解れる




私が呪術師に復帰して五日後。小春の仕事も休みの今日、私は休暇を貰って小春と共に彼女の実家に向かっていた。数日前には止むを得ず手ぶらだった為、今回は菓子折りも事前に準備した。それと、小春に言われ一日分の着替えも。小春を助手席に乗せて車を走らせる。先日とは違った緊張が私の鼓動を早くしていた。今日は小春の両親に正式に結婚の挨拶をする。車で一時間近くの距離を走り終えると、小春の実家近くの駐車場に車を停めた。今日はいつもとは違う落ち着いた色の背広を着た。故に気も身も普段より引き締められている。小春の手を取り手土産も持って彼女の実家へ向かう。インターホンを押して先日同様パタパタと足音。小春の祖母、つねさんが出迎えてくれた。

「ただいまー!」
「お帰りなさい、待ってたのよ〜。さ、建人君も入って。」
「お邪魔します。」

家に上がると、リビングで新聞を読む小春の祖父、辰之さんの姿。私たちに気付くと老眼鏡を外して微笑んだ。

「おお、来たか。どうぞ座って。」
「失礼します。先日は手土産もなく申し訳ございません。こちらを。」
「あら、いいのに…、わざわざありがとうね。」
「いえ。今日は大事なお話がありますので。」

二対二で向き合って座る。事前に挨拶に来ることは小春を通じて伝えてあった。向かい合う老夫婦はにこやかな笑みで私達を見ている。

「先日は不躾な挨拶になってしまった事をお詫び申し上げます。」
「いいよいいよ、そんなに畏まって話すのも疲れるだろ。」
「いえ、これは癖なのでお気になさらず。先日無事に、小春さんの呪いは解けました。」
「小春から聞きました。二人とも無事で本当によかったわ…。」
「その事で、今日は正式に小春さんとの結婚をお許し頂きたく「ええ、勿論よ!ね?あなた?」
「おお、いいよ、許す。」
「ありがとう、お祖母ちゃん!」
「あの、」
「建人君は小春の命の恩人だからね。二人が望むように生きなさい。」
「ありがとう、お祖父ちゃん!」
「いえ、」
「はいっ!建人さんも堅苦しい挨拶は終わりにして、皆でご飯食べよ!」
「最後まで話を、」
「実はお寿司をとってあるのよ。小春、お皿出すの手伝ってちょうだい。」
「はーい。」
「聞いてほしいのですが…、」

私の言葉を無視して事が進んでいく。小春はつねさんを追ってキッチンに消えて行き、私は辰之さんと二人リビングに取り残された。

「ハッハッハ、うちの女どもはいつもこうだぞ。小春の母親もそうだった。」
「…そうですか。」
「建人君、小春の事を頼んだよ。」
「ええ、それは勿論です。」
「じゃあもう畏まった話は止めだ。寿司食って酒飲んだらもう君も私たちの家族だ。寛いでくれ。」

目元の皴を濃くしながら辰之さんが笑った。小春にどことなく似た笑みに、私も柔らかく笑みを返した。

「早くー、お寿司食べよー?」
「今行くよ。さ、建人君も。」
「はい、頂きます。それと、今日は車なのでお酒は飲めません。」
「あら、泊まっていかないの?」
「建人さん、泊まっていきませんか?明日もお仕事お休みですよね?ね?」
「…では、お言葉に甘えて。」

四人で寿司を囲んで酒を飲む。小春の幼い頃の話を聞きながら、思わず声を出して笑ってしまう程温かい家庭だと思った。

「ふぅ…、いやぁ飲み過ぎたな…。私はもう寝るから、あー、建人君、我が家と思って好きに過ごしてくれ。」
「…はい、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「お祖父ちゃん、おやすみ。あ、お祖母ちゃんもあとは私やっておくから、今日はもう休んで?」
「あらそう?じゃあ、お願いしようかしらね。建人君、ゆっくり休んでね。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
「おばあちゃん、おやすみー。」
「はぁい、おやすみなさい。」

二人がリビングを去ると、私は大きく息を吐いた。私の挨拶は完全に流されてしまった…。

「建人さん、先にお風呂どうぞ?よその家の風呂って平気ですか?」
「…ええ、大丈夫です。それよりも、…挨拶ができなかった事の方が問題です。その為に来たというのに…。」
「もう、気にしすぎですよ?この前あんなにハッキリ言ってくれたじゃないですか!二人ともそれでいいって言ってるんですから。」
「ですが、」
「しつこい!」

人差し指をピシリと立てて、小春が私の唇を押さえた。

「…私も片付けを手伝います。」
「ダメです!建人さんは先にお風呂!こっちです。」

小春に手を引かれて浴室へ押し込まれると、バスタオルを私に押し付けるように渡し、彼女はキッチンに戻って行く。仕方なく言われた通り風呂を借りる。入浴剤の香りが立ち込める浴室で一人、大きく息を吐いた。暫くして脱衣所に誰かが入ってくる足音が聞こえた。小春だろう。

「建人さん、昨日パジャマを買っておいたので、良かったら使ってください。」

小春の声に礼を言うと、彼女の足音が遠ざかる。風呂から上がり脱衣所に置かれた真新しいパジャマを見つけ、それに袖を通した。大きめのサイズを探して買ってくれたのだろう。袖や裾の長さもちょうど良かった。小さく笑みが零れる。リビングへ戻ると、小春がソファーに座ってテレビを見ていた。彼女の隣に座る。

「お風呂、ありがとうございました。」
「お帰りなさい。パジャマ、サイズどうですか?」
「ええ、丁度いいです。わざわざ買ってくれたのですね。ありがとうございます。」
「どういたしまして!着替え、持ってきてよかったでしょ?ふふっ。」

そう言って微笑む小春を思わず抱き締めた。小春には敵わない、そう思った。



 


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