橘小春という存在




新しく入社した受付嬢が噂になるのは毎度の事だ。誰が美人だの可愛いだの、男社会に女性が紛れれば当たり前に出る話題。無論、私は1ミリも興味を持った事はなかった。何故なら金の事しか頭にないからだ。そんな私が彼女に興味を持った理由…それは。

「橘さん大丈夫?なんか顔色悪くない?」
「だ、大丈夫です。すみません、心配してくださってありがとうございます。」
「体調悪いならすぐ言ってね?入社したてで緊張とか色々あるでしょ?」
「…はは、そうですね…。」

受付スペースの前を通り過ぎようとしたところで聞こえた会話。そしてズズズ…と不気味な音と共に、突如現われた黒く忌々しい蛇のようなモノが、彼女の身体を締め付けた。それは…呪いだった。見て見ぬふりも出来ぬくらい、ドス黒く強力な呪い…。一級…いや、あれは恐らく特級相当…。見るからに非術師であろう華奢な女性が、これ程の呪いを憑けていれば…。

「きゃっ!橘さんっ!?」

気付けば彼女は、その場にどさりと倒れていた。

「え…、おい!大丈夫か!」
「わ、私救急車呼びます!」

騒がしくなったロビーに、野次馬が集まっていく。受付スペースの中を覗きこめば、倒れた彼女は意識を失い、顔色も最悪だ。このまま放置すれば間違いなく死ぬだろう。放っておけばいいものを、私の体は自然と受付カウンターを飛び越えていた。鞄を足元に置き、倒れている彼女の傍に膝をつく。

「…失礼、あなた方は人避けを。私が診ましょう。」
「あ、は、はい!」

蛇のような呪霊は私を睨み付け、チロチロと舌を伸ばしていた。ギチギチと身体を締め付けられ、苦しそうに呻くその橘という女性。しかし呪霊は、近付いた私を襲う気など一切ないのか、その女性をこれでもかという程力強く締め付け続けるだけだった。

「きゅ、救急車あと5分程で着くそうです!」
「…わかりました。」

5分でどれ程できるか…。スイッチが入ったように、思考が昔の自分と切り替わる感覚に、癖の残った私の体は鞄を掴んでいた。しかし、その中にはもう…。思わず舌打ちが漏れる。それと同時に、

『七海ってば、呪具がないと呪いの1つも祓えないの〜?』

「…本当に…困ったものですね。こんな時にあの男の顔が浮かぶとは…。」

脳裏に浮かんだニヤニヤと笑う男の姿に、自然と眉間に皺が寄った。



 


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