心音




目覚ましの音がする。手を伸ばして手探りで目覚ましを止め、時計を見る。ああ、もういつもの起きる時間か、なんて思いながら体に回った腕を見た。そ、っか、そういえば建人さんと一緒に寝てたんだ。思い出して自然と頬が緩んだ。

「…建人さん、私は起きますね…。」

小さい声で囁くように話しかけると、彼は目を閉じたまま小さく頷いた。そろりそろりと彼の腕から抜け出して、立ち上がる。大きく伸びをすれば背骨がボキボキと鳴った。さてと、昨日も一昨日も化粧したまま眠ってしまった私は、急いで化粧を落とすべく浴室へ。シャワーを浴びてしっかりと化粧も落とし終えると念入りにスキンケア。また一時間もしない内に化粧をする肌に申し訳なさを感じながらも、しっかりとお手入れをした。髪の毛を乾かし終えて歯を磨く。お酒飲んだまま寝ちゃったから、口の中の粘着きが気になって仕方がない。こっちも入念に磨いて、漸くスッキリした私はキッチンへ。建人さん、苦手な物とかアレルギーとかないだろうか…?グルメンだし、大丈夫かな?なんて思いながら冷蔵庫に相談。…あ、食パン買ってたんだ。卵もあるし、卵サンドにでもしようかな…。材料を取り出してゆで卵の準備をしながらサラダを作る。ついでに玉ねぎとベーコンを入れたコンソメスープも作って、茹で上がった卵の殻を剥いた。卵を潰しながらフーフーと冷ます。潰し終わると一旦冷凍庫へ。冷蔵庫に入れるよりかは冷えるの早いと思うし。なんて一人で思いながら食パンの耳を揃えて切り落としていく。耳は後でラスクにでもしようかな。食パンのサンドする面に薄くバターを塗って、潰した卵を冷凍庫から取り出す。粗熱は取れてるし、あとは味をつけてサンドするだけ。塩コショウとマヨネーズを入れてしっかり混ぜる。一口味見をすれば、うん、完璧!食パンに卵を塗ってサンド。溢れないように食べやすいサイズにカットすれば完成!

「うん、我ながら上出来!」

一人で満足そうに呟くと、建人さんがクスリと笑った声がした。

「…また起こしちゃいました?」
「いいえ、おいしそうな匂いで起きました。」

建人さんがベッドから起き上がる。私のいるキッチンに来てそのまま後ろから抱きしめられた。

「おはよう、小春。」
「おはよう、建人さん。よく眠れましたか?」
「お陰様で、ぐっすりと。小春の布団で小春の匂いに包まれる、最高の寝心地でした。」
「…な、なんか恥ずかしいです。あ、シャワーとか好きに使ってくださいね?私はご飯食べたら仕事に行く準備をしますから。」
「…ええ、では先に一緒に朝食を。」
「分かりました。」

サンドイッチを盛り付けてテーブルに運ぶ。その間に建人さんは洗面所で顔を洗ったり口を漱いでいるようだった。二人分の食事とホットコーヒーを準備して、彼が戻ってくるのを待った。

「いただきます。」
「お口に合うといいんですけど…。」
「…ええ、美味しいです。」
「よかった…!」

建人さんが食べる様子を恐る恐る見つめると、返ってきた答え。嬉しくなって私もサンドイッチに齧りついた。朝食を食べ終えると建人さんが洗い物を代わってくれた。私はお言葉に甘えて化粧を始める。家を出る支度を整えながらふと思い出した。鍵だ。どこやったかなー…。あ、あった。貴重品を入れている引き出しの中に合鍵を見つけ、それを建人さんに渡した。

「建人さん、この鍵持っていてください。私が家を出た後、お風呂に入ったりしますよね?ドライヤーの場所とか、いろいろ教えておきます。」
「…ありがとうございます。私もあなたに合鍵を渡そうと思っていました。…これを。」
「わ、いいんですか?」
「いずれ一緒に住むでしょう。」
「ふふ、そうでした。あ、ドライヤーこっちです。」

彼を浴室の前に案内し、ついでにバスタオルも渡しておいた。シャワーの使い方も念の為に伝えておく。

「あとは何かあったらメッセージ送ってください。すぐお返事しますね?」
「わかりました。」
「…あ、そろそろ行かないと…。洗い物ありがとうございます!…いってきますね。」
「高専から帰ったら連絡します。いってらっしゃい。美味しい朝食をありがとう。」
「ふふ、建人さんもお気を付けて、いってらっしゃい。」

靴を履いて振り返る。フッと笑った彼の広い胸に飛びつくように抱き着くと、彼も私を抱き締めてくれた。そしてちゅっと短いキスをして、再びぎゅーっと抱き着く。…落ち着くなぁ。トクン、トクン、と聞こえてくる建人さんの心音が心地よくて、離れるのがもどかしい。

「あー…行きたくないなぁ…。」
「私も同感です。行かせたくない。」
「建人さん、帰ってきたら一緒にご飯食べませんか?」
「何時になるか分かりませんが、それでも良ければ。」
「じゃあ、また家に帰って来てください!私、建人さんに晩御飯作って待ってます!」
「…では、そうします。」

今度こそ名残惜しくも離れて、最後にもう一度触れるだけのキスをした。

「いってきます。」
「いってらっしゃい。」

小さく手を振って部屋を出た。

「…あーだめだー、もう会いたい…。」

エレベータを待ちながらそう呟く。貰った合鍵をキーケースに繋ぐと、エレベーターに乗り込んだ。晩御飯、何作ろうかな!献立を考えるのも楽しくなって、私はにやける顔もそのままに会社に向かった。



 


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