あなたに触れる




会社の昼休み、私は建人さんに聞いたパン屋さんに足を運んだ。彼がよく食べていたというカスクートを買いに。店内は穏やかなBGMが流れていて、香ばしいパンの香りが充満している。パン好きには堪らないお店だ。私もパンが好きだから、いい店を知ったなーなんて嬉しくなった。カスクートを見つけてトングでトレイに乗せる。他にも気になるパンがあったけど、また来る気でいるから今日はこれだけ。レジには女性の店員さんがいて、笑顔で挨拶をしてくれた。

「ここのパン、すごく美味しそうですね!」
「ありがとうございます!お口に合うといいですけど…!」
「絶対美味しいです!見たら分かります!」
「ふふ、パンがお好きなんですね!」
「はい!仕事の日は毎日通いますね!今日はお勧めされたカスクートを食べようと思って!他のパンもすっごく気になります!」
「ありがとうございます!…これ、よかったらサービスです!」
「え、いいんですか!?」

店員さんがレジの近くに置いてあったクッキーをそっと袋に入れてくれた。

「ありがとうございます!この店を教えてくれた人と食べますね!」
「はい、是非!」

支払いを済ませると袋を受け取って店を出た。会社に戻って屋上へ上がる。重い鉄の扉を開けて、空いてるベンチに座ってスマホを取り出した。建人さんからメッセージが来ていた。

『高専に着き、無事呪術師として復帰しました。今日は軽い任務を受けることになりましたが、小春の仕事が終わる頃にはそちらに向かいます。』

私は早速カスクートとクッキーの写真を撮って建人さんに送った。

『建人さんオススメのカスクートを買いました!店員さんがクッキーをおまけしてくれたので、後で一緒に食べましょうね!任務、頑張ってください。ご飯を作って建人さんの帰りを待ってます。』

一緒にハートを持ったクマのスタンプを送ると、手を合わせてカスクートを食べ始めた。ロースハムと、贅沢な厚切りカマンベールチーズ、フリルレタスとマスタードソースの相性がとてもいい。これはハマる!思わず緩む頬。美味しいなぁ。今度、仕事終わりに建人さんに買って帰ろう!そう思いながらもしゃもしゃと食べていると、スマホが小さく震えた。建人さんから返事が来ていた。

「ふふ、このスタンプのセンス何なの!もう…。」

変な顔のキャラクターがやったー!と言っているスタンプが送られてきて、胸がキュンキュンする。続けて送られたメッセージに、私はもうにやける顔を元に戻す事ができなくなった。

『夕飯、楽しみにしています。勿論、小春に会えるのも。』
『私も、建人さんに早く会いたいです。気を付けていってらっしゃい!』
『いってきます。』

その日私は、仕事を終えてそのまま近所のスーパーに寄った。献立はもう決めてある。精肉コーナーでお目当ての合い挽き肉を手に取り、カゴに入れた。残り少なくなっていた野菜や卵も買い足さないと。あ、トウモロコシ安い!ポタージュにしようかな!あとは…そうだ、建人さんの歯ブラシ買っておいた方がいいかな…?好みとかこだわりあるかな…。悩んだ挙句、固めで良さげな歯ブラシを選んだ。必要なものを選び終えてレジに並び、鞄にいつも入れていたエコバックを使って家に帰る。建人さんからまだ連絡は来ていないから、帰ってくるまでに何としても食事の準備を終わらせないと。買ってきた物を一旦冷蔵庫に入れて、先にお風呂を洗う。いつでもお湯を張れるように準備を終え、次はエプロンをつけて夕飯の支度に取り掛かった。米を研いで、炊飯器のスイッチを押す。炊いてる間にサラダとコーンポタージュを作りながら、玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで炒めた。最後に今日のメインディッシュであるハンバーグ。飴色玉ねぎの粗熱を取ってパン粉も牛乳に浸している間に、氷水の入ったボウルを準備。ひき肉の入ったボウルを冷やしながらひたすら練る。手が冷たくて痛くても、建人さんが喜んでくれる事を願って頑張った。手に脂がこびりつく位練ると、飴色玉ねぎと浸したパン粉、卵、調味料を入れて再び練る。思い切ってハート型にしちゃおうかな…!練った肉ダネを空気を抜きながら形成。大きさの違う二つのハートに私は頬を緩めながら手を洗ったところで、スマホが震えた。建人さんからの電話だ。急いで通話ボタンを押した。

「建人さん?」
『今終わりました。』
「お疲れ様です。怪我はないですか?」
『ええ、勿論。一度、荷物を取りに帰ります。そちらに着くのは20時頃。近くに来たらまたメッセージを送ります。』
「分かりました。あ、歯ブラシは買っておきました!こだわりなど無ければぜひ使ってください。」
『…ありがとう。』
「あ、お風呂も沸かしておきますね?」
『…一緒に入りますか。』
「え!そ、それは、その…まだ、恥ずかしいです。」
『フ…冗談です。』
「あ、もう!また揶揄ってる!」
『小春の反応が可愛いからです。気を悪くしたなら謝ります。』
「ふふふ、そんなことで怒ったりしませんよ?」
『そうですね。…では、また後程。』
「はい、気を付けて来てくださいね?」
『はい。』

通話が終わると時計を確認した。今は19時。あと一時間が待ち遠しい。サラダやハンバーグは一旦ラップをかけて冷蔵庫で冷やしておく。サラダ用のドレッシングも作って、一緒に冷やしておいた。お米もあと十分程で炊ける頃だし、蒸らす時間も含めていい感じ!とすると、部屋を少し掃除しておこう!洗濯機を回して軽く掃除機もかけた。布団も綺麗に整えて、テーブルも拭いた。洗濯機が終わると急いでベランダに干す。下着類は隠れるように死角に干した。時計を見ればあと十分で20時。建人さんからメッセージが来ていた。最寄り駅まで着いたらしい。私は敬礼ポーズをとっている猫のスタンプを送って、手を洗い直し、ハンバーグを焼き始めた。ご機嫌に鼻歌を歌いながらハートをひっくり返した時、ピンポーンと音がしてインターホンを見た。

「はい。」
『私です。』
「建人さん、お帰りなさい。今開けますね!」

合鍵を渡しているのに、律儀にインターホンで知らせてくれる辺り建人さんらしい。フライパンの火力を弱めて、玄関に向かった。鍵を開けると、待ちに待った建人さんの姿。

「おかえりなさい、建人さん。」
「ただいま、小春。…いい匂いがしますね。」
「もうすぐできますよ!…あ、一度言ってみたかったんですけど、ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも…、ふふっ!」
「…小春にします。」

そう言うと、建人さんは私をきつく抱き締めた。私もそれを受け止めて力いっぱい抱き締め返すと、見つめ合って優しいキスをした。



 


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