絶つ




翌日、チェックアウトを済ませた私達はその足で役所へ赴き、早急に婚姻の手続きを済ませた。橘という姓を捨てることが、彼女の…小春の命を救うための第一歩である。

「折角の地元です。行きたいところはありますか。」
「…神主さんに挨拶をしたいので、神社に行ってもいいですか?」
「ええ、行きましょう。私ももう少し情報を得たい。」

小春の案内で歩きだす。亡くなった神主の事を思い出したのか、小春は二三度鼻を啜る。…何か言葉をかけた方がいいか、それとも…。

「不思議ですよね。」
「…何がですか。」
「一昨日神主さんに会った時は、いつも通りだったんです。…それなのに、急に亡くなっちゃうなんて…実感がわかないというかなんというか…。」
「…人の死とは、そういうものです…。ですから残された者は、相手を弔いそれを受け入れなくてはならない。」
「…そう、ですね。」
「受け入れられない気持ちも分かります。…私にもそんな時期がありました。」

浮かんだのは救うことのできなかった同期の顔。小春が私を見上げた。

「…大事な人…だったんですか?」
「…そうですね。大事な友人です。」
「…すみません。」
「いえ、謝ることではありません。」

赤信号の交差点で立ち止まる。横断歩道の先には大きな木の生い茂った神社があった。

「あそこです。」
「…なるほど、平安から続いてるともあって、それなりに大きい神社のようですね。」

信号が青に変わり、歩き出す。今日はまだ彼女に例の発作は起きていない。鳥居を潜り、境内へ。作法通りに手と口を漱ぎ、まずは参拝を。その後、社務所に向かう。

「お忙しい時にすみません、お世話になってます小春です。」
「ああ、小春さん、丁度良かった。宮司の方からあなたに渡して欲しいと言われていた物がありまして、ご連絡差し上げるところでした。…そちらの方は?」
「初めまして、妻がお世話になっております。」
「実は、今朝婚姻届けを出しまして、こちらは夫の七海建人です。」
「おや!それは、失礼しました。ではお二人とも、あちらへ。」

通された客室。座って待つよう勧め、男は奥の部屋へ。戻って来た男は白い包みを持っていた。

「旦那様は初めましてですので、私の紹介から失礼します。この神社の権宮司で、本郷と申します…。権宮司とは神職では言うなれば副社長のようなもので、亡くなった宮司は社長のような責任者、えー…トップという形ですね。昔は宮司の事も神主と呼ばれておりましたが、まあその話は置いておきまして…。その宮司の方からですね、亡くなる間際にこちらを預かりましたので、小春さんに…どうぞ。」

小春が受け取った包みを広げる。そこには達筆な文字で綴られた手紙だった。

「…読めない。」
「では私が読みましょう。」
「建人さん読めるんですか?」
「こういった物を目にすることが多かったので。」
「…なるほど。」
「では、私は席を外します。何かありましたらお声掛けください。」
「あ、はい、ありがとうございます。」

本郷さんが部屋を出て行くのを見届け、手紙に目を移す。

「では、読みます。」
「…はい。」

私は手紙の内容を読み上げる。

「前略、橘小春殿。初めに、平安から続くこの神社の歴史として、先祖代々受け継がれた血筋が私で途切れてしまうことを許して欲しい。私には後継ぎが生まれず、そして貴女の呪いを和らげるしか出来なかったことへ、不甲斐なさを感じます。私も歳を取り、力も衰えてしまいました。」
「…。」
「…橘家の呪いはとても強いものです。無理にどうこうできるものではありません。私もご先祖様から受け継いだ文献などを読み漁りましたが、解決に繋がるものは見つかりませんでした。ですが、私は考えます。橘という姓を理由にこの呪いが続いているとするならば、橘ではなくなれば良いのではないかと。橘という姓を捨て、貴女が愛する人と共に生きてください。古い仕来りなど気にすることはないのです。橘の姓を残し続ける必要はない。もう充分、貴女の一族は罰を受けたでしょう。最後に、聞いた話ですが、貴女の一族を呪ったとされる者は寺を建てたそうです。今も続いているようなので、何か相談できるかも知れません。住所を記しておきますので、ぜひ訪ねてみてください。貴女が幸せになる事を願っています。草々、藤波光一郎。」



 


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