分担するからねー、どうかな」
靴を履き、学ランの背中を払う。先生は今度は自分のバッグの中から自分のタバコを取り出して火をつけた。甘くて焦げ臭い。
「行くまでに髪、黒くしてて」
「ええー」
「じゃないとタバコ吸ってたってバラす」
「ひどいですよ、割りに合わない」
「そっかー。はい、これありがとう」
渡された学ランを着る。日がすっかり暮れてしまったから、肌の温度が移った学ランは温かかった。
「足、大丈夫?」
「? はい」
「怪我してスケート辞めたって聞いて」
「ああ、まぁそんな、怪我っていうほどの大した怪我じゃないですし。もう辞めようかなって思ってたから」
汗をかくことといえばもっぱらセックスしか思い浮かばない。別に足はなんともない。たった1、2週間、安静にしておけばよかった。それだけだった。
「体育でスケート選択した?」
「していません」
「すればいいのに」
「えーなんか、目立ちたくないんで」
「よく言うよ」
先生は立ち上がり、スカートの裾にブラウスを入れる。
「じゃあね、また明日」
「はい……」
「気をつけて帰りなさいよ」
「はい」
新しいバッグを持ってやってきた先生に、母は最初から最後まで「色々と行き届かなくてすみません」と平謝りをしていた。先生は怒ることもなく、素直に黒染めした僕を褒めた。
帰った後、座布団の下にライターが落ちていた。僕が随分前に仏壇からくすねて、あの日、先生が没収したライターだ。鼻を寄せてみたけれど、あの吐きそうなほどに甘い匂いはしなかった。
END