繋ぐ




手紙を読み終えると権宮司に挨拶を済ませ、早速記載された住所の寺へ向かうことに。小春は先程から黙ったまま隣を歩いている。こういう時、声を掛けられた方が気が紛れる人間と、放っておかれる方がいい人間に分かれると私は思っている。…彼女の場合は恐らく前者。

「…あなたの家系を呪った呪詛師の情報が得られたことは、私としては大きな成果だと思います。」
「…そうですね…、」
「…愛する人と共に生きてください、そう書かれていましたね。」
「…はい。」
「…重ね重ね今更で失礼、貴女が好意を持った方、もしくはお付き合いされている方は?」
「いたら、建人さんと結婚してませんよ。」
「そうですか。では、遠慮なくあなたを口説いてもいいということですね。」
「…え、」
「私があなたを愛し、あなたも私を愛する、…結婚したのですから結果的にお互いそうなる方がいいでしょう。」

少なくとも、私は小春に悪い印象を持っていない。立ち止まり、掌を差し出す。

「まずは、手を繋ぐことから始めましょう。お手をどうぞ、小春。」
「…なんだか、照れちゃいますね。」
「存分に照れてください。その方が口説きがいがあります。」
「…ふふ、じゃあ…お言葉に甘えて。ありがとうございます、建人さん。」

照れ笑いする顔はとても愛らしい。今まで女性との付き合いは、それなりにあった。しかし、仕事の事、金の事が、頭の半数以上を占めていた私に、相手は不満を抱えることが多く、それほど長続きした記憶はない。

「私、建人さんなら心から好きになれそうです。」

そう言って、風に靡く髪を押さえながら私に笑顔を向けた小春。…正直、目を奪われた。

「…そうですか、それは光栄です。」

表情筋というものを久方ぶりに使った気がする。掌に乗った小さく柔らかい彼女の手を握り締め、指を絡めた。今はまだないその縛りを、想いが通じ合ったら買いに行こうと心に決める。きっと、それほど遠くない。大通りまで出るとタクシーを止めて乗り込み、寺の名前を告げる。窓の外を眺める横顔を見ながら、再び手を握った。それに照れながら振り向く小春。暫くして山道に差し掛かり、車が入るには厳しい細道にタクシーが停まった。寺までの矢印を書いた案内板が立てられているようなので、そこでタクシーを降りる。ぐるぐると辺りを見回しながら小春が言った。

「…ここ…。」
「来たことが?」
「はい…、家のお墓があるお寺です…。お寺の名前だけじゃ思い出せなかったけど、見覚えあるなあって思ってて…来て分かりました。」

案内板を頼りに暫く歩いていて辿り着いた大きなお寺。門を潜ると、中で若い僧が掃き掃除をしていた。

「失礼、ご住職にお会いしたいのですが。」
「あ、こんにちは。住職ですね、少々お待ちください。」
「お願いします。橘と言えばお分かりになるでしょう。」
「…橘さん、ですね。」

橘と聞いて顔色を変えた僧が駆け足で寺の中へ入って行く。私は気を引き締めるようにネクタイを整えた。

「…藤波さんのいう通り、ここは橘の家系と関係がありそうですね。」
「…はい。」
「御守りは握っておいてください。ここは言わば敵地です。何が起こるかわかりません、気を抜かずに。」
「はい。」

少しして、僧と共に現れた中年の男。この男がこの寺の住職だろう。小春の顔を見るや顔色を変えた。

「こ、これはこれは…、こんな山奥までよくお越しくださいました。」
「…こんにちは、急にすみませんがお尋ねしたいことがありまして…。」
「ささ、どうぞ中へ。…失礼ですが、こちらの方は…?」
「小春の夫で、七海建人と申します。今朝役所に届けを出しました。今後彼女は橘ではなく七海小春になります。」
「!」

私の言葉を聞いて、住職の顔色はますます悪くなる。やはり何か知っている様子。

「あ、ああ、そうでしたか…。君、案内して。」
「は、はい。」
「わ、私は少し、やりかけの仕事がありまして…、すぐに向かいますのでどうぞ楽にしてお待ちください。」
「先に、橘さんのお墓にご挨拶をさせていただけますか。話は、それからで。」

私の言葉に、住職は額を伝う汗を拭った。



 


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