深々




自分でも笑えるくらい浮き足立っていた。小春を部屋まで連れ帰り、誘われるまま泊まることを決めると後はもう早かった。早足で近くのコンビニに駆け込み、男性用下着と酔いに効く薬、髭剃り、歯ブラシ、それから…悩んだ末にその箱も手に取ってレジへ向かう。もっと一緒にいたいと言っていた小春の顔を思い出し、緩くなる頬を右手で覆った。ああ、思っていたよりも小春という泥濘にハマってしまっている。それも、心地よい泥濘に。

「あざーしたー。」

やる気のない店員の声に背を押されて彼女の部屋に戻った。用心の為に鍵は掛けて出た為、預かったままの鍵を使って再びドアを開ける。

「…は、」

小春は廊下に転がっていた。しかもスヤスヤと寝息を立てている。予想外の展開に頭を抱えると、溜め息では無く笑いが洩れた。ああ、本当に、

「可愛い人だ。」

起こさないように靴を脱いで上がり、勝手に失礼、と心の中で謝罪しながらリビングへ向かう。手探りで電気のスイッチを押して明るくなった部屋を見渡した。シングルサイズのベッドを見つけ、廊下に戻る。彼女をそっと抱き抱えベッドに優しく寝かせた。

「…おやすみ、小春。」

軽く触れるだけのキスを落として、コンビニで買った袋をテーブルに置く。中から小さな紙袋だけを取り出して自分のカバンの奥に入れておいた。さすがに下心丸出しだと思われるのも困る。勝手に風呂を借りるのも忍びない為、彼女にしっかりと布団をかけ直して電気を消すと、ベッドを背に座った。心地良い寝息を聞きながら、彼女は何時に起きるだろうか、と思いを馳せながらそっと目を閉じた。




...




目を覚ますと、私は自分の部屋にいた。…いつの間に布団に入ったっけ。そんなことを思いながら首を動かすと、ベッドに凭れている広い背中が見えた。…なんで建人さんが私の部屋に…?布団の中で伸びをしながら昨日のことを思い返そうとするも、いまいち思い出せない。…というか、頭痛い。ズキンズキンと痛む頭を庇うようにゆっくりと体を起こして、これまたゆっくりと建人さんの顔を覗き込んだ。彼はベッドに凭れて座ったまま眠っていた。…お尻痺れたりしないのかな…なんて思いながら、ゆっくりと布団から出て隣に座る。閉じられた目元には酷い隈がある。私の呪いの事で、かなり迷惑かけちゃったし、普段からあまり眠れていないんだろうな…。静かな寝息を聞きながら、どうしたものかと考えた。この姿勢で寝るのって、かなりきついだろうし、体を倒した方がいいのかな…。お布団掛けた方がいいよね?起きちゃうかな…?大丈夫かな…?なんて思っていると、建人さんの体が私の方に傾いた。慌てて体を支えるけど、建人さんの大きい体に押し負けてしまう。そのまま倒れた彼の体が太腿に乗って、私は硬直してしまった。…こ、これは所謂膝枕ってやつでは…!ど、どどどどうしよう…!バクバクと心臓が踊っている。そして、手のやり場に困っている。こういう時、どんな顔すればいいか分からないの…。にやければいいと思うよ、なんて頭の中で一人芝居をしながら、にやける顔を手で覆った。

「…今、何時ですか。」
「えっ!あ、四時半です…。お、起こしちゃいましたか…?」
「…いいえ。」

いいえ?え…?いいえ!?建人さんは相変わらず膝の上で目を閉じている。

「お、起きてたんですか…?」
「…そうですね…。」
「…いつから…、」
「小春が私の隣に座ったあたりです。」
「…こ、この体勢は…。」
「昨日、私の帰りを待たずに先に寝た罰です。そして私へのご褒美。」

私に視線を向けて、フッと笑う顔に釘付けになる。ああ…もう、それじゃあ私にもご褒美になってますよ!

「…もう少しこのままで。眠り足りない。」
「…ベッド、使いますか?」
「…それは素敵なお誘いです。」

ゆっくりと起き上がった体は私の方を向いた。重たそうな瞼。布団を捲って、どうぞ、と招くと、大人しく従う彼がなんだか可愛らしい。シャツに皴がつくのも構わず、建人さんは私の布団に入った。布団をかけてあげようと手を伸ばした時、その手を掴まれ引っ張られた。目を丸くする私の体がぽすりと布団の上に沈む。

「小春もいないと意味がない。入ってください。」
「…は、はい…。」

し、失礼します、とまるでよそ様の布団が如くドギマギしながら彼の隣に寝転んだ。彼の太くて逞しい腕が私の首元に回って、腕枕をされてると気付くと、今度は腰に回った腕が私を引き寄せる。

「目覚ましはかけてますか。」
「あ…あります、」
「ではそれまで、おやすみなさい。」
「…お、やすみなさ…、」

建人さんが私の額にキスをして、そのまま目を瞑った。すぐに聞こえてきた寝息を聞きながら、私もにやけながら目を閉じた。



 


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