芽生える




「気になったんですけど…、」

お寺から帰ろうとタクシーを待つ間、小春が私を見上げて口を開いた。

「何でしょう。」
「どうして橘の姓をずっと使い続けたんですかね。私みたいに女性が生まれた代もあったはずなのに、どうして婿をとってでも続けたんだろう…。私のお父さんも、婿養子になれば生きてたかもしれないですよね?」
「その可能性はあります。ですが、呪いは元を絶たなければ意味がない。それに、あの呪いを祓うためには厄介な条件がありました。」
「橘の姓を捨てる、みたいなのですか?」
「ええ。順を追って説明します。祓うためには初めに橘という姓を捨てること。それにより橘という姓に憑いていた呪いの、対象を惑わせます。対象を見失った呪いは呪詛師の元に返る、もしくは対象を再び見つけてとり憑く。呪詛師に返った場合、呪詛師が死んでしまうと、これはこれでまた厄介な事になりますが、今回はその前に五条さんが呪いの元を見つけ、それを祓いました。それにより呪いは消滅。晴れて小春は自由の身です。」
「…もし、先に住職が亡くなっていたら、どうなってたんですか?」
「その場合は恐らく、橘家への呪いを妨害した私が死んでいたでしょう。」
「そんな…!」
「あの人は呪術師最強です。私はあの人を信用しているし信頼している。…でも、尊敬はしていません。」
「え!?」
「だからこそ、あの人に頼みました。小春を死なせたくないのもありますが、私もあなたを残して死にたくない。」
「建人さん…。」

小春が私の体にしがみ付いた。突然の事に驚く。が、その肩は震えていて、ああ泣いてるのかと悟った。思えば、両親は謎の死を遂げ、自らも幼い頃から呪いに苦しめられてきたのだ。安心したのと同時に、込み上げるものがあったのだろう。震える背中にそっと腕を回す。一瞬ピクリと強張ったものの、小春の腕も私の背中に回っていた。

「ありがとうございます…、建人さん。」
「小春も、今までよく耐えましたね。お疲れさまでした。」
「…ああもう…、なんでそんなに紳士的なんですか?」
「いえ、この性格は元からです。」

そう言うと、小春は私の顔を見上げて笑った。

「建人さん、…好きになってもいいですか…?」
「お好きにどうぞ、私は元よりそのつもりで口説いていますので。」
「わ、凄い自信ですね!」

そうして私たちは笑い合った。

「言い忘れていましたが、私は結構あなたの事を好きになっています。」
「え…?」
「お互いまだ知り合って4日でかなりのスピード婚でしたが、やっていけそうですか?」
「…はいっ!」
「それは良かった。では遠慮なく手を出させてもらいます。覚悟しておいてください、小春。」

耳元で囁くと、小春は顔を真っ赤にして固まった。漸くタクシーが辿り着きドアを開く。固まったままの小春の手を引きながら、タクシーに乗り込むと、自分の家の住所を告げた。これからの彼女との生活について、しっかりと決めていかなければ。

「さて、何から始めましょうか。」

私は満足そうに笑った。結婚というのも悪くない。



 


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