浮遊




「…今、なんて?」
「…ですから、あの…プロポーズをお受けしまして…、昨日婚姻届けを提出しました…。」
「…なんかスピード感ありすぎて全然ついて行けないんだけど…。」

建人さんに送ってもらった後、シャワーを浴びて会社に行く準備をした私は、いつもと同じ時間に家を出た。なんだかスキップしたい気分。鼻歌交じりに駅に着くと、いつも通り電車に乗って、会社の最寄り駅で降りる。改札を出たところで先輩の姿を見つけ、挨拶をした。そして、建人さんと食事に行った時の感想を聞かれたので、結婚したことを伝えたのだけれど…。

「真面目そうな人だから騙されたりなんてことはないと思うけど…。よくご家族が許したわね?」
「ちょっと、色々ありまして…。」
「ふーん、ま、橘さんが幸せそうで良かった。…あ、ちょっと待って、苗字は何に変わるの?」
「…ふふ、七海になります!」
「キャー!いいなー私も早く結婚したいー!」
「あれ、先輩彼氏さんがどうこう言ってませんでした?」
「…別れた。」
「え!?」
「…アイツ、浮気してたのよ!ムカついてアイツの携帯ぶっ壊して、家飛び出てきちゃった!」
「わー…。」

ふんすふんすと鼻息荒くお怒りの先輩。会社に着いて更衣室に入っても、元カレへの不満は止まらない。…こういうのって、建人さんが言ってた呪いってのに繋がるんだっけ…。

「せ、先輩、今度パァーっと飲みに行きません?」
「ホント?私結構飲むわよ?橘さん…じゃなくて七海さんはイケる口?」
「うーん…強くはないですけど、先輩の気が済むまで付き合います!」
「言ったわね〜?じゃ、空いてる日があったら行きましょ?」
「はい!」

支度を済ませて受付に向かうと、入り口から入ってきた人物に目が留まった。建人さんだ。ピッシリとスーツを着こなして、綺麗にまとめられた七三。腕時計をチラリと見ながら歩いている姿が様になっていて、思わずにやけてしまった。

「全く、だらしない顔しちゃって。幸せ者ね!このこのっ!」
「す、すみません、つい。」

私の視線に気付いて、建人さんが受付に立ち寄った。にやける顔を堪えて、他の人と同じように挨拶をする。

「おはようございます。」
「おはようございます。今日中に事務の方に結婚した事を伝えて、手続きをしておいてください。名札も新しくしてもらえるでしょう。私も後程諸々の手続きに向かいます。」
「あ、はい、分かりました。」
「では。行ってきます。」
「ふふ、行ってらっしゃい。」

小さく会釈をしてその背中を見送った。先輩がバシバシと背中を叩いてきて、ちょっと痛い。

「ちょっと!なに今の!見てるこっちまで照れちゃう!」
「せんぱ、いた、痛いです…!」
「あ、ごめん…!」

そうして私たちは仕事に取り掛かった。仕事中に何度か建人さんの事を思い出してにやける度に、先輩が私の頬を突いた。私はとっても浮かれている。それはもうふわふわと、雲のように。



 


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