再び




顔合わせの日から、建人さんに会えていない。聞けば呪術師は人手不足らしく、建人さんは出張続きらしい。時間のある時にメッセージのやり取りや、電話をしてはいるものの、やはり目の前で話すのとは違う物足りなさを感じていた。そんなある日、仕事終わりに建人さんが教えてくれたパン屋に立ち寄った。店員さんとはすっかり仲良くなって、私ももう常連さんだ。昼間、建人さんから今日の夕方の新幹線で東京に戻って来て、高専に報告を済ませたら帰ってくるという連絡を貰った。お疲れ様の意も込めて、彼の好きなカスクートを買って帰ろうと思う。

「こんばんは!」
「あ、小春さん!珍しいですね、二回も来てくれるなんて!」
「カスクート、買って帰ろうと思って!残ってます?」
「ありますよ!」

丁度残っていた二個のカスクートをトレイに乗せると、一緒にバゲットも買った。袋に入ったそれらを抱えて店を出る。今日は建人さんの部屋で夕飯を作って待っていよう。そう意気込んで電車に乗った。彼の部屋の最寄り駅に着き電車を降りる。改札を抜けたところでいつか見た袈裟を着たお坊さんを見かけた。この辺にお寺があるのだろうか。そのまま近くを通り過ぎようとした時だ。

「すみません。」
「え?」

声を掛けられた。振り向けば、あのお坊さんがニッコリと笑って私を見ている。周りを見渡す。…やっぱり私に向けられた言葉だった。

「私、ですか?」
「ええ、あなたです。少々お聞きしたいことがあるのですが、お時間はありますか?」

腕時計を見て、スマホ画面を見る。建人さんからの連絡はまだない。…何を聞かれるんだろう、すぐ終わるかな…?

「少しなら…。」
「ああ、よかった!実はあなたに、ちょっと気になるものが見えまして。」
「気になるもの…?」

一体何の話だろう。…まさか呪い関係?でも私の呪いは建人さんと五条さんのおかげで祓われたし、今のところ体も何も悪い所はない。私が首を傾げていると、お坊さんがまたにっこりと笑った。

「最近、お祓いなどされました?」
「え…、あ、まあ…。」
「どこでですか?」
「うちのお墓があるお寺さんでですけど…。あの…何かあるんですか?」
「ああ、いえ。ちょっとタイミングが悪かったなあと。」
「タイミング?」
「ああ、こちらの話ですよ。」

そう言うと、お坊さんが私の肩に手を置いた。何なんだろう、この人…なんか胡散臭い。

「また逢いましょう、橘小春さん。」
「え…、」

お坊さんが背を向けて去っていく。名乗ってもない私の本名を、なぜ知っているのか。ぞくりと悪寒が走ったかと思うと、急に体が重たくなった。そんな、まさか、また…?でも、ちゃんと祓ったって…。…あれ以降御守りは持ち歩いていない。どうしよう、どうすれば…、建人さん、助けて。息が苦しくなって、その場に膝をつく。パン屋の紙袋が落ちて袋詰めされたカスクートとバゲットが飛び出てしまった。手を伸ばして拾い上げようとしても、体が思ったように動かない。次第に意識が遠のいていく。気付くと私はその場に―――、



...



「残念だなあ、既に祓われてしまっていたとは…。」
「どうするんです?もうあの寺には例の呪霊もいないでしょう。」
「まあ、なんとかなるさ。」



...




小春が病院に搬送されたと聞いたのは、私が一週間の出張から戻り高専に向かっている最中だった。私の家に向かう道中で突然倒れたと。

「伊地知君、すみませんが高専に戻る前に急いで寄らなくてはならないところが出来ました。車を回していただけますか。」
「え、あ、わかりました。…何かあったんですか?」
「…妻が、倒れたと。」

病院名を告げると伊地知君がすぐにカーナビを登録した。小春に一体何が…。逸る気持ちを抑えようにも、なかなか上手くいかない。伊地知君がミラー越しに私の顔を見て顔を青ざめさせた。

「き、きっと大丈夫ですよ。」
「…そう願います。」

病院が近付いて来た時、運転中の彼のスマホが着信を告げた。

「…どうぞ、出てください。」
「は、はい、すみません。…もしもし、伊地知です。」

スピーカーで流れる通話相手の声。窓からの報告で、一級相当の呪霊が出現したと。

『伊地知さん、今どこですか?』
「今、訳あって新宿方面へ向かっています。」
『そのまま七海さんと向かってください。』
「え、いえそれが、」
『場所は、』

告げられたのは小春が搬送された病院だった。

「伊地知君、急いでください。」
「は、はい…!(がんばれ私、泣くなよ私…!)」



 


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