呪詛返し




「じゃ、始めるよ!」

建人さんが電話を始めたと思えば、一瞬で五条さんが現れて仰天した。え、霊媒師ってそんなこともできるの…?!あ、霊媒師じゃなくて呪術師、か…とんでもないな呪術師…。一人でそう思いながら、建人さんの指示で五条さんの前に並ぶ。まるで結婚式のように、五条さんが私たちに誓いの言葉を問うた。

「はい、誓います。」

建人さんの低く落ち着いた声が、私の緊張を和らげてくれる。本当にこれで古くから続く橘家の呪いが解けるというのなら、どうして今まで橘家の人たちはそうしなかったのだろう。

「新婦橘小春、あなたはここにいる七海建人を、健やかなる時も病める時も、これを愛し、その命の限り真心を尽くすことを、そして橘という姓を捨て、七海小春として生きていく事を誓いますか?」

建人さんの時と違う問い。…もしかして、愛を誓うだけだったからなのかな?じゃあ、私がここで宣言すれば、本当に…。

「はい、ちか「待ちなさい…!」住職…?」

振り返ると、焦った様子でこちらに駆け寄る住職。さっきの若いお坊さんが呼んだのかな…。

「小春さん、気にせず続けて。」
「ま、待ってくれ!頼む!私は死にたくない!」

住職の言葉に思考が停止する。今、なんて…?死にたくない…?

「え…、なんで…住職が死ぬんですか?」
「そ、それは…、」

狼狽える住職と目が合うと、彼は力なく座り込んだ。そして住職ともあろうお方が私に向かって土下座を始め、ぎょっとする。

「た、頼む…、止めてくれ…!この通り…!」
「あなたが頭を下げたところで、私達の気持ちは変わりません。小春、続きを。」
「…建人さん、…私のせいで人が死ぬんですか…?」
「小春のせいじゃありません。これは呪詛返し。あなたに降り掛かっている呪いを跳ね返す為の儀式です。」

呪いを跳ね返す?住職に…?だって、私の家系を呪ったのは住職のご先祖様だと聞いていたのに…。どうして呪いを跳ね返して、住職が死んでしまうの?

「…でも、そのせいで住職が死んでしまうんですよね…?誰も死なない方法はないんですか?どうして誰かが死んじゃうんですか?」
「そ、そうだ!私はこの寺で人々の為に尽くしてきたんだ!死んでたまるか!」
「■■神社の神主さんが亡くなったのは、あなたの仕業ですね。」
「え…、」

血の気が引いた。どうして神主さんが亡くなったことと、住職に関係があるの…?どうして神主さんが殺されなきゃいけないの…?住職は建人さんの言葉を否定しなかった。神主さん…藤波さんはずっと橘家を護ってくれていた。とても優しくて、でもちょっとお茶目で、とってもいい人だった。その人を殺した…?なんで?藤波さんが住職に何をしたっていうの…。あんなによぼよぼになっても私を護ってくれてた命の恩人を…。

「誓います。」

気付けば口が動いていた。ハッとする間に住職が突然悲鳴を上げてその場に倒れて藻掻いている。

「わ、私…、」
「心配せずとも小春のせいではありません。彼は今、自分の先祖が掛けた呪いに、呪われているのですから。」
「人を呪わば穴二つ、ってね。呪った側にも罰は当たるんだよ。さて、僕はちょっとこの中の物に用があるから、二人はもう帰っててもいいよ。それと、ちゃんとした式挙げる時は僕の事も呼んでよね。」

そう言って、五条さんはお寺の方へ行ってしまった。暫く呻きながら暴れていた住職は、突然気を失ったように静かになった。

「…救急車、呼んだ方が…、」
「いえ、呼ばずとも暫くすれば起きるでしょう。私はまず、あなたのご両親にご挨拶を。このままで失礼。」

そう言うと、建人さんは橘家のお墓に手を合わせた。私も隣で一緒に手を合わせる。不思議と体が軽くて、気分も清々しい。顔を上げると、建人さんが私の手を握った。

「…誓いの言葉に、後悔はしていませんか。」
「はい。…むしろすっごく気分がよくて、体が楽になりました。ありがとうございます。」
「…そうですか。では、これからは私が小春さんを護り、幸せにします。」

握られた手の甲に、ちゅっと彼の唇が触れる。

「…へ?」
「今はまだここで、いずれはあなたのここに。」

そう言ってするりと頬に伸びた手が、唇をなぞった。数秒思考が止まり、次第に言葉の意味を理解した私は体中が燃えるように熱くなる。今の私はそれはもう茹蛸のように赤くなっていた。

「ふーん、七海って意外とキザだね。」
「…五条さん、空気を読んでください。」
「え!?いつの間に…!?」
「七海が手にキスする辺りからかな。」
「それは…早かったですね。」
「まあね。」

五条さんは大きな骨壺を持っていた。私には全く身に覚えのないものだ。

「説明すると、この骨壺に橘家の人の遺骨が入ってたんだよね。多分呪いが始まったあたりのご先祖さんの分から。」
「え…この骨壺に全員分ですか?」
「そ。と言っても、流石に少量ずつね。それで、中を開けるとさ…これこれ。」

五条さんが蓋を開けて中を指さした。私は恐る恐る覗き込む。そこには黒く干乾びた蛇の死骸が入っていた。

「古い呪いの方法にさ、蟲毒ってのがあるんだけど聞いたことない?ムカデとか蛇とか蛙とか、いろんな虫を同じ入れ物に入れて共喰いさせんの。これは多分それを真似て、蛇だけでやったんだろうね。」
「蛇蟲ですか。」
「えっと…つまり、同じ入れ物に蛇をいっぱい入れたってことですか?」
「そ。共喰いして最後に残った一匹を呪いたい相手に使うんだけどさ、いやあ僕も驚いたよ。この住職の代まで蛇を継ぎ足し続けてたっぽい。」
「え…、」
「これはちょっと特殊だから、初代の呪詛師がそういう術式だったのかもね。橘家の墓から盗んだ遺骨を入れた壺を使って、蛇の共喰いを永遠と続けさせることで、より強力な呪いになった。」
「そんな…。」
「ま、呪いの元はもう祓ったから心配ないよ。これにて一件落着!あ、あと確認だけど、この骨壺は僕が持って帰るけどいいよね?然るべき方法で弔ってあげないと、今度はこれが新たな呪いに転じる可能性もある。」

五条さんは骨壺の蓋を閉めた。私は深く頭を下げる。

「はい、よろしくお願いします。それと、ありがとうございました。」
「私からも礼を言います。ありがとうございます。」
「可愛い後輩の頼みだからね。じゃ、僕はそろそろ帰るよ。この呪詛師も高専に連れ帰って色々話を聞きたいし。」

五条さんが住職の首元を掴んで引き摺りながら歩き出した。が、数歩で止まって振り返る。

「あ、そうだ、七海。」
「はい。」
「戻ってくる気、ない?」
「…。」
「ま、考えといてよ。じゃね、お幸せにー。」



 


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