向き合う




「…小春はどうしたいの?」

お祖母ちゃんの言葉に、私は俯く。死にたくない、それは本音。私がもし七海さんと本当に結婚したとして、私と彼との間に子供ができたとしたら…、私達は死に、子供もまた呪われた人生を…私と同じ苦しみを味わうことになるのだろうか。…そんな事、絶対に嫌。私と同じ気持ちを、今まで橘に生まれた人たちは背負い続けてきた。私が子供を産んだとして、同じ苦しみを子供に与えようと思う?

「…本当に、祓えるんですか…?」
「祓います。私の命に代えても。」
「…じゃあ七海さん、死んじゃうんですか?」
「…その可能性はないとは言い切れません。」
「…死なないって、約束してください。私を護るために死ぬんじゃなくて、私と生きるために死んでください。」
「…つまり、」
「しわくちゃなおじいちゃんおばあちゃんになるまで、一緒に生きてください。…私と。」

七海さんが顔を上げる。恥ずかしさから目は逸らしたけど、私はもう得体のしれない恐怖に脅えるだけの人生は嫌。

「私、七海さんと結婚します。」

お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが、優しい顔で頷いた。

「…感動的なところに水を差すようで失礼。結婚するにあたってあまり時間がありませんので、明日、婚姻届けを提出します。」
「あ、明日…、」
「色々と挨拶もあるでしょう?大丈夫なの?」
「職場にはこちらに移動する際に連絡済みです。橘さんも一緒に休暇を頂きました。私の両親に関しても問題ありません。」
「顔合わせなどは…。」
「まず優先すべきは小春さんの呪いを解くこと。順序は変わりますが、他の事は終わってからでいいでしょう。」

その日、私達は近くのビジネスホテルに泊まることにした。私の実家に泊まろうという話にもなったけど、七海さんが断った。

「失礼、これからの事を決めなければなりませんので、お気持ちだけで結構です。」

そう言って、七海さんが私の手を引いて歩き出したので、私も祖父母もぽかんとしていた。

「小春さんに何か起きては困りますので、同じ部屋に寝泊まりします。まだ手は出しませんので安心してください。」
「…へ…?まだ…とは?」
「はい、まだ。婚姻関係を結ぶ明日からは手を出すこともお忘れなく。」
「…手を…出す…、というと…、つまり…、その…、」
「あなたが考えている事です。」

ホテルに着いて、空いてる部屋を取る。丁度空いていたのは一部屋だけで、ベッドは…、

「シングルサイズ、それも一つですか…。」
「…他のところにしましょう!」
「いえ、ここで。その部屋をお願いします。料金は二人分払います。出来ますか?」

ホテル側の対応で、私たちはその部屋に泊まる事になった。七海さんはそそくさと部屋のカーテンを閉める。私はというと変に緊張して入り口で固まってしまった。

「…ベッドはあなたが使ってください。私はこの椅子で寝ます。」
「え、それじゃあ体痛めちゃいますよ?」
「そこまで柔ではありません。」
「でも…、」
「変に意識されると、私としても少々気まずい。私はあなたに何か起こった時、対応しなくてはなりません。ですからベッドはあなたが使ってください。」

しゅるしゅるとネクタイを外す姿に目が釘付けになった。ハッとして、入口付近に掛けられたハンガーを手に取り、ネクタイと上着を受け取った。

「ありがとうございます。…お腹は減っていますか?」
「…あ、そういえば…折角予約して貰ったのに、食べれませんでしたね…。」
「問題ありません。五条さんが一人で食べた事でしょう。ワインはどうかわかりませんが。…ルームサービスでも頼みましょうか。それかデリバリーでも。」
「そうですね…、七海さんにお任せします。」
「…小春さん、呼び方を改めてください。あなたの呪いを解くにあたって、あなたの姓も今後は七海になります。」
「あ…そうでしたね…、えっと…なんとお呼びしましょう…。」
「…お好きにどうぞ。私も好きに呼ばせてもらいます。」
「あ、はい。」

そう言われて考える。なんて呼ぼう…。七海さんの下の名前は確か、建人…だっけ。建さん…はなんか違うな、建ちゃん、って感じでもないし、呼び捨てもちょっと気が引ける。七海さん私より年上だろうし…。ここはやっぱり無難にさん呼び?

「小春。」
「え?」
「今後はそう呼びます。」
「あ…はい…、分かりました。…っとー…け、建人さん…で、いいですか?」
「まあ今はいいでしょう。」
「今は…?」
「ええ、今は。」

その後、ホテルのルームサービスで食事を済ませ、勧められるままシャワーを浴びた。正直緊張して逆上せかけた。私が浴室を出ると、七海さ…建人さんは目頭を押さえていた。

「…あの、お先に頂きました…。大丈夫ですか?」
「…ええ、仕事柄画面を見ることが多いので、少し疲れているだけです。心配するほどではありません。では、私もシャワーを。」

そう言って浴室に消えた建人さんの背中を、私はただ目で追いかけた。…今日は眠れる気がしない。



 


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