毒牙




僧の案内で橘家の墓に向かう。寺の裏側にある墓地に、一際大きく立派な墓がある。間違いなくあれだろう。大きな黒蛇の呪霊が墓石に絡みついている。

「…こ、こちらです…。」

震える声で俯きがちに僧が言う。彼にもこの呪霊が見えるのだろう。ちらりと小春を見れば、気分が優れないのか顔色が悪く震えていた。

「どうも。あなたは戻っていただいて結構です。彼女と二人にしてください。」
「は、はい…!」

僧が逃げるように走り去った。私はスマホを取り出し、目的の人物へ電話を掛けた。電話はすぐに繋がった。

「もしもし、五条さん。」
『そろそろ掛かってくる頃かと思ってたよ。で、見つかった?』
「ええ、間違いないでしょう。今橘家の墓に来ています。例の儀式をお願いします。」
『いいよー、丁度手も空いたことだし。』

そう言って通話が切れたと思えば、すぐ近くに五条さんの姿が。小春は突然の事に目を丸くしている。まあ、初めて見れば誰でもそんな反応をするでしょう。

「や、お二人ともお揃いで。」
「ご足労どうも。では、早速取り掛かります。小春、こちらへ。」
「え、あ、はい。」
「面倒だから教会式でいいよね。」
「端的で結構です。いずれ本物を挙げますから。」
「ふぅ〜!七海おっとこまえー!」
「揶揄いは要りません、さっさと始めてください。」

小春の手を取る。五条さんが橘家の墓石に背を向けて立った。大きい黒蛇呪霊は舌を出しながら私達を睨みつけている。

「小春さんさ、僕が前言った事覚えてる?」
「え、」
「一番大事な事って言ったやつ。」

『あ、これが一番大事な事なんだけど…、小春さんの呪いを解呪するのに必要な儀式があるんだ。君のご先祖さんの前で、橘の姓を捨てる事なんだけど、君にその覚悟ある?』

五条さんの言葉を思い出したのだろう。小春は大きく深呼吸をして、しっかりと頷いた。彼女は強い女性だ。

「じゃ、始めるよ!新郎七海建人、あなたはここにいる橘小春を、健やかなる時も病める時も、これを愛し、その命の限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
「新婦橘小春、あなたはここにいる七海建人を、健やかなる時も病める時も、これを愛し、その命の限り真心を尽くすことを、そして橘という姓を捨て、七海小春として生きていく事を誓いますか?」
「はい、ちか「待ちなさい…!」住職…?」

小春の声を遮ったのは、焦った様子で駆け寄る住職だった。五条さんに目配せをする。五条さんも分かっているのか頷いた。

「小春さん、気にせず続けて。」
「ま、待ってくれ!頼む!私は死にたくない!」
「え…、なんで…住職が死ぬんですか?」
「そ、それは…、」

小春の問いに、住職は力なくその場に座り込んだ。

「た、頼む…、止めてくれ…!この通り…!」
「あなたが頭を下げたところで、私達の気持ちは変わりません。小春、続きを。」
「…建人さん、…私のせいで人が死ぬんですか…?」
「小春のせいじゃありません。これは呪詛返し。あなたに降り掛かっている呪いを跳ね返す為の儀式です。」
「…でも、そのせいで住職が死んでしまうんですよね…?誰も死なない方法はないんですか?どうして誰かが死んじゃうんですか?」
「そ、そうだ!私はこの寺で人々の為に尽くしてきたんだ!死んでたまるか!」
「■■神社の神主さんが亡くなったのは、あなたの仕業ですね。」
「え…、」
「な、なぜそれを…。」
「あの神社にあなたの呪力の残穢が残っていました。ここに来てあなたに会い確信しました。」
「…まさか…、アンタ呪術師か…!?」
「元、呪術師です。あちらの彼は現役ですがね。」
「ハハ、僕としてはアンタが死のうがどうなろうが、正直興味ないんだよねー。ていうか僕の事知らない呪詛師なんてモグリじゃん。」
「…ならばまとめて呪い殺すまで…!」

住職は袂から大きな数珠を取り出して構えた。黒蛇の呪霊が小春目掛けて飛び掛かった。



 


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